| 5月28日から6月3日、アメリカ(米)・ロサンゼルス(LA)に行ってきました。 |
| 函館でダンススタジオを開いている妻が「5月にLAでダンスのコンテストなどの仕事があるので行って良いですか」と言ったのは2月中旬。仕事なのでNOとは言えないが、妻が3年前に一人でLAに行った時、現地で体調を崩したことや、昨年12月に歯ぐきの手術をしたこともあり「こりゃ一緒に行かないと、大変なことになるな」と、自分の財布の事情を考えず、同行することになったのです。本当は今秋、クロアチアに行く予定でしたが、来年に延ばすことにしました。 |
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| まずは、飛行機(ANA)、宿の手配をし、1日だけ空き時間があるので、バスケットか大リーグを観戦しようと、ANAのリンクからチケット会社「オール・アメリカンチケット」のホームページ(HP)を見たところ、両方とも滞在中に試合はあるものの、NBAはファイナルが掛かる好ゲームでチケットは高額(ちなみに、良い席で8000|1万ドル、一番安いところで2000ドル)であきらめた。大リーグのロサンゼルス・エンゼルスが31日のデーゲームで、イチロー、城島が所属するシアトル・マリナーズと試合をするというのでチケットを入手することにしました。 |
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| せっかくなので良い席で観戦しようと、1塁側のベンチから少し外野寄りの場所をゲット。年間指定席なので定価ではないが、納得の金額。スタンドから写真を撮ろうと思ったが、警備上、球場にカメラを持ち込んで良いのだろうかと疑問。エンゼルスのHPを見たら、レンズの長さが4インチ以内ならOKらしく、4月中旬に高倍率の28|300ミリ(タムロン)を買った。ところが5月16日、城島がけがで戦列を離れ、アナハイムで見ることは不可能になった。残念。 |
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| さて、LA行きを決めてから、世界では新型インフルエンザが流行。現地で予定していた妻の用事にも変更が出ました。出発1週間前、さらに1日空くことになり、遊園地「ナッツ・ベリーファーム」に行くことにした。 |
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| 仕事が忙しく、LA国際空港からホテルへや、アナハイム球場への移動、到着初日と、ナッツへ行くオプションツアーを予約したのは5月24日。直前にLA在中の妻の友人が家に遊びに来られ、アドバイスをもらいました。ホテルへの移動は、いわゆる乗り合いタクシーの「スーパー・シャトル」、オプションツアーは「エレファント・ツアー」、アナハイムへは「アムトラック」を利用。HPからそれぞれ予約。エレファント社は日本語で、以外は英語で表記。それでも、この私が予約できるほど、分かりやすいHPだった。世の中便利になったもんだ!さあ、出発。ここまででもかなり長くなったな。 |
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| ☆5月28日(日本)☆ 午前11時10分、自宅からすぐ近くにある函館空港に向かうリムジンバスのバス停。まもなくバスが来る時に妻が「メガネ忘れた」と慌てた。コンタクトレンズだけでは1週間の旅行はしんどく、バスをやめて家に行き、タクシーにしようかと考えたが、移動費を安くしようとメガネをあきらめた。函館空港に着くと、函館の初夏の名物「霧」で視界不良なため、乗る予定の便が東京から来るのが15分遅れた。結果、午後0時55分発が1時10分発に。「遅れるならメガネ取りに行けば良かった」と隣でつぶやく妻。 |
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| この段階で計算上、羽田から成田へ移動し、5時55分発のLA行き飛行機のチェックインをするのに時間はギリギリ。「何とか間に合うだろう」と飛行機に乗り、函館でもなかなか買えない「阿佐利(あさり)精肉店」のコロッケ空弁を空けたら、何と6個も入っていた。私は初めてで、北海道のジャガイモらしく甘い味。冷たいが美味かった。ビールも進みました。 |
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| 羽田空港は定刻より10分遅れで2時25分着。妻はリムジンバスのチケットを買いに、私は荷物を持って出ることに。しかし、荷物のターンテーブルが回るのに15分もかかった。妻はANAデスクで「ここで国際線のチェックインはできないの」と尋ねるも不可だった。しかも、天気は大雨。2時55分発のバスが徐行運転されたら、4時25分のチェックインリミットに絶対間に合わない! |
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| 何とかバスは快調に走り、成田には4時20分ごろに到着。妻が先にチェックインに走り、私はまた荷物を運んだ。函館の知り合いに会ったのであいさつ後、広い空港の建物に入り妻を捜そうと思ったが容易だった。妻の「国内線が遅れたからチェックインが遅れたのでしょ!」という大声が左の耳から入ってきたのだ。妻は玄関から30メートル先にいた・・・。妻は空港内で20分で仕上がるメガネを買う予定だったが、もう無理。2人は既にクタクタ。搭乗口に着いたら搭乗10分前でした。 |
