「む…これはミスト殿。 今日もお早いですな」
ラグオル上ならばまだ日の出が見えるぐらいであろう時間。
屋敷の縁側でのんびりと腰掛けている小柄なアンドロイドに気付いた葛丸はここ数日の定例となっている挨拶を交わす。
「お互い様だね、葛丸。 日課の早朝訓練ご苦労様」
仰向けになりそうなぐらい背を倒した姿勢で葛丸を見上げる。
愛想よく小さな手を振り、それこそいつも通りのミストが顔を覗かせる。
が、その中にはどうしても葛丸は違和感を覚えずにはいられなかった。
互いの自己紹介を済ませた時からどうにも関係がぎこちない。
葛丸の方はそうでもないのだが、ミストから葛丸に対してどうも歯切れが悪く。
彼女が他の者と接している姿を見ていれば否応無くその違いは感じられた。
嫌われている、という感じではないのだが彼女の方から距離を置かれている。
「ねぇ、ちょっと聞きたい事が前からあるんだけど、思い切って聞いちゃってもいいかな?」
「拙者で答えられる範囲でならば喜んで」
いつもなら挨拶の後は当たり障りのない会話を二、三交わすだけに過ぎないのだが、今日は何か様相が違った。
少なくとも今まで挨拶の後に彼女から質問が飛んでくることはなかったから。
「四刀の一振り、オロチアギト。 葛丸はどれぐらいの頻度で手入れしてるのかな?」
「可能な限り毎日手入れしております。 何にも代えがたい掛け替えの無い物ですので」
葛丸の答えにミストは満足したのか、小さく頷くとぴょこんと立ち上がって葛丸に向き直る。
「さすが武士の鑑だねー。 感心感心…その刀には沢山の人の思いが詰まってるんだもんね。 これからも精進いたすとよいぞ、なんてね」
いつもとは違う機嫌の良さに葛丸は少々呆気に取られ、ミストはじっと葛丸の顔を見つめていた。
「もう一つ質問。 今日まで見てきた感じ、お侍さんには主君がいないみたいだね」
「そうですな。 主君となるべき者を早く見つけるようにとアギトを託して下さった師が仰っていましたが、生憎と未だ我が剣を捧げる主が見つかっておりませぬ」
「そっか。 でも主君が居るって事を考えるっていうのが根っからのお侍なのかどうなのか…」
ヤレヤレと肩を竦めるミストだが、葛丸にとってみれば自身が造られた時からの命題の一つ。
それは彼にオロチアギトを託した者も同じであって。
「兄と呼んでも差し支えない師も主君を持っておいででした。 拙者は遭った事はございませんが、さぞ立派な主君だったのでしょう」
「過去形なんだ?」
「師は既にこの世にはおらぬのです。 最後は仕えし主君を守り抜いた事を今でも信じておりまする」
自分でも驚くぐらいスラリと言葉が出てくる。
何故か彼女には話してもいいという気分になれたのは珍しく彼女との応対があったからかもしれない。
「ごめんね、変な事聞いて色々口滑らせちゃって。 お礼になるかどうか分からないけどもう一つごめん、って謝っとくね」
「ミスト殿?」
「私は、出来る事なら葛丸が誰も主君と仰がない方が幸せだと思うから」
新約 PHANTASY STAR ONLINE Episode1
-17- 「間奏 違う日常」
「失礼します」
膝をついてゆっくりと戸を開くと、既に準備は整っているというようにフォーゲルが部屋の中央で正座をして待っていた。
片手で開いていた本を閉じると来訪者へ顔を向け、笑みを浮かべる。
何度見ても綺麗な人だと少女は毎回胸を弾ませ、ぺこりと一礼をして部屋と廊下の境界をまたぐ。
「お早う御座います、フィエナさん。 今日はお一人なのですね?」
あら?と意外な顔をしたフォーゲルにフィエナは言葉を濁らせて苦笑する。
いつもはシノビ、ヴェル、ミストあたりの誰かが共に来るのだが今日は珍しく。
