Free Flight/空の中途
何年くらい前になるかしら。真っ昼間に流れ星を見たのよ。
境内を掃き清める手を止めて、私は空に目を凝らしたわ。秋も終わりに差し掛かろうって頃の空は、うっすら白くて、まばゆくて、でもその中にひと粒、黒い点が浮かんでた。秋天を斜めに流れ落ちてきたかと思うと、その黒い星は私の頭上の高いところで急に速度を落として、くるくる円を描きはじめたのよ。ネズミ花火みたいに。
そこで私もやっとそれが星なんかじゃないことに気付いて、さらに目を細めて観察したら、これが箒にまたがった女の子じゃない。私が掃除に使ってたのよりもでっかくて不細工な箒に乗って、そいつはずいぶんと楽しそうに空で踊っていたわ。
顔つきや表情までは見えなかったけど、でもきっと、そいつ、笑ってたと思う。そんな飛び方だった。そんな風に、私を見下ろしてた。
あれはなんなんだろう、妖怪なら退治てくれなきゃ。妖怪じゃなかったとしても、なんか蠅みたいでうるさいから追い払ってやろうかしら――そんなことを考えている間に、そいつは輪を描くのをやめて、やって来たときと同じように真っすぐ飛び去って行っちゃった。
なんだったのかしらね、あれ。
「へえ」
神社の縁側、私の隣に腰掛ける魔理沙は、湯飲みをぐいと傾けると、
「なんだったんだろうなあ、それ」
「いや、あんただったんでしょ、あれ」
私がねめつけると、魔理沙はあからさまに目を逸らし、下手くそな口笛なんか吹きはじめた。その横顔へ私はさらなる言葉を投げつける。
「それからすぐだったと思うわ、あんたが神社に初めて顔を見せたの。賽銭箱に硬貨を一枚投げ込んで、『クレジット入れたぜ、これでお前で遊んでいいんだよな?』とかのたまって。あんな喧嘩の売り方されたのは、後にも先にもあれきりよ」
「そんなに喜んでもらえてたなんて光栄だぜ」
なぜか魔理沙は頬をうっすら赤らめ、照れたように頭を掻いた。やめなさい、気持ち悪い。
ふと思い出したからって、昔話なんてするんじゃなかったかなあ。
溜め息ついている間に、魔理沙は湯飲みの中身を干していた。空になったそれを傍らに置いて、代わりに帽子を手に取り、金髪の上へ乗せる。そう言えば初めて会ったときには、こんな帽子なんてかぶってなかったようにも思う。
「帰るの?」
「香霖のとこへ寄ってからな。たまに顔を見せてやらないとあいつ、寂しがるんだよ」
どっちがだか……。短からぬ付き合いの間に、私は彼女の性向をだいたい把握してしまっていた。魔理沙は独立独歩の気質を持ちながら、裏腹に強い人恋しさもにじませている。だからそれを忘れようと魔法の研究に没頭し、そうでないときはここへ遊びに来たりするのだ。本人は絶対に認めたがらないだろうけれど。
またな、と残して、魔理沙はでかい箒にまたがり、空を駆け上がっていく。私の真上で大きなループを描き、それから飛行機雲が生まれるほどの急旋回をして、一気に飛び去っていった。いつもながら楽しそうに空を飛ぶ。地上を遥かに離れるほど、あの子は活き活きとした顔を見せる、私はそれをいやというほど知っていた。
そらをとぶ――私にとっては当たり前なことに、魔理沙はいつだって心躍らせられる。それがごくたまに、ほんのちょっとだけ、羨ましく思えることもある。
最前まで魔理沙が座っていた位置を見やる。板張りの縁側は、その部分だけ妙につるつると光っている。それだけ何度も、魔理沙にお尻を乗せられてきた場所なのだ。あの子はいつも私の隣、同じ場所に座るから。
私以外の誰かの定位置、そんなものがこの神社にできるなんて、ずっと昔には考えられもしなかった。不思議な気分。気がつくと私は微笑をこぼしていた。
「これ以上つるつるになっちゃう前に、座布団でも用意するべきかしらね」
そこを指先でそっと撫でてみる。小さな魔法使いの体温が、まだ薄らと残っていた。
SS
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