雨のこんぴら参りの巻

平成12年3月4日(土) 雨

0800起床。いつもよりゆっくりとした朝を向かえる。ゆっくりするのはええが、外は猛烈な雨模様じゃ。

こりゃ、久し振りの完全雨対策始動じゃ。慎重に荷をまとめ上げ、出発準備完了。

ところが、出発準備を整えている間に、だいぶ雨が小降りになってきた。好機到来じゃ。

これなら完全雨装備ではなく、軽度雨対策で傘を使用すれば、なんとか凌げるじゃろう。

ザックにカバーを掛け、雨中に向かって、0900出発。商店街のアーケード内を抜けて県道33号線に入る。

そして、暖かい小雨の中を讃岐平野を一路南下し、こんぴらさんの町琴平を目指す。

33号線から国道11号線に入る頃には、雨模様はほとんど傘の必要が無いほどの小康状態となった。

善通寺市に入って11号線から国道319号線を進み、1200には、琴平の市街地に突入する。

さてと、この重たい荷を背負ったままでは、こんぴらさんのあの階段はきついじゃろう。

少し早いが宿を確保してしまって、荷だけでも預かってもらうことにするかのう。

JR琴平駅に向かう途中で観光案内所を発見。早速、宿の手配を依頼し、荷を預かってもらえるかを確認する。

宿の確保と荷の預かりは、なんの問題も無く解決し、琴平の市街を通って宿着。

宿にて荷を預かってもらい、さてと、こんぴら参りに向け、いざ、出陣じゃ。

土産物屋が立ち並ぶ賑やかな参道に入り、総数1368段(奥社まで)の石段を登り始める。

                  

                            <金刀比羅宮参道>

徐々に勾配を険しくする石段は、登っても登っても延々と土産物屋が両脇を囲んでいた。

土曜日のわりには、雨のせいか人影は少ない。また、雨のおかげで石段は滑りやすくなっている。

そんな土産物屋に囲まれた賑やかな石段にも終わりが近付いてきた。

           <一ノ坂と大門>   <大門>

急勾配の一ノ坂を登って、二層入母屋造・瓦葺の豪壮な大門に至る。大門からは、金刀比羅宮の神域となる。

大門をくぐり抜けて神域に入ると、一時的に石段は姿を消し、報賽の石燈籠や玉垣が無数に建ち並んでいた。

        <石燈籠・玉垣の参道>   <重文・旭社>

そして、小雨が降り出した中、再び石段を登って行くと、壮大な社殿、旭社(あさひのやしろ)が現れた。

天保8年(1837年)建立の旭社は、金毘羅大権現時代の金堂であった。

二層入母屋造・銅瓦葺の豪壮な建物は、完成までに40数年の歳月を要したと言われている。

旭社をあとにし、さらに石段を登って行くと、象頭山の中腹にある御本宮辺りが霧に包まれているのが見えだした。

あと一息じゃ。今まで以上にさらに急勾配となった石段を登りつめ、御本宮に到着。石段は、ここまでで785段也。

多少息が上がったため深呼吸をして息を整え、早速、神妙に手を合わせ道中安全を祈願する。

御本宮には大物主神と崇徳天皇を合わせて祀り、特に海の守護神として、全国の人々の尊崇を集めている。

              <御本宮>   <絵馬堂>

霧に包まれた御本宮は、大社関棟造・檜皮葺の荘厳な社殿である。

そして、御本宮の広前の南端には、南北二棟の絵馬堂が静かに建っていた。

絵馬堂には、海難を逃れたお礼の絵馬をはじめ、様々な大小色とりどりの絵馬が所狭しと掲げられている。

特に海事関係のものが多く掛けられており、こんぴらさんが、海の神様としての地位を確立しているのがわかる。

さて、一般参拝客が足を踏み入れない奥社に向けて進撃を開始するかのう。

奥社への参道に向かう前に、晴れた日には遠く瀬戸内海まで望むことの出来る展望台から下界を眺める。

         <下界の眺め>   <奥社参道入口>

霧に包まれた下界は、瀬戸内海どころか琴平の町さえも見えない、まったく五里霧中の状態じゃった。

下界の観賞を終えて、象頭山の山頂近くにある奥社に向かって、残り583段の石段を登り始める。

鬱蒼とした木々と霧に包まれた参道を歩んで行くと、参道の途中には、様々な御社が点在していた。

           

