四国山地・突破編

阿波別街道・峻険、猪ノ鼻峠越えの巻

平成12年3月5日(日) 曇のち晴れ

0700起床。随分と暖かい朝を向かえる。季節が確実に春に近付いているのを感じたわい。

さっさと出発準備を整え、朝食後、0815出発す。天気は、霧がかった曇空。

本日からは四国の山地に突入し、太平洋岸の土佐の高知に向けての難道程が始まる。気合の入れ直しじゃ。

まずは、讃岐(香川)と阿波(徳島)を遮る讃岐山脈を突破し、続いて四国山地に突入し、土佐(高知)に向かう。

まだ眠りから完全には醒めていない琴平市街を抜け、金倉川に沿って南下を開始する。

             <金倉川と鞘橋> 

昨日訪れた鞘橋の脇を通り抜け琴平町と別れて、まもなく国道32号線通称“阿波別街道”に至る。

(阿波別街道とは、高松〜徳島間の阿波街道に対し、高松〜池田間の街道の別称)

32号線に入ると、目前には、これから突入する霧に包まれた讃岐山脈の山々が行く手を遮っていた。

                        <財田町・買田付近>

しばらくの間、道程は、平坦な田園地帯を進む。しかし、その険しい山並みだけは、確実に近付いて来る。

陽気はとても暖かく、早くも春がやって来たのかと勘違いするほどじゃ。快適な歩みじゃが、若干汗ばんでくる。

財田町の戸川にある道の駅で小休止後、いよいよ道程は本格的な峠道に突入していった。

今まであった歩道は姿を消し、急勾配の道がくねくねと曲りくねりながら、峻険、猪ノ鼻峠に向かって行く。

                    

           <峠への道>            <三段道路>            <渓流>

しばし緩やかな峠道を登って行ったが、三段道路(勝手に命名)に至ると、車でさえ根を上げる急坂に変化した。

その脇には、濃碧色の細い渓流が白爆を立てながら下流へと流れていた。

急坂を息を弾ませながら登っていくと、眼下には、今まで登ってきた道程がはっきりと見て取れるようになった。

                  

                               <峠道>

そこには、まるでサーキットのように急カーブを描いた峠道が続いていた。

歩んでいる時はしんどいとしか思わんかったが、こうして上から眺めてみると、中々見事なもんじゃのう。

そして、三段道路を無事に突破して、しばし緩やかな道程を歩んで、標高413mの猪ノ鼻峠の頂上に到着。

                  

         <猪ノ鼻峠>            <猪ノ鼻トンネル>         <徳島県・入境>

今までに数々の峠を越えてきたが、この峠は、しんどさで言ったら間違いなく五指に入るじゃろう。

さて、随分と涼しく感じる峠頂上を制覇した後は、ぽっかりと口を開けている猪ノ鼻トンネルへと歩を進める。

全長829mのちゃんと歩道の確保されたトンネルを進撃していると、トンネル中央部で徳島県に入境。(1155)

トンネルを出ると、そこには、阿波の国の山並みが出迎えてくれた。ここからは、一路下るだけじゃわい。

                  

         <阿波の山並み>          <峠道(下り)>            <紅梅>

険しい登り道とは違い、下り道は緩やかに下界へと続いて行く。かなり楽な道程じゃわい。

峠道の途中で、人家の脇に桃色の花を満開に咲かしている紅梅を眺める余裕さえあった。

そうして、曲りくねった峠道を下って行くと、四国中央部を突き抜ける吉野川と井川の町が見えてきた。

                   <吉野川と井川町>

この光景を捉えれば峠の下り道は終わったも同然じゃ。しばし歩んで、ようやく下界に到着。

平坦な道程になってすぐに、目前には、緑色の川面に覆われた吉野川が登場。

                 

        <三好大橋>             <吉野川>            <三好大橋全景>

豊かな水を湛えた吉野川を、真っ赤に塗られた三好大橋で渡る。これでしばらくは、楽な道程となるじゃろう。

32号線を西進し池田の市街に突入して、JR池田駅前の観光案内所に到着す。(1515)

今日は、かなり順調に歩を進めたが、ここまで早く池田に至るとは予想していなかったわい。

観光案内所で、この先、日が暮れるまでの時間で進める距離内で適当な宿があるかを聞いてみる。

残念ながら、その条件に該当する宿は発見できなかった。勿体無い気がするが、ここ池田に宿を取るかのう。

観光案内所で宿を手配してもらい、早速、宿に向かい、1540宿着。

宿到着後は、荷を降ろし、観光案内所で教えてもらった“うだつ通り”に行ってみることとする。

かつて池田の町の中心部であった通りで、明治の面影が残る家並みが並んでいる。

          <うだつ通り> 

その通りには、幕末から明治にかけて繁栄した阿波池田のたばこ製造業者の居宅が、往時のまま残されている。

「阿波池田うだつの家」は、たばこ産業によって栄えた資料館として公開している。

                  

      <阿波池田うだつの家>         <見世の間>             <表座敷>

うだつとは、道路に面する連接家屋で隣家との境に小屋根を付けた防火壁の事を言う。

邸内は、古き良き時代の日本家屋の面影が濃厚に残っており、なんか落ち着く感じがしたわい。

うだつの家でたばこ産業の栄枯盛衰を学んで、宿に戻る。

宿到着後は、いつも通りの行程を済まし、明日の四国山地突入に備えて、2300就寝。 

こうして、四国山地突入初日、狂歩録第2章第56日目は、終了。


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