他作の空似
・『八犬伝』との相互影響が立証できないなりに、対比研究の対象にはなるかもしれない(あるいはすでになってる)作品たち。
・作家、作品、出版社、発行年、ジャンル、紹介の順に記載。短編や、全集に拠ったものは、各紹介文末に収録元を載せた。
・ネタバレはなるべく少なくするようにしているが、予備知識一切なしで読みたいという方は「関連書籍(事務的羅列)」の方をご覧いただきたい。
スティーヴン・キング『 I T 』上下(小尾芙佐訳、文藝春秋、1991年) 小説
1985年、田舎町デリーでピエロの姿をした怪物“ I t ”によって引き起こされる連続怪死事件。かつて“ I t ”を撃退した七人の子供たちは27年ぶりにデリーに集結、再び“ I t ”に戦いを挑む。運命で結ばれた少年少女、彼らをつなぐ聖痕、さまざま形を変えて襲ってくる強大な〈悪〉、という伝奇的要素は『八犬伝』に共通するものがある。ホラー作品ながら少年時代のエピソードが話の半ばを占めているため、ノスタルジックな青春冒険小説の趣きがありさわやかな印象を残す。
↑この作品、おのまさし様から「関連書籍」へご推薦を頂いたものです。ありがとうございます!
金萬重(キムマンジュン)『九雲夢(クーウンモン) 八人の妻を娶った男』 小説
1687−88年李氏朝鮮の作家・金萬重によって成立。作者が名門貴族の出であること、当時蔑視されていた国字(ハングル)で書かれた点で文学史上大きな意義のある作品。衡山の修行僧・性真が師の使いで出かけた龍宮で酒を飲み、石橋で八人の仙女と戯れ、俗世に未練を抱いたことから山を追放され、田舎の夫婦の息子・楊少游として転生、長じて科挙のため上った都でなんだかんだで美女と次々に契りを結び、ついには八人の女を娶り丞相にまで出世するというサクセス・ストーリー。美女との出会い、契りが主体で、出世話の方はものすごく適当なのが笑える。性真が八人の仙女に八個の珠を投げる、龍女との婚姻、八人の妻が観音像の前で義姉妹の誓いを立てる、六男二女をもうける、やがては富貴に飽きて隠居し仙境のような離宮で暮らし、さらには観世音菩薩・文殊菩薩をたずねて旅立つ、などなど『八犬伝』に(とくに〈隠微〉と言われている部分に)やたらと共通する要素が多い。とはいえ馬琴がこの本を読んでいたか、それどころか日本にこの本が入ってきていたかも謎なので、一応〈空似〉の方に入れた。それにしても、似ている。
鴻農映二編・『韓国古典文学選』(第三文明社、1990年)
宇野秀弥『朝鮮古典文学〓試訳』(?、 1978年)
洪相圭訳『韓国古典文学選集U 九雲夢』
アレクサンドル・デュマ『三銃士』 小説
国王の銃士隊入りを夢見て田舎から上京した青年ダルタニャンと、アトス、ポルトス、アラミスの三人の銃士がくりひろげる友情と恋の手管と冒険の物語。歴史学者オーギュスト・マケによる草稿をもとに、1844年にフランスの「ル・シェークル」紙に連載され大好評を博した。デュマ自身がときどき「現代の人たちの目から見れば、破廉恥な行為だともいえるだろう。しかしこの時代には、だれもこれしきのことには気をとめなかった」とフォローしてるように、ダルタニャンやポルトスの女あしらいはひどいもんである。ほぼ同時期に洋の東西で生まれた長編伝奇文学ということで(史実を下敷きにしている点も共通する)、『八犬伝』と比較されたりもする(『『八犬伝』と『三銃士』』参照)。続編に『二十年後』『ブラジュロンヌ子爵』がある。
鈴木力衛訳『ダルタニャン物語第1巻 第一部三銃士 友を選ばば三銃士』『第2巻 第一部三銃士 妖婦ミレディーの秘密』(講談社、1968年)
ジョージ・R.R.マーティン著・岡部宏之訳『七王国の玉座』上下(早川書房、2002年) 小説
