以下12月23日版

 本日は、たいへん重要なお知らせ、告白をしなければなりません。
 これまで、ずっと隠してきたことがあったのですが、このたび、もう隠してはおけない事態になったため、ついに正直に皆様にお知らせして、皆様に私をお守りいただくしかなくなりました。
 以下の文章をお読みいただければ、読者の皆様が、これまで私に対して抱いてきた大きな疑問のひとつを、ご納得いただけると思います。このHPは、読者の皆様に希望と癒しを提供するために開いておりますので、新年早々から重い話題になることを避けるためには、今、このタイミングで公開しておくことが、タイムリミットであるとも判断いたしました。

 では、本題に入らせていただきます。読みながら、「いったい、何が問題なの? むしろ、素晴らしいことではないですか?」とお感じになるでしょうが、世の中には表と裏があり、物事はそう単純ではないのです。とにかく、最後までお読みくださいね。


 先日、12月13日(木曜)の、中日新聞の夕刊(名古屋市の中日新聞社発行)11面に、「極刑再び・・・座り込む」と題して、東京高等裁判所が下した、ある死刑判決についての記事が載りました。それは、元オウム真理教(現在は「アレフ」と改称)の信者で、あの残忍な坂本弁護士一家殺害事件の犯人として起訴されていた岡崎被告に対して、高等裁判所が、再審でもやはり「死刑」を言い渡した(控訴を棄却した)という報告記事でした。
 そして、その記事に続いて、岡崎被告自身が中日新聞社に寄せた手記が載っていました。なぜ中日新聞社に手記を寄せたのかは不明ですが、当然ながら弁護士を通じて送られたものでしょうから、この手記は他の新聞社やマスコミでも公開される可能性がありますし、私が知らないだけで、すでに他のマスコミでも公開されているかもしれません。(もしも中日新聞だけに載ったとすれば、これは記者・編集部の大手柄ですね)
 それでは、以下に、その記事をそのまま転載させていただきます。


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「私のような過ち 歩ませたくない」
 岡崎被告が信徒にメッセージ

 岡崎被告は3日、中日新聞に手記を寄せた。信徒の中で「教祖」として育てられている麻原彰晃被告の子どもたちに、教祖の自覚を持たせてはならないと訴え、教団に残る信徒に対し「私のような過ちを君たちに歩ませたくない」とメッセージを送った。手記の要旨は次の通り。

 裁判が終わっても、時間を元に戻す以外に、ご遺族のお心が癒されることはありません。戒名を仰ぎ見て自己批判を重ねるいま、無力感に打ちひしがれ、首を垂れる毎日です。
 オウムが仏教観を破壊し、米同時テロが宗教価値を崩壊させました。平和を願う尊い信仰心が民族抗争に利用され、純粋な信徒ほど犠牲になります。自爆テロは殉教行為ではなく、正当性は微塵(みじん)もありません。
 米同時テロと地下鉄サリンがオーバーラップします。しかし、麻原不在のいま、ポワ(殺人)の発動はないと信じたい。
 恐れているのは近い将来、幼い教祖たちがグル(師)として目覚めた時です。賢明な解決策は、地域社会の積極的な融和姿勢により、対立から相互理解へと導くことです。子どもたちを孤独にさせてはいけない。偏見と迫害は、幼い彼らの心に禍根を残しかねない。
 
私に影響を与えたのは、福島大学助教授、飯田史彦氏の「生きがいの創造−生まれ変わりの科学が人生を変える」でした。魂が地獄へ転生するという教義に縛られているアレフの現信徒、元オウム信徒に、是非読んでいただきたい。オウムの何が間違っていたのか、その本質に触れ、真の反省とは何かを感じ取ってもらいたい。そして一日も早く目を覚ましてほしい。私のような過ちを、君たちに歩ませたくありません。

(中日新聞2001年12月13日夕刊、11面より転載させていただきました)

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 この中日新聞の記事は、12月22日に名古屋の名城病院で医療スタッフ向けの講演を行った際に、お医者さんや看護婦さんたちが、私を喜ばせようという善意で、「飯田先生ご存知ですか? あのオウム事件の犯人が、飯田先生の本を読んで改心したという手記を寄せているんですよ。良かったですねぇ!」と手渡してくださったものでした。
 確かに、あの凶悪な坂元弁護士一家殺害事件を起こした岡崎被告が、私の著書をお読みになって価値観を大きく変えてくださり、「アレフの現信徒、元オウム信徒に、是非読んでいただきたい。オウムの何が間違っていたのか、その本質に触れ、真の反省とは何かを感じ取ってもらいたい。そして一日も早く目を覚ましてほしい」とまで明言してくださるのは、著者である私にとって、たいへん光栄でありがたいことです。その点では、私は純粋に、「あの時、あの本を書いて、周囲の人々から馬鹿にされながらも勇気を出して出版して、本当に良かった」と、充実感で一杯です。凶悪事件の被告とはいえ、人間としての岡崎さん(ここだけは「さん」付けで呼ばせてください)に対して、「私の著書を素直に受け入れてくださって、どうもありがとう」と、著者として感謝の念をお伝えしたいと思います。
 そして、『生きがいの創造』の初版は、今の私から見ると、考察が甘くて視野が狭く情報も古すぎるうえ、オカルト的な内容も含まれている怪しげな本なので、より考察が深くて視野が広く情報が新しいその後の本の方を、私からのお勧め本として岡崎被告に差し入れしたいという気持ちです。

 ところが、一方で私は、「これは困ったことになった。またもや、敵を増やすことにならねばいいが・・・」と、暗い気持ちで落ち込んでしまったのです。ここからが、私がこれまで隠してきたことの告白です。

 実は、一般には知られていなかったことですが、今回、岡崎被告が私の著書をきっかけに改心くださったように、私の一連の著書は、日本に存在する一部の狂信的なカルト宗教の信者たちをディプログラミングする(マインド・コントロールから解放させる)ための、効果的で安全なツール(道具)として、ディプログラマー(カルト宗教の信者を脱会させる仕事を行っている人々で、大半は素性を隠して活動)の方々が活用くださっています。なぜなら、カルト宗教にマインドコントロールされてしまう人々の多くは、苦しみや悩みや孤独感を抱えて「救い」を求めて入信していった寂しい人々なので、その信仰心を一気に完全否定して唯物論を教え込もうとしても不可能であるうえ、「信仰心を捨てた後にポッカリ空いてしまう心の穴」が怖くて脱会できないため、その穴の中を、「宗教と同じ効果をもたらしてくれる、より健全かつ安全な何か」で満たして差し上げることが必要になるからなのです。
 つまり、
そのカルト宗教を脱会した後に生じる心の穴を満たすための、より健全かつ安全な思考法として、私の一連の著書が活用されているというわけです。(ちなみに最近は、『人生の価値』が、その健全性・中立性・非オカルト性ゆえに、ディプログラマーの方々から大変好評だそうです。『人生の価値』を読ませてみて、その終わり方に嫌悪感・失望感を示して抵抗する人は、真理追求型の宗教的マインド・コントロールの思考パターンに「はまって」いることがわかるとのこと。一方、『人生の価値』を平然と読み終え、「なるほど、このようにして思考のバランスを取りながら生きて行けば、余計な依存心を捨てて健全な精神的成長をはかることができるのだな」と考える人は、自己を確立して成熟した大人だと安心できるのだそうです。なるほど、そう言われてみれば、私が『人生の価値』で意図した執筆方針と、ぴったり一致していますよね)

 しかし、このこと(ディプログラミングの有効なツールとして活用くださっていること)は、著者である私が、カルト組識から、「信者の脱会に手を貸す悪い奴」として敵視されてしまうことをも示しています。実際には、私自身はディプログラマーではありませんし(本業の大学教官で多忙ですからね)、ディプログラミングに直接に参加したり「手を貸す」ようなことは、一度も行ったことがありません。私はただ、著書を書いて、世の中に発表しているだけのことであり、それ以上のことは何もしておりません。それにもかかわらず、やはりカルト組識の信者たちから見ると、「お前が、あんな本(健全な思考法の本?)など書くから、うちの信者が影響を受けて脱会してしまうのだ」という論理で、私は「排除すべき宿敵」となってしまうのです。
 そして、実際に、私の著書は、カルト集団の教祖や代表者から、「読んではならない悪書」として「禁書」扱いにされていますし、私自身、これまで公表しませんでしたが、様々な形で嫌がらせや脅迫を受けてきました。そのため、このHPの読者の皆様から「謎」とされている、ある態度を取ることによって、一時的に自分を守るしかなかったのです。それは、たとえば「生きがいの本質」を書く時に、「これが完結編」と言って「生きがい論」をいったん終える素振りを見せたり、今年の初めに、このHPで奇妙な「敗北宣言」を出し、「もう生きがい論の研究はしない」という趣旨の発言をしたことでした。
 つまり、「生きがいの本質」を書いた時期や、「敗北宣言」を出した時期、あるいは「講演中止宣言」などの時期は、ちょうど悪質な脅迫を受けていた時期であり、とにかく形のうえで、いったん「もうやめます」という意思表示を相手側に示さなければ、身の危険が迫っていたのです。あの「完結宣言」や「敗北宣言」「講演中止宣言」などは、当時の自分を守るために必要であった戦略的手段であり、私と特定の相手にしかわからない返答でもあったというわけです。
 しかし、その後も私は、相手集団の出方を見ながら、ごまかしごまかし、しぶとく執筆・出版・講演を続けてきました。読者の皆様の中には、「飯田先生って、もう書かない、もうやめる、って言いながら、いつも結局は、ずるずると書いているじゃない」と、疑問に思う方も多いはずです。その謎が、ここで解けたことでしょう。私には、その当時、そういう言動をすることによって身を守るしか、方法がなかったのです。決して、本当にやめてしまうつもりは、ありませんでした。


 では、それなのに、今、どうして、そのことを明らかにしてしまうのでしょうか?
 身を守るためには、これまでのように、「もう書きません」「もう講演は中止です」などと、ごまかしながら活動を続ける方が得策なのでは?
 ・・・賢明な読者は、もう、その答えに気づかれましたね?

 そう、今回の岡崎被告の呼びかけによって、今度は、とうとう、旧オウム信徒までが、私を「敵」とみなす危険性が高まってしまったからです。もちろん、信徒の全員がそうではありませんが、信徒の中には、過激な人々もかなり残っていると言われており、また、今後、どのような過激な信徒が新たに増えるかもしれません。岡崎被告が、「『生きがいの創造』を読んで、オウムの教義のどこが間違っていたのか、その本質に触れてほしい」と訴えてくださることは、すなわち、私の著書が、オウムの教義とは本質的に異なるものなのだ、という指摘でもあるのです。そうなれば、私の著書や私という人間の存在が、潜伏するオウム復興主義者の信徒たちにとって、大きな障害になるとみなされることでしょう。(ちなみに、私の人生論は、読者の「愛」に訴え、「人の本質は完全な善であって、地獄など存在しない」と考え、「創造的に生きる」ことを強調します。これに対して、旧オウムの主義は、地獄を強調し、信者の「恐怖心」を利用して、「破壊」へと駆り立てます。このように、確かに、両者は思想的・方法論的に、根本から異なっているのです。岡崎被告は、私の著書から、その相違を発見してくださったのでしょう)

 このままでは、今後、私は、いかなるカルト組識(狂信的宗教団体だけではなく、唯物論・無神論の組識も、排他的・攻撃的という意味では明らかなカルト組識の一種です)の、どのような脅迫を受けるか、想像がつきません。私は、いつも外見上はニコニコ元気にしていますが、実際には、ストレスで倒れたり、一定期間どこかに避難することさえもありました。いつだったか、ホームページの更新が長期間できなかった時期もありましたよね。今後も、最悪の場合には、突然に失踪(?)したり、原因不明の事故(?)で死亡するかもしれません。「またまた、飯田先生って、大げさなんだから!」などと失笑を買いそうですが、事実、外国では、思想的対立が原因で、しばしばその種の犯罪が起きています。また、実際に私が過去数年間に受けてきた様々な嫌がらせは、私にしかわかりません。(ここで書いても、読者を極めて不快にさせるだけなので、書きません)
 そこで、私にはもう、私の苦しみをありのままに公表して、いつ、何が起こっても、皆様に真相に気づいていただけるようにしておくことしか、身を守る方法が残されておりません。そのために、本日、苦渋の決断として、ここで、このような文章を書かせていただきました。
 そして、以下に、個別のメッセージを書かせていただきます。



(1)このホームページで私に関する情報を集めていらっしゃる、カルト組識の方々へ

 私は、決して、あなた方の「敵」ではありません。どうか、まず、勇気を出して、私の著書を読んでみてください。私に危害を加えるのは、いつでも簡単です。私には秘書も部下もおらず、ボディガードもつけておりません。いつも一人で、しばしば公共交通機関に乗って行動していますし、大学では全く無防備に講義を行っています。私は空手も柔道もできませんし、護身術も身につけておりません。あなた方が私に危害を加えようとすれば、周到な計画など不要であり、いつでも、ごく簡単に実行することができます。公務を持っている私は、逃げも隠れもいたしません。ですから、あせらないで、まずは、どうか私の著書を読んでみてください。それからでも、私に危害を加えることは、遅くはありません。
 私の著書をお読みいただれば、「大した内容ではない、害の無いものであること」、「真理を説いているのではなく、単なる思考法にすぎないこと」、「ほかの思想を攻撃しようとする姿勢は、全く見られないこと」、「ほかの思想の持ち主と論争する意志は、全く無いこと」を、おわかりいただけるはずです。つまり、私は、あなた方が敵視するまでには値しない、取るに足らない、つまらぬ存在にすぎません。べつに大したことはしていないのですから、私のような者を敵視したところで、時間と労力の無駄にしかなりません。どうぞ、その時間と労力を、より報いの大きい、創造的な活動のためにお使いください。私のことなど、放置しておけば良いことです。
 あなた方の価値観が本当に素晴らしいものであれば、たとえ私の著書を読んだところで、その程度のことで「ゆらぎ」が起きるはずがありません。私や私の著書など、恐れるに足らないものであるはずです。私や私の著書の影響を心配するよりも、あなた方の組識の価値観を、メンバーにとって、より素晴らしいものへと高めていく努力を、どうか優先してください。そのようにして、本当に自分たちの価値観に自信を持つことができれば、私や私の著書の存在など、気にとめる必要もない、どうでも良い存在になるはずです。そうなれば、むしろ、私の著書を、大いに利用することさえもできるのではないでしょうか?



