2003年12月22日版

 先日、自家用車(ホンダのオデッセイ)が、走行距離17万キロでついに壊れてしまったので、修理に30万円以上かかると聞いて、泣く泣く新車に買い換えました。そう、先月に発売されたばかりの、ニュー・オデッセイです。
 何といっても、ニュー・オデッセイの目玉は、新時代を彩る未来技術、「
音声認識型ハードディスク・ナビゲーション」を搭載していること。
 そこで、さっそく私の声をカーナビに記憶させ、運転席に座って、目的地をしゃべってみました。
 
 ところが・・・

私:「ふくしまだいがく」
カーナビ:(若い女性の声で)「とくしまけん・・・詳細住所をどうぞ」
私:「違う、違う・・・ふくしまだいがく!」
カーナビ:「しがけん・・・詳細住所をどうぞ」
私:「!!!」(立腹)

 ・・・という具合に、うまくいきません。
音声認識の精度が、低すぎるのです。
 ほかにも、マニュアルを見ながら色々と試してみましたが、たとえば・・・

私:「さくらの小学校」
カーナビ:「さがけん・・・詳細住所をどうぞ」

私:「近くの小学校」
カーナビ:「近くの中学校」

私:「近くのホンダ」
カーナビ:「近くのハローマック」

私:「中合(なかごう)デパート」(福島市で一番大きなお店です)
カーナビ:「栃木県ツインリンクもてぎ」

私:「近くの三越」
カーナビ:「・・・・・・(何か考えている)・・・・・・近くに、三越はありません」

 ・・・などなど、私が発する言葉とは、似ても似つかぬ行き先ばかりが検索される始末(涙)。
 ようやく、「三越」ならば聞き取ってくれましたが、そういえば、仙台まで行かなければ三越はありません(号泣)。

 そんなわけで、音声認識カーナビと格闘すること数十分、ようやく、「コンビニ」ならば、聞き取ってくれることが判明しました。
 ところが・・・

私:「近くのコンビニ」
カーナビ:「近くのコンビニ・・・・・・近くのコンビニを、20軒、検索しました。ひとつめを表示します。ここに行く場合は、『
ここに行く』と指示してください。」
私:(大いに喜んで)「
ここに行く!
カーナビ:「・・・・・・(何か考えている)・・・・・・
北陸銀行!
私:「おいおい、『北陸銀行』じゃなくて、『ここに行く』って言ったんだけど・・・」
カーナビ:「青森県・・・詳細住所をどうぞ」
私:「!!!!!」(ついにキレる)

 そこで、キレてしまった私が、「フン、もう何でもいいや!」と、ためしに人名を言ってみると・・・

私:「ふみひこ」
カーナビ:「彦根城!」

私:「まおちゃん」(娘の名前)
カーナビ:「福島市浜田町!」

私:「ジャイアント馬場」
カーナビ:「馬場田ハンドバック!」

 ・・・てな具合で、もう、メチャクチャ。
 (思わず、私の文章まで乱れてきましたね)

 ホンダさん、この音声認識カーナビ、「超高価なおもちゃ」としては、最高に面白いです。
 ほんまに、笑えます。運転中の眠気覚ましに、最高ですわ。(なぜか、ここで大阪弁に)

 し、しかし・・・肝心の「音声認識カーナビ」としては、
使い物になりまへん!

 確か、このカーナビのために、30万円か40万円くらいを、費やしているはず・・・(爆涙)

 ・・・今後の音声認識技術の発展を心から願いつつ、本日は、これにて。

注: なお、音声認識カーナビ以外については、ニュー・オデッセイは最高の車です。
  (ホンダ技研の名誉のために、一応、ね・・・)


12月12日版

 本日、頭が痛かったので、たまたま別件で電話がかかってきた知人(お医者さん)に相談したところ、「それは、筋緊張性頭痛ではないでしょうか?」とおっしゃるのです。いわゆる「学者肌」で(本職も学者ですが)探究心の旺盛な私は、さっそく、我が家にあった『家庭医学館』(小学館発行)という分厚い本で、調べてみました。
 すると、ありました、このような記述が・・・

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 筋緊張性頭痛
 症状: 痛みの多くは鈍痛で、じ〜んとした痛みが続くことが多く、まるで
頭に鉢(はち)をかぶったような痛みを覚えます。これらの症状は、雨天などの天候や精神的ストレス(仕事上や対人関係の悩み、不安、過労、不眠など)がきっかけとなっておこってくることが、少なくありません。

(小学館『家庭医学館』942ページより)

********************

 ん?
 「頭に鉢をかぶったような痛み」??

 「鉢」って、あの、「すり鉢」(死語)とか「植木鉢」とかいう、あの「鉢」でしょうか?
 それとも、帽子みたいに頭にかぶるための、専用の「鉢」が、どこかに何らかの用途で存在するのでしょうか??
 そして、その専用の「鉢」って、この『家庭医学館』の記述に登場するほど、ポピュラーな装身具なのでしょうか???
 ただ、その存在を、私が知らないだけなのでしょうか????

 しかも、ご丁寧に、「鉢」という漢字に、ルビ(ふり仮名)まで付けてくださっているではありませんか!

 しかし、いずれにしても、残念ながら、
私には、「頭に鉢をかぶってみた経験」がありませんので、この頭痛が「筋緊張性頭痛」なのかどうか、さっぱりわかりません。どうか、小学館の編集者の方、および執筆者の方、本書が再販される際には、もう少し、万人にわかりやすい表現で説明してくださいますよう、なにとぞよろしくお願い申し上げます。


 あ、その頭痛ですが、さきほどお風呂に入って温まったら、すっかり治ってくれました。
 この寒い夜、水戸黄門の特別番組を見たいのも我慢して(しっかり録画はしましたが)、一心不乱で明日が締め切りの原稿を書いていましたので、きっと単に、「冷えちゃった」か、「頭を使いすぎちゃった」だけだったんですね。
 ご心配をおかけしました(笑)。

 では、まだ原稿が終わっていませんので、本日はこれにて。


12月8日版

 このところ、会津養護学校やJA神林村(新潟県)、そして急用ができて九州へと、あちこち飛び回っておりました。今週も、宮城県の白石高等学校を訪問します。
 
さて、去る11月27日(木)の午後7時〜9時に、大阪で、私の著書に共感くださる「生きがい教育ネットワーク・大阪」の原田先生(公立小学校教師)が、「生きがい論」を取り入れた模擬授業を公開してくださいました。そして、
先日、このようなメールをくださったので、ご紹介いたします。


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飯田先生、おはようございます。原田です。
お忙しいなか素早い電子便をいただき感謝しています。

「生きがい教育」の授業、とってもいい雰囲気でできました。
飯田先生の本を読み大事なことをたくさん帳面に書き留めていましたが、
授業のときは、その帳面もほとんど見ないでやってみました。
できるだけ自分の言葉で伝えてみたかったからです。
それでもやはり「自己評価」「自己計画」「ソウルメイト」といった言葉は使いましたよ。

45分の授業を予定したのですが、つぎの時間も15分ほど使ってやりました。
子どもたちの多くもそれを望んでいました。
1回目の授業が終わり休み時間になると、子どもたちが私のところに大集合です。
「先生、もっと教えて」
「この本(『新版 生きがいの創造』)見せて」
そう言って、飯田先生の本あの分厚い本を子どもたちが読んでおりました。

なかにはこんな女の子もいました。

「先生、私、前は男の人やったんです。
先生みたいな大きな男の人で、髭もあって。
その男の人だった自分が、小さいころの自分をずっと追いかけていたんです。
私、生まれ変わったこと覚えているんです」

などと真剣な顔で言うのです。

「そのことお母さんにも話したことある?」

と聞くと、

「いいえ」。

そこで、

「そんなこと話すと、バカにされると思って、今まで言えへんかったんちゃう?」

とまた聞くと、

「はい」。

そのあと彼女の話をいろいろ聞きました。
はじめてそういう記憶を話したという彼女は、とてもいきいきしていました。
まわりの子らも真剣にその話を聞きました。
これだけでも、この授業をやったかいがあったなあと思いました。

それとこの子たちに「人生のしくみ」を伝えることができ、
これからいろんな場面でこれを活用した実践ができそうで、
何だかとってもうれしくなりました。
飯田先生、これからもどうぞよろしくおねがいします。


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・・・ということでした。本当に、うれしいことですよね。
 原田先生、どうもご苦労様でした。




11月27日版


 わ〜い!

 23日の「出産のヒューマニゼーション研究会」(新宿・安田生命ホール)、何とか必死で乗り切りました。何しろ、午前中が経営学者として「産院の経営戦略」に関する話、そして午後が「生きがい論」の話と、1人で2種類の話をしなければならず、しかも、昼休みと終了後の2回に分けて著書のサイン&握手会まで行いましたので、まさにテンテコ舞い。
 その後、ホームページの更新をする気力もなく数日間ほどグッタリしておりましたが、本日、事務局担当の葛飾赤十字産院のお医者さんから、このようなメールをいただきました。

********************

先日は、御多忙の中、
第4回 出産のヒューマニゼーション研究会で
講演をしていただき、ありがとうございました。

本日、参加者からのアンケート調査を、全部読みました。
全員が、最初から飯田先生のファンというわけではなかったはずですが、
アンケートの結果を見ると、全員が全員、先生の話は、
「とてもよかった」
「また来年も是非、聞きたい」
「飯田先生の本を読みたい」
などと、大好評でした。
ある程度、予想はしていましたが、
「本当に、こんな評価ってあるの?」
と、驚いています。


(以下省略)

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 ・・・というわけで、多くの方々にお喜びいただけたらしく、ほっとしました。
 ご参加くださった皆様、本当にありがとうございました。

 また、昨日は、日本三景・松島で開催された、「宮城県高等学校保健研究会」総会でも、2時間に渡って「生きがい論」爆弾を投下し、高校の保健の先生方140名を、大いにビックリさせてまいりました。「生きがい論」に初めて接する方々が多かったためか、その反響は絶大でした。保健の先生方(ほとんど女性)は、感受性の強い方が多いらしく、皆さん、途中でボロボロと大粒の涙を流してくださるので、「なぜ、これほどまでに泣いてくださるのだろうか?」と、講師の私自身がオロオロしたほどでした。きっと、保健(養護教諭)の先生方は、それぞれの学校で、生徒たちの悩みや境遇を共有し、悲しいこと、辛いことをたくさん抱えながら仕事をなさっているのでしょうね。
(講演の1ヶ月も前に、温かい応援のお手紙をくださった、本吉響高等学校の阿部富子先生、どうもありがとうございました! おかげ様で、自信を持って講演できましたよ。当日は、直接にお話する時間がなくて、申し訳ありませんでした)

 かくして、何とか、11月の講演ラッシュは乗り切りましたが、今後も、「不妊カウンセリング学会」総会、太良中学校(佐賀県藤津郡)、JA神林村(新潟県)、白石高校(宮城県)、札幌市厚別区PTA連合会総会、会津養護学校、茨城県筑西地区保育協議会総会、熊本県庁、浦添市役所(沖縄県)、有名な**(ナイショ)女子高等学校など、水戸黄門のごとく全国行脚を予定しております。(とはいえ、私には助さんも格さんもいませんので、ひとりぼっちの旅ですが・・・でも、まるで水戸黄門を助ける忍者「風車の矢七」のように、全国津々浦々に、読者の皆様が「生きがいのネットワーク」として潜伏し、密かに応援くださっていますので、ぜんぜん寂しくなんかないんですよ)

 先日、小学4年生の娘に、「お父さん、あんまり家にいなくてゴメンね」と謝ったところ、「べつにいいよ。慣れてるから平気だよ。ほら、まおちゃんもがんばってるから、お父さんもお仕事がんばってね」と、100点満点をとった算数の答案を見せてくれました(涙)。子供って、どんな家庭状況に対しても適応力が高くて、本当に前向きですよね。きっと、今後の人生で、私のわがままを一番よく受け入れてくれるのは、娘ではないかという気がします。
 こうして、娘にも励まされながら、私は私の人生を、信念に従って歩もうと思っています。全国、いや、世界の各地に、まるで頼もしい忍者のように潜んでいらっしゃる、「生きがいのネットワーク」につながる読者の皆様、どうぞこれからも、よろしくお願いいたします。



11月17日版

 新刊『生きがいのネットワーク』、大好評!
 
おかげさまで、著書紹介や各種ランキングなど、色々なところに登場しているとのこと。
 皆さんの応援、どうもありがとうございます!

 私の方は、風邪のため、ひどい声で臨んだ「お茶の水女子大学付属高校」での講演も、何とか無事に終えました。講演後、お茶の水女子大学の有名な教授が、わざわざ校長室(私の控え室)に会いに来てくださり、「たいへん感動した」と激励してくださいました。私の著書も、ずいぶんお読みくださっており、的確な論評をくださるので驚きました。「以前から、飯田先生との『お話券』が欲しかったので、今日はようやく会えました!」とお喜びくださり、私も大感激でした。天下の名門・お茶大には、もうこの生涯で2度と足を踏み入れることができないかもしれませんので、せめて、大いに深呼吸をしておきました(笑)。



11月7日版

 新刊『生きがいのネットワーク』、ついに発売!
 
そして、あなたも、よろしければ、私あてに、「銀河通信」をお送りくださいね。(「銀河通信」の意味と送付方法は、『生きがいのネットワーク』をお読みくだされば、おわかりいただけます)


10月31日版
 明日から11月ですね。
 この10月には、本当に色んなことがありました。特に、新幹線で東京に出て、羽田空港から能登空港(開港したばかり)に飛び、空港の会議室で奥能登地区の看護協会主催の講演会を行い、また東京経由で福島に帰ってきたのは圧巻でした。
 それに、能登の看護婦(師)さん、おいしいマツタケをお送りくださいまして、どうもありがとうございました。「何だろう?」と開封したとたん、飯田研究室が、能登マツタケの芳醇な香りで満たされました。大きいのが5本も入っていたので、うち2本を私の両親におすそ分けしたところ、「
おお、久しぶりのマツタケじゃのう! ええのう! ほんまに、ええのう!」(広島弁)と、父が大喜びしておりました。おかげさまで、思わぬ親孝行ができました。



10月22日版

 昨日に更新したばかりですが、またまた内容に間違いがありましたので、お知らせいたします。
 今度の土曜日、10月25日に福島グリーンパレスで行われる、私の講演会について、講演時間は、「
16:00〜17:00」が正しいそうです。(昨日の更新では15:00〜となっていましたが、そちらも訂正しておきました。事務担当者のミスで、私あてに、間違った連絡をしてしまったとのことです)
 どうぞ、お間違えのないようにおいでください。


 また、11月10日に、東北工業大学で行う私の講演会を、最大50名の人数限定で、一般の方々にも公開してくださることになりました。(大学2年生140名と同席での聴講になります)

 日時: 
11月10日(月) 13:00〜14:30
 場所: 
東北工業大学 香澄町キャンパス 9号館 113教室
           (仙台市太白区八木山香澄町35−1)
 演題:「私たちは、なぜ生きているのか? 〜最先端の科学的研究に基づく人生のしくみ」(講師:飯田史彦)

 聴講をご希望くださる方は、事前の申し込みが必要ですので、(削除)
をクリックして東北工業大学のHPに飛び、「公開講座」の文字をクリックしてください。すぐに、「一般向け公開授業」として私の講演会情報が載っていますので、その内容に従って、お早めにお申し込みください。大学生たちに混じって、「授業」として私の講演を聞く機会は、今後、もう2度と無いかもしれませんよ。


PS。
 
10月27日(月)発売の、『週刊エコノミスト』11月4日号(毎日新聞社発行)において掲載される、「日本型経営」の特集記事に、私が原稿を書いています。『週刊エコノミスト』と言えば、キオスクやコンビニでも売られている、日本を代表する伝統あるビジネス誌ですので、「日本型経営」を整理分析する原稿を私にご依頼くださるとは、誠に光栄なことと恐縮しています。10月27日以降、お近くの書店やキオスクで『週刊エコノミスト』を見かけましたら、どうぞ「飯田史彦」の名前の原稿を、探してみてくださいね。


10月21日版

「生きていく明日からも」世界初演、
 無事に、大盛況で終えることができました。

 歌っている最中に、虫が飛んできて私の顔面にとまり、くすぐったくて泣きそうになったり、なぜかマイクがどんどん下を向いてしまい、演奏そっちのけで何度も位置を直したりと、悲惨な事件もありましたが、何とか形だけは、ライブ・コンサートの格好をつけることができました。
 しかも、当日、本番の直前30分前になって、主催の船戸医師に「メールでお願いした譜面台は、ご用意いただけましたよね?」と確認したところ、「え? あ、そういえば、そのようにおっしゃっていましたよね。すみません、用意するのを、すっかり忘れておりました。ハハハ」という大事件が勃発。大あわてで「何か無いか」と探し、クリニックの受付にあった木製の台を持ってきて、花を飾っていたテーブルの上に置き、急ごしらえの譜面台としてでっちあげました。

 やがて、本番。
 私は、まず、「アメイジング・グレイス」を1コーラス歌ってイントロに代え、続いて「生きていく明日からも」を歌いました。そして、アンコールにお応えして、「エーデルワイス」と「今日の日はさようなら」を大合唱。会場の皆さんも、大きな声で一緒に歌ってくださり、とても感激しました。私の背後では、歌の歌詞を、手話で通訳もしてくださいました。(200名の会場に入りきれず、別室でのテレビ中継をご覧くださった方々には、たいへん申し訳ありませんでした)

 その後は、参加くださった皆さんのお1人ずつと、写真撮影会に突入。ほとんどは若い(?)女性の方々でしたが、中には、私と腕を組んだり、私に抱きついて写真を撮る方々も多く、「ち、近頃の若い女性たちは、なんと積極的なんだろう・・・」と、ビックリ仰天してしまいました。まるで、仲良しの友達とプリクラ写真を撮っているような感覚なのでしょうね。(皆さん、あの写真は、いつかお嫁に行かれる際に、きちんと破棄してくださいね。ご主人になられる男性から、「誰だ、この不細工な男は?!」と、あらぬ誤解を受けては困りますので)

 ・・・というわけで、皆様、ご心配をおかけしました。

 そこで、本日は御礼に、大スクープ写真を公開してしまいましょう。

 
11月7日前後に発売予定の、新刊の表紙写真です!



(オビ裏)


 上記写真の「秘」の部分には、これまでの私の著書の表紙では触れることのできなかった、あっと驚くイヤラシイ(?)ものが写っていますので、どうぞご想像くださいませ。


10月8日版

 
またまた、私のユニークな講演情報です!


1.なんと、お茶の水女子大学付属高等学校に出没します。



 11月14日(金)に、東京・大塚の「お茶の水女子大学付属高等学校」で、全国各地から高校の先生方がおいでになり、「第11回 公開教育研究会 〜新しい高校教育に向けて」が開催されますが、その記念講演会の講師として、私をご指名くださいました。

 そこで私は、15:00〜16:00に、「
私たちは、なぜ生きているのか? 〜人生の価値を問うために有効な教育とは」 と題して、学校の先生向けの講演を行うことにいたしました。

 つきましては、教育関係の方で、参加を希望される場合は、(削除)
を開いて、詳細をご覧ください。

 たとえ、私の講演に興味をお持ちでなくても、あの天下の名門、「お茶大付属」に堂々と潜入(?)できるというだけでも、参加費1000円の価値がありますよ。(ただし、不純な動機の方は、入校をお断りいたします)




2.新宿西口の高層ビル(の地下 (笑) )にも出没いたします。


 11月23日(日)に、東京・新宿の安田生命ホールで、「出産のヒューマニゼーション研究会」が行われますが、そのメインゲストとして、私が、全く異なる2種類の講演を、たて続けにおこないます。(こんな企画は初めてなので、ドキドキしています)

 1つめは、「
医院経営のヒューマニゼーション戦略 〜選択される施設づくりの成功条件」(11:10〜12:30)と題して、妊婦さん(&その予備軍)から、「あそこで(あの先生や助産婦さんのもとで)子供を産みたいわ」と思っていただけるような病院・医院・産院づくりのお話をいたします。私の専門である、経営学(経営戦略論や人事管理論)の知識を応用した、役に立つお話を心がけます。

 2つめは、「
人生における出産の意義を考える新たな視点 〜『子どもが親を選んで生まれてくる』という発想の有効性」(14:00〜15:00)と題して、「生きがい論」の観点から出産をとらえたお話をいたします。こちらは、初公開の情報を盛り込んだ、ドラマティックで感動的なお話になりますので、女性はもちろんのこと、男性にもお楽しみいただけるはずです。

 時間や申し込み方法についての詳細は、以下のチラシをご覧ください。





 
なお、この講演会への参加について、何かご質問のある方は、「出産のヒューマニゼーション研究会」事務局の竹内ドクターまで、お問合せください。

 今回は、これまでに行ったことのない(今後も無いであろう)、特別な内容の講演会です。私の「経営学者」としての姿も公開しますし、「生きがい論」を堂々と「出産」に結び付けて、大いに自論を展開させていただきます。
 「出産」をテーマにしてはいますが、女性だけでなく、男性も大歓迎です。もちろん、医療関係者ではない一般の方々でも、ご自由に参加いただけますので、どうぞご検討ください。

 安田生命ホールは、JR新宿駅西口から徒歩1分の、安田生命本社ビル(西口にそびえ立つ高層ビルのひとつ)の、地下1階にあります。交通至便ですから、お気軽においでくださいね。ただし、受付は先着順で、定員に達ししだい締め切るそうですから、お申し込みは、お早めにどうぞ。



10月1日版

 
お待たせしました!

 前回お知らせしたように、しばらく、寸暇を惜しんで信長・・・いや、仕事をしておりましたが、ようやく天下統一・・・い、いや、脱稿に成功しましたので、晴れて本日、HPを更新する時間ができました(笑)。

 そこで、今回は、怒涛の5大ニュース特集です。


1.『生きがいの創造』とリンゴの実験結果、大公開!

