「ゾークさん、ルチアさんご苦労様でした。 お陰でフィエナさんだけでなくあそこに捕らえられていた人達を皆救出する事ができました」
「力になれて何よりだ。 しかしあのような施設があるとは…まだ掘り返したらその辺りに何か隠れてそうですな」
「そこら辺の調査はまた別料金でやったってもいいで、フォーゲルはん」
自身の屋敷にある客間でフォーゲルが仰々しく礼をし、ゾークとルチアがそれぞれ返す。
結局、あの施設には全部で二十人弱のハンターやパイオニア2での行方不明者が囚われていた。
研究データに関してはまだこれから総督府からの調査が入る所で、詳しい事はまだ分からない。
最も、人体実験などろくでもない研究には違いないだろうが。
在籍していた研究者やハンター達も多くが逮捕され、事情聴取が行われている事だろう。
後はあの施設が誰の所有物であるのかという点だが。
元凶を押さえない事にはまた同じ様な事件が起きるかもしれないし、まだ見つかっていないだけで他にも場所があるのかもしれない。
今回起こった大火災も遠からぬ縁があるようで、複数の施設があるのはほぼ確定しているといってもいいが。
「追々、黒幕は突き止める事が出来るでしょう。 既に目ぼしい所は幾つかリストアップされておりますし…当面はこれでよいでしょう。 今回の事件でハンターズギルドに登録されるエリアも大幅に増えた事は不幸中の幸いといった所ですね」
施設内に登録されていた地形データのおかげで空白だった地形も随分ギルドに登録される事になった。
磁場が安定している場所さえあればブルーバーストの発生源であるセントラルドームのすぐ近くから捜査が開始できる状態だ。
「なんや、フォーゲルはんはどっちかっつーとラグオルの調査に熱心みたいやね」
冗談めかして言うルチアにフォーゲルは薄く微笑む。
彼女の些細な機微に気付いたゾークは話を切り上げてここらでお暇させてもらう事にし、ルチアもそれに倣う。
「それでは、失礼する。 また何か変わった事があれば連絡しよう」
「はい、またよろしくお願いします、ゾークさん、ルチアさん」
二人を玄関口まで見送り、フォーゲルは屋敷の廊下で一つ息をつく。
「セントラルドームの方はまたプランを組むとして…さしあたっての問題は彼女達ですね」
様々な問題を抱えている屋敷内の人間を思い浮かべてはフォーゲルはやれやれと肩を竦めた。



新約 PHANTASY STAR ONLINE Episode1
-16- 「真実を垣間見て」




「何でそんな事言うの!? 従兄弟が死んじゃったんだよ? なのに何でよかった、って思えるの!?」
「あそこで私がセンカを止めてなかったら大怪我どころじゃ済まなかったのはセンカだったかもしれない。 私はそれを許容する事は絶対にできないもの」
激昂して怒鳴るセンカにミストは淡々と応える。
フィエナは姉の剣幕とミストの冷たさに体を震わせ…しかし彼女は姉の後ろではなくミストに寄り添っていた。
「クレッグは分家として貴女とフィエナの命を狙ってた。 センカだってあの戦いの中で自分が狙われているっていう自覚は持てたでしょう?」
確かに、身の危険を感じた事はあったし実際にフィエナは拉致された。
しかし彼女は未だ自身が命を狙われる理由を知らない…というよりはレインハート本家だからという理由で親戚から狙われるという式が結びついていない。
「何かの間違いだよ…何で、そんな…。 ねぇ、フィエナ…違うんでしょ? フィエナに酷い事したの」
「クレッグだよ。 もうこうなっちゃったから言うけれどね、お姉ちゃん。 私、お姉ちゃんに会う前にアイツに一回殺されそうになったんだよ?」
フィエナがぽつりと言った言葉にセンカは絶句し、ミストも意外そうに振り返る。
