
ふたば工房では隔月刊で詩の雑誌『SPACE』を発行しています。
他人の誹謗中傷および全体主義者などはお断り、
というささやかな制限はありますが、
基本的にはフリーマーケットで、いつでも毎日、執筆者大歓迎です。
詩でもエッセイでもなんでも結構です。
掲載費は2ページ8,000円です。
(1ページだいたいの目安 30字詰・20行・一段組)
なお、ここには「詩作品」のみ転載しておりますので、
『SPACE』全編を読みたいと思われる方、
連絡ください。送らせていただきます。
86号(2009年7月1日発行・118ページ)の執筆者。
詩
松田太郎・かわじまさよ・坂多瑩子・筒井佐和子・豊原清明
安田藤次郎・大岸真弓・萱野笛子・弘井正・日原正彦
中上哲夫・中原繁博・内田紀久子・山川久三・秋田律子
中口秀樹・近澤有孝・南原充士・指田一・さかいたもつ
山下千恵子・澤田智惠・大家正志
俳句 秋田律子
詩記 山崎詩織
エッセイ 山沖素子「桜の花の散る頃に」
小説 大石聡美「走る私をあなたが追いかけて」
豊原清明「ワイルド・ラブズ ⑥」
評論 内田収省「『詩史への考察』覚え書き」(詩の推移と個我意識の変遷)
編集後記 大家
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川べりのたまり人/松田 太郎 声のうつらない鏡になってしまった 声をひびかせて 時には割れてみてもよかったのに 声のうつらない湖になってしまった 髪の毛が波紋になって淵へと流れていった 花びらだったらよかったのに 声はプールのすべり台を流れてゆく ジェットコースターまがい 声は 淵にはたまらない もう 触れるなんてない 声のうつらないプールになってしまった 水たまりになって ひからびてもよかったのに 声は上流でも下流でも産まれつづける鏡に気づかない 渡り鳥 おのがふりおろされた/かわじまさよ 暗褐色の 坂道を いっぽ いっぽ また いっぽ 渦巻状に くすぶるじかん なげきのおがくず むさぼり むさぼる 横たわる 腹黒さ 盲目の 青白さ 這いまわる 這いつくばる 死から生から また死へと われ あれ おのれ きさま 体のなかに/坂多 瑩子 兄とまだよく知らない夫を 戦争で失ったのに かあさんは戦争のこと何も話さない でもひとつだけ教えてくれた 七月の空襲でね あんたをね うしろじゃなく前におんぶして 防空壕に入ったの なかは真っ暗で人がいっぱい あんたはうんともすんとも言わないもんだから 生きているのかどうかちっとも分からない それでどうしたと思う はあって言うと すごくうれしそうな顔して 鼻をときどきつまんでみるのよと言った そしたらね と 話はぐるぐるまわる 防空壕のなかでちいさな鼻がぴょんぴょんとぶ かあさんはとても得意そうだった かあさんは今ベッドで 鼻に酸素のチューブを入れられて にっと あたしをにらむ 鼻をつまんであげようか と言うと 少しだけ笑う つままなくてもまだ生きているよって でも かあさんの体は あちこちうすくなっている 釘抜き地蔵・六道の辻/筒井 佐和子 冬に京の釘抜き地蔵へ行きました 頑丈で大きな釘抜きがあります わたしは釘をどのように抜いたらよいか 困ります 井戸もあるというので探していると 地蔵と地続きの墓地を地下に降りた 一隅にありました ひしゃくの長い長い柄があやうくて 引き込まれるようにわたしは水をくみました この井戸の千年の古い神水に わたしは釘を鎮めることはできません 目もくらむほどの速さで過ぎたねと だれもがひそかにささやいていた 青春から 三十数年の混沌をへて 今、何をしている?