第3章 すべては高齢社会に集約される 第4章 福祉サービスの基本メニュー |
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第3章 すべては高齢社会に集約される |
第1節 なぜ介護保険なのか その仕組みと運用 寝たきりになっても住み慣れた家で暮したい――高齢者のそうしたねがいを前面に、ようやく発足した介護保険ですが、第1号被保険者といわれる65歳以上の高齢者に対する保険料の設定をはじめ、介護担当者の確保、介護の質の問題等実現までにはさまざまな紆余曲折がありました。時期尚早ではないかとの凍結論や、実施の延期が叫ばれるなど、これほど国民的論議を呼んだ法案も少なかったのではないかと思われます。緊急課題として実現にはこぎつけたものの、5年間の猶予期間を含め、これからも制度の手直しはさけられないでしょうし、より良い介護のためには、ぜひそうあらなければなりません。 急速に進む高齢化の中、その解決策を模索するわが国にとって、最高と思われたのがドイツの例でした。20年にもわたる議論の末、1995年にようやく介護保険法を導入したのがドイツだったのです。高齢化が進行する先進諸国の中でも、公的保険法を法制化した最初の国であったこと、その背景にはわが国の給付の状況と極めて酷似した点があったからかもしれません。 ドイツの場合、介護費用のすべてが国民の自己負担によるものでした。養護ホームなどの入所費用も全額自己負担だったのです。このような状況下で、費用負担が困難な低所得層は、わが国での生活保護にあたる「社会扶助法」に頼るしかありません。その中から介護費用を支払っていたのですが、それが35パーセントを超えるにいたっては、すでに限界とされたのです。というのも、わが国とは違って、ドイツの場合、社会扶助は国家負担のない制度で、その財源のすべては地方財政によって賄われていたからでした。 今後にますます増える高齢社会での介護費用をいかに抑えるか……地方財源を圧迫しない範囲内で、ということで創設されたのがドイツの介護保険だったのですが、それは、介護費用を新たな保険創設によって、国民負担に転嫁しようとした行政の知恵に他ならなかったのでしょう。 そのような先例に習ったわが国の介護保険でしたが、その基本的な理念は相互扶助という点にあります。住み慣れた家で暮らしたいという高齢者の願いを実現させるのが目的であるはずです。わが国の実情としても、高齢医療の高まりなど、社会扶助の増大が国や自治体の財政を圧迫しはじめ、さらに高齢化する将来的にも負担の限界――また、これまで家族が背負っていた老親介護を、社会全体で支えなければ破綻をきたすという特殊事情もありました。 たしかにわが国の場合、核家族化による高齢世帯の増加と女性の社会進出から、介護者不在という実情は無視できません。たとえ子どもに引き取られたにせよ、昼間独居という状態がほとんどであり、高齢世帯の場合は、老齢の妻が夫を、あるいはその逆のケースもあって、介護そのものが困難という状況が少なくないことから、養護老人ホームなどの施設入所や、入院した老人が、疾病そのものは全快したものの、帰宅できなくて病院を転々とする「社会的入院」が増えたりしたのでした。その結果、それらに伴う社会負担の増大、また特別養護老人ホームなど、ほんとうにそこを必要とする人が入所できなくて、各地で「何年待ち」といった事態が生じるようになったのが、在宅介護を柱とする介護保険導入のきっかけでした。 その基本的な仕組みは、主に65歳以上の高齢者がサービスの対象者で、介護認定審査会によって「要介護」と認められれば全員が受けられるとともに、第2号被保険者である40歳以上の人でも、 初老期の痴ほう 脳血管疾患 筋萎縮性側策硬化症(ALS) パーキンソン病 脊髄小脳変性症 シャイ・ドレーガー症候群 糖尿病性の神経障害 腎症 網膜症 閉塞性動脈硬化症 慢性閉塞性肺疾患 両側の膝関節または股関節に著しい変形を伴う変形性関節症 慢性関節リューマチ 後縦靭帯骨化症 脊椎管狭窄症 骨折を伴う骨粗鬆症 早老症(ウェルナー症候群) などの病気で介護が必要となったときにはサービスを利用できるというものです。 保険料を負担するのは40歳以上の全国民ですが、65歳以上の高齢者については、運営主体である各自治体によって月額保険料が異なっているのが問題ですが、これもスタートしたばかりの制度ということで、いずれは解消されるものと思われます。 本年10月から受け付けられている要介護認定ですが、要約すると次のようになります。 まず介護サービスを希望する人は、 1. 護保険証をそえて介護事業の運営主体である各市町村の窓口へ申請書を提出します。(代理者でもかまいません) 2. 受理した市区町村から、保健婦(士)やケースワーカーなどの訪問調査員が面接を行い、心身状態や85項目の質問事項を記入します。 3. その調査結果を全国共通のコンピューターソフトに入力して一次判定。医療や福祉などの専門家による「介護認定審査会」で1次判定の結果がチェックされ、問題があれば要介護度が変更されるなどの措置が行われます。(2次判定) 4. 認定の結果は、原則として申請後30日以内に郵送で通知され、その認定の有効期間は基本的には6ヶ月で、続けてサービスを受けたい場合は、期限切れの前に改めて認定をうけなければなりません。 