小さな
ドラマティック・ストーリー
このページでは、私が体験した感動的な実話の数々を、
ノンフィクション物語として公開いたします。
以下にご紹介するショート・ストーリーは、
プライバシー部分を修正している以外、すべて実際の出来事です。
第3話 時空を超えた想い
先日、ある30代の日本人男性が、大阪の奥山医院の催眠療法を受けに行きました。その男性とは、私は日常的に深いお付き合いをする関係ではありませんが、私が講演会を行った際に、「どうしてもお守りしたい」と強く申し出てくださり、何度かボディガードをお願いしたことがありました。彼は、普段は優しく真面目な正直者で、子どもの教育に感心を持つ、どこから見ても正常な好青年なのですが、なぜか私の著書や名前に接すると、「飯田先生をどうしてもお守りせねば」という異常に強い感覚が湧き起こってきて、いても立ってもいられなくなる衝動にかられてしまうというのです。しかし、彼自身にも、なぜそのような深い感情にとらわれるのか、さっぱり理由がわからず、自分でも困っていらっしゃるほどでした。
その日、彼は、私とは関係なく、別の個人的な悩みの原因や、今回の人生の目的を明らかにしようと考えて、催眠療法を受けに行きました。もちろん私は、彼が催眠療法を受けに行くことは全く知らされておらず、彼とは数ヶ月間も、連絡さえとっていませんでした。
そして、奥山先生の誘導によって深い催眠状態に入り、今回の人生と最も重要な関係にある、過去の人生について思い出してみたところ、何と、次のようなビジョンが浮かんできたのです。本人にも全く予想がつかなかった記憶であり、深い催眠状態で医師の質問に答えながらも、自分の口から出る内容を信じることができませんでした。しかし、その証言は、確かにMD(ミニディスク)の中に録音されていたのです。
彼は、自分が思い出した内容の重大さゆえ、それを私に伝える気になれないまま、数ヶ月間も私にだまっていました。ところが、たまたま私が奥山先生から、「飯田さんの過去生を見てしまった人がいる」とおうかがいする機会があり、その過去生の名前だけを聞いてしまったのです。奥山先生は、誰がそれを思い出したのかについては、患者さんに対する守秘義務のため教えてはくださいませんでしたが、私には受診者の名前をすぐに推察できたので、その「彼」にすぐに連絡をとって白状(?)させたというわけです。たまたま私が知って問いたださなければ、彼は永遠に、自分が思い出した内容を私に告げないつもりでいました。なぜなら、催眠状態の自分がしゃべってMDに録音されている内容が、彼自身にとっても、容易には信じ難いことだったからです。
それでは、その録音MDに残されている、彼と医師との会話記録から、たいへん興味深い証言の一部を、そのままご紹介しましょう。
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(催眠誘導を始めてから、ほぼ50分後)
D: 地面を感じてください。どんな地面ですか?
C: 砂浜……気持いい。
D: あなたは、足に何か履いてますか?
C: 裸足です。
D: 年齢は、いくつくらいですか?
C: 高校生くらい?
D: 何を着てますか?
C: 百姓みたいな、着物……腰にひも……茶色のハンテンみたいな柄……長袖。
D: 手には何か持ってますか?
C: 右手に、黒いさやの刀を持ってる。
D: 頭には、何かかぶってる?
C: ちょんまげを結ってる。
D: 顔の輪郭は?
C: 面長。
D: では、あなたは、その青年の中に、しっかりと入ります。あなたのまわりの風景は、どんなですか?
C: 海岸……遠くに山……その間には、森がある。
D: 誰かいますか?
C: いません。
D: どんな気持ですか?
C: わくわくしてる。ひとに会いに行く。
D: 年齢は?
C: 18 才。
D: 名前は?
C: しんさく。
D: 誰に会いに行くの?
C: 先生。
D: 何の先生?
C: 心の先生。
D: 年代は?
C: 江戸時代。
D: 場所は?
C: 萩……日本海側……
D: どこに着きましたか?
C: お堂のような……山の中腹にある。
D: 天気は?
C: 快晴です。
D: 季節は?
C: 春。
D: お堂の中に、人はいますか?
C: たくさんいます……百姓から武士からいろいろ……男ばかり。
D: 年齢は?