(2)私の著書の読者の方々へ

 以上のように、私は、いつまで元気に活動を続けることができるか、わからない状況です。今回は、冗談は1%も混じっておらず、実に真剣です。
 そして、
もしも、私の身に何か生じてしまった時には、私の年老いた両親と、大切な家族を、どうかよろしくお願いいたします。



(3)司法・立法・行政関係の方々、そして世の中の方々へ

 このホームページでは、これまで意識的に、政治的発言を行うことは避けてきました。しかし、今回だけは特別に、その禁を破ります。

 私は、「死刑」制度に、絶対に反対いたします。その理由は、極めて簡単です。「
人間の命を、ほかの人間が奪うことは許されない」からです。

 この主張に対して、「ほかの善良な人間の命を奪ったのだから、その償いとして、自分が命を奪われても仕方がない」とか、「殺人の罪は、死刑によって償う以外に、その重罪に見合う方法が無い」という反論があることでしょう。しかし、「人の命を奪った罪は、殺人者の命を奪うことによって償える」と思うのは、大間違いです。人の命を奪った罪は、ほかの多くの人々の命を救うことによってしか償えません。したがって、「殺人の代償として死刑を与える」のではなく、殺人の代償だからこそ、「世のため人のためになるような行為を生涯に渡って行わせる」という方法をとるべきなのです。殺人犯を殺してしまうのは、殺人犯から、その罪を償う機会を奪ってしまうことにすぎず、何の解決にもなりません。

 また、ある人は、「家族を殺されてしまった遺族の気持ちを考えれば、殺人犯に死刑を与えるのは当然だ」とか、「あなたの愛する家族が殺されたとしたら、その代償に死刑を求めたくなるに違いない。あなたは当事者ではないから、遺族の気持ちが理解できないのだ」などと主張することでしょう。
 しかし、上記の中日新聞に載っている坂本弁護士のお母様は、判決を「当然の判決」としながらも、「事件から長い時間が過ぎて、当時の苦しみや思いに変化はあります。今、何が何でも死刑にしてほしいという思いにも変化があります」と、複雑なお気持ちを語っておられます。もしも、このお母様に、「殺人犯が死刑になって、あっさりと人生を終えてしまうこと」と、「殺人犯が、今後、生涯に渡って、世のため人のためになるような活動を行いながら、大変な思いをして行きぬくこと」という、2つの方法の選択を尋ねたら、いったい、どちらをお選びになるでしょうか?
 もしも私の家族が殺されてしまったならば、迷うことなく、「後者の方法によって、今後の生涯をかけて、充分に、嫌と言うほど罪を償ってほしい。あっさり死んでしまって楽になるなんて、許さんゾ!」と怒ることでしょう(笑)。死刑肯定論者は、「殺人者を死刑にしないなんて、甘すぎる」と憤慨なさるかもしれませんが、私に言わせれば、「殺人者をあっさり死刑にしてしまうなんて、甘すぎる」のです。

 いずれにしても、人間の命を、ほかの人間が奪うことは許されません。その意味で、戦争も死刑制度も、私から見ると同じものです。両方とも、あれやこれやと理由をつけながら、人の命を奪う行為を正当化することにすぎないのですから。「戦争は反対だが、死刑制度はやむを得ない」とか、「殺人はいけないことだが、死刑は許される」という日本人が少なくないことが、私には理解できません。いかなる詭弁によって誤魔化そうとも、要するに、「死刑とは、正当化を試みた殺人行為」なのです。
 事実、上記の中日新聞の記事でも、坂本弁護士の友人でオウム真理教被害対策弁護団の滝本太郎弁護士は、「岡崎被告がしたことは少しも許されないことだが、麻原被告に利用され、価値観を変えさせられて『子供』になっていた者たちがしたことだと、9回の面会でつくづく感じた。死刑にはしてほしくなかった」と述べています。殺人の罪を絶対に許さないことと、殺人犯を死刑にすることとは、違う種類の問題であることを、坂本弁護士の友人でさえも理解していらっしゃるのです。

 人の命を奪った罪は、人の命を救うことによってしか償えません。今後、殺人犯には、生涯、人の命を救う医療・福祉活動に従事させてはいかがでしょうか?



 以上、本日は、このホームページ始まって以来の、重い内容になってしまいました。「癒し」を求めて来訪くださった方々、本当に、ごめんなさい。(皆様お忘れのようですが、私の本職は学者なので、その気になれば、重くて硬い話題や、切り合うような議論も、実は大得意なのです)

 次回の更新からは、再び、いつもの「おかしなおじさん」に戻りますので、どうぞご安心を。


 
では、良いお年をお迎えくださいね!!





以下12月16日版

 昨日は、1日で20センチも積もる、大雪(我が家の庭にて観測)。
 おかげで、ひどい目にあいました。

 朝の9時30分から、宮城県の鹿島台中学校で、全校生徒600名+父兄数百名向けの講演「人生の価値」を依頼されていたのですが、私の当初の計画では、

6:40 起床
7:00 自宅を出発。コンビニで買うオニギリを食べながら、東北自動車道を運転
8:00 東北道から降りて、一般道へ
9:00 鹿島台中学校に到着

というシンプルな行程でした。
 2時間の運転など、私にとっては、「ちょっとそこまで」という感覚の、気軽なドライブ。何しろ我が家は、「ちょっと牧場に」と盛岡の小岩井牧場に出かけたり、「ちょっとソバを食べに」と山形に出向いたり、「ちょっと紅葉を見に」と青森県の八甲田山に登ったり、「ちょっと温泉に」と八幡平の後生掛温泉(秋田県)に向かったりする、フットワークの軽い家族ですから。
 さすがに、「ちょっとモーニング娘のコンサートに」と、日帰りで島根県の出雲ドームに飛んだ時には、近所の仲良し奥様から「飯田家って、変わってる〜」と言われましたが・・・いずれにしても、講演で日本中を飛びまわっている私から見ると、東北地方内部での移動など、「おお、近くていいぞぉ〜」という感じなのです。

 ところが、起床してみると、一面の雪景色。「これはいかん! 2時間では、鹿島台中学校に着けない危険性が高いゾ!」と驚いた私は、あわてて時刻表を取り出し、JRを使って安全策をとることに決めました。それは、

7:55 福島駅を新幹線で出発
8:23 仙台駅に到着、東北本線に乗り換え
8:33 東北本線で仙台駅を出発
9:07 鹿島台駅に到着、徒歩で中学校へ
9:20 鹿島台中学校に到着
9:30 講演開始

という、全く無駄の無い、理想的なスケジュールでもあったのです。

「おお、なんと美しい!」

 私は、あまりにも無駄の無い、まるで私のために用意されているかのような素晴らしいスケジュールに、酔いしれました。時刻表ファン&鉄道ファンの私にとって、これほど接続がうまくいく行程というのは、まさに「芸術」と呼べる美しさなのです。それに、前夜、なんだかんだで2時間ほどしか睡眠をとることができなかった私にとって、肉体の疲労を最低限に留めてくれる、理想的な行程でもありました。

 ところが・・・

 ゆっくりとモーニングコーヒーを飲んでから7時に家を出て、7時半に福島駅に到着し、切符売り場に向かっていた私の携帯電話がプルプル鳴ったかと思うと、「ねえねえ、今、テレビのニュースで見たんじゃけど、新幹線も東北本線も、大雪でマヒしとるんじゃと! 間に合わんかもしれんよ、どうするん?」(広島弁)と、妻の声が・・・

 その後のことは、思い出したくもありません。ゆっくりと座って寝ながら移動するはずが、かなり遅れて到着した満員の新幹線の通路にスシ詰めになり(当然ながら、駅で買ったお弁当を食べることなど不可能)、仙台駅でも延々と待った末に、ようやく9時すぎに東北本線が発車。しかも、当初のイメージでは、ガラ空きの車両でのんびりと田舎の風景を満喫しながら移動するはずだったのですが、この車両も、時ならぬ満員御礼。またもやスシ詰め状態で、2時間しか睡眠をとっていない私は、虫の息で吊り革につかまっておりました。

 結局、鹿島台駅に電車が到着したのは、9時40分。なんと、すでに講演時刻を10分も過ぎているではありませんか!

 降りしきる大雪の中、必死の思いで鹿島台中学校にたどり着いた時には、もはや9時50分。
 私は、校長室に駆け込むやいなや、校長先生に向かって、「遅れてしまって、申し訳ありません! すぐに体育館に向かいましょう!」と、叫んでおりました。
 ところが・・・いかにも善良そうな校長先生は、あせりまくる私に、かくのごとき優雅なセリフをおっしゃったのです。

「まあまあ、飯田先生、落ち着いて、まずはお茶でも一杯どうぞ。」

「?!?!?!」

 お、お茶など飲んでいる場合ではありません。すでに講演開始時刻を、20分も過ぎているのです。私は、「い、いえ、お茶は結構ですから、すぐに講演を開始させていただきます!」と訴えました。
 しかし、人の良さそうな校長先生は、さらに輪をかけて、

「まあまあ、このドラ焼きでも食べて、一服なさってください。これは、当地の名物のドラ焼きでして・・・」

と、のたまわれるではありませんか!

 思わず耳を疑い、「こ、校長先生、今は、のんきにドラ焼きなど食べている場合じゃありませんよ!」と絶叫したかった私ですが、そこは見かけによらず小心者である悲しさで、つい、「は、はあ、それでは・・・」と、やむを得ず大急ぎでドラ焼きを口に押し込み、お茶を一気に飲みほしてしまいました。何しろ、私がそうでもしない限り、校長先生は腰を上げようとなさらないのです。

「ごちそう様です! では、体育館に向かいましょう!」

 私は、ドラ焼きでつかえた胸を、白目をむいてさすりながら、涙ながらに訴えました。
 すると、こともあろうに校長先生は、

「おっと、少々お待ちください。私、ちょっとトイレに行って参りますので・・・」

「!!!」


 ・・・というわけで、校長先生のご案内で、めでたく体育館に入ることができたのは、もはや10時のことでした。講演の終了時刻は11時ですから、もう、あと60分しか残っていません。そこで私は、校長先生に、「講師紹介は最低限でよろしいですから、すぐに講演を始めさせてください!」とお願いしました。「はいはい、承知しました」と、校長先生。

 しかし、生真面目で善良な校長先生は、壇上にあがって、延々と、熱弁をふるってくださったのでした・・・


 結局、大幅に時間が減ってしまいましたが、何とか講演を無理やりにまとめて、生徒会長さんのご挨拶をいただき、壇上から降りた私は、ほっと安堵の息をつきました。とにかく、限られた時間の中で、精一杯、自分にできるだけのことはしたからです。
 ただし、吐く息も真っ白な、凍てつく寒さの中で講演したため、自宅に帰ると、すっかり風邪をひいてしまっていることを発見。きっと、講演を聴いてくださった中学生諸君や親御さんたちの中にも、大風邪をひいてしまわれた方々が、たくさんいらっしゃることでしょう。お互いに、本当にご苦労様でした。(あの寒気の中、早朝から人生論の話など聞かされた生徒諸君は、本当にお気の毒でした。どうもすみません。)


 その後、自宅に帰りつくのも本当に大変でしたが、もう私には、語る気力もありません。
 しかも、やっとの思いで帰宅した私を待っていたのは、「お帰りなさ〜い! ねぇねぇ、今日、お仕事から帰ってきたら、『とっとこハム太郎』の映画に連れて行ってくれる約束だよね」と、飛びついてくる娘の姿・・・・・・そういえば、一昨日、うっかり、そんな約束をしてしまっていたような気がします。
 ちなみに、娘との約束は、何があっても守るのが私の主義です。親が約束を守ってこそ、子供に対しても、「約束は守りなさい」と厳しくしつけることができるのですから、まずは親が手本を示さなければ。
 というわけで、約束どおりに、戻ってきたばかりの車に娘を乗せ、ヘトヘトになりながら、息も絶え絶えで映画館に向かった私でした。 とほほ・・・