センカのように義兄とは呼ばず呼び捨てで、その声には怨嗟も含まれて。
その時の事を思い出したのか、少しばかり震えてミストの手を握り俯く。
「嘘…でしょ? フィエナ、あんまり悪い冗談…」
「嘘じゃないもん。 アイツだけじゃなかったけど…確かに階段から突き落とされたの覚えてる。 事故じゃなくて故意に。 あの頃の私には守ってくれる人が近くにいなかったから。 ハッキリ言うよ、お姉ちゃん。 分家の人達はお姉ちゃんの事…大嫌いだよ」
いつになく強い口調のフィエナにセンカは言葉に詰まる。
声だけじゃない、その瞳にも冗談の色は含まれていなかった。
「じゃ…じゃあレイラちゃんも私達の事、嫌いだっていうの!? 友達じゃなかったって言うの!?」
「…お姉ちゃん、レイラさんは実家とは半絶縁状態だよ。 あの人は自分がレインハートである事を捨ててる」
存外にフィエナがレインハートの事情に詳しい事にミストも少々面食らう。
「でも…でも前にパイオニア2でクレスお義兄ちゃんと会った時も優しくしてくれたよ…!? それなのに」
「クレスと…会った?」
初耳な言葉にミストの全身に緊張が走る。
「…タマモちゃんと初めて遊びに行った時…」
責められている様でセンカの声が徐々に小さくなっていく。
あの時も彼は表面では笑って、裏では憎いと思っていたのかと考えるだけで涙が出そうになる。
「…まぁ、元々パイオニア2に乗船したのはセンカが居るのを知ってじゃないだろうし、クレッグはともかくあのクレスの所が今動くとは考えにくいけど…用心に越した事はないか」
「…ねぇ、ミスト。 やっぱり…何かの間違いじゃないのかな。 親戚皆が…」
「三人」
センカの言葉を遮るようにミストが口を挟む。
「三人って…何が…」
「私が殺したレインハートの姓を持つ人間の数」
何かを言おうとしたセンカの唇の動きが止まり、フィエナも驚いた様にミストの顔を覗きこむ。
「一人目は当主であるアナタの父親を守るため、二人目は違法施設を潰した時に、最後の一人は幼いアナタを拉致した愚か者。 まだ小さかったから覚えてないかもしれないけど、確かにセンカは幼い時にも狙われた」
レインハートの姓を持つ人間を殺したのは三人だけ。
だが、その折にはもっと多くの人間の血をミストの体は吸ってきた。
出来る事ならまだ伏せておきたかった事実、そしてまだ告げるべき事が残っている。
ミストは自身の端末からメモリーチップを一枚抜き出し、センカへ差し出す。
今度は何だと恐る恐る手を伸ばしたセンカは何かを聞くようにミストを見上げた。
「アナタのお父さんに頼まれたものだよ。 本当ならセンカが成人した時が最低ラインだと思ってたけど…そうも言ってられなくなったから。 娘にはずっと見せてこなかったレインハートの歴史。 センカ、貴女はこれから自分がセンカ・レインハートっていう一人の人間としてどうやって生きていくかを選択しなくちゃいけない。 その為に、貴女は知らなければいけない」
沈黙が降りる。
呆然とミストを見つめるセンカと、真っ直ぐにセンカを見据えるミスト。
沈黙を破ったのはごくりと唾を飲んだセンカだった。
「…ミスト、もし…あの時クレッグお義兄ちゃんが自殺なんてしなかったら」
「ええ、きっと私が殺してた。 貴女の前である事を理解しながら」
「なんで!? なんでそんな事平然と言えるの!? そんなの、そんなのいつもの優しいミストじゃないよ! 何でそんなに怖い事!!」
「センカの命を守るためだもの。 私の手はセンカが思っているよりも汚れているよ。 私の昔を知ればセンカは私の事、嫌いになっちゃうかもしれないね。 でも、それでも私は私の勝手で貴女を守る。 それが"私"の存在理由だもの」
じっと自身の目を見つめるミストからは並々ならぬ覚悟が感じられた。
彼女は本気で自分の身を案じてくれていて。