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| 搭乗後、驚いたのはビジネスクラスの席の多さ。「いつかは乗ってみたい」と指をくわえながら眺め、狭いエコノミーに着席。ポテトが多かった機内食を平らげ、ワインを2本。妻は「おくりびと」などの映画を、私は国内線と同じ演目だったが落語を楽しんだ。インフル対策でマスクをして寝た。かなり揺れたが、私も妻も体に異常はなし。誰かがトイレでタバコを吸ったらしく、注意のアナウンスが流れていた。 |
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| ☆5月28日(LA)☆ 日本を夕方に出て10時間後、日本時間は29日の午前4時だが、時差でLA着は28日午前11時。着陸が近くづくと窓からはサンフランシスコ市内、LAのダウンタウンが見え無事、到着。(写真は機内からのLAダウンタウン・・・だと思われる。カメラは「写るんです」) |
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| 新型インフルに関して検疫などはなく、空港関係者は誰一人マスクをしていない。入国審査では両手すべての指紋をチェックされました。次は税関。前のアジア系の若い女性がどこかに連れて行かれた。就労に来たかのと思われたのだろうか。 |
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| 空港の外に出て、ホテルに向かう「スーパー・シャトル」の乗り場もすぐに分かり、日本から印刷して持ってきた予約完了メールを見せてチェックイン完了。数分待ってハリウッド方面行きの車が来て、ほかの人たちと乗車。ここで気がついたのは、妻は歯ぐきの手術の影響でマスクをつけていましたが、周りの目線が厳しい。ここでは予防でマスクをする習慣はないのか、「この東洋系、インフルでヤバイんじゃないか」と見られているようでしのだ。 |
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| 私は22年ぶりのLA。久しぶりに見た空港の展望台は工事中だった。(写真) |
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| 午後1時50分ごろホテル「ルネッサンス・ハリウッド」着。ここまでは質問と答えだけの英語だったが、いよいよ勉学不足に悩むことに。フロントでの会話で、4時以降でないと部屋に入れないと理解するまで時間が掛かった。妻が以前ニューヨークに住んでいたので助けられました。 |
| 荷物を預け、周辺を散策することに。ホテルの隣は「ハリウッド・ハイランド」というショッピングセンター。「HOLLYWOOD」サインも良く見えました。妻はサングラスを買おうと「GUESS」へ。続いてアカデミー賞の表彰式があった「コダック・シアター」の前へ。「ここは赤カーペットが敷かれた場所か」と思いつつ進むと、すぐ右側は「チャイニーズ・シアター」。私は映画はあまり見ないので、地面にある手形には興味はなかったが、日本人が私たちしかいないのに興味津々だった。やはり新型インフルの影響で、旅行を控えているのだろうか。 |
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| 写真 左上=チャイニーズシアター 右上=ハリウッドハイランドから見た「HOLLYWOOD」サイン 左下=ディズニーショップ前に居たミッキーマウスを持って帰ろうとしていた日本人女性(函館出身) 右下=夜のハリウッドハイランド(左奥が宿泊したルネッサンス・ハリウッドホテル) |
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| 夜はエレファント社で予約した「グリフィス天文台と買い物ツアー」で夜景を見ることに。ホテルにリムジンが迎えに来てくれた。天文台に行く前にショッピングセンターにも行きました。申し込み時は「バーバンク・エンパイア・センター」の予定だったが、運転手の播磨さんの提案で「アメリカーナ・アット・ブランド」に変更となりました。この変更が良かったのです。 |
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到着して目の前にあったのは、2年前に行ったハワイでも利用した「チーズケーキファクトリー」。迷わず大喜びで夕食を取ることに。アメリカ人でも量が多いというレストランで、チーズケーキファクトリーのオールドスタイルというハンバーガー($12)を注文したが、ポテトの量がすごかった。またここでもポテトばかり。肉はアメリカンビーフでうまかったです。妻はチキンとトマトのパスタ。ガーリックがきつかった。前菜に出てきたパンは明朝の朝食用に持ち帰った。 |
| ハンバーガーはフランスパンで。1個は長さ3インチぐらい |
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| 食後、30分しかない中、妻は「カルバンクライン」で買い物。私は周辺で写真撮影。私は今回の旅行でシューズを買いたかったため、早く妻が出てくるのを待ったが20分もかかった。レジでトラブルがあったらしい。急いで隣にあるショッピングセンター内を回ったら、シューズショップがあり、12年ぶりにナイキの「エアマックス」(LTD)を見つけた。ここでも東洋系の外国人が消費税や免税のことで店員と話しが続き、私の支払いが終わるまで10分もかかった。成田からここまで、時間に追われっぱなし。 |
