日本最北端の地、宗谷岬制覇の巻

平成11年7月7日(水) 曇のち晴れ(午前霧)

0530起床。遂に日本最北端の地、宗谷岬に向け出撃じゃ。0610出発。

外は天気予報に反して、曇プラス霧じゃ。気温は、10℃位かのう。寒いわ。

国道238号線を一路北に向かう。霧の中に突入じゃ。

             

             <宗谷岬への道>

オホーツク海の海岸に沿って進むが、霧は一向に晴れる様子はない。

ん〜、このまま行けば、宗谷岬も納沙布岬同様、濃霧で何も見えんな。

濃霧の中を進んで行くと、突然山地に突入。かなりきついアップダウンが1時間ほど続いた。

山の中も当然霧が激しく、場所によっては、前方の道が消えてしまうような場所もあった。

      <峰岡付近> 

両側は、深い木々に覆われ、シカの姿を何度も目撃した。もしかしたら、ヒグマもいるかもしれん。

念のためにラジオをつけたが、電波状態が悪くビービーとしか言わない。こりゃ、1曲行くべか。

何曲か歌っているうちに、突然霧が晴れ広大な風景が現れた。

             

               <宗谷丘陵>

ここだけは、なぜか天気が良く、且つ暖かかった。不思議な場所じゃ。

しばし歩み、丘陵地帯を抜け海岸沿いに戻ると、再び霧に覆われた。冷たい光景じゃ。

             

             <霧のオホーツク海>

霧のオホーツク海を右手に歩み、大岬の市街に入った頃から、日本最北端の〜〜という看板が目に付き出した。

実感が湧いてきた。さらに街中を進むと、突如開けた場所が。1240遂に日本最北端の地、宗谷岬到着。

       

岬は、観光客で混雑していた。記念撮影も、ちゃんと順番待ちをした後じゃ。

おかげで、順番待ちしている間に、5組合計14人分の撮影係になってしもうた。(人間の図々しさとは、凄い)

岬付近の霧は晴れていたが、海上は厚い雲に覆われて、樺太を我が目で確認する事は不可能じゃった。

どこの岬もそうじゃが、ここもやっぱり殺風景じゃのう。

おっと、樺太を含む北方海域を探検した冒険家間宮林蔵の像が、遠く樺太の方向を凝視していた。

              

               <間宮林蔵立像>

しばしの滞在後、岬に別れを告げ、稚内市内へ向かう。ここからは、あとわずか20km余。

これで、オホーツク海ともお別れじゃ。オホーツク北進は、随分と苦労したのう。特に、霧と寒さには参ったのう。

さらば、オホーツクよ。素晴らしい思い出をありがとう。

宗谷湾に沿って歩んで行くと、先程までの霧と寒さが嘘のような穏やかな気候に変化した。

いや、穏やかと言うより暑かった。しかし、風は爽やか。シャツの腕をまくれば、快適な歩みとなった。

しばし歩むと、稚内市街のある野寒布岬が見えてきた。その背後には、うっすらと利尻富士が見えた。

雲がなければ、更に鮮明に見えたのにのう。残念じゃ。

              

                <野寒布岬>

稚内市街も射程圏内じゃ。稚内空港脇の長い直線を通り、なんとか国道40号線に到着。

これで、稚内市街に入ったわけじゃ。早速、本日の宿の手配に。

ところが、いつもならすんなりいく宿手配が、今日に限って難渋した。どこも、いっぱいじゃ。

こりゃ、困ったのう。まさか稚内に到着して宿無しとは。

最後の力を振り絞って、JR稚内駅に向かう。駅に行けば、必ず観光案内所があるはずじゃ。そこで、頼もう。

稚内駅に着いたが、特別の案内所はない。駅自体が、案内業務を兼務してるようじゃ。

早速、宿の手配を頼んだが、中々芳しくない。7月に入り、観光客が増えてきたようじゃ。

事情を話し、なんとかお願いしますと言うと、駅員殿は困惑したが、奥から駅長殿が現れ事態は一変した。

駅長殿は、「最悪、布団部屋でも、良いんだろう。」と、前置きした後、即座に宿を確保してくれた。

駅で宿泊料を払い(なぜここで、金払うのかのう)、宿に向かう。おっと、駅長殿に感謝。

1900宿着。まさか本当に布団部屋じゃねーだろうな。部屋に案内され、ちょっと狭いが普通の部屋じゃ。

もちろんこの時間じゃ、夕食は出してもらえん。今夜の食事は、コンビニ弁当。

とりあえずは、屋根のある所で眠れる事に、感謝・感謝。

今後益々、蝦夷地は観光客が増えてくるじゃろう。こりゃ、本当に気合を入れて、早く脱出せにゃならんのう。

本日は、遂に最北端の地を制覇。これからは、南の沖縄に向けて進撃じゃ。いったい、いつになるかのう。

こうして、狂歩録第61日目並びに蝦夷地オホーツク北進編は、終了。


狂歩録第1章目次  お次へ