 先日、島根県浜田市にお住まいの小学6年生、まどかちゃんから、素敵な実験のご報告をいただきました。びっくりするような結果が得られていますので、ご両親のご了承をいただいて、ここに公開させていただきます。

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 「生きがいの創造」とりんごの実験

 平成15年3月27日、飯田史彦先生から、お父さん(飯田注:お医者さんです)に、「CD付き新版 生きがいの創造」という本が届きました。
 CDの「生きていく明日からも」(飯田史彦作詞・作曲・歌)という歌がすてきだったので、りんごに本の表紙と歌詞を見せたり、CDで聞かせたり、読み聞かせたりしてみました




 
平成15年4月8日 実験開始(写真5)

 りんごを1個ずつ、ガラス容器に入れ、コルクでふたをした。

@・・・「CD付き新版 生きがいの創造」の本の表紙と、「生きていく明日からも」の歌詞を見せる。

A・・
@に加えて、歌をCDで1日1回聞かせる。

B・・・@に加えて、歌詞を1日1回、私が読み聞かせる。

C・・・白い布をかぶせ、何も見せない。聞かせない。




 
平成15年5月19日(40日後)の、りんごの様子(写真6)

@・・・実験開始の時と変わらず、おいしそう。

A・・・実験開始の時と変わらず、おいしそう。

B・・・実験開始の時と変わらず、おいしそう。

C・・・下の方から黒く腐ってしまった。



(@〜Bのりんごには、後ろに『CD付き新版 生きがいの創造』の表紙を立てて置き、「生きていく明日からも」の歌詞のコピーが下に敷いてある)


 平成15年6月25日(80日後)の、りんごの様子(写真7)。

@・・・実験開始の時と変わらず、おいしそう。

A・・・実験開始の時と変わらず、おいしそう。

B・・・下半分から腐ってきた。

C・・・腐ったりんごのまわりをかびがおおい、ほとんどりんごが見えない。

 Bのりんごは、毎日「生きていく明日からも」の歌詞を私が読んであげたのに、なぜ腐ってきたのだろう?
 やっぱり、私なんかの声より飯田史彦先生の歌声の方がいいんだ、と思ったりして、がっかりした




 平成15年7月29日(120日後)の、りんごの様子(写真8)。

@・・・おいしそう。

A・・・真横の一部から腐ってきた。

B・・・全体に腐っている。

C
・・・全体に腐って縮んでいる。

 「生きていく明日からも」のCDを聞かせる時、りんごをCDプレーヤーのまん前に置いていた。BとCのりんごが下から腐ってきたのに、Aのりんごは真横から腐ってきたのは、CDプレーヤーから出る電磁波が、りんごに悪いかんきょうを与えたのではないかと思う。




 
それにしても、飯田史彦先生の「生きがいの創造」という本、「生きていく明日からも」という歌のエネルギーの強さに、おどろきました。

 「生きていく明日からも」の歌詞を、私が読み聞かせたりんごが早く腐ってしまった理由は、何だったのだろうか。思い返してみると、「この詞、暗いなあ」とか、「長い詞だから、たいぎだなあ」と思ったり、他のことを考えながら読み聞かせたことが多かったので、「本音」=「本当の音」が、りんごに聞こえたのだろうか。私の心の雑音が聞こえたのだろうか。りんごはだまっているけど、ちゃんと聞いているんだな、と思った。「言葉」を使う時は、心からきれいな気持ちで使わないといけないんだな、と思った。
 大切なのは、りんごに対する「心」でした。りっぱな言葉を使っていても、私の「心」がこもっていなかったので、りんごは腐ってしまったのです。

 地球上で「言葉」を使うのは人間だけです。「言葉」は神様が人間にくれた、すばらしい力です。私は、りんごを使った実験から「言葉」のすばらしい力を実感しました。これからも、私の出会うすべての人の心のコップに、一滴ずつポタリポタリと水を垂らしてあげたい。きれいな「言葉」を口にすれば、世界中の人の心のコップを、きれいな澄んだ水でいっぱいにすることができる。そうすれば世界中の人が幸せになれるな、と思います。


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 ・・・という実験結果だっだそうです。

 それにしても、120日間にわたり、毎日、私のCDを聞かせたり、自分で歌詞を読み聞かせてくださったとは、本当に、ご苦労さまでした。そのおかげで、私の本や歌詞・歌(声)の効果について、とても興味深いデータを得ることができました。
 しかも、まどかちゃんは、私の歌声を聞かせた場合と、自分で歌詞を読み聞かせた場合との結果の違いについて、「本当に心を込めて歌わなかったから」という理由を推察し、「言葉」や「心」の大切さを訴えてレポートを終えています。リンゴの実験をもとに、ここまで考察を深めるとは、私も大いに感心しました。まどかちゃんのような人が、科学者や研究者やお医者さんになってくだされば、きっと、人類の未来を明るく照らすような、大切な発見を行っていただけることでしょう。
 そして、まどかちゃんのような人が、世の中に増えていけば、みんなが仲良く平和に暮らせるようになるのでしょうね。

 まどかちゃん、本当に、どうもありがとう!



2.珍しいテーマによる、私の公開講演会のお知らせです!

 このたび、福島大学経済学部後援会の主催で「学部状況説明会」が開催されることになり、その後半を使って、私が特別講演を行うよう命じられました。
 そこで、私が大学で教えている「経営学」(人事管理論・経営戦略論)に関する内容で、学生の父母の方々にご興味をお持ちいただけるテーマとして、次のような演題を考えました。

 日時: 平成15年10月25日(土)
     15:00〜17:00


 場所: 
福島グリーンパレス (JR福島駅西口正面の「福島ビューホテル」の裏側にあります。東北新幹線側の西口を背にして、正面の広い道をまっすぐ歩いて1〜2分程度の左側にあり、交通至便です。なお、東北新幹線で東京〜福島間は、たったの90分程度ですから、首都圏でいえば充分に通勤圏内ですね)

 演題:
「企業の採用戦略と学生の就職戦略」

 私が大学で開講している「人事管理論」で、数時間をとって教える内容を、一般の皆様に向けて、わかりやすく、面白くお話いたします。きちんと経営学の基本原理を踏まえながらも、どなたにでもご理解いただけるような興味深い内容にしますので、「飯田先生の授業に一度は潜入してみたかったけど、高度で専門的な講義は難しそうなので遠慮していた」とおっしゃる方々は、この貴重なチャンスを逃さないよう、どうぞお気軽においでください。

 また、高校生・大学生のお子様をお持ちの父母の方々や、高校生・大学生諸君も、よろしければ、ぜひご参加ください。就職活動を始める前に、知っておくべき大切なことを、お教えいたします。私の講演の前に、他の教授陣から、学生の学習状況・大学生活・就職状況に関する簡単な説明もありますので、「大学って、どんなところ?」というご興味をお持ちの中学・高校生諸君や、その父母の方々にも、お楽しみいただけるはずです。
 もちろん、最近の学生の気質や動向について知りたいとおっしゃる、企業人、社長さん、人事担当者の方々も、どうぞおいでくださいね。

 交通至便のうえ、面倒な予約は不要で、しかも無料ですよ!



9月21日版

 ごめんなさい!

 お知らせしたい情報がたくさんあるのですが、仕事(新刊『生きがいのネットワーク』の原稿校正を含む)が山積みになっており、多数の締め切りに追われております。
 しかも、うっかり待ちきれずに発売と同時に買ってしまった、戦国シミュレーションゲームの最高峰『信長の野望・天下創世』が、面白すぎちゃって・・・

 というわけで、時間破産状態の中、寸暇を惜しんで信長の・・・い、いや、仕事をしておりますので、次回の更新まで、もうしばらくお待ちください。
 次回の更新では、きっと、皆様にご満足いただける内容が、テンコ盛りのはずですよ。

(え? それなら、信長・・・じゃなかった、仕事なんかしてないで、早く更新してくれよ、ですって? ・・・私だって、それができるくらいなら、寸暇を惜しんで『信長の野望』なんかしてませんよ!)


PS. 土曜日の会津大学短期大学部での公開講演会、遠くはフィリピンから(国内は大阪などから)、たいへん多くの方々がおいでくださいました。いちばん大きな教室に入りきれず、別室でテレビ中継しながらご覧いただいた、気の毒な方々も・・・。本当に、ありがとうございました。


9月8日版

 
お久しぶりです!

 しばらく山ごもりしておりましたが、本日、無事に、新刊『生きがいのネットワーク』の原稿を書き上げ、PHPに提出しました。
 すると、編集長さんから、さっそくお返事が届きました。

********************

 
締め切りをきっちり守っていただき、 感謝感激です。やはり飯田先生は、著者の鑑です。
 すぐにファイルを開き、読み進めましたが、 涙が止まりませんでした。読み返しては、また感動するというパターンです。これだけの読者が、先生のもとにこんなお便りを出すという事実を目のあたりにして、「生きがい論」の 価値がいかに高いかを改めて認識いたしました。
 それに加えて、先生の「編集力」にも脱帽です。膨大なお便りをよくこれだけ整理されて、うまく編集されたものだと感心しております。本書は「生きがい論」シリーズに新たな広がりを約束する一冊となることは、間違いないでしょう。
 私どもも、気合を入れて本をつくります。発売は、11月8日(土)を予定しております。


********************

 発売は、ちょうど2ヵ月後の予定。
 例によって、随時、途中経過をお教えしますので、今後の更新を、お見逃しなく!


 もう、今年も9月・・・福島は、すっかり秋になり、山の木々も色づき始めています。あと2ヶ月もすれば、雪が舞う季節になるのですから、月日が経つのは早いものですね。

 私も今週は、ようやく、のんびりできそうです。
 久しぶりに、ぐっすり眠れるのが、本当に楽しみです!

 それでは、お休みなさい・・・



以下8月23日版

 
来週から8月末まで、1週間ほど、はるか遠く、海の向こうに、出張してまいります(仕事ですよ、仕事)。講演会・研究会や取材・打ち合わせなどの合間をぬって、PHPから10月末発売予定の新刊『生きがいのネットワーク』の最終執筆に励みますので、応援していてくださいね!

 おっと、その前に、今日(8月23日)は、有名な秋田県大曲市の「全国花火競技大会」(日本最大規模の花火大会で、60万人もの観衆が訪れます)に、父と2人で行ってきま〜す!
(NHKのBSチャンネルでも、生中継で衛星放送するそうですので、間に合えば、ご覧になってみてください)

 しかし、天気は「曇のち雨」の予報・・・昨年は大雨の中でも決行したそうですが、果たして今年は?
 もしや、私が行く年にかぎって、何十年ぶりの雨天順延になってしまうのでしょうか? 友人の知人に頼み込んで、せっかく、貴重な「桟敷席」のプラチナチケットを手に入れたのですが・・・そういえば、先日の国立競技場(ベッカム&レアル・マドリードの試合)も、ずっと大雨で大変でした。何しろ私は、いわゆる「雨男」なものですから(涙)。


 残り少ない夏ですが、せめて毎日を大切にして、自分らしい、充実した日々を過ごしましょうね!



8月17日版

 
悲惨!

 思い切って研究費をはたき、20数万円も払って購入した、富士通のノートパソコン「LOOX T90D」が、買ったその日に、インターネット接続の設定作業を終了したとたん、突然「シャットダウンします」というメッセージが出て、勝手に終了してしまったのです。しかも、その直後に、勝手に再起動する始末。「何だ、これは?」と、そのまま作業を続けてみると、10分ほどで、また勝手にシャットダウン。
 この困った症状が何度も何度も続いて起こり、パソコンとして機能しなくなってしまった時点で、「おや? もしや、これはウイルスに感染してしまったのでは?」と、疑ってみました。しかし、インターネットに接続していたのは、まだ、設定作業中の数十分だけでしたから、そんな短時間で、運悪く感染するはずがありません。怪しい添付ファイルも、開いていないのです。何しろ、買ったその日の出来事で、ようやく、設定作業が終わったばかりなのですから。

 ところが、その直後に、自宅のパソコンあてに、富士通に勤務する友人から、「必見! Blasterウイルスに感染した場合の復旧方法、予防方法」というメールが届きました。あわてて、そこに書いてある「Blasterウイルスに感染した場合の症状」という項目を見てみると、「パソコンが勝手にシャットダウンし、再起動する」と書いてあるではありませんか!

 しかも、あわてて、そのメールをプリントしておき、対処方法を読んでいた、その時のこと。何と、自宅のメイン・パソコンまでが、突然、同じように、勝手にシャットダウンしてしまったのです!
 自宅のパソコンは、最新のワクチンを自動ダウンロードする仕組みにしてあるのですが、久しぶりにパソコンの電源を入れたため、最新のワクチンもウインドウズ・アップデイトも、間に合わなかったのです。

 かくして、自宅のメイン・パソコンも、携帯用のノートパソコン(しかも購入した当日)も、枕を並べて、新型の凶悪なウイルスに、やられてしまいました。
 あとで聞いたところでは、新聞やテレビで、史上最悪の新型ウイルス「MS−Blaster」の被害が世界中に広がっており、何十万台ものパソコンが侵食されていて、今もどんどんウイルスを撒き散らしているという警告が、頻繁に流されていたとのこと。しかし、夏休み中で、仕事のことを忘れて休むために新聞もテレビも見ていなかった私は、何も知らなかったのです(涙)。

 せめてもの救いは、富士通の友人から送られてきた対処方法を、プリントしておいたことでした。それから、必死で対処した結果、ノートパソコンの方は、ウイルスの活動を停止させることができましたが、駆除することはできずじまいで、体内にウイルスを保有したまま、活動だけは停止させている状態です。40万円近くもかけている自宅のメイン・パソコンの方は、何とか駆除することができ、ワクチンを打って新たな感染は防止していますが、「一度インターネットに接続すると、シャットダウンしない限り切断できなくなった」という、情けない後遺症が残ってしまいました。

 まさに、踏んだり蹴ったりとは、このことです。その後、貴重な休日を丸2日間もつぶして色々とやってみましたが、買ったばかりのパソコンがおかしくなり、仕事でフル活動させる高価なメインパソコンまでが、悪質な後遺症に苦しんでいます。
 特に、今回のウイルスが史上最悪と言われる理由は、「怪しげな添付ファイルなどを開かないようにしていても、インターネットに接続しているだけで、勝手に侵入してくる」という点に加えて、「勝手にシャットダウンして、それまでの作業データを失わせてしまう」という特徴です。まじめに働いている人間にとって、これほど痛いダメージはありません。
こんな悪質なウイルスを作るほど高度な能力を持っている犯人には、ぜひとも、その能力を、世のため人のために善用していただきたいものです。

 ・・・というわけで、おかしくなったパソコンを復旧させる作業は、まだまだ続きます。いろいろとチャレンジしているのですが、ワクチン会社の複雑な指導どおりにやってみても、なぜかうまくいきません。この2日間、パソコンの復旧にかかりきりなので、その、何も新たな価値を生まない非創造的な作業に、グッタリしています。パソコン画面を見続けているので、目がやられて痛くなり、頭もズキズキしてきました。あまりの情けなさに、パソコンの容態が気になって、食事も喉を通りません。

 皆さんも、パソコンのスイッチを入れてインターネットに接続したら、何よりもまず、「WINDOWS UPDATE」に接続して、最新のウイルス対策プログラムをダウンロードしてくださいね。現時点では、マイクロソフト社が、無料配布しています。すぐに、このプログラムをインストールしておかないと、私のように、あっという間に感染してしまいますよ。

 どうぞ、お気をつけて!
(ただし、このウイルスは最新型のパソコンを狙ったものなので、まだ、ウインドウズ98かMEをお使いの方は、感染しませんからご安心を)


 そして、私の大切なパソコンを痛めつけた、ウイルス作成犯に一言・・・

「この*****、********!」
(あまりに格調の低い罵詈雑言のため、伏せ字にさせていただきます)


PS。 今回の更新は、元気の出ない内容なので、せめて最後に朗報を。
 おかげさまで、新刊『生きがいの真実』は、順調に増刷を重ねています。編集長さんも、「書店からの注文が、途絶えることなく続いています」と、お喜びくださっていました。
 また、新刊『生きがいの******』の執筆も、順調です。まだ内容は秘密ですが、10月末か11月の初旬には出版できますので、どうぞお楽しみに!


 冷夏・停電・地震など、この夏には色々ありますが、みなさん、一緒に励まし合いながら、がんばりましょう!



8月13日版

 
お騒がせして、ごめんなさい!

 多くの方々から、「8月5日版のホームページが、文字化けしているので、修正してください」という忠告をいただきました。わざわざご連絡くださいまして、本当にありがとうございます。

 し、しかし・・・

 実は、少数ながら、すでに解読なさった方々もいらっしゃるように、前回の更新は、「
暗号文」になっているのです!
 じっとながめていると、ある整然とした法則性が見出されてきて、「夏休みのお知らせ」バージョンと、「愛のメッセージ」バージョンの、2種類の文章が浮かび上がってくるはずですよ。
(えっ? まだ1種類しか気づいていなかった、という方々も?)

 まだ解読なさっていない方々は、どうぞ挑戦してみてくださいね。
 解読してみると、「な〜んだ、こんなに単純な暗号文だったのか! なんで、すぐに気づかなかったんだろう?」と、拍子抜けするくらいに簡単なんですよ。


 なになに?
「ちょっと、悪ふざけが過ぎますよ。とうとう、(前からそうじゃないかと思っていたけれど)、飯田先生、頭がおかしくなったんじゃないかと、心配しちゃったじゃないですか!」ですって?

 すいません、つい、教師の習慣で、夏休みには「宿題」を出さねば、と思ってしまうものですから・・・こんな騒ぎになるとは、決して・・・(泣)



8月5日版

しあなばたのらことくを、のここあろかいらあだいし、ていなますつ。そやのこすとをみ、いをつ、とどこっにいててもと、わおすれくないにでくいださきいねま。あすなたのは、でもう、、こHどくPではのありこませうん。しそしんてわはたし、も、おこどやくですはあみりまにせんさ。わせたしてとあいなたたは、だいつき、どまこにすいて。も、どここうろのぞおく、でつみながなってさ、ふんかくもしん、じあゆってたいきかていなるのみですの。こりれかのらもな、いつつまやでもすあいみしあをって、であおえたすことごのよしろこくびをだ、わさかちいあおねうね!!!



7月28日版

 
しばらく出張しており、久しぶりに帰宅すると、懐かしい韓国語の差出人のお手紙が・・・
 そう、以前、『人生の価値』の最後でお手紙をご紹介し、その後も何度かこのHPで経過をお知らせした、韓国の刑務所で服役中の「イ」さんからのお手紙です。

 さっそく、原文のままでご紹介しますね。


********************

 
飯田先生へ

 
もう とても 暑くなりました。
 その 間も 相変わらず お元気ですか。
 私も おかげさまで 元気で 過ごして います。
 送って くれた 本 本当に ありがとう ございます。
 よく 読みます。

 私は 今 新しく 初める 心で 新たな 人生を 暮らす ように します。
 再びは 絶対 悪事を しないで 真面目に 生活します。
 過去の 一攫千金主義と黄金万能主義を 捨てて 健全な 価値観で 汗を 流れながら 熱心に 働いて 誠実に 生きます。

 私 今 どかたを 働いて 熱心に して います。
 今は きついですが 未来を ために 我慢して います。
 応援して ください。

 お体を 大切に なさって ください。
 それでは また お便り 致します。

 ***より



********************

 ・・・なんと、無事に刑期をつとめあげて社会復帰され、今は、建設業に従事なさっているとのこと。
 私も本当に嬉しくなり、ほっとしました。「汗を 流れながら(汗を流しながら?) 熱心に 働いて 誠実に 生きます」今は きついですが 未来を ために(未来のために?) 我慢して います」というお言葉に、胸がキュンとなりました。

 明日は、福島大学の大学説明会が開催され、全国から数百名の高校生たちが集まってきます。私も、夏休み中の大学に久しぶりに登校し、経済学部の教官を代表して「人事管理論」の模擬授業を行うよう、大学広報委員会から依頼されています。(ただし、わずか30分間ですし、受験を控えた高校生しか聴講できませんので、一般の方々の「密航」はご遠慮くださいね)
 「未来のために、今、我慢して、熱心に働いています」という「イ」さんの頑張りを、私なりの方法で、模擬授業を通じて、受験勉強中の高校生たちに、伝えようと思っています。

 皆さんも、韓国のどこかで今日も汗を流して働いている「イ」さんに、応援の念を送ってあげてくださいね!




7月21日版

 
前々回(7月11日)の更新でご紹介した、ある拘置所からお手紙をくださった方に、その後、すぐにお返事を差し上げておきました。内心、「いつまでその拘置所にいらっしゃるか、わからないから、ちゃんとご本人に届くかなぁ・・・」と心配しながら投函したのですが、嬉しいことに、すぐにお返事が返ってきたのです。今回も、便箋1枚1枚に、拘置所の印鑑が押してありました。
 特にプライバシーに触れる部分はありませんので、原文のままで、ご紹介させていただきます。

********************

 前略

 飯田先生、有難う御座居ます。
 14日に、先生に送って戴きました御本とメッセージ、頂戴致しました。

 嬉しくて嬉しくて、本を抱いて何度も何度も御礼致しました。
 余りの嬉しさに、涙が溢れて止まりませんでした。
 先生、本当に有難う御座居ます。

 先生の御言葉、「信念は力なり」を、私の座右の銘として、先生の御本を一生の宝として、頑張って参ります。
 先生、素晴らしい感激、感動、有難う御座居ます。

 平成15年7月14日
 飯田先生


 妻にも、早急に知らせます。
 きっと、すごく歓んでくれると想います。


********************


 わ〜い!
 わいわ〜い!!