 さて、今年も、あと2週間ですね。
 今度の週末は、名古屋の*城病院で、病院スタッフ向けの講演を行い、翌日は郡山市に移動して、*志高等学校で学生向けの講演(授業の一環とのこと)を依頼されています。年内の講演会は、あと、この2回のみを残すところとなりました。もうひとがんばりです。ふう。


PS.今夜、ある学校の先生から、こんなメールが届いておりました。

********************

777777番をゲットしようとしましたが、1番違いでゲットできませんでした。
直前では、ワンクリックごとにアクセス数が数番ずつ増加したので、同じこと
を考えた人が多数おられたようです。それにしても、残念でした。

今年も、多方面のご活躍、ご苦労様でした。
どうぞ、よいお年をお迎えください。

********************

 う〜む。
 おそらく今度は、「888888」というめでたい数字でも、マニアックなバトルが繰り広げられるのでしょうか?
 とにかく、なんとも、ご苦労様です。このホームページを、こうして皆様が大いに楽しんでくださることは、本当に、ありがたいことです。


 今も、窓の外は、視界数メートルの大雪。
 昨日からの睡眠不足に、無理をした疲労と風邪薬の効果があいまって、猛烈な睡魔が襲ってきましたので、今夜はこれにて。
 おやすみなさい・・・

 明日は、きっと、自宅周辺の「雪かき」が大変そうです・・・







以下12月10日版

 ただ今、おかしなウイルスにやられてしまい、メイン・パソコンがダウンしております。

 数日前、悪質なウイルスが流行っているとの噂を聞き、友人お勧めの「ウイルスバスター」最新版を買いに行ったものの、福島では5軒のパソコンショップが、みんな在庫切れ。「入荷日未定」とのことで、「まあ、何とかなるさ」と楽観していましたところ、その翌日に感染してしまいました。旧式のウイルス駆除ソフトは入れていたのですが、ソフトが古く、ウイルス定義も半年以上に渡って更新し忘れていたのです。そんな時に、久しぶりに届いた知人からの添付ファイルを、疑うことなく開いてしまったところ、パソコンに奇妙な症状が・・・
 あわてて「ノートン・アンチウイルス」(これはどの店にも多数の在庫あり)を導入しましたが、時すでに遅し。ウイルスを除去しようと、素人考えでプログラムファイルをあちこちいじったのが裏目に出て、おかしなエラーがいくつも出るようになってしまいました。おしまいには、奇妙なブルーの画面が出て、フリーズ状態に・・・とほほ・・・

 というわけで、ショックのあまりに、しばらく更新できないでおりました。
 こればかりは、ウイルスを送ってきた相手を、責めるわけにはいきません。先方には、まったく悪意がないのですから。
 しばらくは、私から添付ファイルが送られても、決して開かないで削除してくださいね。
 あまりのダメージに、本日は、これにて失礼。


PS.
 今年も、あと20日ほど。
 窓の外は、今、大雪です。
 明日までに、何センチ積もるでしょうか?


 なお、現在、私がこれまでの自分の**を、自分自身の*で一字一句を**した**を制作するという、スペシャルな企画が進展しております。過去にも、いくつかの図書館やボランティア団体がテープを自主制作してくださり、希望者に貸し出したり、盲学校に寄付したりしていましたが、今回の企画は、一般の方々にも広くご活用いただけるように、**として本格的に制作しようというもの。しかも、何と、著者である私自身が自分の*で**するという、前代未聞(?)の大サービスです。(私に、そんな手間のかかることをする暇があるのかどうかが、最大の難関なのですが、本人は、何とかして、やる気になっております)
 今後の進展情報を、どうぞお楽しみに!





以下11月30日版

 本日、
絵物語・生きるということ(PHP)が、無事に発売された模様です!
 さっそく、東京で新刊をGETしてくださった女性からメールをいただきましたので、ご紹介しますね。


********************

飯田先生へ

「絵物語 生きるということ」読みました。
もう発売されたかな、と思って、行き着けの紀伊国屋書店に電話したら、今ちょうど
荷をほどいています、ということで、取り置いてもらい、取りに行って、さっき読み
終わりました。

良かったです〜! すごく楽しく読めました。
なんか、先生、どんどん愛が大きくなってますね。読んだあと、心が明るくなります。
シンプルは強いですね。愛はシンプルなものだ、ということでしょうか。
ページ毎の文章と絵がとてもマッチしていて、相乗効果で波動が大きくなってるよう
な感じがします。
素敵なプレゼントありがとうございます。お返しに、わたしもできるだけ愛を持って
生活したいと思います。

最近やっと少しリラックスして、自分を受け入れることができるようになってきまし
た。相変わらず、いばらの道ですが。自分が好きで歩いてるんだからいいや、って。
でも、自分を責めなくなったら、棘はかなり少なくなったような気がします。先生が
よくおっしゃる、Go your own way. という意味がわかってきたような感じです。人
からどう見られようと、わたしが歩く道がわたしの人生なんですよね。

明日から師走ですね。文字通り、走り回っていらっしゃる先生ですが、くれぐれもお
体にお気をつけくださいね。
次の新刊も楽しみにしています。


********************


 ・・・というご感想です。
 今回は、絵を題材にしながら私が物語を創作したという、初めての試みだったので、読者の方々の反応を大いに心配していたのですが、とりあえず好評をいただいて、ほっと安堵いたしました。

 直前まで、本当に発売できるかどうかわからなかった事情もあり、読者の皆さんには「発売当日のお楽しみ」ということで本日までナイショにしておきましたが、今回の作品は、「絵物語」というタイトルが示すように、世界的に有名なヒーリング・アーティストでいらっしゃる、Chieさんとの共同作品です。まず、Chieさんの作品をたくさん見せていただき、その中から、「生きるということ」というタイトルにふさわしい、「人生」を感じさせる作品を選び出し、私があれこれと並び替えながら、ストーリーを創作していきました。その意味では、私の物語にふさわしい絵を描いていただいたのではなく、まず最初にすでに描かれていた数多くの絵があって、「これらの絵のうち、どれをどう組み合わせて用いながら、どのような物語を創作できるだろうか」、という方法で創り出しました。
 したがって、私が最も気にしていたのは、まず先に存在していたChieさんの絵と、私が後から創作した物語が、ぴったりマッチしているかどうかという点でした。制作の過程からして、「作家」としての私の能力は、まさに、その点において確かめられるからです。今回は共同作品であるだけに、私の文章がまずくて失敗したのでは、せっかく貴重な絵をお貸しくださったChieさんに、ご迷惑をおかけしてしまいます。だからこそ、上記のメールの中に、「ページ毎の文章と絵がとてもマッチしていて、相乗効果で波動が大きくなってるような感じがします」という文章があるのを拝読して、本当に嬉しく思いました。

 明日からの週末には、ほぼ日本中の書店に行き渡るのではないかと思います。
 ついに発売された、私とChieさんとの入魂の力作を、どうぞお楽しみに!!





以下11月28日版

 先日、このホームページで、私が「青年海外協力隊」の訓練所で講演を行うことを公開しましたところ、「COSTA RICA」と海外の地名の入った切手が貼られた、以下のお手紙をいただきました。


********************

 
飯田先生
 初めてお手紙を書きます。
 先生の主な著書は、ほとんど読ませていただいています。
 
 私は、****年*月に、青年海外協力隊の隊員として当地に赴任しました。恥ずかしながら、それまではインターネットを使用しておりませんでしたが、その後は、飯田先生のホームページも、よく見せていただいています。700000人目のバトルにも当地から参加しましたが、700012人目となって敗れ去りました。

 今回、手紙を書こうと思い立ったのは、先生が協力隊の訓練所で講演されるという記事を見たことがきっかけです。

 私は、19**年*月から**年*月まで、青年海外協力隊の隊員としてニカラグアで働き、****年*月よりパナマで隊員生活を送りました。中小企業診断士の資格を持ち、日本では経営コンサルタントとして働いていましたが、リストラが横行する日本社会に嫌気がさして、協力隊に志願したのです。

 今は、****で、先住民の生活改善プロジェクトのグループリーダーとして働いています。先住民の人達は、物質的には貧しいけれど、大自然の中でゆったりと心豊かに暮らしており、私は、「いったい、彼らに、我々の援助(いわば貨幣経済)が必要なんだろうか?」と、悩みながら活動しています。
 もちろん、先進国からの援助や、物質的に豊かな生活は、彼ら自身が求めていることなのですが、その弊害(環境破壊や、家族・コミュニティの分裂)が目に付くようになってきており、「自分が行っている援助活動は、彼らの伝統的な生活を破壊しているだけなのではないか」と思う時があります。貨幣経済との接点の少ない先住民には信頼できる人が多いのに、貨幣経済との接触の度合いが高まるにつれ、彼らがどんどん「こすっからい性格」に変わっていくのです。
 もちろん、子供たちの60%が栄養失調状態という貧困の国の中では、ある程度の援助は必要だと思いますが、先進国の貨幣経済に触れれば触れるほど、自分たち本来の心豊かな生活を失っていく姿は、まるで戦後の日本が、経済発展に伴って大切なものを失っていった姿を見ているかのようです。

 自分自身の活動の中で、こうした心の荒廃のリスクを避ける努力はしているつもりなのですが、全体の流れの中では、ほとんど力を持ちません。また、先住民の多くの人々が、そのことに気づいていません。援助の世界も、援助者、被援助者とも、ドラマで見るように美しいものではありません。たぶん、こうしたドロドロした世界で、自分なりの正しい方向を見つけるように努力するのが、私自身の今生の課題なのでしょうね。

 とりとめのない手紙になってしまいましたが、飯田先生のますますの御活躍をお祈りしながら、筆を置きます。

PS. 飯田先生のホームページは、読者のニーズを引き出す工夫があちらこちらにちりばめられており、マーケティング理論でいうところのAIDMAをきちんと踏まえて作られているな、と感心しております。「さすが経営学者!」というところですね。(私も、もともと経営を専門にしているものですから・・・)


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 ・・・いかがでしょうか?

 私自身は、発展途上国に行って援助活動をしたことはありませんので、このお手紙が提起している深い問題について、偉そうにコメントする資格も能力もありません。
 しかし、ただひとつ確かに言えるのは、この方がご自身でお気づきになっているように、「ドロドロした現実の中に身を置いてこそ体験できる貴重な学びを、順調に学んでいらっしゃるのだ」ということです。今、そのことを学ぶために、この方のこれまでの全ての人生経験や経歴や人脈が、必要だったのでしょう。そして、この方が学んでいらっしゃる貴重な体験が、今後の人生で、必ず生きてくるに違いありません。この方が今後に果たしていくべき、より大きな使命のために、今、その場所で、必要な学びを積んでいらっしゃるのです。

 ちょうど私も、大学内で与えられた重要な責務に追われて、ヘトヘトになって毎日を過ごしておりましたので、いただいたお手紙に、たいへん励まされ、エネルギーをいただきました。この方が地球の裏側で、順調に貴重な学びを積み、使命を果たしていらっしゃるように、私も日本の福島の地で、毎日ヒーヒー言いながらも、私なりの使命を果たしていこうと思います。

 おかげ様で、正月明けの完成を目指して、公務のわずかな暇を見つけては執筆中の、私の次回作『
逆説の人生論』の原稿も、大いに進みそうです(お〜っと、極秘中の極秘情報を、ポロリと漏らしてしまいました・・・)。

 遠い海外からお手紙をくださった****さん、本当にありがとうございました!
 粉雪の舞う福島から、あなたの学びを応援しています!!





以下11月16日版

 本日は、いくつかご案内をさせていただきます。


(1)私の新刊、11月30日前後に発売決定!

 以前から、謎の新刊として、読者の皆様の間で様々な憶測が飛び交っておりました、


『絵物語・生きるということ』(PHPより出版)


 が、ついに、11月30日前後(29日〜31日の間)に、書店に並ぶことが決定しました。
 この本、私が途中で、「やはり、やめちゃいましょう!」と投げ出すこと数度に渡り、何度も出版中止の危機を迎えたほどの問題作であるため、予定より2ヶ月以上も遅くなってしまいましたが、今度こそ、最終的な決定です。

 本来ならば、ここで表紙写真を公開したいところですが、諸事情のため、私の一存で表紙を公開することはできません。表紙をネット上で公開するためには、著作権をめぐる面倒な手続き(私が使用料金を支払わねばならない危険性も)が必要となるからです。
 しかし、本書のオビに使用した文章は、本書の中身の一部を引用したものであり、私が著作権を持っておりますので、ここで公開してしまいましょう!