もし認定結果が不服なら、各都道府県の介護保険審査会に申し立てられるということになっていますが、介護する家族が病弱だとか、ひとり暮らしといった理由で要介護度が上がるなどといったことはなく、あくまでも本人の心身状態が基本になるため、介護保険をめぐるトラブルはまだまだ続くことでしょう。 第2節 各自治体での反応は? 実施まで難航を続けた介護保険でしたが、その余波はまだ各自治体を覆っています。 そのもっとも大きな問題は、老健センターと呼ばれる老人保健施設やデイサービスセンター、訪問看護ステーション、あるいは特養、つまり特別養護老人ホームなど介護施設の未整備とともに、もっとも重要な役割を担うホームヘルパーの絶対的な不足です。 わが国の100万人を超える寝たきりの老人は、25年後には230万人に増加すると予測されています。それに対して厚生省が目標にした17万人のヘルパーは、昨年末、数字的にはどうにか確保はできたものの、介護現場では、その目標値が少なすぎたとの懸念が高まっています。同省では、さらにその内訳を常勤3割、パート7割と見込んでいましたが、大半を占めるパート勤務では、高齢者介護にとって不可欠な24時間介護のニーズを満たすことはできない、というのが介護現場での高い声です。パートのヘルパーが、早朝や深夜の勤務に対応できるかとの不安や、また、質についても問題視されているのは事実です。ここ数年、社会的な関心の高まりから、ヘルパー養成研修は各地で盛んに行われましたが、一口にいうヘルパーにも、230時間の研修を受けた1級から、入門過程であるわずか50時間の研修を終了しただけの3級ヘルパーまで、そのレベルの差は大きく、それが不安材料になっているのです。 というのも、厚生省の当初案では、身体介護にあたるヘルパーは2級以上の研修者が当たるということになっていたのですが、95年の改正でその区分をなくしたのが原因です。つまり、入門過程に過ぎない3級ヘルパーに、個々人によって差異のある微妙な身体介護を任せていいのかという危惧があるためで、目標達成だけの、厚生省の数合わせではないかと指弾する声も少なからずあるのは事実です。 たしかに、そうした指摘のとおり、実技以外はビデオで済ませたというお粗末な養成所もあって、粗製濫造という感は否めませんが、それにもかかわらずヘルパーが不足しているのは、使命感に燃える常勤者が少ないということもあるはずです。介護はあくまでも人と人の関係である以上、介護技術に加えて、サービス業としての人格も要求されて当然です。介護契約から逸脱した行為は許されないとしても、訪問先とのこまやかな人間関係を保ってこそ介護の実も上がるのであって、全てをビジネスライクに割り切ったところに、残るのは虚しい義務関係、金銭関係だけではないでしょうか。資格とビジネス――介護保険実施に向けて、その内容より規模というか数を優先した自治体に、要介護者とヘルパーとのトラブルが多いのも、質の問題を考慮しなかったこともあるでしょうし、それを知ってか知らずか、許さざるを得なかった自治体を責めることはできないと思います。 しかし、介護保険が発足したかぎり、その認定は審査会が行うにしろ、内容を選択するのは被保険者です。かつての豊中市が障害者(児)にとってまだしも理想の地であったことからそれら転入者が多かったように、これからの自治体は、介護保険による介護サービスの充実した自治体への転出入が増えることになるかもしれません。自治体にとって、それがいいかどうかは別として、老人ピープルを誘いかねない高齢者介護については、各自治体ともさらに内容の充実を図り、行政ではできない範囲を民間に委譲するなど、数の展開とともに介護の質の向上をいっそう目指さなければならないでしょう。そして官・民の競合による介護技術とサービスをさらに高め、要介護者の高齢者とその家族に対して、充足と満足との毎日を提供しなければならないのです。 各自治体としては、行政でカバーしきれないそうした点を民間の力によって高め、それによって要介護者のニーズに応える体制を整えようとし、これまでにも民営によるデイハウス、特養に並ぶグループホームなどの創設に援助を惜しみませんでした。それらは、財政的に逼迫した行政にとって、高齢化に伴う負担の軽減を図ることも目的だったでしょうが、日本人に欠けている相互扶助の精神を根付かせようとする、行政当局の深慮遠謀があったのかもしれません。 第3節 障害者も高齢化時代 第1章で述べたように、身体障害者福祉の原点はあくまでも戦地で負傷した傷痍軍人を対象にしたものでした。その後の法改正によって、広く一般障害者も福祉の範疇に入るようになったのですが、全般的な平均寿命の高まりから、障害者も高齢化しつつあるのが現状です。ここでは、それについて考えてみましょう。 法の制定から今日まで、障害者の福祉対策としてさまざまな制度が採りあげられてきました。それが障害者のための入・通所施設であり、自立のための各地の作業所や企業等における雇用促進法の導入などでした。しかし、いずれの場合も障害者とその家族にとって万全のものではなく、介護なり生活なりの負担の大部分は、依然として親たち家族が担ってきたのです。戦後50余年の歳月は、否応なくその親たちを高齢に至らしめたばかりではなく、早い世代では、当事者そのものまで高齢に達しようとしています。