ミストはレイラと会う約束があって護衛代わりのシノビと共に先ほど出かけていった。
その事自体はフォーゲルだって知っている事で、残りの"いつもの"一人には予定はない筈なのだが。
「ヴェルさんはその…」
「大方、昨日の一言が堪えたのでしょうね。 ですが事実なので仕方がありません」
かぶりを振りながらフゥ…と溜息をつくフォーゲルにフィエナは困った様に頬を掻く。
"鍛錬を怠っているようではその内追い抜かれますよ? 誰に、とはいいませんけど"
その際、チラリとフィエナに目を向けて微笑んだのが印象深かった。
彼女の一言が余程効いたのか、今日は屋敷内の鍛錬場で何かしているようだ。
「さて、アレの事は再来年ぐらいまで置いておくとして始めましょうか」
「は、はいっ。 今日も宜しくお願いします!(再来年…)」
立ち上がったフォーゲルは側に寝かせてあった杖を手に精神を集中させる。
すると、彼女の側に半透明の障壁が生み出された。
クルリと杖を回転させてから一歩退いたフォーゲルはフィエナに小さく頷いた。
「今日はゾンデ系にしましょう。 まだゾンデは私も見ていませんから」
「はい…いきます」
ごくりと唾を飲み、フィエナがテクニック詠唱の為に集中を開始する。
体全体がいつも以上に力むのは気のせいではなく、自分でも自覚はしている。
「っ…ゾンデ!!」
フィエナの掌から雷が迸り、障壁を一撃の下に突き破る。
同時に障壁を貫いた雷撃が周囲へ弾けて霧散した。
大きく息を吐いたフィエナはバツが悪そうにフォーゲルへと顔を向けると彼女は頬に掌を当ててあらあらと呟いた。
「随分と精神力を練りこんでしまってますね。 力の調節の点もそうですけど…フィエナさん、ゾンデ系は苦手のようですね?」
「うぅ…はい。 フォイエ系、バータ系はそうでもないんですけど…ゾンデはどうも…」
これはもう相性の問題のようですね、とフォーゲルは息をつきフィエナはがっくりと肩を落とす。
「ですが相変わらず威力の方で見れば相当ですよ。 最も、一発撃つのに消耗しすぎているのは気に掛かりますね、やはり」
言いながらフォーゲルは次の障壁を生み出すと次はどうしたものかと思案する。
ニューマンであるフィエナは血筋のおかげもあってかテクニックへの適性はフォーゲルの見立てではかなり高い。
だが、心の幼さ故か今ひとつテクニックの発動が安定しないのだ。
テクニックの訓練を一人行っていたフィエナを目にしたフォーゲルは彼女が自分の力をコントロールし切れていない事を一目で見抜く。
自分に眠っている潜在的な能力に彼女自身が翻弄されているのは可哀想だからというフォーゲルの気遣い。
「では…苦手を承知でもう一回ですね。 今度はラゾンデでお願い致します」
「う…わかりました」
困った様にフィエナは頷くと精神を集中させ、イメージを形作っていく。
体から明らかに力が出て行くのが感じられ、その詠唱時間もラフォイエ、ラバータに比べて長くなっている事も実感できた。
仕事中だと必死であまり気が回らなかったが、こうして落ち着いて修練をすれば嫌というほどよく分かる。
「ラゾンデっ!!」
先程よりも力強い雷が迸り、周囲に撒き散らされるも広がっていった雷撃は障壁へ向かって収束し、ゾンデの時と同じ様に撃ち貫く。
障壁を破った雷撃は手持ち無沙汰のように暫く部屋の中を奔り、やがて消滅していった。
フィエナの額からは汗が流れ、今の一撃が及第点に遠く及ばない事を体で理解する。
力の消耗加減、威力の調整どちらも全然出来ていなかった。
「少し苦しいといえば苦しいですね。 このまま実戦を考えるとゾンデ系は意識の範疇から出した方がよさそうですね…」