( オビ 表 )
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私が「心」ですって?
光からそう教えられた時に、
初めて私は、自分の正体を知りました。


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( オビ 裏 )
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それは、私が生まれてくる前のことでした。
こちらの世界に生まれてくる、ほんの少し前のこと・・・・・・私がいたのは、ただ愛のみで満たされた、光の世界でした。
そして私も、その光の一部でした。

ある時、まぶしい光が現れて、私に告げてくださいました。

「あなたに、学びのチャンスを与えましょう。さあ、あなたの意思で決めてください。あなたは、学びの世界へと生まれていく、勇気と成長意欲と冒険心をお持ちですか?」

私は、その光をまっすぐに見つめながら、喜びに満ちて答えました。

「はい! どうか私に、学びのチャンスをお与えください!」

(「プロローグ」より)


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 ・・・いかがですか?

 本書は、私の創作による、
「人間が生まれる前から、死んだ後まで」を描いた、ドラマティックな物語です。クリスマス・プレゼントにもぴったりの内容で、お子様からお年寄りまで、お気軽に楽しんでいただけるものを目指しました。

 また、PHPにご無理をお願いして、定価も1200円と、制作費用からみると格安の価格にしていただきました。その交換条件として、1200円に抑えるために、私の印税(著作権料)は全くいただかないことを申し出ました(2年前の『生きがいの言葉』の時も、そうして価格を抑えたのです)。したがって、本書がいくら売れても、私には1円も入ってきません。本書の1200円という価格は、私から皆様へのクリスマス・プレゼントです。

 ついに、
あと2週間ほどで店頭に並びます。
 どうぞ、お楽しみに!



(2)PHPの内部に、地殻変動発生! 私の今後はいかに?

 なんと、これまで私がホームグラウンドとして数々の著書を発表してきたPHP研究所の出版部に、先日、激しい地殻変動が発生した模様!
 これまで、私の著書に深い理解を示してくださり、「私の目の黒いうちは、飯田先生のご意向を最大限に尊重しながら、いつまでも、ご著書を世に問わせていただきます」とまで確約くださっていた大恩人、あの「エンマ今井」部長様が、あたかも神隠しにあったかの如く、学芸出版部から突然に姿を消し、私の手の届かぬ彼方へと、召されてしまったのです。
 しかも、私に何度も救いの御手を差し出してくださった、あの「観音菩薩の順子嬢」までもが、なぜかご自分の意志でPHPから旅立たれ、あの三蔵法師も目指された天竺(てんじく)に向かって、新たな修業の道へ踏み出されたとのこと。
 かくなるうえは、残された「マリオネット大久保」氏も、かねてから念願なさっていたパン屋さん開業への道を選ばれるであろうことは、時間の問題、自明の理。そうなると、PHPにおける私の最後の友人である「セツ子」嬢までもが、地殻変動の波に飲まれ、出版界を襲う大不況のブラックホールへと、吸い込まれてしまうのでしょうか・・・
 
 
ああ、諸行無常・・・

 人生は、愛する人々との出逢いや別離によって、変化していきます。
 これまでの私は、「生きがい論」シリーズの生みの親であるマリオネット氏の激励を受け、その上司でいらっしゃったエンマ様の極めて寛大なご加護のもとで、のびのびと自由に、「商業主義に走らない、納得できる本」を書かせていただいて参りました。これは、文筆家としてみると、破格の待遇であったことは確かなのです。私自身も、その破格の待遇に絶大な恩義を感じて、執筆意欲をかきたてられてきたのです。その意味で、文筆家というものは、「出版社」から本を出すのではなく、「編集者」から本を出すのだと言えるでしょう。
 しかし、その大恩人であるエンマ様が神隠しにあった今、正直なところ、私の心は寂しさで満たされ、「今後も、納得のいく格調高い人生論を、書かせていただけるのだろうか」という不安感・絶望感に、さいなまれております。

 しかし、PHPは、かつて、納得のいかない製品を発売しようとする幹部社員たちに向かって、「全部捨てい!」と命じた松下幸之助氏(松下電器の創業者)が、社会貢献のために作った出版社。その創業の原点を忘れることなく、今後も過度の商業主義に走らずに、まず「優れた本による社会貢献」を最優先くださるものと、大いに期待いたしております。

 さて、文筆家としての私は、これから、どうなってしまうのでしょうか?
 私は職業作家ではなく研究者ですから、納得のいかない形で本を出版することは、絶対にあり得ません。
 エンマ今井部長様の手厚いご加護のもとで開始した、新たな「人生論シリーズ」は、たった『人生の価値』1冊を残しただけで、このまま断筆してしまうのでしょうか?
 そして、今月末に発売する『絵物語・生きるということ』が、私の遺作となってしまうのでしょうか?

 今後の更新を、お見逃し無く!





以下11月6日版

 気がつくと、もう今年も、あと2ヶ月を切りました。
 あわてて、年末年始の飛行機のチケットを手配した私です。

 福島は、今朝は大変な冷え込みだったらしく(私は昼まで寝ていたため体験できませんでしたが)、1階のリビングに降りてみると、我が家の「床暖房」のメイン・スイッチが、半年振りに「ON」になっておりました。これからは、いつ氷点下に下がり、屋外の床暖房装置のパイプが氷結・破損してしまうかわからないので、夜間はずっと、メイン・スイッチを「ON」にして種火(たねび)を灯し、装置を温めておかなければなりません。

 来週には、自家用車のタイヤを、スタッドレス・タイヤ(深い溝によって雪をつかむ、冬タイヤ)に交換します。何しろ、いつ、雪が降ってもおかしくない季節になりますから・・・。周囲の山々をめぐる有料道路も、来週末で閉鎖になり、来年のゴールデンウイークまでの長い間、雪で閉ざされます。

 もう、すっかり紅葉は終わって、北国の冬は、すぐそこまで来ています。


(1)アメイジング・グレイスのお話

 前回の更新で、「アメイジング・グレイス」という歌について触れたところ、「どんな歌なのですか?」というお問い合わせを、いくつもいただきました。そこで、せめて歌詞だけでも、ここでご紹介いたします。

 歌詞は、作詞者不明の古い文語調の英語であり、現在では通常用いない単語や言い回しが使われています。(たとえば、現代の口語調の日本語で「みんな集まって」というのを、古い文語調では「もろびとこぞりて」というように)
 そして、日本語訳は、私(飯田)による、たいへんいい加減な意訳です。「言語的に正確な翻訳」ではなく、私の生きがい論のエッセンスを加味しながら、「歌詞の本質的なニュアンスを最も良く伝える翻訳」を心がけましたので、受験生諸君は、決して参考にしないでくださいね。
(しかし、「生きた翻訳」というのは、それで良いのではないかと思っています。高校の英語教師であった父からも、いつもそのように教わってきました。皆さんも、各自、ご自由に、「自分なりの翻訳」を行ってみてください)


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AMAZING GRACE
(至高の愛、無上の喜び、究極の幸せ、あまりにも素晴らしいもの = 「神様」の意?)

Amazing grace, how sweet the sound
That saved a wreck like me
I once was lost but now I’m found
Was blind but now I see


ああ、神様
あなたの御名前を口にすると、私の心は安らぎで満たされる
このような私でさえも、あなたは救ってくださった
あれほど罪深かったこの私が、今ではあなたの存在を感じることができる
これまで閉じられていた私の目も、今では真実が見えるようになった

Twas grace that taught my heart to fear
And grace my fears relieved
How precious did that grace appear
The hour I first believed


ああ、神様
あなたは私に、畏れ敬うことの大切さを教えてくださった
そして同時に、私を全ての恐れから解放してくださった
はじめてあなたを信じたその瞬間に
あなたは至高の愛で私を包んでくださった

Through many danger, toils and snares
I have already come
Tis grace have brought me safe thus far
And grace will lead me home


ああ、神様
私はこれまで、数え切れないほど傷つき、苦しみ、迷ってきた
しかし、だからこそ、今は確かに、あなたを信じることができる
これから、どのような試練が待ち構えていようとも
私は必ず、あなたのもとへたどり着いてみせる


 
日本語訳: 飯田史彦
(訳者である私の名前を明記くだされば、転載・引用・紹介はご自由です)


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 なお、「どうせならメロディーも知りたい」という、欲張りな方は・・・
 私は、賛美歌を含めて何種類もの「アメイジング・グレイス」のCDを持っていますが、日本でいちばん入手しやすいものとしては、日本人歌手の「白鳥英美子(しらとり えみこ)」さん(昔、「トワ・エ・モア」というコーラス・グループを組んで有名になった女性で、現在でも、歌唱力では日本を代表するトップ・アーティストです)が歌ったCDがお勧めです。1988年にシングルCDとしてヒットしましたが、現在でも、少なくともアルバムに収録されて発売されているはず。CDショップに行って彼女の名前で探してみるか、インターネット上のCDショップで検索してみてください。一度お聞きくださったならば、間違いなく、あなたの宝物になるはずです。



(2)吹田市での講演会に関する続報のお話

 10月15日版の更新で告知し、27日版の更新で定員一杯のため削除した、大阪府吹田市での一般公開可能な講演会について、本日、関係者の方から、次のメールをいただきました。


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飯田先生

いよいよご講演の日が迫って来ましたが、ご体調の方は如何でしょうか?
すぐに定員に達し、申し込みは締め切りました。

申し込みの葉書の中には、非常に丁寧なものが多く、「立ち見席でもいい」とか、「先生の本を全部読んだので是非」とか、「どうしてもお会いしなければならない」といったものから、「夢のようだ」、「ずっと講演会のチャンスを探していた」といったものまで様々で、若者代表の受験生や、千葉・東京からおいでくださる方々も。
先生のご講演にたいする期待の大きさに、私どもの役目の重大なことを、改めてかみしめております。

会員一同、至らない点がいろいろとあると思いますが、一生懸命つとめますので、どうぞよろしくお願い申しあげます。
では、当日には、会場にてお待ち申しあげております。
お気をつけておこしくださいませ。


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 ちょうどタイミング良くこのHPを開いて、定員締め切りに間に合った皆様、もう少しで、お会いできますね!

 今後も、こまめにこのHPを開いて、「今週のメッセージ」や「今後の動向」のページを確認すれば、あっと驚く情報に出会えるかもしれません。(その証拠に、今夜だって、「今後の動向」のページを、こっそり更新してるんですよ・・・フフフ・・・)



(3)今月の「イ」さんのお話

 10月11日版で、当時最新のお手紙をご紹介して以来、韓国の刑務所で服役中の「イ」さんの人気が、ブレイクしているようです。お手紙をご紹介するのは、あの1回だけにしようと思っておりましたが、またまた先日、素敵なお手紙が届きましたので、全国、いや全世界の「イ」さん応援団の方々のために、その一部をそのままご紹介いたしましょう。


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飯田先生へ

紅葉が 美しい 季節に なりました。
その 間も お元気ですか。
私も おかげさまで 元気で 過ごしています。
手紙と新聞 ありがとうございました。
心から 感謝しています。

再び けんかを しないで まじめに 生活して 日本語 勉強も 熱心に しています。
ひとつの 過ちが こんなに 辛いと 今度 痛切に 感じました。
肉体的は あまり 辛くないですが 自由がなくて 会いたい人とも 会えないで 知り合いの人が すこしずつ 私を忘れるのが 悲しいです。
人生は うれしく楽しい 時より 悲しく きびしい 時が もっと たくさんのようです。それで 人生は もっと暮らす意味があって 価値があるのかも 知りません。
今は 辛く きびしいですが 我慢して 忍耐します。
冬に 木が 死ぬように 見えても 春になると 芽を 吹いて 若芽が 出るように 必ず 良い時が 来るのを 信じて 毎日を 熱心に 暮らします。

なによりも 大切な ものは 私 自身を 愛して 自暴自棄 しないのが 大事だと 思います。
再び 罪を 犯さないで 一獲千金主義を 捨てて 小さいものにも 嬉しく 満足しながら 汗を 流れて 誠実に 新たな 人生を 暮らすように します。

飯田先生と 知り合って もう 二年が 過ぎました。
初めは 好奇心と 勉強の ために 手紙を 書きましたが もう たくさんの月が 流れて 勉強にも 役に立って 勇気と 希望が できました。
時々 先生の 家族写真を 見ていると 私も 知らずに 暮らしの 意欲が 出てきます。 私も いつかは 家庭を もって 幸福に 生きたいです。 (飯田注: 今年の正月に、私の家族全員が写っている、親族用の年賀状を差し上げました)

朝夕には 風が 冷たいです。
お体を 大切に なさって ください。
また お便り いたします。

01.10.24  韓国の イ より


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 ・・・イさん、少しずつですが、確実に、日本語が上達なさっていますよね。凄いです。

 「なによりも 大切な ものは 私 自身を 愛して 自暴自棄 しないのが 大事だと 思います」という、イさんの「気づき」が嬉しくて、私は思わずニッコリしていました。日本の新聞と一緒にお送りした、私の著書『愛の論理』が、イさんの心に、届いてくれたのでしょう。
 「一獲千金主義を 捨てて」という文章から推察すると、お金をめぐる罪を犯されたのかもしれません(なぜ刑務所に入っていらっしゃるのかについては、私は何ひとつ尋ねたことがありません)。「小さいものにも 嬉しく 満足しながら」という言葉には、彼(彼女?)が、刑務所の中で悟った大切なものが込められています。