 きちんと手紙を渡してくださった、拘置所の係員さん、ありがとう!
 そして、手紙を運んでくださった、郵便局員さん、ありがとう!
 こうして、見ず知らずの人と手紙をやり取りできるのも、係員さんや局員さんのおかげです。

 その前に、私の本を出版してくださった、PHP研究所の皆さん、ありがとう!
 そして何よりも、私に「書きたい本を出版できる境遇」を与えてくださっている、読者のみなさん、ありがとう!
 こうして、見ず知らずの人に私の本をお届けできるのも、編集・営業の方々のお仕事と、多くの読者の皆様のご支援のおかげです。



7月16日版

 福島県&近県にお住まいの方々へ、ご案内いたします。
 以下のように、9月20日(土)の13:30〜15:30に、会津大学短期大学(会津若松市)で、『生きがいの創造』と題する公開講座を担当することになりました。

(削除しました)

 どなたでも、入場無料で聴講いただけますので、福島県&近県の方は、「白虎隊」で有名な歴史の町・会津若松の観光を兼ねて、どうぞおいでくださいね。

 会津藩・会津若松といえば、幕末時代の長州藩・萩の町と、深〜い因縁のある地。実際に数年前、山口県の萩市から、長年の恩讐を越えた友好都市協定締結の申し入れがあったにもかかわらず、「戊辰戦争の恨み、忘れてなるものか」と、会津若松市議会で「否決」されたのだそうですから、恐れ入ります。私もなぜか、会津若松に出向くたびにドキドキしてしまうのですが、今回の会津入りも、この身に何事もなく終えることができるのでしょうか?




7月11日版

 実は、このところ、ひどい目にあったり、どうしようもない誤解を受けたり、腹の立つことが重なって、「なんで僕が、こんな思いをしなくちゃいけないんだ!」と、こんな世の中で生きていくことが、ほとほと嫌になっていたのです。
(その種のことは、特別な事情がない限り、このホームページには書きません。何しろ、癒しを求めておいでくださる方々が、ほとんどですからね)

 すると、
本日、このようなお手紙をいただきました。

********************

 前略 飯田先生

 私は、現在、**拘置所にて、この手紙を書いて居ます。御縁がありまして、先生のCD付きの著書「生きがいの創造」新版に接する機会に恵まれました。

 何と申しますか、「認識を新たにした」とでも言えば良いのでしょうか。
 振り返ればこの*十年間、犯罪の繰り返しで、社会に居たのも、ほんの僅かの期間だけでした。今迄の私は、以前に読んだ本の影響で、「人生はすべてプログラムされているのだから、私が起こした犯罪も、起こるべくして起こしたもので、言わば運命なのだから仕方がないのだ」と、都合よく解釈していました。

 しかし、先生の著書を拝読させて頂きまして、何か間違っていたのでは、と感じ始めたのです。言ってみれば、「目からウロコが落ちた」とでも言えばいいのでしょうか。今迄に私は、ほとんど**の罪ということで、自己の利益のためには、他の事は何も考えず、自己中心な人生を過ごしてきた様です。私の犯した**の罪の為に、どれだけの人々が大変な想いをしたか・・・。その様な事は何も考えず、自分の利益だけを求めてきたのです。ですから、その因果関係として、服役は当然の結果と言えばそうなのですが・・・。
 しかし、本書の中の、「人生のある時点までは、いつも望ましくない道を選んできた人でも、ある時にそれ迄の自分の姿を反省し、生き方(解決方法の選び方)を変えた場合には、一転して、予定していた良好な人生の方向へと進んで行く事ができるのです」と言う一節が有ることで、私は考えました。このような私でも、過去を反省し、今迄の罪を悔い改め、二度と犯罪に手を染める事の無い様に努力すれば、今後は良い人生を歩めるのでしょうか?

 私の犯してきた罪は、私が直接に手を下してはいなくても、本書に有りました、「自分が直接に手を下した訳ではなくても、自分が輸送しただけの武器によって多くの人々が殺される光景や、親が殺されたと知って泣き叫ぶ子供たちの姿を、光の存在から徹底的に見せつけられた」と言った一節を読みまして、私の妻の姿がダブって見えて参りました。私にも御縁が有りまして、妻と子供達がおります。一時も早く、私の現在の申し訳ない心境を、知らせてあげようと思っております。
 また、想い起こせば、私がこの様な犯罪に手を染め始めてから*十年間というもの、親兄弟とも連絡を取っておりません。是非、この機会に、老いた母や、私の事を心配している兄弟に、早速手紙を書きたいと思っています。

 これから、私は、今回の刑を償いに行く事に成りますが、いつも、愛する事、許す事、感謝する事を忘れずに、前向きに努力するつもりです。

 飯田先生、生きる希望を有難う御座居ます。
 妻にも、早速、この御本を送ってあげたいと思っております。

 先生も、何卒、私の更正を願って戴ければ幸いです。

 これからも、私の様に、先生の著書に接して、生きる希望を持てるようになる人々が、沢山現れる事を祈っております。

 
それでは失礼いたします。  草々


********************


 
わ〜い!

(こういう時には、ただ単純に、喜ぶべきなのです)

 がんばって「生きがい論」を執筆し続けていて、良かったぁ・・・

 さっそく、お返事を書きました。いただいたお手紙の便箋には、1枚1枚に、拘置所の認印が押してありました(内容の検閲を受けたのでしょう)。私がお送りするお返事も、きっと本人に渡す前に開封して、内容を確認されるでしょうから、無事に検閲をパスすることができますよう祈っています。もちろん、温かい励ましの言葉しか書いていませんから、大丈夫でしょうけど・・・

 やっぱり、深く傷ついて投げやりになった心には、読者の皆様からいただくお手紙が、何よりの薬になります。この御方のおかげで、今夜は数日ぶりに、安らかに眠れそうです。こうして私を救ってくださったことを、この御方が、ご存じないのが残念ですが・・・(きっと、宇宙が、この御方に、御褒美を差し上げてくださいますよね)

 明日は、朝から車で出かけて、東北自動車道を北上し、宮城県の古川高等学校に出没せねばなりません。生徒さんたちに向けて、90分間の講演を依頼されているのです。

 それでは、みなさん、おやすみなさ〜い・・・

 ・・・ZZZ・・・



7月5日版

 本日は、嬉しいお知らせがあります。


(1)読売新聞で、『生きがいの創造』が紹介されました。

 先日の読売新聞紙上で、女流棋士(囲碁のプロ)として有名な梅沢由香里さんのインタビューが掲載され、その中で梅沢さんが、次のように語ってくださいました。

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 慶応大学4年の冬、試験に合格し囲碁のプロ棋士になった途端に、囲碁大会での解説や取材などの申し込みが殺到した。見知らぬ相手から電話で舞い込む依頼。信用できるのか、報酬の目安は・・・。疑心暗鬼になった。
 桁違いに膨らんだスケジュールに1年ほど振り回され、「精神的にめいっぱいの状態」に陥った。そんな時にたまたま手に取ったのが、飯田史彦著『生きがいの創造』だった。「人生の中で出会う困難は、自分を成長させるためにプログラムされている」というメッセージを感じ取り、「急に吹っ切れました」。
 読み終えた時に、気持ちは前向きになっていた。「嫌な気分の原因を整理しよう。何が苦手か、なぜそう感じるのか、解決法は」。考えていくうち悩みも消えていった。勇気づけられたこの本が、「忘れられない1冊」になった。


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 梅沢由香里さん、本当に、ありがとうございます!
(Jリーガーのサッカー選手と結婚なさって、幸せ一杯ですね)


(2)高校の「保健」科目『現代保健ノート』に、私の『生きがいのマネジメント』が引用されました。

 この4月から採用された、大修館書店編『現代保健ノート』。




 その35ページ、「自己実現」の項目の中で、次のような図表が!



 
そう、大きな字で、

「飯田史彦『生きがいのマネジメント』PHP文庫2000年より作成」

 と、私の名前と書名・出版社名が、明記してあるではありませんか!!

 これを見て、高校生諸君がメンタルヘルスの学びを積んでくださるとは、何と光栄なことでしょう。『生きがいのマネジメント』を執筆して、本当に良かったです。


 なお、私がPHP文庫から出版した『大学で何をどう学ぶか』も、おかげさまで何度も増刷となり、すでに30000部近くが世に出ています。私は、自分の授業では全く使っていませんので(授業では『生きがいのマネジメント』と『日本的経営の論点』をテキストにしています)、日本のどこかで、私とは直接に関係の無い30000人もの方々が、自主的に購入くださったことになります。本当に、ありがたいことです。

 特に今年は、「
自分が大学に行こうかどうか迷っていた時に、お父さんが『大学で何をどう学ぶか』をプレゼントしてくれて、それを読んで、福島大学に行って飯田先生のゼミナール(学級)に入ろう、と決めました!」という女子学生が現れたので、感激しました。実際に、福島大学に合格し、しかも「飯田ゼミナール」(福島大学で一番の競争率を誇ります)の入ゼミ試験に合格したのですから、たいしたものです。これまでにも、私の「生きがい論」を読んで福島大学を希望したという学生たちには、ずいぶん出会ってきましたが、『大学で何をどう学ぶか』で人生が変わったという学生は、初めてだったのです。

 ちなみに、今年の「飯田ゼミナール」の合格者は、男性2名、女性6名。これで、先輩たちと合わせて、私のゼミナールのメンバーは、男性9名、女性21名となりました。経済学部全体では、圧倒的に男子学生が多いのですが、なぜか、飯田ゼミナールだけが、男女比が1:3という桃源郷・・・い、いや、アンバランスな状態。これはべつに、私が「女好き」だからというわけではなく、単に、女性の希望者が多いからにすぎません。いやはや、困ったものです。ハハハ。(ぜんぜん困ってないのが、バレバレですね)




6月25日版

 
『生きがいの真実』、本日発売!

 もう、お読みくださった方も、ずいぶんいらっしゃるようですね。
 さっそく、数人の方々から、「読書感想文」をいただきました。
 たとえば・・・

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読破しましたぁ!
 胸に染み渡る内容ですね。明日…友・知人に紹介します。
 いつもいつも感動をありがとうございます。(^_^)/~


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 ****大学教授の、****です。
 生きがいの真実の発刊おめでとうございます。 一気に読ませていただきました。これまでより一歩踏み込んでおられ、頼もしく感じました。
 私も「精神宇宙」から「生データ」を受け取るために、毎日 瞑想している者です。このような表現に代表される、 この本にちりばめられた文章は、まさに神の恩寵としか思えません。
 ずいぶんと熟慮の末に発表なさったものと拝察いたします。 あるいは、一気にダウンロードされたものでしょうか。いずれにせよ、 これからも、一般の人に合わせて段階を踏まれ、ますます人々の心 に響く作品を世に問うていただきたく思います。


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 本日、当社のあるビルの地下にある大きな本屋さんの、入口正面中央の「話題の本」のコーナーの中央に、 表紙がよく見えるように置いてあり、下の棚にも 平積されておりました。
 内容につきましては、目からウロコ状態で、現在は 放心状態(笑)です。私の職場のフロアは、役員フロアと同じですので、ゆっくり、役員用の綺麗なトイレにこもって拝読させていただきました。
 本書が、このような形式の書き方だったとは、これまたビックリいたしました。一番の印象は、「おお! 先生が次なるステップへ進まれた」ということで、驚嘆いたしております。また、先生が本書発刊の前に、なぜ急がれて「生きがいの創造」を改訂されたのか、 本書を読んで理解できました。
 家に帰り、またじっくり拝読させていただきたいと思っております。これまでの先生のご主張を心の杖とし、これからも頑張っていきます。


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 新刊「生きがいの真実」、早速拝読しました。

 これらのことを、活字になさったその勇気に、まず拍手!です。これらの知識を1冊の本に集大成して活字にした、ということに、とても大きな意義があると感じます。
 本書の発表によって、また、いろいろ言われることもあるかと思いますが、先生が傷ついたりなさらないように、心から祈って、応援しています。「何人たりともその人の本質を傷つけることはできない」と、どこかで読みました。
 また、「愛の章」の後半部分からは、驚きとともに、前進する勇気を頂きました。ツインソウルについて、このようにパワフルに主張なさるとは、想像していなかったので。
 オビ裏については、予告どおり、衝撃的でした。あっと驚いて、しばらく、もう一度文章に目を通す勇気がありませんでした。
 きっと、これから続々とメールが配信されると思います。お忙しいのに、お時間をとらせてごめんなさい。くれぐれもお体大切になさってください。


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 ・・・という感じです。

 また、本日は、奥様を亡くされた若い男性から、次のような嬉しいお手紙をいただきました。


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 前略 飯田先生

 私は、先日、妻を亡くしました。
 子供はいなかったので、今は独りです。

 私と飯田先生との出会いは、昨年、妻が亡くなって2週間ほどして、ある人から、『生きがいの創造』を紹介していただいた時でした。正直、この本に助けられました。

 今年に入って発売された、『新版 生きがいの創造』に付録していた「生きていく明日からも」のCDも、愛聴しています。ドライブの際には、必ず、この歌をリピートして、何回も何回も聴いています。3番を聴くたびに、妻を思い出して、涙があふれてきます。
 2月に、先生のHPで、「生きていく明日からも」の歌詞を、先行して公開されましたよね。私は会社でちらっと覗き見をしていたのですが、3番の歌詞が目に入った瞬間、まわりにたくさん同僚がいたにもかかわらず、涙があふれてあふれて、止めることができませんでした。

 その当時、私は、妻がいなくて寂しくて寂しくて、どうにもたまらない状況でした。だから、3番の歌詞と、「生まれてきた喜びを思い出そう」「生きていることの意味を見つけ出そう」という歌詞が、私の心の奥底に響き、それ以来、歌のメロディーはまだ知らないのに、歌詞を何回も何回も心の中で復唱し、生きる力を出そうとしてきました。これで、『生きがいの創造』には、旧版と新版で、2度救われました。
 「輝く魂に戻って、今もそばで生きている、光になった愛しいあの人」に、また会うその日まで、何とか、「心に太陽を描いて」生きていくことができるよう、そして、また会えたその時には、妻から「よくがんばったね」って誉めてもらうのを楽しみにしながら、「生きていく明日からも」です。

 今でも、妻のことが恋しくて、泣きたくなることも多々ありますが、ここにも、飯田先生の著作を心に抱いて生きている男が一人いることを知っていただきたくて、つたないですが文章にいたしました。

 これからも、応援しています。「生きがいの真実」も、楽しみにしています。
 お体に気をつけて、がんばってください。


********************


 わ〜い!
 こちらこそ、どうもありがとうございます!




6月16日版

 
これはめでたい!

 なんと、石川県の中学生、岡崎啓君が書いてくださった、私の著書『人生の価値』に対する読書感想文が、県の最優秀作品に選ばれました!

 もちろん、私は、岡崎君とは、現在まで、全く面識も交流もありません。先日、第3者の方が以下のような記事をお送りくださって、私も初めて知りました。
 そこで、まず作品発表の記事をお見せしたうえで、岡崎君の読書感想文の全文を、ここに掲載させていただきます。私の数々の著書の中でも、『人生の価値』は、『愛の論理』に次いで最も理屈っぽい本なのですが、中学2年生の岡崎君は、精一杯に読解してくださっています。しかも、中学2年生とは思えない、しっかりした文章で、「さすがは最優秀作品だ」と、感心してしまいました。

 それでは、ご紹介しましょう。



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第48回青少年読書感想文コンクール
 石川県 最優秀作品(中学校U類)

「人生の価値」という本を読んで
 珠洲市立日置中2年 岡崎 啓くん

 一冊の本に目が止まったまま僕は動けなくなった。
 『人生の価値』という大きなタイトルの下に「私たちはどのように生きるべきか」という副題があり、更に帯紙には「ベストセラー作家の新たなる挑戦。どうして人をいじめちゃいけないの? どうして自殺しちゃいけないの? どうしてがんばらなくちゃいけないの?」と書いてある本の表紙に目を奪われたのであった。
 福島大学助教授飯田史彦と、著者の肩書きと名前を見た辺りでその本を手に取って、本のタイトルを誰かに見られたら、自分の心の中を見透かされるような気がして、側にいる客に見えないようにタイトルの上にお金を置いて隠しながら、店員さんに本を渡して素早く買った。
 中学への進学と同時に能登に引っ越して来て以来、自分の心の内で言葉にならない黒く、重たいものが日に日に大きく重くなっていくのを自覚していても、一体それは何であるのか解らずにいた。そんな時にこの本の表紙の言葉に出会った。
 この本の表紙の文字が目に入った瞬間に、自分の心の内の重しが何であるのか分かったような気がしたのだ。
 この本を読んだら、もしかしてもっと自分の心の内が解るのではないか、そんな気がしてこの本を買ったのだと思う。だから、本のタイトルを隠したんだろうと思う。

 『人生の価値』というこの本を読み終えた直後から、自分でも驚くほど明るくよくしゃべるようになった。
 「啓らしく明るくなったね。」と家の人からも言われるようになった。
 それはこの本を読んだ後、自分の人生について次のように考えるようになったからだ。
 人生とは、様々なものを学ぶための機会、つまり「学校」のようなものであり、学校では、普段は色々な知識を学び、時々自分の成長度を調べるための試験があるのと同じように、人生という学校でも適切な時期に試験問題が用意されていて、その問題を解くために必要な知識や経験が日常生活の中にちりばめられている。しかも、その問題を解くための絶妙なヒントがどこかにきちんと用意されている。
 人生での試験問題とは、目の前に出現する壁のようなものであって、壁を解決することがそれを乗り越えることになると考えるのではなく、全ての物事には意味や価値があり、プラスとマイナスがあるが、本質的にはマイナスなものは存在しないというブレイクスルー思考で対処すれば、目の前の壁も含めた全てのものが、自分の成長のために用意された順調な試練であるととらえることができる。
 挫折や不運という概念を用いない発想法としてのブレイクスルー思考ならば、目の前の壁そのものに価値があり、その試練に挑戦するだけで、もう乗り越えたと同じだけの価値があると考える。
 僕は、このブレイクスルー思考に特別な共感を持った。それというのは先に書いたように、引っ越しと同時に学校も変わり、友達や学校、言葉や習慣などの違いから深く悩んだことがあり、どうしようもなくなったあげくに、どうせなるようにしかならないのだからと、開き直るような感じで、全てが自分の成長のために起こることなのだから、自分なりに懸命に取り組んでいれば、そのうちにどうにかなるだろうと思った。その瞬間から気持ちが非常に楽になった経験があったからだった。

 更にこの本は、マイナス的なものが存在しないという。全てのものがプラスであると考えるためには、物質主義的な観点からではなく、スピリチュアルな観点(人間の本質は精神であると仮定し、精神的な豊かさを追及する観点)から考えるべきだと説いている。
 最近狂牛病対策の一環として国内産牛肉の買い上げが実施された際に、何社かの大きな会社の悪徳経営者が外国産を国内産と偽り、お金を騙し取った事件があった。この事が原因でその会社の製品は、スーパーやデパートからボイコットされ、そして会社は倒産し、罪のない社員とその家族は幸せな生活から外された。これは悪徳経営者の利益主義という物質主義的観点からの発想が起こしたものであり、精神的豊かさを追及する観点からの発想ならば、多くの社員とその家族の幸せを奪うことはなかったと僕は思う。
 人生にはいろんなことに出会うように最初から設計されているという。僕が偶然にこの本と出会ったように、それは必要な時期に必要なことがらと出会うのである。これからの人生にどんな困難と出会うのか。自分の人生の価値を高めるために楽しみである。


********************


 ・・・本当に、素晴らしいですよね。中学2年生で、あのお堅い(大人向けの)『人生の価値』を、ここまで自分なりにしっかり理解してくださるとは、まさに、著者冥利に尽きるというものです。

 岡崎啓君、どうもありがとう!
 いつか、どこかで、きっと会えるよ。


 そういえば、私も同じ中学生の時に、朝日新聞社の読書感想文コンクールに入賞した記憶があります。広島県大会レベルでは、様々な作文コンクールの入選の常連でしたし、確か全国大会でも何かいただいて、授賞式に出席するために、生まれて初めて、広島県の竹原市から、「東京」という名の大都会に上京した記憶も残っています。

 その時の作品は、有名作家(名前を忘れた!)の『檸檬』という名作の感想文だったような(たくさんのコンクールで入選したので、混乱しているかもしれません)・・・授賞式の会場は、確か、九段下あたりの「学士会館」という建物だったような・・・そして、「あと少しで、優勝特典のハワイ旅行がもらえたのに」と、悔しがったような・・・しかも、同行してくれた両親にご褒美をせがんで、今は無き日比谷の日劇かスカラ座(だっかたな?)で、ちょうど当時封切られて大ヒットしていた映画「未知との遭遇」(S・スピルバーグ監督)を鑑賞して、生まれて初めて体験する巨大なスクリーン一杯に広がったUFOの母船の美しさに、やたらと感動したことも覚えています。
 何しろ、それまでの私は、映画館など無い田舎町に住んでいましたから、1年に1〜2回、高校教師だった父が電車に1時間も揺られて連れて行ってくれる「三原」という町で、「男はつらいよ」(主演:渥美清)の映画を観るのが精一杯でしたから・・・おかげで、大学に上京してからも、広島に帰省するたびに父に誘われ、「寅さん」の映画は、すべて生で鑑賞させていただきました(笑)。

 今思うと、私は昔から、文章を書くのが大好きだったんですね。
 それも、小学生の時に、父が勝手に「新潮文庫の100冊」というシリーズ100冊を買ってきて、私の勉強机の横の本棚にドンと置き、「まだお前には読めんじゃろうけど、わかる範囲でかまわんけん、好きな本から読んでみいや」(広島弁)と、プレゼントしてくれたのが発端だった思い出があります。当時は、テレビゲームもパソコンも無く、テレビも白黒で、子供はあまり見せてもらえませんでしたから、必然的に、「読書」が大きな娯楽だったのです。私は、内容がよくわからないままで、それでも子供なりに楽しみながら、すでに小学生のうちに、「新潮文庫の100冊」を全て読んだ(というよりも、目を通した)記憶があります。

 その頃の、子供たちにとっての「読書」という娯楽の位置づけの大きさを思い出すと、現在では、すっかり「ゲーム」や「テレビ&ビデオ&DVD」や「携帯電話」や「パソコン」に取って代わられ、「読書」に費やす時間は激減してしまっていることに気づきます。そのためか、大学生に書かせてみると、基本的な日本語さえも書けない、あまりにも貧弱な文章力なので、「いったい、これまで、学校で何を学んで来たのだろうか?」と、驚くばかりです。国立大学の学生でさえ、「1年間に、教科書以外の一般書は、芸能人の書いた本を除くと、1〜2冊しか読まない」という時代ですから、全くひどいものです。考えてみると、学校の先生や教科書に問題があるのではなく、まずはその前に、各家庭の中で、親が子供に「読書」をさせる習慣が消え去りつつあるのが、根本的な原因なのでしょうね。

 私も、娘に、「漫画禁止令」を発令して、「美しい文章で書かれた本」を、どんどん勝手にプレゼントしようと決心しました。少なくとも、そのような父親の教育方針によって、「文章を書くのが大好き」という、今の私があるのですから。

 皆さんも、私と一緒に、
「さあ、子供に本を読ませよう!」キャンペーンを、はじめませんか?

