自由民主党は、新憲法案 (05/8/1) で、筆者の年来の主張に沿って、自衛軍、人権享受及び首相衆院解散権を明文化し、現行の改竄憲法を清算、この国の民主主義を再出発させようとする。
これは詭弁に対する常識の勝利である。と言うのも、これら現行憲法三ヶ条は、我が政府により、日本占領連合国軍総司令部の拙速で疎漏な承認(1946/3/6)を得る直前に、狡猾にも反動的に捻じ曲げられていて、長年に亙り我が国家原理を曖昧に仕過ぎ、その結果として多方面で混乱と行き詰りが生じて、自民党も、これら三条を上記の通り明確に定義し直さないでは、これ以上は国家を運営出来ないからである。

だが、改竄憲法は今も稼動中である。現に、これの濫用慣習に従って、自衛隊はイラクとアラビア海に遠征、国元では首相が衆院を解散して総選挙、わが醜怪ポスターを引き降ろす者とて国会には居ない。
これ程の巨大詐欺は誰の責任か。誰のでもない。騙した者たちは初めから憲法(第五十一条)で免責されている。歴史の事実は、旧弊な我らの父祖が、これら迷惑な遺産と組で、何とか我々に新しい世を贈ったのだ。この事情を伝える挿話を一二、紹介しよう。
この制憲国会で、当件全体を通じて随一の怪物(法学博士) が制憲担当大臣(法博)に人民主権が天皇主権に取って代わるのかと質問したら、大臣は、「やや、お答に苦しむ次第でありまして、私共の認識では、国民主権は過去においては潜在的にそうであった。将来においては顕在的にそうであると言うだけでありまして、本質的に変化はないもののように思っております」。

次のも、これに劣らず、可笑しい。この大臣の前任者(法博)が、米側とマ案を討議した折、同案の余りの不忠性に衝撃を受け、頭痛を発して退席、二度と現われなかった。そこで、当時同席した外相顧問のケンブリッジマンが先方に和解の手紙(「ジープ道書簡」)を送ったのだが、そのカーボンコピーを、いつか、同顧問の武相荘に出掛けて読むと、「博士は若い頃は社会主義者だった位で、今も心底から自由主義者でしょう」とか何とか。筆者は笑ってしまったが、当時は誰もが彼等と似たり寄ったりだった。
結局、これら新条文が発効して初めて、我々国民は自らの現実を直視することになろうが、天日の下に新しきもの無しで、イラク憲法に就いて或るスンニ派指導者が最近になって言ったそうだ、「これでは、人民による、どころか、腕力による、ではないかッ」。(05/9/3)