今回の旅の目的。トニー主演の2本の映画《英雄》と《無間道》を観ること。新しい生じゃを入手すること。そして、大連からやって来る弟に会うこと。…もっとも、感動の再会というより、私は弟にとってただの荷物持ちじゃんという気もするのだが…。(今期で一時帰国をする彼は大連を引き払い、香港でマルチビザを取得し、もともと住んでいた昆明に戻りながら華南地方を旅するそうだ。んでもってスーツケース等必要のない荷物を私に持っていってもらおうとしていたのだった)
2002年12月24日。情けない週末…、もとい聖夜
起床8時。今日は広東道にある怡園麺粥小厨で朝ご飯。ここはニコラス行きつけの店として有名になったお店。2年前の旧正月旅行で友人に連れてってもらった時はレジカウンターにニコのサイン入りポスターが貼ってあったのだけど、あの時から店内を少し改装したみたいでちょっと雰囲気が変わっていた。もちろんニコのポスターもなかったわん…当たり前だけどさ。ここでは好物の皮蛋痩肉粥をオーダー。
朝早いせいか、お店はほとんど開いていない。まぁしょうがない、香港は朝が遅い街だから。一回ホテルに戻り、一息ついて彌敦道を歩く。信和中心に突入するにはちょっと早いかな、と思ったので、この近くまで来るといつも映画を観る南華戯院でちょうど《英雄》が上映されていたので、先に観ることに。
観終わってから信和に突入。いやぁやっぱりクリスマスホリディだけあって混み合ってるわ。(ってゆーよりここはいつも混み合ってるって)海賊版VCD店もにぎわっているけど、その店先で見かけてびっくりしたのは、私が敬愛する“萬画の王様”の代表作のアニメ化作品が並んでいたこと…。ある程度予想はしてたけどさぁ、こんなところで会っちゃうとびっくりしちゃうわよ全くぅ〜(笑)。…おっとおっと、こんなこと書いててはいけなひ。
さて、今回買った生じゃは前日に香港コロシアムで無事に演唱会を終えたF4(転ぶかどうかわかんないけど、ちょっと見てみたかったかなぁ、なんてねー)や、日本で徐々に人気が出てきている中国若手俳優のリュウ・イエ君(すまん、漢字を失念。しかも東京国際来日時の写真だ…)、《無間道》でトニーの青年時代を演じていた若手俳優余文楽(ショーン・ユー)、そしてトニー…あれ、あんまり買っていないわ。ま、いっか。
帰りは彌敦道を外れて裏通りを行く。昔お気に入りだった本屋さん「有角度書局」があった映画館、ブロードウェイシネマテークは今どうなっているかな?と思って行ってみると、なんとかなりいい感じのブックカフェができていてびっくりした。その名は「Kubrick(キューブリック)」。本の品揃えは映画本を中心としており、(多分「有角度」が名前を変えただけなのかも)クリストファー・ドイルの映画記録や《英雄》メイキング本、文学ではよしもとばななの『体は全部知っている』(装丁が日本と同じでビックリー!)にフィリップ・プルマンのファンタジー『ライラの冒険(ダーク・マテリアル)』三部作があり、本好きもとはしにはたまらないお店であった。ああ、ずーっといたかったわ(笑)。
小腹もすいたのでこのくそ寒いのに(おいおい)『許留山』に久々に入り、タピオカ入りフルーツ盛り合わせをいただく。風邪気味だから亀ゼリーや温かいツバメの巣プリンを考えたんだけどね…。でも、喉も渇いていたのでちょうどよかったかも。
ホテルに戻ってちょっと休憩するといい時間。今夜はajinが大連から香港に来るので、空港まで迎えに行く約束をしていたのだ。昨日乗ったバスに乗ろうとしばらく待っていたのだが、…今日はクリスマスイヴ。そう、この時間になると彌敦道の交通規制が始まるので、バスが来なくなるのであった…。それに気づいたのは7時過ぎ。空港まで行くバスの臨時停車場を探すのも面倒だったので、佐敦駅から地下鉄に乗り、ライ景→青衣と乗り換えて機場特快で向かう。ちなみにここまで行くのに68ドル。内訳は地下鉄8ドル、機場特快60ドル…。
バタバタしながら空港に着いたのは7時50分…。待ち合わせ場所に指定したマクドナルド前に近づくと、でっかいトランクを引きずったajinがいた。えらい厚着をしていたが、出る前の大連はものすごく寒くて雪も降っていたという。調子が悪そうだったのは腹を壊したからだとか。これから長旅になるっつーのに腹壊すなよーと思う、人のことは言えない風邪引きの姉。