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| アメリカーナ・アット・ブランド内の庭園 |
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| 天文台に向かう時、車にはもう一人の日本人客が加わりました。名前は確か「イナ」さんだったと思うが、播磨さんも知っているほど、酒に関する出版で有名な人らしいのです。天文台に着いても酒、料理、人にまつわる楽しい話をしてくださりました。これも旅の醍醐味の一つ! |
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| 天文台からの夜景は、曇り空だったが、きれいな街の輝きが見られました。でも函館の方がきれいだ。天文台の中では宇宙の写真や展示物がたくさんあり、これも面白かったです。妻は10月の公演のパンフレットに使う写真が用意できたと喜んでしました。 |
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| グリフィス天文台からLAの夜景 |
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| 天文台建物内の天井 |
| 10時ごろホテル着。近くの店でビールを買おうと思ったが、日本のコンビニのように酒を容易に販売できないので、探すのは困難。翌朝のコーヒー飲料だけ買いました。 |
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| ☆5月29日☆ 朝食は機内食と「チーズケーキファクトリー」で持ち帰ったパン。買ったコーヒーは「スターバックス」の缶タイプで、やたら甘かった。こりゃアメリカ人は太るは。 |
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| この日の「ナッツベリーファーム」もエレファント社での申し込み。午前9時に迎えに来てくれ、ディズニーランドに向かう日本人女性(一人)と同行。約50分でこちらが先に到着。 |
| 運転手の笠原さんによると、この時期のアメリカは修学旅行みたいのが多いらしく、玄関前は中、高校生の年代の子どもたちがたくさんいました。マスク姿の妻を見るなり警戒の目線。 |
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| 前回にLAに来たときもここに来ました。その時は静かで「古き良きアメリカ」というイメージがあったが、22年ぶりに来たら、大型のジェットコースターの多さにビックリ。初めての妻は腰も悪く、歯も踏ん張れないので「絶叫マシン」には乗れなかったが、一つだけ水上レールを走る乗り物を楽しみました。他にも水中を走るものも多く、ナッツに来るには雨具が必要かも知れないですね。 |
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| 今度は乗ってみたい絶叫マシン(右) |
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| 唯一乗った水上の乗り物。これでも結構濡れました |
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| 園内を走る蒸気機関車の列車へ。この車内ではアトラクションがあり、西部劇の格好をした男が車内を襲撃するのです。私は知っていたが、妻は当然知らない。大男が乗り込み、後ろのお客さんが悲鳴を上げたとき、さすがに驚いていました。後から私が「ここの名物だよ」と言ったら怒られた。 |
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| ギャングの登場に驚く瞬間 |
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| ランチを取ろうとしたら、またマスク姿の妻に対し冷たい目線。子どもがわざと「ゲホッ」とすることも。ここでも食事の量の多さ、コーヒーやアイスクリームの甘さに加え、私の「ベーコンチーズバーガー」という発音が通じないのに驚いた。食後、ナッツのキャラクター「スヌーピー」も登場、妻は記念撮影。マスク姿の女性に抱きつかれ、スヌーピーも困惑顔。 |
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| 困惑顔?のSNOOPY |
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| お土産は名物のジャム。5種類ぐらいを買ったが安かった。ただ、ビンなので、後で荷物の重量で悩むことに。もう一つの名物のチキンは食べられなかったので次回着た時の楽しみに。私はこのほかスヌーピーの「JOE COOL」デザインのビアカップなどを購入。このほか、園外にはプロスポーツ球団の服や帽子、マグカップなどがたくさんある店がありました。ハリウッドにはないのですごくうれしかった。ここでもパーカーやマグカップを買った。6時ごろ迎えの車が来た。朝にディズニーランドに行っていた女性は手ぶらで、私たちは両手にたくさんの荷物を持っていたのが対照的。 |
