「一人引っ込んで何してんのよ」
静かに戸を開け、畳張りの室内で一人座している女性にそう声をかけた。
美しいと言える艶のある黒髪に黒い着物。
彼女…シルキーからは後姿しか見えないがその目は真っ直ぐ前を見つめているのだろう。
「シルキー、皆の様子はどうですか?」
「図らずもお酒入っちゃってるからね。 出来上がってる所は出来上がってるわよ。 そういうあたしもちょっと回って来てるけどさ」
少し熱そうに手で仰ぎ、フォーゲルから視線を逸らす。
「…あんまり焦っちゃ駄目よ?」
誰に向ける訳でもないようにシルキーは天井を見つめて呟く。
ピクリとフォーゲルの肩が揺れた気がするがシルキーは気にした風もなくその場に座って戸を閉めた。
「本当ならあたしは貴女を怒らないといけないんだと思う。 タマモも強くなってるのは確かだけど…やっぱりあたしはあの子が心配だし、今までよりも明らかに危険だと分かっている所に連れて行くのは気が進まない」
そもそも、あの場でセントラルドーム探索の話を切り出す必要はなかった。
タマモやセンカ達の力がなくともセントラルドームの調査は可能なのは間違いない。
「ごめんなさいね、シルキー。 結局…私は貴女の大事な人を巻き込む考えを選択してしまいました。 あの子達が手伝わざるを得ない状況を作ってしまいました」
フォーゲルの言葉はまるで懺悔の如くシルキーの心に響く。
シルキーとて心境は複雑だ。
タマモやセンカ達を屋敷に滞在させた事、護衛をする事で本来彼女が想定していたラグオルの調査が滞った事は事実で。
そして彼女の計らいが自分の親友に安心感を与えた事も事実で。
「やめてよ、フォーゲル。 あの子が決めた事、別に…責めたりはしないよ。」
視線を落とし、少しばかり迷っている風に息をつく。
タマモの事は勿論大事だ。
彼女がいなければ自分はここにいないし、恐らく生きてすらいない。
だからこそ彼女だけは絶対に失いたくないし、彼女の幸せの為ならばなんだってするだろう。
でもソレと同じぐらい。
ソレと同じぐらい、シルキーには見たいものがあった。
叶えたい事があった…それも引いてはタマモに教えられた事。
辛くても、辛くても、笑顔がなくならなければ何とかなる。
辛いからこそ、涙の後は笑うんだ。
『シルキー、笑って。 大丈夫、私が全部…終わらせる。 私が、守ってあげる、救ってあげる。 シルキーの笑顔は消させない』
「これも恩返しの一つだから。 だから、大丈夫。 だから…無理かもしれないけど焦らないで。 私は、貴女の心からの笑顔が見たいから」
フォーゲルの返事も待たずシルキーは退室し、戸に軽く背を預ける。
つい今しがたフォーゲルが着ていた着物の意味を知っている。
だからこそ、シルキーは彼女を責める事が出来なかった。
今宵と明日で、決意はするだろう。
この先、元々彼女と共に居た自分やグレイ、ハルバー、葛丸、シノビ、ヴェル…彼らだけでなく。
"彼女達"も巻き込む事を。
セントラルドームの調査だけでなく、その先の"事"にも。
フォーゲルの決意と共に、シルキーもまた覚悟を決めざるを得ない。
「大丈夫…私ならやれる。 ううん、やらないと…タマモも護って…フォーゲルも護るんだ」
新約 PHANTASY STAR ONLINE Episode1
−19− 「セントラルドーム」
「夏だ!!」
「海だ!!!」
『ガチムチだあ!!』
「夏でも海でもガチムチでもねぇよ、っつか何だガチムチって」
青い空を見上げて赤い巨体二つが決めポーズをし、そこにハルバーが突っ込む。
ここいらに四季があるのかも分からなければ少なくとも周辺には海と呼べるものがあるはずも無く、勿論ガチムチもいない。
セントラルドームから少し離れた森の中。
久しぶりにラグオルに降りることになったタマモやセンカ達は感慨深くその風を感じる。
最終的に編成は三組に別れる事になった。
タマモ、シルキー、葛丸、ミスト、フィエナで1チーム。
センカ、レイラ、ハルバー、シノビ、ヴェルで1チーム。
そしてフォーゲル、グレイ、赤い物体2個で1チーム。
「センカ、くれぐれも注意深くね。 レイラも、センカをよろしくね」
