研究本(書籍)
・作者名、作品名、出版社、発行年、ジャンル、簡単な紹介文の順に記載。全集などに拠ったものは、各紹介文末に収録元を記した。
・紹介文を書くために参考にした本(またはHP)は、紹介文末に記載した。
・便宜上、学術書も一般書も(一部評論も)研究本でくくっている(すみません、明確な違いがわからない・・・注の有無でいくと『八犬伝の世界』も一般書になってしまうし)←その後高田氏自身が「『八犬伝』の「隠微」と秘匿」の中で「アカデミックな場でない拙著」という表現をしているのを発見した。が、このHPはもうこのまま「研究本」で統一する。
・ネタバレはなるべく少なくするようにしているが、予備知識一切なしで読みたいという方は「関連資料(事務的羅列)」の方をどうぞ。
・著者名でアイウエオ順。同じ著者のものは年代順。
『岩波講座 日本文学史 第10巻 一九世紀の文学』(岩波書店、1996年) 研究本
江戸後期の文学作品を、漢詩・和歌・歌舞伎など大まかなジャンルごとに専門家が論じる。『八犬伝』がらみでは、内田保廣「京伝と馬琴」収録。読本の萌芽となった別ジャンルの代表的作品や後期読本の方向性などを紹介し、『八犬伝』についてはその出版システムから理念、近年の研究についてまで大きく取り上げている。また佐藤悟「挿絵から見た近世小説史」は画家・柳川重信の代表作として『八犬伝』の名を出し,高木元「書肆・貸本屋の役割」も馬琴の黄表紙や読本に触れている。
『和漢比較文学叢書 第十七巻 江戸小説と漢文学』(汲古書院、1994年) 研究本
播本眞一「『南総里見八犬伝』と『孟子』」、小川陽一「『八犬伝』拾零−とくに紅楼夢から−」収録。前者は『小説神髄』が「仁義八行の化者」と呼んだ八犬士や義実ら「君子」の像は『孟子』の理念を下じきに孝を重視して描かれていること、その奥には天皇の登場を促す意図があったことを論じる。後者は『八犬伝』のエピソードのもととなった中国の典籍のうち、新たに数点を指摘する。
『グラフィック版 民話と伝説 第4巻 南関東』(学習研究社、1976年) 研究本?
東京・神奈川・千葉あたりを舞台とする民話や伝説を簡潔に紹介。絵や写真をふんだんに使い、子供でも理解できるとっつきやすい内容になっている。「里見八犬伝」の項で、ごく簡単なあらすじを『八犬伝』ゆかりの遺跡(伏姫の窟など)の写真とともにのせる。『八犬伝』もすでに民話レベルで人口に膾炙してるのかとふと感慨を覚えた。
『古典と現代』(中央公論社、1974年) 研究本
72年4月〜73年3月までNHKで放映された「古典と現代」を元に編集したもの。学者・評論家らが有名古典文学についてインタビュー形式・座談形式で語る。『八犬伝』のほか、『太平記』『歎異抄』『平家物語』『御伽草子』『新古今和歌集』を取り上げる。「南総里見八犬伝 文明への叛逆」の項で、多田道太郎・東由多加・山田宗睦・松田修の四氏が『八犬伝』のもつ土俗的エネルギー、ユートピア志向、体制への密かな叛逆精神などを指摘している。東京キッドブラザース演じるミュージカル版八犬伝なるものが存在することを初めて知った。巻末に松田氏による解説「『八犬伝』における逆説的構造」あり。
『古典の事典〈精髄を読む−日本版〉13 一八〇九〜一八三一(江戸)』(河出書房新社、1986年)
文化六年から天保二年の間に成立した小説、随筆など三十七作品を収録。「南総里見八犬伝」の稿で『八犬伝』のあらすじと解説、江戸期の『八犬伝』二次作品や現代の研究本の紹介+芳流閣のくだりを原文・訳文両方で載せている。他の馬琴作品では『弓張月』も収録。ともに解説は播本眞一氏。
『新発見!南総里見八犬伝』 企画展
千葉県文書館(千葉市中央区)にて、平成18年8月2日〜平成19年1月20日まで開催。錦絵ほかの『八犬伝』二次作品や原本、江戸の出版文化にまつわる道具類を展示。「八犬伝ゆかりの地マップ」がけっこう嬉しいかも。
『新編 稀書複製會叢書 45』(臨川書店、1981年) 資料(影印)
「里見八犬伝 第八輯巻之一」、『偐紫田舎源氏』、『参海雑志』、『江戸名所図会画稿』、「新編金瓶梅草稿」収録。『八犬伝』は闘牛のくだりから石亀屋での船虫による小文吾襲撃まで、『金瓶梅』は七集七巻と九集の一巻の原稿と完成品?をのせるが、完全失明直前の七集分はもはや書き文字が判別できない・・・。完成品の方も文字のかすれが目立つ。失明後の九集の草稿に至っては人物画の指定も何のことやらさっぱり。画工の豊国はよく描けたものだ。もっとも細部が指定とちがっていたところでもう馬琴にはわからないわけだが・・・。
『シンポジウム日本文学11 幕末の文学』(学生社、1977年) 研究本
前田愛氏を司会に、近世から近代への転換期における文学を、蘭学から落語まで幅広く論じる。松田修氏の報告(といっても座談会のような形式)による、「第二章 馬琴の小説世界」が「幕末のアンドロギュヌスたち」を踏まえて、『八犬伝』(他作品も)のイデオロギーや美少年について語っている。
『生誕二百年記念 曲亭馬琴』(天理図書館、1967年) 研究本
近世文学会が開催した馬琴展陽に提供された(とおぼしき)資料を説明文付で掲載。馬琴自筆の稿本や書簡など貴重な図版が目白押し。
『国立劇場上演台本集 5』(国立劇場、1970年) 台本集
明44年3月上演の『南総里見八犬伝』を収録。脚色は渥美清太郎氏。内容は、浜路と陣代の縁談から浜路くどき(?)、円塚山、芳流閣、古那屋、庚申塚、荒芽山、とすすんでゆく。このへんは比較的原作に忠実だが、最後の対牛楼のエピソードでは馬加大記の主人として扇谷定正を登場させ、毛野の仇討ちの直後、毛野・小文吾以外の六犬士が乱入し、定正を追いつめつつも「天下の叛逆人」(定正は馬加、横堀らとはかって許我成氏を討とうとしていたそうな)である定正を自分たちで倒しては義が立たないと見逃したところで幕という、やたらバタバタとあっけない結末になっている。そもそも大角や親兵衛って誰だよ、という感じ。古那屋の場に「大八」ならいたけど。円塚山で道節・荘助が斬りあうところに、唐突に毛野と小文吾がからむというのも謎。こんなところで何してたんだ?
『国立劇場上演資料集32 南総里見八犬伝』(国立劇場芸能調査室、1969年) 資料
『八犬伝』を題材とする歌舞伎作品の上演年表、原作の梗概、馬琴や『八犬伝』に関する論稿や舞台についての諸氏の批評など。国立劇場はこののちにも1982年、1991年に『八犬伝』上演資料集を出している。
『国立劇場上演資料集201 南総里見八犬伝』(国立劇場芸能調査室、1982年) 資料
上演年表、梗概、解説、劇評などの半分ほどは、69年版のものと重複した内容(年表は69年以降に上演された4作が加わっているが)。どちらも劇評がかなり手厳しい。
『草稿とテキスト 稿本・写本と版本・テキスト−日本近世文学における諸問題− 報告集2』(大妻女子大学草稿・テキスト研究所、2002年) 研究本
日本近世文学についての、仮名草子・浮世草子・後期の浮世草子・近世後期の戯作それぞれの専門家四名をパネリストとするシンポジウムの内容をテキスト起こししたもの。うち板坂則子「草稿にみる馬琴の創作方法」が馬琴作品を扱う。馬琴の稿本が残っている作品の一覧を載せた上で『占夢南柯後記』を取り上げ、稿本の切り継ぎのさまざまな例を紹介する。『八犬伝』についても、馬琴からお路の手に筆が移ったのはどこからかといった話が出てくる。
『特別展「八犬伝の世界」』 企画展
千葉県館山市立博物館本館で、2009年1月31日〜3月8日まで開催。原作や錦絵のパネル展示はもとより、比較的最近発売された『八犬伝』関係のゲームソフトやプラモデル、ストラップ、舞台などのポスターまで集めてあるのが個人的には見ものだった。なかでも印象が強かったのは『八犬伝』の中国語訳本二種。うち一冊は原作に山手樹一郎氏の名前があるので『新編八犬伝』か『世界名作全集(50) 八犬伝物語』が元だろうか。これの表紙の伏姫がえらくグラマーかつ露出度が高いのが目の毒。
↑こちらについては平次様より存在を教えていただきました。いつもありがとうございます!
『特別展「八犬伝の世界」』(館山市立博物館、2009年) カタログ
上記の企画展のカタログ。だが単なる出展物の図版をならべ若干の解説を加える形式ではなく、『八犬伝』のあらすじを紹介しつつそのシーンに見合った図版を載せるなどの工夫がある。そもそも上で書いたようにこれまでの『八犬伝』展では見なかったような出展物が多く出ていただけに、図版を眺めているだけでも新鮮である。
『南総里見八犬伝・初霞空住吉−かっぽれ− 国立劇場上演資料集<312>』(国立劇場調査養成部芸能調査室、1991年) 資料集
『八犬伝』および『初霞空住吉(はつがすみそらもすみよし)』の上演年表等資料を収録するが、5分の4ほどは八犬伝がしめている。内容は上演年表(上演年月・劇場・外題・役者など)、諸氏による解説・劇評など+和田萬吉「「南総里見八犬伝」の末書の紹介−即ち「八犬伝」が当時の戯曲界に及せる影響−」、「『八犬伝』の世界」。『八犬伝』の狂言は人を呼べないのだそうな・・・。
『日本の古典16 グラフィック版 南総里見八犬伝』(世界文化社、1975年) 研究本
『八犬伝 犬の草紙』をはじめとする『八犬伝』の錦絵をふんだんに用いつつあらすじを紹介。こうした作品紹介?の本にはよくある構成だが、図版の豊富さ、あらすじの細かさでは随一ではなかろうか。もっとも素藤二度目の乱以降は一ページ弱でまとめられてるが・・・。ほか武藤元昭「馬琴の稿料生活」、徳田武「解説 南総里見八犬伝」などを載せる。
『八犬伝物語(特別企画展 八犬伝の世界)』(館山市立博物館、1989年) パンフレット
館山市制施行50周年を記念して平成元年10月14日から11月26日まで行われた企画展のパンフレット。『八犬伝』のあらすじやキャラクターを説明しつつ、そのシーン・キャラをモチーフとする浮世絵を紹介。ほか馬琴関連資料、江戸から現代にいたる『八犬伝』の二次作品を図版の形で載せる。初見の資料もあり、個人的には興味深い一冊であった。
饗庭篁村(あえばこうそん)『馬琴日記鈔』(文會堂書店、1911年) 日記(抄録)
「失明の事」「書簡の事」などテーマ別に馬琴の日記から文章をセレクトしたもの。1973年刊行の『馬琴日記』に日記全文(焼失分のぞく)が収録されているので、現在では資料価値は低くなったのではないかと思われるが、日記引用部分のあとに、芳賀矢一、幸田露伴ほかそうそうたる顔ぶれのコメント(けっこう笑えるものも)が入っているのが見どころ。日記抄録のほか前掲の諸氏による長い前書きと森鴎外によるあとがき、付録として馬琴が亡友・蒲生君平に捧げた「蒲の花かたみ」、「八犬傳諸評答集」(『犬夷評判記』に篁村による論評を付したもの)を収録する。
青木稔弥(あおきとしひろ)「馬琴研究の黎明期」・・・『読本研究 四輯下』参照。
青木稔弥「曲亭馬琴テキスト目録稿−明治篇(一)」・・・『読本研究 四輯下』参照。
秋山虔(あきやまけん)・桑名靖治(くわなやすはる)・鈴木日出男(すずきひでお)編『日本古典読本』(筑摩書房、1988年) 研究本?
