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 群馬県利根郡新治村須川。私がこの地を訪れたのは昨年(平成14年)の9月だった。最寄り駅は上越新幹線の上毛高原駅で、上野から約1時間の距離で有る。この上毛高原の次の駅は、スキーリゾート等で知られる越後湯沢で有り、上毛高原からは約10分の乗車時間だ。つまりこの地は群馬と云っても新潟に近い県境に位置している事に成る。

 上毛高原駅で降りて路線バスに乗り換へ、国道17号線を猿が京、吹路方面へ向け20分程の距離に湯宿温泉街が有る。湯宿温泉街は『たくみの里』にも近く、山道を15分、小学生の通学路を歩けば直ぐに『たくみの里』に出られる。そして この小さな温泉街の目の前に深代喫煙具製作所が有る。厳密に云うと湯宿温泉街から徒歩3分と云うところだろうか。目の前の赤谷川に掛かる橋を渡り、道なりに右に折れて進むと程なく道が二つに別れ、又右に行くと50m程先に有るのだ。パイプマニアなら良く御存知だとは思うのだが、ここが彼のTUTOMU FUKASIROで知られる、ジャパンファンシー深代勉氏の工房並びに工場なので有る。私は余り国産メーカーや日本人作家のパイプは喫わないのだが、深代喫煙具製作所のパイプには昔から気に入りのシェ−プが多く、今も愛用しているパイプが少なく無い。今現在の深代製作所のパイプには、所謂クラシックは無い。イヴァルソンやラスムッセンに見られる、初期ディ−ニシュを思わせるデザインが主で有る。その深代パイプの印象を一言で云うとすれば、『美味いパイプ』と云う事に成るだろうか。現在の社主で有る深代勉氏の理念なのか、深代のパイプは美しさよりも『美味さ』を予感させるデザインが多い。勿論洗練されたデザインのパイプも多数有るのだが、見た目に美しさ等よりも、味覚的に『美味さ』を印象付けられてしまうデザインが多いのだ。そして、予想に違わず深代のパイプは美味いので有る。

 今のパイプには残念乍ら美味さよりもデザイン優先の向きが有る。これが何故なのかは不思議なのだが、思うに今の作家達は、昔の職人や作家達程には煙草が利けないのでは無いかと思う。皆勘違いしてるようだが、イヴァルソンやラスムッセンのファンシ−パイプはデザイン優先で出来たのでは無い。より美味いパイプを目指した結果が、クラシックシェ−プを離れた、ディ−ニッシュパイプの誕生に成ったのだ。私も頂き物なのだがイヴァルソンを1本持っている。これは左持ち用のパイプで、私も左持ちなので有難いのだが、それよりも絶対に美味いと思わせるデザインなのだ。定型を離れたパイプには、本来こう云う自在性が有って然るべきなのでは無いだろうか。しかし、今のファンシ−作家達の作品を手に執っても、残念乍ら伝わる物も美味さの予感も与えてはくれない。

 皆さんがパイプを買う時、クラシックや単なる竹継ぎが欲しいと云うので有れば、信頼の置ける老舗の海外メーカーのパイプを選べばいい。しかし、パイプの美味さに出会いたいなら、ファンシ−を試してみる事だ。今、世界的な嫌煙運動の中、イヴァルソンやハンセン等、亡くなられたファンシ−の作家も少なく無く、また、ミッケ等は有っても手が出ない程の高額で有ったりとお嘆きの方も多いと思う。しかし、心配は要らない、TUTOMU FUKASIROを利けばいい。きっと今迄に味わった事の無い美味いパイプに出会えるだろう。

クリックで拡大深代パイプの凄い処は、その技術力の高さと云えよう。デザインも然る事乍ら、造り込みも正確で、今は最盛期を過ぎたとは云へ、このハンドカットの技術は世界一と云っても過言では無い。と、云うより、他には無いであろう、これ程の技術集団は。