最終的に別チームの振り分けとなったミストがそう声を掛けるとセンカは笑顔で頷き、レイラもそれに応じるが、二人は視線が合うとどちらともなく目を逸らしてしまう。
喧嘩している訳じゃないのだが、どうも本家と分家の違いを意識してしまっているようだった。
どことなく気まずいという感覚がお互いに拭い切れていないのだろう。
今回の調査でその辺りのわだかまりが取れて以前の二人に戻れればいいのだけど。
「ミストもフィエナの事お願いね! フィエナもしっかり皆のサポートしてあげてね」
「うん、頑張ってみる」
「大丈夫ですよ。 ね、フィエナさん」
妹の両肩に手を置くセンカに、フォーゲルが微笑みフィエナが照れたように俯く。
ここ暫くの訓練がモノになっているか…フィエナの鼓動は早くなりっぱなしだ。
実戦慣れという点ならばフィエナもそうだがタマモだってそうだ。
フィエナに比べれば肝は据わっているが彼女もやはり経験が必要だ。
「タマモちゃん、別チームだけどお互いがんばろーね!」
「うん。 センカさんも気をつけて」
軽く握手をした二人は互いの無事を祈る。
ラグオルの開拓拠点としてパイオニア1を解体して作られたセントラルドームは当然ながら大きく、3チームに分けたとて全域を調査出来るわけがない。
現状、セントラルドーム近辺で調査の手を入れるべくリストアップされている箇所はおよそ10箇所。
その内の一箇所であるセントラルドーム正面及び内部をタマモ達のチーム。
これだけ近くでも通信の一つも通らない事から内部が平穏であるという楽観的な考えが出来ないがブルーバーストの手がかりを得るにはこの場所を調査しない事には真相に近づくことはできないだろう。
セントラルドームが建造されている高台の下で発見された大空洞の一つをセンカ達のチーム。
ハンターズギルドは幾つかある近辺の大空洞がセントラルドームの地下部分へと繋がっているのではと推測している。
付近にも人の手が入った後が多く、可能性は高い。
そしてフォーゲルのチームはセントラルドームから少し離れた、手付かずの研究施設。
セントラルドーム付近への足が一気に伸びたために未だ調査の手が入っていない数ある施設の一つ。
何故フォーゲルがその場所へ着目したのかは誰も分からなかったが、セントラルドームだけでなく、周囲の施設からも情報を得られる可能性はゼロではない。
むしろ、セントラルドームのような広すぎる場所よりも情報の取りこぼしが少ないとも言える。
「それじゃ、行くとしますか。 フォーゲル、正面口ってほんとに盛大にやっちゃっていいわけ?」
「今となれば別に誰も困りはしませんし。 今後もセントラルドームを調査していくならば必ず通る道です。 政府お抱えのハンター達も別の場所で同じようにしているらしいですから心配は無用でしょう」
くすりと悪戯っぽく笑ったフォーゲルはシルキーに預けた爆弾の火力が果たして彼女の意図した威力を発揮できるかが楽しみに思っていた。
そんな彼女の思いを露とも知らずシルキーを先頭にセントラルドームの正面へと移動を開始する。
センカらもマップを広げながら出発し、あとに残ったグレイはフォーゲルをちらりと一瞥して赤い物体に視線を流す。
「ジュースを奢ってやろう!」
「流石ライデンだ! そこに痺れる! 憧れるぅ!!」
「それほどでもない」
「…アレ、マジで持ってくのか?」
「使いどころはあります、というか必要なんですよ。 ああ見えて中身に搭載されている機器は最先端です」
呆れ顔のグレイにフォーゲルは笑顔で答えるが、決してそこから赤いのに近づこうとはしない。
「それでは、私達も参りましょう。 …グレイ、それなりの覚悟はしておいてくださいね」
「それなりねぇ。 フォーゲルが出向くんだしぬるくはねーとは思ってっけど」
「ここまで近づくと圧巻よねぇ、ホント」
「でもパイオニア2も降下してたらコレがもう一個出来てたんだよ。 もうコーラルじゃこんな馬鹿でかいのを安心して作れる土地なんてないからね」
フォーゲルに渡された爆弾をドームの正面へ設置し、離れながらにシルキーとミストがそう交わす。
