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揺れる揺れる。揺れ続ける。心地よく、眠りに誘う。 揺れて揺れて、音が聞こえる。それは波の―― 「御爺様?」 「―――」 強い震えが、私を襲う。 ぼんやりと覗いた瞳が、揺れていた。言葉を捜すように動く口元。それから、それから―― 「……シギ?」 「はい」 「ここは?」 まだ頭が起きていない。どこだろうと首を回す。よくよく見れば自分の足は宙に浮いている。 揺れているのはシギに抱きかかえられているからだとわかった。 「……おろして」 「もうすぐ着きます」 「でもおろして」 シギはぴたりと止まって、そして少しだけ移動した。何かを探すように動いていたシギの視線が一ヶ所で止まり、私は腰の高さの塀に腰掛けるようにおろされる。 そろそろ、起きてきた。 「確か、スクリームにあって、それから、もう一人」 彼はゼロスの船の人だったのか。それなら、船長を知っていても不思議はない。 「助けを、求めて……」 「私では力になれませんか?」 「へ?」 働き始めた頭で考えているところに、思いもしない言葉。本当に本人から言われたのか信じられなくて、顔を上げた。すると、目があった。そらすことは許さないというように、その目がこちらを見つめていた。 先ほどから見つめられていたのかと思って、顔が赤くなる。 「あの、シギ――?」 「陛下が心配されます、お戻りを。ミルファネーゼ様」 疑問の言葉にそらされた視線。いつもより丁寧で、違和感を覚える扱い。 まるで、何もなかったかのよう。 「シギ?」 もう一度、問いかけた。ほかに、どうしたらいいのかわからなかった。 「行きましょう」 交(まじ)わることない会話に、拒絶された。 柔らかい敷布と掛布の寝台に寝そべったまま、ぼけっと首を回す。 中途半端に寝たせいだろう。頭がすっきりしない。このまま寝入りそうだ。 (そうだ、昨日……) シギが迎えに来たんだ。そして、遅い夕食のあと寝たんだった。 ぼんやりしてる場合じゃなくて、ほうけている場合でもない。できることをしようと決めたんだ。そして、絶対に守ると。 起き上がってカーテンを開く。眩い光に目を細めて、窓を開ける。入れ替わる空気と一緒に、迷いをかき消そう。 (シギ、は?) だけど、それだけは頭から離れない。 身支度をと思って、広い衣裳部屋から服を引っ張り出して着替える。こんなに着替える服があって、毎日違う服を着ることができるなんて、思いもしなかった。 紺色のワンピースは、胸元と裾と袖がレースで飾られている。 着替えがすみ、こそっと廊下にでる。左右に立つ兵士に挨拶して部屋を出る。 「おはようございます」 「おはよう」 いつものように朝の挨拶が交わされて、いつものように朝食になる。 それがいつものことだと感じるようになったのは最近。そのいつものことが楽しみになったのはそのあと。 おだやかで、静かな時間。 陸路をゆくエダリディーガの軍が、近づいていた。 「で?」 「“で?”って?」 「具体的に、どうする気なのかね。お姫様は」 「その呼び方、やめて」 何度言ったかわからない。ゼロス海賊団――鷹の船の副船長だという男はそうやって私で遊んでいる。 「お姫様、お姫様だろう」 指を刺して、確認するかのように。 「だから、やめて」 「もちろん、“何も知らない”ね」 どくんと、心が騒いだ。言葉が痛い。 「やめろ」 「ずいぶん肩を持つねぇ」 「手伝うと言っておいて、そのざまか?」 「言ったけど……あまりにお粗末だから」 「鷹の船の奴らは裏切りが得意だからな」 「そうだね。……そんなに心配で仕方ないって顔しなくても、嘘だよ」 「……信じられない」 「はっきり言う子だねぇ」 タッドの言葉に、「違いない」とスクリームが笑い出す。 こうやって話している間も、エダリディーガは進軍していて、海賊の船も近づいている。 ――どうか。 「帰って、もらうの」 ぽつりと、言った。 なんの力も持たない小娘だと、思われているから―― 「エダリディーガの軍は、国境近くのサザ平原を越えて来るんだとさ」 「それって、普通に考えても正面から来るってことなのかい?」 「まぁ、この国は甘く見られているし。それだけじゃないがな」 「何か知ってるの?」 「なんのために俺がいると思っているんだ」 「……?」 「有益な情報を売るんだよね」 「そして、開戦の頃にはとんずらさ」 「逃げるの?」 言葉に、びくりと震え上がったミルファネーゼ。 「今までは、そうだ」 「優しいね。いつになく」 「黙れ」 タッドを黙らせて、スクリームはため息をつく。そうだ、この娘はそうやっておびえている。 