「フォーゲルさんが暫く匿ってくれるらしいから今はゆっくり気持ちの整理をして。 私はこれからちょっと家に残してる生活用品を幾つかこっちに持ってくるから」
言ってミストは部屋を出て行き、それに着いていくフィエナが一度振り返る。
「…お姉ちゃん。 ごめんね…私は正直、あの人が死んでくれてよかったって思ってる…。 でも、お願いだから…私の事、嫌いにならないでね…ごめんなさい」
少し涙目になりながらもフィエナは頭を下げて部屋を後にする。
一人残されたセンカは二人が出て行った襖を見つめ、手に残るメモリーチップに目を落とす。
「憎みあうなんて、悲しい事なのに。 レインハート…センカ・レインハート…私の、名前」
「失礼致します」
少しして凛と響いた声にセンカはビクッと肩を震わせるが、入ってきたフォーゲルの顔を見てホッと息をつく。
狙われたという事実があるからだろうか、彼女の心持ちとは無関係に臆病になっているのが分かる。
「フォーゲル…さん」
「気分はどうでしょう…と聞かないほうがよいですね。 当面の危険は回避したものの、まだ黒幕が判明しない限り危険が伴います。 既に聞いているかもしれませんが暫くはここを我が家だと思ってお使いくださいね」
「あ…有難う御座います」
にこりと微笑むフォーゲルにセンカはコクコクと頷き。
「それで…当面はハルバーとシノビを貴女の護衛兼お供につけようと思いますので何か困った事があれば遠慮なく仰って下さいね。 彼らがいればラグオルに降りても安全でしょうし。 必ずどちらかが側にいるように計らいましょう」
確かにあの人達ならば安心はできる。
そこまでしてもらうのは悪いと思いつつ、今のセンカにはその心遣いが素直に嬉しく感じた。
「広い割に召使い等はいませんから多少不便に感じるかもしれませんがご容赦を。 …まぁ、暫くは人も増えて賑やかになりますよ。 だから貴女も早くいつもの笑顔を取り戻してくださいね」
微笑むフォーゲルにセンカはぺこりと礼をして笑顔を作るが、まだ上手く心の底から笑えなかった。
いつもの笑顔…センカは再度自身の手に収まるメモリーチップに視線を落とす。
これはレインハートの呪縛なのか、それともセンカ・レインハートの宿命なのか。
恐らくどちらでもあり、どちらでもない。
何も知らなかった自分がいて、何も分からない自分がいて。
だから知る事から始めなければいけない。
「貴女はこれから知らなければならない事があるでしょう。 でもその前に、お友達とリラックスをするべきですね」
「お友達…?」
自分の事で一杯一杯だったセンカはそこで初めて"彼女"の事を聞いた。





「シルキー…」
呆れがちな声。
が、自身を拘束するソレは緩まない。
「シルキィ…」
うな垂れながら、自身を抱きしめる彼女。
悪気はなく、自分の事を心配してくれているのが分かるせいで邪険にはできない。
邪険にはできないけれど…
「シルキー……暑い…」
助け出され、シルキーと再会してからというものぴったりとくっついて離れてくれない。
囚われていた本人よりも取り乱し泣き腫らした彼女にタマモは終始困りっぱなしだ。
タマモのせいでも、シルキーのせいでもないのだが、シルキーはもう何度"ごめんね"と言ったのか分からないし、タマモも"大丈夫だよ"と言ったのか分からない。
「タマモ、ほんっとうに怪我ない? 何か体おかしいとかないよね?」
「大丈夫だってば。 私はいつも通りだよ、シルキー」
困った様にもう一度繰り返すタマモにシルキーもようやく安心したのか彼女の肩から手を離して大きく溜息をついた。
その様子を眺めていたグレイと葛丸、ハルバーは顔を見合わせて肩を竦める。
「こらソコ、今何かムカツク事考えてたでしょ」
「とりあえず落ち着け」
