ふたば工房では隔月刊で詩の雑誌『SPACE』を発行しています。
他人の誹謗中傷および全体主義者などはお断り、
というささやかな制限はありますが、
基本的にはフリーマーケットで、いつでも毎日、執筆者大歓迎です。
詩でもエッセイでもなんでも結構です。
掲載費は2ページ8,000円です。
(1ページだいたいの目安 30字詰・20行・一段組)
なお、ここには
「詩作品」のみ転載しておりますので、
『SPACE』全編を読みたいと思われる方、
連絡ください。送らせていただきます。


89号(2010年1月1日発行・94ページ)の執筆者。

 
筒井佐和子 中口秀樹 笹田満由 尾崎幹夫 山川久三
坂多瑩子 弘井正 松田太郎 指田一 大石聡美 秋田律子
南原充士 かわじまさよ 中上哲夫 近澤有孝 中原繁博
日原正彦 木野ふみ 豊原清明 大家正志 澤田智惠

詩記  山崎詩織
エッセイ  山沖素子
俳句
  内田紀久子・秋田律子
シナリオ 
豊原清明
評論 内田収省
「思い出と〈事実〉について」
編集雑記 大家






彷徨/筒井 佐和子

 

友人の書いた一枚のビラが届いた

一年目で退職に追い込まれる

新教員についてビラ特有の言葉が並んでいた

年月を重ねて教員になりたかったのだけれど

予定をはずれていく若い人たちは

手助けもない檻の中で何を見つめているだろう

昔私もジグザグのデモのあとや独房で

行方不明になった出稼ぎの村の男の希望

のようなものが私の体の中からぬけ出して

毒虫のように這っていくのを見ていた

 

四十年後に初めて教員となった私の夢に

遠い所から張りめぐらされた網が

まさかと思う時にすっぽりとからまってくる

見えない糸がこんぐらかって

狎れない推理と想像力で

無数に切り刻まねば

息たえだえの毒虫も吐き出せない

先の短い臨時の私には一回の抗いだけれど

体はじゅうぶんに壊れた

 

愛着した道からはずれる決心をしたり

たった独りの抗いは

なぜこんなに怖いのだろう

この恐怖は私たちのものになった

なぜそんなふうに追い込まれるのか

問わねばならない

広い空の下に影のかたまりとなって蹲る

さびしい視線の先に

曲がった鉄砲だまのように、希望は

ふたたび見えてくるのだろうか

彷徨はつづく

行方不明になってはいけない

その時には手助けが求められているから

私は自分をといでいる

 

 

 

バクチに/中口 英樹

 

栗を拾う 自由な ナワの

  靴でイガをむいて ベルトの

──知らない

実の

重さをはかる 口のダメな

  穴を

  指先が隠して

道の人のように 笛を吹く オンナが

混じって/脚を閉じる

 

トランプで負けて 花札を引く

  スネをかじる 皮の

息子が残って

  ひとりでしゃべっている

ネクタイは何も言わない 荷の軽く

  バラックで

フリーターをして 暮らしている

──口先の

 

雨がピンクを許さない ティーの

ラブラブの── 夢に

  トマトがぶら下がって 軽い性の

歳を隠して

ニワトリが羽を広げて 楽な社員は

バクチに口を出す

  馬の心になって 道は遠い

 

平凡な味噌で作る みそ汁に

しじみの味がでて

椀をしみじみ味わう スズメの鳴いて

  チュンチュン

ばらばらの声は跳ねて どこへ

ピーマンは臭い

川はキスで

  そこでブラブラ遊んでいる 大衆は迷う

葦の群れて

 

ズボンにめし粒のくっ付いて

つぶす 尻で

自分の腹の

  手術跡に触れて── だらしない

オンナが

他人を感じて 今年のサンマを買う

魚屋の売り子の

  声に突っつかれて 何で

たらたら暮らしているのかと言われて 爪は伸びて

モチの

  散る日々を生きる

男とコーヒーと暮らしている 染みのように

 

手袋の ヒステリーの

暮れる家の

  ディレッタントの匂いのする

  そこに

いみを探して── 犬が鳴く

もう走らない

 

 

 

天使/笹田 満由

 

水面に映る

おまえに

与えられたことは

 

赦すこと

石を投げることではない

ただ

 

見つめよ

放たれるまで

じっと

 

 

 

いい日/尾崎 幹夫

 