現状ではとても彼女の精神力に見合った成果が出ているとは思えない。
今の所一番得意に感じられたフォイエ系もまだまだ荒削りな感があるのだし。
「では気持ちを変える意味合いで…フィエナさんはグランツは習得済みですか?」
「グ、グランツですか? …一応、使えますけど本当…習得しただけというか」
彼女が最上級である光のテクニックを習得したのはその先に控える"術式"を身に付けるため。
フィエナにしてみれば通過点であり、普段使うには錬度はさっぱりといっていい。
先にある"術式"もそうだが正に習得しただけ、一度使う事が出来ただけな代物だ。
「なら今日はグランツの習得に力を傾けてみるのもいいでしょうね。 ささ、試しに」
既にやる気満々なフォーゲルは三度となる障壁を生み出し、杖で叩く真似をする。
おろおろと困った顔をしているフィエナをよそに準備は万端で。
腹を決めてフィエナは両拳にぐっと力を入れると目を瞑り、集中を始める。
瞬間、フォーゲルが"あら"とフィエナにも聞こえないような呟きを発した。
力が練りこまれるのに合わせてフィエナの掌に光が集まる。
「グランツ!!」
少女の掌から光が迸った。
「たあぁっっ!!」
身を捻り、裂帛の気合を乗せた長刀の一撃がグレイの剣の腹を叩く。
上から押し込むように打ち下ろされたソレを受けきったグレイは力ずくで少女の体を弾き返す。
しかし、その際に生まれた隙を突くように姿勢を低くし、足下を狙う。
反射的に打ち出された一撃が故に驚くほど自然に繰り出されるが、まるでそうなる事を読んでいたかのように少女の眼前、長刀の放たれた先にはグレイの剣筋が現れる。
長刀を弾かれ、体勢を崩された所に追撃が入るもタマモの体は自然に反応し更なる反撃に転じようと身を捻る。
すると途端にグレイの剣が勢いを増し、反応速度を超えて叩き伏せられる。
「うわ…」
脇で休憩していたシルキーが思わず声を上げた。
最初は烈火のごとく猛抗議に走ったものだが、数日で慣れてしまった。
「んー……」
グレイは困ったように腕を組み、叩き伏せられたタマモがゆっくりと顔を上げて座り込む。
「またやっちゃいましたか」
「またやっちまったかなぁ」
顔を見合わせどちらかともなくため息をつく。
シルキーの隣でくつろいでいたヴェルは首を傾げ、シルキーも実際に相対してないが故に実感はない。
タマモの反応速度、攻撃への対処法どちらも賞賛するべきものなのだが。
「やっぱり体に染み付いてる癖が中々取れないよなぁ。 相変わらず無意識に反応する時が多すぎて」
「うぅ…考えると体がついて行きませんし、ちょっと熱入れちゃうと勝手に反応しちゃうんです…」
盛大にため息をついてタマモが立ち上がる。
やはり反射的に受身をとっており叩きつけられた音に反してダメージは少ない。
落ちた長刀を拾ってむー、と唸りながら柄で床を叩く。
「や、最初に比べたら全体的に仕上がっては来てんだけどね。 咄嗟に出る行動も悪くはないんだけど…体が勝手に反応し過ぎて最適な手が選べないんだよなぁ」
「なーなー、兄貴ー。 別にそんな考え込むことじゃないんじゃねーの? 傍から見ててもタマモさん、いい動きしてんじゃん」
「そりゃ見てたらそう思うだろーよ。 本人もたぶん意識してないけど、体に負担がかかり過ぎてる。 まだハンターに成り立てで数こなしてないから分かんない状態なんだろうけど、このままだと遠くない内にガタが来る」
育った環境が環境だから仕方ないんだろうけど、と付け加えシルキーが一つため息をつく。
タマモは覚えていないが、シルキーはしっかりと覚えている事を思い返し。