言ってグレイがまた息をつく。
「あ…そうだ。 シルキーに聞きたい事が二つあるんだけど…いいかな?」
タマモは思い出したように小さく頷き、シルキーの目をじっと見つめる。
何?と首を傾げるシルキーに、タマモは彼女がここまで自分に対して神経質になる理由を問う。
「シルキーは知ってたから今まであんなに色々心配してたんでしょ?」
「知ってたって?」
「私の出自。 私がオスト博士の作品集、58番だって」
瞬間、シルキーは全身を硬直させる。
「思い出した…の?」
「ううん、相変わらず私は小さい頃の事は覚えていないけど。 私がどういうものか、っていうのはちょっと分かった気がする」
そう言うタマモの瞳には若干の恐怖と、決意の色。
シルキーは目を逸らしたくなるのをぐっとこらえて小さく頷いた。
「知ってたよ。 知ってて、隠してた。 作品集、って呼ばれてる人達は皆何かしらの力を秘めているって聞いてる。 そうなるように造られた、って。 だから…その、タマモが心配だったの」
「じゃあ、シルキーは知ってたんだ。 私の"力"」
テクニックではない炎の力。
今のタマモでは発揮する事のできない、彼女の内に眠る力。
多分彼女は幼い頃のタマモの事を覚えている。
だが、恐らく幾ら問い詰めても話はしないだろう、タマモが自分で思い出さない限り。
自分でも、まだその過去を全て許容できるとは思えないから。
自分を否定してしまいそうになるから。
「大丈夫だよ。 私は私…それは変わらないよきっと。 だからシルキー、こんな私でもずっと友達でいていいよね?」
「馬鹿な事言ってないの。 今までと同じ。 私の親友は貴女…それはこの先も絶対変わらないでしょ」
少し怒ったようにそっぽを向くシルキーにタマモが苦笑して。
その様子を眺めていた三人は"仲の宜しい事で"とまた顔を見合わせた。
「作品集…か。 何でも私は金毛白面焔狐の遺伝子が入ってるんだって。 リリアさんも、同じだった。 でも、どうして私達はそんな風に造られたんだろ…」
「コーラルの環境悪化と移民計画に伴った人類の適応能力強化の為だっけかな」
口を挟んだのはグレイだった。
思いがけぬ答えにタマモは驚いて振り返る。
ハルバーとシルキーも意外そうにグレイを見つめていた。
「俺も詳しい事は知らないんだけどな、過酷な環境に耐えられるように遺伝子改良を施して…その成果をヒューマンにフィードバックするのが目的だったんだと。 ま、タマモとか他の"作品集"が色々と散らばってる事を考えると途中で計画自体がどうにかなっちまったのかもな」
「ヒューマンの為の土台、だったって訳? 結果的には人類の為になるかもしれないけど、褒められたもんじゃないわよ!」
「まぁ、身勝手なもんだが…俺に怒んのかい」
タマモはシルキーとグレイのやり取りをみながらぼうっと考える。
形はどうあれ、自分は望まれて造られたものであり…本当ならば人の役に立つ為に生まれた命。
破壊する為の力、化物の力の側面は持つものの、本来は戦う為の存在では決してなかったと言う事だ。
だが実際の所、タマモには身に染み付いた戦闘技術とあの力が眠っているし、タマモが生まれた時にはオスト博士の計画がどうなっていたのかも分からない。
そこの折り合いはまだ完全につける事はできなさそうだ。
「…有難う御座います、グレイさん。 少し、気が楽になりました」
「どういたしまして。 あそこで会ったアリスみたいに堂々と名乗る必要はないと思うけど、自分の事でそんなに気に病む心配もねーさ」
笑顔を見せるタマモにグレイはそう返し、そんな彼をじと目で見るシルキーと意外そうに見るハルバー。
「オメー、よくそんな事知ってたな? 作品集の名前は聞いた事あったけどよ、そんな詳細まで知らなかったぜ」
「受け売りだよ。 医者の卵の受け売り」