のでしょう 落ち込んでいく冬の野辺の つながらない対話 うつろな神経のざんげ わたしは釘抜き地蔵から 六道の辻へと野辺を歩きつづけます 古き都の他界への入口には 狭いほこらにあふれる小さな地蔵群 汚れたさまざまな色あいのセルロイドのコップ 厳しくせつない分別の跡でしょうか 日々をかろうじて受けとめる息づかいの しかし、また ま新しい今風のコップの素朴さ 少女の未来へさしのべる手の つまずきのように置かれています 下を向けばどこまでも落ち込んでいく ほこらの作り 六道の辻の道標の 向こうの原には死体がいっぱい とっくにわたしも行ったことがあるような くり返す蹉跌がまじる 坂道を登り還ります 還ることは行くことでしょうか 行けるところまで 新しい問いがいたみます 冬の時間は寒く コートの中でぬくめられている わたしの〈今〉はいとおしくて 陥落に充ちた坂の上を雲が行きます いま生きたいと思う犬/豊原 清明 毎夜 毎夜と「聖書」を読み 疑問とアラ探しをして 父と ケンカしていた 天国に行くために 生きるのは やめときよ と 父は呟いた 鋭い サメの船が 襲ってくる マンガの古臭い 色褪せた いにしえが シャーッ、と横切って アメリカ女性が 昨日 神戸県立美術館で ピカソを見ていたぞ! 異国のたけき匂いが 僕を責めている その時 外国人の悲鳴と似た 芸術への歓声と共に 常設展の 昔の日本の風景画は がらがらだった ただ ピカソとクレーと 雑種多様な のぞみが、興味が 郷愁が ころころと 動き出す くさっている キャベツは ふるさとの花の 匂いのようだ 悟りのない大男は 自分が蟻ということを 知らないでいる 竜巻を巻き起こして 小さな人の僕は とばされてゆく 僕には自由がない イエスを信じていても 神様 色んなことが 気になって 本当を悟れない すべてについて 古い テーブルに トマトの皿と 肉ジャガをならべて ふー、と、ため息 暗い心の晴れることを祈って 天国のことを考えない 犬の呑気を獲得したい 鬼ヶ島/安田 藤次郎 私の額には角があり、生後間もない頃、 村医者に切除して、もらったと、 幼少の頃、父から聞かされた。 それ以来、だれも、そのことについて、 ふれることもなかったし、 気にすることもなく生きて来た。 この頃私は額の傷跡をなで、 失った、私固有の特徴を、 懐かしむ、ふりが、あるのだ。 アダ名もブタではなく、 サイか一角獣だったかも知れない。 どれほどのことがあろうか、 カッコ良いじゃないか。 女という生物は敏感なもので、 角のない私の容貌を見て、 何かを感じるようだ。ズバリその通り、 私の心にも角がある。 私の下半身にも角がある。 コンナノ見タコトナイ。 壊レチヤウ。 私を拒んだ女が何人かいたことを、 記憶している。 そして更に、私は自分が、 鬼であることを忘れて、 行き会う者、すべて鬼に見えるのだ。 女鬼が来る、子鬼が来る、鬼婆だ、 ここは南の、鬼ヶ島。 余寒/大岸 真弓 今日も坪に母が来ている キコクの棘の垣根を すりぬけて こぽこぽと水の鳴る用水路を 渡って れんが畑に顔を埋めて かくれんぼをした午後のような 懐かしさではない なまなましくもないけれど 懐かしいというほど遠い日の 記憶にまだ なり得ない 山桜の葉の出始めるころ タチツボスミレの咲くころ お釈迦様の生誕のころ 柿の若葉のあり余る緑が 目に映る頃 呼ばれたような気がして 香りに ふり返る金木犀のころ 洗いぬいたタオルをたたみながら 縁側で泣きだしてしまいそうになる 草をむしった 坪の土が柔らかくて うれしくて来るのだろうか それとも たよりない両の肩に そっと手を置きたくて 来るのだろうか 種子と母は かくれ里/萱野 笛子 電話から面識のない男の声がする あの写真にある舟溜りは浅瀬になったので 埋めたてて駐車場に 今も舟は二十艘位はあるのですが漁をする人は5、6人 昔は田圃へ行くのにも櫓漕ぎの舟を使っておりましたが 神社の茅葺き屋根は銅板になって 祭りは毎年桜の咲く頃にあります 一日目は三つの御神輿を出して神迎えをして 二日目は御神輿を担いで村まわりをして 四ヶ所の御旅所をめぐって歩くのですが 若者がいなくなって年寄が担ぐのはきつくなって 存続が危ぶまれる 「開けずの箱」が開けられて貴重な古文書もあるのですが 電話の声がだんだん枯れて ぼそっとこぼれる 過疎という音色 春まだ浅い湖のほとりのかくれ里は静かで それでも桜の花が紅色にほころびかけて うす紅の風が吹いて湖に細波が立って わたしもほんのりと紅色に染まりました 検問が行われたという四脚門をくぐって 左手の参道を少し登って 大きなムクロジの黒い実を拾って帰りました 庭に埋めるとたちまち芽が出たのです 大きくなった木の下は私のかくれ里になるでしょう 枯れて切れてしまった受話器に 過疎という音色に 消えて行く何かに向かって ひたすら話し掛けたのですが 瞑想/弘井 正 ──サイババと物質化── 結晶であるほどの力が ゆっくりと準備された時間は どこにも書かれていなくて 人が書く歴史は人の中に閉じられている 結晶であるほどの結びつきが 人の歴史の中で織り成されているにしても その布がある空間を占めた その織物全体を歴史としてはとらえきれない 結晶である単純さを 太陽の核融合が持っているとして 光の単純さが 生命の豊かさを地球という迷宮を生んでしまった? 