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――ゆっくりおやすみ、ミルファネーゼ―― さわさわと木が揺れる。 月の光に照らされた葉の美しさは、昼間のそれとは違う。 光を透かし、時折除かせる葉たちとはまったく違う。 色の濃さと、濃淡の深さを映す。 す―― 再び、ミルファネーゼは眠っていた。 この揺れるハンモックの上で。 ――それこそ、本当の楽しみだった。 「来客?」 「はっ」 「何をふざけた事を」 「それが、実は――」 ミルファネーゼ様に会わせろと言って、勝手に城内へ―― 「だから、そういうことは早く言え」とシギの叱咤がこだました。 ――来る―― ――おきて、おきて、ミルファネーゼ―― 「……え?」 誰かに、呼ばれたような、気がする。 きょろきょろと、寝ぼけた頭を振る。誰もいない。まだこの時間なら、早く起きろと言われるわけでもないし。 不思議に思ったミルファネーゼだが、近づいてくる足音には気がついた。 初めて聞く音。 誰? 何かあってもいいように用意されている上着を羽織って、ハンモックから降りる。 本当なら木の上にでも隠れるべきだった。しかし、それよりも早く扉が開いた。 「――はじめまして」 まるでここは自分の城だとでも言いそうな男が、いきなり部屋(と呼ぶのもどうかと思う)に入ってくる。 しかも、それすら礼儀と言うようにミルファネーゼの手を取って口付ける。 それから、その目がミルファネーゼを見下ろす。――見下す。 まるで感謝しろとでも言ってきそうな態度だった。 胡散臭そうに警戒しているミルファネーゼと初めて目を合わせて、男は言った。 「俺と結婚しろ」 ここが船の上なら海に落としていた。 しかし、陸地なのが非常に残念だった。 とにかく、ミルファネーゼは黙っていた。目の前の男が誰だかわからないし、何より誰も来ない事が不思議だ。というか、不審者をこの部屋までたどり着かせる事がおかしい。 何かの間違いだ。 第一、遅すぎる。 本当に誰か来てもよさそうなくらいだ。 (シギのバカ! お父様のばか!) 心の中で盛大に悪態をつくも、状況は依然変わらない。 何も言わないミルファネーゼを不審に思ったのか、男はさらに畳み掛ける。 「なんだ、声もでないほど感激したのか?」 冗談ではないし、そこまで目は腐っていない。 「海賊上がりの娘が王女になったからと言っていい気になるなよ。所詮こんな成り上がりの国は俺の手の内だ。お前なんかが結婚できるなんて、夢のまた夢――しかも、こんな古ぼけた木の一本や二本を大切にするなんて、どうかして」 男の言葉は続かなかった。 その言葉を遮るのに十分な打撃音が部屋中に響き渡ったから。 「よくも、シェーネとジュアを侮辱してくれたわね。誰が、あんたと結婚なんてするものですか! 願い下げよ!」 何よりも、シェーネとジュアの侮辱は許さない。 「国が小さいですって? それがなんなのよ!」 そんなことはどうでもいい。 「ふざけた事をぬかさないで! どうして私があんたと結婚してあげないといけないわけ!!」 叫んだ頃に、ようやく、ようやくお父様とシギとファン軍師とシルク侍女長が部屋に入ってきた。 なんというか、重役ばかりだ。 男の頬が赤いのと、私の叫びが聞こえていたのだろう。入ってきた面々はこの部屋で何が起こったのが重々承知しているように見えた。反応こそまちまちで、 シルク侍女長は青ざめて卒倒しそうだし(果たしてそれは不審者が原因なのか、それとも王女らしからぬミルファネーゼの暴言と行動に原因があったのかはわからない。そこら辺は、ミルファネーゼは故意に無視した)。 ファン軍師はなぜか、どうも気が晴れたような感じだし。 シギは最悪の事態だというように手で顔を覆っているし。 お父さん、は―― 「失礼だが、エダリディーガの第一王子様ですか」 「そうだ」 「……あの三流商人の国の?」と、喉まででかかった言葉を飲み込んだ。頼むから何も言うなと、シギが訴えている。目で。 「こんな早朝に供も連れず単独で、さらに娘の寝室にまで押しかけるなど、いったい何事でしょうか」 「ほぉ。