There's something about TONY!! Special 2003 Summer

風よ舞え、剣よ鳴れ、そして、君よ行け。 

『HERO』

監督:チャン・イーモウ
キャスト:ジェット・リー、トニー・レオン、マギー・チャン、チャン・ツィイー、ドニー・イェン
8月、丸の内ルーブルほか全国松竹・東急系にてロードショー

 古代中国史において、初めて中国を統一した人物として世界史の教科書に記されている秦の始皇帝。彼は万里の長城を建設した偉業が伝えられると同時に、中国史上最も有名な暴君としても知られている。それゆえ、彼は中国統一前より多くの者に命を狙われてきた。最も有名な侠客・荊軻(けいか/ジン・クー)の故事については陳凱歌(チェン・カイコー)の『始皇帝暗殺(荊軻刺秦王)』(1998)を始めとして中国内外で映画化されてきた。しかし、その陳凱歌の盟友でありライバルの張藝謀(チャン・イーモウ)は、その荊軻の故事ではなく、中国に数多く伝わる秦王暗殺故事をまったくのフィクションで、それも主演に李連杰(ジェット・リー、以下リンチェイと表記)、張曼玉(マギー・チャン)、章子怡(チャン・ツィイー、以下ツーイー)、甄子丹(ドニー・イェン)、そして梁朝偉という豪華キャストによるアクション大作として作り上げると聞いた時、ワタシは我が耳を疑った。あのイーモウが、人間ドラマが得意なチャン・イーモウがアクション大作を撮る?まぁ彼、アクションものは撮ったことがあるし、なんてったってあの『テラコッタ・ウォリア(秦俑)』では主演はってるしー(あまり関係ないよーな気がするが)…などと思ったけど内心はどーなることかとヒヤヒヤしていた。 …そしてこの映画を初めて観たのは2002年クリスマスイヴの香港。北京語学習者であるワタシだが、字幕はちゃんと理解できたものの、この物語の構造が容易に理解できず、「日本でもっかいみっかー」と思ってただただ映像の美しさを堪能することにした。―おいおい!!
 
そしてそれから半年以上経った2002年夏、この映画は日本全国一斉に公開された。かつて、日本ではこれほど大きな規模で公開された中国映画があっただろうか?そして、全国どこへ行っても「トニー・レオン」の名を目にし、そしてTVスポットで彼の顔を見かけるようになったことがこれまでにあっただろうか?ここでは、「トニーに首ったけ」恒例の「役どころ」コメントもあわせて、この日本映画史上最強規模で絶賛公開中の中国映画「HERO(英雄)」への思いを語っていきたい。(注・かなーりネタバレありますのでご了承ください)

  現在の黒

 秦王(陳道明)の前に現れた男、その名も無名(リンチェイ)。秦国の地方の小役人という彼は、3年前に秦王を襲撃した趙国の刺客・残剣(トニー)と飛雪(マギー)、そして長槍の使い手長空(ドニー)との戦いの顛末を語る。まずは、長空との“意識下の戦い”を…。

 リンチェイとドニーの対決がのっけから展開。かなりワクワクさせてくれるシークエンスが嬉しい。リンチェイとドニーの対決といえば『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ/天地大乱』。この映画自体は中華電影迷になるずっと前、ちょうど10年前に映画館で観て、映画の筋は忘れてもクライマックスのこの二人の戦いのすごさは印象に残っていたものである。(実はこの映画、観に行ったときはレッドフォード監督&ブラピ主演の『リバー・ランズ・スルー・イット』と同時上映になっていて、当時ハリウッドメジャーが好きだったワタシはこっちの方が目当てだったのはいうまでもなかった。余談)。もしかしたら、ドニーのアクションを観るのはそれ以来かもしれない。いやぁなんせ最近はねぇ、あの『★月※話』(なぜ伏字?)とか、釈ちゃんがアクションやってるやつ(『修羅雪姫』ね)とかの動作指導でしか名前を見てないし。(『ブレイド2』観てません)
 ハリウッドムービーでワイヤーワークを使ったアクションを観るたび、「あ〜あ、キアヌのアクション遅ーい!(爆)」とかなんとかツッコミ入れまくっているのだけど、やはりワイヤーワークは小柄な東洋人にこそ向いているからこそ迫力が出る。ここで「ワイヤー使ってるのミエミエじゃーん」なんて言っては無粋だぞ、ハリウッド映画ファン!

