中学校のときは、英語の試験で27点以上を取った記憶が無い。100点満点でですよ。
でも、あるときに英語に出会ったというよりは、出会わされたのです。
禅の言葉では、
「出会いとは、出会いによってその人の人生の生き方が大きく変わることを言う。」
また、
「出会いとはひとえに神の恩寵の賜物である。」
とも言っています。ま、大変なんだ!!(~.~)
でも、この出会いが私の中から不可能という言葉を消し去ってくれ、 後に、現在の仕事に、人生の苦難に多いに役に立つ事と成るのです。§§ 英語との出会い §§
人生、何処で何が待っているか解りませんね。
ある日恋人の赤い糸が...。(見た事が無い)
ある日、学校から家に戻り、何気なしにNHKの教育テレビをかけたら、
田崎先生の英会話入門を放送していたのです。じっと見ていたら、なんとなく興味を示し、
さーそれから毎回見るようになり、ついでにラジオの松本先生の基礎英語を、
聞くようになったからさー、大変です。元来が熱しやすく冷めやすい性格ですので、
ラジオ、テレビは毎回毎回欠かさず聴いていましたし、添削テストも毎回送付し、
採点されて帰ってきていたものですから、雨だれ石を穿つの如く
少しずつ理解が出来るようになり終には、食事を後回しの日々が続きました。
当然の如く書くほうも上達をし、で、1年が過ぎたのです。
§§ アメリカ文化センターとの出会い §§
最初は、表現上達の為に単純にペンフレンドの紹介をお願いしようと、
アメリカ文化センターならと思い葉書を出したのが 始まりでした。
そうしましたら、葉書の誤字の指摘(小中学校時代は勉強をサボっていたでしょう)
と英語教室の葉書が届いたのです。週1〜2回(記憶が確かでない)
90分で、1ヶ月800〜1200円でしたので、TVのみで実際外国人とは
話した事が無いので、発音やイントネーションを治すために、通い始めたのが最初でした。
先生方は、フルブライト交換の学生や日本より留学し帰国していた東北大、学院大等の
大学の教授の方々でした。ですから営利目的ではなく勉学に勤しむ人々への
協力授業という事になります。
教室での教え方は、掲載しています英語小話(アメリカンジョーク)のような方法です。
仕事や学校を終えた人達が英会話をとの勉学の為に三々五々集まり、
語らい、帰って行きました。貧しくとも心が豊かで帰り際の満足感を得られる至福の時間でした。
私は、この教室とは別に、海外のペンフレンドとも交流し、
たどたどしい文章で(本屋で教本を購入し)書いたものです。
もし今そんな文章を読んだら、顔から火が出るでしょうね。
青春って畑の畝に種を植える様に、恥をかき、教えられ、耐えて、泣いて、
笑って、怒って過せる人生の中の光の時ですよね。
宮沢賢治の童話の様に純粋で、無垢で、そして夢と希望を持てて、努力すればするほど
実が大きくなる。
ちょっと、はみ出しましたが、で、大きくなったのです私も...身長も。
§§ 町で、修学旅行先での挑戦 §§
続きは、次までに。