絶景也、松島の巻

平成11年6月8日(火) 晴れ

0600起床。予想通り、良い天気じゃ。出発準備は整っているので、足の手当てのみ行う。

3泊もした宿のお女将さんに礼を述べ、0700出発。

休養充分のため、すこぶる快調。石巻街道を東に向かい、七北田川を渡って、旧塩竃街道に入り多賀城へ。

0930多賀城址到着。とりあえず、小休止。休んでいると、農家のおばさんが近付いて来た。

いつも通り、歩いている事を話すと、差し入れとジュースを馳走になる。感謝感謝。

まずは、陸奥総社宮に向かう。陸奥国の延喜式内社百社を合祀した、格式高い神社である。

        <陸奥総社宮> 

陸奥総社宮から多賀城政庁跡に向かう途中に、大変失礼ながら可愛らしい神社に出会う。

お多賀様として親しまれている多賀神社。長寿・夫婦和合の神として、信仰があるそうじゃ。

                     

                                           <お多賀様の多賀神社>

多賀城政庁跡に到着。奈良朝より平安朝を通して、奥州の軍事・政治の中心として栄えた地である。

蝦夷を制圧し陸奥を平定した征夷大将軍坂上田村麻呂や、万葉家人大伴家持などが赴任した地である。

また、南北朝時代には、南朝の忠臣北畠顕家卿が逆賊足利尊氏に対する拠点とした事もある。

      <多賀城政庁跡> 

今は、往古の賑わいなどもちろん無く、石の台座が静かに残るのみである。

多賀城政庁跡を去り山を降ると、古い覆屋の中にひっそりと建っている多賀城碑がある。

ここには、ガイドのおじいさんがいて、色々と説明してくれた。日本三古碑の一つに数えられているにも関わらず、

その真贋の定かでは無いゆえ、昨年ようやく重要文化財に指定されたそうである。

                     

                                              <多賀城碑>

おじいさんの説明は、留まる所を知らなかったが、頃合を見計らって謝辞を述べ退散する。

再び旧塩竃街道を進み、塩竃市を目指す。1130塩竃神社到着。

        <塩竃神社表参道> 

ここで、度肝を抜かれる。参道は、天にも届くような石段である。おいおい、これを登るのかよ。

深い杉林に挟まれた参道を息を切らせながら、ようやく到着。おっとまだあるぜ。

                    

                                                <樓門>

樓門に至るまで、さらに数段。こりゃ、いったい下から何段あるんじゃ。やっとこ、樓門をくぐり抜けられた。

神社の巫女さんに石段数を尋ねると、表参道202段+樓門26段の合計228段也。ああ、お見事。

唐門を抜けると本殿・別宮が厳かに構えていた。

                                 

                      <本殿>                                                <別宮>

塩竃神社は、古より奥州鎮護・奥州一宮として、朝廷・平泉の藤原氏・伊達家の尊崇を集めた。

神妙な気持ちで参詣を終え、今度はあの石段を降るのかと覚悟を決めたが、他の参拝客は違う方向へ。

ありゃま。東参道ちゅうもんがあって、ゆるやかに一森山(塩竃神社はこの山の上にある)を降る道があったんじゃ。

どうも年寄りが多い割には、あの石段を登って来る人間がいないなあと思っとったんじゃ。

杉に囲まれた道を通り抜けると、志波彦(しはひこ)神社や奉納された馬の厩舎など、神域の広さを実感する。

                           

                  <志波彦神社>                                  <お馬様>

このお馬様が、ブルルブルルと首を左右に振りながら、こちらをじろりと見ておったわい。

なんか、あんなに狭い所に繋がれっぱなしも、可哀想じゃのう。まるで、我々人間を見ているようじゃ。

塩竃神社を後にし、国道45号線を一路松島に向かう。塩竃市を抜け、利府町に入る頃から、なんか良い感じじゃ。

いわゆる表松島に入ったわけじゃ。海面に松を生やした小島が点在し、それりゃ素晴らしい。

しばし眺めを堪能し、45号線から逸れ、松島景観の名所の一つ双観山に向かう。

双観山は松島湾に突き出ており、昔の国道いわゆる旧道沿いの山である。

深い緑の旧道を抜け、展望台に到着。遠く奥松島まで望むことのできる絶景地也。

               