 パイプには訳が有ると云ったが、イヴァルソンやラスムッセンには喫み手の事を考えた工夫が、必ずと云って良い程に、そのデザインの中に隠されている。私の持つイヴァルソンは明らかに失敗作なのだが、左持ちだけでは無くチェンバ−(火皿)にも工夫が有り、燃焼効率を高めるように工夫されている。今、失敗作と云ったのは言い過ぎかも知れないが、ファンシー作家のパイプは1本1本に新たな試みが為されているので、厳密に云えば失敗では無いのだろう。彼等は皆、失敗も是とするのだ。そして、その点に於いては我々職人も見倣わなくては成らない事のように思う。なぜなら我々は時として見掛の完成度に囚われて、パイプ本来の命題で有る美味さの追求を蔑ろにしてしまいがちだからだ。しかしそれでも、私の持つイヴァルソンは明らかに恰好が悪い。

クリックで拡大 ファンシー系と云えば、イタリアのメーカーであるサビネリもファンシ−系と言えよう。このサビネリは、他のメーカーよりもチェンバ−の口径で比較するとチェンバ−の体積が小さい。これは何故かと云うと、他のメーカーがチェンバーの底を丸く成形しているのに対して、サビネリがロ−ト型(円錐形)にチェンバ−を穿っているからだ。喫煙速度が早いと燃焼は中心に集中する。当然の事だが、そう成るとチェンバ−の外周に燃え残りが出来易い。余談だが、角純パイプ、ザ・ジャパンの佐藤純雄氏が昔、手作りパイプコンテストの優勝で、副賞として貰った珍品のレギュラ−サイズのカプリ(シ−コ−ラルの着色モデル。基本的にキングサイズ、エキストラサイズしか無い)を愛用されてたそうなのだが、チェンバ−の小ささに閉口して、御自分でチェンバーの底を広げられたのだそうだ。しかし、覿面に味が落ち、「どうにか成らんか。」と相談された事が有った。私が処置として行った事は、カプリの塗料を落として、シーコーラル様に表面積を広げると同時に木肌が呼吸出来るようにした。結果、味は以前の物と同じぐらいに良く成ったそうなのだが、考えてみると、チェンバ−の形状一つで、そこ迄の手間を掛け無いと味が修復出来無いと云う事実は、或意味物凄い事では無いだろうか。もう少し説明すると、円錐形のチェンバ−の場合、底へ行く程細く作られているので、燃え残りが無く、スム−スに喫煙が出来る訳で、私の持つイヴァルソンもそう成っている。

 昔銀座佐々木の先代が、初心者セットとしてスタンウェルパイプとアンホーラのフル・アロマティックを薦めていたと云う話は有名だが、佐々木氏がこのセットを初心者向けとしたのにも、ちゃんとした訳が有っての事だ。スタンウェルもサビネリと同じく、円錐形のチェンバーを採用している。原型がイヴァルソンやミッケ等、ディ−ニッシュパイプの作家だから当然の事なのだろう。そして、アンホーラは今有るパイプ煙草の中で、最も焦げに強い。下手糞が喫っても悪臭が出難い上に、アンホーラ自体が強烈な甘いアロマを持っている。この組み合わせなら初心者が未熟な喫煙方で喫ったとしても、周囲に迷惑を掛ける事は少ないだろう。流石にプロらしいパイプの売り方だと思う。しかし、佐々木氏のようにパイプや煙草が利ける店主は、今は皆無と云っていい。だがそれは売る側だけの問題では無い、作る側もパイプが利け無い人間が多いように思われる。

 佐藤氏はイヴァルソンに「職人は見えない処に仕事が出来ていなければ成らない。」と云われたそうだが、それは深代の職人であった佐藤氏の父上の信念であり、深代製作所自体の理念に他成らない。「碓井君、パイプの利けるような奴ぁ、居ねえよ。」と寂しそうに云われた勉氏の言葉が私の頭から離れない。

 私は深代勉氏のお宅に無理矢理押し掛け、一週間を過ごさせて頂いた。湯宿温泉街は赤谷川沿いに鰻の寝床のように細長い温泉街で、国道沿いの家並と山側の家並との間に石畳の道が通して有り、中々風情の有る温泉街で有る。そして、村起こしの為か、とても綺麗に整備されていた。けれども、日本国中の温泉街がそうで有るように、往時の繁栄は見る影も無いようで、温泉宿以外の商店は開店休業のような感が有り、国道沿いの商店は兎も角、裏通りの家並の中には、実際に閉った店が有ったりもする。風情が有るだけに残念な気がしてならない。