長編ファンタジー〈氷と炎の歌〉シリーズの第一作。エダード(ネッド)・スターク公とその妻ケイトリン、ネッドの長子ながら私生児であるために夜警団に入ったジョン・スノウ、その弟の心優しい少年ブランドン(ブラン)、かつて七王国の支配者だったターガリエン家の血を引くデーナリス(ダニー)ら複数の視点から、王権をめぐる動乱の時代を描く。北上次郎・大森望『読むのが怖い!2000年代のエンタメ本200冊徹底ガイド』で〈あたかも『里見八犬伝』〉と言われていたが、たしかにスターク公の息子たちが狩りのさいに大狼(ダイアウルフ)六匹を発見、家紋にちなんで狼を六兄弟で一匹ずつ飼うことになるあたりは『八犬伝』的ではある。
ワーグナー『ニーベルングの指環』 戯曲
1876年初演の舞台祝祭劇。「ラインの黄金」「ヴァルキューレ」「ジークフリート」「神々の黄昏」の四部から成る。女たちになぶりものにされた小人アルベリヒが復讐のため作りあげた指環の呪いにからんで、生き別れの双子兄妹の間に生まれた英雄ジークフリートの冒険と恋、破滅を描く。『「八犬伝」と「指環」』が指摘するように、「古色蒼然たるストーリーと晦渋な漢字、語句をちりばめた「八犬伝」と同じように「指環」も、古代ドイツの叙事詩を彷彿させるような文体を用いた」点が『八犬伝』を思わせる。そういえば『八犬伝綺想』も『ニーベルング〜』を比較対象に用いていた。
ワーグナー作・高辻知義訳『ニーベルングの指環』上下(音楽之友社、2002年)
朽木寒三(くちきかんぞう)『馬賊戦記』上下(徳間文庫、1982年) 小説(ノンフィクション)
無鉄砲な冒険心を胸に第一次大戦後の中国大陸へと渡った才気あふれる少年・小日向白朗の波瀾万丈の半生記。白朗が生まれた年回りの極端な悪さから七つまで女の子の姿で育てられたこと、その可愛らしい外見と裏腹に荒っぽい遊びにばかり興じていたあたり、『非在への架橋』が指摘するとおり信乃を彷彿とさせる。ドン・キホーテと紙一重の夢想をモチベーションに、頑健な肉体と機転とたぐいまれなスター性とで馬賊の最末端から頭領にまでのしあがってゆく過程は全くもって痛快無比。これが史実だというのだからすさまじい。〈男のロマン〉〈壮大なスケール〉といった言葉に反応してしまう人には大いにおすすめの一作。
ウィリアム・シェークスピア『ハムレット』 戯曲
1600年に初演。デンマークの王子ハムレットは父親の亡霊から、父が叔父に殺害されたことを知らされ、狂気を装って仇討ちをはかる。シェークスピアの代表作というべき悲劇。既成の芝居をシェークスピアが改訂したものと言われる。謎めいた筋立ては現代に至るまでさまざまの論議を呼んでおり、『八犬伝綺想』はハムレットと犬塚信乃(性格や周辺の人間関係が似ている)の比較を行っている。
中野好夫他訳『世界文学全集1』(河出書房、1968年)
エドマンド・スペンサー『妖精の女王』 叙事詩
『アーサー王物語』を土台とする、十二の徳目を体現する十二人の騎士たちの恋と冒険の物語。とはいえ実際に描かれたのは神聖、節制、貞節、友情、正義、礼節の六つの徳のみであり、作者が知人への手紙で語ったところではもともと十二巻の構想であったことから(実際には六巻+α)、未完であるとも、予定が変わったのであってちゃんと完結しているとも言われているそうだ。〈徳の体現〉もさることながら、この詩が書かれた主たる目的が「身分ある人に立派な道徳的訓育を施す」であるあたりが『八犬伝』的かと。
和田勇一・福田昇八訳『妖精の女王』(筑摩書房、1994年)
参考:『八犬傳における幽玄性』
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