心を残しながら、すでに亡くなった親もあることでしょうし、生きていても、自信も高齢のために子の介助ができない親もあるでしょう。そうした親たちが安心して障害のある「子」を託せるわが国の現状でしょうか。充実した福祉制度なのでしょうか。そうした人たちが第1号被保険者の年齢に達した場合、やはり申請によって介護サービスが適用されることになりますが、その審査については特段の慎重さを望みたいものですし、介護時間を分単位で現す現行のあり方を、少なくとも人間の手に戻してほしいものだと思います。 心身障害については先天性・後天性、またさまざまな原因の疾患によるものがありますが、身体障害での、忘れられたというよりあえて問題にされていない原因の一つを記してみましょう。 それは、かつて「交通戦争」とまでいわれた交通事故によるものです。近年では、死者こそ年間1万人前後に終始していますが、これは、あくまでも交通事故発生24時間以内の数値だけであって、正確な記録こそありませんが、その後に死亡した人を含めるとその3倍にはなるだろうと関係筋ではみています。それに対する年間の怪我人はおよそ100万人にのぼり、そのすべてが障害者としての人生を歩むというわけではないものの、相当数の人が身体障害者として不自由な日常を余儀なくされているはずです。 そうしてみた場合、本来の高齢者を含め、介護を必要とする人は増えこそすれ減ることはないでしょう。ヘルパーの絶対数が不足している現状から見て、より質の高い有資格者が今ほど待たれている時代はないといってもけっして過言ではないでしょう。使命感に燃えるハイレベルな介護技術者こそ、関係機関のみならず介護を受けるすべての人たちも待ち望んでいるのです。 |
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第3章 すべては高齢社会に集約される |
第4節 大都市・地方の現状と比較 かつての経済高度成長とその後の国の政策から、都市あるいはその周辺の人口はますます膨れあがり、地方の過疎化が始まりました。しかも、そこに残されたのは親たちの世代で、現在の高齢社会は地方においてますます顕著となっています。高齢化率の高い県が左側で、右側は高齢化率の低い県の順位です。 1 島根県…23.1% 1 埼玉県…11.0% 2 高知県…21.8% 2 神奈川県…12.1% 3 秋田県…21.2% 3 千葉県…12.2% 4 山形県…21.1% 4 沖縄県…12.6% 5 鹿児島県…20.9% 5 愛知県…12.9% 総数ではなく、これはあくまでも人口に対する高齢化率ですが、島根県などはすでに人口比の5分の1を超え、幼児を含めた3人余で1人の老人を支えている勘定になります。 市町村単位になると、この数値はさらに高くなり、山口県の東和町では平成2年にすでに40パーセントを超え、町民の2人に1人が高齢者という極端な例もあるほどで、高齢者人口こそ多いものの、東京や大阪など都市部のそれが14パーセント程度であることを考えると、いかに高齢化が進んでいるかが判るでしょう。 この傾向はすべての都道府県でますます顕著になり、ピークとされる平成37年(2025年)まで一貫して上昇を続けます。厚生省の人口統計によると、37年での高齢化率の上位5件と下位5件は次のとおりです。 1 秋田県…33.8% 1 滋賀県…22.8% 2 山口県…33.1% 2 沖縄県…23.3% 3 高知県…32.5% 3 埼玉県…24.2% 4 島根県…32.4% 4 宮城県…25.0% 5 愛媛県…31.4% 5 山梨県…25.0% 高齢者人口ということになると、現在、将来とも東京・大阪・神奈川が高く、東京都の167万人が273万人に、大阪府の115万人が196万人に増加すると推定しています。 これは、鳥取県などの13万人が16万人に増加し、福井県の16万人が21万人になるのに比べ、総人口が多いとはいえ、都市部の増加率はかなり高い数値です。人口流入の少ないこれらの県がすでに高齢化のピークに差しかかっているといえる反面、都市部の高齢化はまさにこれからが正念場といえるでしょう。 第5節 4人に3人が老後に不安 介護保険によって公的な介護サービスを受けられるようになったわが国の老後生活ですが、いま4人に3人が老後に不安を抱えています。 それは、かつてマスコミ紙上で、老後資金は4000万円とも6000万円とも書かれたこと、また、老後設計は40歳から…などとはやしたことが大きく影響していると思われます。 さらに、国民平均の驚くべき郵貯金額、持ち家指数など資産にかかわる話題は、日常こと欠きません。そうした記事に引き比べて自分の現状を考えた場合、これは不安にならない方がおかしいといえるのではないでしょうか。 40代といえば、学費など子どもにかかる経費がもっとも高い年代です。自分のことよりも、まず子どもにと考えるのが親の気持ちではないでしょうか。しかも仕事では中堅クラスです。想像もできない老後のことより、まず日々の仕事が肝要です。愛する家庭もあります。それらを背負って夢中で生きている40代に、とても金銭を含めた老後設計などのゆとりはありません。それがほとんどの平均像ではないでしょうか。 ようやく子どもも独り立ちし、ホッとひと息つくのが定年前です。退職金の額は予定していた通りでしょうか。年金はほんとうに貰えるのでしょうか。金利もあてにできない状況下で、はたして老後を暮していけるのだろうか。