念のため、ドーム正面の扉を調べてみたが機器は完全に死んでいるし内部からの目だった反応もなかった。
「しかしシルキー殿、ここまで離れる必要はないのでは御座らぬか?」
もう正面入り口が凄く遠く見える場所まで歩いてきたことに葛丸が首を傾げる。
タマモとフィエナも不思議そうに爆弾を設置した場所に視線を送っていた。
「だって注意書きに書いてるんだもん。 フォーゲルの事だし注意書きどおりかそれ以上にした方が安全安全。 じゃ、ポチっとな」
瞬間。
耳を劈く炸裂音とドーム正面から濛々と吹き出す煙に揃って唖然とする。
「…これは確かに…注意書き以上にした方がいいね…」
「なんつーものを渡すのよ、アレは…」
音の大きさに思わず身を強張らせたタマモは青筋を立てながらいい、シルキーは脱力したようにがっくりと肩を落とす。
自分と同じぐらい小柄である自分に抱きつくフィエナに、ミストはよしよしと彼女の頭を撫で。
「何というか、ちょっとしたドッキリアイテムな気が…や、ちょっとしたってレベルじゃないけど」
「爆発の威力が大きいという訳ではなく音と煙が凄まじいという代物ですな」
冷静に分析するアンドロイド二人にシルキーは更に肩を落とす。
この音の大きさだ、恐らくセンカらにもフォーゲルらにも届いているだろう。
そして今頃フォーゲルはほくそ笑んでる筈で、それを考えると腹が立つ。
「っ…とりあえず…様子、見に行きますか」
ぶつけようのない怒りを飲み込み、気を取り直して歩き出す。
正面入り口に近づけば、綺麗に人が二、三人通れるような穴がぽっかりと待ち受けていた。
火薬の匂いを感じる中、シルキーが最初にセントラルドームの内部へと足を踏み入れた。
ドームの天井はそれこそ高く、普通に高層ビルも飲み込める程の高さ。
外から見ても十二分にソレは感じられたが、改めて中から見上げれば更に広さを感じさせた。
恐らく"機能していた頃"のセントラルドームはこの天井に、ラグオルの空を投影していたのだろう。
が、今は遥か遠くに無機質な天井が見えるだけ。
ぐるりと周囲を見渡し、全員が全員同じような感想を持った。
「外の様子からじゃ想像出来ないね、これは」
ミストが倒壊しつくしている内部の情景にぽつりと言った。
地震、嵐、火事、それら自然災害が内部を局地的に見舞ったとしてもこうなるだろうか。
ビルは倒壊し、砕け、道は爆ぜ。
自然災害というより、中で戦争でもあったかのような荒れ様に言葉を無くす。
その中で最初に行動を開始したのは空色のアンドロイド。
調査用のセンサーを起動して周囲を今一度ぐるりと見回す。
特異な熱源は感じられず、放射能などの心配もいらないようだが。
「何か嫌な感じね。 この有様じゃどこの端末も生きてはなさそうだけど…」
言いながらシルキーがセントラルドームのマップを立ち上げる。
マップ、とは言っても"こうなる前"の見取り図ではあるが。
「可能性としてあるのはやっぱり政府関連施設でしょうね。 周囲に警戒しつつこのまま真っ直ぐ」
葛丸を先頭に歩き出した一行は周囲に怪しいものがないかを探りながら歩を進める。
その間、フィエナは不安からかミストの手を握ったまま離さなかった。
「原生生物の巣窟になっていると思われましたが、そうはなっていないようですな」
「…静か過ぎる気はしますけど…でも、やっぱりおかしいですね。 この光景」
手近な瓦礫をパルチザンの柄で掻き分け、小さな山を崩す。
その先にもやはり無残な建造物の跡があるだけ。
「葛丸さん、ミストさん。 やっぱり反応はずっと変わらないですか? 誰か…生き残りの方とか」
タマモの問いに二人は首を横に振る。
「これだけ中が破壊されてるのに死体の一つ血の一滴も見つからないね。 消えうせてしまったみたいに」
「どこかに避難してるとかじゃ…ないのかな?」
「そうだといいんだけどね」
最悪の想像を振り切りながらフィエナが言い、ミストが苦笑するように頷く。
暫くシルキーの指示で政府施設があった場所まで歩いていたが、突如目の前に現れた光景に全員足を止める。
「場所的にはもうちょっと先なんだけど」
