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「いったい、どうした?」 突然城門を超えてやってきた娘。どういうことだと問いかける暇もない。まして、会議の中にやってくるのだから。 はっきりとミルファネーゼを支持するものばかりでない所に、こうやってくれば煙たがられる。いったい、シルクは何をして―― 「エダリディーガが、くると聞きました」 なぜ、と思った。誰が、とも。顔を巡らせればシギは絶望的な顔をしていた。奴ではない、城の者にもきつく言いくるめてあったはずなのに、なぜ。 「ミルファネーゼ、心配しなくていい」 そうだ、知っていようといなかろうと同じことだ。 「……もう、何も知らないと同じようにはできないの!」 知って、いるのか。 「だが、ミルファネーゼ」 「ひとつ、やりたいことがあるの」 「ミルファネーゼ?」 「ごめんなさい」 「いったい……?」 この子は、こんなに意志の強い目をする子だっただろうか。 「御爺様が、言ったの」 誰を信じるのか、決められるように。迷ったら、悩めるように。 「船長も、あの船のみんなも、言ったの」 何かあれば、帰っておいでと。 「だから、出来ることをするの」 私には力はないけれど、私に力を貸してくれる。そうだよね? 船長。 「お前は……」 「やぁ。久しぶり。スクリーム」 「今は、お前の相手をしている暇はない」 「つれないねぇ。仕事だよ。梟と鷲の」 「あの娘に会ったのか!?」 「え? 彼女は知り合いかい?」 「どこにいる!?」 「今は、帰ると行って出て行ったままだよ。僕は人手をかき集めることになってね」 「〜〜〜〜」 「どうしたんだい? 突然機嫌を悪くして」 「〜〜なんでもない」 「察するに泣かしたのは君かい?」 「成り行きだ。だれがあんな子供……」 「そうなのか? よくわからないが、あの子は梟の船の子だろう?」 「元、だ」 「海賊(ぼくたち)は繋がりを早々に断ち切ったりはしないよ?」 「ぁあそうだな」 「なんだか投げやりだね。陸に上がってからよい噂は聞かないけど本当だね」 「うるせえ。お前こそ何をしている。鷹(たか)の船長はこんな危険人物を放り出して何をしている」 「梟が、まったく動きがないから調べるように言われてね。調べたら功名にこの国を避けているみたいだから、何かあるのかなと思って」 「……親父の言った通りか」 「どうやら、僕に不足している情報は君に聞くのが一番みたいだね」 そう言って、目の前の椅子に腰掛ける男―タッドはお茶を要求した。 狭い路地裏を走る影。その姿は女。いつから走っているのか息は荒く、けれど足取りは確か。 まっすぐに向かう、目的地。 今は、海は遠いけれど、船の上じゃないけれど、どこにいても、助けてくれる。つながって、いるから。 海は陸と、陸は海と。 「ん〜つまり、あの子のせいなのかい?」 そうタッドが言うと、正面に座っていたスクリームの瞳が剣呑な色を帯びた。 「……嘘だよ。つまり、あの子が利用されたせいなのだろう」 「………」 あまり、かわらない? 「うかつな娘だね。何も知らないで」 「何も、知らされないで、だ」 「そうかも知れないね。だけど、本当に知ることはできなかったのかな」 「知るか、俺の船じゃねぇ」 「それにしてはずいぶん、待遇がいいねあの子」 「梟の前船長の形見だそうだ」 「は?」 タッドが驚いたように声を返す。それから信じられないというように手を上げた。 「サイガル船長が、何を残したと?」 「だから、船とあの娘だろ」 「なんで」 「俺が聞きたい」 「そんなに、価値のある娘に見えなかったけど」 「……お前も、対外はっきり言うよな。価値はあるんじゃねぇのか」 「あの娘にかい?」 「あの娘の、肩書きには」 「バイアジュに王女がいたなんて、初めて聞いたね」 「外には、知られていないみたいだな。まして海の上じゃな」 「そんなに奥地でもないんだけど」 「いちいち突っかかるな」 「それで、彼女。どうする気だい?」 「聞いてないのか?」 「力を貸してくれといわれただけだし」 どうするきだろうねと。のほほんとした声が響いた。 「頭?」 「ゼル、なんだ」 「あの娘が来ました」 「通せ」 「それが――ひとりなんですけど」 「……シギ・ファンはどうしたんだ」 「それを聞きたいのです」 「俺に聞いたところで意味ないだろ。連れてこい」 ゼルが部屋を出た後、一時の間。階段を上り、この部屋に足音が近づく。冷めつつあるお茶に口をつけた。 