目覚める前に見たのは 

(遠くまでつづく青い空と

(綿毛のような雲 今日はいい日にちがいない

     *

ぼくはガスをつけたまま‥‥

湯わかしの電源を入れたまま‥‥

入学先の決まらない娘が失業中の男にせまる

だれのお金なの といい

風呂のコントローラーをたたいて消し

足音をたててぼくのそばをとおる

からだが動いてなにかはじめる

妻がはがいじめにする

「早く逃げなさい」と娘にいっている

やわらかいものに触れている感じがする

記憶がとんでいる

娘は 虐待だ 歯が欠けた 5発なぐったとわめく

(娘に見えない明るい空

 

息ができない

涙がとまらない

胃液しか出ない嘔吐を妻が洗面器でうける

大量の安定剤を噛む

(今日はいい日

妻が救急車を呼ぶ

いつものこと すぐなおると出ない声でいう

救急車の中でもう楽になっている

 

 病院の検査で異常はない

(遠くまでつづく空

だれにも見えないこぶしがぼくをなぐるけど

      *

(青い空

(綿毛のような雲

一日の終わり 疲れはてているがやすらかに眠れる

 

 

 

走る/山川 久三

 

見えない男が

あたしのそばを

かすめて 走る

 

あたしは女だ

スカートの闇は

じゅうぶん しめっている

 

呼吸の足が

肉厚の声帯を擦過するとき

野太い声が

あたしを おびやかす

 

呼吸器の容量を憎むが

あたしの長距離走を

支えているのは

乱れることなく全身を

めぐる 血液の流量

 

あたしの走行姿勢を

ひとは美しいというが

乾いた声を聞くと

とたんに

白い眼に反転する

 

いつもひとりの

湯船のなかで

かたい胸と

まずしい突起を

手のひらが

迷っている

 

あたしを あざむいて

去る 柔らかな影を

せわしない呼吸音が

追いつづける

 

 

 

夏になったら行くから/坂多 瑩子

 

バスケットに君をいれて

電車に乗って

バスに乗って

砂浜

冷えきってしまった砂が

指さきからこぼれて

木も草もこぼれて

にせやまもどき

山のてっぺんに旗をたてる

風になびく旗をたてる

さおのかわりは

つまようじ それとも

串カツの串

君はバスケットの中

だから

あたしは自分で決める

質問と答えが行変えして

わかりやすい

バスケットの蓋の上から

砂をかける

天候のかわった空をみあげている

君がいる

顔をしかめている君がいる

もうあと半時で

君はバスケットごと砂に埋もれる

ひと夏の思い出のかわりに

小さくなった

でもイケてる君が

冬のあいだ中

きょうの思い出に

ふるえている

これは

ただくだらないものですから

お読みすてください

 

 

 

あふれる悲しみ/弘井 正

 

突然に、交通事故でなくなった23才の娘は、母親にとって、どこにでも存在していた。ホットケーキの作り方の中に、ありがとうの言葉の中に、突然よみがえってきては、母親は苦しくて泣いていた。涙を生み出すことがお産の痛みよりも激しい波のようにおそってくる。

遺品は、きれいな彼女の部屋以上に片付けられ、数々の若い悩みは信仰に解決されていたので、さらにそれらの想いは聖書の言葉として、天国に帰っていっている。小さな部屋の扉の向こうに、娘の遺品があって、今はあけることが出来ない。

信仰深い両親は、聖書の言葉に迷っている。

 

「主は与え、主は取られる。主の御名はほむべきかな(ヨブ記1・21)」

「一粒の麦がもし地に落ちて死ななければ、それは一粒のままです。しかし、もし死ねば、豊かな実を結びます。・・・(ヨハネ12・24)」

 

娘さんの死は、たくさんの友人を教会に集めた。

両親は、人のありがたさに迷っている。

とっても、たくさんの場所に娘さんはいて

その感謝の一粒一粒を教会に持って帰っては泣いている。

 

竹の生長点の一粒は、竹林の中で産声を上げ、天に昇り

雑草の見えない種は、どこにでも産声を上げ

木々は空をさしている。

まるで迷いのようにないように。

 

母親がであう悲しみの無数の点は、少しづつ手を結び、彼女を離れて、あるものを創る。彼女も、そして私達もその点の結びつきの創るもののなかに溶け込んでいくのだと思うのだが、今は、御言葉を聞くように、彼女のあふれる悲しみを聞いている。

 

 

 

AM4:00の松田 太郎

 

海岸線はゆっくりで

防波堤の古びた亀裂が古びてないのと

「おい 跳ねたぞ」

広くなってくる

散らかした

轍が

染みいってくる

眠気を遠のけた

足元を見ながらね

 

ラジオに気をとられてるうちに

「ラジオ」 と 口に出してみたら言葉はすっぱく胃酸の味がした

「次の交差点の先の店で寿司でも買おうよ」

 

 