ホテルにほど近い佐敦道に停まるバス(藍田行き)があったのでこれに乗ってチムに戻ることに。ajinにトランクを引っ張らせ、イヴで混み合う街を疾走してみたりする(大笑)。なんとかホテルに着いた後は、ホントはチムのプロムナードでクリスマス気分を味わいたかったんだけど、調子の悪い輩を連れまわしてもっと調子悪くさせるのもなんだから、食糧等を買い込んでおしゃべりして就寝。
2002年12月26日。香港島散歩、そしてクリスマス・タイム・イン・ブルー
今日はクリスマス、そして明日は公休日。そのため、ビザが取得できるのは休み明けの27日以降だという。しょーがないから(笑)香港の達人(かなり誇張)もとはしが、おそらくもう二度と香港には来ないであろう弟のために香港を案内してやることに。
まずはスターフェリーに乗って中環へ渡り、一人旅ではたいてい足を運ぶ老舗の陸羽茶室へ。
そこでちょっとビックリしたのは、いつもは1階に通されるのにその1階が満席で、初めて2階に通されたことだった。でも、2階も1階と同じような雰囲気で、相変わらずぶっきらぼうだけど気がいいサービスの老先生達がいた。
いつもは香港人に習い、プーアル茶をオーダーするのであるが、ajinの希望もあって緑茶をオーダー。出てきたのは龍井茶。
中国茶道をかじっているajinはがばっと茶葉を入れた状態でお茶が出てきたのにやや不満気。でもどんどん飲んでいた。
今回頼んだのはいつもオーダーしている淡水鮮蝦餃に?[虫豪]油叉焼包、[火念]杏雪梨?に[女乃]油鶏蛋達(ホントは[達]に手へんあり)。ajinが「食欲ないから」というので、いつもより少なめにオーダーしたつもりだが、一応飲茶のお約束“一[中/皿]両件(お茶一種に点心二種)”は守ったつもり(笑)。お茶については文句を言っていた弟も一応満足してくれたからいいか。
陸羽を出てから金鐘の西武(@パシフィックプレイス)に寄り、トラムに乗って西湾河までちんたらと行く。いつもはトラムに乗っても生じゃ屋に寄るために北角で降りてしまうのだけど、西湾河には2001年に香港電影資料館がオープンし、一足先に行ってきた友人から「もとはしさんが行ったら絶対気に入る!」と強力に薦められていたので、ちょっと遠いけど頑張って行くことにしたのだ。
1階は企画展示場、2階は昔の香港映画を特集上映する映画館、そして3階は映画資料室となっているこの資料館。企画展示は今年亡くなった香港の武狭・動作片を多く演出した監督、張徹(チャン・ジェー)監督の特集。張徹監督作品にかかわった人で私が知っているのは日本でも主演作品がいくつか公開されたという王羽(ジミー・ウォン)、そして我らが狄龍兄さんにウーさんこと呉宇森先生!ウーさんはいくつかの張徹作品で助監督を務めていたらしい。う〜ん、このへんは私もよく知らないよなぁ、もちょっと勉強しなきゃなぁと思いつつ3階へ。職業柄、映画関係資料本をじっくり見てしまう私。いやねぇ、ちょっとビックリしたのはねぇ、基本的に香港はソフトカバーで装丁が簡単なやわい本が多いんだけど、資料館に蔵書するに当たってちゃんとハードカバーに仕立てているの!これは感動したというか、やるじゃんというか…。ま、多少造りがあれあれ?というのは見受けられるんだけど、あまり厳しいことは言わんようにしよう!(笑)ああ、私が香港人に生まれていれば、間違いなくこーゆーところで図書館員をしてたかも…。
4時ごろ西湾河をトラムで出発し、再び中環を目指す。実は今夜、ajinが昆明にいたときに知り合ったという香港在住のカナダ人が私たちをクリスマスに招いてくれたのだ。中環に来たら電話してくれといわれて、5時半頃着いて電話すると、彼女の家まで来てくれとの指示。指示されたバスに乗り、行き先をバスの運転手に聞いてくれれば降ろしてくれるというのだけど、運転手にその場所を告げてもわからない。たまたま近くにいた少年が弟から事情を聞き、彼(少年)が近くの乗客に聞いてくれて場所を教えてくれたので無事にたどり着く。
弟の友人の家は香港大学に近いタワーの13階でなんと広いベランダつき!彼女は香港で生活して5年になるというので英語はもちろんだが広東語も北京語も達者。二人で彼女がオードブルを作るのを手伝い、彼女の契爺さんも交えてディナーを。