C: みんな同じくらいだけど、私が年長くらいの若い人たち……まわりの人が私にお辞儀をして、敬意をはらってる……前の方に座って……先生が来ました。同じようなボロボロの服を着ています。
D: 先生の名前は?
C: ……吉田……
D: 先生はどうしてる?
C: 何か、怒ってる。世の中がおかしい、って。
D: その先生は、あなたの知ってる人ですか?
C: 飯田先生!
D: それからどうしてる?
C: ずっと先生の話を聞いてる。
D: 先生の話の内容は?
C: 政治を嘆いている。
D: 江戸時代の、いつ頃ですか?
C: 終わりかけ。
D: しんさくさんの名字は?
C: たかすぎ。
D: それからどうしてる?
C: 自分の意見を言ってる。
D: どんな意見?
C: 立ち上がるという……
D: どういうこと?
C: ここにいる人たちをまとめて、行動を起こしたい。
D: どんな行動?
C: 先生の思いを遂げたいというか、世の中に広めたい。
D: お堂の中の人たちに、今のあなたが知っている人はいますか?
C: ふたり。ひとりは、****の****さんで、もうひとりは、この前に**で初めて会った人です。
D: それから、どうしました?
C: 自分は用事があるので、燃える気持ちを持って出て行って、小さい城に戻って、心をゆるせる人に、その日のことを話してる。
D: お城では、どんな仕事をしてるの?
C: けっこう、中堅として人々をまとめてる。
D: 中堅の割には、汚い格好ですね?
C: 外に出る時には、お忍びなので。
D: うちはある?
C: あると思うんですが、帰ってない。
D: では、うちに帰った場面に戻ってください。
C: けっこう大きな家で、両親と妹がいます。結婚はしていません。
D: お父さんは、どんな人?
C: 厳格な人。
D: あなたのしてることを、どう思ってる?
C: あまり感心していません。
D: お父さんのこと、好き?
C: 嫌い。保守的で、うるさいから。
(中略)
D: 吉田先生はどうなってる?
C: 捕まって、閉じ込められてる。岩の牢屋のようなところに。
D: どんな格好してます?
C: ボロボロ。
D: 会いに行けるの?
C: はい。
D: 牢屋はどこにあるの?
C: お城から遠い、海が見えるところ。
D: 先生を牢屋に閉じ込めてるのは誰?
C: お城の、上の役人。
D: 吉田先生と会って、何を話してる?
C: 政情の話。
D: たとえば?
C: お城の役人のあり方が古いとか、方針が良くないのを正せ、というような。
D: それで、どうなりました?
C: そんなことより、先生のことを心配してます。なんか、泣いてます。
D: どうして?
C: 先生がこんな立場になってしまったのを嘆いている。先生は自分のことなんか考えてないようなので、余計に悲しくなる。
(中略)
D: では、吉田先生が死んだ場面に移ってください。
C: 24歳。首をはねられて死んだ。心の底から泣いている。
D: その時、何か決心したことは?
C: 先生の教えを守って、世の中を良くしたい。泣きながら、燃えてるっていうか、不思議な感じです。
(中略)
D: では、しんさくさんの人生で、一番大切な場面に移ってください。
C: 24歳。……武士と戦ってる。
D: あなたは、どんな鎧?
C: 黒い。いろんな百姓のような人を集めて、草葉に隠れてる。……なんか、待ち伏せしてる。
D: 武器は何?
C: 槍のようなもの。
D: どうなりました?
C: 自分が指導してて、多くの人を死なせてしまったみたいです。
D: なぜ?
C: 相手の方が、武器が良かったり……
D: 相手は武士?
C: そうみたいです。
D: 負けたの?
C: よくわからないけど、逃げてる。
D: 逃げながら、何を考えてる?
C: 人を巻き込んでしまって申し訳ない、という気持ちと、でもやらなければならないという使命感……複雑な感じ……
D: それから?
C: ひとまず、どこかに隠れて、仲間を待ってる。
D: では、しんさくさんの人生で、次に一番大切な場面に移ってください。
C: 28歳で、倒れて、家で寝てます。病気のようです。
D: どこが悪いの?
C: 肺。
D: ひとり?
C: 多くの人に囲まれてる。家族と、多くの友人。
D: 死にそう?
C: はい。
D: 何を考えてます?
C: 自分のことよりも、先生のことを話してます。
D: では、しんさくさんが死ぬ場面を通り越して、意識が宙に浮いたら教えてください。
C: 浮きました。
D: 体を離れた時、何か決心したことは?
