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「今朝のお話VOLW」 「新しい日本」
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さようなら!
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自分の少年時代、それも日々成長し、多感な小学校時代を思い出させてくれ、大人の今をどう生きるか考えさせられます。
子育て中のお父様、お母様私たちにもあった、多感な子供時代を思い出してください 。
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発行所:株式会社エムイーシー |
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定価 \1,500.-(税込) A5変形 227ページ ソフトカバー
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さようなら!は静かな響き こころの中は燃える炎が消える瞬間 別離とさようなら!は紙一重 たのしいさようなら! かなしいさようなら! うれしいさようなら! いかりのさようなら! だけどさようなら!の響きは淋しい それはあなたが独りだから 一人は二人になれる 独りは永遠の一人 そこに自由への解放がある もしあなたが自由を欲しいなら 独りになる為 さようなら! を 言わなければならない さようなら! あなたに さようなら! わたしに さようなら! そして ・・・・・・! |
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はじめに
最初、この作品を書きはじめようとした動機は漠然としたもので、明確だったのは自分の心の色の変化への思考錯誤からでありました。 今までのわたくしの作品が、難解な哲学書を中心に、時間と空間を超えたものが多かったことに対する反動であったかも知れません。 歴史ものから現代ものまでの作品の中に、時間を超えたテーマを訴える。 日本ものから外国ものまでの作品の中に、空間を超えたテーマを訴える。 更に、 時間的には、人間の歴史を超えて、宇宙の歴史まで貫く真理を訴える。 空間的には、地球の人間世界を超えて、宇宙の世界まで貫く真理を訴える。 わたくしの究極のテーマは、「時空を超えた真理を表現する」ことに尽きると思います。 そんな中で、今から半年ほど前に、二十一世紀の日本が高齢化社会を迎えるにあたって、高齢者のみならず、すべての日本人の在り方を、社会問題にまでなっているホームレスの目を通して描いた小説「果てしない彷徨」を書きました。 その時に、すでに今回の作品「さようなら!」のタイトルと、「果てしない彷徨」の主人公が六十五才の老人であったのと対象的に、現代の小学生を主人公に、七才から十二才までの小学校生活を通して、すべての日本人の在り方を描こうと決めていました。 最初は「果てしない彷徨」と同時平行して書くことも考えましたが、その時ちょうど「鬼神(十部作)」の執筆中であったこと、そして読者の皆さんに、高齢化問題は決して他人事ではないことを、まず認識して頂くことが第一義と思い、「さようなら!」を「果てしない彷徨」を書き上げてからにしようと思ったのです。 現代日本の抱えている一番問題の多い世代は、実は高齢者でも少年・少女でもなく、その中間に位置する青年から中高年層であるのです。 高齢者や少年・少女は、無力感を感じながらも必死にリアルに生きているように、わたくしの目には見えるのです。 青年・中高年層が、日本社会の中で力を一番発揮出来るのに、本音で生きようとしない、リアルに生きようとしないで、他人にも自分にも建前だけのごまかしの生き方をしているように思えてなりません。 ところが、この世代が一番パワーを持っているから、こんな国になってしまったのであります。 わたしは思いました。 「それなら、老人と少年・少女によって彼等を挟み討ちにするしかない」 そう思って書き出したのが、「果てしない彷徨」と「さようなら!」であります。 両作品に登場する主人公の高齢者や少年・少女たち、また彼らを取り囲む人々が極めて現実離れした立派な人間像として描かれていますが、その点は、筆者の想いの程だと了解して頂ければ幸甚であります。 従いまして、この作品の読者は青年及び中高年層だと意識して書いたのが本音であります。 既に発刊しました「果てしない彷徨」を読まれた方々の反応は、やはり中高年層のサラリーマンの人にインパクトを与えたことで証明されています。 この「さようなら!」も、既に少年・少女を経験した多くの青年や、老人になってゆく不安を抱えながら生きている中高年の方々に読んで頂ければと願っている次第であります。
平成十三年十一月二十五日 新 田 論
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あとがき
最初、子供の物語をどうして書いたのか、今から思い出せば、理由ははっきり分かりません。 いつ書き始めたのかも、はっきり憶えておりません。 多分、百章だから四ヶ月ぐらい前でしょう。 毎日、一章ずつ配信していましたから、配信メールの読者の方々が良く知っておられるのではないでしょうか。 わたくしの、これまでの作品を色合いで喩えますと真っ赤な色だったと思います。 その極みの作品が「鬼神(十部作)」でありました。 この作品は平成十三年四月一日に書き始め、同年十一月二十五日に書きあげました。 その間、余りに真っ赤な「怒り」の塊のような作品「鬼神」に、当の本人も吐き気を催す始末で、真っ赤な色を少しでも冷やす為に、青色の作品を書く必要を感じ、「果てしない彷徨」と「さようなら!」を青色のシンメトリックな作品として書きたい衝動に駆られたような記憶があります。 「果てしない彷徨」でやや青色系の作品に、そしてこの作品で本格的な青色の作品を書きあげて、やっと心の色の中和をはかれたようで、すっきりしています。 正直申しあげますと、途中で主人公の健吾と太一が大人になるまで書こうかと思ったことがありました。 しかし、やはり最初に小学生までの話で終わらせたいと思った通りになってしまいました。 今までの、わたくしの作品を読んで頂いた方が、確かにこの作品は青色の匂いがすると感じられたら、この上ない喜びであります。 途中、随所で赤色になりそうな箇所もありましたが、最後は青色で終わらせた達成感を持っております。
平成十四年四月二十日 新 田 論
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