しばし歓談して、10時半ごろホテルへ。
2002年12月26日。あの映画を初めて観たのはこの日だった。
昨日と違って今日は寒い。気温は10度を割っていた。東京はもちろん、盛岡でこの気温だったらそれほど寒く感じないのだが、例年はこの時期に香港に来るといつも暖かいので、風邪引きの身もあってちょっとつらい。なんせいつもは日本との往復のときにしか着ない革のジャケットを着てしまったくらいだ。
今日は山頂に行くことにした。山頂のピークタワーにマダムタッソー蝋人形館がオープンしたのは知っていたが、行ったことはなかった(ロンドンのは行ったことあるんだけど)ので入ってみることに。エントランスの成龍さんに迎えられ、ハリソン・フォードやベッカムやヒュー・グラント、やっぱしここにもあったかぁー!の“恐怖の館”(中世ヨーロッパの処刑現場をリアルに再現した展示。ロンドンの本館ではこれが名物展示になっている)や吉田茂や江澤民を見てきた。中華系明星では成龍さんのほか、ミシェル・ヨー姐さんやアンディがいた。博物館には珍しく写真も撮り放題なので(そうか?ホントはヤバいんじゃないか?)、いくつか撮ってきたりして。
いったん外に出て、カフェデコのあるピーク・ギャレリアをぶらぶらしていたら、かわいい雑貨店を発見。香港ではこういう雑貨店を見つけることがないので、意外で楽しかった。昼御飯をピークタワーで食べた後、トラムで下って金鐘まで行き、地下鉄で一気に黄大仙まで。久々に一周し(おみくじは引かなかったが)、雨も降ってきたので早めにホテルに戻る。
夕飯は最近東京にも出店したことで知名度もますます高まった「唐朝」へ。ここではもちろんマンゴープリンや牛乳プリンも食べたけど、二人で海老雲呑麺と粥を注文。軽く夕飯を取るときにはちょうどよい店である。
その後、ajinは一足先にホテルに戻り、私は一人海防道の新港戯院へ。時間がちょうどよかったのでここで《無間道》(祝!ベルリン映画祭出品決定!!)を観ることにしたのだが、席はすでに最前列しか空いていなかった…。それはしょうがない。でも、観るのには思ったほどつらいことはなかったかな。
観終わったら午後10時。HMVにちょっと寄ってからホテルに戻る。明日はいよいよ最終日…。
2002年12月27日。この日からしばらくして、香港であの出来事が…。
気温も寒いが、昨日の夜から雨も降っている…。私は午後3時発のキャセイで帰国するので、午前中は余裕がある。昨日の晩からajinの持ってきたスーツケースに私の荷物を詰め、ajinは日系旅行代理店にビザを申請しに、私はお土産を買いに雨の中チムに出る。バタバタとお土産を買い、12時にチェックアウトして、ajinにスーツケースを引かせてバスで空港へ向かう。
飛行機は無事、香港を離陸した…。
この当時、最後に香港へ行ったのが2000年のクリスマス。その間、台湾や大連へ行ったりしたけど、いろいろあったので血中の香港濃度がちょっと下がり気味だった。
確かに香港電影や娯楽界は最近ちょっと低下気味だし、韓国映画やK-POPは勢いがある。だけど、一度好きになったものはとりあえずずーっと愛し続けるという結構しつこい性格(笑)なので、当分香港エンタメ界と香港という街を見守り続けることになると思う。なぜなら、私はまだまだ香港の一部分しか知らないからだ。広東語ももっとちゃんと覚えたいし、下町のレストランで食事もしたい。まだ香港コロシアムで演唱会も見たこともない。だから、まだまだ香港に通うことになると思うけど、今度はいつ行くことができるかな。さーて、せっせとお金をためなくっちゃなぁ…。
終わりに…。
☆実はこれ、2代目の日記に書いた内容をほぼまるまる転載したものです。最初は書き直すつもりでいたんだけど、いつの間にかどんどん月日が経っていってしまったのだもの…。しかも写真もない!テキストのみで失礼します。
そう、このときはまだレスリーも元気だったんだよねぇ。SARSの心配もなかったし。
読み返して誤字脱字を直していたら、もうなんだか、2002年のクリスマスがホントに昔のように思えた。
『英雄』を観た南華戯院も、もうなくなってしまったし…。