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| 7時ごろホテル着。夕食はホテル近くの中華料理店で。ここまで肉(といってもハンバーガーばかり)料理が多い中、しっかりダシを取ったスープや日ごろ食べている味付けに近い料理なのでとてもおいしかったです。この日もホテル室内で飲むビールは買えなかった・・・。 |
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| ☆5月30日☆ この日は妻の仕事に付き合う日。朝食は「ハリウッド・ハイランド」内の「スターバックス」で。私はエスプレッソで妻は普通のコーヒー。なぜかコーヒーも甘かった。 |
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| ところで、ここまでの天気はずっと曇りでした。アメリカ人は半そでで過ごしているが、私たちは長そででジャケット、妻はマスクをプラス。この日も冷たい視線を浴びました。 |
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| 午後から、妻のアシスタントが出演するダンスコンテストの会場に向かった(迎えに来ていただいた)。新型インフルの関係でいろいろあったが無事に開催。入場者は関係者やその知人のみに制限された。カメラは特別に私のみ許可されました。 |
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| ダンスは課題曲に対しグループで振り付けをし、1組対1組で対戦を繰り返し優勝を決めるのです。アメリカでこのスタイルを広げようと企画されたということ。妻のアシスタントが日本のダンスインストラクター計9人と組み、見事、優勝。このことは6月14日の地元の新聞一面トップで報じています。その紙面はhttp://homepage2.nifty.com/fwjc8055/chienewspaper.htmlでご覧になれます(3MBあります)。それにしても暗いスタジオ内で約2時間にわたり、1000枚の写真撮影は疲れた。 |
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ダンスコンテストの1シーン |
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| ホテルに戻り、夕食をどうしようかと考えたが、ホテル近くでしゃぶしゃぶを食べることに。私は実は、すき焼き、しゃぶしゃぶが大の苦手で、10年以上ぶりにしゃぶしゃぶとなったのです。 |
| 店内は日本人ゼロ。近くのテーブルでしゃぶしゃぶを食べるアメリカ人を見ると、その食べ方が面白い。まず、野菜や肉を鍋にどどっと入れる。ボイルしたら、野菜などが入っていた皿に上げる。そして小皿に食べる分を取り、ポン酢やゴマたれが入った器を持ち上げ、上からたっぷり掛ける。薬味はニンニク。これは一体何の料理なんだろう。私たちが正統派しゃぶしゃぶの食べ方をすると、じーっと注目されました。 |
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| しゃぶしゃぶの肉は神戸牛。一人前$49 |
| しゃぶしゃぶ以外に「ZENSAI」というメニューで、材料に野菜が書かれた料理があったので注文したら、「辛いグラタン」でした。しゃぶしゃぶにはご飯もついてきて、アメリカ人たちはゴマたれを掛けて食べていました。しゃぶしゃぶを終え、私はごはんを食べるのに漬け物か味噌汁がほしく、メニューを頼んだら店員は驚いた顔で「ハングリー」と聞いてきた。「小食の日本人のくせにまだ食うのか!」と言った顔だ。「MISO SOUP($3・75)」があるので頼んだら、レンゲまで着いてきた。お味は「永谷園」のインスタント。懐かしかった。 |
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| チャイニーズシアター前にたくさん居た映画のキャラクター(奥はルーズベルトホテル) |
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| あまりにもお腹がいっぱいなので、近くの「H&M」で買い物と付近を散策。スパイダーマン、マリリンモンローなどに扮した人がたくさん。妻がライオンの着ぐるみと写真を撮ったら「チップチョーダイ!」と襲ってきたので$1あげたら噛まれた。路上に多くの豪華リムジンカーがあり、シアター前に多くの警備員が居たので、もしかしてハリウッドスターが通るのかなと思い道路前で待っていたら、シアターのエレベーターから格好良い男性が出てきてガードマンに守られリムジンに乗っていった。周りは大歓声。でも私は誰なのかは分からない。次に女優さんも登場。今度も騒然となり、私は写真を撮ったが、誰だか分からない。 |
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| 駐車していたリムジンカーの列。こりゃ何かあるなと思ったら・・・ |
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| どよめきと歓声の中、男優に続いて現れた女優さん(黒人男性はガードマン) |
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| 寒くなったのでホテルに帰った。この夜、隣の部屋のアメリカ人客がうるさく、私は耳栓をしたので寝られたが、妻は4時ぐらいまで寝られなかったという。 |
