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出版待ちの作品

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刊 みおつくし
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平成セミナー事務局のコメント

「執筆完了出版待ち」と言っても出版社も、順番も決まっていません。
勿論 資金もありません(自慢になりませんが)
作者が「活字本にしたい」と思った時に印刷が始まります」
その活字本を手にとって読んでいただけた方からの「感想が聴けること」だけを
励みに書き続け、4年間の全作品が公開されています。

下の作品名をクリックすれば、その目次ページに飛びます。

  

執筆にあたって

イラク戦争がほぼ終結した今、世界で一番注目を浴びているのが北朝鮮ではないでしょうか。
単なる極東という僻地の一問題が、ひょっとしたら第三次世界大戦つまり核戦争がいよいよ現実味を帯びてくるきっかけになるかも知れないのです。
世界の警察国家を自認しているアメリカはいよいよ核戦争を世界に仕掛けるつもりなのかも知れません。

高句麗、高麗であった今の北朝鮮。
日本で拉致問題が何故起きるのか。
それは高句麗、高麗の時代からの日本との深い関係に原因があると著者は思うのであります。
わたしたち日本人は、今こそ過去の歴史を遡ってみて、北朝鮮とのしがらみを考察してみる必要があると考え、神代の時代からの高句麗と出雲の繋がりを面白おかしく語ってみたいと、この「ヤマタのオロチ」を書いてみました。
執筆は既に2001年に完了しておりましたが、北朝鮮問題で世界が騒がしくなってきたタイミングを見て再校正して配信してみようと思った次第であります。

平成十五年八月一日   新 田  論 

はじめに

室町幕府三代将軍、足利義満は日本歴史のタブーの英雄である。
その理由は、日本という国において、神聖にして侵すべからざる存在である天皇の地位を奪おうとした男だったからだ。
平将門も、天皇の地位を奪おうとした男だ。しかし、将門と義満では、天皇家に対する陵辱において天と地との差がある。
平将門の大河ドラマは製作された。
しかし、足利義満のドラマは決して製作されない。
江戸時代には、聖徳太子は現在のような聖人として評価されていなかった。
それが尾を引いたのか、つい最近まで聖徳太子のドラマも決して製作されなかった。それが数年前に製作された。
では、足利義満のドラマもいよいよ解禁してもいいのではないか。

 

終わりに

タイトルに「気前よくなれ!粋な老人」と最初に決めはしましたが、一体どんな内容になるやら、想像もつきませんでした。
ただ、作曲家の中村泰士さんから、今のお年寄りが元気になる本を書いて欲しいと言われ、何となくイメージが湧いたので、お受けしたのです。
最初の内は、結構面白おかしく書いていたのですが、途中で、「人間その小宇宙」などと、大上段に構えるような題になってきて、何かまた、こむづかしい内容に変わってきたなあと感じだし、少し軌道修正が必要だと思った時もありました。
しかし、一旦書いたものは断じて変えないのが、わたしのやり方でして、書いたものは、自分が書いたものではなく、インスピレーションとして与えられたものですので、大切にしなければならないと考えているからです。
自分の中のインスピレーションが、何かを言いたいんだなと実は思っていたのです。

はじめに

この物語は、青春の真っ只中で、如何に悔いのない青春を生き切るかを綴った、ある短い話であります。
清純な若いひとりの女性の本当の優しさと、幼い中にも真実の誠意を貫く青年との歓喜の出逢いと哀しいまでの別離を、リアル且つ美しく表現したくて、先に何篇かの詩を綴ってはいたのですが、どうしても小説にしたくて書き始めることにしました。
従って、作品の各章ごとに先に綴った詩を挿入しようと思います。
恋愛というには、あまりにも淡い薄紅色の出来事でありますが、それで良かったのかも知れません。
ただ、もう少し濃い色に出来るのではないかとも思うのは、やはり美しい思い出がもたらす未練というものでしょうか。

 

 

  