  情熱の紅

 無名は語る。恋人同士だった残剣と飛雪は、飛雪が長空と過ちを犯したということにより仲違いしており、それを利用したと。秦の軍隊が趙を襲撃する直前、無名は二人のところに出向く。書家である残剣には『剣』の字を依頼し、飛雪に助太刀して秦軍の攻撃に立ち向かう。その晩、無名は二人に長空の名を出して二人の感情に揺さぶりをかける。嫉妬にかられた残剣は侍女の如月(ツーイー)と床を共にし、それが飛雪を激情に走らせる。

 イーモウ先生と言えば、デビュー作にも象徴される“赤”。このパートがいちばんイーモウ先生らしい演出じゃないかなぁとワタシは思う。(『赤いコーリャン』冒頭の姜文がコンリー姐さらってやっちまいました場面を思い出す)しかしツーイー、このパートの役どころが役どころなせいか、マギーと比べたらホントに小娘としかいえないねぇ。『グリーン・デスティニー』の時より小娘度がパワーアップしてるぞ。
 また、このパートでは衣裳のディテールにも注目。飛雪の衣裳をとっても、よく観ると色合いや生地が違うので目にも嬉しい。無名と共に飛雪が秦軍に挑む時の、ちょっとオレンジが入ってふわふわした感じの衣裳がお気に入り。舞うように矢を弾いていく姿はまるで赤い天女だな。

【トニーの役どころ】の残剣は寡黙な中に激情を秘め、劇中では最もワイルドなキャラと化していた。前髪を半分たらした髪型も効果的で、書をしたためるシーンではこれでもかこれでもかと首振りまくり髪なびきまくり。著名な書家のくせにそんなにギラギラしていていいのかオマエ!と画面に向かってつっこんだワタシ。…そしてマギーに刺される。ううう。

  理想の青

 秦王は言う。あの二人は嫉妬で身を滅ぼすような小さな人間ではないと。そして、二人は第三者―つまり無名に秦王の暗殺を託したのではないかと。彼はことの顛末をこう推察する―残剣と飛雪の前で無名は持ち技『十歩必殺』を披露し、秦王を狙うなら二人のどちらかが自分と対決すること、と告げた。飛雪は愛する残剣に傷を負わせてまでも無名と戦い、秦王を倒すことを願うが、飛雪は無名に倒される。そして恋人の亡骸を傍らに、残剣は無名に湖で戦いに挑む、と…。
 しかし、この物語もまた真実ではなかった。長空はもちろん、飛雪と残剣もまだ生きており、それぞれの剣と槍を最強の必殺技を持つ無名に託したのだ。

 激しさから一転し、穏やかかつ気高く展開するパート。うーん、愛だねぇ、愛(笑)。このパートでの残剣と飛雪の姿がいちばん美しく愛しい。ドイルにーさんのカメラワークは、乾いた荒野の場面もひんやりした感じで、九賽溝の戦いはまさに静謐とした言葉がよく似合う。先ほどのパートでは小娘度全開のツーイーもこのパートではおとなしいし、衣裳もよい。秦王ってロマンチストだよな、とも感じたパートである。

【トニーの役どころ】の残剣は髪の結い方も似合っていて背筋がのびている感じ。赤のギラギラした部分はすっかり影を潜め、清潔なイメージ。無名との戦いを前に飛雪と床を共にする前の場面の出会いの風景が好き。トニーとマギーが映画でカップルを演じると直接的なベッドシーンは出てこないのだけど、独特の色気を感じるのだ…。うまく説明できないんだけどね。なお、このパートでもマギーに刺されるが、死に至ることはない。ちょっとビックリすると同時に「またかよ!」とつっこみたくなるんだが(笑)。

  回想の緑

 残剣と飛雪の出会いは3年前。その頃から彼女は秦王への復讐のために生きてきた。志を同じくする二人は自然と恋に落ちる。刺客にして文人でも残剣はある学舎に身を寄せ、書の道に精進する。そんな中、残剣はある思いを胸の中に抱く。意を決して秦王のもとに向かう二人。三千人の兵士をなぎ倒し、秦王のいる宮殿へと殴りこむ。二人を迎え撃つ秦王。残剣は秦王と一騎打ちになるが、何かを悟った彼はとどめを刺さずにその場を去る。このことがきっかけで、飛雪は残剣と仲違いする。

【トニーの役どころ】の残剣。これまでは無精ヒゲで登場していたけど、回想場面の最初のほうはヒゲなし。た、確かにヒゲがないと実年齢より若く見えるっ。か、かわいい(はぁと)…こらこら、そこでミーハーしてはいかん!秦王との一騎打ちは「ああ、頑張ってるねぇ」という感じで観ていました。現在よりは若いという設定だしね。

  真実の白 

 自ら10年かけて習得した『十歩必殺』をもって、秦王を討ちに行くことを残剣と飛雪に告げる無名。しかし、3年前に暗殺をためらった残剣は「秦王を殺してはならぬ」と二人を制止し、残剣に反対する飛雪は無名に全てを賭ける。残剣は無名に“天下”の字を贈る。

