本の森通信 2008年4月号
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4月15日
仙台市内の桜の名所「榴岡公園」では、枝垂桜が満開を迎えたようだ。花見も、今週末が最後のチャンスという所だろう。毎年この時季になると、いつ咲くか、いつ散るかと毎日はらはら気を揉むものだが、桜ばかりに気を取られてばかりもいられない。通勤途中に通る瑞鳳殿には、可憐なスミレとスイセンが咲いていた。やわらかな色のアジサイの葉も、日に日に増えているように思う。桜の次の花たちが、バトンを受け取る準備を始めている。
『現代中国論 −開発・格差・共生を手がかりに−』(楊世英 著)が完成した。楊先生は東北学院大学の准教授で、ご自身の講義テキストとして同書を執筆された。表カバー写真は楊先生撮影の上海の様子。個性的な形をしたビル群が並んでいるものだ。裏カバー写真も楊先生の撮影で、こちらは山間部の農村を写したもの。現代の中国は、「改革・開放」を発端とした急速な開発が進んだ結果、この両極端の格差が問題となっている。それを同書ではわかりやすく解説し、次に中国が目指すべき共生社会への課題を提示している。テキスト目的に作ったものだが、市内書店には通常通り並べてもらえるし、近々このHP上にもアップできると思う。ご興味のある方は、ぜひご一読あれ。
午前中、以前原稿を送っていただいた出版希望の方に連絡する。最初に読んだ原稿はボリュームが多く、一冊にまとめるにはかなり困難だったので、書き直し(量を少なくする)をお願いしていた。書き直し原稿を読んでみると、もともとあったダイナミックな展開や登場人物のキャラクターがちゃんと残っており、魅力がギュッと凝縮されたようなものになっていた。これならばと、こちらから出版プランを提示し、双方で同意となれば出版に向けて動き出すことになる。今日の電話では感想を伝えるまでとし、明日もう一度電話をして話し合うことになった。なんとか条件が合い、仕事としてスタートできれば良いのだが・・・。先ずは明日、しっかりお話ししてみよう。
今日の夕方は、今夏刊行予定の方と打ち合わせの予定。こちらの方とは同意に達しており、本格的な編集作業を始めている。ご自身の身のまわりの出来事が題材なのだが、やはりあまり長くなってしまってはという懸念もあり、目安のページ数を設けている。編集作業では、この目安まで文章を削るのが難しかった。書き加えてもらいたい箇所もいくつかあるので、その分も踏まえてカットしなくてはならない。ただ、著者の身のまわりのことなので、他者がそうそう簡単に削れるものでもない。今日は所々に赤ペンで「この直しでOK?」「カットOK?」と入っているプリントアウトを持って、打ち合わせ場所に行くことになった。こちらも同じく、しっかりお話ししてみよう。(小)
4月14日
知人であり“同級生”でもある翻訳家の船渡佳子さんより、『キュリアス・マインド ぼくらが科学者になったわけ』(ジョン・ブロックマン編 ふなとよし子訳)を頂戴した。世界的な科学者27人が、なぜ科学に携わるようになったのか、子どもの頃からの科学への関心、その好奇心の源を語ったものである。オビには「世界的な科学者には、どんな秘密があるのだろう?」「科学者になりたい子どもと、科学者になりたかった大人へ、『13歳のハローワーク』の幻冬舎がおくる将来を切り開く夢のガイドブック、日本語版!」とある。以前船渡さんにお会いした時、この本の翻訳で苦労されたお話を聞いた。ざっと目次を見ただけでも、脳科学・心理学・コンピューター科学・人工知能研究などの分野で活躍する科学者の話のようで、かなりのご苦労があったのではと推測される。でも、「面白そうだ! 読んでみたいなぁ」と強く思っていた一冊だったので、献本いただけて飛びあがるほど嬉しい。「訳者あとがき」だけ先に読んだが、様々な魅力が詰まった内容のようだ。本編を読み始めるのが本当に楽しみである。