「多少総合力が落ちたとしても過敏過ぎる反応だけは何とか抑えときたいんだよな…そこらの原生生物とか中堅ハンターには遅れはそうそう取らないだろうけど、一定以上の相手には命取りになりかねないし」
「…多分私が訓練を受け続けて育っていれば適合していたんでしょうね」
自身の中に眠るもう一つの人格を思い浮かべて。
「あとまぁ、良い事か悪いことかは人それぞれだけど…タマモの無意識反応って結構エグイんだよな…。 というかタマモの基本スタイルが案外酷い」
「そ、そんなに酷いんですか…?」
「酷いって何が酷いのよ。 基本は出来てんじゃないの?」
タマモは不安そうに、シルキーは言っていることが分からないと言った様に。
「シルキーも前の一回だけじゃなくて何回もタマモに付き合えば見えてくるって。 ていうかここ数日俺との訓練比率がやばいと思うんだが」
タマモがフォーゲルの屋敷に厄介になってから数日。
毎日一人の修行だけでなく、シルキー、タマモ、ヴェル、暇なときにはハルバー、時間が合えば葛丸と修行しっぱなしで。
それでも全然へばらないのは凄いといえば凄いのだが。
「まー、いいや。 やってみりゃ分かるって事でヴェル。 5分間、タマモの攻撃を捌き切ってみな。 攻撃は不許可、防御だけに全神経注ぎ込んでな。 タマモは逆に攻撃に全神経注いで。 途中で止めようなんて考えなくてもいいから」
名指しされた弟は嫌な予感がするなぁと呟きながら立ち上がり、タマモは頭の中でどうするかシミュレートしながら鍛錬場の中央に立つ。
一休み一休みと伸びをしたグレイがシルキーの隣に腰を下ろせば、何考えてんのよとグレイを小突く。
「見てりゃ分かるって。 ヴェルはどっちかっつーと防御重視だから凌ぎきるとは思うんだけどな」
「思う、って…アイツ勝ち越してるじゃん、タマモに」
「総合力で見りゃな。 ほれ、始まった」
話を中断して、開始された試合に目を向ける。
長刀を扱うタマモと、片手で振り回せる剣を持ったヴェル。
攻撃に全神経を、と言われた通りに初っ端から思い切り距離を詰めて一閃するもヴェルを捉える事はなく空を切る。
背後に回ろうとする彼の姿を完全に目で捉え追撃し彼の剣を叩けばその勢いを利用してタマモと距離を取る。
と、そこでヴェルにとって予想外の事がひとつ。
彼が想定していたよりもタマモの距離の詰め方が早く、ワンテンポ早く回避行動に移ることになった。
次いで繰り出される斬撃を避け、タマモの肩をバネに彼女を飛び越える。
「っとっと、あぶねーあぶねー。 今までやってきたよりも何か動きがはや…どわっ!!」
ヴェルが言い終わるよりも早く次の攻撃が彼の頭上を掠め、身を屈めた彼の眼前にタマモの膝が映る。
宙返りして事なきを得るも、着地と同時に横っ飛びをすれば今まで居た場所を長刀の柄が空を切った。
「ヴェルー、KOなんてされたら屋敷内全部掃除でもしてもらうからなー」
「それは拷問ねぇ…っていうか、いつもよりタマモの動きキレてない?」
思っていたよりもタマモの動作が速い事を、相対しているヴェルは勿論シルキーも感じ取っていた。
普段は相手からの攻撃も考慮に入れるのだから当然といえば当然ではあるのだが、現状を見ていればタマモが防御を考慮に入れてもそんな変わらない気もした。
「多分そろそろ相手してるアイツは気づくと思うんだけど…。 因みにタマモって我流が多分に入ってるけど基本の型は我流じゃないわ」
「へ、そうなの? あたし、タマモってずっと我流だと思ってたんだけど」
「訓練させられてた頃に基本の型が入ってるっぽいな。 式波流だかそんな名前の流派かね、一回だけやりあった事あるぐらいでもう他に使い手なんていねーと思ってたけど」
「あんたって結構そういう系のマニアよね」
