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「今宵も、闇は私の味方」 人影が、屋根の向こうに消えた 「待て! 怪盗カルレナーーー!」 そして罵声が響いた。 |
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朝。今日もいい天気である。白い鳥が青い空に飛び立つ姿は美しく、緑が輝く。柔らかな日差しに、人々は穏やかに朝の挨拶を交し合う――
この場所を除いて。 「〜〜〜〜!!! なんだこの記事わぁ!!」 警吏部隊東支部。三階の窓ガラスが振動で震えた。 「しかたないですよ。隊長」 「俺達は惨敗なんですから」 白髪の目立ちだした東の警吏一課の隊長こと、ハイスン。彼の手の中で号外の記事が無残にも皴(しわ)を寄せていく。 この町で配られるもっとも人気の新聞。見出しには一言。 『怪盗カルレナ! その姿は闇の女王!』 ……何かが違う。 「おや、また逃げられたのですか?」 光に当たってさらに輝く金髪が近づいてきた。 「セジュス」 警吏は、主に町の治安維持を受け持っている。特に一課は有名な課である。そう、怪盗を“捕まえられない”ことで。 「お前の課はあっちだろう」 同じ部屋の中で、一課と二課は仕事をしている。しかし、一課の隊長であるハイスンの机と、二課の隊長であるセジュスの机は間逆に位置している。 「いやいや、昨夜もいつも通りに怪盗を取り逃がして、さらに警吏の評判を落としている一課の隊長様に朝の挨拶を。――おはようございます」 どことなく、いやむしろ勝ち誇った笑みで。 「ふざけるな! だいたいお前は何をしていたんだ!!」 「私は、酔っ払いの往来を減らすために夜間の巡回の見直し、今年の規定予算を超えた器物損壊の始末書の整理。仕事は終わっているのに、どこかの隊長様が怪盗を追いかけてしまうので上から催促(さいそく)されるのです、が?」 「……」 ちなみに、器物破損とは怪盗カルレナを追っている時に壊した塀や屋根や店舗や馬車などである。 「まったく、まだ捕まえられないんですか?」 「ぅうううるさい! だいたい昨夜だって、あそこの道が封鎖されていなければ……」 「おやぁ? 朝礼の時に地下水道の検査を行なうと言っておきましたよ?」 「終わらなかったのか!」 「終えられなかったのですよ。本部から通達がありまして、書類整理が先だそうで」 「〜〜〜〜」 「それでその記事、見せていただいてもいいですか?」 「なぜだ?」 「階に新聞は一部しかないからですよ。あなたの物でもないのに握りつぶされて私が読むことができなくなるなど、迷惑の極みですから」 警吏の仕事は、簡単には町の巡回である。旅人の取り締まりや、町でのイザコザを止める。規律を破ったものは捉え搬送(はんそう)。町の住民が道に迷えば案内し、地下水道の整備を行なう。 町の住民が夜の闇に怯えることなく過ごせるように、安心して道を歩けるようにする事が仕事だ。 町の人々から訴えや、連絡用の鳥が支部にやってくると出動する。町の平和を保つために。 さて、それでも人間、一日中と言うわけにはいかない。朝から夕方、夕方から深夜そして深夜から朝と交代制で支部には人が残る。そこから巡回、待機など割り振られる。 今日も一日がはじまった。 さて、もう夕方、交代の時間だった。二課の警吏の一人が、帰り支度をして立ち上がったセジュスに声をかける。 「隊長ーー飲みに行きませんか?」 「いや、誘いは嬉しいが今日は帰る」 「まじっすかぁ〜」 「――おい!」 「ぅげっ!? なんだよ?」 「知らないのかお前! 隊長はお相手がいるんだぞ!」 