平成11年5月1日(土) 晴れ
0600起床。なんとなく身体がだるく、喉が痛い。こりゃいかん、体調不良じゃ。
<朝日を浴びる我が宿営地>
とりあえず、宿営地の撤収にかかる。テントシートは、びっしょりと夜露に濡れていた。
都合の良いことに、天気は良く風もある。近くの松にシートを掛けて乾かす。
シートを乾かしている間に、シュラフやその他を片付ける。テント本体も多少湿っていたが、すぐに乾いた。
0730撤収準備完了、出発。すぐに公園発見。ここで顔を洗い、歯を磨く。
一刻も早くコンビニを発見して朝食を調達して、風邪薬を飲まんといかん。
しばし行くと、コンビニ発見。食料調達と栄養ドリンクも合わせて購入。近くの砂浜にて朝食。
栄養ドリンクと薬も飲んで、しばし休憩。なんとなく落ち着いた。
それじゃ、九十九里ビーチロードをいざ北へ。しばらくすると、自転車で一人旅するお女中に会う。
千葉県大網から5日間かけて、仙台に行くそうである。な、なんと5日で仙台とは。
こちとら、仙台なんて夢のまた夢。自転車の機動力の速さを改めて感じた。
片貝に入ると、子供の頃によく来た民宿の前を通過。あの頃は、楽しかったなあ。
と思い出に浸っていたが、まだ歩き始めて2時間余りなのに、遂に足裏のマメが大爆発。
今までと違い、出血が始まった。ここで、一つの重大決意をする。
旅には履き慣れた靴が良いと思い、普段履いていたトレッキングブーツ(ホーキンスGT9001)で
今回の旅に挑んだが、どうも相性が良くないようである。
ここは、思いきって靴を運動靴に変えてみよう。それから、背負っている荷物も更に絞って、不必要な物はカット。
九十九里ビーチロードを黙々と北上しつつ靴屋を捜したが、見当たらず。
昼食を摂ったラーメン屋で靴屋を聞くも、この付近には無いそうである。
不思議なもので、一旦靴を変えようと決めると、意識がその事ばかりに集中し、益々足が痛くなりスピードも落ちた。
そんなこんなで、目的地としていた九十九里浜の終点飯岡には、とてもじゃないが辿り着けないじゃろう。
今日は、前日の野宿の疲れもあるので、屋根のある所に泊まりたい。しかし、宿の気配すらない。
とぼとぼ歩いていると、中古車や前を通過したら、そこのおやじさんが話し掛けてきた。
まあ、毎度のごとく話をすると、おやじさんは、ここの事務所はトレーラーハウスになっているから、もし良かったら
使ってええぞ、と言ったくれた。水・電気はあるが、風呂だけは我慢しろ、と。
しかし、まだ1630。少なく見積もっても、日没までに5〜6kmは前進できる。靴屋もあるかもしれん。
おやじさんに礼を述べ、出発。おやじさんは、もし寝るとこ無かったら戻って来いとも言ってくれた。感謝。
しばらく歩いて後悔する。いよいよ何も無い所に進み始めた。でも、この足の状態で戻る事は考えられん。
なんとか町らしい所、足川浜に着く。日暮れも迫り、決断の時が来る。本日も野宿か?
ここには何軒か民宿があるも、どこも満室。そうじゃ、世間はGWだったんじゃ。
よしゃ、仕方なか。野宿じゃ。食料調達が、これまた大問題。まず店と言うものが見当たらない。
やっと捜した雑貨屋さんじゃったが、乾物しかない。なんとか夕食になりそうなものを物色する。
食料調達後、海岸に向かう。ものすごい風が吹いている。こりゃ、風除けできる場所を確保せにゃならんのう。
海岸到着。左右を見渡すと、ありゃ、「お食事・旅荘 〇〇荘」の看板。旅荘ってなんじゃ。もしかして・・・
藁にもすがる思いで門を叩く。夕食の準備が忙しいのか、中々出て来ない。
やっとこ、おばちゃん登場。無理は当然と一泊お願いすると、なんと一部屋空いていました。
助かったと思いきや、なんと一泊壱万円也。いくらなんでもそりゃ出せんわ。そこで、交渉開始。
事情を話して、素泊まりでお願いしますと頼むと、それじゃ5千円で、となった。やっぱり頼んでみるもんじゃ。
なんにしても、強風吹きすさぶ野宿から、暖かい布団と風呂に入れる。それが、ありがたい。
部屋に入って、まずは足裏を見る。下の写真の通り。靴下脱いだ光景は、とてもお見せでき申さん。
<我が足裏>
テーピングぐるぐる巻きなのに、こんだけ血が染み出ている。改めて、本日の行程の凄さを思った。
風呂に入って、簡単な夕食を摂って、背負う荷物を軽減させるため荷物の整理にかかる。
今日までに一度も使わなかったものはもちろん、下着も4組だけとする。
こうして、家に送り返す荷物をまとめると、かなりの重量を軽減する事ができそうじゃ。
荷物整理に手間取ったが、なんとか終了。
2300、どっと疲れた身体を布団に沈め、就寝。しかし、0130頃、足激痛のため目覚める。
こりゃ、洒落にならんな。なんとしても明日こそは靴屋を捜して、足を楽にせんといかんのう。
こうして、狂歩録第14日目は、終了。