C: 今度は、先生と一緒に、成し遂げられなかったことを成し遂げたい。
D: 下で何が起こっていますか?
C: 多くの人が駆けつけてきてる。
D: それを見て、どう思いますか?
C: 嬉しいというか、あとは頼むぞ、という感じ。
D: 宙に浮いてるあなたに声をかけてくれる人はいますか?
C: 大きな光が見えます。
D: その光は、あなたに何と言っていますか?
C: 手を広げて待ってるというか、呼び寄せてくれてるというか……
D: それは、誰か知ってる人?
C: 飯田先生の顔……
(以下省略)
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以上が、録音MDに残されている記録の一部です。
もう、読者にはおわかりのように、この証言に出てくる「吉田先生」とは、「松下村塾」における講義を通じて多くの幕末の有名人たちを指導した、「吉田松陰」(本名:寅次郎)のことだと思われます。また、この証言をしゃべっている男性は、「高杉晋作」として生きた過去の人生を思い出しているようです。
この男性が、深い催眠状態で口にしたこの証言は、いったい真実なのでしょうか?
それとも、この男性の脳が創作した、デタラメにすぎないのでしょうか?
まずは、自分が思い出した記憶に驚いている、この男性自身の「解説」をご紹介しましょう。この解説も、本書のために特別に書いてもらったものではなく、私が彼に初めて問いただした際に、その返信メールとして届いたものです。
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私は、NHKの大河ドラマなどを通じて歴史が大好きでしたが、それは戦国時代、特に信長、秀吉、伊達政宗ほかの時代に対しての興味でした。正直に言って、「幕末」の時代は、中学・高校を通じて全く理解できないし、学ぼうとも思わず、興味も全くなく(坂本竜馬の功績も良くわからなかったのが現状です)、大学受験の時にも、苦手な幕末を避けて世界史を選んだほどでした。大河ドラマも、幕末ものには興味がなく、「勝海舟」や「花神」などを放送した年には見ないで、裏番組を見ておりました。
そのため、最近まで、名前だけはサスガに存じておりましたが、吉田松陰先生や高杉晋作のことなど、全く理解しておりませんでした。晋作が死んだ年齢も、頭にパッと浮かんだ数字を答えましたが、自分では「こんな若死にのわけがない」と思いながら口にしていました。もちろん、晋作がどうして死んだのかについても全く知りませんでしたが、頭に浮かんだことを答えました。さすがに、松下村塾が萩にあることくらいは存じておりましたが、松陰先生が萩で幽閉されていたことがあるとは、全く知りませんでした。
また、高校の修学旅行は中国地方でしたが、前述のように幕末時代には興味がなかったので、萩では、自由行動で「萩焼き、食べ物ツアー」を組み、歴史関係の名所やお城などには、行った記憶がありません(たぶん行っていないと思います)。松陰先生が幽閉されていた牢屋があることも、知りませんでした。でも、「たいへん良い町だ」との印象は強く、いつかゆっくり訪問したいとの思いは、ずっと持っておりました。
このようなわけで、催眠状態になるまでは、幕末はもちろん、萩のことなど意識したこともなく、飯田先生と松陰先生を結びつけて連想することも、全くありませんでした。
催眠状態になった時には、ただただ、頭に浮かんだ事をそのまま申しました。記憶では、長い刀をさして、うきうきした気持ちで塾にいく自分があり、必死に吉田先生の話を聞く自分が出てまいりました。奥山先生から「その人は知ってる人ですか?」と問われた瞬間、飯田先生の顔がドアップでイメージされ、ビックリいたしました。
自分が死んだ歳を聞かれた時には、頭にぱっと浮かんだ数字を申しました。草むらに隠れて指揮している姿がイメージされた時には、「こんなこと申して大丈夫かな」と、焦ったことを覚えています。臨終の時にも、頭に浮かんだことを申しました。
その後、急に高杉晋作に興味を持ちました。自分が言ってしまったことが、事実かどうかを知りたい気持ちもありました。そこで、司馬遼太郎「世に棲む日々」を読みましたところ、自分が見たビジョンとあまりに似ているのでビックリしました。でも、信じがたいお話でしたし、仕事が立て込んでいたため深くは考えないようにしておりましたが、ある時、急に松陰先生、高杉晋作に関するビデオを見てみたいとの衝動にかられ、秋葉原に行き、NHK大河ドラマ「花神」総集編のビデオを発見し(「花神」で松陰先生や高杉晋作が出ていること自体、ビデオの裏面解説を見て初めて知りました)、家で徹夜して一気に見てしまいました。こんなに面白かったのか、と思いつつ、松陰先生の場面ではなぜか胸が熱くなり、懐かしい思いがこみ上げ、ずっと涙しながら見ました。