午後、書店で資料を探していると、スーツを着た店長さんに声をかけられた。普段もシャツにネクタイを締めていらっしゃるが、上着も着た姿はちょっと珍しい。聞くと、東北地区の新規採用の面接試験があると言う。今年度もまだ二週間というところなのに、もう来年度の採用試験が進んでいるのかと驚いた。考えてみれば、新卒の就職活動をしてからずいぶん時間が経つ。その間に、世間の採用事情も大きく変わったのだろう。すると、リクルートスーツを着た男女が10人ほど、店の奥に入っていった。書店員を志してくれるというだけで、隣接業界の人間としてたいへん嬉しく思う。果たして、書店員を目指すその志や、書店員を志望するきっかけとはどんなものなのだろうか。『ブックス・マインド ぼくらが書店員になったわけ』なんていう本があったら、ぜひとも拝読してみたいところだ。(小)
4月11日
午前中、納品で日販東北支店へ。ついでに文庫本を四冊購入。世にはヤケ酒やらヤケ食いやらヤケ買いでストレスを解消する人もいると聞くが、文庫本四冊の買い物で気持ち良くなれるとは、たいしたストレスではないということか。いずれにしても、安上がりに生きられている。
時代小説と法廷ミステリーで評価の高い小杉健治氏の『絆』。古い作品だと思っていたのに、日販に平積みになっていたので手に取ったら、今回が第8刷だ。単行本の刊行が1987年6月なので、二十年にわたって読まれ続けているということになる。「市井の人の人生をミステリーにするのが上手い」と言っていたのは、尊敬する先輩。久々の長編ミステリーへのチャレンジになる。ちなみに「絆」つながりで、先日読んだ藤堂絆氏の『アシタ』も面白い。周りでは賛否両論あるが、構図の作り方などは非凡だ。
『失われた手仕事の思想』(塩野米松著)は、こけら葺き・篠竹細工・備長炭・平田船など、手仕事に生きる人々を訪ねて考察したルポルタージュ。これの宮城版とも言うべき『名工に学ぶ』を編集担当して以来、“手仕事モノ”の本は好んで買っている。大工さんモノはよく見つけるのだが、様々な職業をまとめたものとなると意外と見つからない。冒頭の「まえがき」を読んだ時点で心を掴まれるし、職人の言葉をたくさん収めているのも魅力の一つだ。ちなみに同じ著者の共著『木のいのち木のこころ』も、面白さ太鼓判の一冊である。
読書好きであれば、“絶対に外れがない作家=鉄板作家”とでも言うべき作家が一人や二人いるだろう。この作家の作品ならタイトルすら見ずに買ってもいいというような、全幅の信頼をおける作家である。パッと頭に数人浮かぶが、浅田次郎氏は中でも鉄板、いやプラチナ版である。『霧笛荘夜話』はアパート「霧笛荘」を舞台とした連作短篇。カバー裏に書かれている紹介文を読んだだけで、間違いなく面白いと確信を持ってしまう。ファンの一人として吉川英治文学賞受賞を密やかに祝し、この一冊を読もう。
昨日書店で平積みになっているのを見かけ、「あぁ、これは必ず読む一冊だな」と妙な指差し確認をし、日販で見つけたので迷わず買った一冊が『決定版 この国のけじめ』(藤原正彦著)。『国家の品格』の大ヒットおかげで、すっかり「国をしかる人」のイメージがついてしまっているが、藤原氏の真骨頂は、博覧強記のご自身の頭の中を、ユーモアある歯切れの良い文体で読み手に伝え、決して自己顕示せずにさらりと流すところにあると思う。『若き数学者のアメリカ』から連なる“数学者シリーズ”は何度読み直しても面白いし、同書のようなエッセイ集も読み応えがある。大学時代の恩師が「就職活動の面接で『愛読書は』と訊かれたら、『藤原正彦の本です』と答えてみろ。面接官が『誰だそれは?』という顔をしたら、その会社には絶対に入るな」とふざけて言っていたのを思い出す(もちろん、『国家の品格』のブレイクがある何年も前の話だ)。本日午後の移動中に早速読み始めてみたが、冒頭六編を束ねた「藤原家三代」だけで十分に笑え泣けた。恥ずかしさを押し殺して言えば、目標とし、憧れている文体である。この本でも大いに勉強させてもらおう。
今月になってから、なんとか頑張って多めに更新している。この欄はもう誰も読んでくれてはいないだろうと思っていたら、「前のようなペースで更新がはじまりましたね」「今月は続いていますね」という応援メール(と、勝手に解釈しているが)を思わぬ多数頂戴した。お礼かたがたのブックプレビュー、楽しんでいただけたなら幸いである。(小)
4月10日