 なお、大量無差別殺人事件が起きた、大阪の池田小学校(すでに生徒用図書室に『生きがいの創造』文庫版が10冊置いてあるそうです)のPTA図書室に、学校関係者の方の特別なはからいで、私の講演ビデオを置いてくださることになったそうです。ありがたいことです。どなたかの、お役に立つことができましたら幸いです。



 さて、今回は、ちょっぴり理屈っぽい更新になってしまいましたので、最後に、とんでもないプレゼントを・・・

 なんと、これが、6月24〜26日に発売の新刊『生きがいの真実』の、目次ページです! (実物は、もっともっと美しいんですよ)




 
思わず、首をナナメに傾けながら読んでしまった、そんな素直で純心なあなたが大好きです!(笑)

 無駄を全て排した、いたってシンプルな章立て。
 熟慮を重ねた一言一句に凝縮された、「真実」の数々。
 そして、全編にちりばめられた、私が深い意味を込めて選んだ写真たち。

 皆さんのお手元に届くまで、あと1週間あまり。
 今、印刷業者さんが、懸命に、大量印刷してくださっています。
 
 どうぞ、お楽しみに!



6月9日版

 
本日は、ご説明は不要でしょう。
 皆様ご期待の、これを公開してしまいます。

 いつものように、私自身が数多くの候補の中から、本書の内容とリンクさせて、ただ1枚だけ選んだ表紙写真・・・

 それは、題して、「
紅色の妊婦さんの祈り」です!

 両手をあわせてお祈りを唱える、お腹のふくらんだ妊婦さん・・・宇宙(神様・仏様?)に捧げる、その敬虔(けいけん)な祈りの気持ちが、ありありと伝わってきますよね。
 これまでの私の著書の中で、いちばん「かわいい」でしょう?
 本屋さんで、この表紙をみつけた瞬間、その生命力の素晴らしさに、「きゃー、かわいい!」と、思わず抱きしめたくなるに違いありません。
(実際には、もっともっと、美しくて鮮やかな色なんですよ。ああ、早く実物をお見せしたい!!)




《 オビ表 》
(オビ裏は、あまりにも******なのでナイショです)



 6月24(火)〜26日(木)に、全国発売!
 どうぞ、お楽しみに!!


6月5日版

 たくさんの「誕生日祝い」のメールやお葉書、どうもありがとうございます!
 6月3日で、41歳になってしまいました。

 おひとりずつにお返事することができませんので、失礼ながら、ここでまとめて御礼申し上げます。

 今夜(といっても、もう朝の4時前ですが)は、このところの過労のため眠くてたまりませんので、たまには早く寝ることにいたします。

 それでは、皆さん、おやすみなさ〜い!!


PS. 新刊『生きがいの真実』の編集作業、順調に進んでおります。発売日も、あと20日後に迫ってまいりました。とにかく色々な意味で画期的な本ですので、今後の新刊情報を、どうぞお楽しみに!
 今度の表紙写真は、なんと・・・・・・「赤い妊婦さんの祈り」なんですよ(???)。両手を合わせて祈りを捧げる妊婦さんに、本当にそっくり。とってもかわいいので、どうぞご期待くださいね。



5月21日版

ついに正式決定!

『生きがいの真実
  〜人間・人生・宇宙のしくみを語る

   
− Truth of Life −

6月下旬、PHPより発売!!



 その内容の衝撃性ゆえ、「現段階で、どこまで公開しても良いものか」という様々な配慮を巡って紛糾し、PHPのみならず関係各機関との間で、その社会的影響を懸念しつつ延々と調整作業が続けられていた(?)、新刊『生きがいの真実』。このたび、ようやく、関係者各位のGOサインが出て、正式に出版くださることになりました。
 考えてみると、1999年の3月に出版した『生きがいの本質』以来、実に4年ぶりになる、「生きがい論」シリーズの新刊です。正確には、2001年に『生きがいの催眠療法』を出版していますが、これは医師との「共著」であり退行催眠のデータ集という性格の本なので、私の単独の著書であり「人生のしくみ」を論じた「生きがい論」としては、新刊『生きがいの真実』が正統な続編ということになります。

 ・・・ということは、もちろん、表紙には、あの「生きがい論」3部作で大人気となった、埴 沙崩(はに しゃぼう)さんの例のシリーズ写真を。そして、デザインは、やはりあのシリーズのデザインで有名人となった上田晃郷さんを・・・と、ゴールデン・コンビでいきたいところですが、いまや超多忙な大物になられてしまった御二人が、時を超えて復活してくださるのでしょうか? (きっと大丈夫ですから、ファンの皆様、どうぞご安心を)

 発売まで、あと1ヶ月。
 どうぞお楽しみに!!

 先週末は、愛媛県の松山市で、日本精神科看護技術協会の結成40周年記念大会の、記念講演をつとめさせていただきました。大きなホールに、はるか遠くまで見渡す限りの参加者の方々がおいでくださり、本当にありがとうございました。羽田空港に向かう帰りの飛行機では、松山空港で買った、名物の「タルト」をほおばってご機嫌でした。道後温泉に松山城に、大好物の「いよかん」・・・松山って、何度行っても、ほんとに、いいところですね。

 今週末は、故郷の広島で、久しぶりの講演会です。「小**科医院」の院長先生からのご依頼で、「広島市*****市民交流***」を会場として行いますが、すでに予約だけで会場が満席となっており、キャンセル待ちの方々が多数いらっしゃる状況ですので、残念ながら、伏せ字にするしかありません。お会いしたら、手を振ってくださいね!




5月12日版

 
おかげさまで、

新刊原稿、できました!!

 し、しかし・・・
 PHPに、Eメールの添付ファイルで原稿を送ったところ、「受け取りました」との返事が来て以来、数日間、何の音沙汰もありません。いつもの対応と、全く違う雰囲気が、伝わってくるのです。

 その理由は、実は、私には、よ〜くわかっているのです。
 それは・・・今回の新刊は、あまりにも衝撃的な内容の「問題作」なので、PHPは、コメントのしようがなくて困っているのに、違いありません。おそらく、いや、間違いなく、出版部内で緊急会議が延々と続けられ、「この問題作を、果たして出版しても許されるものだろうか? この内容を、人類に公開してしまっても、かまわないのだろうか?」と、議論が紛糾(ふんきゅう)しているのでしょう。何しろ、本作の衝撃度は、『生きがいの創造』初版当時の比ではありませんから。

 この様子だと、明日にでも、「やはり、当社の手には負えません・・・この情報を公開するには、当社は保守的すぎるのです」と、原稿が送り返されてくる気配充分です。その暁には、あの「生きがい論」シリーズの完全な続編となる超問題作の新刊を、勇気を出して出版してくださるところを、何とかして探し出さねばなりません。

 ・・・と、絶望に頭を抱えている私のもとへ、このような、素敵なお手紙が届きました。ご本人にEメールで連絡をとり、掲載の許可を快諾していただきましたので、ここに、ほぼ全文を公開させていただきます。


********************

 
拝啓 はじめてお便りさせていただきます。****と申す者です。

 飯田先生、いつも本当にお疲れさまです。そして、ありがとうございます。お忙しい公務の間をぬって「生きがい論」のご活動をされることは、並々ならぬご苦労があるはずです。頭が下がると同時に、感謝の気持ちでいっぱいです。

 私は、昭和37年生まれ。飯田先生と同じです。失礼ながら、とても親近感があります。富良野の近くにある美馬牛(びばうし)という小さな町で、平凡な農民をしています。飯田先生のご本とは、95年か6年に『生きがいの創造』に出会うことができまして、それからすべてのご本を読ませていただいております。(すみません・・・「大学で何をどう学ぶか」は、まだでした。さっそく読まなくては。)

 このたびは、『生きがいの創造』が、CD付きで改定新版として出版され好評とのこと。おめでとうございます。より充実し、洗練された内容になっていますね。
 それに、何といっても、「生きていく明日からも」の歌は、本当にすばらしいです。温かくて味のある演奏と、力を抜いて、でも気持ちのこもった歌声は、歌詞の内容は無論のこと、史上最高の出来と言っても良いのではないでしょうか。CDを聴くたびに、「幸せだなぁ」と実感します。発案から、信じられないスピードで、この名曲を世に送り出してくださって、本当に感激するとともに、感謝いたします。イントロの前に入っている、「天使のおまじない」も不思議ですね。

 自分のことを、少し書かせていただこうと思います。
 生まれも美馬牛。一浪して、札幌の大学に入学しました。母親は農業で、父親は公務員として単身赴任で札幌におりましたので、私の入学も契機となって、一家で札幌に引っ越しました。
 性格としては、人とのつき合いがおっくうで、内にこもるタイプです。何か、深いところで、コンプレックスがあるのかもしれません。自然や動物が好きで、大学も農学部に入りました。卒業後、札幌で、有機農業生産物を産直する会社に就職しました。その年に、私より1ヵ月半ほど後に入社してきた女性に、巡り逢いました。2歳年上で、とても素敵なひとでした。そして、1988年の1月に、結婚しました。

 でも、幸せいっぱい、というわけではなく、不安もありました。私は自分に自信がなく、仕事もあまりできないし、何をやって生きていけば良いのかわからない。そんな自分が、果たして、この女性を幸せになどできるのだろうか、という不安です。
 彼女の両親からも、猛反対されて大変でした。いわゆるカタイ家で、「安月給で、社会的地位も低いお前のような輩には、娘はやれない」ということでした。でも最終的には、彼女が家出をして、親はようやくあきらめてくれました。
 彼女の名は、順子(仮名)といいます。ひまわりのような明るさと、無邪気さを持つひとで、いつも、みんなの人気者。「エース」といった感じの、健康優良児で、実際に子どもの頃、表彰されたそうです。その一面、人に気を遣いすぎるひとで、それで疲れてしまい、私にそのストレスが向けられることもありました。完璧主義で、中途半端を許すことができないのです。

 そんなこんなで色々ありまして、私たちは職場を捨て、私の故郷の美馬牛に帰り、農業生活に戻ることになりました。順子も、畑仕事を積極的にしてくれて、にわとりを飼い、楽しく生活することができました。89年には、待望の女の子を授かり、子どもが可愛くて仕方がなく、「これからも、貧しいながらも、家族で楽しくやっていこうね」と、約束していました。

 そんな時に、順子が病気になってしまいました。乳ガンです。91年の6月に、はじめて病院に行きました。その時は、「乳腺拡大」という診断でした。子どもがまだ1歳半くらいでしたので、時々、授乳していたのです。ところが、しこりはどんどん大きくなり、再度、病院に行くと、「すぐにオペ(手術)を」ということになり、悪性の乳ガンだとわかりました。信じられませんでした。こんなに若くて、まだ授乳しているというのに、乳ガンだなど・・・。

 とにかく、それからは、治療に専念しました。東洋医学の食事療法や、飲尿療法まで、ガンに効くと言われるものは、何でも試してみました。私も、一緒に努力しました。丸山ワクチンやハスミワクチンなども入手し、私が打ってあげたり、体をマッサージしたり・・・
 しかし、順子の容態は好転する様子はなく、翌92年6月に、入院。それからは、とうとう、つらい化学療法です。時々、外泊許可をもらって家に帰れることが、本当に救いでした。みんなで、それを楽しみにしていました。

 しかし、懸命の治療のかいもなく、1992年の10月10日、体育の日に、順子は先立ちました。彼女の母親が、「体育の日なんて、健康優良児で運動が大好きだった、あの娘らしいわね」と、ぽつりと言ったのを覚えています。

 『生きがいの創造』の中にありましたが、妻が入院中に、夫が買ってきたものが欲しいものと違うといって怒り出したと・・・あれと同じようなことがありました。きっと、本の中の女性と同じで、彼女も、なぜ自分がこんな目にあわなければならないのかと、怒ってしまったのだと思います。そんな順子に、何といっていいのかわからず、冷たい態度をとってしまった私は、本当に悪いことをしたなぁと、謝りたい気持ちでいっぱいです。
 かわいそうなのは、娘もです。母親と遊んだ記憶はもちろんのこと、顔や声でさえも、覚えていないのです。自分で選んで生まれてきてくれたとはいえ、つらい道を選んだものだと、娘を見ては心で涙します。順子も、娘のことはとても気がかりにしており、別れたくなかったのです。

 飯田先生、長々とすみません。順子の死は、もう10年も前のことで、自分に「もう忘れた」と思い込ませていたのですが、こうやって文章にしてみると、何だか、つい先日のことのように思えるのが、不思議です。
 でも先生、あの頃は本当につらかったですが、今はもう、これでも元気なのですよ。飯田先生のご本のおかげです。友達からの紹介で、先生のご本に出会うことができたからです。

 その後、親の勧めでお見合いもしてみましたが、結婚しようと思うには至りませんでした。私の覚悟が、できていないのです。両親には、申し訳ないです。
 でも、おかげさまで、娘も中学2年生。とても元気な子で、友達も多く、中学生活をエンジョイしています。必要に迫られて(?)、とてもしっかりした人間に、育ってくれています。僕ひとりでは、とても無理だったでしょう。順子の両親や妹夫婦、私の両親や他の多くの方々の支えがあったおかげで、今の私と娘があります。本当に、いくら感謝しても足りません。

 娘が大きくなってくるにつれて、順子さんそっくりになっていきます。遺伝なので当然なのですが、おもしろくてたまりません。順子さんの両親も、娘に会うのを楽しみにしているようで、このゴールデンウイーク中も、遊びに行っています。順子の代わりと思って、可愛がってくれています。
 私の方は、収入は20年前の初任給と同じくらいに少ないのですが、娘が不平を言わないでくれるので、何とかがんばっています。
 先生、こんな私でも、いつか、縁のある人とまた巡り逢って、覚悟を決めることができる日が、来るのでしょうか。

 飯田先生、本当にすみません、長々と。
 ゴールデンウイーク中も、戒厳令をしかれて、執筆活動でしたね。どんなご本ができるのか、とても楽しみです。
 このご時世、いろんな人がいるので、先生は何かと大変でしょう。でも、先生が国立大学の助教授という肩書きは、とても大きいです。だからこそ私たちも、飯田先生のご本は安心して読めるし、人にも勧められます。でも、先生ご自身は、そのような立場で活動されるのは、本当に大変でしょうね。身を削る思いではないですか?
 私のような怠け者には、先生の大変さは想像もできませんが、心から応援しております。

 娘にも、先生の本を読むように勧めていますが、今は「ハリポタ」ばかりで、読んでくれません。まだ、その時ではないのでしょうね。でも、いつか先生の本を読んで、娘も共感してくれると信じています。

 飯田先生、お体には気をつけて、これからも、どうぞよろしくお願いいたします。先生のご健康とご活躍を、心からお祈り申し上げます。

 乱文乱筆お許しください。
 敬具


********************


 
わ〜い!!

 この嬉しいお手紙のおかげで、もう、私は元気いっぱいです。

 こうなったら、たとえPHPから「出版中止」の返事が来ても、たとえ全ての出版社から発禁処分になっても、このお手紙のような有難い読者の皆様がいてくださる限り、自費出版でもがんばるぞ!

 ちなみに、発禁処分寸前の新刊のタイトルは、

『生きがいの真実 〜人間・人生・宇宙のしくみを語る』

 です。

 さあ、新刊原稿の運命や、いかに?

 次回の緊急更新を、お待ちください!!



4月23日版

 またまた突然ですが、

「戒厳令」発令!!

 これから10日間、連休明けを締め切りとして、6月にPHPから出版する書き下ろし新刊、『生きがいの**』(**の部分は、まだナイショです)の執筆に専念させていただきます。

 今回は、久しぶりに、本格的な「生きがい論」の、完全な「新刊」です。さて、いったい、どんな内容で、どんな表紙になるのでしょうか?


 とにかく、しばらく昼夜を忘れ、寸暇を惜しんでワープロに向かいますので、私の身に「戒厳令」を発令し、世間の喧騒から離れさせていただきます。

 どうぞ、よろしくお願いいたします。

(そのお詫びに、素晴らしい本を書くよう努力いたしますので、どうか応援していてくださいね!)



4月18日版

 本日、こんなお手紙を、PHPから転送していただきました。

 おそらく、高校生の女の子だと思われる字体です。


********************

 私は、新しい『生きがいの創造』を読んで、CDを聞いて、飯田先生に話をとても聞いてもらいたくなりました。どこに送っていいのかわからなかったので、出版社に送ってしまいました。よかったですか?

 私は、小さい時からずっと悩んでいたことがあり、そして今の生活にも不満があり、何も解決せず苦しんでいました。最終的には家出をしてしまいました。

 両親は2人とも教師です。毎日夜遅く帰ってきます。休日は両親とも学校の行事で家にいないことが多く、小さい頃からとても淋しかった。学校も好きではないし、友達ともうまくいきませんでした。

 私はとてもつらく、今の生活から逃げたくなり、家出をしました。

 が、何も解決しませんでした。

 家に帰ってきた時、父が、「お前にしてやれることは、このくらいしかない」と言って、『生きがいの創造』の本を私にくれました。

 この本を読むまで私は、悩み苦しみはみんな他人のせいにしていました。学校は自分が決めた所じゃないと親のせいにし、友達関係は相手がわがままだと思っていました。

 が、本を読んで考えが一転しました。これは自分への試練であり、これをクリアしないと成長できないと書いてあり、納得しました。この苦しみや辛さは自分を成長させてくれる過程でとても大事なことで、大切な材料だとわかりました。

 友達には毎日感謝です。もちろん親にも。

 ふられてしまった彼氏には、感謝に近いがそこまでいかない。でも、もう一度会いたい。そして「ありがとう」と言いたい。

 長々とすみません。お返事待ってます。

********************


 さっそく、『親子で語る人生論』や『愛の論理』を、サイン&メッセージ付きで送ってあげました。

 素敵なお手紙、どうもありがとう!


 さあ、今日からは、広島(薬剤師さんの勉強会で講演)〜名古屋(名古屋大学医学部付属病院小児科で、お子様を亡くした親御さんたちの互助会で講演)と、講演旅行です。

 行って来ま〜す!!




2003年1月1日版


ついに、運命の2003年になりました。

時には、誤解や中傷を受けて

と身を隠したり、

時には、怒りと愛との葛藤に苦しんで

と叫んでしまうこともありましたが、

今年も、共感くださる同志の皆様と


と力を合わせて、

めでたく解決したいと願っています。


 ・・・というわけで、どうぞ皆様、よろしく御協力くださいますよう、心よりお願い申し上げます。

 世界中から、今この瞬間に、勇気と希望を求めてこのホームページをご覧くださっている、数千人の読者の皆様へ・・・

あけまして、おめでとうございま〜す!!



12月26日版

 
うう・・・

 この1週間ほど、毎日の平均睡眠時間は、4時間程度。

 昨日などは、22時間半も連続してパソコンの前に座り、その後、まるで魂が抜けるかのように背後のベッドに倒れ込み、ほんの3時間ほど寝ただけで、またふらふらと死霊のように起き上がって、パソコンに向かいました。その後、ほぼ12時間が経ったところで、つい先ほど、ようやく、


 論文ができた〜っ!!

 


 
まだまだ、「書き終わった」というだけで、審査にパスしたわけでもなく、掲載してもらえるかどうか、さっぱりわかりません。しかし、とにかく、いったん、身体を休めることができるんです。これも、皆様の応援のおかげです。

 論文を書くのって、ほんとに孤独な作業なんですよ。べつに誰かから指示されたノルマがあるわけではないので、今回の論文を書かなかったからといって、誰に叱られるわけでもなく、誰かに迷惑をかけるわけでもありません。しかも、学術論文というのは、その性格からして極めて専門的な内容なので、「ごく近い専門分野の、わずかな数の同業者が、興味があれば目を通してくれるかもしれない」、という程度のものにすぎません。がんばって論文を書いたからといって、その努力を誰かが褒めてくれるわけでもなく、給料が上がるわけでもありません。書いても書かなくても、ただ「書き上げた達成感が得られる」というだけのことなのです。「え〜い、もういいや、今回は、書くのは止めだっ!」と投げ出してしまっても、全くかまわないのです。

 それなのに、なぜ、論文を書くのかといえば、論文を書くという行為が、「研究者」としての自分のアイデンティティ(自分らしさ)を確認する作業だからです。論文を書くのは、誰かに喜んでもらうためでもなく、誰かに褒めてもらいたいからでもなく、審査に合格して掲載してもらうためでもありません。誰も喜んでくれなくても、誰も褒めてくれなくても、審査に落ちて掲載不可になったとしても、それはただ、「現時点で、この人たちには、まだ自分の主張は受け入れてもらえないのだ」というだけのことであり、それによって私自身の人間としての存在価値が、未来に渡って消え失せてしまうわけではないのです。

 したがって、私にとって、論文を書くという努力は、あくまでも、自分だけのために行う努力です。「現時点での自分の主張を、自分のために、論文という形でまとめておきたい」という、研究者として自制できない強い欲求のみが、私に論文を書かせるのです。「この論文を読んだ人は、どう思うだろうか」という他人の目は、全く気になりません。それは、まさに「自分との戦い」以外の何ものでもなく、ひたすら、「自分自身で納得のいくものが書けたかどうか」という点のみが大切なのです。


 ・・・こんな気持ちで、昨日、2階の私の仕事部屋に入ってきた小学生の娘に向かって、私は思わず、次の言葉を教えてやりました。


 「人生、日々これ挑戦。」


 すると、娘が、「『日々これ』って、どういう意味?」と尋ねてきたので、私は、「『毎日が』っていう意味だよ」と答えてやりました。

 それを聞いた娘は、なぜか、やたらと感じ入った様子で、しばらく「ふ〜ん・・・」と宙を見上げていましたが、突然に、1階のコタツに寝転んで少女マンガを読んでいた妻のところに駆けて行き、大きな声で、このようにのたまったのです。


 「ねえねえ、お父さんがね、いいこと言ってたよ。あのね、『人生、日々これ人生』だって!」


 おいおい、違うだろ!