歌集から戯作まで、日本の著名な古典文藝作品を一部抜き出し、注と解説を付して紹介する。別冊の形で現代語訳もついている。『八犬伝』からは伏姫切腹の場を「八の珠」の題で紹介し、それまでのあらすじとその後の展開(後日譚)をも載せる。この後日譚、内容は正確(蟇六が信乃の義兄となってる以外は)なのだがあまりに簡潔すぎて、初心者には見事に意味不明なのが楽しい。このノリで全編に注をほどこした『八犬伝』訳が出てほしいものだ。
秋山虔・神保五弥(じんぼかずや)・佐竹昭広(さたけあきひろ)『日本古典文学史の基礎知識』(有斐閣、1978年(初版 1975年)) 研究本?
奈良時代から江戸時代までの日本の文学史を細かいジャンル分けのもと紹介。清田啓子氏による「読本」の項で『八犬伝』『月氷奇縁』など馬琴作品もとりあげられている。八犬士が下級武士の出であることに、当代将軍への批判を見るなどなかなか読みごたえあり。
浅野三平『近世文学続攷』(おうふう、2005年) 研究本
第三章に「『南総里見八犬伝』の女性」「馬琴をめぐる二、三」を載せる。前者は、「『南総里見八犬伝』の伏姫」「『南総里見八犬伝』の舟(ママ)虫」「南総里見八犬伝』の〈船虫〉」をあわせ改題したものだが、後者はほぼ新稿。同時代人による馬琴批評数点を紹介している。
麻原美子他編『日本文学はいかに生まれいかに読まれたか 日本の文学とことば』(東京堂出版、1998年) 研究本
古代から現代までの日本の文学作品を、使用言語、その作品が時代に与えた影響力、ジャンルの発展など、およその流れから豆知識までまとめあげてあり、ややマニアックな教科書の副読本的内容。「町人世界の小説」中の「後期の小説」で、『八犬伝』について若干の説明あり。貞女の例として雛衣の名前を出しているのが新鮮といえば新鮮。
W・G・アストン著、川村ハツエ訳『日本文学史』(七月堂、1985年) 研究本
古代の歌謡から明治文学に至るまでの日本の文芸作品(小説、俳諧、散文など)を広く紹介。第八章「十九世紀小説」の項で、『八犬伝』および馬琴についてとりあげているが、「しばしば衒学的で退屈」「不自然な事件を濫用」〈いずれは忘れ去られる〉などかなりボロクソな評価・・・。著者は明治期の人なので、逍遥の馬琴評価なども影響しているのかもしれない。また翻訳物のためか、馬琴が「書店の店員」であったとか「相撲協会の経営者」にスカウトされたとか、間違ってはないのだが違和感を覚える表現も多々あり。
麻生磯次(あそういそじ)『江戸文学と中国文学』(三省堂、1972年 初版1946年) 研究本
江戸文学と『水滸伝』をはじめとする中国文学を比較し、中国文学が草双紙や読本に与えた影響を具体的かつ細やかに検証。とくに読本に関する部分はほとんど馬琴作品の考証であり、なかでも『八犬伝』は大きく扱われている。戦後すぐにこんな研究書が刊行されていたのにはびっくり(そのへんの事情は初版本に詳しいらしいが、未見)。
麻生磯次『人物叢書 滝沢馬琴』(新装版)(吉川弘文館、1987) 伝記
馬琴の伝記。本の大きさが手ごろで文章も読みやすい。ただもともとが昭和34年の出版なので、内容にいささか古い部分はある(著者は1979年没とあるから補稿はされていないだろう)。馬琴の人間性のとらえ方は『随筆滝沢馬琴』同様好意的といえる。『八犬伝』については「六 著述」でさっと触れている。
荒川法勝(あらかわのりかつ)編『南総里見八犬伝考−馬琴小論』(昭和図書出版、1980年) 研究本
数名の筆者を迎えて『八犬伝』をさまざまな角度からとらえ、再評価する目的で編纂。荒川氏によるダイジェスト小説、馬琴伝記ほか心理学的アプローチや舞台化作品一覧など盛りだくさん。荒川氏はのちに『真説南総里見八犬伝』を上梓。
荒俣宏(あらまたひろし)『本朝幻想文学縁起』(工作舎、1985年) 研究本
思想書や教典をも含む広い意味での日本の〈幻想文学〉=オカルティズム論。「房総幻想王国」の項で『八犬伝』を論じ、『八犬伝の世界』の説を好意的に紹介しつつ、陰陽原理から『八犬伝』の隠微を読みとく。すごく面白い。(ちなみに書名、章タイトルとも本当は旧字。)
板坂元(いたさかげん)『板坂元の江戸再発見』(読売新聞社、1987年) 研究本?
明治期に否定され、その後も誤解されたり一般に知られていなかったりする江戸文化の豊饒さを、現代の文化・習慣との共通性を踏まえてさまざまな角度から紹介。例えの出し方が面白く、平易な文体でわかりやすく読める。「第七章 恐るべき江戸人の正体」中に、『八犬伝』の原稿料が一冊二十両だったという話がちらっと出てくる。「第九章 笑いにあふれた江戸文化」にも『八犬伝』が明治の青年によく読まれた話あり。他の章でも馬琴の名前がちらほら登場している。
伊藤漱平(いとうそうへい)『伊藤漱平著作集 第三巻 紅楼夢編 下』(汲古書院、2008年) 研究本
『紅楼夢』が日本でいかに受容されたかについての論文ほかを集めたもの。「日本における『紅楼夢』の流行−幕末から現代までの書誌的素描」と「曲亭馬琴と曹雪芹と−和漢の二大小説家を対比して論ず−」の二つが『八犬伝』と『紅楼夢』の比較を行っており、とくに前者は『紅楼夢』が『八犬伝』に与えた具体的な影響や、馬琴が執筆予定だった「此花新書」「宿世結弥生雛草」は『紅楼夢』を下敷きとしていた可能性をとりあげている。また「丸山浩明著『明清章同小説研究』書後」にも『八犬伝』がちょっと登場する。ちなみに上記の章タイトルは実際はすべて旧字表記です。
稲田篤信(いなだあつのぶ)『日本合戦騒動叢書15 里見軍記・里見九代記・里見代々記』(勉誠出版、1999年) 研究本
房総・里見氏十代(九代とすることも)の歴史を記した三書(作者不明、成立時期もおそらく不明)の現代語訳。うち、『里見九代記』が『八犬伝』の里見氏史実面での元ネタであることは(他に『房総志料』など)、馬琴自身『八犬伝』の「回外剰筆」で明かしている。最初の「『里見軍記』『里見九代記』『里見代々記』の世界」で、近年の里見家研究の流れを知ることができる。
犬藤九郎佐宏(いぬふじくろうすけひろ)『図解 里見八犬伝』(新紀元社、2008年) 研究本
「『八犬伝』の内容は、まさにロールプレイングゲーム(RPG)そのもの」という観点から『八犬伝』を読み説く。「図解」のタイトル通り、チャート式やキャラクターの系図、挿絵の図解などが満載。コラム記事で史実に関する豆知識などを紹介しているのも含め、古典文学はとっつきにくいと思っている読者にも格好の『八犬伝』副読本となっている。
↑この作品については平次様より情報を頂きました&犬藤九郎佐宏様より御本を寄贈して頂きました。有難うございます!
大木卓『犬のフォークロア 神話・伝説・昔話の犬』(誠文堂新光社、1987年) 研究本
世界各国に伝わるさまざまな犬にまつわる伝承をテーマ(「犬祖伝説」「犬と星の伝承」など)ごとに分類紹介する。第二章「犬祖伝説」で「里見八犬伝」の項を設け、つづけてその元ネタの一つ「槃瓠伝説」も紹介している。説話集などでなく純創作文学で取り上げられたのはおそらく『八犬伝』だけなのがちょっと誇らしい。あとなぜか第十章「犬の習性と特徴を説明する昔話」の扉に『八犬伝』の表紙絵が使われている。
植谷元・石川眞弘・鮫島綾子編『馬琴年譜稿 付瀧澤家寄託書類目録』 資料
『ビブリア』第三十七号(昭42.10)、第三十八号(昭43.3)に掲載されたものの抜刷。『馬琴日記』をはじめとする馬琴の随筆や大学図書館の蔵書などからデータを起こしている。金子和正氏による「目録」は滝沢家より寄贈された息子琴嶺(宗伯)の遺品や馬琴の著書などの書誌解説的目録。
大橋敦夫・西山秀人『3日でわかる古典文学』(ダイヤモンド社、2000年) ?
『古事記』から『おらが春』まで日本の主だった文学作品を、簡略にわかりやすく説明。有名作品のポイントを押さえられるのが利点。「『雨月物語』と『里見八犬伝』という項で、後期読本作家の代表として京伝と馬琴をあげ、とくに『八犬伝』については数行にわたって説明がある。
岡崎柾男(おかざきまさお)『江戸の闇・魔界めぐり ―怨霊スターと怪異伝説―』(東京美術、1998年) 研究本?
江戸で流行った怪談・奇談の(ダーク)ヒーロー・ヒロインたちや江戸各地の七不思議を当時の錦絵や戯作の挿絵などの図版満載で紹介。うち、「立体商品戦略は西から 〔里見八犬伝〕」の項があり、『八犬伝』のストーリーとスピンオフ商品(というのか?)他について個人的感慨を交えて説明している。
↑この作品については平次様より存在を教えて頂きました。いつも有難うございます!
尾形仂(おがたつとむ)他編『近世の文学(下)〈日本文学史5〉』(有斐閣、1977年) 研究本?