2008年の本屋大賞(NPO法人本屋大賞実行委員会)に、伊坂幸太郎氏の『ゴールデン・スランバー』(新潮社)が選ばれた。本当に面白い作品であるし、伊坂氏が描く小説の魅力がギュッと詰まった一冊であるといえる。読み終えたのが昨年の12月9日だったと記憶しているが、それ以来今日まで、『ゴールデン〜』を超えるほど夢中になって呼んだ本はなかったかもしれない。周りの友人・知人も多く読んでいたが、読了後に既読者同士で盛り上がることが出来る一冊でもある。特に、ある登場人物の正体については、様々な憶測が流れていてワクワクする。まだ五回目の若い賞ながら、実際の売れ行きは直木賞よりも影響が大きいとも言われる本屋大賞。この受賞でさらに同書の読者が増え、万が一のために柔道技を一つマスターしておこうと道場の門をたたく人も増えるだろう。
さて、過去の本屋大賞を受賞した四作品は、すべて映画・テレビドラマ等の映像化がなされている。『ゴールデン〜』も、刊行後まもなくから「映画になったら面白そう!」「主人公は誰がいいか?」といった話がよく耳に入った。個人的にも、仙台市中心部の東二番丁通りを完全封鎖するなど、オール仙台ロケで派手にやったら面白いだろうなと思う。その反面、この作品だけは映像化されず、その理由も明かされないまま時が流れていくのもいいなと思う。この作品だけは活字の世界に残しておいてほしいという、変な願いが心の奥底にあるのかもしれない。
「最近の邦画は、優れた原作を見つけ出すことにだけ力を注ぎすぎている。日本の小説界が、映画関係者の草刈場のようになっていないか?」と警鐘を鳴らすのは、市内の大学で映像論を研究する若手研究者。原作者の想像力にオンブ・ダッコで、自らの想像力を試そうとしない傾向が、日本の映像製作者の側に蔓延しているのではないかと言う。言われてみれば、既にある原作を映像化することが映像製作者の仕事ではない。自ら原作者となり、それを映像化してもいいのだ。そのように、原作を自ら書いて映像化している日本人映画関係者はと訊ねると、「みんなが知っている人なら、たけしと松本だね」という返事が返ってきた。なるほど、その二人はそうだ。たぶんこれからも、他人の書いた原作を自ら監督するようなことはなさそうな気がする。
それにしても「草刈場」というのは喜ぶべきなのか悲しむべきなのか。これに漫画作品を加えれば、さらに刈られているものは多くなる。良い悪いの問題ではなく、結局は互いにメリットがあることだと思うが、原作から書く映像製作者には大いに興味を持ってしまう。
そう言えば、知人が映画関係の仕事を志してこの4月に旅立った。彼がそのような「原作から書く映像製作者」になってくれたら、どんなに素晴らしいことだろうと思う。『ゴールデン〜』も面白く読んだと言っていた彼に、将来の傑作を期待したい。(小)
4月9日
朝刊を見て驚いた。民話研究の大家である稲田浩二先生が亡くなられた。享年82歳。亡くなられたのは3日で、葬儀は近親者ですませたと記事にある。奥様と二人で編まれた名著『日本昔話百選』(三省堂)などは、幼いころに読んだという人も多いだろう。また、小澤俊夫先生との『日本昔話通観』(同朋舎)は、我が国の昔話研究の金字塔で、志ある図書館なら確実に所蔵されているであろう作品だ。昨年の野村純一先生に続き、昔話研究の巨星がまた一つ墜ちてしまった。誠に残念である。
稲田先生には、佐々木徳夫先生著の『ふるさと艶笑譚選集 第三集 内緒で読みたい愉快な色話』で序文を頂戴した。佐々木先生からご紹介いただき、岡山のご自宅に電話と郵送で執筆をお願いした。「いま、ちょっと体調を崩しているもので・・・」とおっしゃっていたのを思い出すが、こちらで提示した締め切りよりも早く原稿を上げていただいた。その後、FAXでの校正も済み、完成した本に手紙を添えてお送りした。もしかしたら、執筆依頼をした時点で療養中でいらしたのかもしれない。その中で書いていただいた原稿だったのかと思うと、胸が詰まる。序文のタイトル「無類の硬骨漢による無類の艶笑譚集」は、佐々木先生の艶笑譚採集を見事に言い当てていて、告知チラシ等にも使わせてもらっていた。
佐々木先生は現在旅行中で、連絡が取れない。おそらく新聞等でお気付きになると思うが、肩を落とされることだろう。昨年の野村先生の訃報の際には「戦友を失った思いだ」とおっしゃっていた。稲田先生とは、前述の序文にもあるが、ご夫妻で佐々木先生のお宅にいらしたこともあるそうで、研究者・採集者の関係をこえてのつながりをお持ちだったようだ。佐々木先生の胸中を思うと、こちらも辛くなってしまう。