クリックで拡大 深代製作所に来て何日目かに買い物の用が有って、勉氏に場所を聞いてコンビニエンスストアー迄行ったのだが、一番近いコンビニエンスストアーに行くのに、徒歩で30分も掛かった。その買い物の用と云うのは恥ずかし乍ら特段の事では無い。握り飯が食いたかったのだ。湯宿の商店には不思議とおむすびが無い。大都市周辺なら何処にでも有る筈のおむすびが売られていないのだ。これは湯宿に限った事なのかも知れないのだが、商店には野菜や果物、菓子や惣菜等は豊富なのだが、殊飯類に関しては全くと云って良い程に無い。商店は湯宿の温泉街にしか無く、一般民家は橋向こうの『たくみの里』と、その麓の地区にしか見られない。温泉街には湯治客が殆どなので、当然宿で食事を採るだろうし、この一帯は農村地帯で有る、わざわざ弁当や握飯を買う必要は無いのだ。つまり、商店に弁当やおにぎりを置いたとしても、意味が無いのだろう。だからここでは、宿に泊まるか、蕎麦屋や食堂にでも入らない限り米の飯が食えないのだ。私は無理矢理押し掛けた手前、食事は自分で何とかしますと勉氏には云ってたのだが、まさか弁当やおむすびが売られて無いとは予想もしていなかった。それでも、『なあに、一週間ぐらいの事だ、菓子パンやカップ麺ででも済まそう。』等と思っていたのだが、三食それで済ませると、二日もするとうんざりしてしまい、何が何でも米が食いたく成ってしまったのだ。ひょんな事から日本人で有る事を再認識させられた出来事だった。

クリックで拡大 コンビニに行く道々、周りの風景を飽かずに見て歩いた。知らない人が見れば、さぞ怪しい人物に見えた事だろう。新治村、ここには私が育った昭和30年代の風景に似た懐かしさが残っているように思われ、暫しのタイムスリップを楽しませて貰った。しかし、ここにも大都市集中の過疎化の波が来ているようで、国道沿いにも拘わらず、無人の家や廃屋が結構見受けられた。私自身は都会育ちの為、過疎と云う現実とは向き合った事が無いのだが、それでも、商店街から商店が消えて行き、近くに有った市場が無くなり大型店鋪のスーパーに取って代わられた様は見て来ている。これは進歩や発展と云う程の事では無いのかも知れないが、変わり行く家並みや町並みを見ていると、何かしらの寂しさを感じずには居られない。私が湯宿に来た翌日、温泉街に有る商店以外に店らしい店が見当たらないので、勉氏に買い物等はどうしているのか尋ねると、車で15分程の距離に郊外型の大店鋪スーパーが有るとの事だった。この事で、目の前の『たくみの里』の賑わいに比べて、麓の湯宿一帯の寂れた様が納得出来る気がしたが、散歩程度と云うにも当らない、徒歩で14、5分の距離に有る『たくみの里』の賑わいとのギャップに何か釈然としない物を感ぜずには居られなかった。何故かと云えば、『たくみの里』には観光施設は充実してるのだが、地域住民の為の施設が無いのだ。この『たくみの里』に観光施設を兼ねた郊外型大店鋪スーパーを誘致して、麓の湯宿にスーパーの支店でも置けば、これ程の格差は生まれないのではと思うのだが、何処の地域でも行政のやる事は中途半端で、英断と機智に欠ける事が多いように思う。余談だが、私の地元の大阪にしても、第3セクターの参入した外資系のテーマパークが失態を重ねているのだが、一般の一部上場企業あたりでは絶対に考えられない類いの稚拙な事柄が実に多い。思うに、「学者とお役所には大事は任せるな。」と云う俗説はあながち嘘ではないようだ。役所は税金運営を任されている訳だが、一般企業に任せた方が運営はもっと上手い事だろう。そして学者は机上論だけで、一人一人の生活に思いが至らない。話を元に戻そう。やがて私は勇躍コンビニに到着したのだが、お目当てのおにぎりは余り置いていなかった。結局の処、やはり需要が無いからだろう。がっかりした私の足取は重い上に、行きはなだらかな下り坂だったのだが、湯宿迄の帰りは登りしか無く、一層私の足元を重くした。この時、私が不思議に思っていた風景の違和感にようやく思い当たった。ここには自転車が無いのだ。交通手段は自動車かバイクで、都市部のように自転車の子供を見掛ける事も無い。コンビニから戻って勉氏に聞いてみた処、坂道だけなので自転車は駄目だと云う事だった。自転車が唯一有るのは『たくみの里』で、それも観光客用のレンタルサイクルだけらしい。考えてみれば、上毛高原からバスで湯宿に来る時も、一度も下り坂は無く、20分ずっと登りだったような気がする。つまり自転車等は有っても意味が無いのだ。須川地区の人は、殆ど全戸が車を持っている。そしてまた大半の家が複数の車を持っている。免許年令に達した者で免許保持者の殆どが車を持っているようだ。自動車が無ければ生活出来ない厳しい土地柄でも有るのだ。