江戸中期から幕末までの、広義の文学作品(国学、狂詩、歌舞伎など)の盛衰を、各ジャンルの専門家の筆により詳しく解説。松田修氏による「曲亭馬琴」が馬琴および『八犬伝』を取り上げる。「幕末のアンドロギュヌスたち」をふまえた内容で、独特のエモーショナルな文章に引き込まれる。ほかにも馬琴作品に言及した項がいくつかあり。
垣内先生還暦記念會『日本文学論攷』(文學社、1938年) 論文集
片寄正義「馬琴の小説觀覺書」収録。『八犬伝』中の作者の言や『玄同放言』など随筆の記述から、馬琴が小説論において重視したのは1・勧懲、2・趣向の奇異、3・文の巧緻華麗の3点であるとし、彼の勧懲第一主義には幼時の環境や蒲生君平らとの交流、主知主義、支那小説への共鳴にあったと述べている。
亀井秀雄(かめいひでお)『「小説」論 『小説神髄』と近代』(岩波書店、1999年) 研究本
日本で初めて「小説について語る言説を編み出した」『小説神髄』を、これまでの研究者が見落としてきた要素を中心に、当時の英語圏における小説の位置や日本での〈小説〉の変遷といった周辺部分をきっちり踏まえたうえで、緻密に検証したもの。ほぼ全章に『八犬伝』『侠客伝』をはじめ馬琴作品が登場。馬琴の「稗史七法則」についての検証や、「逍遥は馬琴を批判しつつ、馬琴に依存していた。もし馬琴の「抑圧」を言うならば、馬琴を「抑圧」してきたのは、むしろ逍遥の否定的評価を真に受けて馬琴を軽視してきた研究者であり、「近代」を批判するポーズを取りながら「近世」を被害者に見立てるだけで、実際に江戸期のテクストを読もうとして来なかったポストモダンの「思想家」のほうであろう。」との指摘に目を開かされた。
河合眞澄(かわいますみ)『近世文学の交流−演劇と小説−』(清文堂出版、2000年) 研究本
「第一部 歌舞伎と浄瑠璃の交流」「第二部 役者評判記と西鶴作品」「第三部 『八犬伝』と演劇」「付論 歌舞伎・浄瑠璃雑考」から構成。これまでに研究書や学術雑誌に掲載された論文を集め、若干の手を加えてある。第三部(「『八犬伝』と演劇」一、二(「再説『八犬伝』と演劇」改題)、三(「『八犬伝』と演劇・補遺」改題)、「『花魁莟八総』」「『花魁莟八總物まねぶたいことば』」「上方物真似本三種」「菅原の世界と『八犬伝』」)で、『八犬伝』をもととした演劇作品がどのような改変をほどこしたかなどを具体的に検証している。また「付論」中の「仮名手本忠臣蔵」で『忠臣蔵』の勘平と金碗大輔の相似点をのべる。
河東仁(かわとうまさし)『日本の夢信仰−宗教学から見た日本精神史』(玉川大学出版部、2000年) 研究本
古代から江戸期までの文芸作品や仏典(一部中国の作品をふくむ)などに登場する夢にまつわるエピソードから、日本人の夢に対する信仰の変遷をたどる。「夢信卯の昇華−上田秋成と曲亭馬琴」の項で、馬琴作品の中の夢の扱われ方を述べている。題材は基本的に『弓張月』と『烹雑の記』中の「夢に冥土」であるが、『八犬伝』で親兵衛が夢で伏姫から水練を習うエピソードもちらと紹介されている。
川村二郎(かわむらじろう)『古典を読む−16 里見八犬伝』(岩波書店、1984年) 研究本
少年期の『八犬伝』読書体験から筆を起こし、近代的リアリズムに反する、しかしそれゆえの『八犬伝』の迫力、魅力を論じる。歌舞伎や海外の神話などを引きながら、〈馬琴が意図せずに作品中に描きこんだ裏の意味を現代の視点から深読み〉し、さまざま重要な指摘を行っている。のちの『八犬伝綺想』などにいろいろな意味で影響を与えていると思う。1997年に岩波書店の『同時代ライブラリー』シリーズの一冊として復刊(加筆・修正はなし)。
他作品:『日本文学往還』
川村湊(かわむらみなと)『言霊と他界』(講談社、1990年) 研究本
本居宣長と上田秋成の論争や幸田露伴の『音幻論』などに表れる彼らの「言霊」観、浦島伝説に対する明治知識人の捉え方や泉鏡花作品の「山中他界」イメージに表れる「他界」観を章ごとに綴ったもの。「蓬莱と心宮」の章で北村透谷の伏姫論、それが『蓬莱曲』にインスピレーションを与えたことを記している。
川村湊『近世狂言綺語列伝−江戸の戯作空間』(福武書店(現ベネッセ)、1991年) 研究本
黄表紙の隆盛と没落が「「近世文学」の作者たち」に与えた「新しい言語意識」をキーワードに、作家たちの人物像にせまる列伝。黄表紙的な「意味や実体から離れてしまった記号としての言葉」を継承した例として山東京伝や式亭三馬、反対に「言語的秩序をその作品世界の中で回復しようと」した例として馬琴をあげる。後者が他にいなかったこともあってか(第八章の鶴屋南北も広義には後者といえるが)、馬琴については三章がさかれ、『八犬伝』のほか『近世説美少年録』『椿説弓張月』を取りあげているほか、比較の対象や『近世物之本江戸作者部類』の作者として全章に登場する。かなり面白い。
川村湊『日本の異端文学』(集英社新書、2001年) 研究本
「異端文学」を〈文学の有用性に疑惑を投げつける存在〉と定義したうえで、澁澤龍彦、中井英夫、山田風太郎ら「異端文学」の作家数名を取り上げ、作品のあり方とその背景にある作家の精神性を探る。非常に面白い。第五章(「野獣死すべし−橘外男と日影丈吉」)、第六章(「禁忌の物語−国枝史郎と三角寛」)に『八犬伝』、というか伏姫と八房が、彼らの作中キャラとの比較の対象としてちらと登場している。
近世文芸研究叢書刊行会編『近世文芸研究叢書 第一期文学編N 作家1』(クレス出版、1995年) 研究本?
塚越芳太郎『瀧澤馬琴』、雨谷一雫庵『曲亭馬琴』収録。前者は馬琴が生まれた寛政時代の日本の状況、馬琴の生涯・理想などを列挙し、『八犬伝』ほか代表的読本をとりあげ、勧善懲悪、因果応報について語る。後者は、やはり時代背景、文壇の状況や馬琴の人柄などを扱い、『八犬伝』については『水滸伝』を題材にしたのは『水滸画伝』中断の無念からであると推測を述べている。
黄智暉(こうちき)『馬琴小説と史論』(森話社、2008年) 研究本
『八犬伝』『八丈綺談』『新累』『美少年録』などの馬琴読本を、勧善懲悪と易学をキーに捉え直すことをテーマとした論文(すでに雑誌に発表されたものが中心)を集めたもの。今回初出の「馬琴読本における因果律の機能」で、『八犬伝』世界の祟りや輪廻転生は「八犬士の活躍を導き出すための」「便宜的な措置」と指摘されているのが興味深かった。
国際浮世絵学会編集委員会編『浮世絵芸術 第百五十二号』(国際浮世絵学会、2006年) 研究本?
「犬と猫と」という特集にそって、一樹国貞升の「丸塚山 犬山道節」、柳斎重春「里見家八犬士之一人 犬塚信乃戍孝・犬飼見八信道」の二枚の絵と、服部仁氏による論文「浮世絵の「八犬伝」」を載せる。後者は〈武者絵・物語絵〉〈役者絵・芝居絵〉〈浮世絵の揃物〉〈その他〉の四つのカテゴリーごとに『八犬伝』の浮世絵を分類紹介。初めて見た絵も多く、特に服部氏も書く通り「稀少な場面」を扱った二代歌川国清の「渡し場ノ図」「ゆしま境内の図」は新鮮だった。あと歌川芳艶『どうけ八犬伝』に笑う。
国文学研究資料館八戸市立図書館編『読本事典』(笠間書院、2008年) 研究本
八戸南部家から八戸市立図書館へ寄贈された本のうち、読本を調査研究し纏め上げたもの。『八犬伝』に丸一章をあて、あらすじ(犬士列伝以降)と書誌的データ、資料として用いた文献名などを紹介する。面白いのはあらすじが基本的に他動詞を用いて―つまりは作者である馬琴の目線で書かれている(たとえば「犬江は一旦登場させてから、純真無垢な姿のまま神隠しにし、伏姫神の膝下に隔離した」など)点で、筋の組み立てに馬琴がどのような工夫を凝らしたかがうかがえるようになっている。他にも「江戸の〈中本もの〉読本の位置」「江戸=京伝・馬琴と〈稗史もの〉読本の形成」「江戸=〈稗史もの〉読本の流行と馬琴」「江戸・上方の提携」「江戸=為永春水の読本」で多く馬琴読本をとりあげている。
國文學編集部『古典文学作中人物事典』(學燈社、1990年) 事典
古代・中世・近世の3つに分けて重要作品の主要キャラクターを取り上げ解説を加えたもの。馬琴作品からは『弓張月』『八犬伝』『美少年録』の3つが採られ、『八犬伝』については八犬士+伏姫・玉梓・浜路・義実の名が並ぶ。解説文は内田保廣氏と板坂則子氏。そういえば丶大がいない・・・。
國文學編集部『知っ得 古典文学動物誌』(學燈社、2007年) 事典
実在・架空の動物を、彼らが登場する古代から江戸期までの日本の文藝作品(小説、説話集、俳句など)に即して(犬なら犬の登場する作品とそこでの扱われ方について)紹介する。思ったとおり「犬」の項で『八犬伝』に触れていたほか、「龍」と意外なところで「麒麟」の項が『八犬伝』第一回の龍の考証を引いている。あと「人魚」の項にも記載あり。
小谷野敦(こやのあつし)『八犬伝綺想−英米文学と「南総里見八犬伝」』(福武書店(現ベネッセ)、1990年) 研究本
『八犬伝』を同時代の英米文学『ハムレット』『白鯨』『ハックルベリィ・フィンの冒険』などと比較、江藤淳『成熟と喪失』が〈近代日本の特徴〉と指摘する、母子の密着と父の疎外、女性恐怖といった観点から〈近代小説としての八犬伝〉を分析する。里見家と八犬士の偽善性や、『八犬伝』の真の主人公は丶大法師であるという、従来の〈「勧善懲悪」文学としての『八犬伝』〉観に真っ向から対立する指摘は非常にショッキングで、最初読んだ時は拒絶反応を起こし、再読して深い感動を覚えた。現在の私の『八犬伝』観はおよそこの本が根底にある。上述の英米文学の評論としても楽しめる。
ちなみに小谷野氏のエッセイ集『軟弱者の言い分』の中の「与謝野鉄幹コンプレックス」には、『八犬伝綺想』では、「本当は『源氏物語』のようなものを論じたい、という気持ちがあって」「『八犬伝』をほとんど誤読に近い「愛の物語」として読み替えていた。」という文章がある(エッセイ集『俺も女を泣かせてみたい』(筑摩書房、2004年)にも『八犬伝』に軽く言及した章がいくつもあり)。
参考:小谷野敦『軟弱者の言い分』(晶文社、2001年)
小谷野敦『夏目漱石を江戸から読む』(中公新書、1995年) 研究本
