礼  拝  説  教

「教会を造り上げる」

Tコリント14章6〜19節

福井 博文


 パウロはギリシャ語のオイコドメオーという語をよく用いました。教会を建てる、教会を造り上げるという意味です。ただパウロは設計技師ではありませんから教会建築のことを言おうとしたのではありません。信仰の共同体を造り上げるという意味でこの語を用いました。パウロは聖霊の導きのもとで、主イエスを救い主と信じる者を多く生み出しました。それだけでなく、信仰者たちが、神の賜物にあずかっている場合、感謝して互いに補い合い、配慮し合って神に喜ばれる教会生活を築き上げてくれることを願ったのです。

 パウロは信仰共同体を形成する専門家でしたが、強固な教会組織を造り上げるという意味での専門家ではありませんでした。時代はまだそこまで行っていなかったのです。今日、日本基督教団に属するわたしたちの教会は、それぞれの地域で共に集まり主日ごとに礼拝を守っています。当時の教会も同じで各地で信仰共同体が造られ、そこで礼拝が守られていました。教会には使徒、預言者、教師がいました。教会の教えに責任を負う長老たちと生活の世話をする執事たちがいました。それで十分だったのです。

 当時宣教活動に多くの困難がありましたものの、まだ比較的おおらかな時代であったと言えます。その中で教会は、急速に拡大し、信徒の数も増大しました。ヨーロッパ大陸での実りのひとつであったコリント教会(紀元50〜51年頃設立)も地域教会として栄えました。パウロが亡くなったあと、紀元90年以降になりますと、各地において組織的な迫害が起こるようになり、幾つもの異端的教えが猛威を振るい、教会はその対応に多くの労力を割かねばならなくなりました。

 教会は外からの攻撃に対して指揮系統を強固にし、内側からの攻撃に対して権威の所在を明確にすることで一致を保とうとしました。この頃から教会の組織化が始まったのです。聖霊はその時代その時代にふさわしい形で、わたしたち信仰者の信仰を守ろうとしてくださいます。ですから教会を造り上げると言うとき、あれかこれかでなく、あれもこれも、聖霊がご用意くださったものであるという信仰を持つことが必要です。ひとり一人がみ言葉に生かされることも大切ですが、しっかりした信仰共同体が形造られることも大切です。すべては聖霊の働きであり、神に感謝せねばなりません。

 今日、日本の社会環境の中で、教会がどのように造り上げられるべきかは、わたしたちひとり一人に与えられた重要な課題です。わたしたちは、聖書の読み方と神学的な考え方をたゆまず学び、社会の現実とも向き合いつつ、いまに相応しい教会を形成していかねばなりません。わたしたちプロテスタント教会の信仰者は聖霊の内的証示に従う信仰に生きています。それだけに人任せでいるわけには参りません。絶えず責任ある決断と行動が求められます。プロテスタントがよく考えよく学ぶと言われるのはこういった理由によるのです。

 パウロは誰よりも多く異言で祈り、異言で賛美する人でした。しかし、パウロはそのことで得意になったりしませんでした。異言は人々に理解できるものでないと意味をなさないことを知っていたからです。笛は楽譜に従って穴を指で押さえなければピーピーと鳴るだけです。キターラ(ギリシャ語でギターの語源になったもの。竪琴と訳されます)も旋律を指で奏でないと、ボロンボロンと鳴るだけで聴いている者は不快になります。ラッパ兵も決められた音階で合図を吹き鳴らしませんと誰も所定の行動を起こせません。ですから異言も聴いている人に理解できることが求められたのです。

 使徒たちはいつも人々の理解できる言葉で神の啓示を語りました。預言者たちも神に関する知識と預言を分かる言葉で伝えました。教師たちはキリストの教えを噛み砕いて伝えました。パウロも異言を生のままで示さないで、分かる言葉で祈り、賛美し、説教しました。そして、異言を語って得意になっているコリントの人々に、あなたがた自身がバルバロス(ギリシャ語で外国人、異国人という意味)にならないようにと注意しました。バルバロスは擬音からできた語です。遠方に住む異国人の話す言葉がギリシャ人にはバロバロと聞こえたらしいのです。現代においても語られる異言はこれと響きが似ています。

 わたしたちも異言で祈り、賛美するとき、周囲の人に迷惑をかけないように、車の中とか、寝床の中とかで独りで語りたいと思います。1901年米国カンザス州トピカで始まったペンテコステ運動は世界中に広まり、これを受け入れた教会ではかなりの人が異言を語るようになりました。それでも、周囲の人々への配慮は必要です。異言はわたしたちの信仰の感性を鋭くまた豊かにしてくれるもので大変有益ですが、飽くまでも個人的なものです。ですから異言を語る場合は教会におけるそれぞれの奉仕が異言の賜物によって磨きをかけられ向上させられるよう祈り求めたいと思います。

 当時の教会には初心者の席というものがあり、入信間もない人たちが多く着席していました。この人たちも異言の祈りや賛美は皆目分かりませんでした。特にこの人々には理性で語ることが必要だったのです。パウロは理性によって五カ国語を自由に操ることができたようです。そうでないとギリシャ語以外の言語を話す人に伝道などできなかったでしょう。わたしたちもパウロにならい、与えられた賜物を用いて、神への良い奉仕者となりたいと思います。

(6月1日 主日礼拝)