一人目のバッテラ

二人目のバッテラ

そう

バッテラがお目当てなのではなくて 先の店

 

 

一人目と二人目とが眠る

三人目は起きている

三人目は車を操れずに眠りにつくのに忍びなく

夜を翔る鯖の縞模様をさばく夢を一人目と二人目とが見れますようにと轍から引き連れて来た波打ち際をエンジン音にラジオに忍ばせた

三人目が眠るのは月が明るくてらされてからのリズムをもう打てなかったから

余力を二本の指で挨拶がてらに気力を蓄えていたAM4:00の陽にてらされる

 

空か視界かが 広い

 

波打ち際で跳び跳ねている

一人目と二人目との?マークが干上がって なお広い

 

 

 

里山/指田 一

 

里山だ 里山だねえ 里山さ 青い空に柿の実 今年は成り年ですから枝が折れちまいそうだんべ 折れちまったずら そんな里山はもうありませんよ

この家もあの家でも 柿はもいでもらえません 紅葉して全部散って ああ鳥はつっついてくれません 都会に出てしまいました 路上でビニル袋をつっついているあの鳥です 息子や娘夫婦は鳥にくっついてではありませんが出ていきました 柿はスーパーでビニル袋詰めを求め テレビの前に詰め そこは柿を喰う地にあらず なあ里山 里山だねえ 里山さ 誰か 居ませんねえ 洗濯物は干してある と言うことは 柿は吊していない どうした里山 里山だねえ 里山さ

大きい 実に 大き過ぎる 使っていない長いことなんて部屋とか年に一度か二度都会が泊まる部屋をしまってあるのか 実に過大だ

昭和二十三年頃 ぱっぱっぱっと産まれた 長い戦争に敗けたのではなくだなあ ここはもう一度 戦争に敗けたのではなく やっと終わってぱっぱっぱ 喜びの産声 当時は明治が江戸の家に住んでいた おじいちゃんおばあちゃんは全員明治生まれだった 都会はなく そこらじゅうが里山だ 里山だねえ 里山さ 家は小さく子どもが詰まって ガキが柿もいで喰った もいだもいだ もらってもいでもいでもらって 皮を剝くなんて知らなかった 柿はもいで喰った ミカンは家で食べた 里山だとな

スーパーはなかった 八百屋だ 八百屋はあったが柿はなかった この辺に どこから来られました 東京です 酒屋ありますか この辺は何もありません やっぱり 里山だ 里山だねえ 里山さ 戦争は敗けたんじゃない 終わったんだ そこがふらふらしてた そこが反戦里山だ 反権力里山だ 不服従里山だ 里山だ 里山だねえ 里山さ ビニル製に糞詰めて里山だ 里山だねえ 里山さ

 

 

 

あなたが変えてくれたんよ/大石 聡美

 

人を愛したことが

あると思っとった

愚かであほな私なりに

誰かを愛したことがあると

思っとったんよ

 

愛は

いつか激しい憎しみに変わる

それを止めることは誰も出来ない

離れた後もあなたを変わらず愛することは出来ない

─出来ない

 

だけど

あなたが私を変えてくれたんよ

息をしながら死んでた私を

「泳げよ」と

水にあなたは放してくれた

 

(あなたが変えてくれたんよ)

幼い人が

そのあどけない声を震わせて

「あなたを愛している」と

戸惑いながら告げた冬の日に

私たちは変わり続ける

一生変わり続けることが出来ると

幼い人は確かに

私を激しく凝視していた

 

 

 

詩記……山崎 詩織

 

愛しいこどもたち

 

小春日和というのだろうか。ぽかぽかと暖かい一日。

 

午前中に少しだけ畑仕事をする。雑草がいっぱいだった。

例の蟹にやられていたキャベツも葉がまるく巻き始めた。

もう駄目だろうとあきらめていた白菜も少し元気になる。

ほうれん草はわずか。数えたら10本あった。じゅうぶん。

大根はとても元気。間引き菜でお漬物を作ることにする。

 

それが初めての収穫。若い緑が愛しいくらい嬉しかった。

 

 

お昼下がり。思いがけず息子君がやって来る。腹減った!

