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「なんたる事!!」 「侍女長様……」 「もう式典の日ですのよ!!」 「シルク、式が始まったらおとなしくしておれよ?」 「なっ陛下! 私がそのような失態など!」 「大丈夫だ」 「陛下! どこからそんなにっ」 「――お父様?」 「ミルファネー……」 まるで別人。あの日、船乗りの服のままやってきた娘と。でも同じ娘。愛しい、愛娘。 「驚いた。あとで着替えを手伝った侍女達に褒美(ほうび)を」 「「はぁっ!?」」 ミルファネーゼと、シルクの驚く声が重なった。 これに、快く頷いたルギ。 深い青のドレスは、海に住むものに海を、陸に住むものに空を思い出させる。編みこんだ上に結わわれた髪。桃色の花とリボンが挿してあった。 布地の色合いが気に入っていると言って、レースもフリルもいらないと言ったらしい。 が、それでも袖口と裾から覗く白いレース。見かたによっては質素に見えるかもしれない。それでも、少し開いた胸元に輝く赤い宝石。袖口はひらひらと広がる。幾重にも重なるようにスカートは作られていて、さらに腰には一筋のリボンがかかっていた。 「準備はいいか」 「はいお父様」 少しだけ、顔を合わせてその言葉を恥ずかしそうに漏らした。 「では行こう」 窓にかかるカーテンの外では、民達の沸き脱声が聞こえていた。 一目、その王女の姿を見ようと、国王の喜びを祝福しようと。 一歩進む国王の足に、ミルファネーゼは一歩送れた。 「ミネファ?」 「あの……」 「大丈夫だ、何も怖がらなくていい」 独りになるということも、暗闇も、不安も、心も。 傍に、いるから。 開かれたカーテンの向こう。次々と聞こえる賛辞の声。みんなが、「万歳」と言っている。 呆然と立ち尽くした。 お父様は平然としたもので、悠然と声を張り上げた。 「ここに、娘が帰ってきた。皆(みな)で祝おうぞ!」 空に、人々の喜びが運ばれていく。風となって木々をゆらす。 祝いの宴は、終わらない。 「陛下」 「――ぁ、ああ」 「おはようございます」 「ああ」 シルクに睨まれながら、国王は寝台から起き上がった。隣に眠る娘を起こさないように。 「へーいーか」 「そう睨むな。ルギはどうした?」 「女性の眠る寝台に近づけないと、また、頭を下げてきました」 「そうか」 面白そうに、国王は笑った。 「笑い事ではありません」 それだけ言って、シルクは次の間に身を翻(ひるがえ)した。 「――おこさないのか?」 意外そうに、国王は言った。 「まぁまぁまあの上出来です。今日一日は、おやすみになられるとよいかと」 また明日から、スパルタを再会するらしい。 面白そうに国王はまた笑って、頷いた。 『さっきの……』 『ん?』 『“ミネファ”って』 『――嫌か?』 『……ぅうん。ただ……』 『ただ?』 『昔、御爺様がそう呼んでいたの』 『そうか。一度、お前を育ててくれた人に会ってみたいものだが――』 『御爺様は、亡くなってしまったの』 『………』 『それから、私のことを“ミネファ”って呼ぶ人はいなくなってしまったの。あの、だから』 『気にしなくていい、ミルファネーゼ』 『違うの、あの、すごく驚いたの。だけど、だけどそう呼ばれるのが、嫌いなんじゃないっきゃぁ!?』 国王はミルファネーゼを抱き上げて、手すりに近づく。高い場所から見下ろしていても、人々が嬉しそうに手を振っているのが見える。手すりに近づけばいっそう、歓声が大きくなるのも。 『――わかっている。ミネファ』 その声は囁きにしか聞こえなかったけど、でも聞こえた。 『見えるか?』 喜びを、表す人々が。何よりも、誰よりも喜んでくれたのは父親。でも、この国の人々の声。「王様の娘が帰ってきた!」と。 こちらに向かって伸ばされて、振ってくる手。