     <常磐神社>         <奥社参道>          <白峰神社>         <菅原神社>

まず最初に、八幡様を祀る常磐神社に至る。この頃、雨は止んでいたが、徐々に霧が深くなっていった。

常磐神社を過ぎると、参道はいよいよ深い霧に覆われ、急勾配の石段へと変化していった。

そして、保元の乱によって讃岐(香川)に配流され、この地で没した崇徳天皇(上皇)を祀った白峰神社に到着。

深い霧の中、その朱色の社殿が静寂の中に鎮座していた。白峰神社から菅原神社に至り、あとは、奥社のみ。

                

さて、もう一踏ん張り気合を入れて、霧中の石段を登って行こうかのう。

そうして、最後の石段を登って行くと、霧の彼方に朱色の奥社がその姿を霞ませながらも現れた。

                  

        <奥社への石段>            <奥社>             <天狗面>

金刀比羅宮の奥社、厳魂(いずたま)神社は、1368段の石段を制覇して、初めて手を合わせることが出来る。

静寂の中、息を整え、道中安全を祈願する。ここまで来ると、霧のため視界は10m程度。

奥社の西側にある険しい断崖の、その岩壁には荒々しい表情の天狗面が掲げられているはずじゃ。

その昔、象頭山が修験道の地であったことの面影を留めるものじゃが、霧が深い為、天狗面ははっきり見えず。

さあ、奥社参詣を終えたので、あとは登り続けてきた石段1368段を今度は下るのみじゃ。

再び、霧深い参道から御本宮・旭社・大門を通って下界へと戻る。これにて、こんぴら参りは、終了。

                     <金刀比羅宮参道>

下界へと戻る途中から小雨となり、参道はすっかり人影が消えて、寂しい門前参道となっていた。

その寂しい参道を離れ、琴平町探訪を開始する。まずは、昭和7年に建造された木造日本建築の琴平町公会堂。

                      <琴平町公会堂>

かなりデカイ木造建造物で、美しい庭園を前にした見事なものである。

公会堂からすぐ近くには、江戸中期から続く、現存する日本最古の芝居小屋、旧金毘羅大芝居に至る。

       <重文・旧金毘羅大芝居「金丸座」> 

天保6年(1835年)に建立され、現在も人気歌舞伎役者による盛大な公演が毎年挙行されている。

劇場内に入ると、そこは江戸期の芝居小屋の様式を色濃くとどめているのがわかる。

         <花道と舞台>   <1階・平場枡席>

思ったよりも小さいのう。これならば、舞台で演じる役者とそれを見る観客が一体化できるんじゃなかろうか。

公演が無いため、舞台に上がるのはもちろん、舞台裏や舞台下の仕掛けなどを見学することが出来た。

そして、2階に上がってみると、そこは、やっぱり特等席じゃった。

                 

        <2階席から>             <天井>               <西桟敷>

2階の正面席からは舞台を一望でき、ここから観劇すれば、さぞや面白いじゃろうのう。

さてと、劇場内を楽しんだあとは、小雨の降りしきる中を琴平町探訪を続ける。

金倉川に沿った道程を進んで、琴電琴平駅の脇に聳える北神苑内の高燈籠に到着す。

高燈籠は、高さ27,6mの日本一を誇る。江戸期には、こんぴら参りをする人々の目印となっていた。

         <高燈籠>    <並び燈籠>

そして、高燈籠から参道を横切り、並び燈籠と呼ばれる燈籠が続いている道程を南に向かう。

琴平の街中を抜けて、金倉川に掛かる珍しい木造のアーチ橋を発見する。

           <鞘橋> 

銅葺・唐破風の屋根を持つ、橋長23m、幅4,5mの鞘橋。全国でも珍しい橋柱の無い浮橋。

現在は、金刀比羅宮の御大祭の時にだけ使用されている。この鞘橋にて琴平探訪は、終了。

1600宿に戻る。さて、今日も時間に随分と余裕が出来たのう。

ゆっくりと風呂に浸かり、一日の疲れを取る。丸亀から琴平までは楽勝じゃったが、こんぴらさんの石段がのう。

風呂後は、夕食を摂って、雑務の整理を行ない、明日からの四国山地突破に備えて、2400には寝に就く。

こうして、無事にこんぴら参りを果たした、狂歩録第2章第55日目並びに四国・瀬戸内・縦断編は、終了す。


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