平成11年7月22日(木) 晴れ
0640起床。ありゃ〜、寝坊してしもうた。いかん。速攻で出撃準備をする。
宿で、実家に送還する荷を頼み、0800出発。外に出て、いきなりの暑さに愕然とする。
昨日より、更に暑いじゃね〜か。こりゃ、気合入れんといかんのう。
朝寝坊のおかげで、弘前城見学を諦める。城好きのわしにとっては断腸の思いじゃが、致し方ない。反省じゃ。
しばし旧道を通り、国道7号線に到達する頃は、既に全身汗まみれ。水分補充を頻繁にせんとのう。
本日は暑さの為、休憩の時間を多くとるが、身体はかなりだるい。徐々にではあるが、休憩時間も長くなってきた。
津軽平野を進むが、残念ながら津軽富士と言われる岩木山は雲に覆われ、その美しい全容は望めなかった。

<岩木山> <白神山地>
しかし、世界文化遺産の白神山地の端は、なんとか眺めることはできた。確かに緑が深そうじゃのう。
遅々とした歩みで進む。なんとか大鰐に到着するも、盆地なので無風状態。暑さは、最高潮に達した。
救いは、多少雲が出てきて、時にはお天道様を隠してくれる事じゃ。雲さんに感謝じゃ。
今日は、どこまで行けるかのう。この調子じゃ、大して進めんのう。
それでもなんとか、秋田との県境の碇ヶ関に到着。時刻は、1430。まだまだ、進める時間じゃ。
しかし、この先にお宿はあるかのう。観光案内所なんて無い田舎町ゆえ、図々しいが交番に乱入した。
ここのお巡りさんが親切な人で、いろいろ教えてくれ、この先の宿の電話番号まで104で調べてくれた。
更に、アイスコーヒーまで飲ましてもらう。いくら暇とは言え(失礼)、ありがたい事じゃ。
宿は、県境を越えた場所にあるらしい。ここからは、あと6km余。あっという間に行けるのう。
お巡りさんに礼を述べ、出発。外は、相変わらずの暑さじゃ。1525時点の気温は、31.6℃。(船岡にて)
こりゃ、本当にたまらんわ。まだまだ酷暑が続くが、まもなく、津軽藩の南の関門碇ヶ関関所跡に到着。
<碇ヶ関関所跡>
津軽藩が設けた関所で、その厳しさは箱根の関以上であったと言われた。木陰が多いので、この地で休憩す。
関所跡から矢立峠はわずかじゃ。そんじゃ、もう一踏ん張り行くかい。
矢立峠は、峠と言ってもたいしたもんじゃなかった。そして、1637遂に秋田県入境。
<秋田県入境>
県境の気温計は、28℃を表示していた。まだ十分暑いが、それでも日が傾いて日陰ができたので楽じゃ。
秋田県に入境したら、すぐに宿はあった。荷を降ろして、即座に溜まった洗濯物を片付ける。
と言っても、洗濯機ではない。全て手揉み洗いじゃ。洗面台でゴシゴシ擦り、絞っていたら手の皮が剥けた。
嫌になるのう。足裏の皮じゃなくて、手の皮が洗濯で剥けるとは、なんとも情けない限りじゃ。
洗濯を終え、大浴場に向かう。ここは、温泉宿じゃ。久し振りの温泉で、ゆっくりと浸かろう。
温泉に浸かって、極楽極楽。ああ、皮の剥けた手が痛いのう。しかし、なにはともあれ温泉は最高じゃ。
本日の暑さは、酷暑を通り越して激暑じゃったのう。こりゃ、暑さ対策を真剣に考えんといかんわ。
ところが、明日は雨らしい。ああ、もう降り出しちょるな。雨は嫌じゃ。一刻も早く、梅雨明けんかのう。
そう言えば、矢立峠越えたら津軽路は終わってしもうた。明日からは、出羽路踏破になるのう。
こうして、狂歩録第76日目並びに本土復活・津軽路編は、終了。