「――マジ?」 ぼそぼそと小声で交わされる会話。筒抜け。それを見る“まさに氷河”だと称される隊長の笑みが深い。 「お先に」 「「「はっはい! 御疲れ様でした!」」」 二課の警吏は声をそろえて挨拶をした。誰でも、命はおしいから。 「――ただいま」 「お帰り〜〜」 セジュスが帰ってきたのは町の中でも有名な高級住宅街。部屋の中では一人の女性が長椅子に寝そべってくつろいでいる。 「うまくやったようだな」 「おかげさまでね」 そう言って振り返ったの瞳は紫色で輝いている。髪の色は漆黒。 「見て、これ」 そう言って女が取り出したのは、古い禁書。昨日盗まれた町の中央図書館の秘蔵書。 その書が女の左耳のピアスと男の右耳のピアスに共鳴して光だした。 「――これで鍵が五つか」 「そういうこと」 この国は昔、強大な魔力を有する魔術国であったらしい。二人は、その魔術国で一、二位を争っていた貴族の末裔。今になって昔のご先祖の功績を称える気はないが、魔術には興味がある。 幸いにして、二人の家に残されていた本を読む限り、この国の中に眠る鍵を十三個集めて、月夜に魔方陣を書けば過去にいけるらしい。二人はそれにとても興味引かれている。 「封鎖されている道の上を通れば、地上からの追ってはまくのが簡単だしね」 「あんな一時の封鎖に騙されるほうが悪い」 「そうそう」 さてこの女、本名はエレーナと言う。美しい響きを感じるだろう。しかし、 「地下水道の隠し通路、使えるしね」 「あの道は警吏には公開していないからな」 そしてそのために、姿を変えた鍵を強奪――集める毎日。 もうお分かりになるだろうか? エレーナの向かいの長椅子に座って、セジュスはその金の髪を束ねた。目の前のテーブルに用意されたのは使い込まれた地図。ダークブルーの目で古い地形と地下水道と今の書き込まれた地図の一点をさす。 「次の鍵はルジェルマンの家だ」 「ぁあ、あのガードが固いとかで有名な家?」 「そう、庭に犬を放しているとさ」 「あっそう」 「鍵はその家の主人の左手の薬指のエメラルドだ」 「また、盗みがいがあるわね」 「準備は?」 「何言ってんの、私は四年前からあそこで働いているのよ?」 本職がやり易くなるようにね。一週間でいくつの人間なっているのかしらね。 「久しぶりエレン!」 「長期の休暇をいただきまして申し訳ありませんでした」 茶色の髪をゆったりと二つに結わえた女が、屋敷の主人に挨拶をする。 「それで母親の具合は?」 「ご主人様のお恵みのおかげで、持ち直しました」 「それはよかった」 それから、数日後―― 「キース様ぁーー」 「何事だ!?」 「それが大変です!!」 『今宵あなたの財宝をいただきます。 怪盗カルレナ』 「「「怪盗カルレナぁーー!!?」」」 予告状をみたキース=ルジェルマンは自身の執務室で動揺していた。 「どどどどっどうすればいいと思う!?」 「そんなことわかりませんわ!」 あの数日前に挨拶を交わしたエレンが同じく動揺している。 「そうだよな……でも、今はあの財産は金庫に入れているんだ」 「金庫とは、あの?」 「ああ」 そう言ってルジェルマンは執務室の壁の一角を開いた。さらに取ってのついた入り口が現れる。実はそこは、魔術のかけられた金庫になっている。ちなみに、この金庫の入り口はこの屋敷の主の執務室か、寝室から入ることができる。 「この金庫はキーワードを言わないと開けられないのでしょう」 「そうだ!」 持ち主の決めたキーワードを聞けば開閉する仕組みになっている。 「でしたら、怪盗カルレナは今宵、どうやってこの金庫を開けるつもりなのでしょう? ご主人様の金庫のキーワードを知っているはずもありませんし。