そのビデオを見た日が、確か木曜日だったと記憶しております。次の日曜日の午前中に、**大学の**先生と新宿で打合せをいたしました。帰りに、せっかくここまで来たのだから、と、松陰神社に行って見ようと思い立ちました。行ってみると、何と、ちょうど松陰先生の命日で、神社の年に一度のお祭りがあり、奇兵隊が行進しており……びっくりしてしまいました。
これが、正直なお話です。上手く書けない部分もあり、かつ、自分が勝手に思い出してしまったことなので、飯田先生に失礼なことも書いてあるかもしれませんが、大筋を正直に書きました。以上の体験は、飯田先生には「勝手に人の過去を探ることはするな」と叱られそうなので、これまで言い出せないでおりました。しかし、上司の**さんには、ほぼリアルタイムで報告いたしておりますので、**さんにお聞きいただければ、以上の経緯が事実であることをご確認いただけます。
先生の更なるご活躍を心よりいつも念じております。
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……というわけだそうです。
それでは、彼が思い出した記憶は、果たして歴史的に、どこまで信憑性があるのでしょうか?
もとより、深い催眠状態で頭に浮かぶビジョンを、何とかして言葉で伝えようとがんばるわけですから、情景描写は、その人の解釈や表現力にもとづいて、大いに加工されてしまいます。しかし、歴史資料をひもといてみると、松陰や晋作についての知識が皆無に近かった彼の証言のうち、以下の多数の点が、歴史的事実と一致していることがわかりました。
* 現在の数え方で満18歳(当時の数え年では19歳)の時に、松陰の「松下村塾」に入塾していること。
* 毛利家家臣・高杉家200石の長男として生まれた晋作は、武士として恵まれた環境に育ち、父・母・妹の3人の家族がいたこと。残されている写真によれば、非常に面長の顔であること。藩の小納戸役を務めていた父親は、厳格で保守的な人柄として知られていたこと。
* 吉田松陰は、萩で何度か牢に幽閉されていたこと。お堂のようにも見える寺子屋風の私塾であった松下村塾では、さまざまな学問について教えながら、政治に関する松陰の自説を論じたこと。最期は、幕府の政治を批判した罪で、江戸に呼び出されて処刑されたこと。
* 晋作は、松陰の理念を実現すべく数々の戦闘を起こし、28歳の時に、肺結核で亡くなっていること。
これだけの点が、歴史的事実と一致しているというのは、単なる偶然や脳の創作という水準を、はるかに超えているかのように思えます。あてずっぽうで答えたのでは、容易に「当たる」ことではないからです。たとえば、死因が肺の病気であることを当てるだけでも、「病気」「事故」「戦死」「殺人」「自殺」などの死因の中から「病気」を選び、そのうえで体のあらゆる部分の中から「肺」を選ぶわけですから、たまたま当たる確率はかなり低いのです。
しかし、一方で、歴史的事実とは異なる部分も見られます。それは、吉田松陰が処刑された時に、自分が24歳であったと述べていることです。実際には、松陰は晋作に出会った2年後に処刑されていますから、晋作が24歳の時まで生きていたはずはありません。
それに、肝心の彼自身が、幕末や萩に興味を持っていなかったというのは、どのように考えれば良いのでしょうか。もしも、彼の過去が晋作であったとするならば、現在の彼も、幕末に興味を持っているはずではありませんか?
そして、私自身について考えてみると、実は彼と同様に、歴史は大好きであるにもかかわらず、「幕末」という時代には全く興味がなく、むしろ嫌悪感を感じているほどだと言えるでしょう。NHKの大河ドラマも、幕末ものだけは見たことがありません。歴史書を開いても、幕末のページだけは、つまらないので、なぜか飛ばして読んでしまいます。日本中を旅して回った私ですが、広島県の出身であるにもかかわらず、なぜか隣県の「萩」の町にだけは、行ったことがありません。すぐ近くの津和野や秋吉台や青海島までは行きながらも、なぜか萩だけには行く機会がなく、JRでも車でも、通り過ぎてしまうのです。城下町の好きな私にとって見逃せない町であり、訪れた人々から「素晴らしかった」という評判を聞きながらも、どうしても足が向かないのです。もしも、私が吉田松陰と深い関係にあるならば、幕末の時代が大好きであり、萩の町が「懐かしく」感じて、何度も訪れているはずではありませんか?