 しかし、一方で、「会いたい人とも 会えないで 知り合いの人が すこしずつ 私を忘れるのが 悲しいです」という言葉を読んだ瞬間、私は、胸がキュ〜ッと締めつけられるような痛みを感じました。
 たとえ、苦手な人や嫌いな人が混じっているとしても、「多くの人々に囲まれながら、にぎやかに暮らすことができる」という身分が、いかに幸せな境遇なのかということを、私たちは噛み締めるべきなのでしょう。いわば「人づきあい」を職業とする私は、大勢の人々との接触に疲れて、「ああ、一人ぼっちになりたい」と願うこともしばしばなのですが、そう願ってしまうことの傲慢さを、イさんが教えてくださったような気がします。
 これからも、少なくとも私は、イさんの良き友人(とはいっても、年齢も尋ねたことがないのですが)でいて差し上げたいと、思いを新たにした次第です。

 このホームページの読者の中に、もしも、「私で良ければ、イさんを大いに激励してあげたい」と思う方がいらっしゃいましたら、イさんあてのお手紙を、べつの封筒に入れて、私の研究室までお送りください。今度、私がイさんにお手紙をお送りする際に、同封させていただきます。「去っていく人もいれば、新たに出会える人もいる。人生、捨てたもんじゃない」ということを、イさんに知らせて差し上げたいのです。彼(彼女?)のことは、「イさん」と呼んでくだされば結構です。あなたのお名前は、本名でもペンネームでもご自由ですが、住所や連絡先は、一切書かないでくださいね。1回きりのお手紙のつもりで、お書きください。
(ただし、イさんあてのお手紙には、封はしないでくださいね。一応、私が文面を拝読して、常軌を逸した内容ではないかどうかを、確認させていただきます。いずれにしても、韓国の刑務所の係官が、郵便物は全て開封して、文章の内容まで調べたうえで本人に渡すはずですから、常識的な内容・文章に留めてくださいますようお願いいたします。当然ながら、金品の受け渡しはいたしませんので、お手紙だけにしてください)




 ・・・今夜は、雨が窓を叩いています。
 雨の中の散歩が大好きな私には、ぴったりの夜。

 では、傘を差して、深夜の散歩に、行ってきま〜す!

(え? どこまで行くのか、ですって? ・・・お察しの通り、コンビニですよ、コンビニ。 何しろ、深夜の町並みの中で、砂漠のオアシスのように光っていますから、ついつい吸い寄せられてしまうんです。 どうも風情が無くて、ごめんなさい)





以下10月27日版

 まずは、お知らせです。
 10月15日の更新でお知らせした、大阪府吹田市での一般公開可能な講演会の件ですが、このホームページで公開してすぐに定員一杯になってしまいましたので、ご案内を削除させていただきました。
 また、19日の更新でご紹介した、「あだたら山」中腹の海外青年協力隊訓練所における福島県庁主催の講演会も、東京・新潟・山形方面など遠方からの参加希望者が多く、その後すぐに定員を突破しそうな勢いになったため、県庁の担当者の方が、あわてて定員を2倍に増やしてくださったそうです。
 誠にありがたいことではありますが、「やはり、このホームページで公開してしまうと、こういう結果になってしまうのか・・・」ということがわかり、複雑な心境です。なぜなら、両方とも、本来は私の読者の方々向けの講演会ではなく、別の目的を持った(別の層の参加者を狙って企画された)講演会だからです。結局のところ、「このホームページでは、講演会の情報は安易に公開しない方が望ましい」ということが、はからずも明らかになってしまいました・・・
 とはいえ、もちろん、参加をお申し込みくださった皆様には、心から感謝申し上げます。当日お会いできますことを、楽しみにいたしております。


 さて、本日のメインテーマに移りましょう。

 前回、21日の更新の末尾に、「あと3時間ほど寝たら、末期ガンの患者さんのお見舞いです」と書いておきましたが、実は、私がお見舞いしたあと、まもなく意識を失われ、そのまま、光の世界へと先立たれました。私よりも少々年上の女性で、お医者さんをなさっていました。以下、お名前は伏せて、「**先生」と記しながらお話を進めます。

 **空港から車を飛ばして、入院先の病院に駆けつける間にも、ご主人から「先生、あとどのくらいで着かれますか?」と緊迫した電話があり、事態が急を告げていることを知りました。病院に着き、病室を探して駆けつけると、ご主人が病室の前の廊下に出て、今か今かと、私の到着をお待ちくださっていました。
 病室に入ると、お子様やご両親に囲まれて、**先生がベッドに横になっていらっしゃいました。ほんの2ヶ月前にお見舞いした時に比べて、ずいぶんやせられて、小さくなられたように感じました。「間に合いました! この子は、飯田先生が来られるまではと、頑張って待っていたんですよ」と、お母様が涙ながらにお迎えくださいました。

 私がベッドの脇のイスに座り、**先生の手を握って差し上げると、お母様が、「**子、飯田先生よ! **子!」と、大きな声で伝えてくださいました。その瞬間、それまでは閉じられていた**先生のまぶたが数ミリほどはっきりと開き、私の顔を確かめるように見つめてくださったかと思うと、握っていた手にわずかな力が入りました。私は、「おお! まだ声も聞こえて、目も見え、手の触感も残っていらっしゃる・・・間に合って、本当に良かった!」と、心の中で喜びました。そして、必死に声を出そうとなさる**先生の耳に向かって、「大丈夫、口に出さなくても、思っていらっしゃることは全て伝わってきますからね・・・口に出さなくても結構ですよ・・・**先生のお気持ちは、よ〜く伝わってきますよ」と語りかけ、にっこりと笑いながら何度も何度もうなづいて、握っている手に力を込めました。すると、**先生は、安心なさったように目を閉じられ、体の力を抜かれました。

 その時、私の心に、**先生の声が
、はっきりと聞こえてきました。

「飯田先生、私の大好きな、あの歌・・・アメイジング・グレイスを歌ってください」

 そういえば、**先生は、かつてお電話で激励した際に、「私、アメイジング・グレイスが大好きで、いつもお風呂で歌ってるんです」とおっしゃっていました。ところが、私は、あの有名な「アメイジング・グレイス」(イギリスの伝統的唱歌)の歌詞を、半分くらいしか覚えていません(しかも、うろ覚え)。
 しかし、ここは何とかして歌って差し上げるしかありません。私は、歌詞のわからない部分は適当にハミングなどを織り交ぜながら、全曲を3回繰り返して歌って差し上げました。1回目は、涙で何度も声がつまってしまい、旋律になりませんでしたが、「こんなことではいけない・・・しっかりと歌って差し上げねば」と気合いを入れ、2回目で何とか持ち直し、3回目には、廊下にも響き渡るほどの大きな声で歌うことができました。
 それからは、

「**先生、よくがんばられましたね・・・もう、なんにも心配いりませんよ・・・光がお迎えにきてくれますからね・・・なんにも心配しないで、安心していてくださいね・・・また必ず会えますから、一足お先にお帰りになって、また会う日まで、ひと休みしていてくださいね・・・いずれまた、必ず会いに行きますからね・・・いつも、**先生と、つながっていますからね・・・なんにも心配しないで、安心しきって、ゆっくりお休みくださいね・・・」

 と、何度も何度も口に出して繰り返しながら、**先生の髪、頭、顔、頬、首、肩、手、背中、(女性の場合、胸は一応遠慮します)、お腹、腰、お尻(女性の場合でも、一定年齢以上であれば、お尻も遠慮しません)、足、足首から足の裏、つま先までを、時間をかけて何度も行ったりきたりしながら、手のひらに精一杯の祈りの念を込めて、優しくなでて差し上げました。
 やがて、苦しそうだった**先生の表情が、しだいに安らかになっていき、呼吸も穏やかになってきたのを確認すると、今度は片手で**先生の片手をしっかりと力を込めて握り締め、もう片方の手で、頭・頬・首を、何度も何度もさすって差し上げ、

「**先生、それじゃ、またね・・・また会いましょうね・・・」

 と言いながら、後ろ髪引かれる思いで、手を離しました。**先生は、すっかり安らかな表情になられて、静かに、かすかな息だけをなさっていました。

 涙ながらに見ていらっしゃったご家族にご挨拶をして、病院をあとにした数時間後、関係者の方から、「先ほど、**先生が他界されました」というご連絡のお電話が入りました。私が病院をあとにして、まもなく意識を失われ、そのまま眠るように先立たれたとのことでした。

 あとで関係者の方からおうかがいした話によると、ご主人は、激痛に苦しむ奥様に鎮静剤(苦痛から解放される代わりに意識を失います)を注射しようとする主治医さんに対して、「妻がお会いするのを心待ちにしている飯田先生が到着されるまで、何とか、鎮静剤は打たないでやってください」とお願いし、**先生の意識を保ってくださっていたのだそうです。私が病室に到着するまでの間、ご主人は、「早く妻に鎮静剤を打って、たとえ意識がなくなっても、激痛から解放してやりたい」という願いと、「飯田先生との面会を心待ちにしていた妻の願いを叶えるために、たとえ苦しんでいても、意識を残しておいてやりたい」という思いとの間で、本当に悩み、苦しまれたことでしょう。それでも、目の前で痛みをこらえる妻の姿に耐えながら、「飯田先生が来るまでは・・・」という妻の願いを叶える方を優先なさったところに、ご主人の深い深い愛情を感じて、もらい泣きしてしまいました。
 そのような、ご主人の、愛情に満ちた苦渋のご判断のおかげで、私は、意識のある**先生と、「直接に面会」し、「肉体を使った最後のコミュニケーション」を行うことができたのです。もしも、ご主人が妻(**先生)の苦しむ姿に耐え切れず、鎮静剤の注射を許可なさったならば、その後に到着した私は、「残念ですが、すでに意識は失いました」というご報告を受け、「ああ、間に合わなかった・・・」という後悔の念にとらわれたことでしょう。


 **先生は、聡明な美人で、とっても優しいお方でした。患者さんに対するケアについても、しばしば、真剣なご質問をくださいました。その**先生ご自身がガンに冒され、たび重なる手術にもかかわらず腹部全体に転移していることが判明した時、私に対して、次のメールをくださいました。


********************

 
飯田先生

 前回お見舞いくださった*月*日には、不思議に痛みも出ずに幸せな時間を過ごすことができましたが、その後、坂道をころげ落ちるように諸症状が出て、**病院では手の施しようがないといわれ、今は****で自己免疫強化の治療を受けています。先日も**病院に急患入院して****の手術を受けました。新たに***に腫瘍が出現しての諸症状ですが、まだ痛みのコントロールも十分でなく、時々胴体をすりながら低空飛行で飛んでいるような有様です。
 それでも、不思議なことにその時々の手術や処置の結果はうまくいっており、まだ最後の一線を越えないよう何者かに守られているのだろうかという気がしています。

 しかし、毎日の苦痛には、さすがに弱気になることがあります。
 私の今受けている苦しみは、私が今まで深く思いやらずにきた、多くの患者さん達の苦しみを実体験して、医師としてもう少し謙虚さを理解させ、慈愛の心を深めさせようとするためのものなのでしょうか?

 お忙しい先生に些細な私事でお手間をかけてはいけないと思いながら、とうとうお邪魔してしまいました。
 すぐでなくて結構です。楽しみに、先生のメールをお待ちしています。どうぞ、ご無理なさいませんように。
 先生のご健康とご活躍をいつも念じています。


********************


 そこで私は、すぐに、次のメールをお返ししました。色々なことを総合的に判断し、熟慮に熟慮を重ねた結果の、一字一句を練りに練ったメールでした。どの語句にも(行間の取り方にさえも)、深い意味がこもっています。


********************

 **先生へ

 メールありがとうございます!

