瀬戸内渡海・四国再上陸の巻

平成12年3月3日(金) 晴れ

0700起床。どうしてなんじゃろう。昼間はあれほど暖かいのに、明け方は、まだまだ寒いのう。

出発準備をさっさと済ませ、0800出発。昨日のうちに発見しておいた新倉敷駅前のグレ電に侵入開始。

昨夜、苦労の末に完成させたデータをアップする。かなり溜まっていたので、かなりの時間を浪費した。

データのアップを終わらせ進撃を開始しはじめたのが、0825。結局、20分近く掛かってしまったわい。

駅前から県道54号線で国道2号線玉島バイパスを横切り、高梁川に掛かる霞橋に到着。

その橋は交通量が多く、且歩道が無かった。こいつは、えらい事になったのうと思いきや、すぐ隣に旧霞橋を発見。

            <新霞橋>   <旧霞橋>

こちらの橋は、今は自転車歩行者専用道になっていて、安心して通る事が出来る。助かったわい。

早速、新霞橋を無視して旧霞橋の渡橋にかかる。橋上は風も冷たく、あっという間に手がかじかんだ。

            <旧霞橋>   <高梁川>

橋上から見る高梁川は、春霞のような靄に包まれていた。こりゃ、本日一日が暖かくなる予兆かのう。

何の危険な目にも会わず無事に橋を渡り終えて、県道428号線に入って水島に向かって進撃する。

そう、あの有名な水島コンビナート地帯の脇を通る428号線は、住宅街のど真ん中を縦断している。

住宅街の所々から、南の方向には白い煙を吐く煙突が見えた。

428号線をしばし歩み、国道430号線に至る。その2車線の道路には、大型トラックが頻繁に走り抜けていた。

そうして、430号線を歩んでいくと、嫌が上にもその巨大なコンビナート地帯が目に飛び込んでくる。

                    

                              <水島コンビナート>

今日の春霞のせいなのか、それとも吐き出される白煙のせいなのかわからんが、その上空は霞んでいた。

そんなコンビナート地帯を右手に見ながら、しばし歩んで行く。本日、昨日に引き続き天候温暖也。

陽春の道程は、430号線が大きく左に曲がり、ここでコンビナート地帯と別れて山間部に突入する。

この山中を突破すれば、四国への渡海場下津井港に至る事が出来る。

そして、430号線から県道21号線に入って山中をしばし歩むと、まずは眼下に児島の市街が現れた。

            <児島市街>   <瀬戸大橋>

続いて、遥か彼方には、瀬戸大橋の橋影が姿を現わし出した。やっとこ、瀬戸大橋の姿を捕捉できたわい。

しかし、それらの光景は、すぐに山影に隠れてしまった。あとは、坂道を下って下津井港に向かうだけじゃ。

緩やかな道を下って、1315下津井港に到着。

ここ下津井港から瀬戸大橋に並行した航路で途中にある本島(ほんじま)を経由して、四国の丸亀まで向かう。

まずは、高速船“ブルーオーシャン号”で本島に渡る。1325、小さなボートに乗船す。

       <ブルーオーシャン号>   <下津井港>

そして、1340下津井港出港。船は、ゆっくりと港を出て行った。

この快晴ならば、きっと瀬戸大橋の見事な姿を堪能できるじゃろう、と考えたのは甘かった。

すぐに船は高速で走りだし、吹き上がった水飛沫が窓に叩き付けられた。こりゃ、せっかくの景観が台無しじゃ。

                   