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| ☆5月31日☆ 私にとってのメーンイベント、大リーグ観戦! 試合開始は昼12時35分だが、日曜日のため、アナハイムに向かうアムトラックの本数は少なく、ダウンタウンのユニオン・ステーション9時40分発「Pacific
Surfliner」のビジネス席を予約していた。ハリウッドからユニオン駅までは地下鉄で約20分、迷うといけないのでホテルを8時半に出ました。 |
| 地下鉄は片道$1・25切符、私は記念にと思い、$5の1日券を買ったが、両方とも同じような印刷。改札口は無かったようなものでした。 |
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ユニオン駅に到着。私は2回目。天井が広く素敵な建物に妻は驚いた。切符は家でプリントアウトしたバーコード入りの紙を専用の機械に当てて発券。朝食は妻の大好物のベーグルパンの店があり、大喜び。 |
| ユニオンステーションの建物内。奥が改札口 |
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乗り場が分からず苦労したが、何とか乗車。自分がアムトラックに乗るなんて信じられなかったが、これも妻のおかげ。ビジネス席でも自由席。車内やイスは立派ではなかった。“大陸横断鉄道”とはいえ、私たちは2駅、約40分の旅。車窓が都市圏から住宅街になり、郊外に来たと思ったら、目にアナハイムスタジアムが飛び込んだ。こんな駅前にあるとは。時間は10時20分、試合開始約2時間前に到着。妻は「これから2時間も何しているの」と不機嫌。 |
| ユニオン駅から乗ったアムトラック |
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| アナハイム駅のまん前にあるアナハイムスタジアム |
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列車ホームに映画の看板があった。LAで6月19日公開の「ザ・プロポーザル」。主演男優と女優を見て、どこかで見たような気がすると思ったら、昨夜、夕食後に見た2人、ライアン・レイノルズとサンドラ・ブロックだった。私はよく分からないが、妻や、メールを送った同僚や友人は興奮していた。上の写真で、サンドラ・ブロックは右側の人です。 |
| ザ・プロポーザルの看板 |
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| 球場の周りを歩くと、開場待ちの子どもたちはマスク姿の妻を避けていた。そこに現れたのはヤクルトの着ぐるみ。アメリカでも子どもたちに人気らしい。バックネット裏入り口付近にヤクルトの販売ブースがあり、HPのアドレスがある看板を見て、私が「こっちの会社名はヤクルト・ウサなんだ」と言ったら妻が「ヤクルトUSAだよ」と大爆笑・・・恥ずかしい! |
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| アメリカでも人気?のヤクルト・ウサ |
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さて、LAエンゼルスのニック・エイデンハート投手が4月10日、今季初登板をした後、交通事故に巻き込まれて亡くなりました。このニュースは知っており、入り口前にはエイデンハート投手を追悼するメッセージなどが置かれていました。霊感がある妻は目に入るなり体に何かが走ったらしく、避けていました。 |
| エイデンハート投手へのメッセージが書かれたTシャツなど |
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| 11時に開場。まずはチームグッズの売店でショッピング。妻はノースリーブの服や帽子、犬の服を購入。私は前夜、「H&M」で服を買いすぎたため、ここでは何も買いませんでした。 |
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| 時間があるので、1塁側内野3階席最上部から滝がある外野のバックスクリーン、3塁側内野席と一周。そろそろ試合開始なので、昼食に中華の「パンダエクスプレス」のランチボックス、IDを見せてビールを買い、座席へ。予想以上の良い席で、1塁側のマリナーズベンチのすぐ近くでした。 |
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1塁側3階席の最上部の端から見た球場 |
| バックスクリーンにある庭園? |
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国歌斉唱が終り着席。バッターボックスに1番のイチロー。この日は24試合連続安打がかかっていた。妻は生イチローに興奮するも、野球を見慣れていないので、審判のプレーボールのコールが分からない。イチローは初球を打ち、ライト線2塁打。妻は「あれれ・・・という間にイチローが走っていた」と不思議がった。高校野球じゃないからプレーボールのサイレンは鳴らない! |
| 第1打席で2塁打を放ち、1塁へ向かって走るイチロー |
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| 私は写真のピントに少し自信が無く「これで、この試合の安打が終わったらどうしよう」と思ったが、イチローはこの日5打数4安打、2二塁打。そして1ホームラン。アメリカまで来てイチローのホームランが出たのに、実はそのシーンは見られなかったのである。今回の旅行の最大のオチであります。 |