ハルバーは"あー"と天井を見上げて頷き、グレイはこの話はここまでとばかりに目を閉じる。
そんな二人からタマモはどことなく寂しそうな雰囲気を受け、慌てて話題を探すと"もう一つの質問"が戻ってきた。
「シルキー、もう一個の質問もいい?」
「うん、いいよ? …どしたの?」
上目遣いで何処か言いにくそうにしているタマモにシルキーが疑問符を浮かべる。
一つ深呼吸をしてタマモは問う。
「シルキーとグレイさんって恋人同士なの?」
シルキーの目が点になった。
かと思えば見る見るうちに真っ赤になり、肩を震わせる。
「こ、こいつと? 私が!? ない! ないわよ、ないってば!!」
「物凄い否定してんぜ?」
「実際ないからなぁ。 否定もするだろ」
「しかしあの慌てようは逆に誤解を招くのではござらんか」
「カズ、余計な口を利くな!!」
シルキーが手近にあったお盆を葛丸に投げつけ、シルキーは大きく息を吐いてタマモへ向き直る。
その剣幕にタマモは苦笑しながら僅かに後ずさった。
「タマモ、何の誤解か知らないけど…そういった事はないからね」
「う、うん…分かった…」
「何だか此方は既にリラックスされてるようで何よりですね」
クスクスと笑いながら襖を開けてフォーゲルが顔を覗かせた。
彼女の後ろをついてきていたセンカは、そこに居る"友人"の姿に思わず顔を綻ばせる。
「タマモちゃん…!」
「センカさん! センカさんもこの火災で大変だった、って聞いてたんですけど…大きな怪我とかはなさそうでよかったです」
(シルキーの剣幕から半ば逃げるように)立ち上がったタマモはセンカの手を握り、笑顔を浮かべる。
そんな彼女と対面したセンカは自身の気持ちが楽になるのと同時に申し訳なさを覚える。
タマモがフィエナと同じ施設に拉致されていた事は耳には入っていたが完全に右から左という状態だった。
自分の周りに起きた事で精一杯で、彼女の事を考える余裕がなかった。
そんな自分が情けなくて、そんな自分が嫌で…自然と涙が零れた。
「セ、センカさん? どこか痛むんですか?」
タマモが慌ててそう聞くが、センカは俯いてふるふると首を横に振る。
「そうじゃないの。 そうじゃ…タマモちゃんもフィエナも無事で本当によかったのに…私、本当は無事だった事を一番喜ばないといけなかったのに…ごめんね、ごめんね」
タマモをぎゅうっと抱きしめながら涙を零すセンカに驚きつつも、タマモは彼女を抱きしめ返すとその頭を撫でる。
彼女が落ち着くまでそれまでの喧騒は静まる…かに見えた。
「URYYYYYYY!! 客室どこも完全完璧に完備! 三食昼寝にライデンももれなくついてくる!!」
「それはお得じゃないかダッシュゥ!! この俺がライデンだと知って言っているのかい!?」
襖を突き破って転がり込んできたのは二人のライデン。
ごろごろと畳の上を転がり、嫌にアクロバティックな動きで宙返りをする。
「…フゥ。 二人とも、皆さんが泊まる部屋の準備は出来たのですね?」
「出来たも何もこれ以上ないぐらいカンペキャブル!!」
「壊しちゃいけない人類の宝みたいな出来に仕上がったぜ!!」
互いにガッツポーズを決めるライデンを冷ややかに見つめる一行。
センカも涙のなの字も忘れたように呆れ顔で。
只一人ニコニコを笑みを浮かべていたフォーゲルは破れた襖を指差す。
『サー! イエッサー! 襖になら轢かれて死んでもいいです!』
ライデン達はビシっと敬礼し、破れた襖を持ってまた慌しく廊下を走っていった
「…アレが用意した部屋とか大丈夫なのか?」
「凄い不安よねぇ」
ハルバーとシルキーが疲れた声で言い、しんみりとした雰囲気が吹き飛ばされたセンカはタマモと目が合って苦笑する。
「当面はお二人にはこの屋敷で生活して頂きます。 警護もお付けするので少々窮屈かもしれませんがご容赦下さいね」