残り物の大根と厚揚げの煮付け。どんぶりで猫まんまする。

 

子供の頃から猫まんまが大好きだった事を一気に思い出した。

父親の行きつけの喫茶店によく一緒に行っていたのだけれど。

お父さんは珈琲。しんくんは?と訊かれると「猫まんま!」

朝御飯を済ませていても別腹でそれを掻き込んでいたらしい。

 

あれこれと話したい事があるようなないような。風のように。

いつも彼は去って行く。嵐みたいな子だねと後になり笑った。

 

 

サチコは昨夜急に発熱。心配していたけれど今朝は熱が下がる。

仕事中にまた悪くなるのではないか。大丈夫だろうかと気掛かり。

子供の頃にはめったに風邪も引かないとても元気な子供だった。

おとなになってからよく熱が出る。微熱が何日も続く時もある。

 

この先。仕事も家事もこなさなければいけない。ふっと不安になった。

幸い彼氏が料理好きなので手助けをしてくれるはずなのだけれど・・。

不安なことを数えていたらきりがない。うん、きっとなんとかなるだろう。

 

今日は楽天でシューズボックスを買った。包丁に継ぐ二番目の買物。

まだまだ買わなければいけない物がたくさんある。来月が楽しみだ。

 

 

ひとり巣立ち。ふたりめが巣立とうとしている我が家。さびしさは。

もうすこし後にとっておこう。彼とふたりぼっちになったその時に。

 

愛しい子供たちのことをたくさん話したい。たくさん思い出したい。

 

 

 

詩人のポートレート 他一篇/秋田 律子

 

中也の詩には

中也の顔が

ひっついて見える

 

それには

私の引き出した

中也の

顔以外の

顔も

交じる

 

ひどい人

だったんだってね

 

けれど

あなたの詩は

そんなことさえ

忘れさせてしまう

 

傷ついた心を

悲しく美しく

結晶させた肖像

 

実は

あなたのこと

何も知らない

 

あなたの

ポートレートの

大きな

真っ直な目が

悲しさで

引きつっているのが

一番

印象的だった

 

あれが

一番いい詩だと思う作品群

 

 

キスマーク

 

言葉が多くなると

言い訳が多くなる

 

大事なことは 一言で 短く

 

「はい」は一回

教えたでしょ

 

「はい はい」と言えば

噓が入ってくるでしょ

潔さが失せるでしょ

一生懸命が見えなく

なるでしょ

 

「好き」も

一回でいい

ある人が言った

 

でも

 

「好き」は

いつも確かめていたいから

 

「好き?」

くり返す

 

一度の「好き」

一度きりを

信じられない から

 

真っ直な目で 見られなくなる

 

「好き」って

あんまり

言わない ね

 

信じられなくなるのが

怖いから?

 

 

 

シガークラブ/南原 充士

 

タバコ研究所員は きょうも展示室に行って展示品の状態をチェックする

タバコの種類を紹介するコーナーには 煙管タバコ 水タバコ 紙巻タバコ パイプタバコ シガーなどが並んでいる

実物と写真や絵図 映画やコマーシャルでタバコが登場する場面をディスプレーで見ることが出来る 

小説や詩歌に現れたタバコに関する一節の拡大コピーもいくつも置かれている

壁に掛かっている浮世絵にも煙管を吸う遊女の姿が見て取れる

タバコの葉っぱが生産されるようすもパネルで紹介されている

国産のたばこより高級感のある輸入タバコ

所員は懸命に品質の向上に努めているが

健康に有害だと言いながら 生産販売を続けている自分の仕事に疑問も持ち始めている

ひととおり見回って異常のないことを確認して 所員はデスクに戻る

 

このたび 所員は 所長に命じられて

中米で開催されるタバコ博覧会に出席することになった

所員は手当たり次第に日本のタバコについての資料やデータを集め

あちらで配れるようにと 翻訳会社に依頼してできるだけ英訳することにした

飛行機は興奮した所員を無事目的地に運び博覧会場にたどり着かせた

会場には世界各国から老若男女が集まってきていた

ここでは禁煙という気遣いは無用ということで

参加者たちは 活き活きと 喫煙の自由を楽しんだ

おたがいの国の製品を試しに吸ったり 名刺を交換したりして

所員もこの仕事に就いてはじめて心からタバコを吸うこと そして

タバコの研究にたずさわることに特別の喜びを見出した

欧米のメジャーなシガレット以外にも多くの種類のタバコが生産されていて

一息吸うごとに違った香りや味が楽しめて涙が出そうだった

 

感激して会場を歩き回っている所員のところへ

いかにもジェントルマンといったいでたちの白人の男が近づいてきた

男は、別室でシガークラブの特別会合が開催されることになっているのだが

是非参加してほしい、と言った

どうやら限られた人数でのシガー愛好者の集いといった会合のようだった

所員は二つ返事で喜んで出席したいと答えた

男はくわしいことを説明しておきたいからと

所員を会場のかたわらのカフェに誘った

男は、いくつかの条件があるがそれを承認できなければ辞退してもらうことになる、と言った

条件というのは、「会費は二千ドルであること、会合が終了するまでは途中退場は許されないこと、特別会合の内容は口外禁止であること、万が一この条件を守れなかった場合は制裁が加えられるおそれがあること」というものだった