漱石作品を歌舞伎・戯作などの江戸文化やヨーロッパの文芸作品と比較しつつ、フェミニズム的視点から分析。ほぼ全章に比較対象として、『八犬伝』が登場、『八犬伝』背後に流れる男色のテーマを新たに指摘している。とても面白い。
小谷野敦『江戸幻想批判−「江戸の性愛」礼賛論を撃つ−』(新曜社、1999年) 研究本
副題の通り、近年の〈近世を性愛のパラダイスと見なす言説〉に対する批判を、歌舞伎などの近世文化を踏まえて行っている。『男であることの困難』『〈男の恋〉の文学史』(どちらにも軽く『八犬伝』への言及がある)の延長線上にある作品。「再び処女の純潔を論ず」「父/作者の疎外」で『八犬伝』を考察。どこに『八犬伝』の話が出るかわからない(しかもそのたび新説が出てくる)から小谷野氏の著作は見逃せない。
小谷野敦『新編八犬伝綺想』(ちくま学芸文庫、2000年) 研究本
1990年に上梓された『八犬伝綺想』を改訂し、「江戸の二重王権」(1991年発表)「『八犬伝』の海防思想」(1993年発表)の二編を新たに収録。「江戸の二重王権」では「『八犬伝』の背後には、〈徳川−皇室=二重王権〉という徳川期の現実を模した、〈里見政権−神余・金碗正統王朝〉のひそかな対立というモティーフが隠れて」いることをさまざまな角度から立証し、「『八犬伝』の海防思想」では対管領戦は安房を日本国に擬し、「近未来に起こりうる対外戦争」を想定したものであることを論じる。本当にこの人は凄い。犬士たちが「金碗氏」を名乗る意味を解く部分などため息が出る。
参考:『板坂教授と板坂ゼミ』内「曲亭馬琴研究文献目録(1988―1997)」
小谷野敦『片思いの発見』(新潮社、2001年) 研究本
「文学」教育について、および作家についての短い論考と、「片思い」をカギとして文藝作品や、恋愛論、社会論などに見られる「恋」と「倫理」の変遷をたどる「恋、倫理、文学」から構成。この「恋、倫理、文学」で、『「勧善懲悪」の作家』馬琴や、信乃と浜路らについてたびたび言及がある(といっても馬琴をベストセラー作家たらしめた当時の人々の心情が眼目であって、馬琴や『八犬伝』の〈実際〉についての話ではないが)。平安から現代に至る「文学」のおおよその状況をわかりやすく一望できるのがありがたい。
小谷野敦『改訂新版 江戸幻想批判 「江戸の性愛」礼賛論を撃つ』(新曜社、2008年) 研究本
1999年に出版された『江戸幻想批判』の改訂版。旧版の第二部をすっぱり切って、初版刊行後に書かれた文章や『江戸幻想批判』の反響を受けての対談・往復書簡などを新たに第二部として収録。かつて第二部に属していた馬琴関連の三章が削られたのは残念だが、新たに収められた川村湊氏との対談(「近世とはどういう世界か−〈江戸幻想〉を批判する」でも、田中優子氏との対談(「江戸文化論を語る」)でも、『八犬伝』に潜む革命幻想や処女神伏姫のイメージの典拠は何か、というようなマニアックな話題が出ていてわくわくした。
今野達(こんのとおる)他編『岩波講座 日本文学と仏教 第2巻 因果』(岩波書店、1994年) 研究本
徳田武「南総里見八犬伝−因果律の発展」収録。『犬夷評判記』や、『八犬伝』以外の馬琴作品をも引きながら、馬琴が小説を構成するうえでどのように因果思想をとりこんだか、「楔子」から「稗史七法則」に至る手法の変遷をたどってゆく。
崔香蘭『馬琴読本と中国古代小説』(渓水社、2005年) 研究本
『水滸伝』『杜騙新書』などの中国古代小説を、馬琴が自身の読本にいかに換骨奪胎し取り入れていったかを、先行研究に敬意を払いつつ丁寧に比較検証している。第二章「馬琴の中国古代小説受容の展開」、第四章第三節「『南総里見八犬伝』(「館山城合戦」)における『平妖伝』(「貝州城合戦」)の趣向』で『八犬伝』をとりあげる。ほかの章でも何かと『八犬伝』への言及あり。上記『馬琴読本に於ける水滸伝受容の一様相』も収録。
櫻井進(さくらいすすむ)『江戸の無意識−都市空間の民俗学』(講談社現代新書、1991年) 研究本
いわゆる「江戸情緒」は〈江戸の都市下層民のイマジナールな世界〉であるとし、ミシェル・フーコー『監獄の誕生』が提示した近代社会における権力論から江戸という都市空間をとらえなおす。「第五章 ユートピアの生成」「第六章 「人間」の生成」で、『八犬伝』が「想像の共同体」の形成による〈都市下層民の病んだ内面の治癒の過程〉を映し出していることを指摘。北斎をとりあげた「第七章 自己自身からの逸脱」をはじめ他の章にも『八犬伝』がくりかえし登場している。
櫻井進『江戸のノイズ 監獄都市の光と闇』(NHKブックス、2000年) 研究本
システマティックな「近代」を構築する過程で排除された、また排除しきれなかった「ノイズ」が、近代の入口というべき抑圧的空間である「江戸」内外でどのように作用したかを考察する。ほぼ全章で『八犬伝』にふれ、八犬士の「ごろつき」性、彼らの守護者が役行者である意義、作中に頻出する投獄と脱獄のモチーフ、里見家の民兵利用などをとりあげている。
笹間良彦『人魚の系譜 愛しき海の住人たち』(五月書房、1999年) 研究本
人魚について日本、ヨーロッパ、中国などの伝承を、『日本書紀』『山海経』などの文献を引いて紹介。「江戸時代の人魚の知識」の項で、『八犬伝』口絵の人魚を取り上げている。馬琴が京伝名義で代作した『龍宮羶鉢記』にも言及。
佐藤至子(さとうゆきこ)『妖術使いの物語』(国書刊行会、2009年) 研究本
江戸期の読本・合巻・浄瑠璃などを中心に、日本の文藝作品中に登場する妖術使いについて術の種類別、術者の属性(動物、高僧、キリシタンなど)別に紹介する。「妖術を使う動物」の章で妙椿尼、「妖術を使う人々」の章で犬山道節を扱っているほか、ほぼ全章で何かしら馬琴作品が取り上げられている。なかなかに面白い。
重友毅(しげともき)『近世文学史の諸問題』(明治書院、1963年) 研究本
西鶴・近松・秋成ら江戸期を代表する作家たちとその作品についての各論と、読本や古典研究などについての総論からなる。馬琴についても、「読本の発生と展開」で『高尾船字文』の発表から京伝とのライバル関係、読本作家としての信念までかなり大きく取り上げている。なかなか読みごたえあり。馬琴の勧懲主義については一部弁護しつつも全体としては批判的。
信多純一(しのだじゅんいち)『にせ物語絵 絵と文 文と絵』(平凡社、1995年) 研究本
主として近世の(広義の)文藝作品を、挿画や当時流行した絵画の形式とからめて論じた文章を集めたもの。「『里見八犬伝』と北斎」(初出『読本研究 六輯上』)を収録するほか、「春信と『和漢朗詠集』」のラストでも、『八犬伝』中の有名な「文外の画、画中の文なり」の一文に触れている。
信多純一『馬琴の大夢 里見八犬伝の世界』(岩波書店、2004年) 研究本
ついに!待望の信多氏の『八犬伝』論が上梓。図版を多く用い、口絵にこめられた言葉遊びの謎とき、噂の『冨士山の本地』にもとづく伏姫−富士姫論、丶大や玉梓の「本性」、『西遊記』との関連などを読み解く。『八犬伝の世界』の路線を敬意をもって踏襲しつつ、馬琴が『八犬伝』にこめたさまざまな寓意をさぐっている。
シブサワ・コウ編『爆笑八犬伝』(光栄、1996年) 研究本
ゲーム会社光栄の『爆笑』シリーズの一つ。キャラクター紹介、名場面集などから構成、随所のツッコミが楽しい。「決定版!大海戦」の項で小文吾と荘助に敗れた千葉自胤の「あいつらって、元田舎関取と庄屋の下男なんだって 知ってた?」というセリフに笑った笑った。うーん鋭い。
島村抱月(しまむらほうげつ)『新美辞学』 研究本
「美辞学によりて文章の上にあらはれたる美を研究し、以てそれを美学の系統に納めんとする」べく、さまざまな文体・修辞法を和漢洋の文藝作品から例文を引用しつつ紹介する。第二編第二章の「譬喩法」の項で『八犬伝』からたびたび例文を引き、第三章第三節では散文の七五調を広めたのは馬琴としながらも、馬琴の文章の格調高さを単に七五調の単調子のみではないことをも主張している。
『抱月全集 第四巻 「新美辞学」及「文学概論」』(天佑社、大正8年)
神保五彌(じんぼうかずや)編『新典社研究叢書60 江戸文学研究』(新典社、1993年) 研究本
神保氏の退職記念に元教え子たちを中心に編まれた論文集。内容は西鶴・秋成他江戸戯作や俳諧、歌舞伎など多岐にわたる。馬琴関係では徳田武「『続西遊記国字評』評−『八犬伝』の機変論に及ぶ−」、播本眞一「『南総里見八犬伝』と馬琴合巻」を収録。前者は、馬琴による『続西遊記』の批評『続西遊記国字評』の評価と馬琴が『続西遊記』から学んだ「“機変が魔を生ず”という思想」が『八犬伝』にどう生かされたかを探る。後者は、馬琴が『八犬伝』に自身が初期の合巻で用いた趣向を再利用していることを具体的に検証している。なお柴田光彦「山本北山門下詩碑と幻の魁星像」が馬琴の魁星への関心についてふれる。
杉浦明平『維新前夜の文学』(岩波書店、1967年) 研究本
江戸期(とくに後期)に成立した作品群、主としていわゆる〈文学〉ではない、たとえば百姓一揆の記録や思想書、遺書などから、その作者及び当時の百姓の精神生活をひもとく。「創造力の蒸発」の章に『八犬伝』が登場。「美女と犬とのグロテスクな契り」や、犬士がきっちり珠の文字を体現したような性格をしてない(キャラの性格的差異が曖昧である)ことなどを批判的に紹介する。まあ『八犬伝』に限らず戯作全体に対して、その底にある残酷さや〈諷刺精神の欠如〉を指摘、苦言を呈しているのだが。
杉浦明平『ビジュアル版 日本の古典に親しむ 13 南総里見八犬伝』(世界文化社、2007年) 研究本
1975年に刊行された『日本の古典16 グラフィック版 南総里見八犬伝』を信乃幼少期から結城法要までのあらすじをかなり詳しく原作に忠実に紹介(しかし法要以降のストーリーを「物語の余録」というのは・・・)、というか1975年に刊行された『日本の古典16 グラフィック版 南総里見八犬伝』のあらすじはそのまま、原作の挿絵を中心としていた図版を、『八犬伝』ゆかりの土地や江戸期の道具類などの写真中心に変更した復刻本のような感じ。
この作品については沖峰ゆいき様、tamaki様、平次様よりご教示いただきました。いつもありがとうございます!