「・・・これは通ることはできませぬな」
彼女らの眼前には地面を抉ったという生易しいものではなく、元からこの先に地面が存在しなかったと思わせるような大穴だった。
底は当然のことながら見えず、少し覗き込んだタマモが渋い顔をして顔を引っ込める。
「隕石でも落ちてきたか衛星レーザーでも食らったかっていうような穴ね・・・どこまでこの穴が広がってるのやら」
背伸びをして向こう岸を見ようとするも、さっぱり見えない。
この様子では元々あったと思われる政府施設もこのぽっかりと開いた穴に巻き込まれているだろう。
「仕方ない、迂回しながら手がかりを探しましょ」
「…いや、それよりも一旦隠れた方がいいかも」
やれやれと肩を竦めるシルキーにミストが警告を促す。
葛丸も彼女と同じものを感じ取ったのかその大穴へと視線を向ける。
「隠れるって…何か反応」
「既に遅かったかもね」
言いかけて、シルキーの耳が"その音"を捉えた。
方向は大穴の下。
反響していくつも聞こえるその音は鳥が羽ばたくようなそんな音。
それだけで既に嫌な予感しかしなかったが、次いで何かのうめき声のようなものが聞こえた。
かと思えば大穴の下よりセントラルドームの天井の方へ羽ばたく"ソレ"の姿が現れた。
二枚の巨大な翼をはためかせ現れた"ソレ"の眼は地上に小さく映る"侵入者"を感知しており。
口元に炎をちらつかせながら身も竦む様な咆哮をあげた。
「ミ、ミスト…あれって・・・!」
「グランスコール号を撃墜したやつ…だろうね。 フィエナ、自分の身を第一に考えてね。 あんなの相手じゃ、フィエナの事ばかり気にもしてられなそう」
「う、うん…! ミストも気をつけてね…」
恐怖で凍り付いてしまいそうな自分に心の中で叱咤しつつ、フィエナが唾を飲む。
「識別名"ドラゴン"ねぇ…皆! 生き残る事を念頭に置いてよ!? とりあえず入り口の方へ退避しつつ戦うわ!」
「見掛け倒しならいいんだけど…そんな甘くはないよね」
そんなタマモの弁に応えるかのようにドラゴンは遥か上空より火球を吐き出した。
「流石に涼しいねー。 それにこんな小声でも結構反響しちゃうんだね」
センカは両手で口元を隠すように添えてそう言った。
フォーゲルに指定された場所にある大空洞。
セントラルドームから然程離れていない崖にその場所はあった。
「つかこんなとこにねぇ…」
マップを広げてハルバーが首を捻り、センカが隣で疑問符を浮かべる。
シノビを先頭にハルバー、センカ、レイラときて最後尾にヴェルが位置する形。
「何かある、そう見た方がいいな」
「んだなぁ。 しかもあんまし歓迎できねー事だ」
シノビ、ハルバーの言葉に他三人が首を傾げる。
「よーく考えてみな。 ここ、セントラルドームからそんな離れちゃいねーだろ?」
「うん。 …うん?」
センカは相変わらずハテナマークを頭に浮かべている様子で、レイラも訝しげな顔をしつつ無言のまま。
と、疑問を浮かべたまま歩いているとセンカが足を滑らせて体勢を崩す。
「わ、わわっ!…あ」
転げそうな背中を抱きとめたのはレイラで咄嗟に伸ばした手を取ったのはハルバー。
二人の顔を交互に見てセンカは恥ずかしそうに苦笑して。
「あ、ありがとう。 レイラちゃん、ハルバーさん」
彼女の言葉にハルバーは気ぃつけろよ、と声を掛けレイラはそっぽを向いてしまう。
胸を撫で下ろした様にホッと息をついたセンカは間髪入れずぽんと手を叩く。
「わかった! セントラルドームに近いのに全然舗装とか開発されてないんだ」
怪我の功名と言うべきか、センカがそこに気付く。
これまで、セントラルドームに近づけば近づくほど文明というものが増えてきたのに対しこの大空洞にはそれが一切感じられない。
拠点となる場所の近くにこんな大空洞が幾つもあると言うならば安全の為にも調査はされている筈なのに。
「なるほど…センカさん、よく気付いたなー」
「オメーは注意力散漫だがな、ヴェル。 ま、そんな事だろーからまだ妹ちゃんに相手にされねーんだな」
「ん、ヴェルくんってフィエナの事が好きなの?」
「うえ!? いや、えっと」
