

| 祝嶺正献の略歴と玄制流空手道の歴史 1925年 12月9日 沖縄県名護市にて出生 1933年〜佐渡山安恒先生、1937年〜岸本祖孝先生に師事し沖縄空手を学ぶ。 1945年 原点 第二次大戦末期、海軍特攻隊「菊水隊」に配属され、特攻隊員として沖縄近海で特殊潜航艇 「蚊竜」での攻撃の内命を受けたが出撃直前に終戦となる。 この潜航艇には、舵はあったものの基本的には直線的な動きしかとれないという弱点があっ た。 訓練に訓練を重ね逆境に向かう戦中の体験と、幼い頃から空手家としての修練を続けていた 祝嶺の攻防への思案と探求、そして実践への試行錯誤が玄制流空手道、躰道創始への原点 となった。 1946年 新技の創作 戦後の訪れと共に再び「生きる」機を与えられた祝嶺は、沖縄の地で山中に篭り、またある時 は無人島での鍛錬に励み、大自然との共生と挑戦の中から、体軸の移動という発想で「海老 蹴り」「斜上蹴り」「半月当て」といった独自の技を生み出した。 1949年 静岡県伊東市でこれらの創作術技を公開し、有志を集めて指導を開始。 1950年 玄制流空手道の創始 新空手を「玄制流空手道」と命名し、宗家・最高師範として本格的指導を開始、大学、自衛隊 会社団体等の道場で指導を続ける。 1954年 東京神田共立講堂で行われた空手道演武大会では「公相君大」の形と瓦34枚割りをテレビ 生中継で披露。 1956年 大日本武徳会から空手道八段を授与される。 1962年 新武道「躰道」の創始 旋体、運体、変体、捻体、転体の運動原理を基にした三次元の運動空間に適応できる実技を 完成し「躰道」と呼称する。 1964年 「新空手道教範」を発刊。 1965年 日本躰道協会の設立 動功(操体の法則)、制御(操剋の法則)、体気(呼吸の法則)、経絡(陰陽の調整)、法形(体 ・制・玄)等を一元的に体系化、理論的な総括原理を確立して新武道「躰道」を集大成、最高 師範に就任する。 同年、日本躰道協会を設立し会長に就任。 ここに祝嶺は、玄制流空手道と躰道の宗家・最高師範を兼任するようになる。 1968年 玄制流空手道主席師範の任命 玄制流空手道と躰道の更なる発展普及を図るため、玄制流空手道の総師範(主席師範)とし て、静岡県伊東市在住の山田晴康を認証する。 以後、玄制流空手道の主席師範は、二代目主席師範・斉藤治夫(故人)、三代目主席師範・ 金井保憲(現在)が宗家・祝嶺正献から認証され今日に至っている。 祝嶺は、玄制流空手道本部道場(静岡県伊東市)において、師範・指導員への講習、指導を 定期的に続ける一方、躰道の普及活動を世界レベルで展開する。 1983年 世界躰道連盟創設 躰道を世界的に普及させるため世界躰道連盟を設立し、総監に就任する。 1988年 「躰道概論」を発刊。 1991年 玄制流空手道本部の現体制への改変 玄制流空手道本部の現体制への改変が行われ、(財)全日本空手道連盟連合会および日本 空手道連合会の正式加盟団体としての活動を展開する。 2001年 第3回世界躰道選手権大会 8月5日、外務省・文部科学省・沖縄県・那覇市等の後援のもとに、沖縄県立武道館において 「第3回世界躰道選手権大会」を開催、大会では玄制流空手道の三才形競技も実施される。 11月26日、静岡県伊東市の自宅で急逝。 2002年 二代目宗家就任と「玄制流」「GENSEI-RYU」の商標登録 初代宗家の妻・和子が玄制流空手道と躰道の二代目宗家を継承する。 初代宗家が生前に出願していた「玄制流」及び「GENSEI-RYU」が、登録商標として特許庁に より正式認定される。 2007年 2月4日、玄制流空手道本部役員総会において二代目宗家の引退と初代宗家の長男・祝嶺 修道の三代目宗家最高師範就任が決定される。 |








