| −阿部さんの作品って、芸大のデザイン科を修了されている方らしく、いわゆる日本画だけをなさってる方が思い付かないような画風があるように感じます。
「デザイン科ってホントに『なんでもあり』なところなので、絵そのものもなんでもありって感じになる傾向がありますね。使う絵の具も人によってさまざまで、僕自身もいい感じが出る顔料をいろいろ探したので」
−最初から岩絵の具っていうわけではなくて。
「最初はアクリル絵の具をよく使ってて、学部の頃はまったくアクリル絵の具だけで。で、こういう具象は描いてなくて、むしろ精神的な、というか、抽象的なものが結構好きで。けっこう暗い感じだったんですけどね。大学院に入ってから、ちょっと自分の好きなものを描いてみようって(笑)」
−では、支持体も最初はキャンバスではなかったんですか?
「いろいろやりましたね。綿の布や、もっと粗い麻の布、もちろん和紙も使ってましたし。和紙の時代は結構長かったかな。途中で削ったりするようになって、和紙だと耐久性がちょっと心配で、それでキャンバスに」
−キャンバスだと、引っ掻いて剥がした時の質感も布の織り目がうまい具合に出てきたり、そういう面白さもありますね。膠や揉み紙で作る質感とはまたちょっと違った感じがあって。キャンバスはそのまま使用されているんですか?
「キャンバスにはジェッソなどの下地が塗ってあるので、それを裏返しにして使ってます。そのままだと顔料が画面に乗らないので。イメージとしては生(無加工)のキャンバスなのですが、本物の生だとそこに膠だけが染み込んで絵の具が浮いちゃう感じで、余計に顔料が乗らないんですよ。裏に一層あるとそこで食い止められるんですね、この使い方はこれでちゃんと意味があるんです(笑)」
「キャンバスだと、下手にやると割れるんですよね、膠が。そこで割れない工夫、処理をしないといけない。膠って湿度でけっこう収縮するんです、それにキャンバスだとついてこれないんですよ。和紙だといっしょについてくるんですけど、キャンバスだと伸び縮み具合が違うんで、それで割れてきちゃうんですよね。特に僕の場合、ジェッソなどが塗ってあるものを使っていう、というのもあるし」
−布だとけっこう伸縮には柔軟なイメージがあるんですが...難しいんですね。
「そうですね。昔は、やってみてバキバキに割れて、『これはだめだ...』と思って諦めかけたんですけど、それでも割れないようにするにはどうしたらいいかを考えて」
「今は、いちばん下(下地)には膠とアクリルのメディウムを混ぜているんですよ。アクリルのメディウムだけだとその上から塗ったものが割れてきてしまうので、混ぜて使うことで伸び縮みも、耐久性も出てくるんですよね。とにかくいちばん下がしっかりしてないことには...表面はちょっと無理しても、そう簡単には割れないんですよ。だいたい下から割れてくるんで。剥落するのもいちばん下からで、取れる時は根元からごっそりと。逆に、いちばん下さえしっかりしてれば上は膠でも大丈夫」
−その辺の苦労話は、いろいろ興味深いです。
「大学院の頃はもう失敗だらけでしたからね。バキバキに割れちゃったり、全部流れ落ちちゃったりとか。せっかく描いたのがぼろぼろになってたり(笑)」
−気に入ってても、残せなかった作品がけっこうある...。
「そうですね」
−それでも諦めずになんとか。
「大学院の時は大量に絵の具を使ったし、そういう無駄がいっぱいあったんで」
−こういう質感による表現の仕方は、どなたかからの影響があったのですか?
「好きなコラージュアーティストがいて、イギリスの作家でイアン・ウォルトンっていうんですけど、いろんな廃材を組み合わせたり、金属やセメントを使ってみたり、『半立体』といった感じで。このアーティストの絵の質感がすごく好きで、これと自分が持っているイメージとをうまく合わせられないかな、と。ラッセル.ミルズも似た感じで好きですね」
「けっこう立体も好きで、学部生の頃は立体作品も作ってて。いろんな素材の材質感っていうのが好きで...デザイン科だといろいろやれたんですね。学部の後半になるとさっき言ったようにちょっとシュールなものになっていって」
−膠で盛り上げる表現も、そういう立体的なイメージがあるんですね。
「そうですね。そういう質感を出したいと。ちょっと荒れた感じ、そういうものの内側にあるかっこいい感じとか」
−描かれる題材が、その組み合わせこそユニークでも、比較的オーソドックスなものですよね。
「身近なものですね。生き物は好きなんですよ(笑)、単純に。魚も好きで...描きやすいんですよね、描きやすいしイメージしやすくて。で、小さい頃から魚を捕って遊んでたんで、魚を何度も掴んで持った感覚が残っているからすごく描きやすいんですね。触感を知っているとぜんぜん違います。だから逆に、鳥なんかは難しいですね。たまに孔雀とか鶴を描くんですけど、もう何度もスケッチしてやらないと。魚はもう、スケッチしなくてもやれるんですけど(笑)、体で覚えてるんで」
−猿とか象とかもけっこうイメージで、それなりに、鳥を描く時と似たような苦労がある。
「そうですね...象や猿はまだ哺乳類で分かるんですけど、鳥って分からないですね、なんか不思議ですよね、空飛べるから(笑)」
−そうですよね、飛んでるんですもんね。
「だからやっぱり難しいんですよね」
−組み合わせるのに、物語じゃないですけど、ストーリーっぽいのは入れてたりはするんですか?