急にそんな話を振られるとは思ってもみなかったヴェルが素っ頓狂な声を上げる。
緊張感も薄く賑やかな後方とは対照的にシノビはマップを見つつ先頭を歩き続けていた。
その中で僅かなため息を漏らしたが後ろはそれに気付きもしていない。
最も、彼が抱いたのは怒りというものではなかったけれど。
「んー…フィエナ、大丈夫かな。 ミストもタマモちゃんもいるから大丈夫とは思うけど」
「シルキーに『かたじけのうござる』もいるから心配いらねーだろ。 俺はそれよりもう一方が気になるけどな」
「もう一方って…フォーゲルと兄貴か? あっちこそ心配いらねーじゃん」
他二班とは別の場所…施設跡に向かった二人と二体を思い浮かべる。
どちらかといえばあの二体のせいである意味心配にはなる。
「ドンパチやる分にゃな。 あの女が行く先で何調べるのかしんねーけどよ…」
うーん、と天井を見上げながら首を捻る。
大空洞の中は依然景色が変わらないまま薄暗い。
周囲には機械の明かりもなく、氷の結晶を踏みしめる音が響く。
「更に冷えてきたな……氷?」
自分が今踏んだ物を見てレイラが妙なものを感じる。
幾ら空洞の奥だからといってここまでの寒さに加えて地面に氷が張っているなどと。
「…おいシノビよ。 妙っていうか…」
「…縄張りのようだ。 何か来るぞ」
シノビがぽつりと言った時、その声に答えるかのように空洞内に何かの"雄叫び"が響き渡る。
「マジかよ、縦になげーと思ってはいたけどそういうレベルかよ!」
「っ…センカ、下がれ!」
「うわっ、うわ…何あれ何あれ!?」
彼らの前方上空…大空洞の天井すれすれに巨大な影が見えた。
かと思えば"侵入者"に対して巨大な氷塊がその場所より迫る。
咄嗟にその場から散らばった一行の傍に粉々になった氷の欠片が舞い落ちる。
巨大な翼を広げ空洞内を旋回したソレは地面に降り立ち、威嚇するようにうなり声を上げた。
グランスコール号を撃墜したあのドラゴンに似てはいるが体表は青く、アレとは間逆のものと見ただけで理解できる。
「氷の…ドラゴン…!? そんなのまでいるの!?」
「おいおいおいおい、こいつってパイオニア1が開拓してた頃からいたのかぁ!? いたとしてもこんなの大人しいから大丈夫で済むレベルじゃねーぞ!」
「…やるしかなさそうだ」
逃げれば追ってこないという保証はあるはずもなく、ここから出口までを考えると最早戦うしかない。
「しゃーねーな。 ヴェル、しっかり援護しやがれよ? センカとレイラはあんま無茶すんじゃねーぞ! 何かあったらフォーゲルに殺されちまう」
「ヴェル君にはきびしーね」
苦笑するセンカだがすぐに頭を切り替える。
ここはやるしかない、フォースである自分が皆の補佐をしなければならない。
得意としている炎テクニックがどこまでアレに通用するか。
氷のドラゴン…シルドラゴンは縄張りへ踏み込んだ者達に向けて再度鋭い咆哮をあげた。
「パスコード入力…ラ・イ・デ・ン? 変わったコードネームだな!」
「パスコード入力…ぼくが一番ライデンをうまく使えるんだ!」
各々ポーズを取りながら扉のキーとなる認証装置に何やらごそごそと機材を取り付けていく赤いの二つ。
そこから少し離れた所でフォーゲルとグレイが様子を伺う。
「なぁ、アレでほんとに大丈夫なのか?」
「えぇ。 心配無用です。 もし開かなかったら起爆するだけですから」
にこやかに言うフォーゲルにグレイは"何を?"とは恐れ多くて聞けなかった。
他二班よりもセントラルドームから離れた場所にあるこの施設。
セントラルドームを調べようといった時にわざわざここを選んだ理由がフォーゲルにはあるはずで。
この扉の先からは何となく嫌な感じがするし、おそらく彼女の目的はソレなんだろう。
「こいつぅ〜、ばかにすんなぁ!!」
「ギジェ! ライデンのゲージはDOなっている!!」
「いけるぞ! もう一度ライデンソードだ!!」
騒がしい声の中に紛れる様に電子音が耳に届く。
まさかとは思ったが本当に扉のロックが解除されたらしい。
「ご苦労。 それではこのまま待機していて下さい。 グレイ、行きますよ」
「…りょーかい。 マジで開くのか」