定年離婚も増えている現在、手塩にかけて育てた子どももあてにはできない時代です。ほとんどの人が老後に不安を持つのは無理もないことかもしれません。 それらに加えてもっとも大きな不安は、健康でいられるのか、いつまで生きるのか、ということではないでしょうか。何ひとつできない産まれたての赤ん坊も、3歳になればこうなる、5歳では……と予定が立てられ、おおよそそのとおりに育つことから、つらい育児期間も頑張って乗り切れるのです。 育っていく赤ん坊に比べて、老後にはそれがありません。平均寿命こそあっても、それはあくまでも平均に過ぎなくて、日々衰えていくわが身を見ながら、はたして自分がいつまで生きるのか、ということへの不安が世界一といわれる郵貯金額になっているのでしょうし、各世代をつうじて老人の自殺がもっとも多い原因ではないかと思われます。 それほど老後に備えているとはみえない欧米各国ではどうなのでしょう。社会保障という面でおおむねそうなのですが、スウェーデンの場合、介護や看護その他すべてについて年金でカバーされます。そのために社会負担費を含む税率が高く、収入の大部分が割かれるという「高負担・高福祉」型の社会で、国民はそれほど老後の心配もせずに暮らしていけるのです。 日本の場合、歴史的に見て自己責任というか、一家一族意識の強い社会でした。当時は老後といえるほど長い期間ではなかったのですが、それでも年老いた親の面倒は子どもがみるという伝統があって、行政としても社会福祉などという概念はありませんでした。戦後の社会機構の変革から、にわかに社会福祉が政策の一つの柱として取り上げられるようになったのですが、わが国の歴史が、それを必要と認めながらも高負担になじまなかったのか、遅々として進まなかったというのが実情です。ようやく中負担・中福祉のレベルに達しようとした時点で突発したのがこの高齢社会だったのです。親の面倒は子がみるもの、という日本の伝統は失われ、まだ未整備な社会福祉と、世界に冠たる長寿社会などの狭間にあって、老後に不安がないといえば、これは嘘になるでしょう。高齢者たちは、精神的・肉体的な衰えの中で、寂しく不安な日々をおくっているのです。 第6節 さまざまな介護のあり方、その悲劇 介護保険先進国のドイツでは、いま介護にまつわる事件が問題になっています。それは、かつてわが国でも多発した「褥瘡」についてです。肉の一部がえぐれ骨にまで達した褥瘡が、高齢死者の1割以上にも発見されたのが介護スキャンダルの発端でした。調査に当たった医師団は、「遺体をみると、最後にどんな対応をされていたかが判る。多くの高齢者が、とても人間としての扱いをされてなかったようだ」と、介護の質の向上に取り組みはじめたのです。 褥瘡は体位変換・清拭などが万全に行われないことから発生します。わが国の施設でも、痴ほうによる徘徊など、目を放せない高齢者をベッドに縛りつけるという身体的な抑制が当然とされた時期がありました。それは病院でも同じで、点滴などの際、針を抜いたりするおそれのある患者の手足を縛って治療することが平然と行われていたのです。 それが、人間が人間に対して行う行為といえるのでしょうか。痴ほう症であれ患者であれ、あくまでも人間なのです。その自由を奪うことは絶対に許されるものではありません。そこには、要介護者を人間として認めていない介護側のおごりがあり、効率を最優先するシステムがそれを助長し、また許しているのでしょう。 心ある介護指導者の中には、そうした非人間的な施設介護に反発して、新しい介護を提唱したり、各地で自分たちが信じられる究極の施設を作る努力をしたりしています。それらが介護システムを支える大きな要素になっていることも無視できません。 行政の定める厳しい規準に至らないために、公的な補助・助成など資金援助も受けられず、スタッフの努力と熱意、それを支援する周囲の暖かい善意などで、ささやかな居場所を作って、高齢者の生きる喜びを、自分たちの喜びとしている民間施設がどれほど多いことでしょう。それらの人たちに支えられて、現行の介護保険による介護システムが機能しているといっても、けっして過言ではないはずです。 昨今の調査でも、個人のプライバシーをはじめ、大阪府の福祉施設の2割に、設備やその運営の上で問題があったとしています。21世紀の成長産業として大企業が続々と参入するほど過熱した高齢者産業ですが、その整備されているはずの施設に対して、抜き打ちでもない調査の結果が2割もの『課題あり』だったのです。 というのも、ドイツの例をとるまでもありませんが、産業であり事業である以上、利益をあげるという大前提があるわけです。そこに求められるのは、人件費を始めとする緒経費を抑え、いかに効率化を図って利益を生み出すかという以外にありません。しかも、そうした施設は、一般から隔離されたいわば密室的な性格を持っています。企業としての利益追求に走るあまり、不幸な高齢者が出たりすることのないよう、ドイツの二の舞だけは避けたいものです。 |
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第4章 福祉サービスの基本メニュー |