 それじゃ、同意語反復だ。「人生は、毎日が人生である」なんて、当たり前じゃないか!


(「今回は、やけに真面目な、論文の執筆動機の話で、面白くないなぁ」と思いながらお読みくださった読者の方々へ・・・・・・どうもすみません、結局、今回もまた、最後に落として終わってしまいました。何しろ、睡眠不足で、頭が異常事態に襲われちゃってるものですから(涙))


 し、しかし・・・

 娘の言い間違いを、しばらくは鼻で笑っていた私でしたが、よ〜く考えてみると、この言葉が、しだいに、人生の本質を的確にとらえ、その深遠な意味を伝えようとしているかのように思えてくるではありませんか。

 そう、あたかも、「生は一日一日の積み重ねであり、人生においては、その構成要素である毎日の朝から晩までが、その人の人生全体の縮図のようなものなのだ。したがって、『今日という一日のうちに自分がとる言動のひとつひとつが、人生の全体に影響を与え、自分ならではの人生を形成していくのである』という深い認識のもとで、一挙一動を大切にしながら生きていきなさい」と、何者かが、私に教えさとしてくださっているかのように・・・。


 おお! おお!! (← 開眼)


 そういえば、昨日はクリスマス。きっと、この御言葉は、サンタさんからのプレゼントであるに違いありません(?)。


 そこで、再び、至上の名言。


「人生、日々これ人生。」

      (by 飯田真緒、8歳、Japan)

 

 う〜ん、この名言の絶妙なニュアンスを、全世界の悩める人々にうまく英語で伝えるためには、どのように訳せばいいのでしょうか?



12月17日版

 
ご、ごめんなさい!

 このところ、カウンターの進行が速いようなので、みなさん、「もうそろそろ更新されているんじゃないか」と期待して、毎日のように開いてくださってるんですね?(笑)

 ここに書きたい楽しい情報が、たくさんあるのですが、論文『価値観コントロールの観点からみたメンタルヘルス・マネジメントの基本原理 〜経営学的アプローチと医学的アプローチの統合的考察』(仮題)の提出締め切りが目前に迫っており、寸暇を惜しんで本業の仕事をしているものですから、残念ながら、HPを更新する時間がありません(涙)。

 だって、お尻にがついちゃってるんですよ。

 崖っぷちに、追い込まれちゃってるんです。

 絶体絶命、四面楚歌、獅子奮迅(あれ?)。

 締め切りまで、あと1週間しかないんですから。

 いま、珍しく、真剣&本気モードに入ってるんですよ。

 まさに、「出産寸前でいきんでいる妊婦さん」状態なんです。

 どうか、もうしばらく、お待ちくださいませ!


 というわけで、今夜も、執筆、執筆・・・

(うっ、い、いかん・・・

  これだけ書くために、10分も使ってしまった!!)



11月26日版

  
みなさん、どうもありがとう!

 前回の更新内容を見て、たくさんの方々が、励ましのご連絡をくださいました。くわしいことを何も書かなかったことが、いろいろな憶測を生んだようです(笑)。お一人ずつにお返事する時間がありませんので、この場を借りて、失礼ながら、まとめて御礼申し上げます。


 いただいたご連絡の中には、さまざまな「スランプ脱出」のアイデアが書いてあり、感心してしまいました。詩を書いてくださったり、温泉・飲酒に誘ってくださったり、ストレッチやアロマテラピーや食事療法のヒントが書いてあったり。

 しかし、特に多かったのが、なんと、私自身の著書の中から、効果的な文章を引用して励ましてくださった方々でした。中には、「あれ? こんなこと、本に書いたっけ?」などと、書いた本人でさえも忘れてしまっている文章が、いくつも(笑)。でも、調べてみると、確かに、数年前の自分が書いた文章でした。

(私は、いつも未来を向いて進歩していたいので、過去の著書を読み返すことは、ほとんどしないんです。過去の著書に書いたことは、確かにその時点での私の主張なのですが、後になって自分で読み返すと、著者本人だからこそわかるミスや問題点が目について、後悔ばかりすることになるからです。でも、出版業界の常識に抵抗し、ゴーストライターなんか全く使わないで、すべて私が自分自身で書いた文章ばかりですから、どうかご安心くださいね。昔の私が書いた文章も、確かに、その当時の私が確信を持って書いたものであることには、変わりはないのです。)

 つまり、読者のみなさんは、かつて、私の著書によって元気になったご経験をお持ちなので、その効果を、私自身にも教えてくださったのです。いただいた引用文を拝読していると、「なるほど、昔の自分は、このようにして、人々を癒し、励ましていたのだな」と、大いに刺激を受けました。

 おかげさまで、来月末が締め切りの、「生きがい論」シリーズ新刊の執筆に向けて、大いに「初心に帰る」ことができました。そう考えると、ここしばらくの私のスランプは、「難しく考えすぎたり、周囲に余計な配慮をしたりしないで、自分の信念をそのまま世に問うていた、あの頃の初心に戻りなさい」という、神様からのメッセージであったのかもしれませんね。


 娘と観に行った「ハリー・ポッターと秘密の部屋」の映画からも、「勇気と正義感」という大きなパワーをもらって、ようやく、スランプ脱出まで、あと一息というところまで回復してきました。この映画、おすすめです!(無駄な暴力シーンやエッチなシーンが全くない健全な映画なので、どなたでも文句なく楽しめますよ)

 今週末には、空路はるばる出張して、南**病院の筋ジス患者さんたちの集まりで講演してまいります。12月は公務&論文・著書執筆で超多忙のため、年内にお受けしている講演は、これが最後。(というか、重要な公務から解放される来年4月はじめまでの間は、もう講演は全くお受けしていませんので、講演活動は4ヶ月間以上もの長期冬眠に入ります)


 12月はじめには、PHP文庫から、『ブレイクスルー思考』の文庫版も出版されます。ハードカバー版の表紙を変更し、例の「生きがい論」シリーズの表紙に新調しましたので、どうぞお楽しみに!



11月22日版

 
しばらく更新できなくて、ごめんなさい。


 なんだか今ね、スランプなんですよ。

「心」がね、寂しがってるんです。

 日々の生活は忙しくて充実してるのに、

 寂しくて寂しくて、たまらないんですよ。


 そんな時って、ありませんか ?



11月8日版

 
長らくお待たせいたしました。

「私のおすすめはこれです!」

のページを、例によって、きわめて大げさな口調で更新しましたので、どうぞご覧ください。(いったん表紙ページに戻ってから、かわいいタマちゃん?の絵の下にある文字を、クリックしてくださいね)

 きっと、あなたに、新たな世界が広がりますよ。

 フフフ・・・


10月30日版

 
ふう・・・

 はるばる、九州の鹿児島まで、行ってまいりました。鹿児島県立鹿児島盲学校の「100周年記念式典」の、記念講演を依頼されていたのです。70分ほどの講演でしたが、会場のホールには、盲学校(中学・高校)の生徒さんたちや親御さんたち、そして卒業生の方々が、400名近くも集まってくださり、おかげさまで大盛況でした。私の講演タイトルは、「人生の価値 〜私たちは、なぜ生きているのか」というものでした。

 さっそく、鹿児島盲学校の先生から、次のようなメールをいただきました。

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 何事もなく、無事にお帰りになられたでしょうか。

 講演会は、本当にありがとうございました。お忙しい中、はるばる鹿児島までおいでくださり、また、朗読CDまで寄贈していただき、一同感謝の気持ちでいっぱいです。

 その後の反響も大きく、在校生だけでなく同窓生の方々などからも、いただいた朗読CDの貸し出しを希望する声がたくさんありました。寄贈していただいたCDは、学校の図書館で保管し、児童生徒・保護者・職員等に貸し出しをする予定ですが、同窓生については難しい状況です。そのため、鹿児島県点字図書館に1部置かせていただき、同窓生にも貸し出せるようにしたいと思いますが、いかがでしょうか。著作権等の問題など、ご迷惑がかかるようなことがないようにしたいと思っておりますので、ご返事をいただければ幸いです。


********************

 そこで、さっそく、次のようなお返事を差し上げました。

********************


 こちらこそ、講演の機会を与えてくださり、本当にありがとうございました。
 無事に、福島に戻りました。

 点字図書館の件、了解いたしました。発売元にはナイショで、私の責任で許可いたします。どうぞ、ご自由にお使いください。その方が、私のCDも喜ぶと思います。

 また、何かの機会にお会いできますことを、楽しみにいたしております。


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 ・・・というわけで、私が当日差し上げた朗読CD3本のうちの1本が、鹿児島県点字図書館に寄贈されることになりました。やはり、届くべきところに、きちんと届いてくれるものですね。

 それにしても、鹿児島は暑かった・・・

 それに対して、私の仕事部屋(兼ベッドルーム)の窓から見える福島周辺の山々(吾妻連峰や安達太良山)には、もう雪が積もっています。福島駅から1時間で標高1600メートルにまで登れる「磐梯吾妻スカイライン」も、すでに降雪のため閉鎖になったとのこと。道路が今度開通するのは、来年のゴールデン・ウイークになるのです。

 そう、福島って、東京から新幹線で87分(東京郊外から都心に通勤するのと変わりません)しかかからないのですが、けっこう北国なんですよ。おおざっぱに数えただけで、我が家から車で1時間以内に、スキー場が6つ以上、雪が積もる温泉地が10ヶ所以上もあるんです。周囲には、高山・高原・湖・湿原なども数多く、1年中、リゾート気分で暮らせます。広島で育って松山(愛媛大学)で青春時代を送った妻も、今ではすっかり東北・福島を気に入ってしまい、真顔で、「お父さん(私のこと)、職場を変えるなら、単身赴任でよろしくね」と、のたまっておりました。

 さっそく、明日は、愛車(ホンダの「オデッセイ」と、ローバーの「ミニ」)をディーラーに連れて行って、スタッドレス・タイヤに履き替えさせます。だって、慣れてしまうと、雪道を走るのって、とっても楽しいんですよ。福島から、ちょっと早起きして足をのばせば、会津磐梯山、裏磐梯高原、蔵王連峰、栗駒高原、月山、鳥海山、那須高原、日光戦場ヶ原、岩手山、八幡平、田沢湖高原、十和田湖、八甲田山など、みんな日帰りコース。大自然に囲まれて、雪景色と冷たい空気の中で入る露天風呂が、これまた最高なんです。

 ああ、早く今年も、吹雪の中で露天風呂に入る、あの幸せを味わいたい!!

(うっとり・・・)



10月20日版

 
先日、大阪の「アスニ大阪」(夫に先立たれた奥様方の互助組織)からのご依頼で、講演をしてきました。「アスニって、何の略なんですか?」と質問すると、「明日に向かって」の「明日に」をカタカナにしただけなんですよ、とお教えくださり、「なるほど! それはいいネーミングですねぇ」と、思わず納得。おかげさまで、大阪城わきのドーンセンター(旧・大阪市女性総合センター)に、入りきらないほど大勢の方々がおいでくださいました。

 ところが、当日、驚いたのは、半数近くを、男性(妻に先立たれた夫)が占めていたことです。事務局の方によると、講演会の直前に、せっかくの講演会だから外部の方にも開放しようということになり、「配偶者を亡くした方のみ参加可能」という条件で、大阪の地元紙に小さな案内を載せたとのこと。すると、当日になって、妻を亡くした男性たちが続々と来場してくださり、かなり用意していた席が足りなくなって、大あわてだったのだそうです。

 講演中も、私が話をしながら会場を見回してみると、男性の方々も、ポロポロと大粒の涙を流しながら、それをぬぐおうともせず真剣に聞いてくださっていました。あとでいただいたご連絡から判断すると、私の著書は未読のまま、新聞に掲載された小さな案内だけを頼りに、「いったいどんな話なのだろう」と興味を抱いて来場くださった方々が多かったため、はじめて聞く私の講演内容に、大きな衝撃を受けてくださったようです。「最愛の妻を亡くして以来、癒しを求めて色々な人の講演会に行ってみましたが、飯田先生のお話は、それらをはるかに上回るインパクトでした」とか、「単なる慰めや癒しというレベルを超えた、想像を絶する現実的な内容に驚きました」というお手紙も、何通もいただきました。(ちなみに、講演タイトルは、「愛する人と、また必ず会える 〜その時まで、この人生の過ごし方」というものでした)

 考えてみると、「夫に先立たれた妻」の互助組織は全国にたくさんありますが、「妻に先立たれた夫」の互助組織は、聞いたことがありません。もちろん、どこかには存在するのでしょうが、圧倒的に、「夫に先立たれた妻」の互助組織の方が多いはずです。その理由としては、男性は割とすぐに再婚すること、男性は女性のように「組織」を作ってまで助け合おうとする性質を持たないこと、などが考えられます。しかし、一方では、「先立った愛する妻以外の女性には、どうしても興味を持てない」という男性も少なくないはずですし、今回の講演会のような「癒しの場」に対する、潜在的なニーズが確かに存在するのだということを、痛感いたしました。

 また、いただいたお手紙の中には、「これまで、宗教家や小説家の講演を聞いても信用できなかったが、国立大の教官である飯田先生が、あくまでも学問的な人生論として語るのを聞いて、はじめて信じることができた」というお言葉もありました。どうやら、女性に比べて男性は頭が硬く、私の肩書きや学者としての姿勢を通じて、私の講演内容を信頼くださる傾向があるようです。その意味でも、自分ならではの活動の存在意義を、あらためて感じさせていただきました。

 私は現在、医療・教育・福祉機関からのご依頼に絞って無償の講演活動を続けていますが、大学内での重要な公務(これが激務なんですよ!)が任期切れになる(であろう)来年の4月以降は、より講演活動に時間を割いて、自分の使命を果たしていきたいと思っています。

 そういえば、2週間ほど前に、こんなことがありました。

「11月**日に、**市民会館の大ホールが取れましたので、1時から3時まで講演をお願いします。藤本美貴(仮名)、携帯電話:***−***−****」

とだけ書かれた簡潔な依頼状が、ある女性から届いたのです。文字や便箋・封筒から察するに、中年女性のような印象でしたが、とにかく、どのような事情で講演をご依頼くださるのか、何の情報も書いてありません。しかも、私の都合は全く考慮しないで、何の相談もなく、もう会場を取ったというではありませんか!

 私は困り果てて、仕方なく、唯一の連絡方法である携帯電話にコールしました。(よほどのことがない限り、私が電話でお返事することはありません)

私「あのぅ、どのようなご事情で、講演をご依頼くださったのでしょうか?」

女性「え? 事情って、何ですか?」

私「たとえば・・・藤本さん(仮名)は、何かの組織を代表してご連絡くださったのですか?」

女性「組織って、何ですか?」

私「たとえば、学校とか、病院とか、施設とか、会社とか・・・」

女性「いえ、私は、個人ですけど・・・」

私「ということは、ほかに誰も、共同で主催くださる方はいらっしゃらないんですね?」

女性「はい。こないだ先生の本を読んで、とっても感激したので、これは多くの人にお伝えしなければと思いまして・・・」

私「それは嬉しいのですが、藤本さん個人で、どうやって参加者を集めるおつもりなんですか?」

女性「友達とかに、声をかけようと思いまして・・・」

私「でも、**市民会館の大ホールといえば、たぶん2000人くらい収容できるはずですが、そんなにたくさん、お友達がいらっしゃるんですか?」

女性「いえ、べつに、ガラガラでもかまわないんです。集まってくれる人だけで、小ぢんまりとやればいいと思いまして・・・」

私「それならば、大ホールなんか取らないで、小会議室くらいで十分ですよ! 本当に、大ホールを予約しちゃったんですか?」

女性「はい、もう予約したんです。もしかして、たくさんの人が来てしまったらどうしよう、と思ったので、大は小を兼ねると思いまして・・・」

私「そんなもの、来ませんよ。あなたのお友達に声をかけても、常識的にみて、せいぜい十数人から数十人の範囲内ではありませんか? きっと、小会議室で十分ですよ」

女性「ええ、そう言われれば、そうなんですが・・・」

私「2000人ものホールを借りるためには、たとえ有名なミュージシャンでも、半年も前から用意して集客するんですよ。あと1ヶ月もないのに、今から準備して私の講演会なんか開いても、ほとんど人は来ませんよ」

女性「でも、それでもいいんです。私の夢なんです」

私「ゆ、夢だとおっしゃられても・・・そもそも、どんな動機で、私の講演会をご希望くださったんですか?」

女性「動機って・・・」

私「失礼ですが、たとえばご家族を亡くされたとか、ご病気で苦しんでいらっしゃるとか、何か深刻なお悩みをお持ちだとか・・・」

女性「いえ、私自身は、特に何も悩みのない、幸せな人間なんです」

私「それでは、どうして私の講演会を?」

女性「私に何か悩みがなければ、先生の講演会を企画してはいけませんか?」

私「い、いえ、そ、そんなわけでは・・・」(たじろぐ)

女性「私、こないだ先生のご本を読んで、ただ単純に、思ったんです。ああ、この人の講演会を開くのが、私の使命なんだ、って」

私「(む・・・むむむ・・・)」

女性「そういう動機で講演会を開くのって、いけませんか?」

私「い、いえ、いけないわけではありませんが・・・あの、そのぅ・・・」

女性「だからすぐに市民会館に行って、大ホールが空いてる日を調べたら、いちばん近いのが、11月**日だったんです」

私「し、しかし、その日は平日ですし、わ、私にも、スケジュールというものがございまして・・・私の事情というものも、考慮いただきませんと・・・」

女性「ええ、ですから、ああやって、お手紙を書いたんです」

私「・・・・・・」(絶句)

 というわけで、私は困り果ててしまいました。先方の女性には全く悪意はなく、純粋に「講演会を開きたい」と希望くださっているのですが、あまりにも常識はずれの展開で・・・・・・結局、涙ながらに(だから電話は苦手なんです)切々と哀願くださる女性に、精一杯に詫びながら、「現在、諸事情で、医療・教育・福祉機関からのご依頼に絞ってお受けしておりますので、申し訳ありませんが・・・」などと理由を並べて、今回はご辞退させていただきました。

 こういう時って、ありますよね? 相手は「善意のかたまり」のような方で、純粋に「良かれ」と思って言動くださるにもかかわらず、こちらから見ると、どうにも困ってしまう時って。 電話を切ったあと、私は、まるで全身にまとわりつくような、どうしようもない罪悪感に責めさいなまれて、ガックリと落ち込んでしまいました。「このような状況の時、もしもナイチンゲールやマザー・テレサだったら、どう答えるだろうか? キリストやブッダならば、相手の望む通りに、講演を受けてあげるのではないだろうか?」などと、自分の心の狭さを痛感するからです。こんな時は、さすがの私も、「う〜ん、人生って、つらいものだなぁ・・・」と、やり場のない哀しみを感じてしまうのです。


 おっと、今回は、特に流れを決めないで「つれづれなるままに」書き綴ってみたためか、思わぬ奇妙な展開になってしまいましたね。やはり、「秋の夜長」が、このようなセンチメンタルな気分を呼んでしまうのでしょうか・・・


 それでは、今夜はこれにて。


10月11日版

 
朗報!

 先日、私の『親子で語る人生論』の韓国語版、
パパ、勉強なんか嫌だし、生きるのもうんざりするわ(朝鮮日報社)
の韓国での販売状況について、

「爆発的な売れ行きではないが、悲観的な売れ行きでもなく、まあまあ順調である」

という連絡が届きました。

 なにしろ、4年前の『生きがいの創造』韓国語版の売れ行きは、立派な新聞社から鳴り物入りで出版したにもかかわらず、泣きたくなるほど「さっぱりダメ」でしたから、再起をかけた復活戦としては、上出来というもの。とりあえずは、韓国での関係者の方々にご迷惑をおかけしないで済み、ほっと安心しました。

 著書であれ何であれ、おそらく「作者」として最も心を痛めるのは、自分の作品を世の中に出してくださった制作・販売関係の善意の方々に、「赤字」を出してご迷惑をおかけしてしまうことです。私は、著書の外国語版、朗読CD、絵物語などの著作権料を放棄していますので、それらがいくら売れても、まったく私自身の利益にはなりません。もちろん、売れなかったからといって、私が借金を背負い込むこともありませんが、やはり、制作・販売くださる方々の善意の資金を浪費してしまうと痛恨の思いですし、それらの方々の善意にいくらかの御礼(収益)をお返しすることができれば、このうえない喜びなのです。

 今では、私の著書の韓国語版をお読みくださった方々も、日本語翻訳ソフトなどを使って、このホームページをお読みくださってるかもしれません。韓国人の皆様、私の著書は、いかがでしたか? 私の著書をお読みくださいまして、本当に、ありがとうございます!