豊かさに眩暈して 内部の深い点を探したい 結晶するように 永遠の時間を感じるため その一日の臍 詩的キュビスムの試み/日原 正彦 その日は朝から強い風 夜七時の 君に会う予定のなかにも 遠慮なく吹きこんできて 心積もりをかなり吹き飛ばしてしまったので 砂煙 目に入って あらかじめ準備していた涙の大半が こぼれてしまう 午前は大体そんなふうに軽い失望をそれでもうすく摺り消してゆこうとするまつげとともに少しずつ仰向いてゆくだるい横顔だった それから 家を出て 道 という字は 首を運ぶかたつむりに似ているな と思いながら 鎖骨 のようにわかれている三叉路のむこうの 乳房 のように盛りあがる二つ森の 青い稜線を すべってゆく強い風の 衣擦れの音が 深く浅く波を描きながら 蛇腹のようにときにぎらぎらと輝きながら 得体の知れない今夜のねむりの底の方へずうっと吹きおろしてゆくようだ そのあと はらっぱのまんなかに 正午の太陽は輝く臍になっていて 午後は少しずつ光をうすめられながら丘のうえから沈みこんでゆくやさしい盆地のようなやなぎ腰のゆるやかなくびれだった 右足を出すと 左足がひきとめようとするし 左足を出すと 右足がせきたてようとする 歩行がふらふら いのちがくらくら またも風 生まれたときから今まで吐いてきた息吸ってきた息の総和が巨大なAになって青空の底から透けた投網のようにかぶさってくるので 終の息は 吐くのか 吸うのか 考えながら歩いていると どちらでもないよ 後ろから声が聞こえてぎくっとする 携帯を耳にあてながら若い娘が追いぬいてゆく (おれの心にかけているのか) たいせつな無言を一枚残らず剥ぎ取られたような 恥ずかしさが長い影を曳いてしまう その先の 紫がかった藪が もやもやとなんだか 甘く湿っている むこうの雑木林に 白っぽい日が三つばかりひっかかっている 午後三時九分の日は とげとげが少し抜けていて ドウナルノダロウ とややゆがんでいる 四時二十六分の日は とげとげが半分ほど抜けていて アアナルカコウナルカ と点いたり消えたり 五時十七分の日の とげとげはみんな抜け落ちてしまって ややうす赤く膿んできたようで ナルヨウニナル… そして空が突如大きなしりもちをついてしまった黄昏は夜のとばぐちへ青黒くしゃがみこみ はっ はっ と あちこちで すりむいたように灯が点いてゆく 太い 腿色の街路をたどれば やがて 七時 という名のレストランで君が待っている ふくら萩 の庭の石畳を踏んで カカッ と 扉を開くと同時にむこうのテーブルから ふりむいてこちらを見ながら ひらき始めた 君の口のなかが まっくらで そのむこうに明日の朝のひかりはまだ見えないが かわりに風が 今日の朝からその都度やり過ごしてきた風が 折り返してきて ぼんやり立っている耳のそばを 特急のように さ よ な ら ら ら ら … ひらいた君の口からはまだ 声は出立していないのに おわりのはじまり? はじまりのおわり? そろそろ立ちあがりかけた声から目を逸らして 窓の外を見ると 夜空いっぱいにネガの君の顔が浮き出してきて ぽかあん とひらいた口のような 満月 今日と明日とを両面接着して もしも産業革命前の水車小屋に生まれた子供だったら もしも産業革命前の水車小屋に生まれた子供だったら と脈絡もなく思った ごとごとまわる水車の音とともにねむり ごとごとまわる水車の音とともに目覚める子供だったら、と。 