落ち着いた二人にフォーゲルはそう言い、簡単に屋敷内の説明を行う。
ラグオルに降りるのも一人でなければ基本的に自由、警護役を振り回して下さいとの事だ。
むしろ時によっては力を借りたい事もあるようで。
特に断る理由も無く、フォーゲルの気遣いに只感謝するばかりだ。
最も、ラグオルに降りれるのだとしてもセンカに関してはあまり外に出るつもりはなく。
今の自分には知らなければならない事があるから。
逆にタマモはといえば、周囲にこれだけ熟練のハンター達がいてくれるのだからこの機会を用いて色々と見てもらうつもりで。
彼女は彼女で強くなりたい理由ができたから。
「そろそろいい時間ですし夕餉の支度でも致しましょう。 グレイ、ハルバー、御作り願えますか」
『お手伝い願えますかじゃないのかよ!!』





「クレッグが死んだ…? センカに手を出しそうな予感はしてたけど、そうか」
従兄弟の死を聞いた"彼"の心は特に乱れる事はなく。
椅子に腰掛けたまま端末から浮かぶホログラムに頷いた。
別に何の感慨も湧かない、"彼"にしてみれば競争相手が減ったぐらいにしか感じなかったし元々そんなに馬があったわけでもない。
只、何も知らなかったセンカが自分の状況を自覚し、彼女へ選択を迫る時が近づきはした。
彼女お付きのあのアンドロイドがソレを知らせる事だろう。
「それで…こうやって連絡をキミが取ってきてるという事はジグは無事という事かな?」
ホログラムに映る赤い髪の少女に問い掛けると彼女はうんうんと頷いた。
『何かね、脱出する前に強いのとやり合えたみたいで至極ご満悦だよ。 帰ってくるなり"今日は赤飯焚くぞ"って。 久しぶりにお赤飯食べたよ』
ころころと笑いながら無邪気な笑顔を浮かべる少女に思わず表情も綻ぶ。
「もうスカイリー総督府とは契約切れと見てもいいのかな?」
『それはそうみたい。 ジグも何だか呆れ帰ってるし、クライアントさんは行方くらます算段してるっぽいよ。 と言ってもブラックペーパーが確信持って動き出してるみたいだからあのオジサン、もう後がないかもね』
ジグ曰く、狂信じみたオッサンの行く末に少女は特に感情も抱かずにまるっきり他人事の言い様だ。
「そうなんだ。 じゃあこっちからジグに契約を持ちかけても問題ないのかな?」
『どうだろーね。 もう夢の世界だからまた明日にでも聞いとくよ。 その気があるならジグから連絡行くと思うから待っててあげてー』
彼が寝ているであろう部屋を振り返る素振りを見せ、少女は苦笑して返す。
そして、仕事の話はここまでと切った少女はにこにこと笑いながら最近の日常を話し出す。
余程日常の話相手に飢えていたのだろうか、留まる所を知らずそれだけで小一時間ばかりを過ごす。
『それでね、今度都合つけてもらえるようになったんだ。 作品集26番、アリスさん』
「ジグの仕事仲間だっけ。 僕は会った事がないけれど…キミのお姉さんに当たるのかな?」
『違うよ、私は正式な作品集じゃないし厳密にはお姉ちゃんじゃないんだよ。 作品集59番の遺伝子を以って作られたのが私だから59番がお姉ちゃんって事になるかな』
彼女が59番と呼ぶ姉の顔を思い浮かべる。
よく似ているが性格はまるで違う、まずこんなにお喋りじゃないし仕事熱心だ。
それに正直な所、姉妹仲はよろしいとはいえない。 「キミのお姉ちゃんが59-1番でキミが59-2番…かい?」
『うん。 番号にまた付番するって変な感じだよね』
苦笑する少女はその後も捲くし立てていくが、その内目を擦りながら欠伸をする。
年齢に比べて本当に子供みたいだと苦笑するが言葉には出さない…出すと怒るから。
「あんまり夜更かしするもんじゃないよ。 また話なら付き合ってあげるから。 今日はもう寝るといいよ、ソフィ」