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この災難というか奇跡というかが起こったのは6回、イチローの第4打席。バッターボックスに立ったイチローを撮ろうとカメラを構えたら、前の座席の人が着席しようと前を横切った。その瞬間「カーン」といい音。「え?また初球打ったの?」と私が上空を見たらボールが目に入り、そのままライトスタンドに。以前、2人で東京旅行し、妻にとっては初めてのお台場に行こうとしたら「ゆりかもめ」が運休していたという不運を上回る珍事。妻はまったく見られずに文句たらたら。私たちはある意味、すごい運を持っているのかな。(写真はホームランを打ち、ベンチに返ったイチロー) |
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| エイデンハート投手の遺影の前で返球するイチロー |
1塁側内野席にボールを投げ入れるイチロー |
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| 第5打席で2塁打を打つイチロー |
反撃のホームランを打つエンゼルスのハンター |
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| 試合はイチローのホームランなどで、6回を終り8対1でマリナーズがリード。このまま終わるかと思ったが、6回裏からエンゼルスが反撃。4番のハンターがホームラン(上の写真)を放ち4点を取り、7回にも1点返し8対6となった。エンゼルス応援団長の「ラリーモンキー」もスクリーン内で騒ぎ始めた。 |
| エンゼルスの攻撃が盛り上がるとスクリーン登場するラリーモンキー(右中央付近にいるユニホーム姿) |
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| 9回表、マリナーズの攻撃も2アウトで9番バッター、あと一人でイチロー、しかもサイクル安打がかかっていたが、このバッターで攻撃終了。9回裏にエンゼルスが2点取り、同点になれば延長になり、またイチローに回る。さっきまでマリナーズの応援をしていたが一転。エンゼルスの応援を始めました。願いがかなってマリナーズの投手がフォアボールを連発してヒットも打たれ、8対8になったのです。 |
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ところが、「攻撃はもういい」との願いがかなわず、エンゼルスのバッターがサヨナラ安打を放ち試合終了。やはり私たちの悪運はすごい。しかし、地元チームの大逆転劇の熱狂に触れることができたのは貴重だった。と、自分を納得させ球場を後にしました。 |
| 上 サヨナラ安打を放った選手を祝福するエンゼルスの選手 下は大喜びするエンゼルスファン |
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| サヨナラ負けを喫しベンチに戻るイチロー |
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| 帰りのアムトラックは40分ほど待ったら列車がありました。今度はCOACH(自由席)だが、ビジネス席と何ら変わりがありませんでした。ちなみにユニオン|アナハイム駅の運賃は片道一人$12、ビジネス席料金は一人$10だった。決済はVISAカード。 |
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この夜は、前日に行われたダンスコンテストの打ち上げに招待され、ノースハリウッドにある妻の先生の家でバーベキューをご馳走になりました。住宅の共有スペースで、プールやジャグジー風呂もあり、とても素敵な環境でした。 |
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| ホテルに帰り、明日の出発に備え荷物を整理。寝ようと思ったら携帯にニュースメールが入り、エールフランス機行方不明の事件を知った。妻に言ったら怒られると思い黙っていました。 |
| ちなみに、大リーグの観戦記は、オール・アメリカン・チケット社のHP「お客様の声」に投稿してあります。ご笑覧下さい |
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| ☆6月1日☆ 前日にユニオン駅で買ったベーグルを朝食にし、ホテルを出発。帰りの「スーパー・シャトル」の車は申し込み通り来るのだろうかと不安があったが、ちゃんと着ていた。運転も良く、信頼できるかいしゃですね。 |
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| LA国際空港に着きチェックイン。ANAのカウンターの人がいろいろ作業をしているとき「山崎様、本日は大変申し訳ございませんが・・・」と言った瞬間、妻の目じりがダラリと下がったのが分かった。私も次に言われる言葉がすぐに分かった。「本日、エコノミーが満席のため、ビジネスクラ・・・」と最後まで言い切らないうちに妻が「宜しくてよ、おほほ」。と慣れない言葉遣い。ラッキーにもビジネス席に座ることになった。妻は何度かあるが、私は初めてでうれしかった。 |