 『たくみの里』は湯宿から5、60m高地に位置し、山道を登り切って『たくみの里』に出ると、信じられない程の広い平原が開けている。それも殆ど起伏の無い台地なのだ。そして広い旧三国街道の両側には古い民家も残っていて、須川宿資料館や、この地に集った匠達が工房や店を構えている。正直、中にはプロとしてはまだかなあと思われる工房も有ったのだが、本当に凄い匠も大勢居る。この地はもっと匠達が集う事だろう。そしてその為にも、足場と成る湯宿の再興が俟たれる。私も出来れば、この地に根を降ろし、パイプ職人として生涯を終えたいと思うのだが、日本の職人の実態は、日雇いでもしない限り食べて行けないのが現状で、私自身も肉体労働に従事し乍らパイプ製作を続けている有様なのだ。この地に居を構える等は夢の又夢で有る。専業職人には厳しい現実なのだが、片手間にパイプ作りをされている人の方が、現実問題食べられると云う面妖しな現象が有るのも事実だ。

 私が湯宿に行ったのは9月の初めだったのだが、日中は残暑が厳しく、様々な蝉が鳴き分けていた。油蝉につくつく法師、熊蝉等、子供達の夏の課題学習等にもうってつけの場所と言える。

クリックで拡大 この辺りは、空気が澄んでいる分陽射しも強い気がしたが、陽が暮れた後の冷え込みはきつく、流石に高原地帯だなと納得させられた。湯宿近辺の標高は500mぐらいだろうか、夜空を見上げると信じられない程の星々が天上を埋め尽くしていた。短い滞在では有ったが、私には毎日が楽しくて仕方なかった。或種の尊敬と憧れを持っていたTUTOMU FUKASIROで有る。興奮せずにはいれなかった。だが実際にはパイプを作る現場には立ち会えなかった。本当は深代製作所のパイプ製造に就いて、事細かく書きたかったのだが、残念な事に、現在の深代製作所のを支えているのは、パイプでは無いのだ。およそ20年前、パイプブームが去り、嫌煙が声高に叫ばれるように成ると、たちまち仕事は激減したのだそうだ。既に父上から会社を任されていた勉氏は、何とかパイプ木工の技術を生かした仕事は無いものかと東奔西走されと云う事だ。事実、パイプを車に積んで何日も掛けて関西方面等にも行かれたと云う話もされていた。やがて深代氏の友人の紹介で自動車メーカーの仕事を取り、今は自動車の内装部品が深代製作所の主力と成っている。そしてパイプの占める割合は、今は2割にも満たないそうだ。けれども、未だにパイプ製作を続けておられるのは、自らの技を惜しむ気持が有り、父上から引き継いだパイプの技術を無くすのも躊躇われるからだと思われる。日本人は手仕事に優れた民族で有る。所謂、匠の国なのだ。パイプも例外では無い。深代氏や佐藤氏の父上が作り上げた、独自の技が有る。しかし、残念乍ら後継者が無く、職人さん達の年令も高いと云う事が危惧される。