「そうして、生きるしかなかったんたんだよ」 「いき、る」 「おとなしく船の上にいればいいのに」 「うるせぇ」 「生き、る……」 「ん?」 「どうしたんだいお姫様」 二度目の呟きは、とても静かで、かすれてしまいそうだった。けれど、その手はぎゅっと、握り締められていた。 「お父様!」 「ミネファ?」 走り寄ってきた娘を抱きしめる。今はエダリディーガが進軍しているという確かな情報のもと、軍を動かさないといけない。 短期間で、物資が足りない。日々あわただしく、考えることが多すぎる。 そんな中、疲れた国王の仕事はまだあるが、久しぶりに現れた娘との再会を喜ぶように、国王の周りに近づいていた者たちが離れる。 廊下で二人。遅い夕食を取ろうと国王は提案し、歩き始める。しかし、ミルファネーゼは動かなかった。 「どうした、いったい」 「……あの、ね」 一度口を開いたミルファネーゼが、口を閉じる。その手に服がつかまれて、握り締められる。 一度離れた距離を埋めるように国王がミルファネーゼに近づいて、その体を引き寄せた。 「どうした? ミネファ」 名を呼ばれたことに、拒絶されていないことを感じ取ったミルファネーゼの体から力がぬける。 「あの」 「言ってごらん」 「私の、」 “生きる”にはそれしか―― 「私の、お母さん、は」 どうして、死んでしまったの? 会議が休憩に入り、おのおの配置に着く準備を始めていた。行なうことは多く、忙しい。 明らかに時間と、兵力。引いて国力が足りない。そんな最中。 「王がミルファネーゼ様と?」 「ああ、追いかける。あとは頼んだ」 「親父!?」 「軍師だ」 それだけ言い残して、ルギ・ファンは馬上の人となった。 「……おい」 一人取り残されたシギは、その場を取り繕うのに必死だった。 近く遠く、波の音が聞こえる。あの断崖。 そっとかがんで、身を沈める。震える手で供えた、白い花。 ――民の王の妃―アジーナイズ―ここに眠る―― 「この国の王は、わかっていた。“国よりも民を、民があり国が”」 静かに、言葉が風に乗る。 「だが私は、アイナを手放したくなかった」 言葉が聞こえる。風が舞う。 「あの時、戦場となった城から、逃がすので精一杯だった」 民も、国も。自身も。 「生まれたばかりの子に、印を残すことしかできなかった」 死んだのは、亡くなったのは、行方が知れないのは、ミルファネーゼだけではない。たくさんの民が犠牲になった。 「本当はどうでもよかったのだ」 アジーナイズと、ミルファネーゼさえ生きていれば。 「だが、生き残った民は王を望んだ。私は、国を背負ったまま生かされた」 友も、いた。彼もまた妻と子を、戦地に残したまま。 「共につけたはずの兵士は最後の命でここまで戻り、二人は行方知れず。聞けば追われ、はぐれたと」 違う、王妃に生き残れと背を押された。 荒れ狂う流れの中、王妃は笑っていたと誰かが言った。 「それでも帰ってきた。物言わぬアイナが」 それも、事切れた。 最後を目撃したものが伝えた言葉は、とても重いものだった。 「残された言葉は、“ミルファネーゼは、生きていると”」 彼女は、苦しい旅の中で何を残したのだろう。 「お父様?」 泣いているの? 「助けられなかったのだ。私は」 この国で、褒め称えられようと。 「どうでもよかったのだ。この国がどうなろうと」 そう、思っていた。だが別れの時、王妃(つま)は王(わたし)に言ったのだ。「あなたが、王なの」と。 「だがすまない、ミルファネーゼ。私はお前より国を優先させた」 それが、唯一つの願いで、最後の言葉で。たった一つの約束。 ミルファネーゼは何も言えず、ただふるふると首をふった。うつむいた父の表情はよく見えなかった。 「アイナは敵兵に追われ、逃げる途中で護衛の兵も一緒にまいたと聞いている。その時はまだミルファネーゼ、お前を抱いていたそうだ。そして、次に見つかった時はもう、事切れる寸前で、お前を連れてはいなかったそうだ」 なぜ、死んだのか。直接の原因は敵兵の放った矢であった。逃げる途中で疲弊した体に突き刺さった矢は、致命傷だった。 「アイナがお前をどこに託したのか、長い間わからずじまいだった」 まさか、海賊の船に乗っているとは思いもしない。 「おかあ、さんは」 私を、 「やめなさいミネファ、命は誰とも引き換えにできない。誰も変わってはあげられない。誰のせいでもない。ただ――」 「でも、」 もしその場に私が、いなければ、逃げ切れたかもしれない。 「今ここに、ミネファ。ミネファが生きているだけで、いいんだよ」 誰と引き換えたわけじゃない。誰を犠牲にしたわけじゃない。 「……おかあさん」 本当は、とても、会いたかったの。 ありがとう。 |
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