蝦夷地オホーツク・北進編

禍転じて,福と為すの巻

平成11年6月29日(火) 曇時々雨(午前濃霧) 

0300起床。さすがに最東端の地である、もう既に、外は薄っすらと明るい。

しかし、相変わらずの濃霧で、窓を開けると冷たい空気が全身を襲った。

あらかじめ昨日のうちに準備万端整えていたので、足の手当てだけして、0320出発。

宿のおばちゃんには、昨日のうちに事情を話してあったので、裏口を開けといてもらう。

外は想像以上に寒く、吐く息は完璧に白く、すぐに手がかじかんできた。

濃霧のおかげで、視界は2〜3m程度。まったく、白い雲の中を泳いでいるようじゃ。

赤円先生の地図に従い、根室市役所の脇を通って行く。本当にこの方向で良いんじゃろうか。

しばし歩くと水産工場が出て来たので、方角は間違いあるまい。

港に到着すると、閑散とした岸壁が霧の中に現れた。

それにしても、漁協の裏の岸壁と言うが、濃霧で建物がまったく見えん。地図だけが頼りじゃのう。

時間は、既に0400近い。早く行かにゃならんのう。

ようやく漁協を発見。急いで裏へと回る。安堵感と緊張感が、複雑に混ざった感じじゃ。

何せ顔を見たことどころか、話さえしたことない初対面の漁師さんに会うんじゃからのう。

濃霧の中から、低いエンジン音が聞こえてきた。おう、きっとこれに違いない。

30t位?の船かのう。その船上で、ジャージ姿でこちらに背を向けているおじさんに声を掛けた。

振り向いたおじさんは、パンチパーマをビシッと決めた怖そうなおっちゃんだった。

口早に自己紹介をし、本日お世話になる旨述べ、昨日のうちに買っておいた酒(一升瓶)を差し出した。

パンチおっちゃんは、苦虫を噛み潰したような顔をして言い放った。

「そんな格好で行くのか。雨具は持っていないのか。」

何故か、即座に緊急雨対策始動。雨合羽を装着し、荷物は黒いビニール袋に入れ抱っこすることに。

船に乗り、どうして良いのか分からず立ち竦んでいると、おっちゃんが船室のドアを開けて中に入れと。

船室内は、タタミ4畳位かのう。訳の分からない計器類が所狭しと並んでいた。

またまた船室内に立ち竦んでいると、おっちゃんが、後部の高さ50cm程の板に座れと厳命した。

板は幅が1m程あり、なんとか脇に荷物を置いて、ようやく安住の地を得た。

そのうち、エンジンの音が高くなり、おっちゃんが岸壁からロープを引き上げて、いざ出航。

この濃霧の中、本当に大丈夫なのかのう。しかし、パンチおっちゃんが怖くて聞けんかった。

パンチおっちゃんは異常に無口で、こちらが色々と話し掛けても会話にならんかった。(苦手なタイプじゃ)

前面は、おっちゃんの背中しか見えず、ドアに付いている小さな窓から外を見るが、何も見えず。

聞こえる音は、エンジン音と船に当たる波の音だけ。それから、おっちゃんの操船動作だけ。

船室内は、オイルと魚の臭いが充満し、おまけに寒く、早起きのために寝不足。もちろん朝飯など食っていない。

すぐに気持ち悪くなっていった。なんとか目を瞑って寝ようとするが、無駄だった。

突然、胃が喉から出てくるような激しい衝撃に襲われた。直後に、おもいっきり嘔吐した。

しかし、出て来る物などあるはずもなく、黄ばんだ胃液が、船室内の床を汚した。

おっちゃんは驚いて振り向いたが、仕方がないのうという顔をして、カバンからポットを出し、こちらに渡した。

「中にお茶が入っている。」それだけ言うと、再び前を向いてしまった。

早速、お茶を一杯頂いたが、そんな事でこの状況が改善されるはずもなかった。胃はむかむか、頭は割れそう。

完璧なる船酔い状態に突入した。本当に死んでしまうのかと思うぐらい苦しかった。

どれぐらい時が経ったのかのう。なんとかウトウトし始めた頃、おっちゃんが一言。「あと10分。」

外を見ても(ほとんど見えんが)、それらしい陸地は見えず、相変わらず濃霧が深かった。

何はともあれ、一刻も早くこの船から降りるのが最重要課題じゃ。しかし、このあと10分が永かった。

外は見えんが、おっちゃんの操船動作で、なんとなく到着したのが分かった。

パンチおっちゃんに導かれ船外に。目の前には、薄っすらと羅臼の町が見えた。

とりあえず、おっちゃんに礼を述べ、陸に上がる。頭は、ふらふら。気持ち悪い。

最後に、再びおっちゃんに挨拶しようとすると、おっちゃんは、船室内に姿を消していた。

まあ、ええは。おっちゃんとは、疎遠じゃったんじゃ。(勝手に解釈)

しかし、何はともあれ、ありがとうございました。貴重な体験をさせてもらいました。

(本当に田舎の人は、親切じゃのう。でも、もうちょっと愛想良くして欲しかったというのが実感じゃ)