晴れた日はスケッチブックをかかえて 小屋を飛び出すと 黒い影が頭上を徘徊する夕暮れまで 行方知れず 雨の日は高い窓からぼんやりと煙る田園地帯をながめながら 終日 屋根を撃つ雨の音にじっと聴き入っている子供で 寝つかれない夜はおばあさんにしつこく昔話をせがむ子供だったら、と。 野を走ると いつも風が追い越していって 将来、この子はいったいなにになるつもりなのだろうか、と。 粉屋さんかい? お百姓さんかい? 絵描きさんかい? それとも 遠くの都会に出ていって 靴屋さんや洋服屋さんになるつもりなのかい? と。 兵隊嫌いの〈ぶらぶら屋さん〉はたぶんこう答えたにちがいなかった そんなことわかるものか、と。 蠍 ほか一篇/中原 繁博 ─エロチックな話である。ミクロネシアで沖に漁に出ていて夜になると、同船の女を丸裸にして仰向けに寝そべらせると、星の眼が争ってそれを覗こうとするので、雲っている空もたちまちはれるという─ ここではぼくという船乗りの話。 きみよ銀漢の星屑は、暗がりに張りつく幾千の大鴉の眼。 船乗りが頭を振り上げ海の路を歩くさまを、思う日のぼくは─ 時雨月の野に果てた駄馬の、蹄の響きをきいている。 外洋を渡ってきた風が船尾灯を揺らし、欲望への儚さをつたえる。 炎熱の夏にきみが産まれた月の星座「蠍は」 嵐のように乱れた胸を深紅に燃やし、この腕から─ 火の粉をはじき昇天していった。 少年期 身長三十センチの双子の小美人が歌ったモスラの歌。あのころの記憶といえば野原を走りまわった犬のようなものでしかない。助けを求める小美人の歌声は、遙かな南の島に届き、幼虫が、助けにむかうのである。幼虫が東京タワーで巨大な蛾に変身する時の奇麗なさまは、怪獣映画とは思えない不思議な光景をぼくに残した。 水爆実験の中から産まれたハリウッド版ゴジラを見た。人間は執拗に襲うし、暴れ吠え、破壊する。改変されたゴジラは… (人間は、襲わないという) ぼくの少年期のイメージをあっさり壊した。 現実の風雨がたたきつける雷の洋上で、ゴジラ出現を思い浮かべることがある。朱色の空の下で、双子の小美人が歌ったモスラのうたを、呟くことも。 半世紀前のぼくがいる。 人間は絶対に殺さない、ぼくの発光妖精とやさしい原子怪獣が。 日々/内田 紀久子 忘却を 白紙に染めて 花こぶし * 億年の夢 彫り刻む 石の貌 * さくら咲き 微笑みかけるは のちの世か * 牡丹咲き 楊貴妃 ホホホと笑う * 五月晴れ 空一枚めくられる * 落ち椿 余生にも明かり灯したい * 花のせて 何処へゆく 春の舟 * 心のひだの そのまた隠れたひだの 幾重にもたたまれたひだの 心という折り紙 紙のうらは白い闇 こんな悩ましいもの アイロンでも掛けましょうか 春/山川 久三 ─今週のご予定は? ─八名だ 末ひろがりの裾には希望がある 調べただろうな ─抜かりはありません ─冤罪は気の毒だからな 裁判所への連絡はいいか 時たま 筋の通った裁判官がいて 困る いずれ裁判ものだが ─結論は決まっておりますが いつもの要領ですすめます ─奥さんがたのアルバムは? ─そろっております この通り ─このご婦人のご主人は どんな男だ ─献身一途の男でございますよ 党と国家に対して ─落ち度はないのか ─ございませんです この男にかぎっては ─つくるんだ なければ 反革命罪でもいいし スパイ罪が引っかけやすいな いちばん ─……… ─不服か これだけ長くおれの秘書をやってれば おれの内部を知りすぎた男だ おまえ の首には おれの首輪がついてること 忘れてないだろうな ─いっそう ご奉公いたします ─そう蒼くならんでいい 見ろ 庭は春だ 花もよろこんでる 城壁の外に出て 春を見 てくるんだな ─かしこまりました ─大広場の隅の 例の龕のようにへこんだ所 足もとの草に注意しろ 名もない草だが 銃声にいたぶられて ひねこびて 敷き石の隙間から ひょろひょろ伸びてる 葉裏の 気孔に耳をあてて聴くんだ 不平やら怨嗟やら 洩れてないか 胸に溜まった不満は思 いっきり吐き出してよろしい 去年布告を出したから ありとある声が混じっていよう 残らず記録だ 扇動に類する声は特にだ 浮かれさせておいて 落とす ∞ ほか三篇/秋田 律子 太宰は あんなに 誰に 認められたがって いたのだろう 太宰に 心酔したひとは あんなにも