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| 免税店で買い物。成田空港に比べると店数は少ない。私は特に買い物が無かったのでウロウロしていたが、店員が日本語で「チョコレート20%オフよ」と話しかけていた。一方、妻は香水やコーヒーを探していたらハングル語で話しかけられた。よほど「H&M」で買って着ていた服が安物に見られたのだろうか。 |
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| 飛行機の搭乗時間。エコノミー席より先に乗るので、妻は顔はセレブで足は子供のスキップ。座席スペースはやはり広い。いすがフルフラットになり寝るのも楽。料理もワインもワンランク上。あまり書くとイナカもんに思われるので、この辺でやめます。ただ、LA行き便のソフト・オン・デマンドの映画で「おくりびと」「ベンジャミンバトン」があり、帰りで見ようと思ったが、月が変わっていたので映画のプログラムも変わっており、この2本はなかった。しかも、落語は往路と同じだったのが残念でした。 |
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| 料理は前菜。この後カメラの電池が切れた・・・ |
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| 11時間半のフライトのうち約9時間が経過、機内放送のNHKニュースを見たら、エアフランスの事件を報じていた。妻も見てしまった・・・。 |
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| ☆6月2日(日本)☆ 定刻より40分ほど早く成田着。新型インフルの検疫で、飛行機内で15分待たされた。自分たちの席の周りでは「体の具合はいかがですか」と聞いて回るだけだった。ビジネス席を名残惜しみ、機外に出ると、見る人全員マスク姿。そして、新型インフルへの注意を呼び掛けるチラシだらけ。まるで日本が新型インフル汚染大国だ。妻は成田空港で、ようやくメガネを作ったのでした。 |
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羽田発函館行きは午後5時が最終なので、この日は羽田空港第2ターミナルに隣接する羽田東急ホテル泊。部屋は滑走路側で良い眺めだった。晩御飯はターミナル内の中華料理店。店に入り「おタバコは座れますか」と質問を受けたが、そう言えばアメリカの飲食店で「スモーク?」と聞かれなかったですね。妻は部屋に帰り、道中の疲れが出たのと、帰国できた安心感で高いびき。私は家に帰って撮影した写真のバックアップまで気が抜けないのでありました。 |
| ホテル室内から見た羽田空港第2ターミナル |
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| ☆6月3日 以降☆ ホテルで朝食をとっていると、出発時に成田空港で会った函館の知人とまた会った。お互い「新型インフルにはかからなかった」と聞き合った。妻のアシスタントも前日に帰国したが、この日の朝に乗る予定だった日本航空の便が、システムトラブルで欠航。結果、私たちと同じ全日空機で函館に帰りました。 |
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| 函館に着き最初に食べたのは回転すし。家に着くも妻はすぐに仕事。私は大量の洗濯。その間に写真の保存作業。4泊6日の間、一眼レフ、コンパクト、携帯カメラの3つで合計2840枚、10・4ギガ分あった。これが終わったらさすがにほっとできました。 |
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| 私は翌日から仕事。夕方、打ち合わせの部屋でタバコの煙にやられた。考えれば8日ぶりに煙を吸った。タバコの免疫が消えていたのか、すぐに不調になり、顔が真っ赤になった。同じ部の者は「インフルだ」と大騒ぎ。お前たちのせいだ!結局、2週間ほど、のどの不調が続いたのです。くれぐれもインフルではない・・・はず。 |
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| 14日、函館で6代目柳家小さんの落語があり、まくらで「5代目(父)が87歳まで生きたのは永谷園のおかげかな」と言った時、ハリウッドのしぶしゃぶ料理店で食べたレンゲつきの味噌スープを思い出した。すでに懐かしさでいっぱい。忙しい日が続き、旅行記は15日から書き始め、今日22日に完成しました。 |
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| 今回の旅行ではシューズが一番高い買い物で、次は服がいくつかだったが、18日に来た5月分の携帯電話(ドコモ)の請求書で、アメリカで使っていたパケット通信料が1万円近くもあり、これが2番目に掛かった費用となりました。携帯は普段使っているp906iで、LAでは時々電波を受けられないことがあり、電源を切り、再びONにすると回復するケースが数回ありました。でもほとんど問題ありませんでした。充電器は海外用(120-240V対応)を買ってもっていきましたが、100Vのものでも大丈夫だったみたいです。そのほかカメラの電池の充電器は始めから国際対応。今回の旅で、英語の勉強を決意した2人でした。 |
| ご笑覧有難うございました。 |
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