「おじゃま、します」 何か寒々しい空気を感じ取ったのか、こそっと部屋に入ろうとするミルファネーゼ。 「さくっと入れ」 「はい」 泣いてすっきりしたというように新たな決意を秘めたミルファネーゼの瞳は、曇ってはいなかった。ただ自信がないのかおびえが見える。 ミルファネーゼは部屋を見渡すまでもなく、正面にいる二人の男に頭を下げた。スクリームは何も言わず、タッドは祝杯をするようにカップを持ち上げた。 「まったく、今時のグリンザの娘はキリングルとゼロスの船まで動かす気か?」 いつまでも部屋の中に入ってこようとしないミルファネーゼに、スクリームが言った。 「ゼロス?」 「知らないのか!?」 「それはまた、心外ですね」 にっこりと微笑んだタッドの顔が、怖い。 「ゼロス……鷹の船?」 「知ってるじゃないですか」 「なんか聞いてるだろ」 すかさず、スクリームが言う。ミルファネーゼはしばらく考えたのち、言った。 「船長が、ろくなもんじゃないって」 「そっくり返しますよ。うちの船長も」 苦々しさのこもった声に、ミルファネーゼは目を丸くした。 「仲悪いの?」 「ええ」 「そう、なの……」 知らずに、助けを求めてしまった。船長に迷惑がかかったら―― 「気にするな、挨拶が斬り合いですまされる仲なんだから」 スクリームの言葉に、ミルファネーゼはきょとんと首を傾けた。 「ぇっと?」 「気にしないでください。もちろん、報酬はきっちりと請求しますよ。グウィーダン船長にね」 「ぇっと」 「大丈夫だ。それくらいで傾くような船じゃねぇだろう」 「……うん」 というか、返り討ちにしそう。 「ほら、座れ」 「うん」 スクリームが手招く。引かれるように椅子に腰掛けて、冷めたお茶を勧められる。 一口、飲んだ。 お茶は、冷たかった。けれど―― 「……ふっ……ぇっ」 「?」 「おや?」 (ねぇ御爺様。助けてくれるの――?) 怖かった、寂しかった。だけど今、彼らが助けてくれるの。ひとりじゃ、ないって。 「お前も、歳を食って腰が重くなったのか?」 「どっちが」 「手放したことですら、驚いたというのに」 「それが、約束だった」 「本人の知らないものだとしてもか?」 「あの子は……」 「わかっているのだろう。あの子はまだ子供だし、海賊であることに変わりない」 「そうだな」 籠を出て羽ばたいた鳥。空の広さを、高さを、すべてを知るようにと。そしていつか、鍵のない籠に戻ってきてほしいと。 ここは、家だから。 「それで、さっさと碇を上げたらどうだ」 「もう終わっている」 驚くキリングル船長の正面で笑ったグウィーダン船長。その肩に止まった鳥が、羽ばたいた。 「オクギリ、出発する」 静かに、しかし意思を持って。 「遅すぎるのよ!」 空に響いた、明るいあの声。 「アロマ……」 「補充は多めにしときましたよ」 ちゃめっ気が勝る声。 「カンガス」 「途中の停泊は、最低ですみます。最短距離を行くと、岩場が多くなりますが、問題ありませんね」 冷静だった。彼は冷静でいたはずだった。 「……お前たち」 自然とほころんだ口元。見据えた先は一転。 「バイアジュに向かう」 海は、つながっているから。心と。 「泣かしたね」 「いつから俺のせいになってるんだ」 「しかも二回も」 「で、俺のせいか」 飲み交わしていたものがお酒に変わっただけで、スクリームとタッドは同じ部屋にいた。 ぼろぼろと泣き出したミルファネーゼは、隣室で寝ている。隣の部屋――つまりはこの建物を占拠している彼等の頭のスクリームの部屋なのだが。 「帰さなくていいんですか?」 「知るか」 スクリームは投げやりだった。まるで、何かを確信するようで。 「お頭!!」 「なんっ――」 示し合わせたように扉が開く。蹴り開けられたそれを越えて入ってきたのは、かなり不機嫌な人物。 「ミルファネーゼ様は?」 短い言葉に、さくっと隣の部屋の扉に向けてあごをしゃくった。 シギ・ファンは無言で部屋に入り、寝ていたミルファネーゼを抱えて戻ってくる。それからまた無言で、歩き出す。 さすがに、いらだちを感じたスクリームだが、何も言わなかった。 「……シギ……?」 寝ぼけているのか、揺れに目覚めたのか、かすれた声が聞こえたが、その時にはもう彼は部屋を出ていた。 一瞬の嵐の去った部屋では、タッドがウイスキーのビンを傾けながら、視線だけ扉に移して言う。 「……あれはお迎えかい?」 「見ての通りだろ」 |
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