さあ、真相は、いったい、どうなのでしょうか?
ある男性が、深い催眠状態で、このような証言をしたということだけは、MDに残っている確かな事実です。また、催眠にかかっていないのに、かかったふりをして嘘の証言をしようとしても、催眠の専門家である奥山先生には、簡単に見抜かれてしまいます。それに、この男性が、奥山先生に嘘をつく理由は全くなく、このような嘘をついても何の得にもならないうえ、数ヵ月後にたまたま私が知って問いたださなければ、永遠に私に教えるつもりはなかったのです。
あなたは、この証言の内容について、どう判断なさいますか?
いずれにしても、松陰や晋作のご子孫の方々や萩の方々を、ご不快にさせてしまうようなことを、不用意に書くわけにはまいりません。真相は、完全に、藪の中です。ここでは、「ちょっと面白い謎かけ遊び」をしたにすぎないということで、どうかご容赦ください。
この男性の証言を直観的に信じることのできる方々は、もしかすると、かつて松下村塾で学び、自由と人権を求め、人民による人民のための革命を起こそうとして幕末の時代を駆け巡った、松陰の愛弟子や、その影響を受けた孫弟子の方々なのかもしれません。だからこそ、今、なぜか、これをお読みくださっているのでしょう。
一方、「こんな馬鹿げた証言など信じない」とおっしゃる方々は、この現代社会の価値観に生きる、愛すべき常識人の方々でいらっしゃいます。私自身が自ら認めていないことを、皆さんに信じていただけるはずがありません。
どちらの判断が正しいとか、優れているとかの問題ではありません。どうせ、証明することも否定することもできないのですから、あなたの心の奥に生まれた解答こそが、あなたにとっての真実なのです。そして真実は、いずれ、あなたがこの人生を終えた時に、明らかになることでしょう。
(第3話 完 : 2001年6月1日)
第2話 病院から逃げてきた少女
ある秋の日の午後、エレベータから降りて研究室に向かうと、ドアの前には、見知らぬ少女が立っていました。年齢は、18才前後といったところでしょうか。
見ると、胸のところで組んだ手には、私の『生きがいの本質』が、しっかりと抱きしめられていました。私は、「サインを求めにきた、うちの学生さんかな」と思いながら、声をかけました。
「あの〜、飯田ですが、私に用事ですか?」
「・・・・・・」
少女は、真ん丸い目をさらに大きく見開いて、私の顔をじっと見つめました。何か言おうとしているのですが、唇が小刻みに震えるだけで、言葉が出てこないようです。
ただならぬ気配を感じた私は、とりあえずドアの鍵を空け、部屋に入るよう指示しました。
「とにかく、どうぞ、お入りください。」
研究室に招き入れ、ソファに座らせると、少女は、わっと泣きはじめました。まるで、涙のダムが壊れたかのような、すさまじい泣き声です。私は、「ああ、まずい・・・きっと、廊下に響き渡っているだろうなぁ・・・ほかの先生方が、『何事か?』と、やって来なければいいが・・・」と、不謹慎な心配をしながら、少女が泣きやむのを待ちました。このような時には、泣きたいだけ泣かせてあげることが、私にできる最良の措置であることを、過去の数々の経験から知っていたからです。
ところが、しゃくりあげるような泣き声は、10分たっても、20分たっても、収まりません。「こりゃ、長期戦になるな」と覚悟した私は、研究室のドアから廊下に首を出し、幸いにも、左右5つくらいの研究室には、どこにも灯りがついていないことを確かめました。周囲に迷惑をかけない以上、こうなったら、思い切り泣かせてあげるしかありません。私は自宅に電話をかけ、「ごめん、今日は、帰るのが遅くなるかも」と、妻に告げておきました。
やがて、30分もたった頃でしょうか。
ようやく、少女の泣き声が小さくなり、一瞬だけ、途切れました。
私は、「ここを逃してはなるものか」と、意を決して声をかけました。
「・・・どう? ・・・元気?」
少女が元気なはずはないということくらい、重々承知していましたが、ここはひょうきんに攻めるしかありません。私は、つとめて明るい声を出しました。