稲田先生とのお付き合いは、その晩年も晩年に、わずかばかりの時間を頂戴しただけである。それでも、稲田先生のお考えや想いを活字にして本にすることができ、本当に良かったと思っている。もしかしたら、編集者や出版人にしかできない手法で、感謝や追悼の念をあらわすことが出来ているのかもしれない。稲田先生の長い人生の終盤に、ほんの少しだけ顔を出したに過ぎない人間だが、大切な著者のために一文をいただいたご恩は決して忘れることはない。稲田浩二先生、どうぞ安らかにお眠り下さい。(小)
4月8日
朝から比較的強い雨。関東地方ではかなりの被害があったようだが、仙台では数時間ほどで上がった。花びらを落とすほどの量でもなく、むしろ冷え込んだことで花の命を延ばしてくれるかもしれない。通勤途中にある木は、どれもまだ三分咲きといったところだ。金曜日にまた雨の予報が出ているが、これも花散らしの雨とはならないだろう。
今日は一日パソコンの前で編集作業をしていた。外出の用事がなかったので、原稿に集中することが出来た。ここ二週間ほどかけてやってきたことを、はじめからチェックしてみる。意外と見落としている直しが多く、検索機能や置換機能を駆使しながら進める。ありがたいことに、今日は余計な電話(「営業のご挨拶です」という類のもの)も少なく、かなりの時間を充てることができた。
そんな中で少し長めの電話になったのが、先日原稿募集に応募してくれた方からのもの。送っていただいたのは原稿ではなく完成した本(自主製作)で、内容は面白いものだったが、残念ながらご希望に沿うお返事は出来なかった。その旨、要望どおりFAXでお返事したのが先週のこと。それに対して、わざわざお礼のお電話を頂戴したのだ。おかげさまで、原稿を送ってくれる方はだんだん多くなっているような気がする。それはたいへんありがたいことで、こちらも真剣に査読してからお返事をするようにしている。しかし、そのお返事が著者の意図しないもの(たとえば企画出版ではなく、共同出版や自費出版の提示)だったりすると、それっきりになってしまうケースが多い。こちらとしては、「なぜ企画出版ではダメなのか?」という疑問や「作品のどこに問題があるのか」という問い合わせにも、こちらなりにお答えできるような準備をしてお返事している。一度くらい電話でやりとりして、意見交換くらいしたいとの思いもある。出版形態の問題だけでせっかくのご縁が切れてしまうのは、、金の切れ目が縁の切れ目のようで少々寂しい。
なので、今日のようなお電話をもらえると本当に嬉しい。先週のFAXで、見本として送ってくれた本を返すべきかどうかについても訊ねていたのだが、献本として頂戴できるそうだ。何度も見返すことができるので、今後も手にするたびにご縁を思い出すだろう。これからも、ぜひ創作活動を続けていただきたいと思う。いつか読者として、新作を読む日を楽しみにしている。(小)
4月7日
土曜日に開花宣言が出て、通勤途中の桜もずいぶん色を纏うようになった。仙台市内は週後半あたりが満開だというので、今週いっぱいは花見で大いに賑わうことだろう。昨晩、市内の名所の一つクルマで通りかかった。提灯飾りのほか、道路には違法駐車を防ぐためのフェンスがずらりと並んでいた。事実上、車線が一本少なくなっている状態だ。今週土曜日の夜、またその道を通ることになっているのだが、渋滞を覚悟しなくてはならないだろう。
毎年同じように、花見の時季にその道を通っている。平日・休日の違いこそあれ、ピークにあたるととんでもないことになっている。車道の横断は当たり前で、一度で渡り切れなかったのか、中央分離帯の茂みの中から人が突然出てくるようなこともある。しかも、皆さんご機嫌な方たちばかりだ。1シーズンに1回は、必ず事故が起きているであろうと思う。お花見の時には、クルマにもご注意を。
地元紙・河北新報の本日付朝刊に、『必携 教職入門』の紹介記事が掲載された。「教職者に向けた実践論」との見出しで、記事は「机上の空論ではない説得力がある」と締めている。これまで専門紙を中心に同書の紹介記事が掲載されたが、いずれもこの「実践的」という点を特徴として捉えてくれている。まさにその通りで、どの章においても著者の豊富な経験から現実的なアドバイスが示されている。今回も意図に沿った紹介記事で、嬉しく思った。
早速県内から、同書の注文の電話が来ている。刊行日は今年の1月3日と三ヶ月も前なのだが、新年度(新学期)が始まるこの時期まで延びて掲載となったのは、むしろラッキーだったかもしれない(取材記者やデスクの配慮をいただいたのだろうか??)。桜の開花とほぼ同時の新学期スタート。花より団子、団子より本。ぜひご一読を。(小)