「まー、俺がそういう剣術の使用者だからやりあう毎に知識は増えてくって」
シルキーも我流だけじゃなくて何か基本の型は覚えといた方がいいぞー、と付け足すとシルキーはむぅと唸って視線を戻す。
タマモの繰り出す突きがヴェルの腰の傍を通り過ぎ、次いで顔面へ放たれた拳を身を捻って避ける。
「おわっ、タマモさん、今の拳中指ちょっと出てた!!」
「え…ご、ごめんなさい。 で、でも攻撃は止めない…」
慌てるヴェルに、タマモは無遠慮に攻撃を仕掛ける。
猛攻、という言葉が相応しいその攻めにシルキーはぽかんと口を開け、グレイは何か思い立った様に声を上げる。
「ヴェル! 一回だ、一回だけ攻め入れていいぞ。 その一回でタマモを倒すぐらいの気迫でいきな」
彼の声を受けて、タマモの動きが一瞬鈍る。
これで彼女は一度の攻撃に対して防御を考慮に入れなければいけなくなった。
しかし、一回だ…一回を凌げば問題はない。
途端、観戦していたシルキーの背中に悪寒が走る。
どのタイミングで攻撃を入れるかと思案するヴェルはタマモが今までと違う構えを取ったことに気づかなかった。
「ヴェルはヴェルで焦り易いんだよな。 多分次で介入が必要かね」
どっちの為に介入するかはしっかり見せてもらうかな、と立ち上がった時には既に試合開始から4分が経過していた。
タマモが一気に突っ込み、片手で無理やり突きを連続で繰り出す。
顔、胸元、足元、肘、と狙われた全てを避け、最後に腹部を狙って繰り出された突撃を避けたヴェルはタマモの真横から気迫の篭った一撃をぶつけにいく。
最後の大きな一撃に見えた隙に一撃を放つと同時に、タマモの口元に笑みが浮かんでいた事に気づく。
既にタマモにとっては殆ど無意識、体が勝手に動くレベル。
ヴェルの一撃はタマモの体ギリギリを掠め、剣圧で彼女の腕に僅かばかりの痛みが走るもそんな事は問題にならない。
思い切り身を捻り、遠心力を多分につけた一撃は斬るというよりも叩き伏せる事に意義を持ち。
一度限りの攻撃を避けられたヴェルはすぐに防御に入るが彼のガードを突き破る衝撃は彼に膝をつかせ。
次いで眼前に迫る彼女の突撃に身震いすると共にタマモの長刀が突如方向を変えた。
「はい、そこまで。 タマモ、落ち着くために深呼吸。 ヴェル、もう緊張解いていいぞ」
言われるままに深呼吸をするタマモと、どっと疲れたようにへたり込むヴェル。
最初から最後までの攻防をシルキーは思い返し、攻撃に重点を置いたタマモについて自分の結論が導き出された。
「…ねぇ、グレイ。 今までのってさっき言ってた式波流だかそんなのの流派の動きなんだよね? それがタマモの体に染み付いてんのよね?」
「んだね。 癖のある流派だけど存外に適応してると思う」
パタパタと手で仰ぐタマモと天井を見上げて大きく息を吐くヴェルを見比べて。
「確かに酷いわね。 うん、酷い」
「シ、シルキーまで…。 グレイさん、その…どこがどう酷いんでしょう…!?」
「っ…酷い、っつうか…ふぅ…エグいと俺思うんだ…」
ヴェルがタマモを見上げ困ったような顔をすればグレイはやれやれと肩を竦める。
「最後にタマモが繰り出した技な、式波流の奥義の一つで式波流"八拾七式 睦月三段"。 まさかそんなトコまで習得してると思ってもみなかったけど…最初の連撃がフェイント、二撃目が準備、三撃目がトドメの知覚狙い。 で、タマモは殆ど気づいてないんだろうけど」
「な、なんでしょう…」
ごくりと唾を飲み、言葉を待つ。
「式波流ってのはかなり殺人剣寄りでね、それのせいかはわかんねーけど…人体の急所狙うのが凄く上手いんだよ」
シルキーは大きなため息をつき、タマモは今グレイが言った事を反復するのだった。
「おーおー、また部屋暗くして不健康なやっちゃなー」