それでなくても、過去の遺産である魔術で作った金庫の鍵なんてあけられませんわ!」 「どこかで、キーワードをかぎつけたのだろうか……」 「そんなに、わかりやすいものなのですの?」 「そうしたつもりはない! そうだ! 今キーワードを変えておけばカルレナが知っているキーワードは使えなくなる!」 「そうですわ!」 「しかし、新しいキーワードか……う〜〜ん。エレン、何がいいと思う?」 「そういわれましても、ご主人様が決してお忘れになさらないものとしか……でも誕生日やこの家の番地は悟られやすいですもの。ご自身とはまったく関係のないもののほうが……」 「例えば?」 「例えなんて……でも、“愛した方の誕生日”でしたら、一生忘れませんわーー」 「ルジェルマン様!」 と、そこにいきなりハイスンが入ってきた。 「なんだ、惨敗警吏」 ハイスンの別名である。 「なっななっ! ―――本日怪盗カルレナより予告状が来たと報告を受けました」 「何!? 誰が通告したんだ!!?」 「それは本人の保護のため控えさせていただきます!」 “匿名”だったよねぇ。くすりと誰にも気付かれずに部屋の隅に待機しているエレンが笑う。 「それに本当なのですね! がせネタではないのですね!!!」 「あ、いや……」 墓穴を掘った。 「警備に当たらせていただきます!! 怪盗カルレナを今日こそ捕まえるために!!」 「何をいうか、うちの警備は万全だよ? 見なさい! 庭には犬! 屋敷中に作らせたわなの数々……こうすれば」 あ、ぽちっとな。と効果音。 「ぎゃーー!!?」 ハイスンの立っていた床が抜ける。 「万が一にも! 怪盗がこの屋敷の物を盗めるはずがない!」 「しかしですねぇ〜〜」 自力で這い出したハイスンが言う。 「怪盗カルレナはもしかしたら侍女に化けてくるかもしれません。あなたの周りの侍女で、最近この屋敷で働くようになったのは……この侍女!」 と、ハイスンはエレンに指を突きつける。 「ふざけるな!! エレンはもう私に仕えて四年目の侍女ですよ! 信頼を置くに相応しいです! さては浅はかな新人に聞き込みをしましたね! そんなことをおっしゃるなら、庭の端にだって警備はさせません!! 家の塀の外につまみ出せ!!」 憤慨(ふんがい)して、キースは警吏を家の外に追い出した。 「ルジェルマン様ぁ〜〜」ハイスンの声が遠ざかっていった。 「まったく、君を疑うなんて」 「……わたくしの存在がご主人様の品位に関わるなんて存じ上げませんでした。もしもご迷惑ならっわたくしっ」 目に涙を浮かべて、うつむくエレン。 「ぁあエレン! 何を言う!! 君がいてくれないと……僕は――」 「そうですわ!」 「どっどうしたんだい?」 「いえ、お茶の時間かと。本日は」 「そんなものより、僕の――」 「わたくしのお茶……飲んでくださいませんのですか……」 儚く、エレンの目に溜まった涙と、瞳が揺れた。 「ぁあエレン! 飲もうじゃないか! 僕の愛しい――」 「淹(い)れてまいりますわ!」 抱きつこうとしたキースをさらりとよけて、エレンは台所に向かった。 「あらエレン、久しぶりね」 「ミーア」 「今日もご主人様のお茶だし?」 「ええ、喜んでくださいましたわ」 「……まぁ、いいけどね。もう上がり?」 「今日は昼間だけですから」 「そう、キース様も、まだなのね……」 後半は、声が苦々しく小さい。 「なぁに?」 「いいえ、お疲れ様」 「お疲れ様」 従業員用の入り口は、ルジェルマンの邸の裏側にある。もう日も暮れて真っ暗であるが、この道は燃える炎で照らされている。 小さな扉を渡されている鍵で開ける。一歩踏み出て外に出ようと―― 「エレン!」 