平成11年5月29日(土) 曇
0700起床。身体の調子は、すこぶる快調!とは言えんが、思ったよりも大丈夫そうじゃ。
出発前に足・腰・肩を手入れし、0800出発。本日は、奥州の入口“勿来関”を目指す。
歩き始めてしばらくすると、なんか調子が出て来た。身体の痛みは、もう心配無いかもしれん(過信過信)。
1030鵜の岬入り口で休憩。足裏に違和感を感じ、靴下を脱いでみると、発見!極小マメ。
速攻で治療をする。思えばマメに襲われたのも久しぶりじゃのう。こいつは歩いている証拠じゃ、よかよか。
そろそろ5月4日以来別れていた太平洋が、近くに姿を現わしだした。
こいつとも久しぶりじゃ。今後とも宜しゅうおたの申す。その後は、一路国道6号線を北に向かう。
関東最後の地北茨城市に入る。海岸沿いを進むと、海にぽかりと浮かんだ小島が目に入った。
<二ッ島> 
二ッ島を目の前にして、関東最後の休憩を取る。ここから、6km余で関東とはお別れ。
6号線から別れ、旧陸前浜街道に入り、勿来関を目指す。旧街道の面影を僅かに残す道を突き進む。
山道に入ると、今までの喧騒が嘘のような静けさ。新緑深い山道を登って行く。

<勿来関への道> <常陸牛>
山道を登る途中で、牛小屋が出現。モーモー鳴いているので、こちらも負けずにモーモー鳴いてみる。
牛ちゃんたちは、怪訝そうな表情でこちらを見ていたが、そのうち小屋の中で暴れだしたんじゃ。
こりゃ、いかん。早々に退散する。牛どもめ、いつかわしの腹ん中に収めちゃる。
つまらん事に時間を無駄にしてしもうた。早う進まにゃ、日が暮れちまうわ。
しばし山道を歩いて、遂に関八州と奥州を分ける勿来関跡に到着。
入口には、源八幡太郎義家公の像が奥州に向かって立っていた。

<勿来関跡・右は源義家公像>
ご存知の通り、義家公は前九年・後三年の役で、奥州の荒夷を平定した源氏の英傑。
わしも坂東武者の端くれじゃ。義家公にあやかって、速やかに奥州を突破する旨誓う。
<勿来関跡・石畳道> 
石畳には、ここを通過した著名人(松尾芭蕉など)の歌碑が、それぞれ刻まれておった。
本日は、国民宿舎勿来関荘に宿泊する。勿来関跡から、宿まではあと僅かじゃ。
1745宿着。わが部屋からも、太平洋を望む事が出来る。なんちゅう贅沢じゃ。

<勿来関跡から眺める太平洋>
夕食もボリュウムたっぷり。国民宿舎には初めて泊まるが、中々ええのう。こりゃ、お薦めじゃ。
されば、狂歩録第22日目は、終了で御座る。