 そして、韓国語版の出版を周囲の人々にお知らせくださった、日本人をはじめとして世界中に散在する、このホームページの読者の皆様にも、心から、深く感謝申し上げます。

 PS. 先日、いわき市の「磐城農業高等学校」の体育館で、全校生徒向けの講演(90分)をさせていただきました。その際に、私の著書一式(7冊)を、図書室に寄贈して帰ったのですが、さっそく高校から、「すぐに生徒たちが借りに来ましたよ!」という嬉しいご連絡をいただきました。「自分が親を選んだのだ」「運命の赤い糸(ソウルメイト)は実在するのだ」「人生は自分で計画した問題集なのだ」という私の話の内容が、講演後に、大いに話題になっていたそうです。私が校庭を歩いていると、たくさんの女子高生たちが、「飯田先生、さようなら〜!」と、元気に手を振って挨拶してくれました。農業高校の生徒たちは、素直で素朴で温かくて、とってもかわいかったです。


PS−2. 先日、あるガンの患者さんが、ある病院でお亡くなりになる間際に、その病院に対する不満を口にしながら、

「私、もう2度と、この病院では死なないわ!」

と、名言(?)を言い残されたそうです。私の著書の愛読者で、「人生は一度きりではない」と信じていらっしゃるからこそ、ご本人は大真面目でおっしゃったはずなのですが・・・きっと、医療スタッフの方々には、嫌味のこもったブラック・ジョークとして聞こえたのでしょうね(笑)



10月1日版

 秋ですねぇ・・・

(今夜は、この一言に万感の思いを込めて、失礼させていただきます)



9月24日版

 
昨日、今年の4月で卒業した私の教え子から、嬉しい手紙が届きました。
 実は、最近の卒業生から、この種の手紙を時々いただきます。私は、大学の講義やゼミナールでは、『生きがいのマネジメント』以外の「生きがい論」の著書には全く触れませんので、私が直接に指導する学生たちの大半は、『生きがいのマネジメント』以外の著書は読まないままで卒業していきます。そのため、卒業した後になって、会社の人やお客様から「へえ〜、飯田先生の指導を受けたの? どんな人?」などと聞かれるのをきっかけに、はじめて他の「生きがい論」の著書を読むことが多いのです。
 また、この手紙の中には、最近の新卒社員(若者たち)の、「入社後すぐに転職する」という動向が、その善し悪しはともかくとして、たいへん生々しく描写されていますので、ご参考までにご紹介しましょう。

********************

 
飯田先生へ

 お久しぶりです!!
 先生は、お元気でしょうか?

 私は、*****の営業として、毎日楽しい日々です。お送りした名刺の写真の******という****の営業をしたり、****の****も行っています。

 最近、仕事をしている(社会に出た)中で、飯田先生の存在の大きさを再確認する出来事がありましたので、お手紙しました。
 私は、*****先生という経営コンサルタントの先生のもとで、研修を受けています。(この方は、『*****』などにも連載している、けっこう有名なコンサルタントです)
 そのコンサルタントの先生が、お話の中で、「今までに一番感動した本は、福島大学の飯田先生の本です!!」と、おっしゃったのです。私は、すっごく嬉しくなって、自分が飯田先生のゼミナールに所属しておりましたことを、お伝えしました。そうしましたら、その**先生もびっくりされ、喜ばれて、それ以来、その先生が、ずいぶんかわいがってくださるようになりました。
 その後、その先生との出会いが相当大きなものになっていますので、そのきっかけを飯田先生に作っていただいたことに、本当に感謝しています。福島大の経済学部に入って、飯田先生の入ゼミ試験に合格することができて、本当に良かったです。ありがとうございました!!

 また、先日、飯田ゼミで同期だった***(NTT)が、はるばる会いに来てくれました。久しぶりに休みが取れたので、フリーパスを使って友人めぐりの旅をしているとのことで、ちょっと寄ってくれたのです。いろいろと飯田ゼミの思い出話などもして楽しかったのですが、彼が言うには、「このところ、いろんな奴と会ってきたけど、就職後半年経って、いま元気そうにしてるのは、お前だけだな〜」というのです。
 聞いてみると、やはり、卒業生はみんな、仕事や会社の「理想と現実」のギャップを痛感して、まいってしまっているのだそうです。先生はまだご存知ないかもしれませんが、同期の**ちゃんも、先日、会社を辞めてしまったのです。4月に入社してみたら、予想を超える、すさまじいハードワークだったのです。7月中もまったく休み無しで、終電でも自宅に帰れず、始発で帰って30分ほど仮眠してすぐに出社するなど、さすがに頑張り屋の彼女も、とうとう精神的におかしくなって、退社するしかありませんでした。・・・でも、**ちゃんって、すごいんですよ。その後、すぐに転職先の会社を見つけて、しかも、もともと希望していた**業界の会社なんです。会社を辞めたと聞いた時には、私もかなりショックを受けましたが、今では、かえって転職して良かったと、ほっとしています。

 こうして、飯田ゼミ生は、たいへんなご時世の中でも、みんな頑張っています。私も、その中の一人です。
 今、社会に出てみて特に感じていることは、大学で学んだことの中で、一番役に立っているものは、飯田先生から学んだことです。経営戦略や人事管理の授業内容もそうですし、会社の仕組みや人間関係について、飯田先生に教わった内容と照らし合わせて考えることが多いんですよ。

 先生、どうぞこれからも、学生や社会の方々に、そして私にも、いろいろなことを伝授してください。私は今になって、飯田先生と出会えてご指導を受けられたことで、自分の人生が変わったんだということを知りました!!

 では、また、お会いできると嬉しいです。
 失礼いたします。


********************

 ・・・という手紙でした。

 この手紙にもあるように、近年は、入社後1年以内に退社・転職する卒業生が明らかに増えており、それぞれ、社会の厳しさを味わっているようです。
 しかし、これは同時に、人材の流動化が進み、中途採用が増えているという世の中の流れを反映したものでもあり、経営学者の眼から見ると、望ましい傾向でもあるのです。たとえば、典型的なアメリカ人は、自分の能力や欲求に適した仕事・会社を求めて、一生の間に、平均で10回ほど転職すると言われています。日本社会も、しだいに、ひとつの会社に縛られている時代から、お互いに相性の合う伴侶(会社・仕事)を求めて転職できる時代へと、移行しているのです。そのうちに、「転職は全く恥ずかしくないことだ」という健全な認識が広がり、「会社にとっても自分にとっても望ましい転職」というものを、どんどん求める世の中が、やってくることでしょう。(そうなると、夫婦関係においても、「うまくいかない夫婦は、恥ずかしがらずに堂々と早めに離婚して、お互いに、より適した相手を求めるのが当然」という世の中が、やってくるのでしょうね)

 このホームページは、私の教え子である卒業生の皆さんも、見てくださっているかもしれません。時々、「せっかく就職したのに退社してしまって、飯田先生に恥ずかしい思いをさせて、ごめんなさい」という内容の手紙をいただくことがありますが、私は全く迷惑しませんので、どうぞご安心くださいね。それどころか、自分の能力や性格に適した仕事を求めて職場を変わることは、きわめて健全な選択だと思います。どうせ辞めるのならば、こそこそするのではなく、堂々と胸を張って、退社・休養・転職すれば良いのです。
 他人がどのように噂しようとも、自分の人生を決めるのは、自分自身です。他人からの評価よりも、自分の心の奥にある評価基準に照らして、恥ずかしくない、後悔しない行動を取れば良いのです。なぜなら、私たちは、特定の会社や上司のために仕事をしているのではなく、「宇宙と地球のために担うべき、自分ならではの役割」(宇宙から自分が与えられた能力・性格に最適な使命)を、果たすべきなのですから。


 最近、福島は、朝晩が冷え込むようになってきました。大人用の「だっこ枕」を愛用している私なので、空気が寒くなっても、ぽかぽかと人肌の温かさの枕を抱いて、ぐっすりと眠ることができます。
(おっと、秘密を暴露してしまいました!)
 みなさんも、風邪をひかないように、そして熟睡できるように、「だっこ枕」を試してみてはいかがですか? きっと、やめられなくなっちゃいますよ!



9月17日版

 
前々回の更新でお知らせした、私の『親子で語る人生論』の韓国語版、
パパ、勉強なんか嫌だし、生きるのもうんざりするわ(朝鮮日報社)
 について、先日、その「朝鮮日報」に、以下の広告が載りました。
(17cm × 22cmの、かなり大きな広告です)




 
広告のキャッチフレーズは、

「大人になる道のりで誰もが経験する疑問と誘惑を、人生論の専門家である著者が、180度裏返してみせる」

 と書かれています。たいへん嬉しいお言葉ですよね!


 なお、日本で購入・連絡可能な書店の情報が寄せられましたので、お知らせいたします。次の書店さんにご連絡いただければ、本の数量に関係なく(つまり1冊から)販売くださるそうです。

 東京都千代田区三崎町3−4−8 「高麗書林」
 電話: 03−3262−6801
 FAX: 03−3262−6878

 韓国語がわからない方々も、これを機会に、お手元の私の著書のコレクションに、加えていただけましたら幸いです。私の翻訳本を通じて、日韓の皆さんが、より親しみを深めてくだされば本望です。
 韓国の方々が、『親子で語る人生論』の内容に、どのような印象をお持ちくださるのか、楽しみです。日本人にはあまり知られていませんが、韓国は「キリスト教」社会だそうですので、本書の内容ならば、抵抗なく受け入れていただけると思うのですが・・・

 ちなみに、5年前に、「朝鮮日報」のライバル社である「中央日報」が『生きがいの創造』を出版くださった際には、内容が仏教の輪廻思想を流布するもの(つまりキリスト教思想に反するもの)だと誤解されてしまい、残念ながら、韓国ではほとんど受け入れていただけませんでした。確かに、形の上ではそのような誤解を受けやすい内容ではあるものの、『生きがいの創造』の根底に流れる「愛」の思想(その後の私の著書の根幹を成し続ける思想)は、しばしばキリスト教的だと言われるのですが・・・宗教というものは、そこまで「形」にこだわるのでしょうか?
 その後も、私の著書を韓国語に翻訳くださるというご希望を、韓国人の方々からいただいたのですが、いずれも韓国の出版社から、「キリスト教思想に合わないので、韓国では売れない」と判断されてしまい、出版には至りませんでした。特定の宗教を持たない一般の日本人には、なかなか理解できないことですが、世界的には、このような反応が普通なのです。
 その点、『親子で語る人生論』は、「形」のうえでの抵抗は無いはずですから、きっと、韓国の方々にも、受け入れていただけるのではないかと期待しています。かつて、『生きがいの創造』の内容で、韓国では惨敗を喫した私にとって、今回の韓国での出版は、まさに復活戦でもあります。もしも、今回もまた営業的に失敗すれば、もう2度と、私の本が韓国語化されるチャンスは得られないことでしょう。しかし逆に、もしも今回の翻訳が成功すれば、『愛の論理』など宗教的問題の少ない著書から、また翻訳出版してくださるとのこと。実は、私の「生きがい論」の韓国での生命にとって、本当に大きな勝負がかかっているのです。『生きがいの創造』の挫折から復活しようと立ち上り、リベンジをかけた『親子で語る人生論』・・・さあ、どこまで、がんばってくれるのでしょうか?

 どうか皆さんも、「生きがい論」不毛の地である韓国に乗り込んで苦労している『親子で語る人生論』(
『パパ、勉強なんか嫌だし、生きるのもうんざりするわ』朝鮮日報社)を、応援してやってくださいね!!


9月11日版

 先週末は、ある病院で、医療スタッフ(90名ほど)向けの講演をさせていただきました。講演の途中で、最前列の中央に座ってくださっていた院長先生(まったくの初対面です)がポロポロと涙を流してくださり、うっかりその姿を見てしまった私も、思わずもらい泣きしそうになって、こらえるのに必死でした。きっと、長い年月で出逢ってきた(あるいは亡くなっていった)多数の患者さんたちへの思いが、院長先生の心を揺り動かしたのでしょう。

 また日曜日には、ある病院のホスピスに入っている末期ガンのお母さんを、縁あってお見舞いしました。幼くして父を失い、中学生にして母も先立とうとしている、そんな状況にありながらも、懸命に母を看病しているお子さんたちの姿に、胸を打たれました。「いずれ、お嬢さんが結婚なさる時には、私が結婚式で親代わりの役をつとめますから、どうぞ安心してくださいね」と約束すると、「ああ、これで何も思い残すことは無くなりました!」と、心底から安堵の表情を浮かべてくださいました。お嬢さんも、「それじゃ飯田先生は、これから私の親族なんですね!」と喜んでくださったので、私も「嫌がられなくて良かった・・・」と、ほっとしました。
 病室を出る際に、お母さんが、「これで飯田先生に会えるのも、本当の最後ですね」とおっしゃるので、私は、「またこの秋には、こちらに来る予定がありますから、まだご健在であれば必ずお見舞いに来ますよ。もしも、それまでに先立たれたなら、それはそれで、自由の身で遠慮なく話しかけてきてくださいね。つまり、どちらにしても、また必ず会えますから、何のご心配もいりませんよ。それじゃ、いずれにしても、またお会いしましょう!」と、にっこり笑って元気よく退室しました。
 その夜、お嬢さんから、次のような嬉しいメールが届きましたので、ご紹介します。

********************

飯田史彦先生

今日は病室まで母を訪ねて下さり、
本当にありがとうございました。
母は、先生からたくさんパワーを頂いたようで、
今日はあれからいつになく元気です。
普段でしたら、食事が終わって一段落するとすぐに横になり、
朝より、昼、昼より夕方と、
体がだるくなってきてしんどいようなのですが、
なんと、今日の夕食後は、まだ一度も横になっておらず、
今もテレビを見ています!!
テレビは疲れるようで、ずっと見たことがなかった母がです!

「病は気から」とよく言われますが、
本当に実感しています。
母が大好きな先生にお会いでき、
近しくお話する事が出来た感激が、
大きなパワーになっているようです。
本当にありがとうございました。

これからも出来るだけ長く、楽しく、
一家団らん出来ればいいなぁと思っております。
お忙しい中、本当にありがとうございました。

取り急ぎ、お礼まで。
本当にありがとうございます。


********************

 ・・・というわけで、私は思わず


 

 
と、喜んでしまいました。お母さん、そしてお嬢さんと息子さん、また必ずお会いしましょうね。そして、お嬢さんの結婚式では、私が必ず親代わりの大役を果たしますから、どうぞご安心ください(何年後になるのか、今から楽しみです!)。


 さて、前回の更新でお知らせした、私の『
親子で語る人生論』の韓国語版、
パパ、勉強なんか嫌だし、生きるのもうんざりするわ(朝鮮日報社)
 について、先日、その「朝鮮日報」に書評が載りました。

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 苦悩する青少年に伝える人生論

 イイダ フミヒコ著、キム ジョンムン翻訳 
 『パパ、勉強なんか嫌だし、生きるのもうんざりするわ』

”なぜ命は大切なの? なぜ生きていかなければならないの?”
 大学生の娘が聞くが、きちんと答えることが出来ない母親。しかし、「死にたいと」言う娘の言葉に、パパは”めでたいことだ”と喜ぶ。希望する高校の受験に失敗し、落胆する息子まで加わって、四人家族による、人生に関する興味ある対話が始まる。
 一見、荒唐無稽に聞こえる人生に関するパパの仮説は、生きることの意味を探せなかった子供たちに対して、著者が伝えようとするメッセージ。 人々は自分の意思で親を選択し、この世に生まれ、私たちの「心」がすでに計画しておいた「人生」という学校で、適切な時期に与えられる試練に耐えながら学び、かつ成長する。運命とは、「いつ、どのような試練に直面するか」という学びの計画であり、どの道を選ぶかは、自分の意思によるものであるという。
 経営心理学者として、「人生の意味や価値」に関する無料慈善講演を続けている著者は、 "生きて、愛して、学びなさい” と訴える。一歩間違うと陳腐に聞こえてしまいがちな話であるが、生動感に満ちる対話体によって、やさしいながらも意味深く、読者に迫ってくる。 
 (キム ユンドク記者)


********************

 ・・・というわけです。私はまたまた


 

 と、喜んでしまいました。キム・ユンドク記者さん、私の執筆意図をきちんと読み取ってくださり、本当にありがとうございました!

 この勢いで、久しぶりに、皆様お待ちかねのページを更新しようか、それとも新企画を公開しようかと計画しておりますので、どうぞお楽しみに!



9月4日版

 特報!

 私の『
親子で語る人生論』が、なんと、
 韓国最大の発行部数を誇る新聞社
「朝鮮日報」社から、
 韓国語で出版されました!!

 ただし、書名は、朝鮮日報社で何度も会議が行われた末、『親子で語る人生論』では硬すぎて韓国では売れないと判断され、パパ、勉強なんか嫌だし、生きるのもうんざりするわ』というタイトルに変えられてしまいました。最初は「え〜っ、そんなぁ・・・」と思いましたが、その後、じっと見ていると、「なるほど、この方が、興味を引きやすいよなぁ」と感心するようになり、今では大変気に入っております。(日本では、大学内での厳しい立場上、この種の軽いタイトルで出版するわけにはいきませんが・・・)


(表紙)


 
この表紙には、どう書いてあるかと言いますと・・・

********************

『パパ、勉強なんか嫌だし、生きるのもうんざりするわ』
              飯田史彦著 ***翻訳

Live 生きる目標もなしに

Love さまよう子供たちに

Learn 親が語る人生の話

********************

 という内容の韓国語だそうです。
 そして、


(裏表紙)


 この裏表紙の下の方には、

********************

 日本で累計100万部を超えるベストセラー作家であり、
 生きる価値に目覚めさせてくれる人生論の専門家であり、
 日本中を回ってボランティア&チャリティ講演会を行う著者が、
 苦悩する青少年たちに伝える、
 真理を超えた興味深い人生論

********************

 と、宣伝文句が載っているのだそうです。

 ちなみに、中身をちらりとのぞいてみますと・・・

(第1章の冒頭部分)


(さて、ここは、どこでしょう?)


 
・・・という感じです。
 朝鮮日報に広告や書評も載せてくださるとのこと。本当に、ありがたいことです。おかげで私、韓国の方々が、大好きになってしまいました。

 日本人の皆さんも、「韓国語のテキスト」として、日本語版と比較しながらお読みいただければ、とっても楽しく勉強ができるはずです。韓国語の先生がいらっしゃいましたら、どうかサブテキストとして、学生たちに勧めてみてくださいませ。あなたの周囲に、韓国語ブームを巻き起こしましょう!
 それに、すべて会話文ですから、韓国語で会話する際に、そのまま参考になること間違いなし! 韓国人のお友達や、韓国語を習っている日本人のお友達に、ぜひとも教えてあげてくださいね。
(何しろ、韓国を代表する新聞社が出版してくださったのですから、翻訳の質も高いに違いありません・・・よね?)

 日本の書店でも、「韓国最大の新聞社『朝鮮日報』から出版されたばかりの、著者が飯田史彦氏の本」と指定し、上記の韓国語の書名を書けば、「外国書」扱いで入手できます。今なら出版されたばかりで、韓国の書店に置いてありますから、輸入・入荷も早いはず。
 その他、「日本でも、ここに行けば置いてあります」とか、「インターネットで入手可能」などの貴重な情報がありましたら、どうか、「960−1296 福島市 福島大学 飯田研究室」までお教えください。このHP上で、公開させていただきます。

 どうぞ、よろしくお願い申し上げます。



8月26日版

 ふう・・・

 ようやく、長旅を終えて、福島に戻ってきました。

 徳島県池田町にて小学校の校長先生からのご依頼で講演したり、標高3000メートル級の山で右足を負傷したり、負傷した足が痛むあまりに岐阜県の高山駅前からタクシーに乗ろうとすると、「はとタクシー」のナンバープレート「29」の車両の運転手に「歩いて10分かからないよ、そんな近いとこ歩いて行ってよ」と、今どき珍しい悪質な乗車拒否にあったり、仕方なく続いて並んでいた2台目の「はとタクシー」の運転手に哀願しても、「あそこの信号機を右に折れて5,6分だよ」と、またしても乗車拒否されたり(皆さん、これほど無慈悲な高山市の「はとタクシー」に乗るのはやめましょう!)、おかげでますます足の負傷が悪化して発熱したり、「生きがいメディカル・ネットワーク」の総会に出席して大いに盛り上がったり、総会の余興として長良川の「鵜飼い」を心ゆくまで楽しんだり、調子に乗って痛む足で登った岐阜城(稲葉山城)で、時空を超えてさまよっている戦国武者たちに関わりすぎてダウンしたり、親父とユニバーサル・スタジオの「ウォーターワールド」で水しぶきをあびた後に「バックドラフト」で火あぶりになったりと、悲喜こもごもの10日間でした。

 まだまだ、お話したいことは山ほどあるのですが、なんと、8月末が締め切りの論文&原稿を3本も抱えておりますため、今週中はテンテコ舞いの状態です。しかも、木曜と金曜は、丸2日間、福島県自治研修センターで「組識活性化講座」の講師を務めなければなりません。そのうえ、この大ピンチにもかかわらず、貴重な週末は、大学で受け持つゼミナールの「新入生歓迎キャンプ」・・・このままでは、キャンプ場のテントの中で、パソコンに向かう羽目に。

 つきましては、「なんと、私のあの本が、韓国最大の新聞社から翻訳出版されました!」の大ニュースを含む次回の更新まで、もうしばらくお待ちください!