鈴木敏也『秋成と馬琴』(丁子屋書店、1948年) 研究本
馬琴に関するものは、「馬琴の歴史小説を〓って」「『狭夜中山敵討』から『石言遺響』へ」「馬琴日記印象」「『南枝梅薫九猫士傳』解説」の四章。「馬琴の歴史〜」と「『南枝〜』」で間接的に『八犬伝』をとりあげる。前者は馬琴読本全体に関する論で、『四天王剿盗異録』と『八犬伝』の構造上の共通点や、昭和二十年代当時軽視されがちだった馬琴的読本をむしろ好意的な視点でとらえている。「『南枝〜』は刊行されなかった幻の作品・小枝繁の『南枝〜』の梗概と所感。キャラクター名(安房の城主神余勝重とか佞臣早房定包とか)が結構重なっている。ストーリーはまんま『八犬伝』というわけでもなくけっこう面白そう。
須永朝彦(すながあさひこ)『日本幻想文学史』(白水社、1993年) 研究本
神話・説話集・能・読本・歌舞伎など古代から昭和までの広義の幻想文学作品を、個々の特徴、時代の傾向などから論じる。「怪談から伝奇小説へ−近世怪異小説略史」の項で、『八犬伝』『弓張月』などの馬琴読本にも触れる。また『唐物語』『新局九尾伝』と『八犬伝』との関連も指摘。
須永朝彦編『日本幻想文学全景』(新書館、1998年) 研究本
古代から現代までの広義の幻想文学を、明治以降の作品を主に、粗筋と作者の人となりを紹介、文学史におけるその作品の位置付けなどを解説する。馬琴作品からは『弓張月』『八犬伝』を採る。幻想文学に関心のある人にはお勧めの一冊。
諏訪春雄(すわはるお)『図説資料 近世文学史』(勉誠社、1986年) 資料
「小説」「俳諧」「歌謡」などのジャンル別に、主だった作品のごく短い概要と作中の名文を抜粋したものを掲載。『八犬伝』は例によって芳流閣のくだりであるが、原本を1ページまたは2ページのせてその部分の文章を活字化して紹介する形式なので、いきなり「攀登れども」で始まり「巨蛇」で終わる(前後の文章をカッコつきでおぎなっているが)のが面白い。
諏訪春雄『江戸文学の方法』(勉誠社、1997年) 研究本
「江戸文学の長編性」の項で、長編の例として『八犬伝』をとりあげ梗概を紹介、『水滸伝』『西遊記』など中国の小説の摂取応用が『八犬伝』をはじめとする江戸読本の長編性を支えたことを指摘している。
諏訪春雄・高田衛『復興する八犬伝』(勉誠出版、2008年) 研究本
これまで研究者相互の「意見交流やその結果としての共通見解の構築はきわめて不十分」だった『八犬伝』の全容を解明すべく、全注釈本と合わせて企画された、現時点での『八犬伝』研究の集大成。「総説」「方法」「画賛」「背景」の四部から構成され、『八犬伝』ファンはおなじみの研究者の名がずらりとラインナップ。既出の論文の再録ではなく、全てが書き下ろしなのも嬉しい。必見の一冊。
説話と説話文学の会編『説話論集 第四集 近世の説話』(清文堂、1995年) 研究本
日本・中国に伝わるさまざまな説話が主に江戸期の文学に対して直接間接に与えた影響に関する研究論文集。山崎芙紗子「『八犬伝』の典拠と説話−犬塚と花咲爺」、大高洋司「文化七、八年の馬琴−考証と読本−」を収録。前者は、「花咲爺」「槃瓠説話」や「蛇聟入」などの異類婚姻譚が『八犬伝』にどのように摂取されたかを論じる。後者は『椿説弓張月』をきっかけとした馬琴の考証に対する考え方の変化を、『弓張月』と同時期の随筆と読本に基づいて追ってゆく。
千野原靖方(せんのはらやすかた)『房総における戦国武将の系譜』(崙書房、1976年) 研究本
タイトル通り、上杉禅秀の乱に始まる関東争乱史を、房総を中心に描く。最終章「十四 馬琴と南総里見八犬伝」で、『八犬伝』世界と史実との比較を行っている。巻末の諸家の系図や地図などの資料が充実している(千野原氏は房総史の本を何冊も出しているが、そのつど改訂を怠っていない)。
高須芳次郎『爛熟期・頽廃期の江戸文学』(明治書院、1931年) 研究本
江戸期の黄表紙・滑稽本・読本などの文学作品と作家についての各論および総論。第三篇「道徳及び情緒の文学」(原本旧字)で、『八犬伝』を中心に馬琴読本を取り上げる。直接『八犬伝』に関する記述は、あらすじ紹介と稗史七法則・勧懲主義への言及部分。全体に馬琴作品とくに『八犬伝』にあまり好意的ではない一方で異色作の『美少年録』を高く評価しているあたりに、『小説神髄』の影響さめやらぬ時代性を感じる。
高田衛(たかだまもる)『八犬伝の世界−伝奇ロマンの復権』(中公新書、1980年) 研究本
80年代に『八犬伝』ブームの一端を担った名著。謎ときのスリルあふれる内容で、明快な論旨、鋭い発想や発見のかずかず、特に「八犬士=八大童子説」は後の研究や小説にも影響を与えた。実に面白い。
高田衛『江戸幻想文学誌』(平凡社、1987年) 研究本
秋成をはじめ、庭鐘、綾足、馬琴といった読本作家を取り上げて、彼らの描く怪談奇談、闇の文学の魅力を語る。『闇のユートピア』の系譜をつぐ作品。『八犬伝』については「幕末のアンドロギュヌスたち」をふまえて、八犬士の背後の童子神イメージや、『封神演義』の〓〓(なた)太子が親兵衛のモデルであることなどを論じている。2000年にちくま学芸文庫から『新編江戸幻想文学誌』として一編を追加して刊行。
高田衛『江戸文学の虚構と形象』(森話社、2001年) 研究本
上田秋成の怪異・幻想文学や平賀源内の「いかがわしい」作品群、馬琴作品の雄大な構想など、江戸文学の、とくに闇の美学に関する論文の集成。第V部「『八犬伝』とその原点」に、「『八犬伝』の原構想−牡丹と獅子王」(原題「馬琴・その伝奇主題の一考察−『南総里見八犬伝』の場合」)、「『八犬伝』の原構想・再説−七犬士から八犬士へ」(原題「『八犬伝』異聞−七犬士から八犬士へ」)、「馬琴の稗史空間」(原題「馬琴の秘儀空間−ユートピア志向その他」)を収録している。
高田衛『完本 八犬伝の世界』(ちくま学芸文庫、2005年) 研究本
1980年に刊行され、以後の研究や二次作品に絶大な影響を与えた『八犬伝の世界』の改訂版。とはいえ旧作の核であった〈八犬士=文殊八大童子〉論に関するくだりは全体の半分程度で、その後の論考(とくに信多純一氏、湯浅佳子氏による研究)を踏まえつつ、犬士列伝の構造や『八犬伝』における天皇の扱い、江戸の母子神信仰と『八犬伝』の関わりなどについての考察が並ぶ。さすがの読みごたえ。改めて『八犬伝』ワールドの深淵に触れた思いである。
高田衛『滝沢馬琴−百年以後の知音を俟つ−』(ミネルヴァ書房、2006年) 研究本
馬琴の生涯を、誕生から一家の離散・結婚・家庭生活・死に至るまでを、『吾仏乃記』を初めとする資料や近年の研究成果を踏まえて詳細に描きだした評伝。『八犬伝の世界』他で発表した自説についての言及は意外に少ないが、馬琴の家系に関する自負心が『八犬伝』世界にいかに反映したかの切り口は高田氏らしい。また第四章「『伊波伝毛乃記』」は、馬琴と京伝の関係とそこに表れた馬琴の人間性を深く追求しており、京伝ファンも必見。巻末年表中の「(馬琴が)端然と死す」との表現に〈愛〉を感じた。
高橋実(たかはしみのる)『座右の鈴木牧之』(野島出版、2003年) 研究本?
『校註 北越雪譜』の翻刻ほか同郷の有名人である牧之研究の本をいくつも出している著者による牧之本。牧之にまつわる思い出から牧之の伝記、代表作『北越雪譜』の研究まで網羅。「「北越雪譜」に載らなかった二十村闘牛図」で、本来『北越雪譜』にのるはずだった闘牛図を馬琴が『八犬伝』十輯で紹介し、一方『北越雪譜』校訂の約束はホゴにした有名な事件について、馬琴の剽窃疑惑やそれに対するフォローなどを紹介している。ほかの項でも馬琴がちょくちょく登場している。
滝澤昌忠(たきざわまさただ)『寂しい人・曲亭馬琴』(鳥影社、2005年) 研究本
馬琴自身の苦難の少年期と息子宗伯、友人の渡辺崋山、孫の太郎ら周辺の人々の来歴を、『馬琴日記』などに沿いつつ紹介。病気を初めとする不運不幸話が中心になっている。「読本作者」の項で出板にあたってのさまざまなエピソードをとりあげる中に、『八犬伝』が元ネタの『水滸伝』や「槃瓠説話」をどう利用したかといった話が出てくる。太郎の病から死までの詳細な描写が先行作品にない特色といえようか。
棚橋正博『江戸の道楽』(講談社、1999年) 研究本
江戸時代、庶民の間で流行した「道楽」を、「園芸」「釣り」、「学問・文芸」の三つにしぼって詳しく紹介。全項目において馬琴が登場。とくに、「筆一本の二本差し」の項では、馬琴の生い立ちから失明、生涯の創作活動までを追っている。『八犬伝』や『傾城水滸伝』についても若干言及あり。
丹和浩(たんかずひろ)『近世庶民教育と出版文化−「往来物」製作の背景−』(岩田書院、2005年) 研究本
「手習いの手本や素読・教訓の教材として」広く利用された「往来物」に関して、既存の書物から材を取ったものについては、その元本を如何に取捨改変したかを検討、一九や馬琴によって最初から(一九の場合は多く典拠があるが)往来物として製作された作品については、その成立過程を見る。「付論 明治初年の文章表現と馬琴−『こがね丸』を中心に−」で巌谷小波『こがね丸』がストーリーのみならず文章においても『八犬伝』を下敷きにしている事を、先行研究を踏まえつつ例文を多くあげて検討。ほか馬琴関係では、「曲亭馬琴著『雅俗要文』の成立と意義」および、馬琴作の『民間當用女筆花鳥文素』『雅俗要文』の翻刻を載せる。充実の内容。
辻惟雄(つじのぶお)『奇想の江戸挿絵』(集英社新書ヴィジュアル版、2008年) 研究本
江戸後期読本・草双紙を中心に、印象的な挿絵を「異界」「生首」「幽霊」「妖怪」などモチーフごとに分類して紹介する。『八犬伝』については用語や主な作家の解説・年表のページに出てくるのみだが、馬琴作品の挿絵が相当数掲載されていて、『八犬伝』の挿絵が一枚も出てこないのが不思議なほど。また巻末の「参考文献」のページでも、『八犬伝』の原文(新潮社版)のみならず、『里見八犬伝の世界』など『八犬伝』研究の本が数冊紹介されている。
暉峻康隆(てるおかやすたか)他校訂『馬琴日記』全四巻(中央公論社、1973年) 日記
文政九年から嘉永二年までの馬琴の日記(馬琴が嘉永元年十一月に没したのちは以前から日記の代筆を勤めていた嫁のお路と孫の太郎が書きついだ)を翻刻したもの。天保七年〜弘化三年の部分の日記は焼失したため、饗庭篁村『馬琴日記鈔』を原本とする。ときどき下女や隣人への怒りを表明するほかは、事務的にその日の出来事を細かく記した備忘録的内容。病弱な妻や息子の病の様子から汲み取り屋が持ってきた野菜の数量までしつこいほど詳細に描写してあるが、後々どんなことでトラブルが起こらないともかぎらない、それを警戒しての「転ばぬ先の杖」という感じである。馬琴は意地が悪いといったマイナス評価も、『随筆滝沢馬琴』をはじめとする〈馬琴は小心な愛すべき人物〉というプラス評価も、この日記の描写に立脚する部分が多い。馬琴研究者には必読の書。
徳田武『日本近世小説と中国小説』(青裳堂書店、1987年) 研究本
読本についての20年弱分の論文をまとめたもの。かずかずの読本の翻案元(中国小説)の発掘とその類似点を比較する。『八犬伝』については、馬琴が文中で暗に将軍家斉を批判し、徳川幕府の衰退を警告していると指摘。また幸田露伴にからめて『八犬伝』の写実性を論じている。大部の労作。
徳田武『江戸漢学の世界』(ぺりかん社、1990年) 研究本
漢学・漢詩文や日本近世小説とその典拠である中国の書籍との比較などに関する論文を集めたもの。「『近世説美少年録』と『緑牡丹』」で中国小説『檮〓間評』『緑牡丹』の二作品がいかに『美少年録』の中にとり入れられたかを具体的に検証している。『八犬伝』で毛野が蟹目前の猿を救うシーンが『緑牡丹』をモデルとしている可能性に触れる箇所あり。
徳田武・森田誠吾『新潮古典文学アルバム23 滝沢馬琴』(新潮社、1991年) 研究本
森田氏による「馬琴日記」に関するエッセイ、徳田氏による馬琴伝と二大作品『八犬伝』『弓張月』のあらすじと解説、馬琴年譜、『八犬伝』年表ほか充実した内容。図版が作品の周辺(背景となる歴史的事件の絵巻や当時の地図など)まで網羅しているのが有難い。
徳田武『近世近代小説と中国白話文学』(汲古書院、2004年) 論文集
『日本近代小説と中国小説』『江戸漢学の世界』以降に書かれた近世小説と近代小説に関する論考を集めたもの。書き下ろしはなし。『八犬伝』および馬琴関連のものは、「曲亭馬琴と鈴木桃野における『諧鐸』」「『月氷奇縁』の隠微」「『雲妙間雨夜月』の雷雨譚典拠考」「『八犬伝』と『梧窓漫筆』」「『八犬伝』の戦闘叙述」「『続西遊記国字評』の史的位置と意義」(柴田光彦編『馬琴評答集四』月報)「『続西遊記国字評』評」「馬琴と渡辺崋山」(『近世説美少年録 2』月報)「『新局玉石童子訓』の稿本」(『近世説美少年録 3』月報)など数多い。ほか第一章の「読本と中国小説」(岩波書店『新古典文学大系80』収録 補訂あり)、第二章「中国故事集の盛行とその影響」(『岩波講座日本文学史第10巻 十九世紀の文学』でも馬琴読本を大きくとりあげている。馬琴がらみ以外も、秋成、京伝、露伴などに関する興味深い論稿が盛りだくさん。
徳田武『幕末維新の文人と志士たち』(ゆまに書房、2008年) 論文集
「幕末維新の時期の文人や志士たちの文学と人生を扱った近稿を集めて一書と」したもの。第一章「馬琴と西鶴」で、作家として対極の立ち位置にあると思われてきた両者が意外に共通している、というか馬琴が多分に西鶴を意識していたこと、「浜路くどき」に『好色五人女』のお七が吉三郎の元にしのんでいくシーンが利用されていることを指摘。また『美少年録』のお夏・清十郎(朱之介の両親)の密会場面もお七のエピソードがモデルであることを明らかにする(『旬殿実実記』にも『五人女』からの利用あり)。つづく「前高崎藩主大河内輝声の中国小説愛好」でも輝声の『八犬伝』理解の深さに触れている。とても面白い。
長島弘明(ながしまひろあき)・清澄典子(きよとのりこ)編著『改訂版 近世の日本文学』(放送大学教育振興会、2003年) 研究本
「裃を付けた和歌や漢詩から、襟元をくつろげた洒落本や滑稽本まで」江戸期を代表する文学作品を、その登場の背景・影響力なども合わせて解説。主要作品については一部本文を抜粋して紹介もする。「中期合巻」と「後期読本」の項(執筆は板坂則子氏)で馬琴作品をとりあげ、とくに『八犬伝』は芳流閣の場面を語句注釈つきで紹介する。何度も書いているが、この調子で全文注釈版を・・・。
中村幸彦(なかむらゆきひこ)・水野稔(みずのみのる)編『鑑賞 日本古典文学第35巻 秋成・馬琴』(角川書店、1977年) 研究本
読本前・後期それぞれを代表する作家、上田秋成と曲亭馬琴についての「総説」、主作品の本文紹介・解説と、研究者数名による秋成論・馬琴論を収録。馬琴論は浜田啓介「評論家馬琴」、柴田光彦「馬琴の日常生活」、レオン・ゾルブラッド「中国文学を用いて中文を離る」、徳田武「読本論」、鈴木重三「馬琴読本の插絵と画家」、綿谷雪「馬琴の南総里見八犬伝」。秋成の作品紹介は『雨月物語』『癇癖談(くせものがたり)』『春雨物語』を取り上げているのに対し、馬琴作品は『八犬伝』一本なのが個人的にはうれしい。巻末には徳田氏による参考文献もあり。
南條範夫(なんじょうのりお)『大名廃絶録』(文春文庫、2007年(旧版1993年)) 研究本?