「――? ご主人様?」 あろうことか屋敷の主人がストーカー? 「エレン! 待ってくれ!」 「はい?」 小さく、首を傾げてみる。 「――っ」 そのしぐさに、走ってきたキースはどきっと固まってしまう。 どうしてこんなにも、しぐさすべてが愛おしいのか、その声も。姿も。僕を呼ぶ声も。 すべてが、すべてが。 今日こそ、この胸のうちを君に―― 「エーレ!!」 「ベイン!」 「!!!?」 突然、外からの声に驚く。あわててみれば、銀色の髪に青い目をした青年が立っている。 何に驚いたって、エーレと言う声に嬉しそうに振り返ったエレンの姿だ。 僕には、あんなに幸せそうに微笑まない―― 「遅いぞ、こんなに暗くまで」 「いつもの事よ?」 「心配するだろう?」 ぎゅっと、エレンを抱きしめる男――釜茹でにしてしまいたいくらい嫉妬した。 「えッエっエレン! その男はなんだ!!」 「あ、ご主人様――」 「なっ」 少しだけ恥ずかしそうにうつむいて、それから顔を上げる。高揚した頬、侍女である時とは違う声。 「誰だ?」 「もうベイン! この家のご主人様よ! ご主人様、紹介します。私の、婚約者の……ベインです」 足下がおぼつかない。頭を硬くて太くて重いもので殴られたような衝撃。 「こっこっこ婚約者ぁーー!?」 「はい」 またも、恥ずかしそうに肯定する。まるで幸せをかみ締めるように。 「なんで! いきなり!?」 「実家に帰ったとき、彼の気持ちを聞いて、それで……」 で・お・く・れ・た―― 今度こそ、キースの足下は崩壊した。 「それで今度、式を執り行うのでまた実家に帰るんです」 「そう、なんだ」 「エーレ」 「もぅ、少し待ってベイン!」 急かして来る相手に頬を膨らませて抗議する姿を、初めて見る。 「いつ言おうか迷ったんですけど」 「……」 ぁあ、どうしよう…… 「ここでのお仕事は、今月で止める事になりました」 「本当なら、すぐにでも式をあげたいんだがな」 「ベイン!」 「―――そうだろうね。いいよ、明日から来なくて」 ショックで、何を言っているのかわからない。ただ、目の前で自分が愛しいと思っている女性の心が自分に向いていなかった今更に自覚する。そして、もうエレンに目も向けられない。 「ご主人様?」 気づかうような声が、今は苦しい。 「わるいけど、式にも出られそうもないや……そうだ、何かお祝いをしないと」 「そんなっお気遣いなく!」 「いや……何か贈り物がいいね。ほしい物はなんだい?」 「でもっ」 「これが最後なんだよ、エレン」 「――あの、ご主人様」 「なんだい?」 「もし迷惑じゃなければ、……ご主人様の左手の指にはまっているエメラルドの指輪を下さいませんか?」 「これを……」 でも、これは――キースは躊躇(ちゅうちょ)した。 「私の誕生日は“水無(みずな)しの月”なので、誕生石なのです。……記念になるかなって」 ご主人様の事を忘れないように。 「……エレン……」 本当はエレンの誕生日を他の侍女から聞きだして、“春呼びの月”に贈り物をしたのに。ショックで立ち直っていないキースは思い出せない。 「はい」 もう抜け殻のように言う事を聞いて左指から指輪をぬくキース。 「ありがとうご主人様!」 「エーレ」 「はいベイン……さようなら!」 綺麗な笑みで、エレンは屋敷を立ち去った。 残された主人は、その場に倒れていたらしい。しかも、泣きながら。庭師が見つけて部屋に連れて行ったそうな。 闇を照らす松明のある通りを、二つの影が歩いている。一人は女性、一人は男性。今この二人を見た通行人はきっと彼らが特別な間柄だと気がつくだろう。二人の間の距離の近さに。