8月14日版

 前回の更新内容を受けて、その後、「そんなことはありませんよ。飯田先生の見解は、決して、愛情が浅いために出てくる説ではないはずです」という、励まし(?)のご連絡を、たくさんいただきました。

 もうお察しのとおり、私は、読者の皆さんに問題提起を行って、いろいろと考察を深めていただこうとしたのです。「正解」はありませんが、それぞれの人が、「自分なりに、現時点で最適」だと思う人生観・死生観を形成していただければ、それこそが私の本望です。なにしろ、『人生の価値』以降の私は、「こう考えるのがベストである」という教示的な言い方(私が「教祖」になってしまうような書き方)を極力避けて、読者の皆さんが自分自身で解答を見出してくださるように配慮していますので・・・

 ただし、そんな私の意図を理解してくださらず、「飯田先生は最近、過去の自分の著作を否定するようになってきた」とか、「飯田先生は、自分で真理だと思ってはいない内容を、いい加減に著書に書いているのではないか?」などと、私の「変化」を疑って悪口を言う人々が出てきたのは、覚悟していたとはいえ、悲しいことです。
 かつての「生きがい論」3部作は、「読者を癒すこと」を主目的として、意図的に、「読者にとって都合の悪いことには触れずに、読者が喜ぶであろう情報だけを集めて書いた本」なので、確かに「癒し」の効果は抜群である反面、あまり読者の成長をうながすことはできません。その結果、まるで麻薬のように、私の著書に依存し、頼ってしまうだけの方々(例えば、『生きがいの創造』だけを繰り返し読んでは、「あの世はあるのだ」と安心なさるような方々)が世の中に蔓延してきたため、「これでは宗教と同じではないか!」と、私自身が猛反省をしたのです。宗教を否定するつもりはありませんし、人間に「信仰心」は必要なものだとは思いますが、私自身が宗教家になるつもりは、全く無いからです。むしろ、私など、宗教家には、ふさわしくない人物だと自覚しています。
 それゆえに、その後に発表した『人生の価値』以降の著作では、なるべく読者の思考に「ゆらぎ」を起こすような多様な価値観を示したり、私自身が苦しみながら自問する作業(を演じること)を通じて、読者の皆さんに、「自分自身の思考と決断による本当のブレイクスルー」を果たしていただけるよう、うながしてきました。なぜなら、私が「生きがい論」3部作を通じて学んだ限界は、「読者を癒すだけでは、宗教と同じ効果の麻薬になってしまい、私が求めている真の解決には至らない」ということだったからです。したがって、「単に読者を癒すという表面的かつ一時的な効果にとどまるのではなく、読者の精神的成長をうながすことにより、より本質的かつ永続的な効果を生み出すような著作こそが、私が世に問うべきものなのではないだろうか?」と、私はようやく気づいたのでした。教示的に「真理」を解く本であれば、すでに優れた宗教書がたくさん存在していますので、今さら、私のような者が同じ事を上書きする必要はありません。
 現在の私は、このような観点から執筆方針を立てていますので、私自身は、「生きがい論」3部作で自分が記した内容を、決して疑っているわけではありません。むしろ、それらの内容が真理であることを、自分自身の体験を通じて、「あまりにも当然のこととして知っている」からこそ、あえて「真理」という言葉にこだわる必要性を感じないのです。私に言わせれば、「真理」という言葉にこだわる人は、本当は内心で、それが真理であることを信じきることができないでいるために、その反動で、「それが絶対に真理なのだ」と、必死で強調したがるのです。
 私が知る限り、本当に真理を確信している人は、わざわざ「これが真理である」などという直接的な表現は使いません。そのような言い方では、せいぜい、視野の狭い精神世界マニアを喜ばせることしかできないことを、知っているからです。本当に真理を確信している人は、そのような危険で安易な方法は使わないで、例えば「小説」や「芸術」や「日々の行動」などの形で、間接的に、しかし効果的に、真理を表現しようとするものです。

 おっと、話が長くなりましたが、要するに、前回の更新も、私なりの手法で、読者の皆さんに、「自分なりの生き方(死に方)」について、考察を深めていただけるような「材料」を提供したのです。もちろん、私自身も、「まだまだ自分には愛情が足りない」と自覚してはいますが、決して、今回の親友の奥様の件をきっかけに、過去の自説を撤回してしまうわけではありませんので、どうかご安心くださいませ。


 また、「親友の奥様の手術の成功をお祈りしております」というご連絡も、多数いただきました。「その後、どうなりましたか?」というお問合せも少なくないので、ご報告いたしますと、手術は無事に成功したそうです。ただし、手術後は、体力の消耗がかなり激しく、丸3日間、ほとんど眠っているとのこと。ご主人は、毎日24時間、つきっきりで看病なさっています。「このお盆休みを乗り切れるかどうか」という状態らしいので、とにかく、今は、ご夫妻のがんばりを応援することしかできません。
 このたびは、私のプライベートな心配事に、読者の皆さんを巻き込んでしまい、申し訳ありませんでした。(しばしば、「飯田先生には、悩みなんか無いんじゃないですか?」などと誤解を受けますが、私も皆さんと同様に、毎日いろいろと、心配事ばかりしている小市民なのです)


 PS.
 読者の方からのお知らせによると、セブンイレブン系の有名なオンライン書店「esbooks」のサイトに、私が先日発表した『働くことの意味がわかる本』(PHP)の書評が載っていたそうです。その書評では、書店の店長さんが、最高ランクの評価である「5つ星」を付けてくださっており、そのうえで、次のようなコメントをくださっているとのこと。

 「結局、働くことの意味は自分で作るということ。しかし、ここまでたくさんのヒントやアングルを示すとは、すごい。就職活動学生に読んでほしいと思ったけど、いやむしろ、若手を指導する管理職が読むべきかも。」

 実際に、「さっそく、社員に配った」という社長さんから、お手紙もいただきました。
 店長さん、嬉しいコメントを、どうもありがとうございます!


 それでは、皆さんに、良い「お盆休み」が訪れますように!



8月8日版

 いろいろあって、しばらく更新できなくて、ごめんなさい。


 今、私の親友の奥様が、末期のガンであるにもかかわらず、おそらく最後の手術に挑もうとしていらっしゃいます。お医者さんの、「もう回復の見込みはないし、いまさら手術しても、かえって身体が弱ってしまうだけなのだから、もう手術しないでも良いのでは?」という意見を受け止めながらも・・・

 このような時、これまで私は、こう考えてきました。「手術をした結果、もしも容態が急変して亡くなったり、意識を失ったり、話ができなくなってしまったら、元も子もない。それよりも、今回の人生での寿命の終わりを素直に受け入れ、良い意味であきらめて、危険な手術は避け、残されたわずかな日数を、家族との交流のために使う方が良いのではないか」と。

 しかし、親友夫婦、特に奥様のご意志は、「私は最後まであきらめない。治す方法がわずかでもあるならば、どんな危険を冒しても、死の瞬間まで、治そうと挑戦する」ということでした。もちろん、看護婦をなさっていた奥様ご自身が、ご自分の死期が近いことを、誰よりも自覚なさっています。それにもかかわらず、「私の命は、もう長くない。だからこそ、最後まで治そうと努力する」とおっしゃるのです。
 それは、「お母さんは、最後まであきらめなかった」という、何より貴重な人生訓を、お子様たちに向かって、高らかに残すためでした。「自分は、本当に最後の最後の瞬間まで、あなたたちと一緒に生き続けて、あなたたちを育てようとしたのよ。つらい手術を何度も重ね、過酷な治療法を受けて、どんなに苦しい思いをしてでも、あなたたちと一緒に肉体を持って生き続けたいという意志を、最後まで決して放棄しなかったのよ」というメッセージを。

 私は、母が子を想う愛情のすさまじさに、打ちのめされました。それはもう、「感動した」などという、なまるぬい言葉では表せません。まさに、「ショックで打ちのめされた」のです。これまで、「死ぬ時には、ニッコリ笑って、『それじゃ、またね』と死んでいきましょう」などと無邪気に書いてしまっていた自分が、とても恥ずかしく、情けなくなりました。

 私には、愛する家族を残して死んでいく人の気持ちが、本当は、わかっていなかったのです。この世には、「何が何でも、どうしても、絶対に、この人たちと、今回の人生を、ずっと一緒に生き続けたい」という、激しく切実な感情があるのだということを。
 私は、そこまで、人を愛したことがないのかもしれません。


 純真な読者の皆さんを騒然とさせた、あの『人生の価値』の正式な続編(解答編?)を、「やはり、隠しておかないで、世の中に公表せねば」という気持ちになってきました。


 明日が、親友の奥様の、人生最後の大手術です。たとえ手術がうまくいったとしても、かえって体力は消耗し、わずかしか残らないだろうと言われています。
 しかし、こうなったら、「最後の最後まで、決してあきらめない」という生き方(死に方)を、子どもたちへのメッセージとして残すことを選んだ奥様を、思い切り、徹底的に、応援するしかありません。

 
「**ちゃん、がんばれ!!」


 8月1日(木)、あの
 『愛の論理』の修正版が、
  文庫となって発売されます!






 発売日まで、あと数日。
  どうぞ、お楽しみに!!

6月26日版

 ただ今、編集者に監禁されて緊急事態&大ピンチのため、更新する時間がありませぬ。
 あと数日で解放されるはずですので、来週までお待ちくださいませ。
 では、執筆、執筆・・・



6月18日版

 
お、終わった・・・

 
試合というものは、いつかは、負ける時が来る。今日が、その日だったということ。ぜいたくを言えば、きりがありません。
 諸外国のメディアが論評しているように、実力的には出場国の中で最低ランクだった日本(私も正直にそう思います)が、まさかの決勝トーナメント進出を果たしただけでも、奇跡というもの。私自身、決勝トーナメントに進めるとは、まったく思っておりませんでした。なにしろ、4年前のワールドカップでは、3戦全敗だったのですから。

 これで、トルシエ監督も、名脇役のダバディ通訳も、選手たちも、責任の重圧から、ようやく解放されます。解散式を終えれば、もう、今回の人生で、同じメンバーが集うことはないでしょう。4年後には、違う監督のもと、半数以上は違うメンバーで、2006年のワールドカップに挑んでいるはず。
試合終了後の選手たちの涙は、試合に負けた悔しさよりも、「もうこの監督のもと、このメンバーでは、2度と戦えない」という、苦労を分かち合った者同志の惜別の涙であったに違いありません。

 大切なのは、試合の勝ち負けではなく、「どれだけの学びを得たか」ということ。今回の日本代表のワールドカップは終わっても、それぞれのメンバーの学びは、これからも続いていきます。私たち日本国民も、この2週間、本当に多くの素晴らしい学びをいただきました。


 サッカーは、思い通りにならないからこそ面白い。
 そして人生も、思い通りにならないからこそ価値がある。

 日本代表メンバーたちの人生も、私たち一般庶民の人生も、これからも続いていきます。選手たちは、またすぐに、4年後のワールドカップに向けて、練習と挑戦を始めることでしょう。私たちも、残りのワールドカップ数試合を多いに楽しんだあと、これからも、「人生という学びの機会」を戦い抜く選手として、大いに日々の自己鍛錬に励み、挑戦していきましょう。

 とにかく、日本代表、よくがんばったぞ!
 すばらしい感動を、本当に、ありがとう!!



6月14日版

日本代表、まさかの決勝トーナメント進出!

日本中、狂喜乱舞だぞ!!
    
 ○※▲〒☆◎%@〜!!!


(感激のあまり言葉が出ませんので、今夜はこれにて失礼)




6月10日版

 
日本代表、歴史的初勝利!
 日本全国、お祭り騒ぎだぞ!!

 ついでに、私の第2の故郷・イングランドも、
  宿敵アルゼンチンに奇跡的勝利!
   わがベッカムも、4年越しの汚名を晴らし、
    う〜ん、とってもドラマティックだったぞ!!

 しかし、まだまだ油断は禁物。
  あと1勝、気合を抜かずにチュニジアを破り、
   念願の「決勝トーナメント進出」を達成するぞ!

 よ〜し、こうなったら、

 
金曜午後3時半、運命のキックオフに向け、
  体調を整えて、死ぬまで長生きしてやるぞ!!


(すみません、今夜は喜びのあまり、支離滅裂になっております)


PS。 結局、最後の望みをかけたインターネットも電話も全く通じず、Wカップ本番のチケットは、1枚も手に入らなかったぞ・・・



6月4日版

 
日本代表、ベルギーと引き分け。
 
よくがんばったぞ!!

 いや〜、燃え尽きました・・・

 私の予想では、実力差からみて、0−2で日本の負けだと思っていたのです。予想通りに2点取られましたが、まさか2点を取り返すとは、予想外でした。これまで、全然点が取れなかったのに・・・やってみなければ、わからないものです。
 二転三転する好試合で、一時は「勝てるか!」と大それたことを考えてしまいましたが、そこで追いつかれて「引き分け」に終わるのが、また良いところ。いや〜、まったく、良くも悪くも、思い通りにならないものです。まるで、人生の喜怒哀楽が凝縮されたような、まさに「人生の縮図」と呼べるゲームでした。

 ただし、次のソ連・・・じゃなかった、ロシア戦は、ベルギーよりもさらに強い相手なので、今度こそ0−2で負けると予想しています。これは悲観主義ではなく、実力差を冷静に分析すれば、(日本びいきのマスコミは別として)こういう予想になるのが妥当というもの。

 しかし、どのような結果になっても、今日のようなファイトあふれる試合をしてくれれば、大満足。みなさん、今度の日曜日の夜、強国ロシア戦も、燃え尽きましょう!

PS.本日、私は大学での「人事管理論」の講義に、「日本代表公式応援メガホン」と「日本代表公式応援扇子」を持っていき、講義の最初と最後に、メガホンを叩きながら勝手にサッカー談義をして盛り上がりました。(実は、大ウケしたと思っているのは私だけで、学生たちは白々しい目で私を見ていたかもしれませんが、この際、周囲の目などに、かまってはいられません。何しろ、おそらく一生に一度の大イベントなのですから)

PS−2.講義の後に学生から、「今夜の日本代表戦、ちょうど他の講義と重なっているんですが、講義に出るべきでしょうか? サッカーを観るべきでしょうか?」と質問を受け、思わず「そりゃ日本代表戦だ!」と即答してしまいました。生涯に残る大イベントをリアルタイムで体験することの方が、今夜の1コマの講義に出ることよりも、彼女の人生において、はるかに大きな価値があると判断したのです・・・「人生の先輩」としてのアドバイスなのですが、「教官」としては失格でしょうか? (でも本心です!)

PS−3.蛇足ながら、私の誕生日(6月3日)を祝ってくださった皆さん、温かいメールやお手紙を、どうもありがとうございました。昨日より、とうとう40歳台へと突入してしまいました。とほほ・・・


 よ〜し、日曜日の夜も、フィーバー(死語)するぞっ!!



5月26日版

 
吹けよ風、呼べよ嵐!

 ・・・と熱望したところ、信じられないことに、本当に豪雨になってくれ、運動会が1日だけ延期になりました。
 おかげで、薬の力で何とか37度台にまで熱が下がった妻は、フラフラしながらも「わたアメ」売り場に立つことができ、しかも今年から、娘の通う小学校の短期大学部の女子大生たちがボランティアとして参加し、わたアメ作りを一手に引き受けてくださったため、妻はただ立って見ていれば済んだとのこと。

 今年の「わたアメ」作りは女子大生たちとの共同作業だと聞いて、「それなら、ぜひ僕が手伝おう!」と活気づいた私でしたが、妻が運営担当の先生に確認したところ、「人手は足りておりますので、わざわざお父様がお手伝いくださるには及びません」と、やんわりと断られたとのこと。やはり、邪念というのは叶わないものです。とほほ・・・
 妻に言わせると、「お父さん(私のこと)は、いっつも大学で女子大生に囲まれとるんじゃけん、もう若い女の子には興味ないじゃろ?」(広島弁)との厳しい指摘。確かに、大学での私のゼミナールは、女性の含有率が非常に高いのですが、それはそれ、これはこれ。男性とは、そういう生き物ですから(私だけでしょうか?)。

 娘も、「かけっこ」の練習ではいつもビリだったらしいのですが、本番では、何と1着に!
 雨上がりの、ぬかるんだ地面だったので、いつもは足の速い男の子たち(娘の小学校では男女が一緒に走ります)が、泥に足を取られて調子が出なかったのに対して、我が娘は平気でルンルン走っていたのが勝因。そういえば、競走馬にも、「重馬場」(雨でぬかるんだコース)を得意とする変わった馬がいるようですが、我が娘も、そういう珍しいタイプなのでしょう。

 かくして、雨と、ボランティアの女子大生たちのおかげで、何とか無事に運動会を切り抜けることができ、ほっとしました。本当に、ありがたいことです。
 このホームページの読者の皆様からも、温かい激励をたくさんいただきました。今では、妻の病気も8分目くらいにまで回復し、私も元気に(でもないか?)大学に出勤しておりますので、どうぞご安心くださいませ。

 また、前回の更新内容をお読みになって、「奥様が、とってもうらやましいです。私も夫が生きていれば、具合が悪い時には看病や家事をしてもらえるのに・・・」と、つらい思いをなさった方々(ご主人を亡くされた奥様方)からも、いくつもお手紙やメールをいただきました。もちろん、それらの方々には、私を責める気持ちは全く無く、ただホームページの記事を微笑ましく読んで、純粋にうらやましがってくださっているだけなのですが、私の方は、大いに反省もいたしました。このホームページは、心に様々な傷(トラウマ)をお持ちの方々が、「癒し」を求めてご覧くださっているのだということを肝に銘じて、今後は、もっともっと、より多くの方々を笑顔にして差し上げられるような内容を、心がけていきたいと思います。
(とはいえ、読者の中には、私の家族ネタのファンの方々も多いので、その種の方々のニーズも考慮しなければなりません。う〜ん・・・やはり、これからも自然体で、私の書きたいことを自由に書くのが、結局は、読者の方々から最もご納得いただけるのかもしれませんね)


 さて、ワールドカップ開幕まで、あと数日!
 これから数週間、私は、仕事が手につきません。

 このような時に、「ふん、ワールドカップなんて、どうせ私には関係ないわ。あんなもの、悩みも何にも無い人々の、能天気なお祭りにすぎないのよ。もっと重要な悩みで、こんなに苦しんでいる私にとっては、どうでもいいことだわ」と、せっかくのチャンスを無視してしまうことほど、もったいないことはありません(こういうタイプの方々は、「うつ病」になりやすいと言えるでしょう)。サッカーに興味をお持ちでない方々も、心に深い傷をお持ちで「サッカーどころではない」という苦境にある方々も、ここはせっかく「生涯に一度あるかどうか」という日本開催ですから、どうせなら、ちゃっかり「便乗」して大いに盛り上がり、日々を生きるパワーをいただこうではありませんか!

 ただし、日本代表チームの勝利だけを願っては、いけません。なぜなら、私の読みでは、「1勝2敗」で、日本代表は予選を通過できないだろうと思われるからです。したがって、勝利を願うのではなく、「自分たちよりも強いチームに対して、全力を出し切る良い試合をして、大いに成長してほしい」と願うのです。そうすれば、失うものは、何もありません。どのような結果になっても、すべては「得るもの」になるからです。
 それに、べつに、日本代表だけを応援する必要もありません。自分の好きな国・行ってみたい国や、テレビ番組・新聞記事などで興味を引いた話題の国々を応援しながら、辛いことや不安を忘れてサッカーの試合に熱中し、一喜一憂するなかで、悩みや病気を吹っ飛ばしてしまいましょう!

 何十年か経つと、これから地球に生まれてくる子供たちから、「
あのワールドカップの日本開催を、リアルタイムで体験できたなんて、うらやましいなぁ」と、悔しがられることは間違いありません。今ちょうど、この時代に生きて、「世界最大のスポーツの祭典であるワールドカップの日本開催」を実体験できるという大きな喜びを、宇宙に対する感謝の念をもって、心ゆくまで味わっておきましょう!
(このような思考方法こそが、「うつ病」から自分を守ってくれるのです)

 ああ、もう、開幕を待ちきれません!!



5月18日版

 たいへん申し訳ございませんが、このところ、妻が高熱でダウンしており(今日も病院で点滴を受けたにもかかわらず、39度台の熱でうなされておりました)、私が慣れない家事一切を代行するなど、我が家はパニック状態に陥っております。娘のお弁当箱にも、コンビニで買ってきたパンを適当に詰めて、何とかごまかしている有様。かくして、私もヘトヘトになっておりますので、このHPの更新作業は、どうか、しばらくお待ちくださいませ。

 ああ、このままでは、明日行われる娘の運動会も、何から何まで、すべて私が・・・・・・お弁当はどうにかするとして、それよりも、小学校の役員である妻に代わって、私が「わたアメ」担当として、おばさんたちに混じって「わたアメ」の制作・販売を受け持たなければならない状況です。
 それに、あと1週間のうちに家庭内が落ち着いてくれないと、せっかく富士通の友人に土下座してまで譲ってもらった、「サッカー日本代表 VS スウェーデン戦」のプラチナ・チケットが、水の泡に・・・

 とほほ・・・(涙)

 こうなったら、せめて、雨が降って運動会が明後日に順延になり、その間に妻の病気が奇跡的に回復してくれることを、期待するしかありません。そうでないと、仕事と家事と運動会が重なって、私までもダウンしてしまいます。
 
 ああ、神様、妻と私に、雨と、ひと時の休息をお恵みください・・・

 
吹けよ風、呼べよ嵐!



5月7日版

 本日、大学に出向いたところ、九州のある総合病院の院長先生から、嬉しいお葉書が届いていました。私の朗読CDを患者さんに聞いていただいたところ、患者さんの態度が「ガラッと変化」し、重かった口を開いて色々と対話をしてくださるようになったのだそうです。とっても嬉しいので、ご紹介いたします。



 このほか、点字翻訳のボランティアセンターなどにも寄贈したところ、「会報に載せるとさっそく貸し出し希望が来て、目の不自由な方々に大好評です」という御返事も届いていました。


 さて、ゴールデンウイークも去り、あとは夏休みの到来を待つばかり。今朝も、山積みになっている仕事を前にして、思わず「登校拒否」したくなった私でしたが、ため息をつきながらも大学に向かい、2週間ぶりの講義を行いました。
 読者の皆さんも、頭を「仕事モード」に切り替えるのに、苦労なさっているのでは?
 3ヵ月後の夏休みを夢見ながら(?)、お互いに、がんばりましょう!