 現在、**先生が直面していらっしゃる苦しみは、決して、先生の過去の行いが悪いための報いなどではありません。先生は、何の罰を受けていらっしゃるわけでもありませんし、何かに失敗したから病気になったわけでもありません。その点は、どうぞ誤解なさらないでくださいね。
 そうではなく、**先生は、今回の人生を計画する際に、「難病に冒されて苦しむことによって、人生や生命というものに対する思索を、高度に深める」という、大きなチャレンジをお選びになったのです。このチャレンジは、どの魂も、必ず、どこかの人生で自らに課さなければならない必須課題です。誰もが、いつかは必ず体験しなければならないものであり、**先生の場合には、今回の人生で、その課題に挑戦することになさったのだというわけです。

 しかし、私には、もう、ここまで頑張ってこられた**先生に対して、「その激痛を通じて学んでください」などとは、とても申せません。もう、**先生は、十分に学ばれました。あとは、ただ、**先生の、今回の人生に対するご意志次第だと思います。
 **先生が、「私はまだまだ、何とか回復して、今回の人生を続けたい。このような身体になった状態でもかまわないから、少しでも長く生きて、人生の学びを積みたい」と希望なさるなら、どうぞ、宇宙に向かって、そのように念じてください。そのような人生も、きちんと用意されています(ただし、決して、楽な生活ではありません)。
 一方で、**先生が、「私はもう、今回の人生では十分に学び、自分自身で合格点をつけることができる。したがって、ここは潔くふるさとに帰って一休みしながら、この世に残した家族たちを見守っていきたい。そしてまた、魂にエネルギーを充填したら、愛する者たちのもとへ再び生まれてこよう」と希望なさるなら、どうぞ、宇宙に向かって、そのように念じてください。そうすれば、肉体的な苦しみから、なるべく安楽に解放され、戻るべき光の世界へと旅立つことができるでしょう。そのような道も、確かに用意されています(誰もがみな、いつかは進まねばならない道なのです)。

 さて、病気に「立ち向かう」のか、病気を「受け入れる」のか・・・・・・大切なことは、いずれの道をお選びになっても、それは「希望の道」だということです。どちらが良いとか悪いとかいうものではなく、どちらが正解でも間違いでもありません。心に希望の光を念じながら、いずれかの道をお選びになる時が、いま、やってきたのです。

 病気に「立ち向かう」決心をされたなら、まだまだ、今回の人生は続くことでしょう。それは決して楽な道ではありませんが、それも**先生のご意志です。それはそれで、茨(いばら)の道を歩むことを選択された**先生を応援するために、また必ず、おうかがいさせていただきます。
 しかし、もしも、病気を受け入れ、光の世界に戻る決心をされたなら、どうぞ私にも、すみやかに、その決心をお知らせくださいね。万難を排して、必ず、**先生にお会いするために、飛んでいきますから。

 いずれの道も、希望に満ちた光の道です。どうぞ、全身全霊を使って、熟考し、ご自分の意志でお選びになってください。病魔に決めさせるのではなく、ご自分の意志で、ご自分の人生を選択し、宇宙に対して宣言なさることが大切です。そうすれば、これからどのような事態が訪れようとも、「自分が選んだ道」として深く納得しながら、胸を張って対処することができるからです。

 **先生、どうぞ、いつまでも、時空を超えて、仲良しのソウルメイトでいてくださいね。私は、いつも、先生と「つながって」います。(今度は、ぜひ、**先生のような素敵な魂と、「家族」として生まれてみたいです)

 どうぞ、ご遠慮なく、お気軽にメールしてくださいね。
 またお会いしましょう!!

 福島大学助教授 飯田史彦


********************


 すると、まもなく**先生からは、「
私自身は、飯田先生のご本を読んでいますので、光の世界に戻ることに恐れはありません。しかし、年老いた両親や、家族たちのことを思うと、まだまだ、自分勝手に光の世界に戻るわけにはいかないのです・・・」という主旨の、「伝言」をいただきました。なぜ「伝言」かというと、この時すでに、**先生は、ご自分でメールを打つことのできる状態ではいらっしゃらなかったからです。

 人間が、「今回の人生の終わり」を受け入れるためには、個人差はありますが、一定の時間が必要です。

 やがて、それから2週間ほどのちに、私は、「
飯田先生にお会いしたい」という「伝言」をいただきました。それはつまり、**先生からの、「光の世界へと戻る決心をいたしました」という、深い意味のこもったメッセージでした。この時、ついに**先生は、この世の様々なしがらみを乗り越えて、真に、「人生を自分のものになさった」のです。
 そして、私は大急ぎで仕事の都合をつけ、**先生が入院なさっている病院へと飛びました。だからこそ、病室に入り、「間に合いました! この子は、飯田先生が来られるまではと、頑張って待っていたんですよ」と涙されるお母様に対して、私がいちばん最初に申し上げたのは、「
**先生とのお約束を果たすために、やって参りました」という言葉だったのです。


 今回の更新では、先立った**先生のご意志により、**先生が今回の人生を終えられた経過(つまり私が**先生に対して行わせていただいた言動)について、ご報告いたしました。その理由は、上記の内容を通じて、このホームページの読者の皆様に、「死を目前にする愛する人に対して、何ができるのか」を、お伝えしたいからです。上記の記述をヒントにして、読者の皆様が、それぞれ、「
もしも、自分の愛する人が死に直面したら、どのような言動をとれば良いだろうか」と思考を巡らせてくだされば、先立った**先生も、大いにお喜びになることでしょう。それは、いつ、あなたに訪れるかもしれない瞬間なのです。

 ただし、上記の私のメールは、**先生のように、「理知的で、しっかりと自己分析のできる方」に対して有効な言葉であり、私が様々な(ここには書けないプライベートな)情報にもとづいて、彼女だけのために考案した「処方箋」です。特に、医者である**先生は、「病気に負けてしまうのは嫌だ」という「勝ち負けの発想」をお持ちであったため、「病魔に決めさせるのではなく、ご自分の意志で、ご自分の人生を選択し、宇宙に対して宣言なさることが大切です」と強調しました。そうすれば、これから自分にどのような事態が訪れようとも、「自分が選んだ道」として深く納得しながら、胸を張って対処することができるからです。彼女が誇り高く人生を終えるためには、「病気に負けたのではなく、自分自身で選び取ったのだ」という意識を持っておくことが、何よりも重要なことでした。
 
したがって、上記の私のメールを、そのまま他の人に対して用いても、最大の効果は保証できません。たとえば、「感情的で、かつ依存的な人」に対しては、「神様のご意志のままに、すべてを任せておけば良いのですよ。あとは神様が、あなたにとって一番いいようにしてくださいますから」と申し上げる方が、はるかに効果的です。なぜなら、このタイプの人にとって、「熟考しながら自分の意志で人生を選び取る」ことほど苦手なことはないため、かえってストレスを増加させてしまうだけだからです。
 このように、重い試練に直面して苦しみ悩む人にとって、「言葉」というのは、たいへん大きな影響を与えるものであるため、相手と状況に応じて適切な処方箋を考案しなければ、逆効果をもたらしてしまう危険性もあります。窮地に陥っている人にかける言葉は、そのまま、「薬」にもなれば「毒」にもなってしまうということを、この数年間で、私は痛感しました。

 繰り返しますが、上記の内容は、ある特定個人に決して考案・実践した処方箋であり、決して「万能薬」ではありません。たとえば、私が彼女に歌った「アメイジング・グレイス」が、大嫌いだという患者さんもいらっしゃるでしょう。また、私が彼女の全身をなでて差し上げたのは、私と彼女との間に深い信頼関係が構築されていたからこそ可能な行為であり、そうでなければ、私はただの「患者の体をさわりまくるエッチなおじさん」になってしまいます。
 さらに、上記のメールは、**先生に最期の時が迫りつつあり、それをご本人も自覚なさっていることを察したからこそ書けた文章であり、それまでは私も、「大丈夫、きっと良くなりますから、心配いりませんよ!」と激励していたのです。まだまだ回復の見込みも気力も充分にある人に対して、あのメールを出してしまっては、かえって意気消沈させてしまうだけに終わることでしょう。あくまでも、「
この御方に対しては、今、どのような言動をとることが最適なのだろうか」という問題意識を忘れずに、相手の立場や気持ちになって処方箋を考えることが大切です。

 いずれにしても、上記の内容をもとにしながら、「人生を終える」ということに関する考察を深め、「表面的ではない本質的な癒し」の意味と方法について、自分なりに模索していただけましたら幸いです。


 最後に、ちょうど本日、ある末期ガンのお母さんを懸命に看病する中学生の息子さん(お父さんはすでに他界なさっています)からの、「今、僕は母に何ができるのでしょうか?」という真剣なメールに対して、私がお送りしたお返事を転載させていただきます。


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息子さんへ

 ご事情、わかりました。ここ数日は無理ですが、何とかして、2〜3週間のうちには、必ずお見舞いにうかがいます。そのように、お母さんに約束してくださって結構です。
 いま、息子さんにできることは、「お母さんに心配をかけないこと」です。「たとえお母さんが先立っても、僕は立派な人間になって、しっかりと生きていくから、どうか何も心配しないで安心して」と、言葉と態度を通じて確かに伝えることです。それこそが、今のお母さんに対して可能な、最高の親孝行です。その親孝行をするために、自分が生まれたのだという自覚をしっかり持って、がんばってくださいね。君になら、それができるはずです。
 いつも、応援しています。君は一人きりじゃないことを忘れずに、辛いときには、いつでもメールしてくださいね。

 福島大学助教授 飯田史彦


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 ・・・本日は、先立った**先生の「意識」(魂)と一緒に、共同作業で更新しましたので、エネルギッシュな**先生に乗せられて、たいへん熱のこもった大論文になってしまいました。**先生は、「まだまだ書き足りないわ」とおっしゃいながらも、満足そうです。自由自在な身分になった**先生は元気一杯なのですが、まだ肉体を持っている私の方は眠くてたまりませんので、「今夜はこのくらいで解放してくださいよ〜」と、悲鳴をあげつつ**先生に哀願して、ようやくお許しをいただきました。

 というわけで、今夜はこれにて。

 おやすみなさい・・・

 ・・・ZZZ・・・





以下10月21日版

 実は私、大いに
憤慨しております!

 前回の更新で、「卒業アルバムの写真を見ても、ほかの男の子よりもほっそりしている方だったのに」と書いたところ、現在の私の体型をご存知の方々から、「え〜っ! ウソでしょ?? あはは・・・」という嘲笑(としか私には読み取れない)メールを、たくさんいただいたからです。

 しかし、冗談ではありません。これは本当に、正確な事実なのです。
 皆さんが、あまりにも私の言葉を信じてくださらないので、ついに先ほど、堪忍袋の緒が切れました。そこで、その決定的証拠として、20数年前の卒業アルバムから、思春期時代の私の写真をお見せしてしまいましょう!!

 現在、私はプライバシーを守るために、著書で写真は公開していませんが、この頃の写真であれば、今の「39歳のおじさん姿」とはかなり容貌が異なりますので(面影は残っていますが)、ここで公開しても何の心配もないからです。

 
さあ、これでどうだっ!?



 ちゃんと、写真の下に、「飯田史彦」と名前が入っておりますので、穴が開くほどご確認ください。
 こう見ると、けっこう凛々しいとは・・・思いませんよね、やっぱり。

 今から見ると独特の(奇妙な?)ヘア・スタイルは、私が当時あこがれていた、ビートルズの「マッシュルーム・カット」を、自分なりにアレンジして悦に入っていたものです。地元の高校の英語教師&風紀委員長を担当していた父から、「せめて耳にかからんように切ってくれんと、わしの立場がないけん困るんじゃ」(広島弁)と叱られておりましたが、意に介さないで伸ばしておりました。
 ちなみに、身長は173センチで、当時としてはかなり高いほうでした。
(現在の子供たちは、ずいぶん身長が伸びたので、今ならば中くらいですよね)
 たいてい、どの学年でも学級委員をやっておりましたので、性格は至って真面目でした。
(そのくせ、フォーク&ロックバンドも組んで、リードギターをやっておりましたが・・・)

 では、これで十二分にご満足いただけたと思いますので(?)、本日はこれにて。

 今夜は、あと3時間ほど寝たら九州に飛び、末期ガンの患者さんのお見舞いです。

 娘が「キティちゃんの人生ゲームしようよ〜」と背後でうるさいので、本日はこれにて。
(最近、娘が「人生ゲーム」にはまっており、毎日のように付き合わされて困っております。何しろ、いったん始めると、ゴールインするまでに、やたら時間のかかるゲームなものですから・・・。ちなみに、先日、「人生って、何のことだか知ってるの?」と娘に尋ねてみたところ、「知らな〜い。お父さんのご本の名前でしょ?」と、迷答が返ってきました。)




以下10月11日版

 お久しぶりです!

 本日は、教授会が予想外に早く終わり、わずかに予定外の時間ができたので、こうして久しぶりに更新しています。


(1)『生きがいの創造』のミャンマー語版、現地にて発売開始!

 現地にお住まいの日本人ボランティアの方々により、私の『生きがいの創造』のミャンマー語訳の作業が数年がかりで終わり、ついに先日、ミャンマーで発売されました。
 これが、全世界待望の(?)、ミャンマー語版の表紙でございます。




 常識的に判断すると、一番大きい活字が書名で、その下にある黄色と茶色の文字が著者名だと推察されますが、当然ながら、私にはさっぱり読めません。いったい、右から左に向かって読むのか、左から右に向かって読むのかさえも、見当がつかないのです。
 そこで、内容から判断すべく、本書の一番最後に書いた、「生きがいのネットワークにつながってみませんか?」のメッセージ部分を開いてみますと・・・




 ・・・なるほど、右ページに、数字らしきものが(1)から(5)まで縦に並んでいる具合から判断して、どうやら、ミャンマー語は、左から右へと読むのではないかと思われます。
 また、左ページの冒頭にある” ”のような記号で囲まれた部分は、「生きがいのネットワーク」という意味であるに違いありません。しかし、そうすると、表紙にある書名の中には、「生きがい」という単語を示すのであろう同じ文字列らしきものが見当たりませんので、どうやら書名は直訳ではなく、ミャンマー人の方々向けに変更してあるようです。
 この推理が当たっているかどうかは不明ですが、おそらく、江戸時代にオランダ語などの辞書を作成した日本人学者たちも、同じように、日本語と外国語とが共通して同じ意味を示すであろう単語の抽出から始めて、手探り状態で翻訳作業を行ったのではないでしょうか?

