小説その1


土曜日の午後


 竿がしなったので、引いてみると鈴木君でした。
 僕は一瞬ドキッとしたけど、仕方がないのでそのまま引き上げることにし
ました。 意外と簡単に引き上げることが出来たのでよかったです。 だけどそ
れからが問題でした。陸にあがった鈴木君は、突然暴れ出すと「ヌポッ ヌ
ポン」 と、悲鳴みたいな鳴き声をあげたのです。僕はただオロオロするばか
りでどうすることも出来ません。次第に鈴木君の悲鳴みたいな鳴き声が 「ヌ
ポッ  ヌポン」 から「ヌルヌル  ヌッポン  ヌルヌル  ヌッポン」 に変わっ
ていったので、これは大変だと思い、友達の佐藤君を呼びに行くことにしま
した。佐藤君は江戸時代から続く電気屋の7代目で、こういう事には詳しい
のです。
 彼は始め半信半疑でしたが、鈴木君を見ると「これ、君がひとりで釣り上
げたのかい」と、口を半開きにしてよだれダラーでした。
 僕は佐藤君から目をそらすと「うん、そうだよ。ひとりで釣ったんだよ」と
答えました。
 彼は「へー、それはすごいね」と、あんまりすごそうには言いませんでし
た。ですから僕も「意外と簡単だったよ、もっと大変かと思ったんだけどねぇ」
と、正直に言いました。もし彼がお世辞でも、本当にすごそうに言ってくれ
たなら、僕はきっと、いやぁ、まいったよ。まったく大変だったんだから、
と、言った事でしょう。僕には3歳年下の弟と、2歳年上の姉がいます。お
姉さんにとっては物分かりの良い弟に、弟にとっては良きお手本にならなく
てはいけません。そこら辺がなかなかつらいところです。実は、僕たち姉弟
にはお父さんがいません。下の弟が生まれた時に亡くなったのです。
「だけど、なんでこんな汚い川に鈴木君がいたんだろう。もっと上流の、岩
のゴツゴツしたきれいな川しか生息してないんだけどなぁ」彼はますます激
しく暴れている鈴木君を見ながら言いました。
 僕は鈴木君の事に関しては何も知らないので、ただ、ふーんと相づちを打
つだけでお役に立てません。すると突然、彼はこんな事を言ったのです。
  「今晩のおかずはおでんかもしれない」
 僕は、そんなわけないじゃないかーと思いました。なぜなら今は夏だから
です。太陽の光がこれでもかと豪快に降り注ぎ、所々砂漠化した大地は夏草
が申し訳なさそうに生い茂っています。点数をつけるのならば62点くらい
でしょう。
 なのに彼は「やっぱり中華料理は油っぽいからなぁ」と、まるで人を馬鹿
にしたように言ってのけたのです。
 それにはさすがの僕もがっかりしました。がっかりと言うよりも失望です。
英語で言うのならワンダフルです。そういえば前にもこんな事がありました。
あの時は確か牛乳びんを使って直したんだと思います。
 それでもなお彼は「よし、君はそっちを持って」と、ごきげんな口調で僕
に鈴木君の先っぽの方を持つように言ったのです。
 しかたなく、僕は嫌がる鈴木君を無理やりギュッと掴みました。その感触
はまるで、小汚いおやじのヌメヌメしたデコのようです。試しに匂いを嗅い
でみると懐かしい匂いがします。
「じゃあいくよ」ぼくたちは掛け声と同時に鈴木君の体を持ち上げました。
 その時です。鈴木君の体がビローンと伸びたのです。つまり、鈴木君の体
がきな粉もちのようにビローンと伸びたのです。
 これは後になって気付いたのですが、鈴木君の体にはやわらかい部分と硬
い部分があるのです。僕はそんなこと全然知らなかったので「鈴木君の体が
ビロ、ビローンて、イエーイ」と、思わず取り乱してしまいました。
「だめじゃないか。もっと先っぽのほうをつまむ様に持たなくちゃ」彼はそ
う言うと僕に正しい鈴木君の持ち方を教えてくれました。おかげで鈴木君の
事が少しだけどわかったような気がしました。
「ここじゃまずいから、とりあえず家に連れて行こう」彼は小声で言いまし
た。「君は知らないと思うけど、鈴木君ってスーパーで買うと結構高いんだ」
 僕は今ごろになって、自分のしたことの重大さに気が付きました。
「へー、そうだったんだ。じゃあ魚屋さんに売ればお母さんに楽させてあげ
る事ができるんだね」