いたのに 求めても 求めても 埋まらない 心の隙間 何度も 再生を 誓い 生活を 立て直そうとして 壊れていく あなたに じぶんを見たひとは どれほどいたろう 痛々しい こころ 慰めるすべ を 手にする幸い を 無頼派 止めようもなく 壊れていく じぶんを 感じながら 太宰の 自分を 認めてほしいと いう願いは かなわないから 表現という 手段に 訴えていくことで さらに 心は 飢餓で 壊れて いったのでは ないか 感情の披瀝 止め処もなく 壊れていった ひとの 気持ちに 近づく 禁忌 血は鉄の臭いがする 今 女の血は獣の臭いがする 大量の 経血に 獣の臭いを見つけ出す時 だから 女の時 子どもが近づいてくる 子どもは正直だから 女の 股座に 頭を埋めて 赤ん坊のことを話す そういえば あの男と 寝た夢を見た ただのジュブナイルな 夢だけど 危なかった 明日を占わない 巫女は もう禁忌ではない から 許してもいいのだけれど やっぱり 血は獣の臭いがして 男の影が近づいてくる 聴いている よそ行きの服で 病院のベッドで眠った おじいちゃんは 白血病でもう意識がなかった のか? みんなで話をしていて 「お義父さんにも聴こえているから」 父が言った 「何か言ってあげよう」 わたしは おじいちゃんは聴いていると 自然に 思った そうかな? と 思ったのかもしれない 今 わたしは脳梗塞の父に 話しかける 明日の光が見えるかと思って 歩く エゴよ/中口 秀樹 オンナでなく オーバーをひっかけて ──ニンジンの コーヒーは苦いか この失業と倒産の時代の── 空き地に人がブロックを運んでいる 俺は自分が知らない罪で モノにつながれている リゴリズムのしつこい 風に吹かれて 俺は頭がメタメタに どこに行く 髪が風にさらわれて 足を運ぶ 雑草の中を川の水の中を歩くように歩く 箸ではさみ タクワンをポリポリ食う ──無名の 今日ドラム缶をならべて 叩く 棒で 何人かがベンチで見ている ──痒い 笑うプレーヤーの トリが鳴いて 頰にハエの止まる 生の 世に残る 何となく 世の ──キャベツを食べる 平和って 如何に生きるかで 橋を求めて ハトが鳴く 混じることもなく オトコは黙り 金もなく 内面を捨てて ネジになる 性だけか── ケチって/ケチる/ケチの やはりケチで 背中を押されて 釣る 魚でなく ヒトの傷を リレーする ぽえじーの てふてふがひらひら別れを ベッドの サイダーか── 犀が考える 別々に生きるって 誰かが引っぱって── 向こうで他人にホースで水を撒いている 俺はいみを知らない 歩くヒトを見ている 雑誌をパラパラっとめくって コーヒーを口に 自分を飼いならし 意識的に生きるって? しぜんを拒んで 疲れ果て── 雨が降る でもエゴよ 歩く 朝、ケンタッチーのひとよ/近澤 有孝 渡辺武信氏への騒々しいラヴ・コール まあたらしい朝 けたたましい夢の叫びを引き連れて 七色の粒子が 貧しいぼくの部屋を占拠する 踊る鳶色のカーテンが燃える猫を 飛び越える まだ甘く眠いけれど 街はもう 夥しい感情と惰性 の びっくり箱 になって揺れているところだ 燃え上がる万国旗、 新宿色をした鳩の羽、そして ぼくだけのために咲くにくいろの花たちが ぼくの朝の ひわいろのよろこびを占拠する そう 朝はぼくを産み落とす記号としての繭だから 《おはよう》の挨拶を そこいらに産み落としては咳をしている 痩せこけた その鶏をつまみだせ! クックズルズー ようするにぼくは あらゆる階段を駆けおりながら 五円銅貨みたいな ことばの手品にうつつをぬかしているひと だから もはやだれの刑も執行されることはなくなったわけだから ケンタッチーをほおばりながら しゃがみこんでいる ミニスカートのひとよ 泣かないで ようするに ぼくは 覚めかかっただれかのさびしい夢のきれはしだから 泣かないで 鏡のような くらい穴をぢっとみつめているきみよ まあたらしい朝は きっとまた けたたましい夢の叫びを引き連れて この貧しい部屋に戻ってくるから おねがいだ 鳶色のカーテンに隠れて産んだ けたたましい声でぼくをなじりつづける 亡霊みたいな その鶏をつまみだしてくれないか! クックズルズー クックズルズー。 