女性の手の中にあったエメラルドの指輪が、つながれていた手から男の手に移る。男はその指輪を懐にしまった。 「――準備は?」 「心配するな」 囁きが交わされて、二人の姿が突然消えた。 バサァァァ―― エレーナは着ていた服を剥(は)ぎ取って、屋根の上に上がった。月は雲に隠れて、一瞬の暗闇―― 『怪盗カルレナ、今宵の獲物もいただきます』 黒い服に身をつつんだ女はそのまま屋根の上を進んでいった。 「さて、行くか」 セジュスはつぶやいた。 話は昼間に戻る。 「怪盗カルレナが現れた!!」 「そんなこと知っていますよ。で、警備の話は?」 「追い出された!」 「何をやってんですか隊長!」 「いいか、何もカルレナを捕まえるには盗んでいる間である必要はない!!」 「……?」 「あのルジェルマン邸の財宝がどれだけあると思っているんだ! 逃げる途中を狙い撃ちだ!」 「ふぅん。つまり荷物を持っていて動きの鈍った所を狙うんですね。つまり、何もなければ絶対に捕まえられないということになりますね」 笑顔で近づいてきた人影。 「セジュス! 何をしている!!」 実は、セジュスとハイスンは同期である。学校を主席で卒業したセジュスと、在学中ずっと二番目であったハイスン。そしてそのまま二人は警吏の職についた。そして若いながらも課の隊長を任されている、将来有望? 「何をしているかですか? また失敗した時に報告書を書く役目は私に回ってきますからね。作戦を聞いておいて書き加えないといけませんので」 「まだ負けたわけじゃない!」 憤慨してハイスンは叫ぶ。 「そうですね、今日はまだ、また負けると決まったわけではありませんね」 「………。今日の計画は一味違うんだ!」 「へぇ、どう違うとおっしゃるのですか?」 「東の通りに五人と、西……」 怪盗カルレナ対策の巡回警吏の配置を思い出して、セジュスは口の端をあげた。 さて、夜です。深夜です。 「暇じゃねぇ〜」 「ホントだよなぁ……」 二人の警吏が愚痴をこぼしあっています。 「なんで、よりによって酒場の前とかになるかね?」 「知るかよ……」 この二人、警吏一課の者達です。怪盗カルレナの逃走経路を塞ぐため、町中に配置されたうちの一つ。 「なぁ、一杯だけ飲まないか?」 「仕事中だぞーー」 「だがよう、ここにカルレナが来る可能性は低いだろう?」 「どうなのか」 「人通りは多いし、松明も多い。闇にまぎれて逃げるには不便だろう? 大体、あの隊長の作戦が成功したためしがあるか?」 「それがなーー」 「ルジェルマン様は自分の邸の警備に絶対の自信があるんだろう? あんがい捕まるかもよ?」 こんこんこんっ! 「――おや、エレン? どうしたんだい? 早くお帰り。今日は怪盗が来るからね」 入り口はすべて封鎖しろ! と言う主人の命令を聞いて、正面口には五人、ここ従業員入り口には一人、邸の人間が警備にあたっていた。 「こんばんは、ジェーノ。怪盗がくるのは知っています。でも、忘れ物をしてしまって」 「そうかい、お入り」 「ありがとう、あの、それと――」 「聞いたよ、おめでとう」 「ぁ」 「だから、今私は通りの監視のために扉を開けるんだ。何も、見なかったよ?」 「ごめんなさい、ありがとう!」 深い色のローブに身をつつんで、エレンはルジェルマン邸に向かって走り出した。 「それよりも俺二課に行きたいなーー」 「確かにな」 「たとえ隊長が氷河でも、マグマよりましじゃねぇ?」 「そうそう」 どっちも嫌だ。 「何をしている?」 「「セジュス隊長!?」」 「そうか、怪盗カルレナのための警備か。気をぬくなよ」 「「はいっ!!」」 「それじゃぁ」 「あの! セジュス隊長!」 「なんだ?」 