4月26日版

 本日は、とても嬉しいお手紙をいただきましたので、ご紹介いたします。


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突然お便りする失礼をどうかお許しください。

 先日、先生の著書『人生の価値』を読んでから、「ずっと逢いたかった本にやっと会えた」という気がしています。救いを宗教に求めた時もありましたが、納得できるものに出逢えず、カウンセリングを勉強してもなかなか出口が見えずにおりました。

 私は現在**才になります。両親を見送り、**の不登校、**のうつ病を支えてきました。その後、自分が色々な病気を患い、現在に至っております。**からも裏切られ、私は家族を非常に愛していたつもりだったので孤独感に襲われ、生きる希望さえ見失いました。そして救いを求めてさまよっていたように思います。もともと私にもブレイクスルー的な考えはあって、自分は順調に試練を与えられており、成長につながっているのだと言い聞かせていたのですが、他方では、なぜ私だけが次々とこんな目に会わなきゃいけないんだろう、こんなに真面目に生きているのに・・・と、納得できない、やりきれない毎日を過ごしていたのです。
 そんな時、やっと飯田先生の本に出逢えたのです。私は、やるべきことはもうやり終えたと思っていたのですが、『人生の価値』を読んで、自分にはまだやるべきことが残されていて、それを終えなければまだあの世には行けない、よりよく死ぬためにより良く生きよう、と思いました。絶望の中に光のようなものを感じました。本当にありがとうございました。
 
 今後やるべきことはまだはっきりしませんが、将来、ある福祉活動をしようという漠然とした目標は持っており、その準備を勉強していこうと考えています。私は以前にうつ病を体験したことがあり、その時に助けてくれた人々への感謝の気持ちを、同じような境遇のほかの人々に返していくことができたらいいなと思っています。私の残りの人生を、そういうことのために使えたらと考えます。

 もう一点、ツインソウルのことですが、私が20代の頃、飯田先生のおっしゃるツインソウルだったのかもしれない人と、出逢ったことがあります。その時は、「この人とはよほど深い縁がある、いや、それ以上では」という感じがしたものです。その人とは、同時に同じことを言ったり、考えていることが同じであったり、相手の気持ちがとてもよくわかったりということが、お互いにたいへんよくあり、その頃の何とも不思議で驚いた記憶が、読み進むうちに蘇ってきました。あの人を「自分の分身」だと言われれば、そうかもしれないと思うのです。あの時、私がもう少し精神的に大人であって、そんな相手の価値にきちんと気づき、「恋」ではなく「愛」することができていれば、結婚に至っていたのではと思います。

 とりとめのない話になってしまいましたが、先生の本を読んで救われた人間がここにも一人いることを、どうしてもお知らせしてお礼を言いたくて、ペンを取りました。
 今後益々の先生のご活躍とご健康をお祈り申し上げます。**にいらっしゃる時には、ぜひ講演を拝聴したいと存じます。*月に当地に来られたことを後で知り、残念でたまりませんでした。またの機会を楽しみにしております。

 乱文乱筆お許しくださいませ。


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 このようなお手紙は、私にとって、たいへん嬉しいものです。なぜなら、「ああ、私の生きがい論の真意を、本当に理解くださっているな」と、実感することができるからです。

 すでにお気づきのように、『人生の価値』は、意図的に読者を混乱させ、読者の問題意識を高めることによって、
私に依存するのではなく、読者自身に「自分が選ぶべき真理」を心の中に確立していただこう、という仕組みで書いた本であり、私の著書の中では「応用編」に位置する、成熟度(知的水準および問題意識)の高い読者向けの本なのです。したがって、「誰かにすがりたい」「誰かに真理を教えてほしい」と願う依存的な人が読むと、「これこそが真理である」と明言するのを意図的に避けているだけに、後味が悪くてがっかりなさることでしょう。
 また、依存的な人は、単に「神様は存在する」と信じさせてほしがるので、たとえば『人生の価値』の中で、私がホームページの当選者の事例を引き合いに出して神様の存在を疑っている(そぶりを見せている)のに対して、「そんな個人的なつまらぬ事例を根拠に、神の存在を疑うなど何事か」とご立腹なさいます。しかし、むしろ私の意図は、「本当に神が存在するならば、いかなる個人的な、一見つまらぬことのように思える事象に対しても、最高の計らいをしてくださるはずではないのか?」と問いかけることによって、「神」という存在の本質(表面的な幸福・成功だけを与えてくださるわけではなく、もっと深い問いかけをして我々の成長をうながしてくださる存在なのだということ)を、読者が自問自答できる題材を提起しているのです。この執筆意図に気づいてくださった読者は、この事例に対する自分なりの解釈(万人が納得できる正解があるわけではありません)を考案してくださり、「なるほど、飯田先生に正解を教えてもらうことにではなく、正解を求めて自分なりに考察を深めることにこそ意義があるのだな」と、本書を通じて大いに成長してくださいます。
 一方で、依存的な読者(依存的体質から抜け出して成長しようとしない読者)は、「せっかく、神や、あの世や、人生についての真理を知りたくて本書を読んだのに、『解答は自分で考えろ』なんて、著者として無責任だ。これほど後味の悪い、すっきりしない本はない」などと、落胆なさることでしょう。しかし、私に言わせれば、「これこそが唯一絶対の真理である」と教示すればするほど、無責任な著者になってしまうのです。「真理」については、あくまでも著者の想像力の産物である「小説」として書くか、あるいは私の一連の著書のように「思考法」として書くか、それともシンプルに「信じるかどうか」という「宗教書」(それはそれで素晴らしい価値を持っています)として書くかという、3つの方法しかあり得ません。ところが実際には、あくまでも「小説」にすぎないのに「確固たる真理」であるかのような書き方をしたり、「信じるかどうか」という「宗教書」であるのに「科学的に証明された真理」であるかのように宣伝することがあり、読者を混乱させてしまうのです。そのような無責任な書き方をするよりも、私は正直に、「これは思考法であり、あなたが自分の意志で、『これは役立つ』と思えば活用してください」と明言していますし、「私が考える真理と、読者であるあなたが考える真理とが、必ずしも一致する必要はありません。どうぞ、私が提示する思考法や素材や情報を参考にしながら、あなたに最適な、あなたをもっとも高めてくれる真理を、あなた自身で見つけ出してください」と、読者に問いかけているわけです。
 また、この種の依存的な人に対しては、私はかつて『生きがいの創造』という本(読者に求める成熟度は低く、教示的な書き方であるため、本としては稚拙な書き方で初歩的な内容だが、読者対象は広い)を書いていますので、同じ水準の本を2度書く必要はありません。実際に、依存的な人からは、『人生の価値』について、「すっきりしない」「後味が悪い」という感想をいただくことがありますが、これはまさに私が意図した効果であり、私にとっては最高の褒め言葉なのです。この種の依存的な人は、要するに「神は存在する」「あの世は存在する」「魂は存在する」「生まれ変わりは存在する」などと断言して、自分の不安を解消してくれる本を求めてさまよっているにすぎませんので、べつに私の人生論を読まなくても、すでに存在する優れた宗教書や、無数に現れては消える興味本位のオカルト本を読んでくだされば良いのです。
 この種の依存的な人々に対しては、私はいつも、「残念ながら、私はあなたのご興味に直接お答えする本を書くつもりはありませんので、どうぞ、あなたの疑問に答えて不安を解消してくれるような宗教を探して、深く入信なさってください。その方が、私の人生論など読むよりも、よほど幸せにしてもらえますよ」とお返事しています。むしろ、私が新たな「人生論シリーズ」で読者対象にしているのは、「実は根拠が無いにもかかわらず、『天の啓示を受けて真理を解明した』などと称する、既存の教示的な書物では物足りない」とか、「組識を作って入会させ、システマティックに信者を増やして思想を広めようとする方法は、もう古い」と感じていらっしゃる、より深くて高い思索の段階へと達した読者の方々なのです。

 このような理由で、私にとって、私の著書の中で、もっとも問題提起的かつ応用的な『人生の価値』を、「これこそ求めていた本だ!」と評価してくださることは、「我が意を得たり!」とばかりに嬉しいことなのです。私は商業作家ではなく研究者ですから、信念を曲げてまで本をたくさん売る必要はないため、「自分の納得のいく本を書いて、自分が届けたい読者対象に、きちんと届いてほしい」という願望のみに動かされて、執筆しています。その結果、たまたま多くの読者を獲得することができれば「望外の幸運」ではありますが、たとえ一部の読者にしか歓迎されなかったとしても、それはそれで、届けたい読者対象にきちんと届いて喜ばれていれば、その本の目的を大いに達成したことになるのです。
 その意味で、『人生の価値』は、売上部数は『生きがいの創造』に及ばないものの、私が自分の本をいちばん届けたい読者対象の方々から、たいへん高い評価をいただいており、まさに私の現時点での代表作だと言えるでしょう。
(ただし、実は、私の著書の中でもっとも高レベルの理論を展開しているのは、意外にも『親子で語る人生論』なのですが・・・このことに気づかれた読者は、かなり鋭い頭脳の持ち主でいらっしゃることでしょう)



 さて、世の中は、ゴールデン・ウイークに突入ですね。
 私は、大学で任命されている重要な公務に関する「宿題」が山積みですので、わずかしか休暇をとることができません。しかし、その「わずか」を大いに活用して、家族と「さいたまスーパーアリーナ」に「モーニング娘。」のコンサートを観に行ったり、東京の国立競技場に「サッカー日本代表 VS スロバキア(でしたっけ?)戦」を観戦に行ったりと、久しぶりにエンジョイするつもりです。いずれも、超入手困難なプラチナ・チケットなのですが、持つべきは、「裏ルートから密かに入手してくれる、ヤバい友人たち」というもの(フフフ・・・)。

 みなさんも、連休を大いに活用して、ご家族やご両親、そして友人たちに、日頃の恩返しをしてくださいね!



2月13日版

 たいへんご無沙汰いたしました。
 何しろ、指導した30本以上の卒業論文を読み、担当講義の300枚もの論述答案を、必死で採点していたものですから・・・いま、大学教官は、1年で一番忙しいのです。

 というわけで、皆様お待ちかねのアレを、ド〜ンと初公開してしまいましょう!

 これで、どうだっ!!





 ・・・というわけでございます。
 実際には、パソコン上でご覧になる色よりも、もっと深みがあってまろやかな、クリームがかった美しい色になっています。

 今回の表紙カバーについては、皆さんから色々なアイデアをいただきましたので、PHPの関係者の方々や専門家(デザイナー)の意見を取り入れながら、検討を進めました。
 その結果、@ ハードカバーにしたとしても、ソフトカバーにする場合と同じ値段(1300円)にまでコストダウンしてくださること、A 青少年たちが、「ハードカバーの本は敬遠するが、ソフトカバーの本ならば気軽に読む」という現象は、実際には見られないこと、B 人間心理として、ソフトカバーの本よりもハードカバーの本の方を大切に所持・保存する傾向があること、C 店頭だけでなく、図書館・図書室などでも、ハードカバーの本の方が、青少年の目につきやすいこと、D 今回の新刊は、「カバンなどに入れて持ち歩く」という種類の内容ではないため、携帯の容易度を重視する必要はないこと、などの現実的・実証的な理由から、異論の余地なく、「値段が同じならばハードカバーにしよう」ということに決定いたしました。そういえば、あの「ハリー・ポッター」のシリーズだって、重くて分厚いガチガチの本であるにもかかわらず、子どもたちから大人気ですよね。

 ただし、「格調が高いと同時に、親しみやすい表紙にしよう」ということで、私が膨大な量の写真カタログの中から、上記の「
クマちゃんの家族」という写真を選び出しました。大きくて包容力にあふれた頼れるお父さん、プリっとした大きなお尻が色っぽい優しいお母さん、そして、親の愛に抱きしめられて夢いっぱいの子どものクマちゃん・・・まさに、本書の内容にぴったりの、最高の写真がみつかったのです。
 どうぞ、書店の店頭で、未来への希望に満ちあふれた「クマちゃんの家族」を、探してみてくださいね。思わず、「きゃ〜、かわいい!」と、頬ずりしてしまいたくなること、間違いなしです!
(それに、この程度の写真ならば、男性でも恥ずかしがらずに、人前で読めますよね。実は、「お母さんたちや子どもたちに喜んでもらえるデザインを心がけながらも、お父さんたちや男の子たちの心情を考慮して、あまりにも女性的なデザインになってしまわないように気をつけよう」というのも、編集上の留意点だったのです。)
 なお、クマちゃんたちの背景が暗いのは、「この暗い世の中、せめて親子だけでも、支えあって明るく生きて行きましょう」という、深遠なメッセージだと解釈してください。

 また、今回の新刊は、本書だけを読んでも問題なく理解できる独立した本であるのと同時に、前作『人生の価値』の最後で問いかけた諸問題に対する解答を含んでいるため、「人生論シリーズ」の第2弾という位置づけもわかるような、ある程度共通したデザインを用いました。『人生の価値』の最後で提起した疑問にお答えするためには、本書のようなユニークで画期的な手法を用いるしか、方法がなかったのです。何しろ、私が現職の立場で、「飯田史彦」の名前で直接に解答するわけにはいかない、きわどい内容に立ち入ってしまっているものですから・・・(これ以上は、読んでみてのお楽しみです。フフフ・・・)


 発売日は、地域によって差はありますが、
2月15日(金)〜18日(月)のあたりです。
 つまり、発売日まで、あと数日。

 
かわいい「クマちゃんの家族」に出会えるのを、どうぞ、お楽しみに!!



2月1日版


 大学の入試と期末試験が重なって、この時期、大学教官はテンテコ舞い。
 そこで、本日も、文章を書く気力が無いため、スキャナーで取り込んだ画像で、ごまかしてしまいましょう。

 前回の更新で公開した、PHPからのFAX原稿が、「ライブ感覚満点で、とってもリアルで良かった!」と大好評をいただいたので、今回もまた、レディ・セツ子編集員からのFAXです。すでに新刊『
親子で語る人生論』の原稿を読み終えたセツ子さんの、生々しい感情が伝わってきますので、どうぞ参考になさってくださいね。
(とは言っても、さすがは「PHPの母」と異名をとるセツ子嬢・・・あまりの達筆のため、ほとんど読めないでしょうが、なんとか、解読に挑戦してみてくださいませ)



 ・・・というわけです。
 皆さんの興味が、ますます、ふくらんできましたね?
(え? 「新刊への興味よりも、セツ子嬢への興味の方が、ふくらんできた」ですって??)

 そこで、本日は、さらに怒涛の大サービス!

 な、なんと、新刊の「目次」原稿を、そのまま公開してしまいましょう!!
(ただし、まだ確定ではないので、超ナナメにさせていただきます)



 
思わず、顔をナナメに傾けながら解読してしまった、
  画面の前のあなた!
   そんな、素朴で純情なあなたが、大好きです!!


 なお、「エピローグ」の最後についている「Y」の字は、完全な誤植(印字ミス)ですので、出版の際には削除されているはずです・・・大丈夫ですよね、セツ子さん!?

 え? 「ナナメになっているうえに、文字がつぶれていて、とっても読みにくいぞ」ですって?
 そうおっしゃる方は、2週間後に、ぜひとも書店で実物をお確かめくださいませ。


 さあ、ここまで来たら、とうとう次回は、問題の「アレ」を公開してしまいましょう!
 ワクワク、ドキドキ、どうぞお楽しみに!!

(・・・などと書きながら、思わず、「これが大学教官の書く文章だろうか」と、我ながら情けなくなってしまう私です。とほほ・・・)



1月23日版


 センター試験が終われば、ひと休みできると思っていたのに、大間違いでした・・・
 このところ、毎日、公務に追われて、15時間以上は仕事をしています。睡眠は、平均5時間。
 眼科でもらったドライ・アイ用の目薬をさし、バファリンで頭痛を抑えて、今夜もまた・・・
 とほほ・・・

 というわけで、ホームページを更新している暇などまったくないのですが、読者の皆さんを裏切るわけにもいきませんので、とりあえず、ほんの少しでも更新しておきますね。

 とはいえ、文章を書く気力がないので、今夜は、新刊に関するスクープ情報で、お茶を濁します。


(1)『親子で語る人生論』の発売日、ついに決定!

 2月15日(金)に、取次店に届きますので、店頭に並ぶのは、早い店で16日(土)、大手書店に行き渡るのは18日(月)になります。あと、たった半月ですね!


(2)オビの原案を、特別大公開!

 PHPから送られてきた、新刊に巻くオビの原案を、以下に公開してしまいましょう。
 実際には、これに多少の修正をほどこして、色をつけます。
 FAXをそのまま載せてしまいますので、とっても生々しいでしょ?
(なお、いちばん下に「修正してください」と書いてある汚い字は、私の直筆です)




 いかがでしょうか?
 皆さんの興味が、むくむくと、ふくらんできましたね?


PS. 親友の梅澤由香里さん(日本を代表する女流若手棋士 = 囲碁のプロでいらっしゃいます)、このたびは、ご結婚、本当におめでとうございます! いろんな新聞で、報道されていましたね。Jリーガーのご主人も、私の著書の愛読者でいらっしゃるとのこと、とっても光栄です。また今度お会いする時には、ぜひともご主人をご紹介くださいね。そして、サッカーと囲碁と人生論の話(メチャクチャな取り合わせですが)で、大いに盛り上がりましょう!

PS−2. Jリーグ、ジュビロ磐田の藤田選手、このたびは、Jリーグ最高選手賞の受賞、本当に、おめでとうございます! ジュビロのトレーナーの方を通じて、先日、プレゼントをいただきました。私の著書の読者でいらっしゃるとのこと、とっても光栄です。今年も、ますますご活躍くださいね!

PS−3. もと同級生の****さん、同窓会の写真、確かにいただきました。とっても嬉しかったです。**さんも、いまだに、お変わりありませんね。思わず、ニッコリしていましたよ。それに、あの頃、ずいぶん私をいじめて(かわいがって?)くださっていたバンモト先生が、ずっかりおじいさんになっていて、なんだか憎めなくなっちゃいましたね。私が柔道をしていてヒジを脱臼した時に、私の体を気遣う前に「くそっ、これで俺の無事故記録が途絶えたか!」と、まず自分の指導歴に傷がついたことを嘆いたフナキ先生のことも、決して忘れられません。とにかく、皆さん、お元気そうでなによりです。また、いつか集まりましょう!


 おっと、この時間のない時に、うっかり書きすぎました。
 では、また次回、
新刊スクープ情報第2弾を、どうぞお楽しみに!



1月16日版


 ふう・・・

 今年に入ってから、新刊の執筆・校正作業と、大学内での担当委員の重要任務に追われてきました。おかげで、皆さんからいただいたお手紙やEメールも、ほとんど開封さえできない状態で、何百通も、溜まりに溜まっております。

 このホームページも、今週末の最重要イベント、「大学入試センター試験」が無事に終了するまでは、更新する時間がまったく取れません。いま、一年で一番忙しい時なのです。皆さんにご心配をおかけしてはいけませんので、とりあえず、お知らせとお詫びを申し上げておきます。

 では、あと一息で、一服できますので、それまで頑張りま〜す!



1月10日版


 急 告!

私の書き下ろし新刊

『 親子で語る人生論 』
 
- 生きる意味の伝え方 - 

" Live, Love, Learn ! "

PHP研究所より、
2月中旬に、緊急発売決定!


 年末年始の山ごもり執筆で、
ようやく原稿を書き上げ、
 現在、装丁デザイン検討&編集作業中。


 12月25日までは、以前から予告していた『逆説の人生論』を予定していたのですが、25日の早朝に「お告げ」のようなすごい夢を見て、あまりのショックに、急きょ、書名も内容も変更し、一刻も早い出版に踏み切りました。その夢の内容とは・・・それは、本書の中で明らかにしてありますので、今はまだナイショです。フフフ・・・

 さっそく、世界で初めて本書の原稿をお読みくださった、PHP学芸出版部の「レディ・セツ子編集員」より、このようなFAXが届きました。

********************

 
前略
 『親子で語る人生論』、原稿拝読しました。
 子どもにとっては、親に聞いても聞けないであろう最高の答えを。
 親にとっては、答えたくてもうまく言えない親の思いを。
 しかも、親にとっても勉強になる考え方を。

 あっという間に読み終えてしまいました! フ〜ッ!
 テンポが良く、でも大切なところはしっかり入っている。
 私が思春期の時、いくら本を読んでも見つからなかった答えが、ここにありました!
 今の若い人は幸せです。若い人たちに、ぜひ読んでほしい本です。

 編集上の質問です。
 @ 本文は第8幕までありますが、1幕ずつ、「扉」を入れる方が良いでしょうか?
 私は、テンポ良く一気に読んでしまったので、扉があると、かえってわずらわしいかもしれません。
ただ、「幕」ですから、1場面が終わるごとにポーズが入った方が良いという考えもありますし・・・

 A 本の体裁について
 今回の本は、若い人たちに買っていただきやすいよう、ハードカバーではなく並製にして価格を抑える方法もありますが、やはり飯田先生の大人の読者さんは、いつもの飯田ブランドの格調高い表紙をご期待のような気もします。これまでのイメージを一新する親しみやすい手軽なデザインでいく案もありますが、いつも「癒し」をテーマに品格ある表紙を心がける飯田先生のお立場もあると思いますので、どうしましょうか?

 取り急ぎ、感想とご質問まで。


********************

 ・・・というわけでございます。

 なんと、あと、たった1ヶ月で、皆様のお手元に。
 今後、このホームページで、新刊に関するスクープ情報&編集続報を、どんどん公開いたします。


2002年1月1日版


 昨年の私には、色々なことが起きました。



 と、想像を絶する展開に驚いたり、



 と、ため息をつきたくなったり、



 と、恐怖のあまりにビビってしまうことも・・・。

 しかし、



 と、信頼できる専門家の方々が密かに守ってくださったり、



 と、読者の皆様からの応援のミルクをゴクゴク飲んで励まされ、



 と、乏しい勇気を振り絞って、立ち向うことができました。

 すると、先日、このようなお手紙をいただいたのです。
(12月20日頃に届いていたようですが、お手紙が毎日たくさん届きますので、実際に私が拝読できたのは、3日前のことでした。あまりにも嬉しいので、プライバシー部分を隠して、実物をご紹介させていただきます)



 おお、おお!!



 なんと嬉しいお手紙でしょうか。
 たとえ、10人のうち9人の人々から誤解や嘲笑を受けても、このような読者が1名いてくだされば、私としては本望です。
 これまで、勇気を出して頑張ってきて、本当に良かった!

 かくして、元気いっぱいで、新年を迎えることができました。
 皆様からいただいた応援のご恩返しをするべく、今年は、



 と、暗い世相を照らす太陽のように輝いて、



 と、私にできる精一杯の贈り物を、皆様にお届けしたいと思います。

 まだまだ、皆様の応援のミルクを大いに必要とする、未熟者の私ですが、
 こんな私でもよろしければ、今年も、



 どうぞ、よろしくお願い申し上げます。

 ・・・というわけで、皆様、

 
あけまして、おめでとうございま〜す!!

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