平成11年4月19日(月) 雨
0830起床。あれ?思ったほど足の筋肉痛はない。しかし、足裏が痛くて堪らん。天気も雨が音を立てて降っとる。
まずは、何はともあれ足裏の補修に掛かる。こんな状態でも歩かないかん。何とか多少でも痛みを和らげんと。
姉に礼を述べ、1000出発。尊王家のわしは、一路皇居を目指す。
京葉道路を西に向かい、1100両国橋到着。本日は、雨天也。首都高の下で小休止しようとも、雨は許さず。
仕方なく出発。仕事でよく来た日本橋馬喰町界隈を抜け、1130小伝馬町到着。
ここ小伝馬町には、我が師吉田松陰先生終焉の地がある。
松蔭先生終焉の地石碑に手を合わせ、旅の無事を祈願す。心洗われる思い也。
<日本橋小伝馬町 吉田松陰先生終焉の地>
雨は相変わらず降り続いているが、1200皇居大手門到着。この頃、足裏の激痛頂点に達する。
大手門前交番の警官殿に、どこか屋根のある所を所望するも「ありませんな〜」の素っ気無い返事。
周囲を見渡すと、あったありました。桔梗門の近くにトイレが。
そのトイレの僅かな庇の下を拝借して、本日最初の足裏緊急治療。
昨日からの雨で、我が靴は防水機能が完全に麻痺して、靴中はびっしょりと濡れておる。
靴から足を出すと、ほんのりと湯気が立っとる。なんちゅう光景じゃ。
靴下を脱ぐと、ふやけて蒼白な足裏が登場。これまた、なんちゅう光景じゃ。
一瞬この光景に気を呑まれたが、それよりも早く足裏治療せんと。
いつも通りの治療を一通り終え、いざ、二重橋前遥拝所へ。
皇居には、数えきれないほど来たが、こんなに寂しい皇居は初めてじゃ。
皇居前広場には、警官殿以外我が素身一人。雨じゃ、観光客も遠慮するんじゃろう。
1245二重橋前到着。陛下に対し奉り、最敬礼。
<冷雨の皇居二重橋>
しばしの間、新春の一般参賀、陛下の御誕生日の参賀に参上仕ることのできない旨、御報告申し上げ奉る。
そして、後ろ髪引かれる思いで、冷雨の皇居を後にする。
日比谷公園で、姉に作ってもらった昼食を摂ろうとするも、雨脚強く断念する。
日比谷通を一路南下す。芝増上寺前を通過、芝公園で小休止。ここで、現代日本の悲しい現実を目にする。
芝公園で、屋根のあるベンチを捜したが、どこにも見当たらん。おかしいのう、こんな立派な公園で。
そういえば、先の日比谷公園にもなかったなと気が付く。
そのうち、公園管理のおじさんがいたので、屋根のあるベンチの場所を聞くと、おじさん困惑顔。
おじさん曰く、屋根があるとホームレスが棲みつくので、都内の主な公園のベンチの屋根は取り外したそうじゃ。
なんとも、悲しい話じゃね〜か。屋根の撤去費用だって安かねーぜ。その費用で、もっと他のことできんだろうが。
おじさんに怒りをぶつけても仕方なか。怒りのおかげで、しばし足の痛みを忘れる。気を取り直して、いざ。
<無人の泉岳寺>
日比谷通りから第一京浜(国道15号)に入って、赤穂義士で有名な泉岳寺で小休止。
さすがにここにも、観光客なし。雨の力は、偉大也。
第一京浜を一路南下。品川辺りで雨脚弱まる。確かこの先、第一京浜がJRを跨ぐ辺りに公園があったな。
雨脚の弱い間に、そこで遅い昼食を摂ろう。なんか力が、沸いてきたわい。
1530八ツ山橋公園到着。ようやく昼食を摂る。しかし、雨はいつその牙を向くか分からん。
ごちそう様でした。とその直後、雨が猛烈にその牙を向けてきた。助かった。天は、まだ我を見捨ててはおらん。
本日、お世話になる親友のN君は大田区大森。あと僅か約6km。この6kmが長いんだな〜
1800京急平和島駅で、待ち合わせしてるので、時間的に余裕があるのがせめてもの救いじゃ。
足の痛さと肩から背中の痛みに耐え、雨にも負けず、ゆっくりとした歩みで、1735平和島駅到着。
N君は、未だ現れず。しばし、通勤通学帰りの人々の前に我が濡姿を晒す。
1745N君登場。しかし、ここで衝撃的な事実が・・・
駅からN君の家まで、ここから20数分かかるそうである。平和島駅までと踏ん張っていたが、最後の試練が。
なんとかN君宅に到着。その夜は、酒を大飲み。明日が心配(なんて少しも思っとらんわい)。
こうして、狂歩録第2日目は、終わった。