「あまり深くは考えないようにしてるんですけど、まあ、『こんな感じかな?』っていう」
−ちょっとここに猿がいると面白いかな、っていう。
「かなり感覚的なものですね」
−大陸的な雰囲気も感じつつ、色彩や質感の深さとは裏腹に、軽さというか、楽しい感じがあるのが不思議で面白いなっていうのがあるんですよ。ちょっと『クスッ』ってしちゃうところや『あらっ』とコミカルに感じるところ、こういう要素がさりげなく織り込まれてたりするのがすごく好きなんです。
「けっこう釣りも好きで、釣りに行くと、意外とそういう場面ってあるんですよ。まあさすがに象と猿の絵みたいなのはないけど(笑)、生き物の『人間的』な行動とか、そういう一面がたまに見えるんですよね、自然の中にいくと。動物園とかそういうところだとよく分からないですけど、自然の中だと見つかって。で、そういう生き物も、例えば花が花であることとか、そういうことを全部分かってるんですよね。これがどういうものであるとか、そういうものを分かってて、そういう行動をしてるんだなと思うと、やっぱりそこからいろいろイメージは湧いてきますね」
−案外シュールな光景なのかもしれないですけど、画面で見ると自然なんですよね、『あるかもしれない』というか、逆にあったら楽しいとか。
「そうですね、あったらいいな、みたいな感じですよね」
−それがこの独特の、キャンバスに岩絵の具っていうので描かれて、渋さもありつつ、面白さもありつつ。ほんとこの象に猿なんかも、すごく深そうで、『ちょっと待てよ!』という。
「『そこには乗らないだろ!』みたいな(笑)。まあ、そういうものが描いていて楽しいんですよね。いろいろ想像して...やはり単体だけだと、絵の世界に入り込めないところもあるし」
−組み合わせで面白さを出すほうが描きやすい。
「そう、自分でも楽しいし、ひとつひとつの生き物に愛着を持って描けるっていうか。蛙も、金魚がいるからああいう向きにできるんであって、蛙だけ描いたら、ああいう表情とかは描こうとは思えない」
−金魚の二枚目なところがあるから蛙の三枚目なところをおし出せるっていう。
「そういう描きやすさもありますね」
−しばらくはこういう動物のテーマを続けていかれるんですか?
「そうですね、こういう感じで。変わるとしても、いきなりがーっと劇的に、ということはないと思いますね。徐々に変わっていくと思うし、描き方も以前と比べてもぜんぜん変わってきてるし」
−こういうキャンバスに岩絵の具っていうのを始められてからも、どんどん変わっている...。
「そうですね。こういうヤスリで削り出していく、というのは2年くらい前からで。その前までは普通に下絵を描いていって上から岩絵の具でとかだったので、こういう感じで削ったりはしてなかったですね。まあ、いろいろ研究しながら」
−こういう象と猿の作品を観てると、こういうのの連作を観てみたい気がします。
「これじゃないんだけど、50号の細長い画面ので連作があって。象と猿のがあって、孔雀と亀、鶴と猿、虫がいっぱいいるもの...雲があって、そういう雰囲気で統一してやってたんですけど。こういった連作をたまに作ってみて、何十年後かに全部並べたいな、と」
−何十年後といわず、お願いします(笑)。
「(笑)。絵を描くのって大変で...好きなことをやっているという意味では大変じゃないですけど、プレッシャーというか、本当にやっていけるんだろうか、というのはあって。でも、続けていけばなんとかなっていくもので、ではモチベーションを保ちつつ続けるためにはどうしたらいいかって考えていくと、結局いかに楽しくしていくかなんですよね。そういう感じでやっていってますね」
(3/25、ギャラリー白石にて) |