12.そろそろ限界か春原
「早めに登校すると景色が輝いて見えるなあ。そう思わない? 岡崎」
「その景色の中にオマエがいなければな」
春原が着替えるのを待って、ようやく登校。
特に何事もなく歩いてみれば、家で寝ているときにあれほど遠く思えた通学路もそれほどの距離ではない。
「もう桜も散っちゃったねえ」
「おまえが日本の情景を語るな。気持ちわりぃ」
学園の坂の下。
「地獄坂」とか「膝が笑う坂」とか「心臓破りの坂」とか、そんな素敵なあだ名がついてもおかしくはないほどの精神的長さを誇る坂である。
そんな坂の下。
「……まーた、アイツ何してやがる」
坂の下の桜の木の下、つまりは一番下で一人孤独に遠い校舎を見上げる輩。
「あ、渚ちゃんだ。いやあ、今日はついてるなあ僕」
「しっ! ちょっと黙ってろ」
春原の言う通り、渚ちゃんである。
ただ、先ほどからピクリとも動かずに、険しい表情で何事かぶつぶつ呟いている。
……なんだ? また学校行くのが億劫になったのか?
少し耳をすまればここまで聞こえてくるほど彼女の呟きは大きい。
「あんぱんっ! あんぱんっ! あんぱんっ! あんぱんっ! あんぱんっ――」
……。
……今日はあんぱんパーティーらしい。
「あんぱんっ! あんぱんっ! あんぱんっ! あんぱんっ! あんぱんっ――」
壊れたカセットテープのようにあんぱんを連呼しつづけている渚の後ろから、軽く肩を叩いて声をかけてみた。
「よぉ、渚。おせんべいパン」
「ぁうぅあぁぁぁぁ……」
……アンテナをふにゃふにゃさせて倒れこんでしまったのですが。
「と、朋也くん……? おはようございます。朝からおせんべいパンはどうかと思います」
「ああ、おはよう渚。いやさ、おせんべいパンを目標にすれば今日一日を頑張って過ごせるかなって」
「朝のHRくらいまでしかもちません……」
酷い言われようだった。
「まあ、それはどうでもいいとして。オマエ今日はいくつアンパン食うつもりなんだよ」
「え……いや、あの……。昨日のことがあったから、今日はいつもより頑張らないと生き残れないかと……」
ここで昨日の事ときた。
「……あんま聞きたくないんだけどさ。昨日、体育館で暴動起きたあとってどうなったんだっけ?」
「あ、はい。それはですね……あうっ!?」
あ?
突然動きをフリーズさせた渚。
視線は俺の肩越しに、後ろにいる珍獣をみつめている。
「やあ、渚ちゃん! 今日はいい朝だねえ!」
つまりは春原。
渚はしばらく春原を見つめた後、がちがちとロボットのような様相を呈し、涙目で言葉を紡ぐ。
「か……」
か?
「カツサンドっ! サンドイッチっ! チョココロネっ! クリームパンっ! 三色パンっ! 竜田サンドっ! アップルパイっ! フランスパンっ! 」
……。
……ああ、ボウズ眉無し金髪ね。
「おい、怖がられてるぞ。春原」
「……マジで?」
なおも魔除けの呪文を唱えつづける渚。
「カイザーゼンメルっ! ブレーツェルっ! ヴァイツェンブロートっ! ロッゲンブロードっ! 山型食パンっ! サイコロ食パンっ! ブリオッシュっ! パン・オー・レっ! ツォプフっ! グリッシーニっ! フォカッチャっ! ロゼッタっ! パネトーネっ! パニーニっ!」
さすがはパン屋の娘といいたいところではあるが、ウチの学校の食堂にそんなに沢山パンの種類あったか、かなり怪しい。
「な、渚ちゃん、ひどいなあ。ほら、春原だよっ! あなたの心にストレ−ト! いつでもどこでも優しい上に格好いい春原さっ!」
意味不明な言葉を喚きながら渚に近づいて行くすのぴー。
「あぅ……」
もはや渚は半泣きになり、あうあうとまともに動かない口を押さえつけ、彼女に残されている最後の力を振り絞って叫んだ。
「ポ……」
ぽ?
「ポマード! ポマード! ポマード! ポマード!」
「いや、それは違うんじゃないかな……」
ごめん、どっから突っ込んでいいかわかんない。
2004/7/19
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