江戸時代にお取り潰しにあった240の大名家のうち代表的な事例を選び、当事者となった藩主の事蹟を中心に紹介。小説が本業の南條氏だけに文章は小説風で読みやすいが、登場人物の心情には深く立ち入らずニュートラルな視点を保っている。「里見安房守忠義」の章で、里見家の十代藩主忠義の暗君ぶりを当時の史料に基づいて描きつつも、八名の殉死者(八賢士)の存在など美談も紹介し、里見家改易の主原因と言われる大久保忠隣改易事件についても詳述する。『八犬伝』についての言及はとくになし。
↑この作品については平次様よりご提供いただきました。いつもありがとうございます!
西沢正史(にしざわまさし)編『古典文学鑑賞辞典』(東京堂出版、1999年) 資料
冒頭の「古典文学の歴史概観」で、古代から近世までの日本文学の流れを解説したうえで、主だった作品・作者の「概要」「あらすじ」「解釈・鑑賞」を載せる。あいうえお順に項目立てしてあるのが新鮮かつどの時代の作品かわからなくてもタイトルで引ける点で便利。一方で巻頭に時代順の目次、巻末に作者名での索引があるのも親切。「曲亭(あるいは滝沢)馬琴」の項はないものの「南総里見八犬伝」の項があり、義実渡海から伏姫切腹まではかなり詳細に説明してある。
西田耕三(にしだこうぞう)『主人公の誕生 中世禅から近世小説へ』(ぺりかん社、2007年) 研究本
唐末の禅僧・瑞巌が自分自身との対話相手を「主人公」と命名した話から説き起こして、「主人公」という語の意味合いの変遷をたどる。「第二章 「主人公」の形象」の中で、戯文の構造を持った作品として名詮自性を多用する『八犬伝』を取り上げ、義実による伏姫・八房・玉梓の名の解釈を紹介している。また「終章 「主人公」の行方」でも、『犬夷評判記』中の馬琴の『八犬伝』についての発言を引き、馬琴の言う「主人公」と『小説神髄』の定義する「主人公」との差異を述べている。
西村汎子(にしむらひろこ)他編『文学にみる日本女性の歴史』(吉川弘文館、2000年) 研究本
「古代」「中世」「近世」「近代」の四時期に区分して、日本文学作品中の印象的な女性キャラクターを取り上げ、その描写を通して当時の女性の社会的位置付けを考察する。「近世」のカテゴリーに「女性従属の論理を逆用する―南総里見八犬伝」の項あり。自分は立場の弱い女であるからと助命を要求した玉梓、儒教倫理をふりかざして嫁である雛衣を自害に追いやった船虫について、「本来秩序維持を目的とする儒教やそれに基づく女性の従属の論理を、秩序をつき崩す方向に利用してみせ」たと説く。
日本研究センター刊行物編集委員会編『公開講座 文学史と房総 IV 「南総里見八犬伝の世界−名場面を読む−」「八犬伝の世界をめぐって」』(城西国際大学日本研究センター、2006年) 研究本
城西国際大学十周年記念としてスタートした公開講座「文学史と房総」の四年目の内容の一部を活字化したもの。収録内容は以下の通り。
門脇むつみ「描かれた八犬伝−絵と読本−」−『八犬伝』本編中の挿絵や『八犬伝』をモチーフとした浮世絵、作品発表時に販売された『八犬伝』グッズ、現代の舞台や漫画などの『八犬伝』ビジュアライズを紹介。肇輯の伏姫の絵と芳流閣の挿絵についてもそのルーツを検討している。
樂殿武「『水滸伝』と『八犬伝』−名場面の影響−」−『八犬伝』が『水滸伝』からモチーフを借りた箇所について、両者の描き方を比較紹介する。
内田保廣「八犬伝の読まれ方」−馬琴の愛読者たち(同時代の上層階級だった殿村篠斎ら、後代の勝海舟・澁澤栄一、さらに下ってきた北村透谷・坪内逍遥・芥川龍之介・三島由紀夫など)の生い立ちや、彼らによる『八犬伝』の受容のされ方を探る。
岡田美也子「犬坂毛野の登場−女装の武人の系譜など−」−高田衛氏の「文殊八大童子説」について、〈尼童子〉ははたして女性を意味しているのか、馬琴はそれをどう解釈していたかを検討。ヤマトタケルや源義経、朝鮮の〈新羅花郎〉など女装英雄との比較も行っている。
吉田恵理「錦絵にみる八犬伝−ヒーローは如何に表現されたのか−」−『八犬伝』と馬琴の家庭環境についての基本データ、パロディ本や錦絵の流行にみられる『八犬伝』人気をくわしく紹介する。
日本文学協会編『日本文学講座5 物語・小説U』(大修館書店、1987年) 論文集?
平安時代から江戸期までの日本文学を各論的・総論的に扱った論文16編を収録。百川敬仁「小説意識の展開」が、〈『八犬伝』の真のテーマは「時間」である〉こと、〈「建前として」里見家を天皇家になぞらえることで、「現実の社会の寓話たらんとしている」〉ことなどを指摘している。
日本文学研究資料刊行会『日本文学研究資料叢書 馬琴』(有精堂出版、1982年(初版 1974年)) 研究本
単行本未収録のものを主とする馬琴研究の必須論文の集成。直接『八犬伝』を扱うものは以下のとおり。
・依田学海(学海居士)「南総里見八犬伝」−『八犬伝』の(勧善懲悪の視点によった場合の)構成の弱さ、雅文調によってリアリズムを失っていることなどへの辛口な評。明治二十年、二十一年に五回に分けて発表。
・和田万吉「南総里見八犬伝」−〈努力の人〉馬琴の『八犬伝』執筆における苦心と工夫を考察。昭和七年発表。
・浜田啓介「八犬伝の構想に於ける対管領戦の意義」−馬琴の自評などを引用しつつ、『水滸伝』との比較などから対管領戦の意味について論じる。昭和二十九年発表。
・橋本四郎「里見八犬伝の文体とその文語−文語史研究の基礎として−」−『八犬伝』全編を詳細に検分して、単語の用法・文法を、使用頻度に応じて表にまとめている。比較対象として『新編金瓶梅』をとりあげる。←8/1追記−のちに『橋本四郎論文集 国語学編』(角川書店、1986年)に収録。同書収録の「近世における文語の位置」も『八犬伝』中の文章をいくつか例文としてとりあげている。
このほか、後藤丹治「馬琴の読本と雨月物語」の第二章第二節が、『八犬伝』の考証と浜路くどき他への雨月物語(ついでに中国文学も)の影響を論じている。解説は徳田武氏。
日本文学研究資料刊行会編『日本文学研究資料叢書 日本文学研究の方法 古典編』(有精堂出版、1997年) 資料
「日本における長編小説の伝統とその特質」の項で、『源氏物語』『浮世風呂』などとならび『八犬伝』の名があがっている。「粉本の『水滸伝』より遥かに規模が狭く、勧懲主義に災されて人間性が萎縮せられ・・・」とあまりいい評価ではないが。
日本放送協会『NHK 歴史と人間C』(日本放送出版協会、1978年) 談話集?