所員はそんなことは問題じゃない!と思って即刻オーケーの意を表明した

 

特別会合はふしぎな部屋で開かれた

エアコンがよく効いた部屋のインテリアはきわめて高級なつくりが施されているように見えた

家具調度品も落ち着いてはいるが超高級な品質のものに見えた

マホガニーのケースの中には 何種類ものシガーが収納されていて

好きなだけ吸っていいのだという説明がなされた

そこにはクラブの会長や副会長といった感じの きわめて身なりのいい男たちがいて 

歓迎のスピーチがなされて 会合はスタートした

参加者は約三十名 女も三人ほど混じって思い思いの席に陣取り

気に入ったシガーのはじっこを切り取って 火をつけ くゆらしはじめる

強烈な香りのシガーがいっぺんに三十本吸われるのだから 

狭い部屋は窒息しそうな息苦しさだ

だが 各国を代表するタバコの専門家たちは 意に介さないようだ

いや 彼らのプライドが咳き込んだりむせたりすることを許さないのだろう

所員も隅っこの席にすわって遠慮がちにシガーをくゆらしていたが

気がつけば もう日付が変わる時刻だった

いっさいの飲食物は提供されず ひたすらシガーだけが目の前にある

トイレが部屋の片隅にあるがそこから外部へは出られない構造だ

所員は のどが渇き猛烈に空腹を覚えた

しかし だれひとり そういうことを話題にする者はなく

更に煙と香りは 部屋中に充満していき 呼吸困難を感じるまでに至った

 

所員はついに我慢の限界に達して

自分をこの会合に勧誘した男に話しかけた

「自分はもう十分にシガーを楽しんだ もうこれ以上吸えない おまけに息が苦しくて気を失いそうだ のどはからからだし 猛烈に腹がへった このままでは死んでしまう」と主張した

男は黙って所員の話を聞いていたが

「自分は会合の終わりを告げる権限はない 会長だけがその決定ができる」と答えた

所員は、「それでは、会長に早く会合をお開きにするように言って欲しい」と言った

男は、申し訳なさそうに首を振りながら言った

「すべては会長の御心のままです、だれひとり会長に要請したり懇願することは許されないのです」

所員は しだいに気が遠くなるのを感じた

このシガークラブとは一体なんなのだろう?

中米のこの伝統あるタバコ産出国で こんな理不尽なことが行われていいはずはない

いくら健康に有害だと言われても

愛煙家にとっては気の薬でもあるのだ

すこしでも健康に害のない 環境を汚さない おいしいタバコを開発するために 

われわれは懸命に努力しているのだ

ひょっとして これは嫌煙家たちの仕組んだ

タバコ生産反対運動の一環なのだろうか?

日本人は自分のほかにいないし 日本語が分る者もいない

ああ なんだか朦朧としたシチュエーションのなかで

意識が混濁してきた

 

所員はついに立ち上がり奇声を発して会長のほうに突進しようとした

そのときだれかが所員に向かって消音ピストルを発射したように見えた

だが 目撃者は行方不明となり 事件は迷宮入りとなった

日本ではだれも深く事件の経緯を追求しようとするものは現れず

おざなりの捜査協力要請がなされただけで

事実上棚上げされてしまったようだ

日本にも一部にはシガー愛好家がいて

きょうもナイフではじっこを切って 口にくわえて火をつける仕草が

あちこちで見かけられるはずなのだが・・・

 

 

 

目撃者 ほか一篇/かわじまさよ

 

野に咲く孤独に

鼻はない

口はない

 

眼は地中深くにあって

細く細く

まつげをはりめぐらせている

 

 

納屋

 

ほおばった冷飯の

ます たら ても なく

納屋に泣く

梅干しのたね

黒い下着の

わらまみれ

くるまる

くるしむ

果てに光る

 

夢カチカチ

うつつの あかい

あかい苦痛よ カチカチカチ

世も末のセーターをあむ

 

 

 

国民学校正門前の家/中上 哲夫

 

    家は家であると共に、船のようにも思った。

      ──E・ヘミングウェイ/沼澤洽治訳『海流の中の島々』

 

孟母三遷の教えは

実際、どこまで役に立ったのだろう

頭がいつも霧につつまれていた就学前の少年のことはいざ知らず

すでに小学生だった兄がいうことには

最悪だったなと

毎朝、始業ベルとともに駆け出したので

遅刻常習者だったと

その上

学校を休むと

放課後

クラスメートたちがぞろぞろやってきて

ひとりひとり寝ているぼくの顔をのぞき込んでいったっけと

 