ここが一国の王女の寝室か、ずいぶんと無防備だな」 一瞬にして怒りの炎を上げたシギを、ファン軍師が止めた。 「そうです。普通の来客になら問題はありません」 「そうだ、書状は行っているだろう? 今月からこの国は俺の配下になる、と。それには来訪の予定も告げていたはずだが?」 「近いうちに、とありました」 「十分だろう? これでも、急いできたぞ」 こなくてよかった。言ってのけた本人にこそ聞こえない言葉である。 事態が飲み込めないのはミルファネーゼである。しかし、それはおくびにも出さず黙していた。何か行って墓穴を掘るのは得策ではない。自分には自分の役割や得意分野がある。 それで、十分? そうじゃない。それ以外のことでは役立たずだ。 「それで、いったいどうした?」 視界から外すつもりで、国王はミルファネーゼを引き寄せて抱きしめる。 「……シェーネとジュアを侮辱した」 国王は、その言葉ですべてを悟った。――そうすれば、この国の民は怒り狂うだろう。 この国に来て日の浅い、この娘(ミルファネーゼ)だって。 「そちらにも、大樹はおありでしょう? それを侮辱すれば、その報いは」 「俺の国に老樹はいらない」 一瞬にして、ミルファネーゼの顔に怒りが舞い戻った。 「大樹を治める国(エダリディーガ)の王子の言葉とは思えませんね」 「それがどうした?」 「――申し訳ありませんが、日を改めて頂けないでしょうか」 「何?」 「このように、ミルファネーゼも……“怯えて”おりますし、何より本人にはまだ伝えていないことが多いので」 今の“間”はなんだ。 ミルファネーゼは他にわからないように国王の足を蹴った。 「――」 その様子が望めたのか、ふとエダリディーガの王子が目を細める。――彼は、自分がそうやって両の親に抱きしめられた記憶がない。 (そんなこと、なんだと言うのだ) だがとても、苛立ちが荒れ狂う光景。 「いいだろう。しかし、今日の報いは忘れない」 「ご自由に」 怒りを隠す様子もないまま、その王子は足早に消え去った。 「……何?」 ミルファネーゼにはもっともな疑問だった。 「ひとまず、食事にしよう。着替えておいで」 そういえば一応寝巻きのままなのに、あの男は押しかけてきたのか。 思い出すたびに、ミルファネーゼの中であの王子の地位が低くなっていく。 「はっ? 婚約者? 誰が」 「ミネファ、君が」 「なんで、誰と」 「さっきの、エダリディーガの第一王子とだ。昨夜遅くに届いた書状に記載してある」 すっと、横から出てきた書状を目で追う。 “両国間の親睦のためにも、わが国の王子、ジェリクスと貴国の王女ミルファ――” そこまで読んで、よくもまぁ握りつぶすのを我慢したものだと思う。 紙の端から皴がより始めたので、手渡された人につき返した。 「だから、なんで」 「落ち着いて、というのも白々しいね」 お父様は、カップのお茶を一口飲んだ。 「なんで私があんなわけのわからない奴と結婚しないとならないの!」 「最もだね」 「――でも、断れないのでしょう」 はっきりと言うと、一瞬、ざわめきが走った。 「よく、見ているね。ミルファネーゼ」 「……」 「おそらく断れば、あちらは武力を持ってこちらに攻め入るだろうね。名誉を汚されたか何か言って」 「くだらない」 海にもそういう輩(やから)はいたが、全部、あの船の乗組員は追い払って壊滅させていた。 極力相手にしないようにしていても、話の通じないものはいるのである。 だがそれは、それだけの力と必要最低限の人数が乗っているあの船の上だからこそ、できたこと。 最悪、海域を変えて逃げればよかった。 でも、国は逃げられない。潰されるか、潰すか。潰しあうか、従うか。 「……!」 はっとして、ミルファネーゼは身を強張らせた。 それを感じとったのか、脇にあったグラスが落ちる―― カシャン! 「ミルファネーゼ?」 「まさか、もう」 私は開戦の火蓋を切ったのだろうか? |
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