大きいもの、小さいもの。いくつもの笑顔が見える。 おずおずと、手を振り替えした。その瞬間に湧き上がった歓声に驚いてしまった。 『あれ?』 見下ろして最前列。もしかして―― 「あの花売りの子!!?」 がばっと、起き上がった。 「……ん?」 見渡せば、もう見慣れた? お父様の部屋。 「――夢?」 それにしては、まるで現実。 「ま、いっか」 問題はそんなことじゃない。傍らに用意されている服。海賊の船で来ていた服に似た動きやすさ。どこかの町娘のような服。 早々に着替えて、部屋を出る。 「朝食は?」 「食べるわ。それから、」 「……なんでしょう」 少しだけ間が空いたのは、嫌な予感がよぎったからか。 「もう一度城下に行くわよ!」 「――何度でも。ミルファネーゼ様」 少しだけシギがため息をついたのは聞こえた。それはあきらめからだって知っていたから、無視。 まさか国王直々の命だとは、思いもしないミルファネーゼ。 「城下へ?」 「はい陛下」 「そうか、それはよかった」 あの子は、この狭い世界よりも、外を好むと思った。 「今度、連れて行ければ……」 「そんな日も遠くないでしょうに」 「ルギ」 「心持ちしだいだろう?」 「そうだな」 「……」 「なんだ?」 「いや」 「言っておけ」 「――俺の息子はミルファネーゼ様を連れ出すことができる。だがお前は、そう簡単には動けない。そんなのを目の前にしなければならないことが、」 「苦痛、か?」 「そうだな、もう俺達は歳を取り過ぎている」 「知っている。だが、それでも逢えたことに変わりはない」 ルギから見える国王は、現状に満足しているように見えた。見えただけ。 まだ、遠い。 そう簡単に、築けるものだとは思わない。 だが、この国のことだけを考えてきた友に、本当の守るものがあればと、いつも思った。 前よりも変装がこっていて準備に時間がかかった。なんなの? と問えば、一応、民に姿をさらした身ですのでってなによ。 「これでいいでしょう?」 「そうですね、行きましょうか」 ようやくね。 あーもう。毎回こんなんじゃやってられないわよ! 日も暮れて、夕食。冷めはしないかと危惧する料理長を余所に。再び、廊下をあわてて走る音がする。この城の中を疾走するのは、一人と、哀れなその護衛だけ。 ほら、もうすぐ―― 「ただいまっ」 明るい声が、開かれた扉の音などなんでもないように響く。 「お帰り」 夕食は少し遅らせるように言わなくても、ルギが手配していた。 ついでに、あの馬鹿息子とぼやいた事も。 息を切らせてミネファが部屋に入る。何も言わなくてもでてきたグラスに水が注がれている。 飲み干した瞬間が合図。 ことんっ 「今日は、どうだった?」 「ひどいの! 変装とか言って一時間も無駄にしたのよ!?」 それは、あなたが気に入らないと文句を言ったからです―― 喘ぐようなシギの言葉は、出て行った侍女と給仕に続いて閉じられた扉の向こうに消えた。 「へぇ、バイアジュ国の王女がねぇ」 「はっ! はい」 打って変わって、ここは別の場所だった。 分厚いカーテンによって外界から切り離された部屋。幾重にもかけられた鍵。 灯りだけは煌々と灯された室内。 そこには、ミルファネーゼにこてんぱんにやられた商人と、もう一人。 商人らしからぬ格好で、加えて商人よりも尊大な態度。 今も、帰路につく商人を呼びつけた男は、机についていた肘の上で、手を組みかえる。 口元に浮かんだのは微笑。 それこそ、氷のような。 相手にはなれているはずの商人が一歩引いた。 とてもじゃないが、正面に居合わせたくない。 目も合わせたくなくなる。 「楽しませてくれそうだな」 男の目には、もう商人は映っていなかった。 |
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