大天后宮 祀典武廟
赤嵌褸に程近い路地をちょっと入ったところに大天后宮と祀典武廟は隣接してひっそりとたたずんでいます。大天后宮は別名台南媽祖廟とも言われ、台湾で最古の媽祖廟で、両者とも国家の第1級の古跡です。
明朝の末期最後の王族となった寧靖王が鄭成功の子、鄭経に推され明の皇室の名代として台湾に定住し、鄭経は王のために広大な王府を建てました。
この王府の前面に正殿を、後面に寝殿を、中央に2つの神明庁を造り、天上帝と關帝を祀りました。そして、關帝庁は今日の祀典武廟の前身となり、正殿の部分は今日の大天后宮となりました。
大天后宮に飾られている下の額(ガク)は歴代の皇帝などが修繕事業の記念として贈呈したもので、台湾で現存する清朝時代最古の古物です。古来より何かのお祝事には記念として額(ガク)<正式には”扁”(←あて字です)>を送る風習があり、それは、現在一般の家庭でも見られ、お店のオープンに際して、新築祝、何かの記念として贈られたいていは各家庭の居間や書斎などに飾られています。額には誰から誰に・・・と言うように贈る側と贈られる側の名前も刻まれています。黒地に金色の文字が主流ですが種類もさまざま、刻まれた言葉も様々ですが、4文字が一般的です。
遊遊オススメ度 ★★★★
大天后宮には媽祖が祀られており、媽祖の左右には”千里眼将軍”(緑鬼)(千里先のものまで見ることができる眼を持つ鬼神)と”順風耳将軍”(赤鬼)(どんなことでも聞くことができる耳を持つ鬼神)が立っていて、千里眼将軍は読んで字の如く手を額にかざし遠方を眺めている様子です。順風耳将軍もこちらも読んで字の如く・・・耳には手をやっていませんでした・・・。媽祖にまつわる言い伝えは数多く、華視でも媽祖という伝記ドラマが放送されました。いずれも彫刻の色彩豊かで目を奪われます。
祀典武廟は別名關帝廟とも言われ、明の時代に台湾武神關帝廟の信仰の中心となりました。正殿には武神關帝及び康熙年間の古物が祀られています。
大天后宮 前門
清朝 第5代皇帝 雍正帝 贈
清朝 第9代皇帝 威豐帝 贈(威豐帝の妃はかの西太后
清朝 第8代皇帝 光緒帝 贈
(光緒帝は西太后の甥で若干3歳で即位、30歳の若さで他界しました。
光緒帝が他界した次の日に西太后も波乱に満ちた生涯を閉じました。
清朝 第4代皇帝 康煕帝 贈
(康煕字典でも知られる名君中の名君
前総統 李登輝 氏 贈
前副総統 連戦 氏 贈
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