まずは、一刻も早く休める場所を捜さにゃ。外は、まだ寒いしのう。街中に向かおう。

足の痛みも忘れるほど、ふらふらと歩いていると、羅臼町役場が目に入った。

こりゃ、とりあえず役場の中で身体を休めるべし。入り口付近の椅子に腰を落ち着ける。

どれぐらい時が経ったのか。知らず知らずのうちに眠ってしまい、気が付いたら時計は、1400を過ぎていた。

なんとか、体調は元に戻った。それならば、国道335号線“知床横断道路”を知床峠に向かい前進。

しばらく休んだおかげで、足の方はなんとか大丈夫そうじゃ。羅臼川に沿って、ゆるやかな坂道を登る。

今日は羅臼に宿泊するしかあるまい。峠越えは、時間的に無理じゃ。幾らか峠に近い場所で宿を取ろう。

山上を霧に覆われた山々に向かって歩むことしばし、知床公園自然ビジターセンターちゅう所に入る。

受付で、この先に宿があるか聞く。残念ながら、この先に宿は無かった。無念じゃが、戻るしかあるまい。

それにしても、この中に入って良かったわい。これから進む知床峠の自然の状況など勉強になった。

特に、最近ヒグマの目撃情報が多いので、その対策方法や注意を教わった。

今登ってきた道を再び引き返すことしばし、民宿発見。外にいたおばちゃんに泊まらせてくれと頼む。

おばちゃん快諾し、すぐに部屋に案内される。荷を下ろし、一休憩後、近くの無料露天風呂に向かう。

その名も“熊の湯”。15分ほど歩いて到着。

                   

                        <羅臼川>                            <熊の湯>

羅臼川を渡ると白い湯煙が昇っているのが見えた。おお、皆さん入っちょるのう。

わしも早速全裸になり、湯殿に疲れた身体を沈める。しか〜し、滅茶苦茶熱い。

すぐに飛び出し、身体を冷やして、今度は慣れたのでゆっくりと浸かる。極楽極楽じゃ。

泉質はぬるぬるしていて、お肌がつるつるになった。1時間ばかし湯遊し、宿に戻る。

この宿の夕食が、これまた豪華で、食べ切れないほどの海鮮珍味が所狭しと並んでいた。

一人で食していると、宿のおっちゃんが寂しいだろうと、話し相手(呑み相手)をしてくれた。

そのうち、同宿の人々が来た。おっちゃんは、更に話の輪をその人達にも広げ、わしもその輪の中に入った。

同宿の人は、ライダーのようじゃ。3人で、ご夫婦と男性1人。

まあ、いつも通り歩いていることを話し、その話題で話が盛り上がった。

どうも話しているうちに、男性が元レーサーで浜松で会社を経営、おまけに苗字が平(たいら)。

もしかしたらもしかして、興奮する頭の中を整理して尋ねてみた。

「失礼ですが、平忠彦さんじゃないでしょうか。」・・・その通りじゃった!

信じられるかい。あの80年代を代表するグランプリレーサー平忠彦さんが、わしの横に居るんじゃ。

500ccクラスで全日本チャンプ数回、チームマルボロヤマハで世界GPに参戦までした、あの英雄が。

高校時代、バイク少年だったわしにとっては、神のような存在じゃ。おお、感激じゃ。

平さんは、ファンクラブ員のS夫妻と北海道ツーリングの途中。まさかこんな所で、お会いできるとは。

今日は、胃液吐いてまで、羅臼に来て大正解じゃッた。

無我夢中で話しをした。感激じゃ。更に平さんから冷酒まで注いで頂き、更に感激じゃ。

夕食が終わり,興奮覚めやらぬところで、更に凄いことが・・・

なんと、平さんの部屋で呑もうということになったんじゃ。大感激で、もう頭の中真っ白じゃ。

S夫妻と共に、いざ平さんの部屋に。

さらに色々な話をし、旅の途中で浜松に寄る時は、ご自宅に招待して下さるとのこと。ウオー、感激じゃ。

しかし、まだまだこんなことで驚いちゃいられん、更に更に凄いことが・・・・

平さんのメールアドレス入りの名刺を頂き、プラス困った時に連絡しなさいと携帯の番号まで書いてくださった。

オリャー、どうなっとるんじゃ。歩き始めて、こんなに嬉しく興奮したのは初めてじゃ。

しかし、平さんの攻撃は、こんなもんで終わらなっかった。

わしの身体の事を心配して下さり、外用消炎鎮痛液にサインまで入れて下さり、更に栄養剤まで下された。

我がPCの上蓋にサインを一筆頂き、宿の情報誌にサイン入りでこれまた頂戴。

タバコまで、頂いてしまった。(マルボロじゃなくて、ラークじゃった)

更に更に最後のトドメは、平さんが着ていたデニムのシャツを拝領してしもうたことじゃ。

      <拝領の品々> 

今の今まで平さんが羽織っていたシャツを・・・わしゃ、もう、大感激で意識が朦朧としてきた。

こりゃ、今晩は興奮して眠れそうにないのう。楽しい一時は、留まることなく続いた。

しかし、夜は更け、遂にお開きの時が来た。平さんとS夫妻に丁重に礼を述べ、我が部屋に戻る。

部屋に戻るなり、すぐに平さんの名刺のデータをPCに打ち込む。万が一の事を考え、紙にも書いて隠した。

ああ本日は、前半は苦悩じゃったが、後半は我が人生最良の日となった。

ウオリャー、今夜はねむれんぜ。(・・・しかし、すぐに熟睡してしまった)

こうして、狂歩録第53日目は、苦楽混濁して終了した。 


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