第一章  骨肉の兄・弟

正太郎は、日比谷高校の二年生で、東京大学を目指している受験生だ。
父親の宇都宮一郎は、大蔵大臣の大物政治家で、正太郎は一郎の長男として生まれた。
正太郎の下には、正ニ郎という弟がいて、慶応義塾の中等部に通っている。
宇都宮家は、天皇家と大化の改新以来、皇后である天皇の后を昭和天皇まで、綿々と送り続けてきた藤原一族の流れを汲む名門の家柄だ。
一郎は東京大学法学部を卒業して、大蔵省に入省し、最高位の事務次官まで昇りつめ、退官後衆議院議員に初当選したのが三年前のことだった。
代議士としての経験が少ない一郎であったが、大蔵省時代に大物政治家に恩を売り、天皇家の外戚の名門藤原一族の血を引く、エリ−ト中のエリートであったから、一回目の当選で、当時の総理大臣であった中丸真の副官房長官に抜擢された。

とんと祭り

大きな炎に包まれて
あなたの影がゆらゆらと
ときには烈しい熱さの青い色
ときには優しいぬくもり橙い(あかい)色
ときには哀しい銀の色
そしてときには幸せ黄金(きん)の色
どんな色でも 揺れて濃く薄く変化する
あなたは わたしにとって とんとの炎
年の初めの とんと祭り
今年も 又どうぞよろしく
わたしは あたまを下げて言ってみた
いまのあなたは 橙い(あかい)色
とんと祭りの ぬくもりは
やはり あなたの橙い(あかい)優しさ
下げたあたまは 灰色という色の無い色
やはり あなたに叶わない

 

 

執筆にあたって

東京の地下鉄大手前駅周辺に住んでいるホームレスや、大阪城周辺に住んでいるホームレスの半数は100万円(清原選手の一回のエラー分?)の借金に追われている中小零細企業の社長さん。
サラ金から50万円(清原選手の空振り一回分?)借りて返せず、取りたてに追われて飛び込み自殺する人たち。
以上列挙した数字の現実を、みなさんはどう思われるでしょうか。
人間の値打ちをお金で計る時代は終わろうとしているように思えてなりません。
その終焉花火のような現象が、この数字に表れているように思うのです。
21世紀を、人間の真の価値をもう一度見直す時代にしなければなりません。
1年前に、わたしは、「富裕論」という本を書き、その中で、「金持ちの時代から徳持ちの時代へ」というサブタイトルをつけました。
人間の真の価値を、いくらお金を持っているかで決められる拝金主義ではなくて、どれだけ徳を持っているかで決まる拝徳主義−背徳ではありません−の世の中にしなければなりません。

はじめに

以前から、懐に暖めていたテーマがありました。
小説として書けば、実にドラマチックなストーリーになると確信を持ってはおりましたが、今まで書かずにおりました。
しかし、昨今の、日本の退廃の原因は一体何だろうと自問自答する日々が続いた結果、ぼんやりと解りかけてきたことがあります。
それは、弱き一般大衆の罪の問題でありました。
直接、手を下す悪事を働く度胸はないのですが、間接的にこの国を蝕んできた最大の原因が、この日和見主義で、自己の都合だけに汲々としている溝ねずみ達であったのです。
そう思ったわたくしは決断をしたのです。
「よし、書こう。今がその時期だ」
こう思って、ペンを取りました。

 

 

 

ある逸話−3

天下を取った太閤秀吉の権勢は壮大無辺であった
さすがの千利休も家来でしかなかった
しかしながら或る日のこと
秀吉は心配になって利休を呼んで言った
何故か解らぬが、余は或る茶器に心奪われておる
その茶器は心安らかに定める茶器じゃ 余はそれを欲しい
利休は聞いた いかなる茶器ですか
秀吉曰く その茶器は、
余が心晴れぬ時には悦びを与え 悦びにある時には悲しませるものだ
利休は一旦下がった
翌日 利休は望みの茶器を持参した
その茶器にはかく銘が彫られてあった
「これもまた過ぎ去る」
豊臣釈猿才秀吉入滅の際の一句
露とおち 露と消えにし 我が身かな 
浪花の事も 夢の又夢
これも又過ぎ去る

 