4月4日
『現代中国論 開発・格差・共生を手がかりに』(楊世英 著)が、今月15日前後に刊行となる。今日もその告知チラシを持って泉区の八文字書店さんへ行って来た。地下鉄の泉中央駅から約1.5キロあり、それを徒歩で往復すると、少々汗ばむほどの季節になった。日々少しずつ、春に近づいている。
八文字屋書店さんには「郷土出版物」の棚があり、小社の本は「郷土出版物(本の森)として独立して揃えていただいている。ここ最近刊行したものとロングセラーは、ほぼ並んでいる。こういうことを確認しておくと、たとえば泉区周辺の方から電話で問い合わせがあった場合、「八文字屋書店さんにありますよ」と答えられる。そうすれば、お客は注文を出すよりも早く入手できるし、書店さんも本が売れるし、小社としても確実な売上につながるので三者ともに理想的と言える。電話をもらった時点で、利幅の大きい直接販売を勧めれば良いと言えばそうだが、書店と版元は本の販売については一心同体の関係である(もちろん、取次店も)。そのあたりのバランスをうまく維持していきたいものだ。
今日お話ししたご担当者は、四月一日の移動で山形の商品部からいらした方だった。代わりに商品部には、以前お世話になったKさんが配属になったという。Kさんが仙台のお店にいらした頃は、仕事の話とは別に、サッカーの話題で大いに楽しませてもらった。八文字屋では、毎年(度)中堅クラスの社員を一人、東京の紀伊国屋に武者修行に出している。Kさんは先月までその修行に出ていて、今月から商品部に戻ったらしい。帰社してから早速電話してみたのだが、あいにくお休みだった。今度山形関連の書籍を刊行することがあれば、ぜひ八文字屋商品部に行ってKさんに仕入れのお願いをしてみようと思う。
年度始まりの週も、やっと今日で終わりだ。街を歩けば、ひと目で新入社員とわかるグループが何組もあった。自分もかつてそうしていたことを思い出し、気持ちを新たにして五月病に備えよう。(小)
4月3日
我等が東北楽天ゴールデンイーグルスが、今日の対マリーンズ戦に快勝して7連勝となった。桜が咲く前にこんなに勝つと、誰が思っただろうか。悪夢の開幕4連敗が、まるで昨季の出来事のように忘れ去られているのが少々気になるが、それでも貯金3である。常勝チームなら大したことのない数字だろうが、初年度を借金59で終えたチームの貯金3は、もはや天文学的な数字である。こうなると、身のまわりの多少の不幸はもうどうでもよくなってしまう。行け! イーグルス!! 調子のいいうちに勝っておけ!
午後、納品で日販東北支店へ(断っておくが、いくら近いとはいえKスタには行っていない)。だんだん空が暗くなり、到着する直前で雨が降り出した。納品を済ませて外を見ると、本降りになっている。傘を持っていなかったので、しばらく日販で雨宿りをさせてもらった(本当にKスタには行っていない。アリバイもある)。間もなく止んだので、日販を出て駅方面に向かって歩き出した(もちろん仙台駅方面である。宮城野原駅方面ではない)。どうやら、近くのホールでどこかの大学の入学式があるようだ。友達連れ、親子連れで、スーツ姿の若者が歩いていく。桜には一週間ほど早いが、春ならではの光景を見て少し気持ちが新鮮になった。
この時季、自分のことで思い出すのは、卒業式や入学式ではない。高校を卒業して予備校が始まるまでの、数週間のことをよく思い出すのだ。高校卒業時、仲間たちは大学受験の失敗者が成功者よりもはるかに多かった。それでも、予備校に通うとなると、さすがにそれなりの孤独感が襲ってきた。「来年こそは!」「捲土重来!」などと気合いが入っていたわけでもないが、予備校が始まる前に勉強を始めておこうと、当時は西公園にあった市立図書館に毎日通い、二階の殺風景な部屋で一人で問題集を解いていた。その時の、何とも言えない空気感を思い出すのだ。その時感じた空気感と同じようなものは、今でも時々身に感じる。何か新しいことを始めたり、挑戦したりする時に、その空気が身を包んでくれるような感覚になるのだ。
実は今日も、そんな空気感を少し感じる出来事があった。ゴールの達成感は素晴らしいが、スタートのワクワク感もまた捨て難い。この春も、何かをスタートさせてみようか。できれば、あのチームの連勝が続いている調子のいいうちに。(小)
