蝦夷地日本海・南進編

オロロンラインと夏祭りの巻

平成11年7月8日(木) 晴れ時々曇

0600、日本最北端の地で目覚める。本日からは、日本海に沿って南下する。

天気は、晴れ。快晴とは言えんが、爽やかな朝じゃのう。宿のおばちゃんに礼を述べ、0630出発。

早速、コンビニを発見して、朝食と食料を調達する。

地図で見ると、稚内から天塩までの道道106号線“日本海オロロライン”は、海と原野に挟まれた1本道。

こりゃ、途中での食料調達は難しそうじゃ。

稚内市街を抜けると、そこはもう無人の野を行くが如し。日本海に出会うと、遠くに利尻富士が霞んで見えた。

              

                            <こんにちは、日本海>

日本海とは、これから長い付き合いが始まる。この海を伝って、九州まで進撃じゃ。

しばし歩むと、左手に原野を切り開いたように牧草地が広がっていた。まるで北欧の一角のようじゃ。

              

                                  <牧草ロール>

牧草を刈り、それを丸める作業が盛んに行われていた。各地でこの光景を見たが、なぜ丸めるのかのう。

近くで作業をしている人に話を聞いてみた。

歳は、わしと変わらんかのう。真っ黒に日に焼けながらトラクターを操作していた。

まずは、なぜ草を丸めるのか聞いた。答えは、簡単!冬場に保存させるのに場所を取らないため。(それだけか)

次に、なんでこのような気象条件の厳しい所で、牧場を営んでいるのか?

彼のおやじさんが酪農を行おうとした時に、まだ未開発だったこの地域が、とても良い条件で受け入れてくれた。

おやじさんは、秋田から移ったそうじゃ。そりゃ、最初は筆舌に尽くしがたい苦労があったそうじゃ。

仕事の手を休めて説明してくれた若旦那に丁重に礼を述べ、再び歩を進める。

一直線の道は、先が陽炎で見えなくなるほど続いていた。そして、車の通りもほとんどない。

             

                             <オロロンライン>

それにしても、“オロロン”ってなんじゃろう。アイヌの言葉かな。あとで、誰かに聞いてみよう。

延々と続く直線に辟易しながらも、天気は晴れ、そして、風は海風で爽やか。汗をかいても、すぐに乾いてくれる。

そして、沿道にはタンポポが、その鮮やかな黄色を競い合って咲いていた。

             

                              <タンポポライン>

内地(蝦夷地の人は、皆こう言う)よりも、かなりおそい春って感じじゃのう。それにしても、綺麗じゃ。

右手に日本海、左手に原野を望みながら歩むことしばし、北緯45度を通過した。

             

                                <北緯45度>

そういえば、反対側のオホーツク海にはなかったのう。それから、岩手で確か北緯40度を通過したなあ。

もはや、遥か遠い思い出になっちまった。感傷に浸りながら歩を進めるが、一向に終点が見えてこん。

こりゃ、日のあるうちに目的地の天塩に到着できるかのう。多少不安になったが、なんとかなるじゃろう。

さすがに北の地である。日が長い。1600を過ぎても、太陽は燦燦と輝いていた。

突然、前方に人影が。久し振りの人影じゃ。接近すると、なんと道路脇の雑草を刈っている人々だった。

なんでこんな所で草刈っちょるんじゃろう。しかし、おっちゃん達も突然の闖入者に驚いていた。

休憩がてら荷を降ろし、おっちゃん達と話し始める。いつもの通り、歩いている事を話したら驚いていた。

それから、今日は天塩まで行きたいと言うと、まだ大分あるらしい。

もうすぐ仕事が終わるから、待ってれば乗せて行ってやると言ってくれた。

その中の一人のおっちゃんは、今日から羽幌(はぼろ)で祭りがあるから、いっしょに行こうと誘ってくれた。

羽幌がどこにあるか分からんかったが、日本海沿いにあるのを確認し、しばし思案した。

せっかくじゃから、短い夏を楽しむ蝦夷地の夏祭りをこの身で体験するのも良かろう。

おっちゃん達に、それじゃお願いしますと告げ、待っているのもなんだから、先に進むことにした。

ようやく弱くなりだした日を浴びながら、これからは、西に沈むお天道様が拝めるなと楽しみになった。

             

                           <日本海に沈む夕日>

しばし歩むと、後ろからクラクションの音が聞こえた。さっきのおっちゃん達がやって来た。

2台のうち、羽幌の祭りに行くおっちゃんの車に乗り込む。ところで、今夜のお宿はどうするんじゃ。

おっちゃんにその旨話すと、おっちゃんは羽幌在住で、知り合いの旅館を紹介してくれるそうじゃ。

これで、最大の問題点は解決した。おっちゃんの車で、かなりの時間快走してしまった。

おいおい、こりゃ、行き過ぎだぜ。まずいのう。急いで地図で羽幌を探す。(まずは、羽幌と言う漢字から)

天塩からかなり南にその地はあった。あちゃ〜、いかん。だいぶズルしてしもうた。

今更、降りるわけにもいかず、仕方なく諦め、おっちゃんに“オロロン”の意味を聞いた。

おっちゃんは、ごく当たり前のように、そりゃ、鳥の事だと教えてくれた。

羽幌の沖に浮かぶ天売島に生息するペンギンに似た鳥のことらしい。ぜひとも見てみたいもんじゃ。

そんなこんなで、1900過ぎに羽幌市街に到着。街中は、祭りの雰囲気が充満していた。

おっちゃんに宿まで運んでもらい、おっちゃんが宿の人に話をして、一件落着。おっちゃんに礼を述べる。

おっちゃんは、なんかそわそわしていて、わしの身を宿に預けると、さっさと去ってしまった。

よっぽど、祭りが楽しみなのじゃろう。それにしても、一人で祭り見物か。おっちゃんの案内付きかと勘違いしとった。

とりあえず、荷物を置く。夕食は、宿のおばちゃんが、一人分ぐらい出来ると用意してくれた。即座に食す。

夕食後、町に出てみる。人々は、まだ残照の残る中を楽しげに歩いていた。

今夜は、宵宮じゃ、明日の本祭りの前夜祭。様々の露天が軒を連ねる通りを歩いてみる。

        <露天> 

そこには、懐かしい風景が広がっていた。金魚すくい、射的、水飴などなど、子供の頃、楽しみにしていた風景が。

しばし、このノスタルジックな光景と一体化した。ん〜、本当に懐かしいのう。

1時間ほどぶらぶらしたあと、宿に戻る途中で、子供神輿発見。

             

                                 <お神輿>

夜番をしているおっちゃんに話しを聞く。羽幌神社の大祭は、本神輿のほかに、子供神輿が3体。(町内ごと)

そして、女子衆の神輿が一体。それ以外に、太鼓だの、踊りなどの山車が出るそうじゃ。

明日の本祭りは、0900頃から始まるので、それを見学しよう。宿に戻っても、遠くに祭りのざわめきが聞こえてた。

こうして、狂歩録第62日目は、ノスタルジックに浸りながら終了。


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