第1節 福祉サービスの種類と特徴 わが国の場合、これから問題になるのは高齢福祉です。ここでは主としてその点に絞って考えてみましょう。 福祉サービスを行う施設等については、おおむね次のものがあります。 1 社会福祉協議会(社協) 公私の福祉機関で構成された福祉の民間組織で、全国の市町村・都道府県に設置されており、中央組織として全国社会福祉協議会があります。その役務は、関係諸機関との連絡・調整、社会福祉に関する調査・研究ならびに広報活動、ボランティア活動の推進とともに、ホームヘルパーの派遣や公的施設の運営代行などを行っているところもあります。 2 特別養護老人ホーム 65歳以上の高齢者で、心身に著しい障害があるために常時介護を必要とし、在宅で生活することが困難な人が入所して、介護や生活上の援助を受ける施設。公益性が高いため、設置できるのは都道府県、市町村の他、都道府県から認可を受けた社会福祉法人や日本赤十字社に限られています。 3 老人保健施設 一般に老人保険センターといわれるもので、1986年の老人保健法の改正で創設されるようになった施設。病状の安定期にあって、入院治療よりもリハビリテーションや医療看護を必要とする高齢者に対して、適切な医療看護と生活サービスを提供する施設。 4 療養型病床群 長期入院患者が入院している療養型の医療機関で、一般病院よりも一人あたりの病室面積が広く、食堂や浴室なども設置し、療養環境が高められており、医師と看護婦(士)数は少ないものの、介護などを行う補助員が、同程度配置されています。また、完全型と転換型があり、転換型の場合は食堂や浴室の設置は義務づけられていません。介護保険法とともに成立した改正医療法で、これまで病院にしか認められていなかった療養型病床群の設置が、有床診療所にも認められるようになりました。 5 非営利の民間団体 営利を目的とせず、支援会員やボランティアの協力によって、安い利用料で在宅サービスを行っている団体。自発的な住民の参加でサービスを提供する純民間の組織から、市区町村の全面的な援助によって設立・運営されている組織まで、その形態はさまざまです。いわゆるNPO(非営利組織)の一つですが、法人格を持たない組織も多く見受けられます。 6 在宅看護支援センター 在宅であって寝たきりの高齢者やその家族などに対して、在宅看護についての相談に応じたり、各種のサービスが総合的に利用できるように調整するとともに、サービスの提供も行う機関。24時間対応を原則としているため、特別養護老人ホームや老人保健施設に併設されているケースが多く、職員には保健婦(士)または社会福祉士、看護婦(士)または介護福祉士がそれぞれ1名ずつ配置されています。 7 訪問介護(ホームヘルプサービス) 在宅で寝たきりの高齢者など、心身の障害や疾病などで日常生活に支障のある方に対して、ヘルパーが家庭を訪問して、身体介護や家事援助などを行うサービスですが、担当するヘルパーの絶対数が全国的に不足しているのが現状です。 8 訪問看護 障害をもつ在宅の高齢者に対して、看護婦(士)などが医師の指示にしたがって家庭訪問し、必要な看護・処置を行うサービスをいいます。 9 デイサービス 住宅の虚弱な高齢者などが、そのために設置されたセンターに通い、食事の提供、入浴、日常動作の訓練などを受ける『日帰り型』のサービスで、市町村直接やその委託を受けた社会福祉法人などが運営します。 ○ ショートステイ 介護の必要な高齢者などが、その家族の病気などで一時的に介護を受けられなくなった時、特別養護老人ホームなどの施設に短期入所し、介護その他の生活援助を受けるためのサービスです。 ○ グループホーム 痴ほうの高齢者などが、少人数で普通の住宅に住み、介護や生活上の援助を受けながらみんなで暮していく介護方式。スウェーデンなどの高齢先進国で積極的に採用されている様式で、知的障害者や痴ほう高齢者などの介護・援助に適した方式といわれています。たとえ痴ほうであっても、できることをするということから、痴ほうの進行を遅らせるという効果があるという調査結果もあります。 ○ 有料老人ホーム 10人以上の高齢者が入所し、食事など生活上に必要なサービスを提供する施設で、老人福祉法にも規定されていますが、公的な老人福祉施設ではなく、利用者と事業者との契約に基づいて入所し、それにかかわる諸費用や利用料などは入所者が全額負担するという民間のサービス施設です。 ○ 軽費老人ホーム 60歳以上の人で、自分の身の回りのことはできるものの、家庭環境や住宅事情その他の理由から自宅での生活が困難な人が『低額』で利用できる施設です。入居には、地域居住者優先で収入制限があり、給食つきのA型、収入制限はないものの自炊が基本になっているB型、地域制限はないものの利用料が割高なケアハウスなどがあります。 これらが、高齢者介護を主体にした公・私的な施設です。それぞれの地域性によりますが、特別養護老人ホームなど、大がかりな施設の建設を手控えようとする動きがあり、今後は北欧などにみられるグループホーム方式が主流になるとみられています。 第2節 施設介護と在宅・地域介護 介護には、公的・民間機関が運営する養護老人ホーム、特別養護老人ホームなどがあります。施設介護といわれるそれらは、各地で建設・運営されていますが、とうてい入所希望者の要望を満たすにはいたらず、長い施設では何年待ちといった深刻な状況が続いているのが現状です。 これまで述べたように、立地環境とか個室が少ないことによるプライバシー不在などという点を除けば、看護師・介護福祉士など介護担当職員が充実していることから、預ける家族にとっては安心できるといえるでしょう。