過疎化に負けない村づくり〜熊本県阿蘇郡小国町〜



僕は、過疎化というものは現代の風潮において必然の流れであり、防ぐことは不可能であると思っていた。その理由は、現代はどこにいようとIT機器の普及によって大都市や都会をターゲットにした情報で溢れているため、そこで流れているものがスタンダードとして全国に広まり、どうしても若者が都会へと流入することは防ぎようのないことであると考えていたからである。しかし今回小国町の取り組みを見てそれが誤りであったことを思い知らされた。

 熊本県阿蘇郡小国町の地域づくりはそういった意味ですばらしい成功例だといえる。テレビなどでよく地域に伝わる伝統芸能の後継者がいないことを嘆く番組をやっているが、ある種その考えを捨てた、「若者に昔のよさを理解させてとどめる」のではなく、「若者にも魅力ある村へと村自体が変わる努力をした」ことがこの小国の成功の秘訣ではないかと思う。

 この地域計画は三期(建築パフォーマンスの時期→イベントと交流の時期→住民活動の展開の時代)に分けられるが、そのどれにおいても住民が自ら参加するという前提があったことが重要であろう。その、村民が主体的に動くことをある種当然とした体制こそが、役人には不可能な「小国の本当のよさ」を全面的に引き出す計画を可能にした要因でるに違いない。

まず第T期として住民が小国の良さを見直した結果が「悠木の里づくり」としての建築パフォーマンス時期に現れている。小国杉という地元の名産を活かし、さらに最新の建築技術をとりいれた斬新なデザインで「ゆうステーション」、「小国ドーム」などで話題を呼んだのは実に見事である。地元の特産をしっかりと活用しつつ、JR宮原線の廃止など切り捨てるべきものは情に流されずにきっぱりとけじめをつけているところも注目すべき事実であると思う。

 こういった例を見ると、地方村が若者の都会流出を防ぐことができない理由は地元に誇りを持てないからではないかと思える。古い慣習に固執することなく、小国のように新たな「よさ」を追求していく気持ちがあれば、無機質な都会に比べてさまざまな特徴がある地方の村々は十分若者を惹きつけ得る場所となれるのではないかと感じた。この小国の木造建築はそういう意味でまさしく現代と伝統の絶妙なコラボレーションといえるのではあるまいか。

 第U期のイベントと交流の時期、そして第V期、住民活動の展開の時代と続いていくわけであるが、交流、すなわちコミュニケーションが地域に活力を与えていることは疑うべくもない。農村の特徴である「多くの人々と知り合える」ことを活かした「木魂館」の経営など、まさに「人」や「個性」を大事にした政策である。そのコミュニケーションによるさまざまなつながりが地域としての結びつきの”基盤”を形成し、それこそが逆に村の外部との交流にも生かされるという、まさしく一石二鳥の政策だろう。小国町の特徴として”サークル”というコミュニティ、すなわち自ら好きなことをして村の活性化に参加するという体制があることがすばらしいと思う。強制でなく、自らというところから無理がない上に、意欲を掻き立てることにつながるに違いない。

 今回この熊本県小国町の取り組みをみて、過疎化に悩まされる村々にとって一番大事なことは、地域の特色に誇りを持つことのみならず、村自体がよくなっていこうという姿勢を持つことであると強く感じた。ビデオを見て興味を持ったのでさっそく小国町のホームページを見てみたが、デザイン、内容ともに非常にしっかりとした作りであった。特に鮮烈に印象に残ったのが、そのふるさと自慢のページに、「もちろん昔からの考え方は重要だけれど、山村でみんなが楽しくイキイキと暮らすためには、古いものだけを大切にしているだけではだめ!伝統的な山村の発想の枠を越えて現代の知恵や感覚をプラスして新しいものを創り出して未来に向かおう!」と書いてあったことである(ホームページhttp://www.town.oguni.kumamoto.jp/ognhtml/Jiman/Jiman.htmより引用)。この考えこそ、過疎化に悩む村々が見習うべき姿勢であり、小国町が若者にも求心力を持つに至った理念が集約された言葉であるように思う。

 過疎化というものは先人の偉業の上に知らずと胡座をかいてしまっている地域へのひとつの警告なのかもしれないと感じた。