追悼
いかりや長介 さん



◆ いかりやさん追悼番組 ◆
追悼緊急特別企画 長 さんだョ!全員集合 2004年3月27日(土)
TBS系列 19:00〜
ザ・ドリフ ターズ結成40周年特別番組
ドリフと光子の爆笑!スペシャル
2004年3月24日(水)
テレビ朝日系 19:00〜
緊急追悼特番!笑い と涙をありがとう!!
伝説のコメディアンそして名優「いかりや長介」さん「ドリフの大爆笑」から「映画踊る大走査線」完全放送まで4時間スペシャル
2004年4月2日(金)
フジテレビ系 19:00〜

いかりやさん追悼Flash
「くるみ」さんという方が、いかりやさんの追悼のために作られ たFlashです。コメディアン、ベーシストとしてのいかりやさんを追悼する気持ちがよく出ている素敵なFlashムービーです。
著作権の関係で、削除される場合があります。
お早めにご覧下さい

■ 「いかりや長介」さん
いかりや長介さんは、ベーシストとしていくつかのバンドを転々とし、1962年に「桜井輝夫と ザ・ドリフターズ」の結成に加わりました。小野ヤスシさんらがドンキーカルテットを結成するので分裂した後、1964年に「ザ・ドリフターズ」を再結成 し、1969年に「8時だヨ!全員集合」を開始しました。途中で荒井注さんが抜けて志村けんさんが加入しましたが、16年間という長い間続く生放送をなん と803回も続けました(テレビ番組を編集した「ザ・ドリフターズ 結成40周年記念盤 8時だヨ ! 全員集合 DVD-BOX 」が発売されいます)。 いかりやさんは、その後俳優として活躍され、フジテレビの「踊る大走査線」では、和久さんという渋い刑事の役を演じられ、多くファンを魅了しました。
■ 私にとっての「いかりや長介」さん
● 8時だヨ!

いかりやさんと言えば、子供の頃毎週かかさず見ていたTBS系列の「8時だヨ!全員集合」でのオープニングの「8時だヨ!」のかけ声が印象的です。コント では、お母さんや先生、探検隊隊長など様々な役柄をこなし、合唱団コーナーでは、牧師さんに扮し、ゲストの皆さんをコメディアンに仕立て上げみんなを笑わ せてくれました。あの頃のいかりやさんは、まさに「バラエティーの神様」と呼ぶにふさわしい方だったと思います。他にもフジテレビ系列の「ドリフの大爆 笑」も楽しみに見ており、小学校のお楽しみ会では「もしものコーナー」を友達と演じたりしました。

● ミスターベースマン

ザ・ドリフターズは、元はバンドなのですが(ビートルズ来日の際に前座をつとめたのは有名な話です)、食べるためにコメディバンドをやるにつれ、いつの間 にかコメディアンが本業になってしまいました。いかりやさんは、実は「ベーシスト」で、ベーシストである私は、そういう意味でもいかりやさんを尊敬してお りました。いかりやさんが2001年に出された自伝「だめだこりゃ(新潮社刊 2001年)」には「日本で最初にフェンダージャズベースを手にした男」と自分では 思っていると書かれています。私自身、いかりやさんのベースを演奏する姿を見たのは、この本を出される頃に放映されていた「キリンラガービール」のCMの 中が最初で最後だと思います。「だめだこりゃ」を最初に手にしたとき、これは買わねば!と思ったきっかけは、裏表紙にその演奏していたときの写真があった からです。あのCMに出演されていたときのいかりやさんは、ロンカータばりのすばらしいベーシストに見えました(あの演奏は、おそらくいかりやさん自身が 本当に演奏されているのだと思います)。ザ・ドリフターズとしては、映画や全員集合で歌ったりしており、現在でもCDがいくつか発売されています。

 ○ドリフだョ!全員集合(青盤)
 ○ドリフだョ!全員集合(赤盤)
 ○ドリフのシングルコレクション

ベースギターを親指で弾く弾き方があるのですが、ベーシストの青木智人さんは、この奏法のことを「いかりや長介奏法」と名付けおりました。 いかりやさんの親指弾きは、インパクトのある奏法だったのだと思われます。
■ アフリカに魅了されたいかりやさん
いかりやさんは、アフリカがとても大好きでした。
全員集合をやられていたときは、仕事が忙しく趣味らしい趣味を持てませんでした。そんな中、10日間ほど休みがもらえるときがあり、どうしようかと考え、 その頃(1973年)海外旅行ブームでみんながハワイへ行くので、自分は他の人とちがうところへ行こうとアフリカへ行くことにしたそうです。1983年に は「ぶらりアフリカ―Go out for a stroll Africa(講談社刊 1983年)」という、 アフリカでの貴重な体験やエピソードを綴ったエッセイも出版しました。
自伝の「だめだこりゃ」には26回もアフリカに行かれたと書かれています。ウルトラマンでハヤタ隊員役の黒部進さんも アフリカが大好きで、自伝の「ハヤタとして、父として(扶桑社刊 1998年)」でもアフリカ生活について語られていますが、いかりやさん も日本とは違うなにかを感じ、そして惹かれていったのだと思います(決していかりやさん本人が野性的な顔をしていらしたからではないと思います が・・・)。
■ いかりや長介さんの出演された映画
いかりや長介さんの出演された映画は、以下のようにたくさんあります。

  ◆goo映画より◆
  http://movie.goo.ne.jp/cast/97590/
1967年〜1975年までのドリフ映画は、年に最低2本は上映されており、多いときには年に5本も上映されています。
まだまだ映画が全盛期の頃とはいえ、毎週の生放送をこなしながらはかなりのハードスケジュールだったことでしょう。
謹んでご冥福をお祈りいたします。

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