きのこ雲

あれは 熱い日の朝でした
陽のひかりが やけにまぶしく思った瞬間(とき)
無言の響きが からだに感じましたピカドンが この国の一番長い日をつくりました
空に大きなきのこ雲

あれは 静かな夏の朝でした
蝉の鳴き声が いやにはかなく止んだ瞬間(とき)
鷲の雄叫びが 鼓膜を突き抜けました
お前たちは 
一夏(ひとなつ)だけの蝉と言ってます
空に大きなきのこ雲

あれから 長い年月(としつき)が経ちました
忘れかけていた 悪夢が蘇ってきた瞬間(とき)
また嫌な予感が 胸に囁きました
ふたたび鷲が もう一回ピカドンと叫んでます
空に大きなきのこ雲  やっぱり!やっぱり!
やっぱり

 

 

ニタッ

楽しい一日を始めよう
口を横に伸ばし ニタッとする
これで 楽しい一日のプログラムの開始
電車で横にいる人にも ニタッ
会社に着いたら ニタッ
いやな 上司にも ニタッ
変なおっさんにも ニタッ
嫌みな女にも ニタッ
家に帰ったら まず ニタッ
食事の間も ニタッ
一日の終わりの 寝床で 最後の ニタッ
夢の中でも ニタッ
朝 目が覚めたら 何もしないのに
あなたの口は勝手に横に伸び ニタッ
これが ほんとうの 楽しい 人生

(参考)
心の旅の案内書 − 喜怒哀楽

 

―エデンの西―

人間は エデンの園から追放された
そして エデンの東に 住みついた
それが 今の人間の世界であれば
エデンの東は 悪魔の世界だ
それなら 今からでも遅くない
エデンの西に向かっていくことだ
エデンの東と変わらぬ世界かも知れない
それでも エデンの西に向かうべきだ
今ここよりは 悪いところはないから

詩集 「夢の中の旅」 ―エデンの西―より

 

 

 

 

第二章  本物・武蔵

武蔵は 本当は坊主になりたかった
とくに 沢庵和尚の弟子になりたかった
人には 生まれたときからの宿命と運命がある
武蔵の運命の最初は 坊主になることだった
しかし 武蔵の戦う剣士という宿命の強さに 武蔵の運命が流し去られた
人の運命とは 前生からひきずり やり残したことを果たそうとする夢のこと
運命に生きるとは 一生夢の中で生きること
そこには 流されるという弱さがある
宿命に生きるとは 一生リアルの中で生きること
そこには 自己完結の強さがある

 

 

第二話 白隠さんの不始末−2

白隠さんから 子供を連れて帰った親父は 娘と母子対面をさせた
しかし その子供は 白隠さんを親と思って生きてきた
何とか子供に 自分が母親だと 納得させたい娘は必死だった
だけど 子供は 母親をまったく 無視してしまう
困った親父は 白隠さんのところへ相談に行った
何とか 子供に 娘が母親だと言い聞かせてやって欲しいと
白隠さん ハイハイと言って 子供に会った
子供は なつかしくなって 白隠さんの懐へ飛び込んで 言った
おとうちゃん もう遊ぶの飽きたから 帰ろう
白隠さんは そうかいそうかい もう飽きたかい それじゃ 帰ろう
残された 親父と娘は 何も言えずに 立ちすくしていた
美しい夕焼けが ふたりの長い影を映していた 

 

 

心の裏ばなし

帰らぬ人の 足音を
聞き耳たてる 未練なわたし
あのとき 言わねばよかった心の裏ばなし
くやんで 胸をかくよな 寂しいわたし
たぐり戻した あの日の場面

戻らぬ人の あの笑顔
見入る手探る 哀れなわたし
まさかの 思わぬできごと心の裏ばなし
なやんで 目を覆うよな 悲しいわたし
涙枯らせて さまよい歩く

消えてしまった 残り香を
無理やりつくる ばかなわたし
それでも 浮かんで消える心の裏ばなし

あせって ころんで傷つく 哀れなわたし
空を見上げて 恨んで叫ぶ  

 

 

 奇想天外

夢か幻か

時空を超えて物語りは物語れり!

 

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