「どっどちらへ?」 「すぐそこだが?」 「酒場ですか……」 「お前達は、仕事中か」 「「はい……」」 「仕事とは言え辛いものだな、今日は朝から働いている自分にご褒美がほしくなるよな。まぁ、一杯くらいなら素面(しらふ)と同じだろう? それに、怪盗を捕まえようと興奮しているハイスンを誤魔化すのは簡単だろうな。俺も本当は仲間に誘われたのだが、待ち合わせ相手が遅れてしまってな。これなら誘いを断らなければよかった。同じ職場で働くものにおごってやれるしな」 「「………」」 「まぁ頑張れ」 「「セジュス隊長!」」 「―――なんだ?」 ここで、セジュスが笑っていたのは見えなかったのだろうか。すごく、いい笑顔で。 「「ご一緒してもいいですか!!?」」 目の前のご褒美に目がくらんだ警吏は見ていなかったようだ。 「――騒がしいな」 さて、それから一時間。すでに目の前の二人は酔っ払っている。早いぞ。 「隊長〜聞いてくださいよぉ〜」 「なんだ? 前の失敗の隠蔽(いんぺい)でも教えてくれるのか?」 「あれはしょうがないんですよぉぃ〜」 「そうですよぉ〜」 「何が?」 「それがですねぇ〜〜」 よった勢いか饒舌(じょうぜつ)に任務の失敗の隠蔽工作をばらしていく二人。ちゃくちゃくとセジュスは情報を集めていった。 「さぁ! どっからでも来いカルレナ!」 「隊長……」 「なんだ!」 「そんな所で言わなくても……」 ルジェルマン邸の中に入れなかったので正面口から少し離れた通り道の角。張り込み(怪しい)。 「隊長! あれを!!」 暗闇に動く影、黒い物体が空を飛ぶ。 「待て! カルレナーー」 ハイスンが追ってきているのを見て、エレーナはにやりと笑った。今日も、怪盗カルレナは捕まらない。 しかし、外での大騒ぎでも、キースは目覚めなかった。 「隊長! 待ってください!!」 「なんだ!」 駆け足を始めたハイスンを部下が止める。 「カルレナは盗品をどうしのでしょうか?」 「知らん!! そんなもの捕まえた時に分捕る! これまでの分を含めて!!」 「………」 惨敗記録更新中。 「――時間か」 「ぇえ〜なんですか隊長〜〜」 「もっとのみましょーーよーー」 実際、セジュスが一番飲んでいることに気がついていないらしい。足下にウイスキー瓶が転がっているのに。 「お前達、まだ仕事だろう?」 「「そんなもんもうないでーす」」 「……外が騒がしいな」 「まてぇーーーカルレナーー」 「「!!?」」 二人は目を見開いた。 「たっったたたたいちょ!?」 「なんで!?」 「怪盗が出たらしいな」 「「まじっ!?」」 「とりあえず、配置に戻っとくか?」 「「ははいっ!?」」 二人は大慌てで通りに出た。するとそこに、丁度よく現れたハイスン! 「おーー前たち!!」 「「はっ」」 「カルレナは!!? どっちに行った?」 「誰も通りませんでしたよ?」 「――セジュス! お前はここで何をしている!」 「何って、非番の日に夜遊びですよ。ご苦労な事ですねぇ。こんな日にまでお仕事ですか。給料もかわらないのに、その努力は僕にはできないものですから」 「ないが言いたい」 「いいえただ、すばらしいなぁと賛辞しているんですが?」 なんで疑問? なんで。 「それよりこの通りには誰も通りませんでしたよ」 「なにぃ!?」 「あ、あのカルレナがここにっ!?」 「ぁあ、空を飛んで――」 「ならこの道は通らないでしょう。第一、道を警備しているものが空まで見るはずないでしょう? この狭い道を」 「ぅううううるさっ」 「っセジュス!」 「「「!!?」」」 蜂蜜色の金髪をひらめかせて、セジュスのうしろから女性が背に飛び込んでくる。