文化鍋と文化包丁と文化住宅と

 

子どもたちは二間きりの借家の廊下を無邪気に走りまわっていたけれど

若い夫婦は新しい町で懸命に舵をにぎりしめていたにちがいないのだった

               ──連作・住めば都⑴

 

 

 

続・就眠試論/近澤 有孝

 

  萌えるリラの夜

 

たとえば 残酷な月の夜に芽吹く

一輪のリラのようにわたしは目覚め

冷たい雨に濡れたその根のようにわたしは眠る

 

瞼を閉じて あるいはぱっちり瞼をひらいて

わたしはふかい眠りに就く 

わたしはいまふかい眠りに就いている

 

静寂ということばもその意味をなさない

とてもちいさな樫の木で出来た暗がりのなかで

わたしは仮想の死を死んでいる 閉じているのだ

 

たとえばそれは放射状にのびているリラの根にしがみつき

残酷な月を待つ地虫 静かな情熱を帯びた手によって発掘される日まで

石灰質の地層に眠るアンモン貝らの裏返しの夢に似て

 

目覚めることのないという夢を

死んだはずの恋人の身軀のように抱きかかえ

眠ることができるのならば・・・

 

死んだように眠ることと

眠るように死ぬことのあいだに

どれほどのちがいがあるというのだ!

 

暗がりの中に据えた樫の木で出来た寝台に横になり

今夜もわたしはふかい眠りに就いている

瞼を閉じて あるいはくらい瞼をひらいて

 

たとえば硬いリラの芽に割られる赤土のように

わたしは叫び 醜くあえぐだろう それでも

冷たい雨はわたしを濡らしきっと朝まで降るだろう。

 

 

 

還暦②中原 繁博

 

星がまだ帰りきらない

なにかに救われた感じのする夜明け

いつもの支度をする。

欲も得もない放心の表情で頭をたれ

ひとの(あばら)のような原稿用紙の枡目を

埋める。

 

熟れた鬼灯(ほうずき)にも似た、太陽が

ぢきに島の向こうから昇る。

そんなまっさらな時間に

魚が水を得る 喜びや

脳裏に激しく打ち寄せた、波の

嘆きをしるす。

 

青いなめらかな海面に 揺らめいた

蜃気楼のような海の暮らし。

空が火事かと思った夕焼けがこの身に迫り

赤ん坊の泣き声を確かに聞いた、秋。

海峡の雪は 吹き上がり

唇や首筋に蛸の吸盤のように吸いつき、凍みる。

 

ありふれた報いを受けるため

六〇年間も歩き続けたおのれの足。

思索する 喜びに

波の上を歩く考えがうまれた時

航跡の向こうの─

一枚の額縁の、絵の中にあった

貝殻の古里。

 

こころの種子は 朝焼けの

ひとの命の母胎の海で

金色(こんじき)の虱のように飛び跳ねた。

 

    ※ぢきに……すぐに

 

 

 

湖へ/日原 正彦

 

その湖の近くまでようやくたどりついたときには

日はすでに暮れかかっていた

もうひきかえさなければならない

木々の葉むらの間からちらりとだけ見える細い水のいろ

たぶん その湖のうすい目尻だけを

目にとめてから 踵をかえした

けれど そのあと 私の

どちらかといえば生臭ささの漂う方の目尻をそれはいつまでもぬらしつづけたので 

帰りの電車のなかで 何か

あおく冷たくひっぱるものの気配に

何度もふりむくことがあった

車窓の向こう

うすい雲の腹がまぶたのようにかかっていて

半ばねむたげな大きな目となった夕陽が

遠い丘陵の空を落ちてゆくのが見えた

 

わけもなく湖を訪ねようとしたその訳

それが大きくはれぼったくふくらんで落ちてゆくのだった

 

暮れ染めたホームに降り立ち

改札を出るときまたも目尻に一瞬冥く湿ってくるひとすじを感じた

すぐ横を泳ぐようにすれちがっていった女の

左の目尻が 擦過してゆくのだった

 

片鱗

それがすべてだ

 

明日はもっと早く…

でもどんなに早く出かけたとしても

たどりついたときにはやはり 背後から

さびしい夕暮に抱きしめられているのだろう

 

そうだ そのぶんだけ

湖は遠ざかっているはずだから

 

 

 

お誕生日/木野 ふみ

 

お誕生日を祝う人たちが

こぼれそうになって

蜜柑色の椅子に

気のいい昆虫の姿勢でとまっている

アリスが住んでいそうなレストラン

 

しあわせはとうに固定され

巨大ケーキのまん前に

白い好々爺

 