 そして…結末への黒 

 ―その真実を知った秦王は残剣が暴君である自分に天下を託したことを悟る。しかし、それでも無名は秦王を手にかけようとする…。

 クライマックスへの緊張が高まるパート。残剣が悟ったのは「戦わずに秦王に“天下”を託すこと」。これをどう考えたらいいのだろうか?自ら仇敵を倒して故国の恨みを晴らしても、また同じような人物が現れるのかもしれないし、さらに戦いは泥沼化していくのかもしれない。それなら、仇敵に自分の思いを託し、彼に平和を築いてもらおうではないか、という考えは、今まで思いも寄らなかった。でも残剣、それでいいのか、大丈夫なのかと思ったら、なんと秦王も「自分に共感してくれるのが刺客とは!」と言っている!これまた思わぬところで人間的な部分をあらわした秦王に二度驚く。ええっ、秦王といったら日本の歴史の教科書にも「暴君」と書かれているし、秦王によって夫と引き裂かれた孟姜女の物語も有名じゃないか、って…。しかし、暴君にだって家族はいるし、いつも悪者とは限らない。秦王だって好き好んで暴君になったわけではない。これまでどおり圧制を強いるのなら殺されて当然、でも天下を治めて安泰な国家を作ってくれる可能性だってある。…そんなことを考え、残剣は秦王に賭けようとしたのかもしれない。
 秦王暗殺失敗に怒る飛雪。彼女にとって秦王は親の仇だ。飛雪との最後の対決に臨んだ残剣は、そんな彼女の怒りを自分の命を投げ出して受け止める。そうせざるを得なかったのだろう。仲違いしてもやはり愛し合っていたのだから。
 そして無名。彼もまた秦王暗殺に賭けていた一人だ。自分の命がどうなるかも十分承知だったに違いない。最期の場面で一瞬見せた微笑に、彼の万感の思いがこもっていたのだろう。

【全体を通して】“真の英雄とは?”…これは、古今東西様々な作品で問い掛けられてきた永遠のテーマだ。この映画で語られる“真の英雄”は、普通に考えれば“戦わないこと”を悟った残剣なのだろう。しかし、彼だけでなく無名も秦王も長空も、また飛雪も如月も、人民解放軍の兵士たちが演じた秦兵たち一人一人も“真の英雄”になれそうな器を持っている。つまり、真の英雄とは一人一人の民の中にあるものだ、とワタシは思ったのだけど、どうだろうか。
 この映画で秦王が悟ったのは、「為政者は戦わずして国を守り、大きな心で民を包み込まなければならない」ということだ。これは非常にシンプルだけど、いざ実践するとなるとかなり難しい。秦による中国統一以降、現在に至るまでに、中国内外でこれが実践されたところは果たしてあるか?というと、ワタシにはわからない。今もなお、世界のどこかで血が流され、平和な国でも戦いの準備をしようと躍起になっている。そんな21世紀だけど、この普遍的な考えが受け入れられないわけはないと思う。

 この映画は決して史実に基づいたものではないが、史実に負けず、普遍的なメッセージとビジュアルを銀幕に焼き付けてくれた。ワダエミさんが作り上げた、常に裾が軽やかに風になびいている衣裳。すでにベテランの域に達したといっても過言ではない、ドイルにーさんのスケール感あふれる流麗なカメラワーク。『グリーン・デスティニー』以上にエモーショナルなサウンドを作り上げたタン・ドゥン氏のスコア。そして、キャリアを重ねた俳優たちの演技とエキストラたちの顔…。
 最初、香港で観た時には正直言ってスケール感のわりにテーマが明確でないように感じた。しかし、日本語がついて何度も見直すうちに、全体から細部までにこめられた意味がわかるようになってきた。エンターテインメントでありながらアーティスティックであるのは、イーモウの映画作家としての特性だろう。かつてB級だけどアクション映画を作ったり、アクション映画に出演したりというキャリアはあってもそれはねぇ…と思っていたのだけど、アートとアクションを両立させることができたというのは珍しいのかも。
 さて、この映画の短所を考えてみると…、人によってはわかりにくいと感じさせることか?この映画、話題性につられて観に行った若者たちには「理解できーん」と不満轟々な感想を持つんじゃないかというのはある程度予想していたし。でもさー、本家お家芸のアクションをパクった中身のうすっぺらい某国の動作電影とそれらの続編ばっかり観てたら、ジャンクフードばっか食べて栄養が偏るようなもんだとアタシは思うよ。本読む代わりに映画観るなら、いろんな映画を観なきゃね。

とりあえず、こんな感じです。ツッコミ満載とかいいつつもなんだかあまりツッコミできませんでしたね(笑)。ではでは。

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