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自分ひとりだけでいられる時間が、まったくなくなったのはそのあとすぐ。シギも侍女達も兵士達も。絶えず、視線を感じる。 本当にそれは私を見ているのかわからなかったけど、でも私を見ているように感じていた。 監視されているんだって落ち込んだ。 本当に誰か一人とでも、目があったわけじゃないのに。 「陛下」 「そういうなルギ」 「ですが、国民はみな待ちわびておりますよ。復興にかかった年月。絶大なる人気を誇ったアジーナイズ様の娘」 「ミネファは、恐れている」 「何に、と申されるのですか?」 「確信があるわけじゃない。そう感じるだけだ。だから、無理はさせたくない」 「しかし、陛下。陛下が王である限り、あの方はこの国の王女で在(あ)らせられるのです」 「忘れるものか――ルギ、ミネファをここへ」 一礼して退出した友を見て、国王はため息をつく。この前の一件で、ミルファネーゼは自分には何も力がないと実感してしまった。まだ子どもだから当然なのに、それを拒む感情が強く出ている。もう子どもでもない。だがまだ子ども。船の上で暮らしていたと聞いてどれほど驚いたか。あの海域で船を浮かべて暮らせるものなど、海賊くらいだ―― 「国王、様? お父様?」 「父と呼んでくれと頼んだぞ?」 「でも、ここは――」 「どこであろうと、私とミネファ、のつながりが変わるわけではない」 “親子” いつでも思った。“ミネファ”と呼んだ瞬間に強張る体。話を聞こうにも拒まれる。シギの報告を心待ちにするくらい、日常では構う事がない。三度の食事も一緒に取れない日が続いていた。 「ミルファネーゼ、帰ってきたことを祝して、式典を執り行いたいと思う」 「式、典?」 「知ってはいるだろう? 王(わたし)の娘――王族だと」 少し前まで“海賊”だったんだけどねと、笑い飛ばせなかった。 「……民に姿を見せてもらう。その後、他国の者達を呼んで舞踏会を――」 「どっちかじゃ駄目ですか……」 苦肉の策だ。 お話の中のお姫様に憧れるのは、それが絶対に自分ではないからなのだろうか。 憧れが憧れですむからだろうか。 「民に会おう」 「――はい」 穏やかに国王は笑っていた。少しだけ嬉しそうだった。私は喜べないけど。 「ぁーー……」 ばったりと寝台に突っ伏す。 「どうしよう」 もう未知の世界だった。 「〜〜〜」 「ミルファネーゼ様!」 「っはい!」 でた侍女長、シルク、さん。でも気分的には女王様と呼んでも間違いじゃない。 「今日から礼儀作法を徹底させていただきます!」 え゛? 先生ってシルクさん? 「違いますミルファネーゼ様! それは昨日教えたとおりです!」 ……忘れた。 「ミルファネーゼ様! 足は右から! その線を踏まない!」 ……。 これまでより二段階は苦しくなったコルセット。細いヒールのきつい靴。足に纏(まと)わりついて歩きにくいドレス。片手に持たされた扇の角度ですら直される。 世界中でお姫様に憧れる人々と、交換したいくらいだ。 「もう一度!」 遠くで、シルク侍女長が言い放つのが聞こえる。 「違います! 明日までに暗記してください!」 「………」 その時は、ただ容赦(ようしゃ)がないと感じただけだ。 それが、いつの間にか。 『……ひっく……ぇ………――い』 “怖い”と。 見たこともない民への恐れとなっていたと気がついた。 「は? 一日ミルファネーゼ様をお貸ししろと?」 「お願いします。シルク侍女長様」 「この顔見せの式典まで日のないこの日に?」 「はい」 「許可できません」 「お願いします」 「駄目です」 「お願いします」 「帰りなさい!!」 「侍女長? 何かありましたか?」 「ファン軍師」 突然の父親の登場にシギは顔をしかめた。おそらく、この侍女長は―― 「軍師様、あなたのご子息はこの日のない時にミルファネーゼ様をだしに何をしでかすおつもりで?」 どこか、父親をも侮辱されているようで一歩進み出た。しかし、簡単に制されてしまう。 「それは、それは。また何事でしょうね」 「式典の事もご存じないと?」 「知っておりますよ。あなたが、ミルファネーゼ様の指導を任された事も。――今の彼女に求めるには理想が高めだという事も」 「……おっしゃいます事」 「そうでしょうか」 「あなたは軍の人間ですわ。王女の私生活までは関係ありません」 「それはそうですが。守る側の人の喜びが感じられないと、張り合いがありませんからねぇ。特に、どこか抜け殻のような方に会うと」 「あれくらいではまだ足りません」 「ほぅ」 「他の王族に笑いものになるのはミルファネーゼ様ですよ」 「彼女のため?」 「そうですわ」 「自分のためでしょう?」 「どういう意味ですの?」 「そうですね、あなたも出世した物だ」 「今度は昔話ですか?」 うんざりとしたようにシルクは言う。 「私もあなたも、同じに日に城仕えになりましたから」 「そうでしたわね」 「覚えておいでですか?」 「忘れました」 「今でも、まるで目の前で起こっているようです」 「忘れなさい!」 苦いものでも思い出すように、シルクは会話につかまる。まるで、これから言われる事を警戒するように。呆然とシギが立ち尽くす中、ルギは視線を送った。 (――? ……!!) その意味を察して、足音を立てずにその場から立ち去った。 「………」 もう朝で、宿題も課題も覚える事も何もかも真っ白で。ただ瞼(まぶた)を開くのも億劫(おっくう)で。寝台の上に座り頭をひざに乗せる。考え込むように伏せたまま。すぐに、シルクがやってくるだろう。 『シェーネの所で眠る? 何をおっしゃっているのですか?』 朝からお説教を聴いて、一日。 あなたのためだと言いながら行なわれる礼儀作法を叩き込まれる。間違えればやり直し。やり直し。 足下から崩れていくようだ。 私は、王族なのだと痛感させられる。言葉、振る舞い。すべて。 これまでいかに、私のことを思っていたのかわかる。これから、王族として人の前に立たなければならない。 ――怖い。 ただ怖い。 ――っ――こつっ かすかな音は、聞こえない。目も耳も体の器官が拒絶する。何もみたくない。聞きたくない。 怖い怖い怖いこわ、い―― ――こつっ――こつっ 低い音を立てながらあけられる扉の音と違う。かすかな音。窓辺から。 「――?」 のろのろと起き上がって、カーテンを引く。広いバルコニーの下を見下ろせば、片手で石を遊ばせているシギと目があった。 「――行きましょう」 気がつけば、伸ばされた腕の中に飛び込んでいた。 |
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