さらに、家庭環境の不備や家族関係の薄さがいわれる現在では、いつまで続くか知れない介護の苦労より、多少の費用は負担してでも施設での介護を望むのは、哀しいことですが当然の心理といえるかも知れません。 施設では、規模に対する勤務人員数が法的に決められており、介護の完全性が図られています。たとえば、入所者数100の特別養護老人ホームの場合は、おおむね次のとおりの人員配置が必要とされます。 ★ 医師……1名(非常勤でも可) ★ 看護師……3名 ★ 介護職員……22名 ★ リハビリ等指導員……(理学療法士・作業療法士) ここでは、入所者の身体状況に合わせた食事をはじめ、排泄・入浴・リハビリなど、完全介護が行われます。しかし、程度の差こそあれ痴ほう症状があったり、車いす使用者が多かったりして、介護従事者の心身の負担は大きなものがありますが、介護を天職と信じる人にとっては、もっとも充実した職場ということができるでしょう。 養護老人ホームも同様ですが、ここは心身状態の良い高齢者が入所しているだけ負担は軽いかも知れませんが、従事者が少なくなるのは当然です。 多くの市町村で作られている老人保険センターは、ホーム入所にいたらない高齢者を対象に、リハビリによる残存能力の強化や、在宅介護者の病気その他、やむをえない事情がある場合に高齢者を預かるショートステイなどを行っています。 ショートステイの場合、おおむね3ヶ月を限度に入所でき、介護従事者の職務は特別養護老人ホームと同様です。 その他の施設として老人センターがあります。ここでは日帰りによるデイサービスが行われ、送迎による在宅高齢者の入浴やリハビリなど、家族介護者の負担軽減を目的に設置されています。 その他の施設として老人センターがあります。ここでは日帰りによるデイサービスが行われ、送迎による在宅高齢者の入浴やリハビリなど、家族介護者の負担軽減を目的に設置されています。 これらの施設について、民間では特別養護老人ホームが併設しているケースが多く、日常生活に多少の支障がある高齢者達がともに生活するグループホームやデイサービス、ショートステイなども民間による運営が盛んになっているのも心強い限りです。 在宅介護は文字通り家族による介護ですが、女性の社会進出や高齢世帯の増加で、万全に機能しているとは言えない状況です。それら家事・介護をサポートするのがホームヘルパーで、福祉公社または社会福祉協議会などによる派遣や、民間組織も各地で活躍しているのは知られているとおりです。 介護保険の目的の一つは在宅介護です。住み慣れた町で暮らしたい高齢者の願いを実現するために、施設よりも在宅による介護を重点にするのが、これからのわが国の高齢福祉対策の主流になることは明らかです。 しかし介護は、子育てとはちがって出口の見えないトンネルのようなものです。元気だった老人が僅か数日で亡くなったり、寝たきりの親を10年も、それ以上も看取ったという人もいます。そうした介護の苦労を取り除き、その段階に即したもっとも適切な援助をしようというのが介護保険のシステムです。それを受けるためには審査があり、介護者の望むだけのサービスを得られないというケースもあるでしょう。そのために受益者負担の民間サービスも行政の指導で充実しており、介護者をサポートするネットワークは完成に近づいているとはいえなくはありません。行政としてさらに推進したいのは、地域による支援システムの確立です。自立する高齢者たちに、地域団体などでサロンを設けたり、昼食会が催されたり、またボランティアによる支援なども行われていますが、それらの支援体制がさらに充実すれば、一人暮らしの高齢者にとって、住みなれた町でどれほど心強いことでしょう。 わが国の美風として称えられてきた『向こう三軒、両隣』の意識が、新しい感覚の中で復活し推進されれば、どれほど暮しやすい世の中になるか知れません。人は一人では生きていけないものですし、いずれ、誰もが年齢をとるということを自覚するとともに、おなじ地域住民として温かい手を差し伸べたいものです。 第3節 小地域ネットワークの必要性 行政が推奨し、その確立に努めている組織として『小地域ネットワーク』があります。これは、公的・私的にかかわらず広く張り巡らされた高齢者支援というネットから、一人でも漏れることがないよう、さらに細かくネット化しようとするもので、小学校校区を単位にしたり、各市町村によってその組織形態や運営母体が違ったりしているものの、その目的とするのは、地域での高齢者あるいは援助を必要とする人たちが、等しくその権利を行使できるようにするための支援組織であることです。 多くの場合、社会福祉協議会などと連携した民間組織で、自主的に地域住民の福祉向上を目指して日常的に活動しています。 その主なものとして、大阪府の場合は、高齢者と子どもたちとの世代間交流やサロン活動、高齢者を対象とした昼食会・配食などを始めとして、独り暮らし高齢者への安否活動など多岐にわたっています。またその活動に対する必要経費については、ほとんどの場合、行政などからの助成均等が当てられていますが、大阪府下の各市町村では、福祉法人化された社会福祉協議会が、賛助会員として年に1度1口500円程度、事業者・企業などの特別賛助会員については1口5000円程度で広く市民から募集する会費や寄付金でそれらの事業を展開しています。