日高路快進撃の巻

平成11年6月20日(日) 曇

案の定、朝寝坊し、0720起床。急ぎ出発準備をする。

本日は、様似まで50km超の長丁場を予定しているのに、何たる失態じゃ。

0810出発。こりゃ、今日は様似は無理かもしれんのう・・・いや、行くんじゃ。

しばし浦河国道を南下すると、ここらの牧場では珍しく、馬ちゃんが国道沿いに顔を出しちょった。

時間が無いのに、おもわず道草。(おいおい、そんな事しとる場合じゃなか)

             

                           <草を食む馬ちゃん>

馬は、わしを無視するように(実際無視しとった)一生懸命草を食っとった。

これだけ近くで見ると、馬の身体は非常に締りが良く、無駄な肉が付いとらんのに驚いた。

おっと、こうしちゃおられん。急ぎ歩かにゃ。

ほとんど新冠から浦河辺りまでは、右手に海、左は牧場か海に迫った山の光景が続く。

道程は意外とアップダウンが激しく、足への負担が大きい。これには、参ったのう。

それから、今日は陽も出ず、かなり肌寒い。おそらく気温は、20℃を下回っているじゃろう。

ともかく明るいうちに様似へと、単調な道程が続くが、ものすごい勢いで突き進んだ。

1530頃、浦河の市街にようやく到着。さすがに日高地方の行政の中心地だけあって、今までの所とは違う。

ここで、あまりの寒さのためと、今後の更に寒い道東・道北地域に備え、千円のヤッケを購入する。

こいつは安いが、風は通さんし、おまけに小さく畳める。わしも随分と買い物上手になったもんよのう。

そんなこんなで、様似までは後10km余り。なんとか猛進してきたが、疲れはかなりのものである。

あと僅かな距離じゃが、かなりきつそうじゃのう。

浦河を過ぎてからは牧場の数もかなり減り、山と海に挟まれた道が南へと向かっていた。

ああ、それから浦河を過ぎると国道236号線とは別れ、国道336号線“襟裳国道”となる。

               

                            <幌別川と日高の山並み>

この辺にまで来ると、今まで遠くに霞んでいた日高の山並みが、徐々に海に迫ってくる。

幌別川を渡ると、まもなく様似の町に入る。様似の町に入る前に最後の難関が。

                      

                <カモメの巣>                              <親子岩>

切り立った岩山が目前を塞ぐ。その岩山の中腹には、カモメが巣を作っていた。

また、その岩山から続くように沖には、親子岩と呼ばれる岩が浮かんでいた。

その謂れは、昔、日高のアイヌの酋長が十勝の酋長と戦い、敗れて殺されてしまった。

その妻と子供が、余りの悲しさに海に身を投げたのを神が哀れんで親子三人を岩にしたということじゃ。

最後の難関を突破し、様似の町に入ったのは、ほとんど日も暮れかけた1915。

さてと、宿探しじゃ。電話ボックス電話ボックス。これがまた、田舎で捜すのが一苦労。

やっと見つけて、いざコール。もうこの時間じゃ、夕食なしは当たり前じゃな。やっとこ宿を確保し、一安心。

1930宿着。それにしても、今日はかなり無理をしたため、疲労困憊の極致にきちょる。

しかしこれで、明日のえりも岬への道程は、いくらか楽じゃろう。さてと、さっさと寝るべ。

こうして、狂歩録第44日目の難行は、終了。


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