「・・・どう? ・・・おさまってきたかな?」
「こ、ごめんなさ〜い!」
謝ったかと思うと、少女は、またしても泣きはじめました。私は、「し、しまった、逆効果だったか!」
とあわてながらも、今度は慎重に言葉を続けました。
「君、うちの学生さん? 見たことない顔だけど・・・」
すると少女は、はじめて、はっきりと顔を上げてこちらをみつめました。たくさんの涙の粒が、まつげの先に光っています。
「・・・か、かわいい・・・・・・」
・・・そんなことを考えている場合ではありません。
私は、ここぞとばかりに問いかけました。
「それは、僕の本だよね? ありがとう、サインさせていただくよ。」
まずは、このあたりの話題から入っていくのが無難というもの。すると少女は、素直に手を差し出し、本を渡してくれました。私は、いつものように、「お元気で、お幸せに」
というメッセージを書き、署名したうえで、その日の日付を入れました。
「そうだ、君の名前も書いておこう。名前は?」
「・・・**りか(仮名)・・・」
「おお、りかさん・・・かわいい名前だね。それじゃ、いちばん上に、『りかさんへ』
と、書いておくからね。」
私が本を手渡すと、少女は初めて、にっこりと、満面の笑みを返してくれました。純真無垢という言葉がよく似合う、素朴で素直な笑顔でした。
私は、「よしよし、これはいけるぞ。さて、次は、どう切り出そうかな?」と、心の中で作戦を練りはじめました。
すると、私が次の言葉を迷っているうちに、少女の方から、話しはじめてくれたのです。
しかし、その言葉に、私はびっくり仰天しました。
「あの・・・私、病院から逃げてきたんです・・・」
「え〜〜〜っ?!」
「もう、戻りません。」
「も、戻らないって言ったって・・・本当に、逃げてきたの?」
「はい。」
「どこの病院?」
「知りません。」
「知らない、ってことはないだろ?」
「知らないんです」
「病院名を忘れたの? 市内の病院?」
「いえ・・・」
「福島じゃないの?」
「わかりません・・・」
「わからないって・・・どうやって、ここまで来たの?」
「駅の人に聞いて、東京から、やまびこ、っていうのに乗って・・・」
「ええ〜〜〜っ!!」
私の頭は、パニック状態でした。しかし、少女が、嘘をついている様子はありません。
「やまびこ、って、新幹線の?」
「はい・・・生まれて初めて乗りました・・・東京っていう駅も、初めて。」
「いったい、どこから来たの?」
「だから、病院です。」
「病院って、どこの病院?」
「わかりません・・・知りません・・・」
「最初に電車に乗った駅は?」
「覚えていません・・・」
「お、覚えていない、って言ったって、そんな・・・・・・」
「病院からやっとの思いで抜け出して、いろんな人に駅への道を聞いて、駅に着いたら、駅員さんに、『福島って、どうやって行ったらいいですか?』って聞いたんです。」
「???」
「そしたら、東京っていう駅に行って、やまびこ、っていうのに乗ったらいいよ、って・・・」
「!!!」
「えへへ・・・切符を買ったのも、生まれて初めてだったから、面白かったぁ!」
「(絶句)」
それから少女は、ゆっくりと、しかし楽しそうに、身の上話をしゃべりはじめました。
いつか病院を逃げ出してやろうと、ずっと前から計画していたこと。病院では、お医者さんや看護婦さんから、薬をいっぱい飲まされていること。その薬を飲むと、すごく嫌な、死んだような気分になるので、もう2度と飲みたくないこと。両親は、自分のことを、普通の人間じゃないと思っていること。自分を無理矢理に入院させたのは、両親であること。お父さんは、まったく病院に来ないこと。たまに病院に来るお母さんも、自分のことを、恐い目で見ること。お医者さんが、お母さんに、「回復の見込みはない」と言っているのを聞いてしまったこと。お医者さんが、看護婦さんに、「薬で抑えておくしかない」と言っていたこと。病院からは、抜け出せないようになっていること。病院では、与えられた作業をして、一日あたり500円の給料をもらっていたこと。そして、もう