しかし、組織化されているとはいえ、PTAなどと同様、あくまでも民間団体であることから、事業の実施は無償のボランティアが行っているというのが実態です。 まだ全国をカバーするだけの強力なネットワークとはいえないものの、この組織化は、高齢者を始めとする社会的弱者といわれる人たちにとって、心強い味方ということができるでしょう。というのも、家にこもりがちな高齢者にとって昼食会・サロンなどへの出席は、孤独感を癒したり、仲間を作る格好の場になると、おおむね好評を得ていること。また世代間交流についても、日ごろ接触のない孫世代を思い出すせいか、その日が待たれているのも事実です。 さらに配食システムは、家庭を訪問したうえで食事を手渡すことが安否の確認にもつながるというプラス面もあります。それらさまざまな事業をつうじて、地域の高齢者を見守り安心して暮らしてもらえるという効果は否定できませんし、これからの超高齢化社会にとって、こうした小地域ネットワークの必要性は誰もが認めるところでしょう。しかし、年間をつうじて配食をしている自治体があると思えば、僅か月に一度ほどの昼食会でお茶を濁している組織があったりして、その質のばらつきは否めないのが現状です。 その原因として挙げられるのは、ボランティア人口の少なさではないでしょうか。ことに都市部の場合にそれがいえそうで、仕事や趣味が優先されて、ボランティアのなりてがないという嘆きがよく聞かれます。老親の扶養が、その子ら全員の義務とされたことから責任の所在がぼやけたように、都市部の場合も、自分がしなくても誰かが……という安易で無責任な気持ちがあるのかもしれません。しかし、介護保険による在宅介護が主流となる今後は、たとえ田舎の老親が健在だとしても、こうした小地域ネットワークによる見守り・支援などによって地域の人たちに支えられていることを理解し、積極的にボランティア活動に参加してほしいものです。いずれ自分も、そうした高齢者の一人になる日が必ず来るのですから。 |
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第4章 福祉サービスの基本メニュー |
第4節 ボランティア参加意識の欠如 歴史的・宗教的にみても、日本人にボランティア意識、つまり奉仕の心が低いことは何度も記しました。しかしこれは、どうしようもない国民性なのでしょうか。他人の痛みをわがこととして受け止められない、何か性格的な欠陥がわれわれ日本人にあるとでもいうのでしょうか。 それには、はっきりノーと断言できるでしょう。 現状をみる限り、確かに諸外国に比べてボランティア活動は低調です。昔の『情けは人のためならず』という格言も、他人にかけた情けは、いつか自分に返ってくるという本来の意味をはなれて、情けをかけるのは他人のためにならない、と解釈する現代人が多い昨今では、国民性とみられても仕方がない面があるのも無理からぬことです。しかし、わが国を訪ねる外国人たちが、日本人の優しさ、こまやかな人情味に感激する事実を見ても、けっして本来的な特性ではないはずです。 その原因として挙げられるのは、日本人が持つ羞恥心にあるのではないでしょうか。それと、日本人特有の他人より出過ぎてはいけないという横並び意識、またボランティアを特別視する感覚などがあいまって、ボランティア活動不振の現況を招いているとしか思えません。 確かに戦後民主主義によって個の主張が盛んになりました。しかし、いま社会の中堅を担う世代の人たちの多くは、良くも悪くも日本人としての影響を、多少なりとも親から受けて育っています。羞恥心もそのひとつで、うまくできなければ恥ずかしい、また出過ぎではないだろうかなど、ことさら他人の目を意識する傾向が強い上に、何らかの特技を持っていなければボランティアができないという思い込みまであって、それが参加をためらわせる原因のひとつでもあるのでしょう。参加した人たちは、ボランティアが単なる奉仕ではなく、むしろ人間として学ぶ機会であることが判るのですが、最初の一歩がなかなか踏み出せないこの世代特有の感情のようです。 さらに、社会の価値観が金銭主体に様変わりしたのも大きな原因として挙げられます。むずかしそうな無償の行為より、僅かでもパートで稼いだ方が……という極めて現実的な考えをする人が増えたことも、ボランティア活動を阻んでいる理由のひとつとみられています。またそれより下の年代については、親にも学校からも教えられなかったことによる不参加が最大の原因ですが、近年になってボランティア活動が単位あるいは内申点として認められるようになったことから、学生サイドでも活発な展開をみせ始めたのは、高齢者や障害者のためにも喜ぶべきことといえます。 見る前に飛べ――という言葉がありますが、ボランティア活動こそそうしたもので、逡巡するところに道は開けません。その種類にいたってはまさに千差万別、小は高齢者の話し相手や病院の薬の受け取り代行。掃除・洗濯などの家事にいたるまで、誰でもできることばかりです。しかも介護保健サービスの採用から、ボランティア必ずしも無償という考え方が薄れてきているのも事実です。今後、介護認定の範囲内でのサービスでは対処しきれない高齢者の増加が推量される事から、非営利ホームヘルパーの需要はますます高まるであろうことは明らかです。