NHK第一放送で放映された「歴史と人間」シリーズを活字化。作家・文学者の諸氏が江戸期の偉人について語る。杉本苑子氏による「滝沢馬琴」の回は、馬琴の家庭環境などを中心に代表作である『八犬伝』の話も出てくる。聞き手は三国一朗氏。
野口武彦(のぐちたけひこ)『江戸と悪−『八犬伝』と馬琴の世界』(角川書店、1992年) 研究本
1979年から1990年にわたって発表した『八犬伝』論・馬琴論数篇と、書き下ろし「曲亭馬琴論のためのディスクール」から構成。江戸後期の思想界の変動が馬琴に与えた影響と、「勧善懲悪」を掲げる馬琴の内部に抑圧された〈悪〉を『八犬伝』『美少年録』『兎園小説』などの作品をとりあげて論じている。
長谷川強(はせがわつよし)編『近世文学俯瞰』(汲古書院、1997年) 研究本
近世文学という大枠のテーマのみを定めて、読本、俳諧、役者評判記、翻刻資料、当時の風俗についての論考までさまざまなタイプの論文を網羅。うち、服部仁「戯作の趣向一、二」が前半部で、庚申山編に登場する鵙平の茶店は馬琴が『蓑笠雨談』でとりあげた実在の奴茶屋がモデルであることにふれている。また本田康雄「自由民権の坪内逍遥と人情本・新聞小説」が『小説神髄』の馬琴批判をちょろっととりあげる。『八犬伝』以外では、板坂則子「『占夢南柯後記』稿本挿絵より−馬琴と北斎」が『後記』稿本の馬琴下絵と実際の北斎挿絵の図柄の違いから両者の不仲説を再検討している。
服部仁『曲亭馬琴の文学域』(若草書房、1997年) 研究本
馬琴の文学観から収入・著述生活・俳諧まで、多角的研究の集大成。『八犬伝』については〈名詮自性〉、〈隠微〉、『封神演義』の影響などを論じている。
服部仁『馬琴研究資料集成 第一巻』(クレス出版、2007年) 研究本
馬琴自身の手になる随筆や、戦前までに出版された馬琴についての評論・伝記を、他の研究本に再録されてないものを中心に取りあげ編まれた集成シリーズの第一巻。収録されているのは、菊池純(三溪)「稗史小伝」、饗庭篁村「文化文政度の小説家」、赤堀又次郎「馬琴の手紙并殿村篠斎父子」(→『馬琴書翰集成』にも収録)、岩橋小弥太「殿村安守と常久と」、黒頭巾(横山健堂)「京伝と馬琴」、関根正直「曲亭馬琴の生活」、真山青果「随筆滝沢馬琴」。そのすべてに多かれ少なかれ『八犬伝』についての言及がある。
服部仁『馬琴研究資料集成 第二巻』(クレス出版、2007年) 研究本
馬琴の評伝二点(宇野浩二「馬琴読本(『馬琴・北斎・芭蕉』)」、麻生磯次『滝沢馬琴』)と、同じく麻生氏の「馬琴の読本に及せる支那文学の影響(『江戸文学と中国文学』第三章)を収録。『八犬伝』についての言及度合いは「馬琴の読本に〜」が一番大きい、というか深い。
服部仁『馬琴研究資料集成 第三巻』(クレス出版、2007年) 研究本
「曲亭遺稿」(『吾佛の記』『後の為の記』など22編の随筆から成る)と松村操編「曲亭遺稿 附馬琴行状記」(松村著とおぼしき「曲亭馬琴翁小伝」+馬琴による随筆や和歌・俳句など数編)の影印を収録。直接『八犬伝』に言及する文章は少ないが、馬琴の他作品に通じる論考(「青砥藤綱伝」「碗久考」)がとくに興味深い。
服部仁『馬琴研究資料集成 第四巻』(クレス出版、2007年) 研究本
馬琴と息子宗伯の手になる雑文を渥美正幹が編集し、依田学海(百川)の評を載せて出版した『曲亭雑記』を収録。内容が一部『曲亭遺稿』と重なる部分も。奇話や自身の見解を記述した内容は『兎園小説』に通じる。「土中の行者不死」などの評で若干八犬伝に触れている。
服部仁『馬琴研究資料集成 第五巻』(クレス出版、2007年) 研究本
「自撰自集雑稿」「蓑笠雨談 初編」「羇旅漫録」「異聞雑稿」「伊波伝毛乃記」「馬琴所蔵本目録」収録。「自薦〜」は馬琴が自身の画賛・和歌、狂歌などをまとめたもの。
浜田啓介『近世小説・営為と様式に関する私見』(京都大学学術出版会、1993年) 研究本
「『南総里見八犬伝』私見−八犬伝の構想に於ける対管領戦の意義」(『日本文学研究資料叢書 馬琴』にも収録)、「『南総里見八犬伝』私見−『吾佛乃記』の世界と『南総里見八犬伝』」収録。前者は対管領戦が描こうとしたものは戦闘のスペクタクルではなく、前半部で犬士らを迫害した敵将らとの負の関係の清算であったことを述べる。後者は『吾佛乃記』に記された滝沢家の事件・事情が『八犬伝』にいかに反映されたかの詳細な検証。これら以外にも「近世小説の水滸伝受容私見」以降のほぼ全章に『八犬伝』をはじめ馬琴作品への言及がある。
林美一(はやしよしかず)『秘板 八犬伝』〈花の巻〉(緑園書房、1965年) 研究本
「歌舞伎と小説と浮世絵という三つの異なる研究分野を、浮世絵師というカスガイで横につないで見ること」をテーマに、文化・文政期の浮世絵を解題紹介した三部作の一冊目。(あと二作は〈月の巻〉『秘板 源氏絵』と〈雪の巻〉『秘板 梅ごよみ』)『恋のやつふぢ』などの艶本、錦絵など『八犬伝』ものの図版を多数収録。後半は一時「七犬士伝」の構想があったこと(のちに『八犬伝の世界』などもこのことに言及)や、馬琴・北斎不仲説の否定、『八犬伝』を合巻化した『犬の草紙』『假名読八犬伝』や艶本などの『八犬伝』ブーム周辺の紹介、初版本の書誌研究など。
林美一『江戸艶本(えほん)を読む』(新潮社、1987年) 研究本
『八犬伝』パロディの艶本『恋のやつふぢ』を扱った項あり。佐世姫(伏姫)と八総(八房)の濡れ場などを部分的に引用しつつ、作品を紹介している。ほかにも平賀源内作の艶本や枕草子パロディの艶本など盛りだくさん。1994年文庫化。
林美一『江戸艶本(えほん)へようこそ』(新潮社、1992年) 研究本
「〓(マル秘)里見八犬傳」という項で、馬琴本収集への情熱を語りつつ『恋のやつふぢ』『佐世身八開傳』『艶色八犬傳』という三種の『八犬伝』パロディの艶本のあらすじと絵を紹介。やや図版の入れ方がまぎらわしい。他の馬琴作品では『椿説弓張月』『新編金瓶梅』『南柯夢』『傾城水滸伝』『燕石雑志』(!)などが艶本化されているそうだ。見たい。
追記−『恋のやつふぢ』『佐世身八開傳』『艶色八犬傳』については『秘板 八犬伝』にも詳しい解説がある。
林義勝(はやしよしかつ)『十二支伝説』(PHP研究所、1993年) 研究本?
十二支や伝説上の聖獣にまつわる各地を旅し、自身で写した土地の写真と各動物に関係するエピソードを紹介する。「戌 犬の舞う空、そして海」の項で、房総半島の写真とともに『八犬伝』をとりあげる。雄大な自然をとらえた写真群は圧巻。
↑この作品については平次様より存在を教えて頂きました。いつもありがとうございます!
羽山常太郎(はやまつねたろう)『安房の伝説』(京房通報社、1917年) 研究本
「安房の傳説」「安房案内記」「名所と舊蹟」(扉には「名所と舊蹟と」となっている)「安房の俚諺」他より構成。「安房の傳説」の中に「伏姫が窟」という項目があり、「里見誌」(『里見軍記』?『里見九代記』?)に基づいて、義実安房到着以来の史実を紹介しつつ、また『八犬伝』にそって安西の里見攻め〜伏姫自害までのダイジェストを紹介している。また原田實氏の「序」に「八犬士が脱ぎ舎てし(ママ)草鞋の趾に水仙の花咲く國、伏姫が侘びて住む此處彼處に白百合の花匂ふ國、夢想兵衛が紙鳶の糸海原遠く見下しゝ國」との一文がある。この「序」の引用箇所については『伝説の風景を旅して』に詳しい記載あり。
播本眞一『『南総里見八犬伝』を読む』 論文
『八犬伝』肇輯の見返し・漢文・自序・口絵の典拠やそこに意図されるものを、先行研究を丹念に引きながら考察。口絵におけ伏姫・玉梓の対置的関係ほか含蓄多し。馬琴の別号などについてどの読みが正しいかの検証もあり。
『近世文藝 研究と評論 第六十三号』(近世文藝研究と評論の会、2002年)
播本眞一『『南総里見八犬伝』第十二回を読む』 論文
富山入山前後の伏姫の年齢表記の矛盾、富山での伏姫の描写に『万葉集』からの引用が用いられている裏に大伴家持の妻の死・「莵原処女」伝説を暗示させる意図があることなどを指摘。とくに「莵原処女」論に興味をそそられる。
堀切実編『近世文学研究の新展開−俳諧と小説』(ぺりかん社、2004年)
日野巌『動物妖怪譚』(有明書房、1979年) 研究本
日本の伝説上の妖怪について、『今昔物語』『宇治拾遺物語』など古典籍史料を引きつつ種別に解説。「人魚」の項で、『八犬伝』中の人魚の口絵を載せるほか、『玄同放言』『烹雑の記』『兎園小説』などの馬琴著もしばしば引用元として利用されている。
日野龍夫(ひのたつお)『日野龍夫著作集 第三巻 近世文学史』(ぺりかん社、2005年) 全集
タイトルの通り、近世の文芸作品―戯作や漢詩とその作者たち―に関する論文や書評を集めたもの。「近世文学史論」の項で『八犬伝』と『風俗金魚伝』にちょっと触れるほか、「江戸文芸・享受者の顔」で『犬夷評判記』の評答のあり方、「近世文学に現われた異国像」で、天津九三四郎の名に天草四郎が反映された背景を、「無用者と「無用」の文学」(『前田愛著作集 第一巻』解説)で、前田氏の『「八犬伝」の世界』を、それぞれ取り上げている。
福岡ユネスコ協会編『世界が読む 日本の近代文学 V』(丸善株式会社、1999年)
李淙煥「透谷における『八犬伝』の受容について」と、これをふまえた数名による討議を収録。伏姫物語の「止水の面影」が透谷の『宿魂鏡』の鏡の描写に与えた影響を具体的に検証。「止水〜」のワンシーンにここまでこだわる姿勢が良。
古川久(ふるかわひさし)『世阿弥・芭蕉・馬琴』(福村出版、1967年) 研究本
「芭蕉と馬琴」「曲亭馬琴の研究」「「馬琴書簡集」解説」「馬琴と中国の小説批評」で馬琴をとりあげる。このすべてで『八犬伝』にふれるが、とくに「馬琴と中国の小説批評」では『八犬伝』評価の盛衰とその原因である勧懲主義を大きく扱う。〈今日では馬琴作品はすっかり一般に縁遠い作品になってしまっている〉というくだりは、『八犬伝』が再評価されている現在からすれば隔世の感があるが、また馬琴作品が埋もれてしまう時代も来るのかなあと考えてしまった。
『前田愛著作集 第二巻 近代読者の成立』(筑摩書房、1989年) 論文集
『近代読者の成立』(有精堂、1973年)を中心に、『近代日本の文学空間』(新曜社、1983年)所収の論文や単行本未収録論文を収めたもの。「天保改革における作者と書肆」ほか多くの論文で馬琴作品の出版事情や『八犬伝』の受容などをとりあげている。なかなかに興味深い。
『前田愛著作集 第六巻 テクストのユートピア』(筑摩書房、1990年) 論文集
日本の文学作品を、記号論や空間論などを用いて縦横に論じた文学各論および総論。「文学テクスト入門」の第二章で『八犬伝』と『弓張月』にちょっとふれ、両者が「引用のモザイクとして出来上がっている」こと、名詮自性=言葉の呪術性に対する馬琴の信頼について語っている。
『前田愛対話集成T 闇なる明治を求めて』(みすず書房、2005年) 対談集
前田氏の対談・座談のうち、『明治メディア考』『現代読者考』『名作のなかの女たち』の三冊に収録されなかったものを選出、編集した対談集。「馬琴、幻想と伝奇の物語」「日本文学の「近代」とは何か」「下流民権の高揚と屈折」で『八犬伝』について言及している。
松田修(まつだおさむ)『闇のユートピア』(新潮社、1975年) 研究本