ハルバーは襖で仕切られた部屋に上がりこみ、部屋の中央でぼうっとホログラムを眺めている赤い髪の少女の前へ盆を置く。
そこにはサンドウィッチが並べられ、卵が挟んであるものを手にとって彼女の横で食事を始める。
彼が隣に座る前にホログラムを消した少女は代わりに部屋の明りをつけてサンドウィッチを一つ手に取った。
「ハルバーさん、私…どうしたらいいんだろうね」
センカ・レインハートの名を持つ少女はここ数日で知った"現実"とずっと向き合っていた。
自分は知らないだけで、多くの人に本当の意味で守られていた。
レインハート本家と分家の確執をまるで知らなかった。
事の始まりは遥か昔の出来事、正当な血筋である五代目当主が分家の手によって殺害された事。
そこからレインハートの名を持つ家の歯車は狂いだした。
六代目に就任したのは五代目を殺した者の嫡子で、その六代目はまた別の者によって殺された。
六〜十代目ぐらいまではそれこそ各自一年保つか保たないかといった程度で殺し殺されての酷い時代だったらしい。
レインハートの家柄はフォースとして一流の名を馳せ、六代目以降はその力を以って軍事にも政治にも発言力を持つようになっていった。
その代償として内輪の争いが活発化し、しかし保身の為に自分たち以外の血筋を排斥してしまえばレインハート全体としての力を失ってしまう事になる。
政治、軍事共に権力が確立してきた頃から"本家"と名乗る者達以外の動きは慎重になって。
とはいっても、それまで一代ごとに血筋が入れ替わってきていたのが数代に一度入れ替わるになった程度だが。
お互いに殺し殺され、疑心暗鬼を生みその溝は世代を追うごとに深まっていった。
その結果、従兄弟と呼ばれる者達からは忌み嫌われセンカ・レインハートは現在狙われる側にいる。
もしも自分が本家の血筋でなかったのならば"そういった風"に育てられていたのだろうかと考えると涙が出てくる。
自分の両親の姿を思い浮かべ、二人ともそんな酷い考えは出来るとも思えないと考える。
もっとも、母親はレインハートのしがらみの外から迎えられた人間なので、もしもを考えればレインハートの輪の中には入らなかった人物ではあるが。
「誰かがこうしたらいいっつってもそれが正解って訳でもねぇしな。 自分でやりたいようにやんのが一番だ。 幸い、オメーには慕ってくれる奴もいるんだしな」
「でも…あれから私、フィエナともミストとも殆ど会ってないもん。 それにレイラちゃんにどういう顔して会ったらいいか分かんない…」
彼女も内心では自分の事が嫌いじゃないか、やっぱり本家の娘としての自分しか見てくれてないんじゃないかと。
ミストは大丈夫だと言っていたが、自分が臆病になっている事が肌で理解できた。
「いっそ私にレインハートの血なんて本当は入ってなかったらいいのに…」
「んじゃ、試してみたらどーだ?」
ハルバーの言葉にセンカは呆けた顔をして、すぐに何のことか理解する。
レインハートの血筋に伝わる法術の秘儀、異界門。
血筋でないものには適合しない特異な術式をここ数日の記録を見て初めて知った。
確かにソレがどう足掻いても使えないようならば彼女はレインハートの血筋でない事は証明されるが、逆も然り。
発動すればそれは彼女がレインハートの血を引くという最もな証拠。
「……私がレインハートの名前を捨てれば楽になれるのかな」
話題を変える少女にハルバーはその答えは自分が知っているだろうにと言わんばかりに肩を竦める。
彼女がレインハートの名を捨てようが結局は一緒であると。
確かにセンカ・レインハート個人はしがらみから解放されるだろう。
彼女がレインハートを捨てるだけではどうにもならない者達もいる。