グレイから見ればライデンらが絶叫を上げながら踊っていたようにしか見えないのだが。
むしろコレじゃなくてライデンが繋げた機械さえあればよかったんじゃないかと思いつつフォーゲルの後に続いて扉を潜る。
半分死んでいる照明の先には扉が一つとエレベータが一つ。
フォーゲルはエレベータの電源が生きていることを確認し、スイッチを押す。
すると然程時間も経たずエレベータのドアが開き、誘っているようにその中を映し出す。
無言のままエレベータに乗り、同じように無言のまま内部で時を過ごす。
その静寂を破ったのはグレイだった。
「フォーゲル。 この先に何があるんだ? もっと大人数で来ても問題なかったんじゃ?」
「どうでしょう。 少なくともタマモさんやセンカさん達を巻き込んでいい領域ではないと私は考えています。 彼女らのお付きを考えれば少人数にならざるを得ないでしょう?」
くすりと微笑むフォーゲルは最初の質問を無視して背を向ける。
だが、少なくとも彼女に緊張感が生まれていることは理解できた。
結構長い時間だとグレイが感じた時、エレベータの動きが止まり扉が開く。
その時、フォーゲルが唇をかみ締めていたのが微かに視線に入った。
「へぇ…これがセントラルドームの地下ってか?」
二人が着いた先は天然の洞窟にそのまま手を入れたような風景が広がっていた。
空調も意識しているのか、それらしい機械も幾つか取り付けられているが生活感は無いに等しい。
居住区ではないのは一目瞭然だが、暑くもなく寒くもなく気温という面では過ごし易いと言えそうだ。
「この地下も人の気配はないですね。 …行きましょう」
フォーゲルが先に歩き出し、グレイもすぐ隣に並んで歩き出す。
すごしやすそうな状態ではあるがべっとりと張り付くような気持ちの悪い感覚がある。
悪意と言ってもいいかもしれないソレは明らかに意思を持っていて。
途中で見つけた端末から生きているデータを抽出しながら進んでいると、"ソレ"は形となった。
黒い…霧だろうか、"何か"が二人の前に渦巻きそして人の形…長い髪を持つ少女の形を取る。
黒ずんだ輪郭のソレにグレイの表情が歪み、フォーゲルは彼よりも一歩前に出る。
『"傷"持ちが二人。 傷の舐め合いでもしながらここまで? クス、クス…』
「グレイ、待ちなさい」
"ソレ"の声と同時に飛び出しそうになったグレイをフォーゲルが手で制する。
「その姿とその声の意味を知ってその形を取ったのかしら?」
『ええ。 そっちの彼の記憶に刻み込まれてる"この姿"があまりにも綺麗過ぎたから。 堕としたくなっ…』
言い終わるよりも早く、フォーゲルの隣から銀色の姿は消えていて。
フォトンの剣が"ソレ"の胴を掠め、霧散するように一瞬形を無くしたソレは後方で再度形を造る。
「グレイ」
「フォーゲル、あんたにもあるだろ。 踏み込まれたくない領域っての」
『あるある。 そっちの彼女は"私"に取っては君よりも面白い。 なんなら』
「趣味がわりぃんだよ!!」
グレイが更に踏み込むと"ソレ"は少女の顔のままクスクスと笑いながら踏み込まれた分だけ下がる。
『分かったよ。 なら勘に触れない形で戦おう。 貴方達の無念は美味しそうだ…グレイ、フォーゲル』
ずるりと少女の形が崩れ落ち、ソレは今度は確固たる実体を持った形になった。
やはりソレは人の形をしていたが生気はまるで感じられず、輪郭はどす黒く所々は異形の形になっていた。
整った顔立ちの青年と取れるソレの右手は手そのものが剣となり、左手はそのものが銃を模している。
『アルジラ、そう読んで貰っていい』
「グレイ」
冷たいフォーゲルの声にグレイが少しだけ視線を動かす。
僅かに視界に入った彼女にはおよそ、表情というものが無くて。
「手がかり、としてはもう十分です。 全力で、"アレ"を消し去ります」
「…了解」
怒りという感情を秘めながらフォーゲルは精神を集中させた。
新約 PHANTASY STAR ONLINE Episode1 -19- 終
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