「うん、だけど魚屋さんじゃなくて、肉屋さんに売ったほうがいいよ」
 ふと、鈴木君のほうをみるとさっきまであんなに暴れていた鈴木君が、急
におとなしくなっています。
「今がチャンス」彼はそう言うとそこらへんにおちていたボロ布で鈴木君を
サッと包み込んだのです。「これでもう暴れない」
 だけど鈴木君は相変わらず暴れています。しかもボロ布のすき間からはど
ういうわけか変な汁が流れてきたのです。僕たちはパニックになりました。
そして慌てて逃げたのです。
 もう僕たちの手に追えない。肉屋のおじさんを呼びに行こう。やっぱりプ
ロじゃなきゃだめだ。つくづくそう思いました。
 肉屋の前ではでっぷりとしたおじさんが暇そうに水をまいています。
「おじさん、た、大変だ。鈴木君がとんでもないことに。ハァハァ」
 おじさんはよほど暇だったらしく、持っていたホースを投げ捨てるなり、
すぐさま駆けつけてくれました。でっぷりとしたおじさんは、見かけによら
ず足が速かったです。
 けど、川原にはもう鈴木君の姿はありませんでした。
 おじさんは怒るどころか何も言わず、淋しそうに帰っていきました。きっ
とたちの悪いいたずらだと思ったことでしょう。それにお店があまりに暇だ
ったため、騙されても文句が言えなかったに違いありません。
 僕たちは悪い事をしたなぁと思い、帰る途中肉屋さんでソーセージを買っ
てあげました。だけどお金がなかったので一番安いやつしか買えません。
 僕たちは買ったソーセージを公園のベンチで食べることにしました。ふと、
時計を見るとまだ2時です。
 食べながら僕は、隣のベンチに座ってじっとこっちを見ているのは、きっ
とリストラされた人なんだなぁと思いました。
「鈴木君に逃げられちゃったねぇ」僕は佐藤君に精一杯明るい声で言いまし
た。けど、彼の目からはキラリと光るものがこぼれています。
「うまい、うまい、ウヒィー」
 よほど、いちばん安いソーセージがおいしかったのでしょう。なぜか、リ
ストラおやじも泣いています。
 僕たちは、公園に備え付けてあるマシーンで軽く遊んでから僕の家で遊ぶ
ことにしました。
 家では、さっきの鈴木君が夕飯の仕度をしています。
「ただいまー」と僕が言うと、鈴木君は「おっ、早かったな。佐藤君といっしょ
に遊んでいたのか。もうすぐ夕飯が出来あがるからそれまでテレビゲームで
もやっていなさい」と言いました。「お母さんは帰りが遅くなるみたいだぞ」
 僕は匂いで今日はカレーだということがわかりました。僕の家ではお母さ
んの帰りが遅い時はこうして鈴木君が夕飯の仕度をします。
「もしよかったら、佐藤君もいっしょに食べていったらどうだい」鈴木君は
彼に言いました。「大勢で食べたほうがおいしいだろう」
 彼はしばらく考えてから「うーん、だけど、その、今日は・・・」もじも
じしながらちいさな声で言いました。「今日はウチおでんなんだ」
 鈴木君は、ハッハッハッと笑うと、えっ、こんな暑い日になんでおでんな
のと言いたげな口調で「ライス」と言いました。しかも伸ばしたてのヒゲを
つるんとなでながらです。
 それには、さすがの彼も一本取られたようで思わず赤面です。
 僕はあんまりバツが悪かったので「お父さん、今のは笑うところだよ」と
つい声を荒げてしまいました。
 僕たちは子供部屋でテレビゲームをやることにしました。部屋の時計はま
だ4時を少しまわったばかりです。
「明日は休みだから、ゆっくりできるね」僕は窓のそとを眺めながら言いま
した。
「けど、今日ウチおでんなんだ」彼は言いました
 窓を開けると心地良い風が入ってきます。
「もうすぐ夏休みだよ」僕は思い出したように言いました。
「うん、もうすぐだね」彼もまた、思い出したように言いました。
 遠くのほうではセミが鳴いています。青く澄んだ空には真っ白い雲が浮か
んでいます。
 その時、突然強い風が吹いたので僕たちはびっくりしました。
 
                                おわり


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