知らない振りをしても両親は紛れもなくレインハート本家の人間であるし、狙われる側の人間には違いない。
捨てる、という事は関係性をも破棄する、関心を棄てるということ。
そんな事は自分には多分できない。
出来ないと分かりきっている以上、向き合うしかなくて。
「ま、時間はあんだ。 答えは決まってるかもしんねーけど、覚悟を決めるにはまだまだ静養がいるだろーよ」
「…うん。 毎日毎日有難うね、ハルバーさん」
「んあ、毎日来てんのか俺。 でも一人で来たのは初めてじゃね?」
「そうだっけ。 でもどっちにしても有難うね」
体育座りをしながらセンカが微笑み、最後のサンドウィッチを頬張る。
甘い卵の味が口の中に広がり、空腹と味覚が満たされていく事がなんだかうれしくなった。
「これってハルバーさんが作ったの?」
「俺が作ると中身が肉になるな。 作ったのはシルキーとシルキー愛しのお姫様だ」
愛しのお姫様、っていうとタマモの事かと思わず吹き出す。
確かにあの二人は仲が良いし、シルキーの心配様は相当なものだ。
言われると嫌がると分かってて本人の目の前で言うのだから意地悪いなぁと。
「食い終わったみてーだし俺はお暇するか。 そろそろ"日課"の交友タイムだろ」
「何かビミョーな言い方だよね、それ。 別にハルバーさんも他の人もいたっていいのに」
「ま、暗黙の了解っつーか、今回の当事者だしな。 お互い外に出て初めてって言っていい友達なんだからよ。 しっかり交流しとけって」
カッカと笑いながら部屋を出て行くのと、入れ替わりに"彼女"が入ってくるのは殆ど同時だった。
「お、タイミング良すぎだな。 お疲れさん、今日も鬼教官にしごかれたか?」
「こんにちは、ハルバーさん。 鬼教官って…確かに弟さんにはちょっと厳しいですけど…」
他愛ないやり取りを交わして入ってきたのは空色の髪の少女。
センカにとってレインハートという枠の外で出来たはじめての友人で、今回彼女と同じようにここで厄介になっている少女。
「こんにちは、センカさん。 今日もお話しにきちゃった」
「タマモちゃん、いらっしゃい。 さっきサンドウィッチ美味しく頂いたよ、ありがとーね」
初めて出来た友人、レインハートとは何も関係のない友達。
ある意味で今一番安心できる少女だった。
「美味しかったなら何よりかな。 今度は一緒に何か作って食べてみない?」
「そうだね…! きっと美味しく…ってあれ? タマモちゃん、ちょっと話し方変えようとしてる?」
いつもより軽い話し方にセンカは首を傾げ、対するタマモは慌てたように両手を振る。
「う、うん。 シルキーと居るときみたいに話せるようになりたいな、って思って…駄目かな?」
「大歓迎だよー! もっともっと自然なタマモちゃんが一杯みたい!」
これまで部屋の中でレインハートのしがらみの事で思い悩んでいたものが全部吹き飛んでしまいそうだった。
ここ数日で色んな話をした。
趣味のこと、好きな食べ物の事、興味のある事。
互いに距離が縮まっていることが日毎に分かる。
そろそろ、色んな事を打ち明けれそうだと。
シルキーやフィエナ、ミスト…近すぎる存在だからこそ相談できない事を。
でも今はまだ…もう少しばかり心の休養をしよう。
まだもう少しばかり心の整理をさせてほしい。
自分が作品集と呼ばれる特別な存在である事。
自分がレインハートという特別な存在である事。
一歩ずつ前へ歩いていけるように。
新約 PHANTASY STAR ONLINE Episode1 -17- 終
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