『うー…うんー。 それじゃあジグには契約どうするか聞いとくね。 出来たら私込みの契約がいいな、私最近暴れてないんだよね』
だから日常の話も溜まってきてるんだけどね、と苦笑してまた大あくび。
『それじゃあ寝るぅー。 おやすみ、クレス」
その言葉を最後に端末は光を失う。
ずっと座っていたクレスはうんと伸びをして別の端末を立ち上げる。
画面には現存するレインハート家の家系図が示され、その内の一つ…死んだクレッグの位置を削除する。
「全く…短絡的だからすぐに脱落する事になるんだ。 さて、センカ。 キミは真実を知ったらどんな選択をするのかな? レインハートという名を完全に捨て去ってしまうのか…それとも、レインハートを継ごうと考えるのか」
クレスは一つ溜息をついて天井を見上げる。
継ぐという決断を彼は待つ。
そうすれば、クレス・レインハートはセンカ・レインハートを遠慮なく傷つけることが出来るのだから。





「きな臭いきな臭いと思ってはいたけどやっぱりスカイリー総督府で当たりだったわけね」
「そうみたいだねぇ。 情報のお買い上げありがとね」
いつも二人で会う時に入る行き着けの料亭でアリスは並べられた料理に舌鼓を打ち、向かいのフォックスは彼女から提供された情報をしかるべき所に連絡する。
仕事熱心だねぇ、と苦笑しながら度の強い酒を煽る。
「でも貴女が酒なんか頼むのは珍しいわね。 少なくともアタシと居る時は全然呑まないじゃない」
「いい事があったからね、今後の期待も含めて祝い酒。 あ、フォックスはダメだよ、何だかんだでまだ未成年なんだから」
クスクスと笑って料理をつつくとフォックスは分かってるわよと返して端末の電源を落とす。
見た目という点なら明らかにフォックスの方が年上に見えるのだが、実年齢で言えばアリスの方が上。
二人とも作品集であり、その番号には三十番程の開きがあるのだからそれぐらいの差はあるといえばある。
「それで? 他に何かアタシに伝えたい情報があるみたいだけど?」
「うん。 この前リリアちゃんを助けた作品集の子がいたっていったでしょ。 その子なんだけど、身元が分かったの。 フィフスナンバー、58番タマモちゃん」
伸びかけていたフォックスの箸がピタリと止まる。
その隙にアリスが一品つまんで口に放り、咀嚼しながら首を傾げる。
「フィフスナンバーの最高傑作だっけ。 貴女の一つ上だよ、フィフスナンバー、59番フォックス」
「ふぅん…。 で、どうだったの?」
「お体は異常無し、心は…今まで自分の事を知らなかったのかもね、少し痛み気味。 で、気になる実力だけどぱっと見た感じだと私にも貴女にも到底及ばない。 気の優しそうな子には見えたけどね」
「そ。 でも不思議なものね、フィフスナンバーがアタシ含めて三人もパイオニア2にいたなんて」
既にこの世にはいない53番を思い浮かべて言ったフォックスは少しばかり感傷に浸りながら料理を口にする。
「そうだねぇ。 一人は貴族の養子で大切に大切に育てられて一人は生きることに明け暮れて明け暮れてこんな不良娘になっちゃって」
「余計なお世話よ。 アタシにはそれしか教えてもらえなかったんだから仕方がないでしょう」
ま、環境が酷かったねと相槌を打ち、最後の一人を思い浮かべる。
あの空色の髪の少女は何も知らないままに普通に過ごしてきたのか。
アリスは三人の違いを思い浮かべながら溜息をつく。
「ねぇ、フォックス」
「何?」
「今度、タマモちゃんに会いに行ってみようよ。 きっとお互い得るものだってあるだろうし」
何処に住んでるか知らないんだけどね、と断るとフォックスは呆れ顔になるのだった。





新約 PHANTASY STAR ONLINE Episode1 -16- 終