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夢の中の眠り

 

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出版待ちの作品 経済セミナー 評論 さようなら! 執筆中の作品 夢の中の眠り


(VOL 1 Chapter1〜200

 Preface
 
子供の頃から、わたしは眠りと夢との関係に興味を持っていました。いつも床に入る前に、その夜に見る夢を自分で創作する習慣を持っていました。
 そして、ある法則を発見したのです。
 過去のことを夢に見ようとして、思い出していると、すぐに眠ってしまうのですが、未来のことを夢に見ようとして、考えていると、いつまでも眠らずに考えることが出来るのです。また、もう一つわかった事は、現在のことを夢に見ようと思わないこと、だから、現在のことを思い出したり、考えたりすることが出来ないこともわかったのです。
 そうしますと、夢を見ているのは眠っている時だけなのか、それとも、眠っていない間も夢というものは続いて見ているのか。
 ここのところが、人生において非常に重要だという気持ちになったのです。
 それ以来、現在に至るまで、わたしの人生のテーマが夢の実体と現実との相関関係を解明することになったのです。
 「心の旅の案内書」でも夢について語りました。
 小説の中でも、夢について取り上げてきました。
 人生、出来る限り楽しく生きたいのは、誰もが願うことです。
 それを外部要因に求めている限り、不可能であることは、みなさんも十分に承知しておられる筈です。
 気持ちの持ち方次第であると、誰もが頭ではわかっているが、現実にはなかなか難しい。
 それを可能にしてくれるのが、夢と現実との相関関係を知ることであると、わたしは思うのです。
 今、わたしの頭の中は空っぽです。
 ただ、「夢の中の眠り」という言葉があるだけです。
 では、書きはじめます。

2003年2月9日 新 田 論 

 
(VOL U Chapter201〜400 


(VOL V Chapter401〜600

 Forward
 「夢の中の眠り」を書き始めたのが昨年の2月9日でした。今、わたしの頭の中は空っぽです。ただ、「夢の中の眠り」という言葉があるだけです。では、書きはじめます。と言って書き始めました。
 それから1年余りで、「夢の中の眠り」という逆説的な日本語のタイトルの意味、そして、“ Reality within Sleep, Dream within Reality ” という英語のタイトルの意味も漠然とではありますが、少しの気づきがあったのではなかったかと思っています。しかしながら、それ以上に間違いを多くしてきた想いの方が遥かに強いのです。
 多くを知る、多くを気づくということは、多くの間違いをも冒すことに外ならないのでしょうか。今まで書いてきたことは、多くの気づきを与えてはくれましたが、それだけに多くの間違いを冒してきたのではないかという後悔の念も強いのが正直な気持ちであります。
 わたしたちは所詮全体の中の一部分であるのですから、一部分の存在が知り得るのも部分知であることを知った思いであります。
 理論的に理解できても、現実的でなければ、それは所詮部分知であり、生きているという意味は、少しでも部分知の面積を広くすることではないかと、今思っています。そこで、Chapter401からは、部分知を広げるという、現実に即した展開をして行きたいと思い、ゼロから出直そうと思います。日本語のタイトルは考えた末、同じ「夢の中の眠り」(Vol. V)としましたが、英語のタイトルは、“ Reality within Reality, Dream within Dream ” としました。
 所謂現実は夢の世界であり、夢の世界は所謂現実の世界であった二重の人生からの脱却を図る意味で命名したタイトルであります。この(Vol. V)が終る頃には、夢を観ている時は夢と思い、現実を生きている時は現実と思えるようになっていることを祈念して、書き始めます。

2004年4月15日   新 田   論


(VOL W Chapter601〜800

 Forward
  「夢の中の眠り」(VOLT、U)を書き始めたのが2003年2月9日であり、Chapter400を以って書き終えたのが、2004年4月14日でした。「夢の中の眠り」(VOLV)を書き始めたのが2004年4月15日であり、Chapter600を以って書き終えました。
 眠りと現実−目が醒めている所謂現実−を繰り返しながら生きているわたしたちは、眠りの人生を現実の人生の副次的なものと捉えています。
 太陽も地球も月も他の星もみんな眠ることなく、その誕生から死がやって来るまで動き続けている。わたしたちの肉体も、その誕生から死がやって来るまで、眠っている間でも動き続けている。眠りの人生も現実の人生も、実は一日24時間の人生の中では一貫(一環)した連続動作であるのですから、現実が主体的で眠りが副次的といった関係ではなく同レベルのものである筈です。
 「夢の中の眠り」(VOLT、U)では、副次的なものと捉えてきた眠りの人生にスポットライトを当て、特に眠りの中の一部分である夢に焦点を当てて論じてきました。わたしたちの人生の一部分である眠りの人生、夢の人生を副次的に捉えている限り、一日24時間を生き切っていないことになります。人生80年とは日数で言いますと29200日です。一日の睡眠時間を平均8時間とすると、眠りの人生はおよそ26年、9700日です。眠りのメカニズムは熟睡1時間と夢30分計1時間30分の繰り返しと言われていますから、一日の夢の平均時間はおよそ2〜3時間で、夢の人生はおよそ9年、3300日にも及びます。
 眠りの人生、夢の人生にもそれぞれ意味があって、現実の人生と深く関わっていることは、この事実を鑑みれば歴然としています。しかし、わたしたちは殆どこの事実を無視して生きてきたのではないでしょうか。
 「夢の中の眠り」(VOLT、U)では、眠りの人生、夢の人生の意味を検証してきました。
 「夢の中の眠り」(VOLV)では、眠りの人生、夢の人生と現実の人生との深い関りについて検証してきました。
 「夢の中の眠り」(VOLT、U)の英語名を、"Reality within Sleep/Dream within Reality"とした根拠であります。
 「夢の中の眠り」(VOLV)の英語名を、"Reality within Reality/Dream within Dream"とした根拠であります。
 わたしたち人類はいま、大きな峠に差し掛かっているようです。地球環境問題、戦争、民族紛争、人種差別、経済問題・・・これらの問題は突き詰めてみれば、すべてわたしたち人類の錯覚から生じる誤解・軋轢・相克に因るものであり、錯覚は眠りの人生、夢の人生と、現実の人生の一貫性(一環性)の欠落が原因であることを、(VOLT、U)及び(VOLV)で訴えたつもりです。
 原因がわかればその対策を練ることができます。「夢の中の眠り」(VOLW)では、その対策を練ってみたいと思います。「夢の中の眠り」(VOLW)の英語名を、"A Life through Reality"とした根拠であります。