声とその容姿に驚いたハイスンと警吏が固まる。 「エミリー? どうしたんだい?」 冷ややかにハイスンを攻撃していたのが嘘のようにセジュスは語りかけた。 「ぃっ今!」 「今?」 「セーージュース!」 「きゃっ」 ハイスンの叫び声に高い声で悲鳴を上げるエミリーをさっと前に抱くセジュス。そしてハイスンを射抜く勢いで睨みつける。 「ひっ!」 ハイスンは凍りついた。ついでに二人も。 「……お友達?」 恐る恐る、エミリーはセジュスを見上げてから後ろを振り返った。 「……そうだね、彼らも同じ警吏だから。いわゆる同職であって、友達になりたいかどうかは別問題だよ」 「どうして、口を開けたまま固まっているの?」 「君が美しいから――それで、どうしたんだい?」 「それが……黒い影が私の上を通って行って、恐ろしくてっ」 「なにいーー!! ひぎゃ!?」 「!?」 またもハイスンは睨みつけられた。 「「氷河だ……」」 「その黒い影はどこに行った!?」 「ぁ、あの……?」 「上を通っていったのかい?」 「ぇえ。突然進路を変えて――南の方へ」 「行くぞ! ついて来い!!」 「「「はいっ!!」」」 ばたばたと、一課の警吏が走り去る。それも早い。あっという間に消えて通りには一組の男女。 「いってらっしゃい」 エミリーことエレーナが微笑んだ。 「集めた宝は?」 「水に流れているわ」 隠し地下水道。を、勝手に改造してセジュスの家の地下に流れ着くようにしてある。そこに船に浮かべてルジェルマンの財産を流している。 「飲みに行くか」 「あら? さっき飲んだんじゃない? お酒臭いわよ。はーなーれて」 そう言ってエレーナが離れようとするも、抱きしめられた腕が離れない。 「飲みなおしだ」 抵抗するエレーナを無視してセジュスはもっと雰囲気のいいバーに向かった。 ちちちと、鳥が鳴く。人々が起き上がり動き出すまで、もう少し。まどろみに寝台の中で眠る恋人の片割れが目を覚ます。 「………負け組!?」 さてキースは、自分の妙な寝言で目覚めた。 「……いやいやいや、何を言っているんだ……」 “事実”を。 「エレン……」 思い出して、またもショックで固まっている。 「ぁあエレン!」 この邸の主は、何かショックな事があると金庫の中で一人うじうじと思い悩む癖があった。どうやら、狭くて暗くて湿っている(?)所が落ち着くらしい。 今日も新しいキーワードに、片手で瓶ごと果実酒を飲みながら金庫の中の階段を下る―― がっしゃん! 瓶が手から落ちて、割れた。おそらく一部屋分は広さのある金庫が――空。 いや、“空”と言うのは間違いであった。床に落ちていた一枚の紙。 『財宝、いただきました。 怪盗カルレナ』 「なっななっなにいーーー!!!?」 地下からの叫び声に、邸全体が震えたらしい。 「んん〜〜〜」 ルジェルマン邸にあった金塊と宝石と紙幣を積み上げて、その上に寝そべるエレーナ。その手でもて遊ばれているのは、今日の朝刊。見出しには『また出た! 闇の怪盗! 〜駄目じゃん警吏〜』の文字。 「いい稼ぎだな」 「ねぇ〜」 この家も家具や、この二人の生活はセジュスの稼ぎで賄(まかな)える。しかし、地下を多い尽くす勢いで増えていく財宝。――え? 必要なのは、そこら辺の箒になっている可能性のある鍵だろうって? 何をおっしゃいますか。 だって、予告状を出したほうが面白くなるし。というか、それがエレーナの本職。 「次の鍵は?」 「さぁ、今度は“南”を探してみるか」 「そうね」 これからも、怪盗カルレナは闇に混じって現れる。この二人が十三の鍵をそろえるまでは。 そしておそらく、誰にも捕まることはないだろう。 二人が共に、いる限り。 |