 ミャンマーでの私の著書の評判が、いかなるものなのかはわかりませんが、翻訳くださった方々によると、ミャンマーは敬虔(けいけん)な仏教国なので、何の抵抗もなく受け入れられているとのこと。何しろ、ミャンマーでは、2000部ほど売れればベストセラーなのだそうですが、さて、どうなることでしょう?

(ちなみに、『生きがいの創造』は、日本では、ハードカバー版が約40万部、文庫版が約10万部で、合計50万部ほど、世に出ています。これは正直な実売の数字ですから、出版界の常識である「大幅水増し発表」方式で言えば、PHPのような良心的な出版社で60万部、通常は70〜80万部、出版社によっては100万部に倍増して発表することでしょう。いや、聞くところによると、話題性に頼って瞬発力勝負のタレント本などは、たとえば10万部印刷して5万部しか売れなくても、公称「30万部突破!」などと称して読者の関心をあおるのが常套手段なのだそうです。おそらく、書物に限らず、それが世の中の仕組みというものなのでしょうが・・・)

 いずれにしても、私は外国語版の著作権を全て放棄していますので、どの外国語版がいくら売れても著作権料は全くいただけませんから、販売部数の報告も入ってきません。たとえ販売部数は少なかったとしても、「
届くべき人のもとへ、きちんと届いてくれること」こそを、祈っております。


(2)今月の「イ」さんのコーナー勃発?!

 最近、感じることがあります。
 それは、私が新刊『人生の価値』の「おわりに」で紹介した、韓国の「イ」さんが、読者の間で密かな人気者になっているということです。皆さんからいただくお手紙の中にも、「イさんのことは、他人事とは思えません」「イさんに、とても親しみを感じてしまいました」とか、「イさんの大ファンになりました!」などというお言葉が、しばしば見られるのです。自分が日本で密かな人気者になっているとはつゆ知らず、イさんは、今この瞬間にも、異国の地で、反省と成長と準備の日々を送っていらっしゃいます。
 そこで、「その後、イさんは、どうしていらっしゃるのでしょうか?」という、読者の皆さんの度重なるご質問にお答えして、イさんから先日届いたお手紙の一部を、差し障りのない範囲内で、ご紹介いたしましょう。
 もちろん、文章はそのままです(全く修正しておりません)。

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飯田史彦様

いつの間 蒸し暑い 夏も 去って 風が 涼しい 季節に なりました。
その間も 相変わらず お元気ですか。
私も おかげさまで 元気で 過ごしています。

私は このごろ ちょっと 具合が 悪くて 手紙が 遅れまして どうも 申しわけございません。
事実は 人と 喧嘩をしてしまい 懲罰を 受けて 独房で 入って 手紙が 遅れました。
独房で たくさんの 反省と 後悔を しました。
一度の 過ちが こんなに 辛いとは いまだ 知らないでした。
これからは ぜったい 喧嘩を しないで 誠実に 生活 しようと 思っています。
そして こんな所に 入らないで 熱心に 暮らすようにします。

今 私 精神的で あまり 疲れていって さびしいです。
こんな 時 先生から 返事を 受けたら 勇気と 希望が 生かすようです。
先生は 忙しいですが 返事 受けたら 幸いです。

そして 過ぎた 新聞を 何部 送ってくれれば ありがとうございます。
日本語の 勉強に なります。

先生の 返事を 楽しく 待っています。
気候の 変わり目ですから お体を 大切に なさってください。

さよなら。

01.9.23  イ より


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 ・・・おやおや、刑務所の中で、誰かとケンカをしてしまい、罰として独房に入れられていたようですね。簡単にはハッピーエンドで終わらないところが、いかにも、「これぞ人生」という感じです。この、優等生に成りきれないところが、また人間らしくて、ますますイさんのファンが増えそうですね。

 しかし、このような彼(彼女?)の姿こそ、私たち人間の成長過程の象徴でもあります。反省と挑戦、そして失敗と反省を繰り返しながら、私たちは、その中で少しずつ、学び、成長していくのではないでしょうか。
 もちろん、ケンカをしてしまったのは望ましくないことですが、そのようにして、「3歩進んでは2歩下がってしまい、また意を決して3歩進んでは2歩下がってしまう」(私が大好きな、水前寺清子の名曲「365歩のマーチ」ですね!)という日々を繰り返しながら、それでも大局的・長期的には1歩づつ前進していく・・・それは、私たち人間の、健全な成長過程のパターンでもあるといえるでしょう。そう、それでいいのです。「無理に10歩進もうとして、かえって20歩下がってしまう」よりも、「2歩くらいなら下がってもいいから、とりあえず3歩だけ進んでおこう」という方針でいる方が、むしろ確実に進めるというもの。
 かく申す私自身も、日々、3歩進んでは2歩下がってしまいながら、なんとか少しずつ前進しています。(え? そんなことを言って、「人生論シリーズ」の執筆が遅れている弁解をするんじゃない、ですって? ドッキリ・・・)


 本日は、まだまだお話したいこともあるのですが、これにて余剰時間を使い果たしてしまいました。
 かくなるうえは、また次回に!!




以下10月3日版

 皆さん、私は元気にしております!
 ただ、大学の後期が始まり、ちょうど学会シーズンでもあって、猛烈に多忙なため、HPを更新する時間が取れないだけなのでござります。
 どうぞ、ご安心くださいませ!!

 ・・・というわけで、
 本日は、これにて失礼!!!


以下9月19日版

 この10日間ほど、皆さんご存知の世界的事件の発生があり、私も色々と(なぜか豪雨の原生林に分け入ったり、灯台の断崖にたたずんだり、落石だらけの林道で野生のサルやシカに出会ったり、などと)テンテコ舞いしておりました。

 それにしても、私に対して、「このような事件が起こってしまうなんて、やはり神様はいらっしゃらないのでしょうか?」「私たちには、死者の冥福と世界の平和を祈ることしか、できないのでしょうか?」と、お問い合わせのメール&お手紙がずいぶん届いたのには、驚きました。ここで颯爽と、「LOVE & PEACE」とでも掲げて運動を起こせば、格好の良いオピニオン・リーダーにでもなれるかもしれませんが、あいにく私は、ただの田舎教師にすぎず、ジョン・レノンやマザー・テレサのような形で有名になるような能力も意志もありません。
 それに、私の著書を愛読くださっている方々には、私が上記のような問いかけに対して、どのようにお答えするだろうかということが、すでにおわかりのはず。
 しかし、私の筆力の乏しさゆえ、著書ではきちんとお伝えできなかった方々もいらっしゃるでしょうし、「それでも本人の言葉で聞かせてほしい」とおっしゃる方々もおいででしょうから、とりあえず、以下に要点のみをお答えしておきます。あまり書きすぎてはいけませんから、この言葉の背後にある私の真意を、各自でご推察いただけましたら幸いです。


Q:「このような事件が起こってしまうなんて、やはり神様はいらっしゃらないのでしょうか?

A:「あなたのように、『このような事件が起こってしまうなんて、やはり神様はいらっしゃらないのでしょうか?』という発想をするということ自体が、あなたが本当は、いわゆる『信仰心』をお持ちではない(神様の存在を信じてはいない)のだということを、如実に示しています。なぜなら、真に『信仰心』をお持ちの方の心には、そのような問題意識が浮かぶはずはなく、逆に、『神様は、このような事件を通じて、私に何を学べとおっしゃっているのだろうか?』と自問するはずだからです。
 ただし、私は宗教家ではありませんので、神様の存在を信じなさいと強要するつもりはありません。むしろ、本当に神様がいらっしゃるとすれば、『神の存在を信じたり疑ったりしながら、そのような心の揺らぎを通じて思索を深めるという貴重な学びを積んでいる人間たち』のことを、大いに許し、認めてくださるはずですよ。」



Q:「
私たちには、被害者の冥福と世界の平和を祈ることしか、できないのでしょうか?」

A:「今回のようなテロ行為は、人間として行ってはならないことであり、もちろん、被害者の冥福と世界の平和を祈ることは、とても大切なことです。しかし、本当に大切なことは、ただ祈ることではなく、『今回の事件から何を学び、その学びをどのような具体的行動として、日々の各自の生活の中で実践していくのか』ということであるはずです。
 たとえば、今回の事件は表面的にはアメリカが被害者になっていますが、一方ではアメリカも同じように一般民衆を巻き込んだ戦争行為を行ったことがあり、現在でも世界の各地で武力を行使していますし、元をたどれば、長年にわたってアメリカが行ってきた外交政策・軍事政策の結果でもありますから、アメリカ側から入ってくる情報・主張のみで被害者・加害者を区別することはできません。同時に、背景には宗教的な根深い敵対関係があり、双方が「これは神のご意志と我々の法のもとに行う聖なる戦いである」と、攻撃や報復行為を正当化し合う面もありますから、単純に善玉・悪玉を判断することもできません。このような事情は、実のところ、私たちが日常的に直面している「人間関係」という試練と、たいへん似ている構造的問題なのです。お互いに、過去の言動が現在の人間関係を構築しており、その根底には、『異なる価値観の人を、どれだけ、どのようにして受容するか』という「相互理解の試練」があるうえ、とりわけ「神」や「法」をめぐる基本的価値観については「どうしても譲れない部分」があるものです。しかも、アメリカが現在抱いている激しい復讐心と報復意志は、私たちがしばしば直面する「自分に対して理不尽な攻撃を仕掛けてくる人に、どのような態度で接するべきか」という、人間の宿業ともいえる難題と共通しています。お互いの間に横たわる「価値観の相違」という本質的命題への対策を真剣に練らなければ、単なる報復合戦となってしまい、傷つけ合うだけの泥沼のような関係に終わることでしょう。
 このように分析してみれば、私たちは、今回の事件から学べることを、身の回りの人間関係に置き換えて考え、自分のこととして実践することができるのです。そして、冥福や平和を「祈る」ことだけでなく、このような形で私たちが「学びを日常的に生かし、実践していく」ことこそが、今回の事件の犠牲になられた方々に対する真の追悼(ついとう)になるのではないでしょうか。今回の事件を契機として、平和運動を始めることも大切ですが、必ずしも平和運動でなくても、上記のように他の形で、自分なりに学びを生かしていくことであれば、誰にでもすぐに可能な実践行為だといえるでしょう。つまり、私たちには、冥福と平和を祈ること以外にも、今回の事件を契機として始めなければならないこと、今すぐに始められることが、たくさんあるのです。『自分には何もできない』という、無力感にとらわれる必要はありません。」



 ・・・それでは、もしも神様がいらっしゃるならば、どうして、今回の事件をはじめとする、数々の悲しい出来事の発生を、阻止してくださらないのでしょうか?

 この問いに回答する代わりに、先日、ある大学教官の男性からいただいた、私の『人生の価値』に対するコメントをご紹介しましょう。この大学教官は、私が『人生の価値』において仕掛けた「ある作戦」の狙いを、見事に見抜かれています。そして、もしも神様が実在するならば、私が『人生の価値』において仕掛けたものと同じ狙いの作戦を、すでに太古の昔から、人類に対して「仕掛けて」いらっしゃるはずなのです。


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飯田先生、****大学の****です。ご著書の『人生の価値』は、****大学の****先生とお会いした時に「もう買って読んだ?」と聞かれて、「日本に帰ってから買って読みます」などと返事をして帰国しました。