蝋燭と苺と金銀の球パステルカラーの花

飲み物も食べものも配慮され

とても幅広い年齢層で絆の団欒

 

戦争など熾烈な人生など

ともあれ抜けてきただろうに

瞳は魚のかたちで閉じられ開かれ

うまく捌ききれない今宵の主役

 

 ハッピーバースデー でゃあ ヨシアツさん

 ハッピーバースデー トウー ユー

 

ふいに始まる祝い歌

うつむくヨシアツさん

拍手拍手しばらく拍手

ぜんぶ受け止め凛とレストラン

 

簡単なしつらえの私の席まで

流れ玉のように飛んできた

「でゃあ」

はっしと摑まえ

急いで名前をくっつける

 

本日は私も誕生日

 

 

 

ゆうがたの僕/豊原 清明

 

秋になって 休暇を

家の中で父と過ごした

母は病院に行っていた

父は言った

「眠たい」

 

冬になって

休暇が来た

 

僕はインフルエンザに

襲われて

深夜3時から

明方6時半まで

咳が絶えなかった

母は あつい

紅茶を

父は卵飯をつくってくれた

休養の間

僕は自分の左手を

眺めていた

マジックペンで

「流星や私が撮った闇の濃さ」と、

えぐるように描いた

ぺろりと舌で舐めて

眠った

ジャムパン リラックスパイポ

『キネマ旬報』 靴下

下着 パジャマ

『太陽の子』120ページ

アンパン 蒸パン

タイムウオッチ

十分でポエムを書いた

破って捨てた

白髪が生えてきた

チャーハンを食べる

鯖を食べる

レモンティ パラダイス

『ロスト・ワールド』 『メトロポリス』

マスク

女の子

女の人

柿剥く父

下五 中七みんな季語

寒気 咳 ぶり返し

一人ビデオを眺めながら

ディスプレイに描いた

「死にたくなった

生きたくなった」

布団のシーツを 替える父

 

 

 

キャサリンの/大家 正志

 

陶器

のような胸にさわろう

したとき

目が

さめた

 

雷が鳴っていた

天井の片隅でノエルが「そんな暗い顔してどうする」というような顔をしていた

瞬時

心臓がまったくないのか98個もあるのかわからないほど混乱したし

頭のなかで3時27分がうまく産卵できないで(なぜ産卵しなければならないのかはこの際考えないことにして)あたふたしていると

亀時計が無意識を器用にかき分けてこれとそれとあれに分別してくれた

それはいいのだが

キャサリンの胸は曖昧な境界線上のアリアなので

よけいなお世話だと一瞬も二瞬も三瞬もおもったが

口にだせない性格なので(とくに夜になると口に出せない性格に偏ってしまう)

さわりそこねたキャサリンの陶器のような胸の

胸の胸の胸の胸の感触を求めて手のひらが

一瞬も二瞬も三瞬も空をさまよってしまった

天井近くでノエルが「だれの胸だっておんなじよ」と罵声を

その後方で雷の音

だれのでもない音

だれのでもないノエル

一番悲しいのはだれのでもないキャサリンの胸

 

キャサリンの胸が陶器のようだと言いはじめたのはスーザン・バードランドで

なぜスーザン・バードランドがそんな触感的なことを知ってるのか知らないが

とにもかくにも

キャサリンの胸は陶器のようだとスーザン・バードランドがあまりにもうるさいので

一度も会ったことのないキャサリンの胸をさわろうとしてさわりそこねる夢ばかり見ているはめになってはいるが

いつの日か

キャサリンの胸にさわって

「おっ 陶器のようだ」

と言ってみたいのだが

さわるだけでは我慢ができず

つい悪さをしたくなったらどうしよう とそんなことばかり考えているから

今日で286日もキャサリンの夢を見ている

とノエルが

揶揄するが

揶揄と椰子の違いが微妙にわからなくて

それ以上になぜ揶揄されなければいけないのかそれがわからなくて

いまはもう天井に貼りついてしまったノエルの気配に(ほんとうのことを言うと目がさめるたびにそこは漆黒の闇でノエルの姿は見たことがない)ドゥドゥドゥと言ってみるが

雷の音が激しくて声が届いているのかどうか返事をしているのかどうかなにもわからない

 

もうひと眠りして

キャサリンに再会したいが

今日のぶんのキャサリンは使いはたしてしまったので

きっと

明日にならなければ

キャサリンの胸が陶器のようだという苦肉の策のような現実にはあえないだろう

鈴木真理子の胸ならいつでもさわれるのだがいつでもさわれる胸というのは文法上の制約を感じられなくて

堕落している

 

