05 RACE REPORT

丸岡グリーンロードレース 2005 8月7日

チャンピオンクラス 高田特派員

丸岡復活おめでとうございます。皆待っていました。
結果は集団最後尾の28位。 あまり練習してないわりには走れた。

マークすべきは元ラバネロ現インタマ社員の白川選手。彼も練習していないと言いながら登りで全開アタックしてくる。
1周目終了時点で半分ぐらいに減っただろうか。小さなアタックが何度かあり私も先頭交代に「加わりながらレースは進み、
難関のトンネル前が来た。
日ごろの不摂生がたたったのか足がいっぱいになり少し遅れそうになる。
前を見ると橋詰君がここでやめようと思っていたらしく下がってきた。そこで無理やり前を引いてもらいトンネルまで連れて行ってもらったおかげで集団から遅れることなくクリアできました。

ゴール前の丘ポイントまえからスピードがあがり白川君がガンガン行っている。ここが勝負だと思い、私も渾身のアタックをかますが
白川選手と共にそこで売切れてしまいました。
あとはゴールまで流して完走、ゴール勝負では勝ち目はないので早めに仕掛けたのだが実力不足でした。

優勝はMAXSPEEDの佐藤選手。シクロクロスバイクでスプリントを制しました。すんげー

公式リザルトはこちら


ツールド新城 2005 7月18日

アスリート1(JCRCのBクラス相当) 高田特派員

今年初開催のレースに行ってきました。
新しいレースが行われるのはとても喜ばしい事で今後も続いてほしいと思う。
コースは1周2.6kmの周回で一箇所きつい登りがあります。
多度役場裏ぐらいかな。

さてレースのほうは人数も少ないので他クラスとの時差スタートとなり距離も短い為、混走が予想された。
案の定6周目あたりでエキスパートの逃げ集団(アンカー3名、キナン三浦、アイサン秋田)に追いつかれた。
前方で田代が逃げているのでそれを追うアイサン秋田選手が我々を追い抜こうとアウトからまくっていったが
オーバースピードでコーナーで落車し、あやうく巻き込まれるところでした。

自分たちのレースはというと坂になると久野君が調子よさげでアウターでぶんぶん加速、私はつきいちでアップアップ
周回を重ねるごとにメンバーは減り10名ほどか。その中でまるいちの選手(今回6位)が一番積極的でガンガン行っていた。
私も何とかついているが先頭交替するのが精一杯でアタックはかけれなかった。

最終回のゴール前の登りを番手で突入するもズボズボまくられ5位に終わりました。

あとでリザルトを見ると私らより下のクラスよりアベレージが遅く、凹んでしまいました。
今回この程度のレベルで精一杯でありましたので今後上のクラスで走ろうと思うなら相当なレベルアップが必要であります。

まずは禁酒?それぁムリだ。

リザルトと写真はバイクナビHPにあります。城さんシニアで5位でした。



美山サイクルロードレース 2005 5月22日


C2S(一般上級者シニアクラス) 高田特派員

シニアクラスは38名だが一般クラスと同時スタートなので150名程のレース
スタートリストをみると「昔の名前で出ています」の往年の名選手が結構いる。
三谷さんもその一人、スタート前に少し談笑したが先日ビデオで見た89年のツールド北海道でも活躍していました。
それと村岡さん。彼とは20年ほど前の「シマノグリンピア」国際ロードで一緒でした。
あの狭いコースに250名程の選手が並び、私と当時サンツアーサンシンの村岡さんは並び遅れ最後尾あたりからのスタートでした。
当然私は5周あたりでラップアウトになったが彼は入賞。足の違いを思い知らされました。

スタートして半周もいかないうちに20秒前にスタートしたはずの高校生集団に追いついてしまい300名ぐらいの大集団となりました。
もう何がなんだか分からない。
1kmにわたる登りは結構きつく集団はバラバラ、わたしもどこが先頭か分からないままクリアし2周めに突入。
どうも中切れがあったようで第2集団のようだ。
高校生がじゃまだ。あぶなっかしい。できるだけ近くを走らないようにしのぼりに突入。心拍168、なかなかいいペース
3周目あたりからペースも落ち着き、前の集団とは45秒と沿道からの声を聞くがおう元気もなく4周目に少しもがいでゴールしました。

痛恨の10位でありました。結局前の集団もばらけどこが先頭だか分からない状態でしたが優勝はH部さんでした。
BR1選手にはかないませんでした。

同時出走の村田選手は私より少し前のゴールで14位、関、久野両選手はギリギリ完走でした。

貴重な公道レースなので大切にしたいですね。