 最近のパイプ作家の中には勘違いしている者が多いと云ったが、実際パイプは、ブロック、プラトゥを10本も削れば、或程度売物めいた物が出来てしまう。これが勘違いの原因で、パイプや煙草が利け無いと本物のパイプは彫れはしない。プロの仕事では無いと云う事だ。私も含めて、パイプ職人と名乗る者は、深代パイプに学ぶ可き事が多いのでは無いだろうか。

クリックで拡大 深代製作所には貝瀬忠衛と仰る職人さんが居られる。この人は凄い人で、勉パイプの基本シェープの殆どは、この人の手に成る物だ。圧巻なのは売店を兼ねた事務所の正面の壁面に有る型見本で、300本ぐらいは掛かっているだろうか、深代氏の話によると、まだまだ有るそうだ。一見イヴァルソンやラスムッセン、ミッケ等の写しのように見えるが、手に取ると明らかにオリジナルより仕事がしてあるのが解る。この事務所から工場に入ると、見慣れない機械が有り、貝瀬氏専用と云う事だった。それは何かと云うと、鉄の円盤鑢で有る。これをモーターの軸に取り付け材料を削る訳だが、今の作家達は勿論使わ無い、と云うより使え無いだろう。半世紀以上昔の機械設備で、今の作家や職人はサンダを使うのが普通だからだ。深代氏や佐藤氏の父上は使っておられたそうだが。余りにも事故が多い為、作業効率は落ちるが、安全なサンダに取って代わられたのだ。貝瀬氏はこの円盤鑢を自在に使うのだと云う。そして、ものの数分でパイプを削り出してしまうのだそうだ。美味いパイプと技の伝承が成され無いのは、実に残念な事なのだが・・・。

 ファンシ−パイプの奇跡に実感として触れたいなら、丁度良いパイプが有る。スタンウェルの181番だ。殆どストレートに近いクォ−タ−ベントの小振のラフトップなのだが、何が凄いのかと云うと、重さを感じ無いのだ。ボウルが大振りのラフトップにも拘わらず、銜えた時の重さが無い。実際は有るのだが、或程度のベテランなら銜える前に重さの当りは付く。しかし、スタンウェルの181番は、その予想を見事に裏切ってくれる。日本のメーカーが写し物を出しているが、銜え心地も燃焼自体にも雲泥の差が有る。今のスタンウェルの製品には感心出来ない部分も有るには有る。例えば、シャンクの太さに拘わらず、ダボの径が同じと云う事が有る。昔のスタンウェルは細かい仕事がしてあり、シャンクのダボ穴にはエボナイトのダボ受けがインサートされていた。この意味は未だに解らないのだが、一行程仕事が増えているのは事実で、多分イヴァルソンあたりの作家の指示による物と思われる。やはり意味が有る筈だ。

クリックで拡大 しかし、写し物を作ったメーカーだが、実物を見て、尚且つ写しが出来無いとはプロとして情無い事だが、これは写した職人がパイプを喫ま無いのが原因では無いかと思われる。

 勉パイプは派手さは無く、どちらかと云えば地味な感じだが、決してスモ−カ−の期待を裏切る事は無く、ファンシーの凄さを伝えてくれる。どう意地悪く利いても美味さしか見え無い。「面倒臭く成ったら辞めるよ。嫌だよパイプは。」等と深代氏は笑って云っておられたが、この技を途絶えさせて良いのだろうか。

 湯宿の夜空を見上げると都会では見られない、降るような星空だった。パイプの味が一段と美味かった事を忘れる事は無いだろう。 深代喫煙具製作所は平日(金〜土)の8時から17時の営業だが、事務所に併設されている売店の方は、10時から17時の営業で、前もって連絡しておけば工場見学も可能で有る。売店には深代製作所で作られている喫煙具が並べられている他にTUTOMU FUKASIROが驚く程の値段で入手出来る。ディ−ニッシュの有職パイプをと考えておられる方なら、湯宿に何泊かして帰られても充分元が採れるだろう。ハンドメイドをやられる方なら、気に入られれば、色々教えて頂けるかも知れない。
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(2003.1.19)

深代喫煙具製作所のパイプは喫煙具専門店ラ・ピエールのHPで見ることが出来ます。
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