テニスコート/南原 充士 冬のテニスコートで ダブルスの練習をしている若い男女 ゆっくりとしたラリーながら ボールは確実にネットを越え また越え また越え 今度は──越えない あの大きな腕の振り あのフットワーク あの柔軟な体の動き しなやかな体の中を流れている血液 リンパ液 深い呼吸が十分な酸素を補給する 朝食の 卵焼き ごはん 味噌汁が 口の中で アミラーゼ 胃の中で ペプシン そして今頃は 膵液を吹きかけられているだろう 細かく砕かれたたんぱく質が遺伝情報を失うまで 「レット!」 もう一度 背の高い男子がトップスピンのサービスをする 新人の女子のために手加減を加えているようだ ほんわかと ラリーは続いて 「きゃっ」とか「うわあ」とか 叫び声が聞こえる 冷たい風の中で 仲間たちも練習の順番を待っている やがて練習が終わると コートを整備し 整理体操をする 「おなかがすいたねえ!」 これからまた みんなで飲み会だ 消化酵素の働きのままに ブドウ糖の濃度のままに 脳の信号の命ずるままに 砂浜/指田 一 家には人が住んでいる それも二人いや三人もっと大勢住んでいるに決まっている 一人暮らし一人住まいは変人あつかい だったかもしれない 大きいの小さいの歯がちびたの内の余所の履物を踏んづけてあがった さがるんで見下ろせば狭い三和土に養殖の魚みたいに履物がアバずれ とんでもない方に腹を上にして飛び散っている 住めるとは思えないボロ屋にもぞろぞろ人が住んでいる 家には人が住んでいる いつでも人が誰か居る 留守にする日はお隣りに声をかける 空き家はまず無かった 空き家は怖かった 首をくくったとか強盗に入られて声を立てたのがまずく出刃で刺し殺され飛び散った血がとは子どもの間でだが 空き家は怖かった 庭に転がった軟球を取りに入るや待ち伏せていたかの如く怒鳴るおっかない家があった それでも空き家は怖かった 係留されている漁船に廃船もかなりある これぐらいがよかとですペンキを塗り直してもらった小型漁船を引き取ってきたところだった 明日は漁に出る 仕掛けを工夫したから試してみたい パチンコみたいですよねと言うと笑った ばれた悪戯 賭けのない仕事には乗り気が湧いてこない 一人暮らし 息子は年に一度墓参りに帰ってくる 自分が死ぬと だれも住まんとですもん 生計は立っている 不便を感じることは何も今はない 今度来た時には漁に連れていくと自信あり気だ 話し相手か 息子は帰ってこない 帰ってこれない 空き家が年々増えていく 自分が死ぬと この家に住む人はいない 朽ちるにまかす 鍋釜が俺が使っていた鍋釜が崩れた無縁墓地から出土した如く割れたガラス窓ごしにこっちをぼんやり見ている 門かぶりの黒松俺が手入れしてきた枝はすっかり混み合い赤茶けた枯葉が白っぽくほこっている 通勤の便はいいし近所の店は夜通しやっている だが息子は住まない 場所柄朽ちるにまかせておけず 家財道具も庭木も何もかも一緒くたに整地される この辺にも空き家が増えている 整地され建売り住宅の売り出しの派手なのぼりが立っている 空き家があったしるしが立つ 流浪の身/さかい たもつ 人生航路の旅に出てから 随分と長い行程を辿って来ました 別に、自分で望んだ旅ではなく 時流に流されて漂流をしている 舵無し小舟での心細い航行です 折々の出会いはあっても 涛を被せられるだけです 立ち寄り先のあの地この地の 風習に倣って真似ては見たが どこでもエトランジェでした 大分旅の疲れも感じます メッキも剥げて地金も出ています 今更の未練のように振り返る 杳となったおぼろげな記憶も 断片だけが浮かんで消えます 蔵/山下 千恵子 母との約束を破って母屋の裏庭に入った 庭木が繁り赤い椿の花が咲き乱れ 地べたは血をふりまいたようだった 白い蔵が青い空に映えてきれいだ この蔵を見に来たのだ しばらくの間見上げていた そのとき蔵の中から奇声が 人なのか化け物なのかとぎれとぎれに 少女は恐怖にふるえあがり逃げ帰った それからは昼下りのけだるい時間になると 何故か眼の奥が痛んだ 小学校にあがってからも続いた 遠い日の記憶の中の疑問を解く鍵は 