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Forward 「夢の中の眠り」Vol.(III)では、人類がいま直面している地球環境問題、戦争、民族紛争、人種差別、経済問題は突き詰めてみれば、すべてわたしたち人類の錯覚から生じる誤解・軋轢・相克が原因であることを論証し、「夢の中の眠り」Vol.(IV)では、その対策について論じてみました。 寝ても醒めても、意識が眠っているからです。「夢の中の眠り」を書き始めたそもそもの動機が、人類の「意識の眠り」にあると思ったからです。 「夢の中の眠り」Vol.(V)では、「意識の眠り」について、人生に直結した中で論じてみようと思います。どこまで書けるか、書けるところまで書いてみようと決心して、書き始めたのが2003年2月9日でした。 それから2年以上が経ち、「夢の中の眠り」Vol.(IV)Chapter800に向かって書いている内に、比叡山の千日回峰行のことが頭に浮かび、何の当てもないのに、Chapter1000を目標にしていた自分に気がついたのです。そして遂に、千日回峰行の最終段階である、Vol.(V)に入ることに相成り、誠に感慨も一入であります。 今までの調子で書き続けることができれば、今年の師走には、千日回峰行の最終段階である九日間の「堂入り」に入ることができる筈であります。九日間の「堂入り」とは、不動明王を本尊とする比叡山、無動寺谷の中心のお堂である、最古の堂宇である一乗止観院で、一睡もせず、食も取らずに、座禅三昧の九日間を過ごす峻烈な行のことです。「堂入り」まで達成して、千日回峰行を満行した修行僧のことを阿闍梨(あじゃり)と尊称されるのですが、前々から一度挑戦してみたいものと思っていました。図らずも本式の千日回峰行ではありませんが、自分なりの千日回峰行に挑めたような境地の一瞥を得たような気がいたします。その瞬間(とき)はじめて、「意識の眠り」から脱却できるのかも知れません。 果たして、Chapter1000まで書くことができるのか、自分でもわかりませんが、やるしかありません。では、今年の師走にお目に掛かれることを楽しみに、書き始めます。尚、「夢の中の眠り」Vol.(V)の英語名は、"A
Real Life "と致します。
2005年5月20日 新 田 論
「夢の中の眠り」を終わるにあたって
子供の頃から、わたしは眠りと夢との関係について興味を持っていました。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 今、わたしの頭の中は空っぽです。 ただ、「夢の中の眠り」という言葉があるだけです。 それでは書きはじめます。 という挨拶で2003年2月9日から書き始めて、今日は2005年12月3日ですから、およそ3年に亘る作品でしたが、やっと〆ることと相成りました。
今から10数年前、コンピュータソフトの開発に携わっていた時に、“将来、『Death
Program』というソフトを開発してみたい・・・”と周りの人たちに言っていたことが思い出されます。 結局の処、「夢の中の眠り」という作品が『Death
Program』の原作になったようです。 “人間とは?”という哲学的思索と“宇宙とは?”という科学的思索を統合することによって、「夢」のメカニズム解明からはじまったこの作品は、人類の起源を解明し、現代社会が抱える形而上学的問題にまで及ぶ作品になりました。 書きはじめた時には予想すらしませんでしたが、書き続ける中で『Death
Program』が脳裏を掠めるようになっていたことは確かでした。 Chapter997〜1000はまさに、締めくくりに相応しい内容だと自分でも自負しています。 「心の旅の案内書」は人生のバイブルとして、いつも傍に置いてくださいと申し上げましたが、「夢の中の眠り」は人類のバイブルに仕上がった積もりでいます。 何度も何度も読み返して頂けることを期待して、挨拶を〆させて頂きます。
2005年12月3日 新 田 論
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