4月2日
午後、『現代中国論 開発・格差・共生を手がかりに』(楊世英 著)の新刊お知らせチラシを持って書店へ。最初のお店にはタイミングよく店長さんがいて、スムーズに営業。口頭ですぐに注文をもらった。その勢いに乗って次のお店。ここでもいつもお世話になっている担当者さんが簡単に捕まり、じっくりと売り込みできた。ここで個人用の買い物『あなたに不利な証拠として』を買う。某文芸評論家絶賛の一冊である。部屋には「乳と卵」掲載の文藝春秋三月号をはじめ読むべき本がたくさんあるのだが、ついつい買ってしまった。今日は他にどんな面白そうな本を見つけてもガマンすると固く誓って、三軒目のお店へ。ここでも担当者さんがすぐ出てきてくれ、大いに興味を持ってくれた。
三軒とも“中国”というキーワードに飛びついてくれた。やはりここ最近、中国本は目に見えて増えており、売れているそうだ。先日刊行された、やや刺激的なタイトルの関連本もよく問い合わせがあると言う。新聞でもテレビでも毎日のように中国のニュースが取り上げられ、その多くはややネガティヴなものである。残念ながら、プラスの意味の注目ではなく、マイナスな意味の注目を集めていると言ってもよいだろう。しかし、どんな質の注目でも、人の関心を集めるテーマならその関連本はよく売れる。「最新版! 激動する中国の今を、最新のデータから鋭く探る! 今世紀の主役となる“大国”の実像とは!?」なんていう文字がオビに躍っている本が書店にあれば、いまの中国に少しでも関心のある人なら手にするだろう。これが新書だったりすれば、なおさらである。同書もその波にうまく乗ってくれれば・・・。
昨日の夜は映画館で「Sweet Rain 死神の精度」を鑑賞する。原作は六つのストーリーを結んだ連作集だったが、映画ではその中から数話を取り上げて物語化している。活字で十分に堪能していたので、映画は別物として楽しんだ。たぶん原作にはなかった、印象的な台詞を一つ見つけられたことが収穫。この台詞は覚えておいて、時々思い出せればいいなぁと思った。「映画の台詞の中には、原作者や監督がどうしても言いたかったことを、俳優の口を通して言わせているというものが必ず一つや二つはある。その台詞を探しながら観るのも、映画の面白い鑑賞法の一つだ」と言ったのは、確か故・荻昌弘。今朝それを思い出した。(小)
4月1日
謹賀新年度。異動も新規採用もない小社は、ふだんと全く変わらない執務をしている。今年度も、どうぞよろしく。
午前中は編集作業。夏頃刊行予定の原稿に手を入れている。辛い記憶を活字に著したもので、こちらも自然と厳粛な気持ちになる。「出版=多くの人の目に触れる」ということを念頭に、わかりやすく、誤解のないように、文章を切ったりつないだりする。「あっ、これだと読む人が混乱するかも…」と、ピンと感じて直す。この「ピンと感じる」の時は、その文章を読んでの最初の印象が大切である。また、ある程度先に進んでから「やっぱり、さっきの文章は誤解を招くのでは…」と、ジワジワと感じて直す。この「ジワジワ感じる」の時は、その文章を何度も読み直して確かめることが必要だ。この二つを軸に、漢字の間違いや誤字脱字にも気をつけて作業を進める。明日には全体の半分に辿り着くことができるだろう。まずは漏れのないようにしなくては。
午後は強風の中、日販東北支店へ納品に行く。先月末の棚卸し明けなので、溜まった客注分が一気に来たようだ。自転車の荷台に、本をぎゅうぎゅう詰めにしたダンボール箱を乗せる。それだけでちょっとバランスが悪いのに、道に出れば突風が吹く。ハンドルを取られるし、思うように進まない。途中で追い風になると、ペダルを漕がずにグングン前進する。これがラクなようでコワい。帰り道は当然向い風。前を走る学生風の男の子の自転車を風除けに、まるでロードレースのように後ろについて走った。
明日は書店廻りをする予定。今月半ば刊行予定の『現代中国論 開発・格差・共生を手がかりに』(楊世英 著)だ。基本的には著者が教鞭をとる東北学院大学の講義テキストだが、一般書店にも少し並べたいと思っている。明日は風は収まっていることを祈って・・・。(小)
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