未だに見あたらない 回り燈籠の絵のように (11)/澤田 智惠 回り燈籠の絵のように 「昭和」を語りたい 薄汚れた白いショールを 箪笥の引出しから取り出して くるくると首に巻き付けると 「今からお父ちゃんの 最期のことを訊きに 馬の丁というところへ行って来るき みんなあで おとなしゅう留守番しよってよ」 母はこう言うなり 仕事着のまま 暮れなずむ夕刻の町へと出かけて行った 後に残された 七歳 六歳 三歳 一歳の子ども達は 火鉢の傍に集まって 小さな八つの手をかざし 黙々と 夕食の焼き芋を食べながら 今夜は どのくらい 母の帰りを待っていればいいのだろう 茶の間の柱時計が 十個鳴る頃になるだろうか と心細く肩を寄せ合った ところが 一時間もたたないうちに雨戸が鳴って 「ただいま 今帰ったよ おおの 冷やかったこと」 母の声がした 子ども達は ほっとして 勢いよく座敷の襖をあけた 「その兵隊さんはねえ 高知県から入隊した兵隊さんの中で たった一人だっけ 生き残った馬子さんやと 山の人やき 一つもよう泳がんらしいに 運の強い人じゃねえ あんまり惨たらしゅうて 最期のことは よう話さん どうしても話しとうない どうぞ皆さん 許してつかさいと 頭を下げるばっかりやった」 母は一気にこう話すと 疲れたように 火鉢に寄りかかった 子ども達は 意味がよく分からないまま 何度も何度も頷いて聞いていた なぜ 父は 燃え盛る一面の火の海で 死んでいかなければならなかったのか その陸軍輸送船に 兵隊さんは何人乗っていたのか 死者の数はどの位だったのか 遺骨のないものは 噂のように 鱶に食われてしまったのか 白木の箱に納められた あの数個の 貝殻のような遺骨は 本当に父のものだったのか 「六月二十九日 午前二時 ムシアツイ 甲板ニデル」 父の軍事手帳に記された 最後の手記は 何を示唆しているのか 一時十一分を指したまま 錆ついてしまった 懐中時計は どのようにして 父の遺留品だと認定されたのか 色褪せた網袋に ぎっしり詰め込まれ 「武運長久」と書き込まれた 五十枚のお守り札の塊は その時生きて在ったときの 父の首に 本当に吊されていたものなのか いったい 真相はどうなのか 突如 米潜水艦に撃沈された後 父は 少しの間 生きながらえていたのではなかったのか 鹿児島県大島郡徳之島亀津町沖合にて戦死 陸軍伍長 享年三十七歳 本営から 何も詳しい説明のないまま 「名誉の戦死」の美称に包まれて 「英霊」と奉られ 曖昧模糊と 長い歳月の彼方へと 葬られてしまった いったい 陸軍輸送船「富山丸」の 正体は何だったのか せめて 最期の状況だけでも 遺族たちは知りたかったのに 子ども達は 大人になる前に 真実を教えて貰いたかったのに 重苦しい後悔が いつまでもいつまでも背後に残る 六十五年前の六月 深夜 朝倉四十四連隊から沖縄戦へ向かう 出発の一時間前 兵舎の食堂の一角で ざら紙一枚に あわただしく 鉛筆で走り書きをした 父からの 最初で最後の カタカナばかりの 一通の手紙が 今 私の掌中にある カズチャン チエチャン マサヒコクン ヒロコチャン ミンナゲンキデ オオキクナリナサイヨ オカアチャンノ イウコトヲヨクキイテ リッパナヒトニナリナサイ イッショウケンメイ ベンキョウシテ オトウチャンノカエリヲ マッテイナサイヨ サヨナラ オトウチャンヨリ 詩記/山崎 詩織 海鳴りを聴きながら 海が荒れているせいだろう海鳴りが絶え間なく耳に響いてくる。 ふつか続けての雨だった。ずっと夏日だったせいでそれは肌寒く。 少し途惑ったけれど。田畑には恵みの雨となり随分と潤ったようだ。 そんな雨も夕方になるとやみ。またてくてくと川辺の道を歩いた。 いつもなら夕陽の頃。川は湖のように静まり深く水を湛えている。 ひたひたと水の音。濡れた夏草。空は心細いほど薄暗くひろがる。 お大師堂に着くなり。竹薮の細道を歩いて来るお遍路さんに会う。 雨ですっかり濡れていたのが。やっと乾いたところですと言って。 重たそうな荷物を下ろす。半袖のTシャツと日焼けした腕と顔が。 どんな日もあるのだからと物語るように。ほっと微笑んでくれた。 ゆっくりと話も出来ないまま後ろ髪をひかれるように家路に着く。 