2004年10月30日   新 田   論


(VOL X Chapter801〜1000

 Forward
 「夢の中の眠り」Vol.(III)では、人類がいま直面している地球環境問題、戦争、民族紛争、人種差別、経済問題は突き詰めてみれば、すべてわたしたち人類の錯覚から生じる誤解・軋轢・相克が原因であることを論証し、「夢の中の眠り」Vol.(IV)では、その対策について論じてみました。
 寝ても醒めても、意識が眠っているからです。「夢の中の眠り」を書き始めたそもそもの動機が、人類の「意識の眠り」にあると思ったからです。
 「夢の中の眠り」Vol.(V)では、「意識の眠り」について、人生に直結した中で論じてみようと思います。どこまで書けるか、書けるところまで書いてみようと決心して、書き始めたのが2003年2月9日でした。
 それから2年以上が経ち、「夢の中の眠り」Vol.(IV)Chapter800に向かって書いている内に、比叡山の千日回峰行のことが頭に浮かび、何の当てもないのに、Chapter1000を目標にしていた自分に気がついたのです。そして遂に、千日回峰行の最終段階である、Vol.(V)に入ることに相成り、誠に感慨も一入であります。
 今までの調子で書き続けることができれば、今年の師走には、千日回峰行の最終段階である九日間の「堂入り」に入ることができる筈であります。九日間の「堂入り」とは、不動明王を本尊とする比叡山、無動寺谷の中心のお堂である、最古の堂宇である一乗止観院で、一睡もせず、食も取らずに、座禅三昧の九日間を過ごす峻烈な行のことです。「堂入り」まで達成して、千日回峰行を満行した修行僧のことを阿闍梨(あじゃり)と尊称されるのですが、前々から一度挑戦してみたいものと思っていました。図らずも本式の千日回峰行ではありませんが、自分なりの千日回峰行に挑めたような境地の一瞥を得たような気がいたします。その瞬間(とき)はじめて、「意識の眠り」から脱却できるのかも知れません。
 果たして、Chapter1000まで書くことができるのか、自分でもわかりませんが、やるしかありません。では、今年の師走にお目に掛かれることを楽しみに、書き始めます。尚、「夢の中の眠り」Vol.(V)の英語名は、"A Real Life "と致します。

2005年5月20日 新 田 論

「夢の中の眠り」を終わるにあたって

 子供の頃から、わたしは眠りと夢との関係について興味を持っていました。
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 今、わたしの頭の中は空っぽです。
 ただ、「夢の中の眠り」という言葉があるだけです。
 それでは書きはじめます。
という挨拶で2003年2月9日から書き始めて、今日は2005年12月3日ですから、およそ3年に亘る作品でしたが、やっと〆ることと相成りました。

 今から10数年前、コンピュータソフトの開発に携わっていた時に、“将来、『Death Program』というソフトを開発してみたい・・・”と周りの人たちに言っていたことが思い出されます。
 結局の処、「夢の中の眠り」という作品が『Death Program』の原作になったようです。
 “人間とは?”という哲学的思索と“宇宙とは?”という科学的思索を統合することによって、「夢」のメカニズム解明からはじまったこの作品は、人類の起源を解明し、現代社会が抱える形而上学的問題にまで及ぶ作品になりました。
 書きはじめた時には予想すらしませんでしたが、書き続ける中で『Death Program』が脳裏を掠めるようになっていたことは確かでした。
 Chapter997〜1000はまさに、締めくくりに相応しい内容だと自分でも自負しています。
 「心の旅の案内書」は人生のバイブルとして、いつも傍に置いてくださいと申し上げましたが、「夢の中の眠り」は人類のバイブルに仕上がった積もりでいます。
 何度も何度も読み返して頂けることを期待して、挨拶を〆させて頂きます。

2005年12月3日     新 田   論

夢の中の眠り   (Chapter1〜1000)は執筆完了しました。

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  人生、出来る限り楽しく生きたいのは、誰もが願うことです。
  それを外部要因に求めている限り、不可能であることは、みなさんも十分に承知しておられる筈です。
  気持ちの持ち方次第であると、誰もが頭ではわかっているが、現実にはなかなか難しい。
  それを可能にしてくれるのが、夢と現実との相関関係を知ることであると、わたしは思うのです。
  今、わたしの頭の中は空っぽです。
ただ、「夢の中の眠り」という言葉があるだけです。
 


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