私の吹きガラス事始 その4
さていよいよ
カミさんの実家のご両親の説得や、職場への辞表の提出、
なんてゆうような手続きも無事終わって、
ほんとにいいのか、なんて言う まっとうな意見も聞き流しつつ
さて、いよいよ私の吹きガラス人生の始まりの はじまりです。
片道50キロの道のりを通うスーパーカブを購入し
(これは、正味リッターあたり90キロ以上って言う優れものでした。)
コドモを保育園に送ってから、窯に行き、火を入れて昼からガラスを吹き
5時くらいに終えて、保育園からコドモを連れてかえるって言う、
そんな生活が始まりました。
作家のお手伝いもチョットしつつ、あそこはこんなふうにするのかー、と
横目で眺め、酒屋さんにお願いして、ワンカップ大関やらの空き瓶をもらい、
よんごよんごしたコップを作り、そりゃ溶かして作ったあんたのコップより、
ワンカップ大関のカップそのままの方が使いやすいぞ、
なんて事を言われて落ち込みつつ、
まったくの無収入しかも毎日の油代の持ち出しつき
になったわが身に、えもいわれぬプレッシャーを感じつつ、
コップの底の厚みを出すのに、四苦八苦し、
でも 毎日ガラスにさわれる事をヨロコびつつ、
わがままで一人よがりな私のせいで、作家との関係もギクシャクしつつ、
無我夢中のまま、10ヶ月が、あっという間にすぎるのです。
なんだか、いろんな時間があっという間にすぎてばかりなんですが、
そこはほら、後から振り返るからなんで、その時は、
まいにち一生懸命だったと、思いたい。
そんなある日、
自分で吹いたガラスを、人前に並べさせてもらえるチャンスがあって、
(お祭りの縁日みたいなところだったのかな?)
いくつかが、買ってもらえちゃったりしたわけです。
あのおっさんが、あーだこーだと選んでくれたあのガラスで、
ビール飲んだりしてくれてるんだ、とか
あの女の子が、これかわいい、とかって買ってくれたあのコップで、
牛乳飲んだりしてくれてるんだ、とか
そりゃあ嬉しい瞬間でした。
買ってくれた人の、顔とかはもちろん忘れてしまっていますが、
あの 「感じ」 だけは、今でもはっきり思い出せます。
もちろん、何も無いところからカタチを創り出してゆく作業は、
充実しています。
一瞬一瞬の緊張感。ガラスとの一体感。ぐっと集中する、あの感じ。
出来あがった後の充足感。
それとは全然別の、何かすごくいい感じ、って言うか。
体験した事のない、コミュニケーションって言うか。
ほんとに、何かいい感じとしか言えないような、「感じ」
そこが、私の吹きガラスの、原点のひとつだとも思っていますし。
で
その時を境に、一人立ち を 強く意識するようになったのです。