登録ヘルパーとしてそうした組織に参加しておくことで、自分のいける日・日時を自由に選択でき、さらに若干の収入になるうえに相手からは喜び・感謝されるという働き方も、これからの新しいワーキングスタイルとして考えられるのではないでしょうか。そうなったとき、わが国のボランティア後進国という汚名も返上でき、要支援者たち、つまり高齢者にとって住みやすい国・町になると思われます。 第5節 福祉のサポーターたち 介護保険制度の発足で、一躍脚光を浴びた職種に介護支援専門員――ケアマネージャーがあります。これは要介護者の相談に応じて、サービスを提供し、ケアプランの作成などを行う専門職で、厚生省令で定める者とされています。医師・歯科医師・薬剤師・看護師・保健師・社会福祉士・介護福祉士・理学療法士(PT)作業療法士(OT)などの医療・福祉専門職で、5年以上の実務経験があって所定の試験に合格した人に与えられる国家資格です。この制度が定められた1998年度の受験者は全国で20万人を超え、9万1000余人が合格しましたが、合格率は44.1パーセントと、新しく創設された資格試験としては低い数字でした。 合格者を職種別でみると、看護師等の看護職が30パーセント以上を占め、以下、介護福祉士、相談援助・介護事業業務従事者と続き、医師も9000人あまりがその資格を得ています。 こうした診療や看護職がマネージリングを行うことは、何らかの疾病を持つ高齢者には安心という一面もあるでしょうが、介護と看護は本質的に違うという点から、どちらが有利ということはできないと思われます。それより、注目されるのは企業関係者の受験や合格者が目立ったことで、従来から介護などに携わっている組織は当然としても、これまで全く関係のなかった企業まで参加しているということは、わが国における高齢福祉の今後が、一大産業として成長するという深い読みからではないでしょうか。 たしかに、国と自治体によって構成される介護保健サービスは、これからの高齢者介護を根本から変えることでしょう。そのため、実施を目前に控えながら、国会でもまだ、細部についてさまざまな応酬が交わされ混乱が続いているのが現状です。新しいシステムの採用については、世論を含めて常に賛否両論が沸くのはこれまでの例にみられるとおりで、検討期間の短さから時期尚早などとの論も多い介護保険ですが、超高齢社会に対応するための現行のシステムとしては、ベストではなくともベターであると考えられる以上、4月からの実施決定どおり行うべきだろうと思われます。そして、現在から不安視されている各自治体による保険料の問題や、サービスの質・内容に対する格差などの不備が生じた場合には、そのつど修正し、より完成に近づけるための努力を重ねる――つまり走りながら考えるという方法をとらなければ、既に待ったなしの高齢社会をとうてい乗り切ることができない段階にいたっているのが現状です。たしかに危惧されるように、各自治体によって格差が生じることから、より有利な地域を求めて移住しようとする介護難民が発生するかもしれません。しかし、使命として高齢者福祉をサポートする私たちは、そうした混乱は一時的なものとして無視する以外にはないでしょう。 介護サービスを申請する高齢者を最初に訪問するのは、『資格』を持った訪問調査員です。要介護者にとって、その人選について選択の余地はありません。そこで、国が定めた85項目にわたる全国統一化された調査票に記入し、客観的で公平な判定を行うため、コンピューターによる1次判定を原案として、医師や保健医療福祉等の学識経験者で構成する第2次審査会で審査判定の結果、要介護者に対するケアプランを作成するということになりますが、こうして作られた介護プランについて、要介護者が選択できるというのがこのサービスの良さではないでしょうか。 というのも、介護点数による保健サービスを、どこで、誰に依頼するのかを選ぶのは、当事者である要介護者自身に他ならないからです。審査によって定められた介護メニューを最低でも半年のあいだ実際に介護し、年齢という点は別に人間としての生き甲斐を持ってもらったり、身体的に良くも悪くもできるのは、そうした資格者を含む介護サポーターたちであるからです。もし、天職としての介護を目指すのなら、現在でも全国で4万人程度しか必要のない訪問調査員の職務より、一日も早く介護実務につくことこそ、200万にもおよぶ寝たきり高齢者の喜びではないでしょうか。 専門職ではあるものの、介護というのはサービス業であるといわれます。たしかに人と人との関係である以上、要介護者に好かれ、信頼されなければなりたっていかない業種です。また、それでなければ、多くの介護実務者の中から『特に……』という指名もされないことでしょう。 高齢化社会がようやく問題視され始めた当時、天職と信じて、社会福祉士あるいは介護福祉士としての資格を得ながら、挫折して道を違えた人が多かったのは、その資格に頼りすぎたあまり、要介護者との故のない上下意識が招いた結果だったと思われます。これからの介護は、あくまでも人と人との人間関係であり、しかも、痴ほう症状があるにしても、幼児扱いはおろか、人生の先輩として対処する真心がなければ、本人にも感謝され、その家族からも暖かい記憶として、いつまでも心に残る介護者になれないのではないでしょうか。 |
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