                              <双観山からの眺望>

ここは、穴場でっせ。観光客は、一切無し。展望台には、我が素身のみ。松島の絶景を独り占めじゃ。

双観山を後にし、松島海岸へと向かう。ここらは、いわゆる松島観光の総本山。

なんとまあ、観光客の多いこと。火曜日と言う平日にも関わらず、非常に人が多いのには驚愕した。

まずは、朱色の木橋を渡って雄島に至る。なんとのう、厳粛な感じの島じゃのう。

              

                                      <雄島>

仏教の霊場としての存在した松島の中でも、雄島は、所々に彫られた石仏など色濃くその影響が残っている。

雄島を一周り(と言っても、ほんの数分じゃが)して、名刹瑞巌寺に向かう。

瑞巌寺は、金箔を施された襖絵が見事じゃった。残念ながら、撮影禁止のため写真には収められんかった。

              

                                <国宝・瑞巌寺>

瑞巌寺は、一見の価値ありじゃ。ほんに心静まる思い也。

瑞巌寺を後にし、観光客の人々を掻き分け掻き分け、松島の定番!五大堂に至る。

松島の風景と言えば、五大堂。案の定、多数の人々でごった返していた。

              

                                <重文・五大堂>

小さな朱色の木橋を渡ると、五大明王像を祀ってある単層宝作りの五大堂が、ひっそり(観光客を除く)と鎮座。

ん〜、なんか感慨深いのう。趣深いと言うか、なんて言うかのう。まさに質実剛健じゃ。

さてお次は、自然がたっぷりの名勝福浦島へ。福浦島までは、全長252mの福浦橋を渡る。

おっと、橋渡るのに200円も取るのかよ。仕方あるまい。(これが、後々役に立つ)

福良島は植物の宝庫として学術的に高いそうであるが、わしには一向わからん。

眺めの良い所を求めて島内をうろうろする。どこも良い眺めじゃ。

              

                              <福浦島からの眺望>

はて、そう言えば休憩も無く観光してしもうたが、疲れたのう。ここで一休憩。

ありゃいかん、日も傾き出しておるのに、宿決めとらんわ。ぐずぐずしとらんと、宿探しじゃ。

福良橋を渡り、橋の渡橋料を徴収した券売所兼売店のおばちゃんに、どこに行ったら宿案内があるか聞く。

するとおばちゃん、親切にも臨時宿泊案内所に変身してくれた。

仕事そっちのけで、売店から数軒の宿に電話をしてくれ、空室状態と料金を確認。

わしは、その中から安い宿を選んで、一件落着。ほんに田舎(失礼!)の人は親切じゃのう。

お礼に、思わずソフトクリーム頼んでしまったわい。数分歩いて、本日の宿に到着。ここのおばちゃんも親切じゃ。

早速風呂を頂き、夕食までの時間潰しに表をぶらぶらするかのう。買う気も無いのに土産物屋を覗いたりする。

宿の隣に、宮城県の地酒ばかりを集めた酒屋があった。わしゃ、酒好きじゃけんのう、覗かずにはおれん。

酒を眺めていると、お女中が接近してきて、酒の試飲を薦めてきた。

わしゃ、旅のもんじゃけ、買う気は無いんで悪いと思い断ったんじゃが、遠慮しないでと言うので、即頂いた。

う、うまい。小さな蔵元で全国市場には流通せんらしいが、こりゃ、お見事。

ついつい、薦められるままに3種類も飲ましてもらったわい。そのうち、いつものごとく旅の話になったバイ。

お女中並びに途中から参加したご母堂まで痛く感動してくれて、古酒まで出して来て飲ましてくれた。

都合4種類も美味い酒を飲ましてもらい、岩手の木苺ドリンクちゅう栄養剤までも飲ましてもろうた。

それから更に、旅で使って下さいと綺麗な紋様の入った手拭まで頂いてしもうた。

ほんにほんに、なんちゅう親切な人々じゃろう。この御好意一生忘れ申さず。

お女中並びにご母堂に深く謝辞を述べ、店を出る。

宿に戻っての夕食も豪華じゃった。ほんにこげな宿代で、良いのかのう。余は満足じゃ。

本日は、自然の素晴らしさに触れ、更に人の暖かさに触れられたほんに良い一日じゃった。

今夜は、これらの余韻に浸りつつ熟睡できるじゃろう。皆々様、ありがとうございました。

本日賜った御好意に感謝し、狂歩録第32日目は、終了。


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