漆黒の闇の中で雷の音を聞きながら目をこらしていると

ここ

だけの広がりが

ここ

抜け出して

望んでもいない角度欠損にまよいこんで

平凡なここ

戻れなくなってしまう姿が見えたりして

キャサリンの陶器のような胸を恋しがっていることが急にはずかしくなったりするがそれはそれこれはこれと強く言い聞かせるのだが

漆黒の闇はどこまでいっても漆黒の闇で

言い聞かせる脳髄までいつの間にか漆黒の闇になっているらしく

ノエルの「ぎゃふん」という声ともいえない声が聞こえたあとは

音も広がりもない世界に

キャサリンの陶器のような胸

という観念のみが取り残されてしまって

つい

ぎゃふん

なぞった

 

 

 

回り燈籠の絵のように (14)/澤田 智惠

 

回り燈籠の絵のように

「昭和」を語りたい

 

新制中学校が設置されたのは

昭和二十二年の頃だっただろうか

 

その年

小学校を卒業した子ども達は

校舎建築のための

長い春休みを過ごしていた

松原の広がる海岸線に沿って

やっと

木造二階建ての校舎が完成したのは

町中の桜花が

最後のひとひらを地上に散らした

四月も半ばのことだった

木の香りの漂う新しい講堂では

次々と

新任の先生達が壇上で自己紹介を行った

何かが

今から始まろうとしている

子ども達も

心躍る緊張感で溢れていた

小学生のままの子ども達は

にわかに大人びて見える

新制中学生たちが眩しかった

 

ある日の午後

近隣の小学生達は

突然グンゼの広場に集められた

 

〈新制中学校のK先生が

 皆に楽しい歌を教えてくれます

 希望者は日曜日に

 小学校の講堂に来て下さい〉

 

と新制中学生から告げられた

小学生達の顔に

一様にぱっと光が射した

〈ミッチャン サッチャン 行こう 行こう〉

場内のいたるところから

無邪気な歓声が上がった

 

御真影の取り外された

小学校の講堂には

およそ百名程の子ども達が集まってきた

 

〈皆さんようこそ

 新制中学校の音楽教師Kです

 この町のことを沢山歌にしました

 もうB29は飛んできません

 戦争には負けたけれど

 胸を張って

 堂々と歌いましょう

 よろしく〉

 

髪の毛のふさふさした青年教師が

古びたピアノの前で挨拶をした後

背筋を伸ばして歌い始めた

 

 お日さまは 半分

 妙見山に 隠れた

 麦の穂は 金色

 ちっとの間に 隠れた

 

今まで聞いたこともない

見事なソロだった

子ども達は

遙かな妙見山を見上げた

警戒警報や空襲警報が鳴るたびに

鬱そうとした樹林を目がけて

一目散に駆け込んだ

あの山

代用食のために

一面に植えられた麦畑

子ども達は

藁草履を履いたまま

冬には麦踏をした

初夏になって

豊かに実った穂波が

夕陽を浴びて

金色に搖れている

小麦粉を木綿の袋に入れて束ね

町のお菓子屋さんに持って行けば

甘い香りのコッペパンと代えて貰える

子ども達は

こんなことが歌になるなんて

思ってもみなかった

 

長い間

オルガンの音にだけ慣れていた

子ども達は

力強く軽やかに響く

青年教師のピアノ演奏に

驚いてしまった

 

子ども達の間から

ほっと吐息が漏れた

毎日毎夜

敵機来襲の爆音に

悩まされ続けた耳に

この曲は

なんと快く甘く

くすぐったかったことか

じんわりと涙の滲んだ目で

互いに顔を見合わせた

 

 おおい 来てみいや もう春ぜ

 浜にゃ かじめが よっちょるに

 仲よう あてらあで くべようぜ

 

 怖いおんちゃん 怒るろうか

 なんぜよ かじめは うんとある

 うちんくへ あてらあも もう往のう

 

子ども達は

土佐弁ばかりのこの歌に仰天した

今までの唱歌で

聞いたことも歌ったこともない

不思議な言い回しの歌だった

安芸の浜辺でかじめを貰って

喜び勇み

夕陽を背にして

家に帰って行った子ども達

日焼けした漁師たちは

みな逞しく優しかった

一枚の絵のような

その光景を思い浮かべ

子ども達は

しんみりと顔を見合わせながら笑った

 

大人達は

その青年教師は

病弱ゆえに

兵役に就けなかったらしいと

町中のいたるところで評し合った

だが

敗戦によって失意のどん底にいた

子ども達の心に

いち早く

音楽という文化を植え付け

無償の愛と希望の灯をともして

いつの間にかどこかへ去っていった

名もないこの青年教師のことを

子ども達は

その後も

決して忘れなかった