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さすがに、泣きそうな顔で飛び降りてこられると焦る。高さが三階分はあるのに、躊躇(ちゅうちょ)する様子もない。 護衛としては、心配になる行動だ。 「? ミルファネーゼ様?」 しかし、とっさに受け止めたままなのに、その身が震えていた。今は、あの寝台で眠れるのだろうか。シェーネとジュアにつけたままのハンモックがただ一人、音なく揺れる夜。 すとっと地面に下ろすと、俯(うつむ)いたままの頭を少しあげた。 「走りますよ――シルク侍女長が叫ぶ前に」 「はっ?」っと声にならない疑問はそのまま、風に運ばれてしまった。 「とりあえず、これに着替えて下さい」 「―――」 いきなり走らされてしまったミルファネーゼは息も絶え絶えだった。そこでふと、そういえば寝巻きのままだったと焦る。しかも、シギはそのまま小屋を出て行ってしまう。 走りついた小屋は、たぶん炭作りのための場所なのだろう。今は閑散(かんさん)としている。 「?」 なぜ、そんなことを思ったのだろう。どうして、ここが炭小屋だと? 「ぁあ、そうか」 この前みっちりと、シギにそんな話を聞かされたんだ。この国の風習。 着替えた服は少し大きめだった。 「何この服……?」 小屋を出たら、軍服を着替えてさらに髪の色を変えた男が立っていた。 「気に入りませんか? ならもう少しだけ我慢してくだされば、新しいのを」 「何してんの?」 「これですか、偽装工作を。お気になさらず」 「……(ま、いいか)なんで、こんなの持ってくるのよ。どっから出したのよ」 「……」 シギは、黙した。 「ちょっと!」 「……背格好の似ていた呉服屋の娘に、同じくらいの歳の妹にあげると言って買ったのですが――」 「はぁ?」 あんた、自分で買いに行ったの!? しかも自腹? 「とにかく、行きますよ」 どこにと聞いても無視だ。 「なに、これ?」 「手ですね」 見りゃわかる。 「頼みますので、はぐれないで下さい。何かあれば私の首は陛下に切られます」 つながれた手が引っ張られる。……放してくれないかしら。 「陛下!」 「シルク? どうした?」 「今すぐ軍を動かしてください! そしてシギを絞首刑に!」 「いきなりなんだ。いきなり」 国王は、後から執務室に入ってきてしまった〜と項垂れている護衛を見やった。 「何を暢気(のんき)な! ミルファネーゼ様が連れ出されたのですよ!」 「誰に?」 「あの軍師の息子にです!!」 「ルギ、何事だ?」 「その点に関しては事実ですが」 「陛下!」 「シルク、最近ずいぶんとミネファに対して風当たりが強いそうだな」 「は? しかし陛下! それはミルファネーゼ様のために……」 「わかっている。しかし、何も日長一日――というわけにもいくまい。いつもよくしてくれているんだからな。今日だけは、たまの休みと思ってゆっくりしてきたらどうだ?」 「まぁ、陛下」 ころっと、態度が一変した。左の頬の端に合わせた手を寄せて、少しだけ首をかしげるシルク。 (なんだ、この扱いの差) この三人、実は学園以来の知人、友人。シルクは国王が好きだったらしい? 意気揚々と、シルクは執務室を出て行った。 「〜〜〜」 「ルギ」 執務机から立ち上がって、窓に手をついて下を眺める国王が声を掛ける。 「あーーすみません」 さすがに、な…… まさか、“外”に行くとは思わなかった。 「いい」 「なにっ?」 驚いたルギが問い返してしまう。 「もう知っていた。あの子が何をしているか、どこにいるのか。“監視”するのは簡単だが、しない。――難しいものだな。だが城を出るときだけは、」 「……」 「監視も、護衛もつけてしまう――」 「――」 歩きながら、と言うよりも無理やり手を引きながら。それでも歩いてくる。時折、うしろを振り返っているのに気がついた。 「……気がつかない振りをしていて下さい」 「―――」 口を開いて、囁いた。隣にいる人だけに聞こえるように。 「さすがに、陛下が、あなたを城の外に出すのに何もしないわけがありません」 「なによそれ」 「陛下は“再び”、あなたを失う事を恐れているから」 そして、この国の“民”も。 「そんなの」 「信じていませんね」 「っ!」 急に立ち止まられて、見据えられる。つながったままの手が痛い。そこだけが熱くて、他は冷え切ってしまったよう。 「すみません。別に、あなたを脅すつもりはないのですが」 一瞬、つながった手を振り払うように引かれて我に返った。何を、言ってしまったのだろう。 この恐怖に押しつぶされそうな娘に。 「行きましょう。日暮れには戻らないといけませんから」 「………」 正直、もうどうでもよかった。 いつの間にか民家が増えてきていた。そして、路地。暗く感じる路地をいくつもすぎて、角を曲がる。途端、風に遮られて聞こえなかった人の声がする。 活気ある人の声は、どこに行っても同じなんだと安堵した。 でも、 顔が上げられない。 活気あるざわつきと人の波が、まるで私だけを避けているかのよう。ただ手を引かれて歩くだけ。すれ違う人々の顔も姿も、そのうち、見えなくなって―― いつの間にか入った店の中で、自分の頭の上で交わされる会話がさらに遠ざかっていた。 かららん! 「いらっしゃいませ! ――あら!」 「こんにちは、どうもこの前の服は妹には少し大きくてね。他に、何かあるだろうか」 「まぁこんにちは、妹さん? こんにちは!」 屈みこんで挨拶をされてはっとする。 「っ!?」 びっくりして一歩引いてしまう。逃げるようにシギのうしろに回る。 「……嫌われてしまったかしら?」 「ごめん、妹は人見知りが激しくて」 「それじゃぁ、ここまでくるのは大変でしたでしょう?」 「まぁ、な」 「ごめんなさい、驚かせてしまったわね」 「……?」 謝罪の言葉に、驚いた。だって、まるで―― はっとしてシギを見上げた。 「とにかく、もっと似合う服を選んでくれるかな? お代はまた払うから」 「はーい!」 元気に返事をして、店の少女は笑う。 「何色が好き!?」 「………青」 海の色―― |
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