 「うむ、慣れ親しんだ飯田節だなぁ、扱っている事例も見たことあるし・・・」と、すらすら読んでいきましたが、読みすすめてみると、「今度の本では、実に、私も身をもって体験した問題の核心にふれているな!」と、わかってきました。
 先生が今までおっしゃってきたこと(以下、飯田理論)は、ぴったりのタイミングで著書を読むか講演を聴いた場合、真に得心の境地に達した人々がたくさんいるわけですが、一方、飯田理論を受け入れられる状態でなかったり下地の無い人々に、この理論をもって助言にあたろうとしても、奇妙に説得力がなくなってしまうのでした。あるいは、先生が著書の中でおっしゃっているように、苦しんでいる当事者の方々には、「面と向かっては、とてもこの理論を伝えられない」と思ってしまうほどの、ひどい苦しみの中にいる人もいます。つまり、死にそうな思いをして苦しんでいる人に対して、「それでも意味があるんだから、良い学びの機会なんですよ」とは、なかなか言い出せないという問題ですね。
 私も、大学教官という仕事柄、規模の点では飯田先生ほどではないにしても、人生の深刻な問題の相談を持ちかけられることがあり、そのつど「最近の研究では、人間は生まれる前に人生を計画して・・・云々・・・苦しければ苦しいほど、それほど素晴らしい挑戦者なのだよ・・・云々・・・」などと、自分で理解したなりの飯田理論を助言に変えて、一方的に相手に「与えて」きたのでした。しかし、「このように説明しても、どうも説得力が無いなぁ」という感触を得る時もあり、「まだ、この人に伝えるには、機が熟してなかったのかな」とか、「伝える相手を間違ったかな」などと考えてきたものです。
 しかし、『人生の価値』の最後に飯田先生が種明かしをしているように、単に相手に「与え」てもうまく伝わらないような場合には、「当事者本人が」「自分で」「腑に落ちる」ように仕向けていく以外には方法がないのだな、と、今回の著書を読んでみて、わかるようになりました。水泳の仕方をいくら黒板と言葉で説明しても、泳げるようにはならない。英語の文法だけをいくら頭で理解しても、それだけでは英語を使ってコミュニケーションできるようにはならない。つまり、そういうことなのですね。
 飯田理論を、悩める人の「頭」「知性」に訴えて理解させるのが第一歩としても、当事者に心の底から「得心」がいかない限り、「興味深い、もうひとつの人生観」に終わってしまうことになりかねません。もちろん、飯田理論で述べておられる、トランスパーソナルな領域での人生のメカニズムというものは、近年、一層しっかりとした裏づけがなされてきて、科学的にも検証され説得力があるものだと思います。簡単に言ってしまえば、もともと人間の良心や感性は「愛」を志向しており、それを実践するために人間として生まれてきた、ということですよね。そうでありながら、それを実践によってテストするために、「そんなこと信じられるか」と思うほどの状況にわざわざ陥るように、人生は何と巧妙に計らわれて(計らわれすぎて)いるのだろうかと、常々思うのです。飯田理論を読むことによって、すぐに「そうなんだよな、これは学びのための試練なんだよね〜」と、誰もが簡単に自分の苦境の意味がわかって納得できてしまうようでは、人生課題としての厳しさが足りないのでしょうね。それでは、あたかも試験でカンニングをしてしまうようなものであって、あくまでも「もう何もかも信じられない」という状態に、本人を(本人が自分で計画してそのような心理状態に自分を追い込むんでしょうけど)陥らせ、そこで心の底からの決断を引き出すように計らわれているわけです。そのため、本人がそれほどの状態に陥っているところに、飯田理論を持ち出してちょっとやそっと「理性」に訴えても、もっと深いレベルから来る疑念には、容易には答えられないのだとわかります。
 それほどの状態に陥っている人の、より深いレベルからの疑念に対しては、同じ深さのレベルで説得する必要があります。この点に対処すべく、今回の『人生の価値』の終わり方には「教育的配慮」が行われています。この、「読者本人に考えてもらう」という手法は、手法的に斬新であり、手法としてのブレイクスルーだと言ってもいいですね。「エピローグ」を読んで、「おや」っと思い、考え込んでしまいました。「どうして、あの飯田先生が、『神など存在しない』などとおっしゃっているのだろうか? ふ〜む・・・結局、痛みは当事者が味わうものであり、それを解決するのも当事者であり、心の底からの納得でなければ効果が無いということなのだな」と、私は実感いたしました。ロバを川へ連れて行くこと(飯田理論を教えること)はできるが、ロバに水を飲ませる(心の底から納得させる)ためには、ロバ自身に喉の渇きを味わわせて「水が飲みたい」と思わせなければできない。だからこその、「自分で考えなさい」という教育的配慮だというわけですね。
 『人生の価値』を読んで以来、飯田理論を容易には受け入れられない人の相談に乗る時には、「本人が自分で納得するように仕向ける」という方法で助言を考えるようになりました。今回のご著書の「教育的方法論」を、参考にさせていただいています。

 さて、いつも先生からいただいてばかりなので、何かお返しをしようと思い立ち、私にできるのは音楽でも聴いていただくことだと考え、CD−Rにジャズピアニストの小曽根真氏のアルバムから選りすぐりの5曲を書き込み、お届けすることにしました。お疲れになった時にでも聞いてくだされば幸いです。
 ではまた。何とぞご自愛ください。


********************

(**先生、どうもありがとうございました。いただいたCD、とってもいいですね!)

 ・・・というわけです。
 『人生の価値』をお読みくださった方々ならば、この鋭いお手紙の意味を、「なるほど」とおわかりいただけますよね。
 「もしも神様がいらっしゃるならば、どうして、今回の事件をはじめとする、数々の悲しい出来事の発生を、阻止してくださらないのでしょうか?」というご質問へのお答えに代えて、なぜか、このお手紙をご紹介させていただきました。

 では、みなさん、さっそく、今回の事件について深く考え、悩み、苦しみ、絶望し、神様を疑いながら、大いに学んで、その学びを、日々の生活の中で、自分なりに実践していきましょう。私が著書で論証しているように、
すべてのことが「つながって」いるのならば、アメリカで起きた事件も、アメリカが行う報復攻撃も、遠く日本に住む私たちの日常生活も、みな根底では「つながって」いるはずだからです。今、私たちに求められているのは、「祈ること」よりも、「考え、学び、自分なりの方法で実践すること」なのではないでしょうか。すべてのことが「つながって」いるのならば、私たちによる「自分なりに形を変えた日常的実践」が、遠くの国々で憎しみ合う人々の心にも、きっと届くことでしょう。





以下8月31日版

 お待たせしました!
 久しぶりに、気合の入った更新です。

 なぜ、気合が入ったのか・・・

 実は、昨日、埼玉県川越市の帯津三敬病院に入院中の、ガン患者さんをお見舞いに行ってきたのです。大阪にお住まいの女性なのですが、3週間ほどの間、この有名な病院に入院なさるというご連絡を、高校生の息子さんからいただきました。親孝行な息子さんに、「お母さんを必ず激励に行きます」と約束していたので、その約束を果たしたというわけです。
 ところが、「余命1年」と宣告されたガン患者さんとは思えないほど、お母さんは元気な笑顔で接してくださり、かえって私の方が、エネルギーもいただいて帰ったのでした。予告しないで突然にうかがったのですが、ベッドの枕元には『人生の価値』を常備してくださっていました。私が訪問していることを看護婦さんから伝え聞いた医師の先生方も、驚いて病室においでくださり、私の著書の感想をくださいました。帯津三敬病院の素敵な先生方、急な訪問を喜んで迎えてくださり、どうもありがとうございました。
 病院から帰る際に、私の姿が遠くに見えなくなるまで、ずっと見つめてくださっていた、そのガン患者さんの姿が、今でも目に焼きついています。道を曲がって見えなくなる間際に、私が大きく手を振ると、そのお母さんも、ちぎれんばかりに手を振ってくださいました。「
離婚した私にとって、子供の成長だけが生きる喜びでした。余命1年の間、息子と、楽しい思い出をたくさん作っておきます・・・先立ったあとにも、いっぱい思い出せるように。 とにかく今は、すべてのことに、感謝、感謝の毎日です」とおっしゃっていたお母さん。親孝行な息子さんと、大好きな温泉旅行にいっぱい行って、素敵な思い出をたくさん作ってくださいね。
 私も、今度は大阪までうかがいますから、一緒に思い出を作りましょう。息子さんのことは、私がずっと仲良くして、見守って差し上げますから、どうぞご安心ください。そして、先立たれたあとには、どうぞいつでも、私のもとに遊びにおいでくださいね。息子さんへのメッセージがあれば、きちんとお伝えしますから。

 ・・・という経緯で、こちらがお見舞いしたはずのガン患者さんから、かえって「生きるエネルギー」をいただいて帰ってきたわけです。つい先日も、ほかのガン患者さんを激励にうかがいましたが、かえってこちらが激励されてしまうことも、しばしばです。「余命が限られている」という極限状況のもとでこそ、その人の生き方、人生観が、あらわになると言えるでしょう。


 しかも、福島に戻って研究室に行ってみると、とっても嬉しいお手紙が届いていました。
 昨年の初めから、私は、私の本の内容を否定する何人もの唯物論者たちから、攻撃的な手紙をもらい、嫌がらせの大量のFAX、大量のいたずら電話などに苦しめられてきました。中には、はっきりと、私の命を奪うと明言するものも。
 そこで、その後の私は、自衛の策として、講演の際にボディガードをお願いしたり、講演の場所・日時をホームページ上で公開するのを中止したりしてきました。私がEメールのアドレスを公開しないのも、公開すると必ず、その種の攻撃的・偏執的な人物たちから、おかしなメールが大量に送られてきて、仕事に大きな支障が出ることが明らかだからです。政治家や芸能人であれば、秘書やマネジャーが対処して、読むべきメールだけを渡してくれるのですが、私には秘書も弟子もいないので、全部自分でやらねばなりません。研究室で郵便物を開封する際にも、手紙以外に何かが入っている場合には、危険なので十分に注意します。そう、まさに、命がけなのです。(手紙以外の怪しげな物を入れると、開封しませんのでご注意ください)

 ところが、その種の人物のうちの一人、私がもっとも深く傷つけられていた人物から、こんな手紙が届いていたのです。

********************

 飯田史彦様へ

 これまで、先生に対して、ひどい偽善者的な内容の手紙を送りつけてしまいました。
 今は、とても反省しています。
 そして、世の中のために本当に働いていらっしゃる方の邪魔をすることが、どんなにひどいことか、身と魂をもって、とことん教えられてしまった気がします。
 ただ、「ごめんなさい」の一言を伝えたくて、この手紙を書いています。
 あんな、ストーカーのようなことをしてしまい、ごめんなさい。
 ひどい手紙を、平気で書いてしまっていました。
 自分は、あれから、自業自得としか言えない報いを数多く受けて、はじめて悟りました。
 本当に、ただ「ごめんなさい」としか言えません。

 ****より。

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 文字は確かに同一人物のものでしたが、消え入りそうな筆致からは、この文章が本当の思いを綴ったものであることが、明らかに伝わってきました。しかも、住所氏名まで、きちんと書いてありました。今はただ、私も、このお手紙を信じたいと思います。

 ああ、これほど嬉しく、ありがたいことはありません。
 いつかわかってくださると信じて、誠心誠意で頑張ってきて、本当に良かったです。大きな憂いのひとつが、これで消え去りました。


 その勢いで、本日は、長い間更新する暇のなかった「今月のお手紙」のページを更新しましたので、どうぞご覧ください。
 では、いったん表紙ページに戻って、「
今月のお手紙」のページへと、LET’S GO!!




以下8月27日版

 お久しぶりです!

 ふう・・・

 18日ぶりの更新です。

 前回の更新以来、日本各地を愛車オデッセイ(布団と枕が積んであります)で回りながら、神出鬼没講演を行ったり、ガンの患者さんを激励しに行ったり、執筆に没頭したり、親族を訪ねて浮世の義理を果たしたりと、結局はハードな日々を送ってしまいました。何と、愛車の走行距離メーターによれば、18日間で、3900キロを走破! (ちなみに、まだ5年ローンの支払いが1年以上も残っているというのに、愛車の走行距離は10万キロをはるかに超えております。このままでは、ローンを払い終わる前に廃車になってしまうのではないかという、悲惨な予感が・・・)
 それにしても、つくづく、「何もしないでのんびりするのが一番のストレスになる」という「ワーカホリック」の病に冒されている自分を、痛感しております。何しろ、寸暇を惜しんで飛び回っている時ほど、幸せを感じてしまうのですから。とにかく、本当に幸せな、充実した夏でした。

 というわけで、18日間も福島を留守にしている間に、数え切れないほど(数百通)のメール、FAX、お手紙が溜まってしまっており、とりあえず、ざっと拝読したうえで、仕事上大切な急ぎの返事を書く作業に追われております。本日も、一日中(目覚めたのは昼でしたが)、急ぎのお返事書きに専念しているうちに、日が暮れて深夜を迎えてしまいました。このまま、朝まで突っ走ります。

 つきましては、急を要する上記作業が終わり次第、ホームページの更新にかかりますので、もう少々お待ちください。
 昨日以来、「HPの更新はまだですか?」という催促のメールがたくさん届いておりますが、どうかご了承くださいませ。

 さて、現在、私は、本業である経営学の論文執筆でテンテコ舞い。大学教官としての公務も、一生懸命、がんばりま〜す!

PS. 先日、「飯田先生に弟子入りしたい」と真面目に申し出てくださいました、36歳の男性の方へ・・・私は、徒党を組むのが大の苦手であり、組識を作らずに、「一匹狼」で「孤高の人」になることにあこがれております。したがって、秘書も部下もおらず、「弟子」もとっておりませんので、どうかご容赦くださいませ。
 それでも、どうしても私の弟子になりたいとご希望ならば・・・福島大学の門戸は、国立大学として、万人に対して開かれております。「福島大学大学院経済学研究科」(社会人コースもあり)の入試案内を取り寄せ、「希望する指導教官」の欄に「飯田史彦教官」と明記して、受験なさってみてください。めでたく合格なされば、「飯田研究室所属の大学院生」として、公式に、私の愛弟子であることが認められます。ただし、入学後に学ぶのは、人生論ではなく経営学(私が専攻する経営戦略論・人事管理論)ですから、お間違えのないように。私の本業は、あくまでも経営学者ですので・・・

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