かぶき、切腹、妖異譚など、日本文化が生んだ闇の美学を、文学作品や史書を引きつつ自在に語る。「幕末のアンドロギュヌスたち−馬琴論の試み」は、主に『美少年録』後半(『玉石童子訓』とほぼイコール)と『八犬伝』における侠者とアンドロギュヌス的美少年という〈異端者〉が、〈体制の悪〉に立ち向かう構造を論じている。1982年に白水社から出版された改訂版では、「幕末の〜」他数篇に代わり、「曲亭馬琴・妖異の美学」を収録、『八犬伝』に対する作家・松田文耕堂の影響を取りあげる。ちなみに「幕末の〜」はのちに『華文字の死想』に再録。
松田修『華文字の死想』(ペヨトル工房、1988年) 研究本
文芸作品を主にとりあげ、日本古来からの少年愛・同性愛の観念や、その美学にさまざまの形で魅せられた人々を詩的に描き出す。『八犬伝』については『闇のユートピア』(旧版)に収録された「幕末のアンドロギュヌスたち−馬琴論の試み」を再録している。
松田修『江戸異端文学ノート』(青土社、1993年) 研究本?(あとがきには「エッセイ」とある)
西鶴・源内・秋成・南北など(劇)作家から川柳や詩歌まで、江戸期の文芸と風俗を広く取り上げ、〈裏の文化〉というべきものの美を詩的文体で語る。「南北と馬琴」で「色悪」網干左母二郎を、「呪術師馬琴」で『八犬伝』や『馬琴日記』を引き合いに出しつつ馬琴の「文字」へのこだわりと、そこから生まれる現実と虚構の交錯を、「裁きの責任」で『青砥藤綱摸稜案』に見る誤審への厳しさを、それぞれ描いている。
三浦雅士(みうらまさし)『青春の終焉』(講談社、2001年) 研究本
「青年」「青春」という言葉の誕生と隆盛、その語がやがて輝きを失っていったさまを、江戸末期から現代までの人気作家の作風・生き方や世相を手掛かりに紐解いてゆく。「9章 馬琴の影」で、『八犬伝』が明治期の文学者に意識的無意識的を問わず強大な影響力を及ぼしたこと、『八犬伝』こそが初めて「青年」を描いた作品であることなどを取り上げる。以降ほとんど全ての章において『八犬伝』からの引用文が引かれている。〈『八犬伝』もまた青年の物語であると同時に、秘密結社の物語だったのである〉という指摘、馬琴の読本を「『ドイツ悲哀劇の根源』で提示されたさまざまな概念を手がかりに眺めなおしてみることができるだろう」との一文には刺激を受けた。
水野稔他著『図説日本の古典19 曲亭馬琴』(集英社、1980年) 研究本
『八犬伝』(水野稔氏)と『椿説弓張月』(徳田武氏)の解説・あらすじ、その他の作品についての論(水野氏、徳田氏)、作品年表・『八犬伝』世界の年表(板坂則子氏)、時代背景(内田保廣氏、竹内誠氏)など盛りだくさん。『八犬伝犬の草紙』ほか図版がたくさんもりこまれているのが嬉しい。読本の挿絵・当時の画壇(?)の状況(鈴木重三氏)など、美術面も充実。馬琴ファンはぜひ一度読むべし。
水野稔編『近世文学論叢』(明治書院、1992年) 研究本
水野氏の傘寿記念に編纂された論文集。水野氏をふくめ25人の学者の近世研究論文や翻刻を収録。『八犬伝』については徳田武「『八犬伝』と『梧窓漫筆』」が、儒者・太田錦城『梧窓漫筆』が説く継子断絶の不幸や奢侈の戒めが、『八犬伝』に与えた影響を論じている。他の馬琴作品については、徐恵芳「『高尾船字文』考」がある。
水野稔『江戸文芸とともに』(ぺりかん社、2002年) 文集
1997年に没した水野氏が生前にほうぼうで発表した論文・書評などを集めた文集。「曲亭馬琴」の項のほか「江戸文芸編論」「戯作−作者と読者」などの項でも馬琴を大きくとりあげている。
三橋順子(みつはしじゅんこ)『女装と日本人』(講談社、2008年) 研究本
日本の古代から現代に至るまでの女装文化の歴史と、基本的に女装者に好意的な日本人の心性についての考察。歴史に関する部分も面白いが、自身もニューハーフである著者の体験に基づく話がとりわけ読ませる。簡潔でユーモアのある文章が楽しい。「第2章 近世社会と女装」の中で、『八犬伝』の信乃と毛野の女装、信乃のような男児を女児として育てる風習、『兎園小説余禄』中の「おんな男」についての記述に触れている。
宮田登『ヒメの民俗学』(青土社、1993年(初版1987年)) 研究本
柳田国男氏が『妹の力』で示したような、女性の霊的な力とその上になりたつ民俗文化についての論考集。「女人島」「女と犬」で、『八犬伝の世界』をふまえて伏姫と八房の婚姻譚を「犬聟入」民話の一種として取り上げている。「女人島」では『椿説弓張月』にも言及。
百川敬仁(ももかわたかひと)『「物語」としての異界』(砂子屋書房、1990年) 研究本
江戸期の文芸作品を主に、「もののあわれ」の概念と「異界」について追及する。「異界と虚構」「小説意識の展開」の章で、『八犬伝』の名前も登場。〈『八犬伝』の真のテーマは時間〉という主張はのちの『日本のエロティシズム』でもくり返されている。
百川敬仁『日本のエロティシズム』(筑摩書房、2000年) 研究本
日本文化のなかのエロティシズム、〈もののあわれ〉の感情と時間感覚との関係を、近世以前、近世、近世以降に分けて検証。「エロティシズムの後退」「〈母〉という虚構」の章で、『八犬伝』の船虫処刑の場をとりあげている。日本のもろもろの文芸作品の評論としても興味深い。
森谷尅久(もりやかつひさ)『日本を創った人びと22 瀧沢馬琴』(平凡社、1979年) 資料集
歴史上の偉人の事跡をたどるシリーズの一。タイトルは「馬琴」だが、馬琴自身の話より彼が活躍した化政期の時代背景の説明に多くのページをさいている構成が特徴である。よって『八犬伝』のことも、当時の人気ぶりとお路の代筆によって完成させた苦労話くらいしか取り上げられていない。お路の名に「賢女」「賢妻」という形容詞がかぶせてあるのが印象的。
安田女子大学文学会安田文芸論叢編集委員会編『安田文芸論叢 研究と資料 安田女子大学日本文学科開設三十五周年記念論文集』(2001年) 研究本
奥田倫世「『八犬伝』と『封神演義』−親兵衛と毛野を中心に−」収録。高田衛論文を参照しつつ、死と再生・異常妊娠といった〓〓(なた)の特徴が親兵衛及び毛野に受け継がれていることを論じる。
柳田泉『近代作家研究叢書55 「小説神髄」研究』(日本図書センター、1987年) 研究本
『小説神髄』誕生の周辺事情やそれ以前の逍遥の小説論などを論じる「首篇」、『神髄』の原文と現代語訳(意訳)を載せる「本篇」および「附録」から成る。「本篇」は無論のこと「首篇」でも、逍遥の『八犬伝』批判についてしばしば触れ、八犬士に対する「仁義八行の化物」呼ばわりは〈不適切〉であると(そう書かざるを得なかった逍遥の心理に同情を寄せつつ)している。
湯浅佳子(ゆあさよしこ)編『南総里見八犬伝 名場面集』(三弥井古典文庫、2007年) 翻訳?
『八犬伝』の名シーンを抜粋し、原文とその訳文を並べて載せ、その前後のあらすじと場面に対応した原作の挿絵を紹介。注目すべきは名場面の選定基準で、浜路くどきが意外にも入らず、代わりに(?)第二の浜路くどきや旦開野が小文吾に求愛するくだり(旦開野くどき?)が採用されてるのがユニーク。個人的には、義実が三浦で竜を見る場面、伏姫の受胎告知、村雨丸献上が入っているのが嬉しかった。それぞれ、大作のオープニングにふさわしい勇壮さや静謐な美しさを持ったシーンだと思うので。そして本編にもまして、これまでの諸研究をわかりやすくまとめた冒頭の解説は、論文のごとき読みごたえ。必読。
有精堂編集部『日本文学研究の現状 I 古典』(有精堂出版、1992年) 研究本?
記紀神話から江戸文学まで、随筆から狂歌までの、主だった作品・作家・ジャンルごとに、項目を立て、それらについての研究の流れ、主要な研究所、その成果を上げる。稲田篤信氏による「馬琴」の項があり、随筆や読本、草双紙の翻刻や研究書(主に『八犬伝』関係)を紹介している。
横山邦治編『読本の世界−江戸と上方−』(世界思想社、1985年) 研究本
読本研究=馬琴研究に片寄りがちな現状への反省をこめて、〈読本世界の全体像を把握する〉コンセプトによる、第一線の研究者八名の共著(それぞれが一章ないし二章を担当)。もちろん馬琴を無視したわけではなく、ほぼ全編にわたって登場する。とくに「第五章 読本評判と稗史七法則」(服部仁氏)は『犬夷評判記』と稗史七法則についての考証を行っている。
吉丸雄哉(よしまるかつや)『武器で読む八犬伝』(新典社、2008年) 研究本
『八犬伝』に登場するさまざまな武器を「槍」「刀剣」などのカテゴリー別に拾い出し、それぞれの武器が使われているシーンを紹介し、一般的な使用法・利点ほかを解説する。『八犬伝』に特化してこんな切り口の本が出たことが嬉しい。『八犬伝』読者にとっては多々勉強になることと思います。
↑この作品については平次様より存在を教えていただきました。いつもありがとうございます!
読本研究の会『読本研究新集第一集』(翰林書房、1998年) 研究本
後期読本を中心とした論稿集。『八犬伝』については李樹果「『八犬伝』と『水滸伝』」が取り上げ、趣向・筋だけでなく小説の体裁や稗史法則に『水滸伝』が与えた影響を具体的に考証している。馬琴作品では他に『侠客伝』(得丸智子「姑摩姫の仇討」)が取りあげられている。
読本研究の会『読本研究新集第四集』(翰林書房、2003年) 研究本
石川秀巳「物語世界の終熄−『南総里見八犬伝』私論」、服部仁「寂寞道人肩柳(犬山道節)の出自」を収録。前者は、水陸施餓鬼・玉の文字と痣の消滅・八姫との結婚・二世八犬士の設定など『八犬伝』の団円に関わる設定を検証、後者は、肩柳こと犬山道節の設定は『雑談集』九巻『元亨釈書』『俗説弁』などに依拠していることを指摘。他に馬琴を扱うものは崔香蘭「馬琴読本の源流たる『高尾船字文』の趣向について」、河合眞澄「絵入根本『俳優浜真砂』の曲亭馬琴序文」、神田正行「『新編金瓶梅』発端部分の構想と中国小説」、湯浅佳子「『松浦佐用媛石魂録』における忠義と情愛」。というか本のほぼ半分は馬琴関係の論文だったりする。
読本研究の会『読本研究新集第五集』(翰林書房、2004年) 研究本
直接『八犬伝』に関するものとしては、浅野三平「「当世奇話」の八犬伝評」、浅野三平「「当世奇話」の八犬伝評」、大輪靖宏(おおわやすひろ)「作者の意図を探る楽しさ」(ともにエッセイ)を載せる。前者は馬琴存命中に書かれた『八犬伝』評である『当世奇話』の内容(羅貫中が『水滸伝』についてとやかく言う馬琴に向かって『八犬伝』の趣向を批判する)を紹介。後者は実際にはありえない因果応報の『八犬伝』世界の意義を深読みし、「百年の後、知音を俟て是を悟らしめんとす」という有名な馬琴の言の意図(隠微)は、『八犬伝』が読みつがれることでユートピアが100年後には実現するかもという希望にあったのでは、と述べる。ほか馬琴作品を扱うものは、河合眞澄「『曲亭伝奇花釵児』と演劇」、大屋多詠子「馬琴読本の演劇化−文化期の上方演劇作品における−」、菱岡憲司「馬琴読本における「もどり」典拠考」、崔香蘭「『苅萱後傳玉櫛笥』と中国典拠−『開元天宝遺事』・『逸史』・『石点頭』」、神田正行「天保期の馬琴と『平山冷燕』『両交婚伝』」がある。とくに「もどり〜」は山林房八の造型に対する『義経千本桜』『菅原伝授手習鑑』『摂州合邦辻』などの影響を説いていて興味深い。
李国棟『日中文化の源流 文学と神話からの分析』(白帝社、1996年) 研究本
日本人と中国人の自然観や日常感覚の違いが文学作品の受容の仕方にどう影響しているか、漱石文学の背景にある漢学の素養、日中の神話の比較などを取り上げる。「日本と中国南方の大伝説で」で、『八犬伝』の義実の戯言を抜粋紹介。その元ネタである槃瓠説話にふれている。序盤の、『春望』『春暁』に対する日本人と中国人の解釈の違いの話が目からウロコだった。なるほど!
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