                           <ずぶ濡れの瀬戸大橋>

こいつは、船内からの瀬戸大橋観賞は諦めるしかあるまいのう。そして、15分ほどで本島到着。

1355本島上陸。そして、香川県入境。本島に上陸したのはええが、丸亀行きの船は、1625発。

2時間30分もの時間を、この小さな島でどうやって過ごそうかのう。

とりあえず、船着場の前にある巨大な島内案内板の地図を見てみる。フムフム、東の浜に行ってみるかのう。

そこまで行けば、目の前に瀬戸大橋の壮大な勇姿が眺められるはずじゃ。

即座に、本島東岸の新在家海岸に向けて進撃開始。長閑な島内を通って行くと、まずは、塩飽勤番所跡に至る。

              <塩飽勤番所跡> 

勤番所は、塩飽諸島の行政を司った中心地。残念ながら、その門は固く閉ざされ、内部の見学は不可能也。

操船技術に抜きん出ていた塩飽の人々は、豊臣秀吉から領土を安堵されて以来、幕末まで塩飽を支配した。

幕末に咸臨丸が米国に渡った際には、塩飽の人々が選ばれて船を操った。

塩飽勤番所跡の見学を出来ず残念じゃったが、気を取り直して東の海岸を目指す。

狭い島じゃ、あっという間に新在家海岸に到着すると、目の前には、なんの障壁も無い瀬戸大橋の姿が。

                 

                             <瀬戸大橋>

                   

本土(左)側から、下津井大橋・櫃石島橋・岩黒島橋・与島橋、そして、緑に包まれた与島。

(残念ながら、瀬戸大橋の資料入手が出来ておらず、各橋の橋長などの詳細は不明)

青い空と海に浮かぶ一直線に延びる白いライン。しまなみ海道の橋々とは、一味違う迫力じゃのう。

しばし、この景観を楽しみ、美しい新在家海岸に別れを告げ、船着場に戻ることにする。

                         <新在家海岸>

船着場に戻ったが、まだまだ時間がたっぷりとある。陽気もええし、表でのんびり日向ぼっこでもするかのう。

靴を脱いで足を伸ばしてベンチに横たわると、心地良い眠気に襲われた。お天道様の陽射しも、ちょうどええわ。

どれくらいうたた寝したんじゃろう。そろそろ吹く風が冷たいと感じ始めて、目を覚ます。時刻は、1550。

ああ、随分と眠ったもんじゃ。そろそろ、船も入ってくるじゃろう。缶コーヒーでも飲んで待つ事にするかい。

そうこうするうちに、丸亀からフェリーが到着した。今度のは、外の景色がゆっくり見れそうじゃ。

          <まるがめ号>   <本島港>

1615乗船し、定刻通り、1625本島港出港。わずかな滞在じゃったが、見事な景観を拝ませてもらい、感謝。

フェリーはゆっくりと進み、本島からは捉え切れなかった残りの橋々を確実に捕捉させてくれた。

                  

         <北側の橋々>         <北備讃瀬戸大橋>         <南備讃瀬戸大橋>

海岸から見た北側の橋々と、与島を挟んで南側にある北備讃瀬戸大橋・南備讃瀬戸大橋。

これで、瀬戸大橋全橋を全て観賞完了。予想以上に寒くなりだした船外作業を切り上げ船内に退避す。

そして、船内退避も束の間、30分ほどで丸亀港に入港し、1657四国再上陸。

                         <丸亀港>

フェリーターミナルの電話で宿を手配し、宿に向かう。それにしても、上空には雲が増えだしたのう。

明日の天気が心配じゃ。宿に着いたら、まずは、天気予報を確認することにするベ。

そんな事を考えながら、JR丸亀駅構内を抜けて、1725宿着。

宿到着後に、TVで天気予報を見て、明日は久方ぶりに雨に出会う事を確認す。

まあ、明日は金刀毘羅参りをする予定なので、琴平まで20km余の短い道程じゃ。なんとかなるじゃろう。

風呂・夕食後は、再びHP作りに専念する。明日の軟道程の事を考えると、今夜は多少遅くなっても大丈夫じゃ。

なんとか、今までの遅れを取り戻して、一刻も早く追い付きたいもんじゃ。

一心不乱にPCに向かっていたが、気晴らしに窓を開けて見ると、そこには、ライトアップされた丸亀城があった。

                        <丸亀城>

なして城は、こうも美しいもんなんじゃろう。この光景ですっかり気を充溢させて、最後の仕上げに掛かる。

そして、なんとか本日までのデータをまとめ上げたのは、日付の変わった深夜、0115。

これで、明日にでもデータをアップすれば、追い付いたことになるわい。これで、一安心。

明日は踏破距離も短いので、久し振りにゆっくりと起きることにする。それにしても、あすの天候がのう。

まあ、天候のことを気にしても仕方ないわい。なにはともあれ、寝ることにしよう。0130就寝。

こうして、四国再上陸を果たした、狂歩録第2章第54日目は、終了。


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