どんなにかお風呂に入りたいことだろう。思っても何もできない。 自分はゆったりと湯船に浸かりながら。そのひとのことを想った。 心苦しさを言えばきりがないことだけれど。ただただ申し訳ない。 そうして今日を思う。身勝手さや我侭は母と一緒に居るせいなのか。 他人ならば我慢もするだろう。不服も言わず仕事に精を出すだろう。 それが仕事だと割り切る事をするだろう。ワタシハコドモノヨウダ。 日に日にそれを実感する。今日は50点。明日は60点になりたい。 海鳴りを聴いていると。ここがここではないような遠い場所に思える。 母とともに暮らせずにいた少女時代に。もしも傷ついていたのならば。 海が癒してくれたことだろう。荒波がすべてを流してくれたことだろう。 ここはいったいどこだろう。わたしはまだこどものままなのだろうか。 わたしは/大家 正志 内乱である わたしは内乱である 街角で発生した内乱である 固有名詞を抱えた内乱である 燦めきという幻想を持った内乱である (だれにとっての幻想であるのかは別にして) 捨て身の悪意が保証してくれる内乱である 対自をうしなって全身蒼白で駆けている内乱である 蜿蜿長蛇の他人事の懐に税込1764円の(イタリア料理に欠かせないトマトやチーズが気持ちよくきれいに切れます)ナイフで切り込む内乱である 茫然自失の歩道で吃音した内乱である 失禁した内乱である 内緒話が露見した内乱である わたくしごとがひとり歩きした内乱である しかし 自分のことはよくわからない あの日 走りぬけたのは絶望と悪意の塊であったとしても ため息とともに走りぬけた歩道だったとしても 記憶である わたしは記憶である 荒涼と繁栄の睦みごとからうみだされた記憶である いや そうではなくて 六十年の矛盾を淘汰された記憶である (百年の矛盾を指摘する人もいるが そこまでは知らない) 箱庭で発狂した記憶である 夏の日のひまわりの花の記憶である 舗道のかげろうの記憶である にげていくにげていくにげていく他者の記憶である 追っかけている追っかけている追っかけているどこまでも追っかけている自我の記憶である どうじに 劣化の記憶でもある 肉体以外のものが劣化していく記憶でもある 劣化を承認しないことが承認していたことになる記憶でもある エピクロスの劣化の記憶でもある いつも他人事のように胸をなでおろしている感情と臟物交換しながら劣化していく記憶でもある 劣化していくシニフィエのくやしい記憶でもある だから 自分のことはだれよりもわかっている 涙が感情を裏切っていると感傷面に逃げ込んでいる自分のこと 詫び言すら自分を拒絶していることがさみしいとたわけをぬかす自分のこと たわけが清廉潔白であってほしいと願っている自分のこと とは言え ひもである わたしはひもである 開いたひもである閉じたひもであるボソンのひもであるフェルミオンのひもである いとしいひとの首を絞めることもできないひもである この四次元の世界から漏れ出ていくひもである 漏れ出たひもがひらひらしている場所はまだだれも見たことのない余剰の次元 わたしでないわたしがひっそりと暮らしている世界 会話もできないわたしたちがわたしたちを愛おしくおもっている世界 そんな夢そら言にだまされて 走りぬける通りにもれだす叫声 (ヨシモトさんの声に似ているがヨシモトさんではない) 角角にまがまがしく屹立する液体を飲んではいけない と こころぼそい勧告をつぶやいているわたしは ひもである (まだらのひもではない) だからといって結ぶなにかをほっしているのではない だからといってほっしていないのでもないが それはわたしが決めることではない (あんたなんかに決めてほしくないわよ) わたしはなにも結ばない ただ振動するだけのひもである いとしいひとの首も絞められないでただただ振動しているだけのひもである 10-35という無意味さにすこし耐えているだけのひもである だから ひとりで立っていようとしているが ひとりとはどういう状態なのか 混乱してはいけないとおもいながら 混乱している
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